「すまん。さっきのアレは、嘘だ」
チーム・鎧武のガレージに到着した俺は、ラットたちに頭を下げていた。
「さっきのアレって、紘汰さんとミッチが引っ越すっていう?」
「ああ。少し驚かせたかっただけなんだ。ごめん」
三人は眉をひそめてお互いに目を見合わせていたが、なんとかそういうジョークだったということで納得してくれたようだ。
ピーチインベスを倒している以上、オレンジインベスに連絡が行く筈だ。
あまりここに長居もできない。
俺は、すぐに本題に入ることにした。
「なあ、お前たち、最近、舞に会ったか?」
「舞?そういえば、最近、舞も来ませんね」
チャッキーが、事も無げにそう答える。
ラットとリカも同様で、連絡も取っていない、ということだった。
―――嫌な方の想像が当たりそうだ。
「それじゃあ、最後に舞に会ったのはいつだ?」
「えっと…たしか、日曜日。昼間にバロンとインベスゲームをした日です」
やはり、10/6だ。
俺が戦極ドライバーを手に入れた日。
ほとんど毎日ガレージにいるこいつらが、あれからの数日間、舞に会っていないというのはやはりおかしい。
学校に行っているわけでもない舞が、そんなに長い間ガレージに姿を現さない筈がないのだ。
たとえば体調を崩していたとしても、しっかり者の舞なら、連絡を寄越すに決まってる。
おかしいことだらけの世界だが、これで一つ、ハッキリしていることが増えた。
舞の不在。
思い返してみると、ラットたちもあの日は様子が変だった。
当日の夕刻、バロンとのインベスゲームに赴いた俺に、誰一人として同行しなかったのだ。
仲間意識が強く、そこそこ俺を慕ってくれていた(と信じたい)こいつらに限って、そんなことはあり得ないだろう。
あの日からおかしくなったのは、紘汰たちだけではない。
俺の周囲の人間が、程度の違いはあれど、こぞっておかしくなっているのだ。
そんな中、舞だけがいない。
これはきっと、とても重要なことだ。
―――なんとしても、舞に会わなくちゃいけない。
第一、心配だ。
俺は、再びガレージを後にすることにした。
「あいつら…紘汰と、ミッチが来たら、俺のことは心配するな、と伝えてくれるか?」
「え?あ、はい、わかりました」
「ああ、あとさ、お前ら」
―――ダンスは、好きか?
俺は、そう問い掛けた。
「当たり前ですよ!」
ラットたちは、本当に当たり前のように答える。
そうか。良かった。
「そうか。良かった」
「どうしたんですか、裕也さん?
やっぱり、ちょっと変ですよ?」
「本当に、何かあったんじゃ」
「いや、何でもねえよ。じゃあ、またな」
俺は、ガレージを後にした。
俺が変、か…。
そうなのかもしれない。
何もかもがおかしくなったこの世界では、おかしくなってない俺の方がおかしいんだ。
異常ってのは、つまるところ、基準となる正常に対してのマイノリティのことだ。
俺の主観から見て、今のこの世界は異常なものだが、この世界の客観において、異常なのはきっと、俺の方だ。
だとしても、信じるところを失くすわけにはいかない。
俺は、俺が思う俺の日常を取り戻したい。
その後、何度か遊びに行ったことがある舞の自宅に赴いてもみたが、インターホンに応じる者はいなかった。
その後、一応沢芽市各地のステージを覗いたが、やはり舞の姿は無い。
正直、参った。
これ以上、舞のいそうな場所の心当たりが無い。
最後に覗いたレイドワイルドのステージで、俺は立ち尽くしていた。
「鎧武のリーダーが何の用だ?ダンスならもう終わったぞ」
ダンスを終えたレイドワイルドのデブが、取り巻きを連れて話し掛けてくる。
「ただの見学だよ。インベスゲームをする気はない」
「サガラの放送で見たぞ、何やら鎧を着込んで、バロンを倒したそうだな」
「だから、インベスゲームはやんねえって。
あれ、お前ら、あいつはどうした?ほら、」
初瀬亮二。
チーム・レイドワイルドのリーダーの姿が、何故か見当たらないのだ。
「初瀬さんなら、ちょっと前に辞めちまったよ」
「え?そうなの?なんで?就職?」
「よくわからん。なんか、チャックと植物がどうとか言って」
「え?」
チャックと植物?
