―――貴虎視点―――
「光実、疲れていないか?」
「大丈夫だよ、兄さん」
俺と光実は、オーバーロードを探してヘルヘイムの森を歩いている。
「光実、疲れていないか?」
「大丈夫」
尻からヘルヘイム果実を摂取し、インベスになったとはいえ、光実はまだ16歳だ。
戦士として鍛え上げている俺のペースで歩き続ければ、きっと疲れてしまう。
光実のことだ、疲れていても俺に着いてこようと虚勢を張ってしまうこともあるだろう。
兄としての細やかな気配りが必要な局面だと思う。
「光実、疲れていないか?」
「静かにしろ」
「すみません」
たまに見せる鋭い眼光が、やはり光実も呉島の男、この貴虎の弟なのだ、ということを感じさせる。
光実は、守られているだけに収まる男ではなかった。
もはや、兄と弟であるということ以上に、俺たちは同じ戦場に肩を並べる戦友なのだ。
―――でかくなったな、光実。
そんなことが、たまらなく嬉しいのは、俺も歳を取った証拠か。
俺は、たまらず苦笑する。
「ふふっ」
「何笑ってんだ、お前」
「いえ…」
光実の目が怖い。
葛葉たちと合流したい。
―――裕也視点―――
お馴染み角居裕也だ。
紘汰と共にノンストップで森を探索しているが、一向にオーバーロードとやらは見付からない。
貴虎たちの方はどうだろうか。
紘汰は、先程までのオーバーロードへの怒りも少し落ち着いたようで、今は俺と談笑する余裕もあるようだった。
何も話さないで、代わり映えのしない森を歩き続けるのも退屈だからな。
今は、チーム鎧武時代の思い出話に花を咲かせている。
「あのときの紘汰、マジで面白かったよ。
ステージ上で急に自家発電だもんな」
「ああ。なんかわかんねえけど、今ここで抜かなきゃって使命感を感じたんだ」
「逮捕されてたよな」
「姉ちゃんが保釈金を出してくれたんだ。思えば、あの時から、ダンスをやめることを考え始めたんだっけ」
ストリートで踊っていた頃のことが、もう随分前のことのように感じる。
そんなことを考えていたら、チーム鎧武のメンバーたちの顔が、頭に甦ってきた。
学の無いやつばかりだったけど、みんな俺の大切な仲間たちだ。
たとえ遠くに離れても、忘れたことなんてない。
ラット、リカ、チャッキー。
もっといたような気がするけど、取るに足らないことだ。
「なあ、紘汰」
「ん?どうした」
「お前、怖くないのか?」
「何が?」
紘汰は、十八番のインベススマイルを俺に向け、屈託なくそう返す。
「俺と同じ、田舎町のダンサーだったお前が、いつの間にかそんな大きな力を手に―いや、尻に入れて、今や人類の存亡の鍵を握る男になってる。
その責任を、重く感じることはないか?」
「いや、特に」
「そうか」
「なんかもう、帰んない?」
「そうするか!」
紘汰がその辺に適当に作ったクラックを通じて、俺たちは家路についた。
翌日。
「社会人としての自覚が足りん!」
例のごとく貴虎のオフィスに出社し、これもまた例のごとく、無断帰宅について俺と紘汰と戒斗がまとめて貴虎からの説教なうだが、やはり俺の知ったことではない。
「それでお前たち、何か発見はあったのか?」
一通り小言を終えた貴虎が、依然として不機嫌そうに言った。
「俺と裕也は特に収穫無しだ」
紘汰が首を横に振る。
戒斗も同じく―かと思ったのだが。
「俺はオーバーロードを見付けた」
「え!」
「何!それでどうしたんだ」
戒斗は脚を組み替え、たっぷり間を取ってから、こう答えた。
「俺によく似ていた。あれは、強さを追い求める者だった」
「大したことなさそうですね」
「なんだと貴様!」
ミッチがイカした野次を飛ばしたせいで、二人はあわや掴み合いと相成るところだったが、そこは紘汰と貴虎が仲裁し、なんとか事なきを得た。
「で、その場では戦わなかったんだな、戒斗」
「ああ。俺がベストコンディションではなかったあの状況では、戦っても分が悪いと判断した」
「ビビっただけなんじゃないですか」
「なんだと貴様!」
ミッチがイカした野次を飛ばしたせいで、二人はあわや掴み合いと相成るところだったが、そこは紘汰と貴虎が仲裁し、なんとか事なきを得た。
「まあ、とにかく、オーバーロードの発見には至ったんだ。赤い体をしているんだな?」
「ああ。何やら訳のわからない言葉を話していた」
貴虎が戒斗に確認する。
よっし、と立ち上がると、紘汰は、インベスとしての武器である鉤爪を研ぎ澄ましながら、気合い充分に発した。
「次こそは、そのオーバーロードを…」
その時だった。
特大の爆発音と振動。間違いなく、何かが壊れた音だ。
その後間もなく、オフィスに設置された警報器が、けたたましく鳴り始めた。
「なんだ?」
「火事ですかね?」
貴虎の携帯電話もそれと同時に鳴り始めた。
「どうした!何事だ!…喋るインベスによる襲撃だと!?」
貴虎の言葉に、俺たちは目を見合わせた。
―――まさか、赤いオーバーロードが?
貴虎が電話を耳に当てたまま、パソコンを操作し、監視映像のモニタリング画面に切り換えたその瞬間、画面上にノイズが発生し、別の映像が割り込んできた。
そこには、インベスが映っていた。
間違いなく、知性を備えたインベス。
タワー内部のどこからかパソコンを操作し、こちらに映像を強制的に転送するような芸当は、知性の無いインベスには到底不可能なことだ。
俺は戒斗に問い掛けた。
「戒斗、お前が見たの、こいつか?」
「いや、違う」
「じゃあ、こいつは一体」
貴虎は、一瞬、茫然自失したようになった後、すぐにその顔を怒りで歪ませた。
「お前は…!」
画面の中のインベスは、流暢な日本語でこちらに語りかけてきた。
「久しぶりだね、貴虎。私だよ」
「凌馬ァァァ!」
つづく