仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ   作:瀬久乃進

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オルタネイティヴ編
第12話「変身!空からオレンジ!?」


その翌日、俺・角居裕也は会社を休んだ。

 

オフィスに行けば、当たり前のように戦極の亡骸が転がっているに違いない。

オレンジインベスたちは、それをおかしいとも思わず、気にも留めず、大真面目に人類救済の話を始めるに違いない。

 

今はなんとか正常な思考能力が保てている。

だが、ふと気を抜いた瞬間にも、また頭がおかしくなりそうだ。

もしこんな不安定な状態でオレンジインベスたちの狂気にあてられたら、今度こそ後戻りができなくなるような気がする。

 

携帯電話の電源は切った。

オレンジインベスからの着信が止まないからだ。

留守電メッセージも何件か入っていたが、聴いていない。

 

昼頃まで、そうして家の中でじっとしていたが、ふと、スーツに着替えている自分に気が付き、怖くなって、久しぶりにチーム・鎧武のガレージに顔を出すことにした。

スーツを脱ぎ捨て、鎧武の青いパーカーに袖を通す。

俺は、家を飛び出した。

 

町に出て気が付いたことが幾つかある。

一つは、そこかしこにクラックが開いているということ。

人間が通れそうな大きさのものもあれば、極めて小さいものもある。

向こう側に見えるのは、案の定、森だ。

 

そして、これまたそこかしこに、ヘルヘイム植物が生えている、ということ。

オレンジインベスの力によるものなのか、それともクラックを通じて侵食してきたものなのかはわからない。

 

最後に、まだ昼前にも関わらず、人通りが非常に少ないということ。

道中、ステージの前を通ったが、ごく僅かな客を前にして、チーム・インヴィットがダンスをしていた。

アップテンポのミュージックが、町の静寂をより一層際立てているようだった。

 

雨が降りそうだった。

遠目にインベスのような影を見付け、少し脇道に逸れて身を隠しながら様子を伺ったが、これはインベスではなく、ただの大男だった。

あれは確か、少し前にオープンしたシャルモンとかいうケーキ屋の店長だ。

少し前に、テレビで特集が組まれているのを見た。

 

シドに戦極ドライバーを貰ってからの数日の間、自分が一体何をしていたのかを、ぼんやりとしか覚えていない。

コンビニで流し読みした漫画のあらすじを辿るように、大まかなことは覚えていても、細部が頭から抜け落ちている。

そんなことを考えていると、また意識がハッキリしなくなり始めたのを感じ、俺は無理矢理にでも頭を切り替えることにした。

 

インターネットで、こんな話を聞いたことがある。

自らの過去の体験を思い起こす時、また、その体験が自らの日常、平常とは遠くかけ離れている時、人はそこに、もう一つの自我を仮定することで、心の安定を得る、と。

精神の分裂、理解のできない己との離別。

俺は今、そういった状態にあるのかもしれない。

 

ならば、ここ数日俺の体を動かしていたのは、何者だ。

俺の口を通して喋り、俺の耳を通して聴いていたのは何者だ。

 

チーム・鎧武のガレージに到着した。

考えるのはまた後だ。今は、一刻も早く、メンバーたちに会いたかった。

 

「裕也さん!久しぶり!」

 

ガレージには、ラットとリカ、チャッキーがいて、俺のことを笑顔で出迎えてくれた。

俺は心からの安堵を感じ、自然と顔が綻ぶのがわかった。

 

「来るなら連絡してくれたら良かったのに!」

「そうですよ!大体、なんでここ最近顔出してくれなかったんですか!ミッチも全然来ないし!」

 

リカが、人懐っこい笑顔でそう言い、ラットもそれに続く。

ラットの発言から、俺がブドウインベスに伝えた、チーム・鎧武を辞める、という連絡が行き届いていないことがわかった。

 

「悪い悪い、少し、忙しくて」

「もー!」

 

ラットたちの屈託の無い様子を見ていたら、今度は、何故か涙が溢れてきた。

涙が止まらなかった。

 

「裕也さん?どうしたんですか?」

「何かあったんですか?」

 

三人は、心配そうに、俺に駆け寄る。

チャッキーが、俺の肩に手を置いた。

俺は、それを強く握り締める。

暖かい。

暖かくて、寒気がした。

 

「紘汰が…紘汰とミッチが…」

「紘汰さんとミッチが?どうしたんですか?」

 

―――化け物になっちまったんだ。

そう続けようとしたが、喉が震えて、上手く言葉が出てこない。

言える筈が無い。

こいつらにとっても、紘汰とミッチは、大切な友達なんだ。

 

そうだ。

紘汰とミッチは、あの気持ち悪い果実のせいで、狂った化け物になってしまった。

そのことを改めて実感し、俺は、悲しくて堪らなかった。

馬鹿だけど、曲がったことが大嫌いで、強い正義感と優しさを心に秘めていた紘汰は、怒りに身を任せて他者に牙を剥くモンスターになった。

本当はとても頭が良くて、少し壁を作りながらもチームのことを誰よりも大切に思っていたミッチは、意味のわからない詭弁を弄するモンスターになった。

あの果実のせいで、俺が好きだったあいつらは、いなくなってしまったんだ。

 

二の句を次げなくなった俺を、三人は、心配そうにずっと見つめていた。

しばらくすると、気持ちが少し落ち着き、俺は、三人に言った。

 

「―遠くに引っ越すらしいんだ」

「え?ウソ!」

「裕也さん、それ、本当ですか!?」

 

嘘だった。

 

「ああ。色々、事情があるみたいで…」

「二人ともですか!?」

「絶対変ですよ!それ、本当に本当なんですか?」

「私、ちょっと連絡してみるね」

「いや、今はやめといた方がいい。色々、忙しいみたいだから…な?」

 