「あと、空にロケットが見えるとか、沢芽市から出られないとか。普通じゃんな?そんなの。
それが、怖いって言って、やめた」
空にロケット?
沢芽市から出られない?
俺は、デブに訊ねた。
「なあ、お前ら、これ見えてるだろ?」
俺は、その辺に開いていた小さなクラックを指差して言う。
デブは、
「ああ、見えてるよ。だから何だよ」
「なんか思わない?」
「チャックだなあ、って思うだけだろ」
「そこにある植物は?」
「いや、だから、植物だなあって。何なんだ、お前、変だぞ」
「初瀬、どこにいるかわかるか?」
「は?知らねえよ、家じゃねえの?」
「初瀬の家ってどこだ?」
「何だよお前、気持ち悪ぃな…」
「案内してくんねえかな。ああそうだ、ホラ、ロックシード、やるから」
俺は、戦極ドライバーを装着して、先程指差したヘルヘイム植物から果実をもぎ取る。
果実は光を放ち、イチゴのロックシードになった。
デブたちはもう大歓声だ。
「ウッホワァァァ!スッゲエエエ」
「な?頼むよ。家の前までで良いからさ」
「これ、Aランクじゃねえか…わかった、案内するぜ」
ホクホク顔のデブに連れられて、俺は初瀬の家に向かった。
便利だな、戦極ドライバー。
「ここの807号室だ」
「サンキューな。あとさ、最近、うちの舞見なかった?」
「舞って、高司舞か?見てねえな」
「ああ、わかった。それじゃここまででいいから」
「高司舞って、彼氏いんの?」
「何だよお前、急に…いないんじゃない?」
「そうか」
「んー、でもライバルは多いと思うけど。まあとにかく、ここまででいいから、ありがとう、またな」
「ああ。またよろしく頼むぜ」
「ディーラー扱いすんなよ。じゃ」
デブと別れ、俺は案内されたアパートに入り、エレベーターに搭乗した。
チャックと植物。
空にロケット。
沢芽市から出られない。
俺自身そうだったが、頭がおかしくなっていた頃には、すべて当たり前のように受け入れていて、気にも留めなかったことだ。
そこかしこにあるクラックとヘルヘイム植物、何日にも渡って空を飛び続ける戦極ロケット、そして沢芽市以外存在しない世界。
それに初瀬は違和感を覚え、怖くなり、チームを抜けた。
初瀬と話す必要がある。
俺は、807号室のインターホンを押した。
出ない。
どんどんとノックもしてみた。
「初瀬、いるんだろ!チーム鎧武の角居だ!
話したいことがある!頼む、出てきてくれ!」
返事は無かった。
そういえば、とここで初瀬の電話番号を知っていることを思い出し、電話をかけてみる。
電源を切ってはいないようだ。
ドアに耳を付け、中の音に耳を澄ました。
微かに、着信音が聴こえる。
やはり、中にいる。
少なくとも、携帯電話は中にある。
電話に応答は無い。
留守録モードに切り替わるのと同時に、中から聴こえる着信音も止んだ。
さて、どうしたものか、考える。
ドアノブをゆっくり捻って押してみたが、当然、鍵がかかっていた。
このまま呼び続けても、出てくるとは思えない。
そもそも初瀬とは大して親しいわけでもない、そんなやつが来たところで、相手にはしないだろう。
ましてや、こんな状況だ。
これしか無いか。
一つの方法を思い付き、俺は深呼吸。
仕方ない。
一刻を争う事態なのだ。
仕方が無い。
「変身!」
オルタネイティヴオレンジアームズ!
花道アナザーステージ!
俺は変身し、ドアを一思いに蹴りやぶった。
部屋の奥から、驚愕に満ちた顔の初瀬が現れる。
「初瀬ェーッ!」
「うわあああああ!なんだお前!」
「邪魔するぜ!」
俺はずんずんと部屋の奥に歩いてゆく。
便利だな、戦極ドライバー。
ドアの修理代っていくらぐらいだろう。
つづく