戦極ドライバーでアーマードライダー鎧武に変身した角居裕也は、尻からヘルヘイム果実を摂取してインベスとなった、親友の葛葉紘汰たちと協力。
ユグドラシル一丸となり、人類救済のために戦うのであった!
その翌日、俺はいつものように貴虎のオフィスに出社した。
よく覚えていないが、昨日の俺は何やらおかしなことになっていたらしく、無断欠勤をした挙げ句、会社を辞めると言って変身、ミッチと戦ったりしたそうだ。受ける。
季節外れの夏風邪か何かだろう、と貴虎は言っていた。
そうに違いない。
俺が休んだ一日の間に、俺たちユグドラシルに新たな仲間が加わったらしい。
湊耀子、紘汰の秘書だそうだ。
湊は、紘汰たちとは違い、前からヘルヘイム果実を摂取してインベスになった逸材だ。
俺は元気よく挨拶をした。
それが社会人のマナーだと思ったからだ。
紘汰は、湊に「大将軍」と呼ばれていた。男根の話だと思う。
戦極の亡骸はヘルヘイムの森に捨てたようだ。
これはまあ、取るに足らないことだ。
「昨日の葛葉の踏ん張りにより、遂に沢芽市民全員分のヘルヘイム果実が用意できた。
遂に、人類救済は達成される。
これも全て、お前たちの献身的な働きの結果だ。
長い間、ご苦労だった」
貴虎が、俺たちの働きを労う。
一週間の長きに渡るプロジェクトが、そう、プロジェクト・アナルが、ようやく結実しようとしているのだ。ケツだけにな!
「勘違いするな。俺は、更なる力のために手を貸したにすぎない」
戒斗が言う。
こいつ確か何もしてないよな。
「ええ、本当に、長い戦いだったわ」
湊が言う。
お前昨日入社したんだよな?
「ああ。皆の協力があったからこそだ」
紘汰が立ち上がり、十八番のインベススマイル(満開)を浮かべながら、俺たちに語りかける。
「オーバーロードがどうとか、なんか色々あったような気がするけど、難しいことはもう考えるのやめようぜ。
みんなで尻から果実を食べて、インベスになる。
それで、みんな幸せだろ。な?裕也」
「おう!」
紘汰の満面のインベススマイルに釣られて、俺も笑みを浮かべる。
そうだ、これで万事解決なのだ。
世界の危機は去り、俺たちは末永く、この町で幸せに暮らす。
ずっとずっと、末永く、幸せに。
「あの、そろそろ祐也さんもインベスになっておきませんか?
明日にも、全市民に対しての施術が行われますし」
「いや、祐也たちには戦極ドライバーがある。
その必要は無いだろ」
ミッチの言葉を紘汰が遮る。
なんか俺だけ仲間外れみたいで少し嫌だな。
まあ、人は心だ。見た目じゃないよね。
あと、尻から果実を入れるのは興味があるんだ。
気持ち良さそうだからだ。
「ん?紘汰、いま、祐也たちって言った?」
「ああ。お前と初瀬だな」
「初瀬?えっと、レイドワイルドの?なんで?」
「ああ、昨日あげたんだ。余ってたからな」
「そうか」
まあ、何でもいいや。
取るに足らないことだろ、ぜんぶ。
とにかく、明日、世界に平和が訪れるんだ。
「とにかく、最後まで気持ちを引き締めていくぞ。人類救済!」
―――人類救済!
俺たちは貴虎の言葉を復唱した。
俺たちの気持ちが一つになったのだ。
世界が平和になったら、何をしよう。
また、ダンスがしたいな。
そしたら、紘汰も一緒に。
ダンス。ダンスをしよう。みんなで、ダンスをしよう。
インベスダンスだ。
朝から晩まで、みんなでインベスダンスをするんだ。
俺はインベスじゃないから、変身して踊るんだ。
そう、ダンスだ。
いつまでも、いつまでも、全て忘れて、何も考えないで、幸せにダンスを踊るんだ。
お腹が空いたら、果実を食べる。
俺は、ロックシードから養分を得る。
紘汰の力で、町中にヘルヘイム植物を生やしてもらおう。
いつでもどこでも、お腹が空いたら、そこに食べ物があるのだ。
楽園。
まさに、楽園だ。
踊って、食べて、踊る。
それだけでいい。
難しいことは何もない。
邪魔をする者はいない。
争いも無い。
そこには、他者に害なす悪意など一つもない。
そんなことをしたところで、一円も得しないのだから。
そもそも、金というシステムだってなくなる。
平等。
平等だ。
全ての者に、等しく食べる権利がある。
全ての者に、等しく生きる権利がある。
理想郷。
本物の理想郷だ。
それが、もうすぐ実現するんだ。
明日から、この世界は理想郷に変わるんだ。
そう、世界のルールに、身を委ねるだけでいいんだ。
何も考えずとも、世界が生かしてくれる。
やがて、個は失われ、全となる。
何も考えず、ただ、同じ一日を永遠に繰り返す。
ただ一人の王、いや、大将軍・紘汰の掌で、俺たちは、踊る。
終わらないダンスを、踊り続ける。
死の無い世界。
死を恐れなくとも済む世界。
そう、生きていようと、死んでいようと、同じような世界。
死んだも同然の世界。
生きる価値の無い世界。
そんな世界、そんな世界に―――
「させてたまるかぁぁぁぁぁぁ!」
―――オルタネイティヴオレンジ!
