仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ   作:瀬久乃進

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第16話「DON'T SAY NO」

「このゲームの主人公は、紘汰さんだ。

だからね、偽物の主人公は、いらないんですよ!」

 

「変身!」

 

オルタネイティヴオレンジアームズ!

花道アナザーステージ!

 

―――こいつとは、戦いたくない。

 

俺は、左手に生成された青い刀で、ブドウインベスの鉤爪を受け止めた。

すかさず、右手で腰に下げたもう一本の刀を抜きざまに、ブドウインベスを切りつける。

のけぞった隙に、左手の刀で追撃。

―――しかし、それは、さっきとは逆に鉤爪で受け止められた。

二秒程度の鍔迫り合いを経て、俺は間合いを取るべく後ろに跳ぶ。

ブドウインベスも同じ判断を下したようで、俺たちの間には、再び大きな間合いが生まれた。

 

「初瀬!離れてろ」

 

腰を抜かしている初瀬に向けて叫ぶ。

これ以上、言葉を費やしている余裕が無い。

ブドウインベスは俺の出方を伺っている。

派手に動いた瞬間が勝負だ。

俺は、腰を深く落として、二本の刀を構える。

じりじり、じりじりと距離を詰めてゆく。

あいつは、文字通りの怪物だ。

変身したとて、良いところ互角、それだけで有利にはなり得ないだろう。

互角の喧嘩は、どこで勝敗が分かれるか。

 

―――度胸だろ。

俺は、右手の刀をブドウインベスに向けて投擲した。

ブドウインベスは、左に跳び、それを躱す。

そうだよな。

お前なら、弾かずに躱すよな。

そういうやつだった。

読み通りだ。

刀を投げたその直後、俺は左斜め前に向かって、地面を蹴りだしていた。

着地、そして、左手の青い刀に右手を添えて、力いっぱいに振り抜く。

一閃、その先にいたのは、ブドウインベスだ。

手応えを感じた。

裂けた腫瘍から紫色の液体を噴きだしながら、ブドウインベスは吹き飛び、そのまま倒れた。

 

「なあ、わかっただろ?喧嘩なら俺の方が強い。これ以上やっても、痛いだけだぞ。

大人しく帰れ、な?」

「ええ、さすがですね、裕也さん…」

 

「おお、お前、強えんだな!」

 

物陰に移動した初瀬が、俺に声援を贈る。

そうだ、俺はそこそこ強いんだ。

さっき投げた刀を回収する。

ブドウインベスは、よろめきながら立ち上がった。

 

「わかりました、退きます」

「ああ、気を付けて帰れよ」

 

ブドウインベスは、覚束ない足取りで、姿を消していった。

 

―――かに見えた。

 

俺の視界から消える寸前、ブドウインベスはこちらに素早く向き直り、掌から、俺に向けて、何かを放った。

あれは…弾丸だ。

ヤバい、そう思ったときには、もう遅かった。

弾丸は俺の胸に命中し、俺は、あまりの激痛に、膝から崩れ落ちた。

 

「角居!」

 

初瀬が叫ぶ。

 

それから、また一発、二発、三発と、ブドウインベスの弾丸が立て続けに俺を襲い、俺は、ついに動けなくなってしまった。

 

痛え。

 

変身は、解けてしまった。

 

「裕也さん、勝負はね」

 

ブドウインベスが、ゆっくり近付いてきながら、低い声で言う。

…たまにそんな声になるよな、お前は。

 

ブドウインベスは、片足で俺を踏みつけながら、俺の顔を覗きこむようにして、こう続けた。

 

「汚い方が勝つんですよ」

 

そうかい。

そりゃ、お前が勝つわけだ。

 

掌が向けられる。

奴の掌には、その体表にあるのと同じような、紫色の腫瘍。

ああ、そこから出るのね、弾丸。

知らなかったよ、くそったれ。

ブドウインベスの掌の腫瘍が、素早く脈を打ち始め―――

 

「やめろ、ミッチ!」

 

これまた聞き慣れた声が聴こえると、ブドウインベスは、まるでトラックにでも轢かれたように、勢いよく吹き飛んだ。

当然、トラックが突っ込んできたわけではない。

そんなまともなことが、今ここで起こる筈がない。

 