我ながら、苦しかった。

だが、こうするしか方法が思い付かなかった。

 

すると、ラットが言った。

 

「おかしいな、さっきは紘汰さん、そんなこと一言も言ってなかったのに」

「え?」

 

頭が真っ白になった。

 

「裕也さんが来るちょっと前に、紘汰さんも顔出してくれたんです。

裕也さんに会いたがってたんですけど」

 

俺は、堪らず、その場から逃げ出した。

三人が俺を引き留める声が後ろから聞こえたが、それに応じることはできず、俺はただ、どこへともなく、一目散に走り出した。

 

走りながら、回らない頭で考える。

そうか、あいつらには、あれが紘汰に見えているのか。

おかしいことが多すぎる。

何故、オレンジインベスは俺の家に来る前にガレージに来たのか。

ああそうか、おかしいんだもんな、あいつらは。

おかしいんだ。すべてが。歪んでいるんだ。

 

オレンジインベスは、俺を探している。

急に仕事に来なくなった友達を心配して。

おかしくなった、化け物になった頭で、俺のことを案じて、俺を探している。

きっと、理由なき善意で。

俺にはそれが、堪らなく恐ろしいことのように思えた。

化け物の力を使い、化け物の歪んだ倫理で動く、本物の化け物が、善意から俺を探しているんだ。

 

逃げなくちゃ。

遠くに逃げなくちゃ。

俺は走り続けた。

 

橋だ。

この橋を渡ったら、その向こうは、もう沢芽市ではない。

この町を抜け出して、どこか遠くへ行こう。

遠くへ逃げよう。

俺は、脇目も振らず、橋を抜けていった。

 

そして、俺は沢芽市に辿り着いた。

―――この世界には、沢芽市しか無い。

そう繰り返した戦極の声が、頭の中で木霊する。

この世界に、逃げ場は無い。

 

俺は、その場に座り込んでしまった。

何も考えたくなかった。

頭にモヤがかかり始める。

考えることをやめてしまえ。

不条理に身を預けろ。

理不尽に心を明け渡せ。

そうすれば楽になれる。

そんな誘惑が、心の中に芽生え、実をつける。

腐臭を放つ、とても美味しそうな、まだ青い果実だ。

 

俺の心証風景を映すように、丁度手の届く辺りに、ヘルヘイム果実が実っていた。

―――これをかじれば、俺は、知性を失ったインベスになることができる。

普通に口から摂取すれば、少なくとも、あんな頭のおかしい化け物にはならずに済む。

今は辛うじて、考えることができている。

だが、いつまた、この異常な世界に呑まれてしまうか、わからない。

そうなるくらいなら、いっそ。

そんな考えが頭を占め、俺は、ヘルヘイム果実に、ゆっくりと、震える手を伸ばしていった。

 

あと少し。

あと少しで、果実に手が届く。

美味しそうだ。

あと少し、あと少しで。

そうだ、知性なきインベスになって、幼い頃に好きだったヒーロー番組の怪人のように、暴れ、正義のヒーローの手によって、倒されてしまえばいい。

それがいい。

あと少しで、手が届く。

 

―――そんなヒーロー、どこにいるんだろう。

 

手が届いた。

その瞬間、手の中のヘルヘイム果実は、光を放ち、ロックシードに姿を変えた。

 

何が起こったかを理解するまでに、少し時間がかかった。

そして、ややあって、俺の腰に戦極ドライバーが巻いてあることに気が付いた。

いつの間に。

やはり、家を出る時には、少しおかしくなっていたのか。

そうだ、確か、戦極ドライバーには、ヘルヘイム果実をロックシードに変換する機能があった。

 

俺は、なんだか拍子抜けしてしまった。

だが、頭の中のモヤが、すっと晴れていくのを感じた。

 

そうだ。

世界は、確かにおかしくなった。

何か必ず原因があるはずだ。

誘惑に負けるのは、まだ早い。

俺には、まだやれることがあるはずだ。

 

新たなロックシードを手に、俺は立ち上がる。

雲の切れ間から、ほんの僅かに陽が射した。

 

すると、向こうから、インベスが歩いてくるのが見えた。

今度はシャルモンの店長ではない。

見たことはないが、本物のインベスだ。

 

「見付けたわ、角居裕也」

 

インベスは、女の声をしていた。

 

「お前、何者だ」

「湊耀子、秘書よ」

「誰の?」

「葛葉紘汰。彼こそ、王の器だわ」

 

インベスは、そう言うと何やら小刻みに痙攣していた。

案の定頭のおかしいやつだった。

 

「あなたを連れてくるように、というのが大将軍紘汰の命令だわ。

大人しく、私に着いてきなさい」

「嫌だね。クールな女みたいな素振りしてるけど、お前も尻から果実食ったんだろ」

「私は前からよ」

「一々汚えんだよお前ら!」

 

俺は、先程手に入れたロックシードを、解錠する。

 

―――オルタネイティヴオレンジ!

 

「何が起こってるかはわからない。

正直、意味不明すぎて考えたくもない。

だが、お前たちは怪物で、この世界にヒーローはいない」

 

「何言ってるの、あなた?」

 

「お前たちにはわかんなくていいんだよ。

…ああそうだ、この世界にヒーローはいない。

だったら!」

 

―――俺がこの世界のヒーローになってやる!

 

「変身!」

 

オルタネイティヴオレンジアームズ!

花道アナザーステージ!

 

ふと、俺の親友が、ダンスのソロパートに突入する度に叫んでいた決め台詞を、俺は思い出す。

 

「ここからは俺のステージだ!」

 

つづく


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