俺は、戦極ドライバーを装着し、青いロックシードを解錠した。
一週間前に起きた爆発のせいで瓦礫の山のようになったオフィスの中、オレンジインベスたちが、俺の大声に驚き、こちらを見つめている。
そして、ややあって、
「何のつもりかしら」
ピーチインベス。
「角居、貴様…!我々ユグドラシルインベスに楯突くつもりか」
メロンインベス。
「だから言ったでしょ、紘汰さん。もう、駄目だって」
ブドウインベス。
「それが貴様の新しい力か」
バナナインベス。
「裕也…お前、やっぱり…もう…」
最後に、オレンジインベス。
オフィスに集った五体の化け物―メロンインベスが言うところのユグドラシルインベス―たちが、順番に口を開く。
「何が大将軍だ、何が主人公だ、何が人類救済だよ!
わけのわからねえことばっか言いやがって、自分達が何しようとしてるか、わかってんのか!おい!」
「お前こそ、何をわけのわからないことを!」
「兄さん、無駄だよ。こいつは、狂ってるんだ」
「楯突くのは良いけど、多勢に無勢が過ぎるんじゃないかしら。
あなた、今度こそ死ぬことになるわ」
「青いロックシードか…初めて見たな」
「裕也、頼む、やめてくれ。裕也!」
俺は、力の限り、叫んだ。
「うるせえんだよっ!変身!」
―――オルタネイティヴオレンジアームズ!
花道、アナザーステージ!
勝算は、無い。
昨日の傷もまだ残っている。
これだけの数の化け物を相手に、俺一人で、勝てると思う方がおかしい。
それでも、俺は、鎧を纏い、刀を取る。
最期の瞬間まで、俺は俺でいたい。
何がノンプレイヤーキャラクターだ、ふざけんな。
最期の瞬間まで、俺は俺の物語の主人公でありたい。
最期の瞬間まで、俺は―――
―――俺のステージで踊りたい。
「来いよ、化け物ども。ここからは、俺のステージだ」
ユグドラシルインベスたちが、身構える。
ただ一体、オレンジインベスを除いて。
オレンジインベスは、言う。
俺のよく知る男が、悲しみを抑えて話す時と、同じ声で。
「…みんな、下がっててくれ」
「葛葉!」
「俺にやらせてくれ。頼む」
刹那、衝撃波が俺を襲う。
昨日、ブドウインベスを吹き飛ばす際に使ったものだ。
俺は、オフィスの窓を突き破って吹き飛び、ユグドラシルタワー上層部、即ち地上数十メートルから落下してゆく。
俺は、咄嗟に戦極ドライバーを操作する。
オレンジスカッシュ!
空中で態勢を作り、俺は、下界のアスファルトに向けて、必殺キックを放つ。
その衝撃で、落下の衝撃を相殺することに成功した。
あいつ、いよいよ、殺す気だな。
立ち上る硝煙。
粉々になったその辺一帯のアスファルトが、パラパラと降り注いでくる。
煙の向こう側に、奴が降り立つのがわかった。
「裕也」
そいつは言った。
「なんだ」
「覚えてるか。一緒に踊ってた頃のこと」
「当たり前だ」
「楽しかったよな」
「ああ。楽しかったよ」
「ありがとうな、裕也。俺は、お前と踊れて、幸せだった」
「ああ、俺も、紘汰と踊れて、幸せだったぜ」
「決め台詞、真似すんなよ」
「お前のじゃ、ない」
「いや、俺のだよ。…裕也、お別れだ」
「ああ」
硝煙は晴れ、この狂った世界の王がその姿を表す。
そいつは、静かに、こう言った。
―――ここからは、俺のステージだ。
つづく