仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ   作:瀬久乃進

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第15話「インベスのゲーム」

「初瀬ェーッ!」

「うわあああああ!」

「邪魔するぜ!」

 

俺はずんずんと部屋の奥に歩いてゆく。

初瀬は腰を抜かし、恐れおののいて、尻で器用に後ずさりしていった。

 

「お前は、アーマードライダー鎧武!」

 

そんな名前で呼ばれているのか。

これ以上脅かすのも忍びない、俺は変身を解いた。

 

「俺だよ、角居裕也だ。初瀬、話したいことがある」

「な、なんだよ、一体」

 

ここで俺は、靴を履いたままだということに気が付き、玄関まで靴を脱ぎに戻った。

と、その時、俺が背中を向けた隙を突いて、初瀬は俺を後ろから突き飛ばし、裸足で部屋の外へ飛び出していった。

 

「おい!逃げんな!」

 

俺は靴を履きなおし、初瀬を追う。

脚が速い。

俺がアパートの廊下に出た時には、もうエレベーターに乗っているのが見えた。

ここまで来て逃がしてたまるか。

俺は階段を使って、8階から全速力で駆け降りた。

 

1階に到着しアパートを出た頃には、初瀬はもう随分遠くを走っていた。

本当に逃げ足が速い。

裸足でよくやるものだ、仕方ない。

俺は再びロックシードを解除した。

 

「変身!」

オルタネイティヴオレンジアームズ!

花道アナザーステージ!

 

そこから捕まえるまでにあまり時間はかからなかった。

マジで便利だな、戦極ドライバー。

 

「気持ちはわかるけど、落ち着いて話を聞いてくれ、初瀬!」

 

初瀬の首根っこを掴みながら言う。

こういう状態で人と話すのは初めてだ。

初瀬は未だにじたばたと悪あがきをしている。

 

「嫌だ!お前もどうせわけわかんねえこと言うんだろ!」

「良いから話を聞いてくれ!」

「嫌だァーッ!」

 

ああもう!

 

「初瀬!俺はお前の味方だ!今のこの町はおかしい!」

 

俺がそう叫ぶと、初瀬は大人しくなった。

首根っこを離してやる。

初瀬はこちらに向き直り、不安そうな顔で俺を見つめる。

俺は、変身を解いた。

 

「お前、おかしくなってないのか?」

「ああ、昨日、正気に戻ったんだ。お前は?」

「俺は、最初から…」

 

嬉しかった。

まともなやつが、知り合いにまだ残っていた。

初瀬は、堰を切ったかのように喚く。

 

「おかしいよな!?

急にそこらじゅうに変なチャックが見えたり、植物があったり、空にはロケットが飛んでたり!

歩きでも、電車でもバスでも何でも、この町から出られない!

なのに、みんな平然としてやがる!

絶対おかしいよな!?」

 

ああ、この町はおかしい。

とりあえず、確認したいことが幾つかある。

こんな往来だと人目につくだろう、俺は初瀬を連れて、遮蔽物の多そうな近場の工業地帯に向かった。

 

「なるほど、やっぱり、10/6からか」

 

工業地帯の一角、特に人気の無さそうなところを選んで、俺と初瀬は話をしていた。

いつの間にか、日が暮れかかっている。

 

「お前が変身してバロンを倒した、って放送を見た日だったからな。

その日の昼頃から、メンバーの様子が変になった。

元から馬鹿ばかりだったが、なんつーか、こう…話が通じないというか、変な感じになったんだ」

「で、その翌日、ユグドラシルタワーが爆発したよな?」

「ああ、もっと大騒ぎになるかと思ったら、みんなして普通の顔してやがる。

それからずっと、空にロケットが見えるようになって」

 

俺の認識とすべて一致する。

やはり、初瀬はおかしくなっていない。

 

「その数日後辺りから、そこかしこにクラック―ああ、あのチャックのことな。クラックが開いて、町中にあの植物が生えてきた、そうだな?」

「いや、それは違うな。

チャックと植物は、10/6から少しずつだ」

 

これは意外だった。

それに関しては、オレンジインベスがヘルヘイム植物の操作能力とクラック生成能力を得たタイミングと一致するかと思ったのだが…

少なくとも、町中のクラックとヘルヘイム植物は、オレンジインベスだけの仕業ではない、ということか?

 

「で、もうひとつ、馬鹿みたいな質問かもしれないが…

俺はちゃんと人間に見えているな?」

「は?当たり前だろ」

 

これは、一応確認しておきたかった。

もしかしたら俺が気付いていないだけで、俺もインベスになっているかもしれない、と思ったからだ。

しばらく奴らの中にいたんだ、いつ尻から果実を入れられていたか、わかったものではない。

まあ、正常な初瀬がこうして普通に会話をしてくれている以上、わかりきったことではあったのだが。

 

「それと、ここ数日、うちのチームメイトの高司舞を見てないか?」

「あの気が強い子か?見てねえよ」

 

初瀬も、舞を見ていない。

ある程度予想がついていたとはいえ、俺は落胆を隠せなかった。

 

それから、今度はここ数日の間俺が体験してきたことを、初瀬に語った。

初瀬は意味がわからないといった顔をしていたが、その反応で良いのだ。

話している俺にも意味がわからないのだから。

 