だって、声と共に現れたのは、この世界の不条理の象徴、理不尽の権化。

ブドウインベスが言うところの、このゲームの主人公―――

 

オレンジインベスだ。

 

「こ、紘汰さん」

 

オレンジインベスの放った衝撃波―だろうか―に吹き飛ばされたブドウインベスは、立ち上がることができないのか、上体だけを起こしたまま、オレンジインベスを見上げる。

ふと、初瀬を見やる。また腰を抜かしてしまっていた。

失禁してやいないだろうな。

 

「裕也殺してどうすんだよ。頭冷やせ、ミッチ!」

「す、すみません」

 

オレンジインベスは、ブドウインベスを怒鳴りつける。

その後、視線を俺に移すと、俺に手を差しのべて、

 

「大丈夫か?裕也、立てるか?」

 

本当に心配そうに、そう言った。

 

その手には、他のインベスと同じ、鉤爪。

青黒く乾いた皮膚に、それとは対照的な、瑞々しいオレンジ色のイボがぶつぶつと浮かぶ。

皮膚とイボの境目は、青とオレンジが混じりあった、不気味な色をしていた。

 

そんな手で、何を掴もうっていうんだ。

お前は。

 

「お前…何が目的だ…」

 

俺は、オレンジインベスを見据えて、声を絞った。

 

「目的?なんのことだよ。俺は、お前を助けに来たんだぞ」

「だから、何のためにだよ」

「そんなの、裕也だからに決まってんだろ。お前が、俺の親友だからだよ。他に理由がいるか?」

 

その語調は、その言葉は、俺のよく知る、優しい男のそれと、まったく変わらない。

それでも、こいつは、こいつは、化け物なんだ。

わけのわからない力を使って、わけのわからないことをしている、化け物なんだ。

おかしくなった頭で、俺の親友のふりをしている―――化け物なんだ。

 

「初瀬、お前も怪我はないか?うちのミッチが怖がらせたな。すまん」

 

「ひっ…」

 

オレンジインベスは、物陰の初瀬に語りかける。

当の初瀬はというと、恐怖で声も出ない様子だ。

 

「なあ、裕也、初瀬」

 

オレンジインベスは、いつもの調子で、明るい声色で言う。

安全灯が、チカチカと、点いて消えてを繰り返し始めた。

 

「お前たちさ、俺たちがおかしいって思うか?」

 

まるで、悲しみを隠すために、努めて明るく振る舞っているかのように。

オレンジインベスは、そう言った。

 

頭にモヤがかかる。

またこれだ。

脳味噌が溶け出すような感覚。

思考停止という、甘い果実への誘惑。

 

オレンジインベスの問いかけにNOと答えれば、俺は、奴のもとで、幸せに生きることができる。

世界の異常性の一部になり、マジョリティとして、ブドウインベスが言うところの、

―――このゲームの、ノンプレイヤーキャラクターになるんだ。

ああそうか、あいつが言ってたのは、こういうことだったか。

 

YESと答えれば、俺は、どうなるかわからない。

さっきは助けてくれたといっても、わからない。

だって、おかしいんだから。

 

世界は変わった。

環境は変わった。

命あるものは、すべからず、世界に、環境に適応して、その形を変えてゆく。

そう、あいつらは、変わったんだ。

適者生存。

変われなかった者は、淘汰される。

俺の信じる常識は、今や、この世界の非常識。

これを貫き続けることは、即ち、この狂った世界そのものとの戦い。

世界の理、そのものを相手取った戦争だ。

 

―――俺たちがおかしいって思うか?

 

YESと答えれば、俺は、死ぬ。

NOと答えれば、俺は、助かる。

 

信念を捨てて生きるか。

信念を貫いて死ぬか。

 

正解は、どっちだ。

 

薄れゆく意識の中、俺は、声を絞り出す。

 

 

「ああ!お前ら、おかしいぜ!」

 

 

間違いを間違いだって言える。

それが、ヒーロー。

そうだろ、紘汰。

 

「そっか」

 

それを聞いたオレンジインベスは、落胆したように、

 

「残念だ、裕也。ごめんな」

 

俺の意識は、そこで暗転した。

 

つづく


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