「それで、これからどうするんだ、角居」

 

初瀬が、これまた不安そうに訪ねる。

俺は答えた。

 

「世界がおかしくなったのには、必ず、何か原因があるはずだ。それを探る」

「どうやって?」

「それを、今から考える。何か思い当たることはないか」

「そう言われてもな…」

 

日は、すっかり暮れた。

俺と初瀬は、しばらく無言のまま、考え込んでしまった。

 

「―――とりあえず、今日はどこか、寝る場所を探そう」

「お前がドア壊さなきゃうちに帰れたんだけどな」

「それは本当ごめんって。俺の家はあいつらに知られてるしな…」

「なあ、それなんだけどよ」

 

初瀬が言った。

 

「その、オレンジインベスって奴らは、お前に危害を加えようとしたことは無かったわけだろ?

別に、逃げなくてもいいんじゃないか?」

「それもどうだかわからん」

 

何故なら、この世界の異常性に気が付いた戦極凌馬―が変貌したインベス―を、オレンジインベスは殺害しているからだ。

今でこそオレンジインベスは会社に来ず、連絡のつかない俺の身を案じているだけかもしれないが、俺が正気を取り戻したと知れば、どんな行動に出るか、わからない。

俺は、初瀬にそう説明した。

 

「え、つまり、俺たちは殺されるってことか?」

「そうとも限らないが、その可能性が高いってことだよ。

お前は家にいたから気付いてないかもしれないが、何やら、町に人が少ないんだ」

 

そう。

町に人が少ない。

そして、オレンジインベスによる戦極インベスの処刑。

ぼんやりと頭に描いていた最悪の可能性が、初瀬との会話を通じて、具体的なものになる。

 

オレンジインベスは、その力を使い、この町から正常な人間を消し去っているのかもしれない。

さながら、魔女狩り、異端審問のように。

オレンジインベスの秘書を名乗るピーチインベスは、奴のことを大将軍と呼んだ。

そう、あいつは、そのようにして、この狂った世界を統べるつもりなのかもしれない。

 

俺がそう言うと、初瀬は恐れおののいた。

 

「意味がわからねえよ!

なんでそんなことすんだよ、なんでそんなことできんだ?」

「俺にもわからない。

でも、意味がわからない、納得いかないって気持ちが大事だってことだけはわかるぜ。

―――まあ、とにかく、一度寝た方が良さそうだ。

これ以上遅くならないうちに、どっか、ホテルか何か探そう」

「お、お前とホテル?」

「言ってる場合か」

 

 

 

「裕也さん」

 

 

 

 

上方から声がした。

聞き慣れた、少し高めの、鼻にかかったような声だ。

ああ。

この声は、この声は、お前だな。

 

「こんなところにいたんですか。探したんですよ?」

 

「ミッチ!」

 

だったものだ。

奴は、今では、ブドウインベス。

オレンジインベスの、忠実な右腕だ。

 

そいつが、俺たちの5、6メートルほど前に降り立つ。

 

「ひぃっ!」

 

初瀬は、また腰を抜かしてしまった。

無理も無い。

こいつ、よく見たら…

 

なんておぞましい姿をしているんだ。

 

緑色の体表には満遍なく紫色の腫瘍のようなものが散らばり、それがどくどくと、まるで脈を打っているように見える。

全身が軽く湿っているのか、安全灯の光を反射して、てらてらと光っている。

蜥蜴のようなその顔と、紫色のその両眼からは、一切の感情を読み取ることができない。

両手には鉤爪。正真正銘、化け物の姿だ。

俺は、こいつをミッチと認識して、何事もなく、同じオフィスにいたのか。

 

「会社辞めるって、一体どうしたんです?

紘汰さんが心配してましたよ」

 

「一身上の都合でな。心配しないでくれ、今日はもう遅いだろ?

帰んな」

 

俺は、言葉を選びながら、慎重に、慎重に話す。

ブドウインベスは、一歩ずつ、ひたひたとこちらに近付いてくる。

歩いた跡には、粘液の水溜まりのようなものができて、それが糸を引いているのが見えた。

 

俺は―――退かない。

 

「そういうわけにもいかないんですよ。

僕の目は誤魔化せません。

裕也さん、気付いちゃったんでしょ?」

 

「気付いたって、何に?」

 

「とぼけないでください。僕たちが、おかしいってことですよ」

 

ひた、

 

「ああ、なんだ、自覚はあったのか。

さすが、頭良いな、お前は」

 

「ええ、でもね、残念ながら、僕はノンプレイヤーキャラクターだ。

これは、ゲームなんですよ」

 

ひた、ひた、

 

「わりいな、俺、ゲームはあんま詳しくねえんだ。

何言ってるかわかんねえ」

 

「このゲームの主人公は、紘汰さんだ」

 

ひた、ひた、ひた、

 

「へえ、そうかい」

 

「だからね―――」

 

ひた、ひた、ひた、ひた、

 

「――偽物の主人公は、いらないんですよ!」

 

「変身!」

 

ブドウインベスが鉤爪を振り上げた刹那、俺は青のロックシードを解錠した。

 

オルタネイティヴオレンジアームズ!

花道アナザーステージ!

 

俺は、左手に生成された青い刀で、ブドウインベスの鉤爪を受け止めた。

 

つづく


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