エリアの守護神~THE GUARDIAN DEITY in THE AREA~ 作:フリュード
新年があけてから暫く経った1月半ば、愛知県の某練習場にて。
「よーし、午前の練習はここまで!」
コーチがそう言うと、皆は足早にロッカールームへと引き上げた。
冬休みに入り、世代別代表、JFAプレミアカップ、全日本クラブユースサッカー選手権、高円宮杯全日本ユースサッカー選手権と重要な大会を終えた染谷たち名古屋フローリアスUー15の3年生はUー18ユースへの昇格をかけたセレクションへ向け汗を流していた。
・・・が、一人を除いては。
「ぐへー疲れたなぁ~」
染谷は午前中の練習が終わったとたんにゴールの後ろへ行き、肌寒い中で目を瞑り仰向けで倒れていた。
・・・ピト。
「おおっ!?何だ!」
するといきなり感じた冷たさに染谷は驚きのあまりビクッと体を震わせ、体を起こした。
「お疲れ様ッス!こーくん!!これ、水ッス!」
「おっ、ありがとな!」
声をする方を見ると、緩いくせっ毛に赤いヘアバンドをした子が水を持って来てくれた。染谷はお礼を言い、座り直してから水を貰い飲み始めた。
水を渡した子はオレの隣に座った。
彼は
染谷と同じGKで、染谷の一コ下の後輩である。本当ならUー14でGKをしているのだが、Uー14の大会での活躍を首脳陣が聞き、冬休みからUー15の練習に参加しているのだ。
「サンキューなショウ!後でジュース奢ってやるよ!」
「えっ、こーくん良いの?ありがとう!」
染谷がそう言うと枝村は目を輝かせながら言った。
(まったく、こいつに犬耳と尻尾があったらブンブン振り回す勢いだなこれは・・・・)
犬みたいな反応をする枝村の状態に染谷は苦笑をして見ていた。
「昂輝、あまり甘やかすなよ~そいつ余計つけあがるからよ!」
不意に上から聞き慣れた声。上を向くと、イケメンに分類されるだろうキレイな顔に茶髪のショートヘアーの男が立っていた。
「ひどいッスよリョウ君!その言い方は!」
『はははははははは!!!』
枝村は今にも泣きそうな表情で行った。本当に14歳なのかと思うくらいの子供っぽい枝村の姿を見て2人は笑っていた。この光景は冬休みに入ってからいつもの光景であった。
枝村を弄った茶髪の男は
染谷と同い年で名古屋Uー15のトップ下を任されていた。Uー15の日本代表にも選ばれており、世良と中盤のコンビを組んでいた。
華麗なテクニックで敵をかわしたり、目が覚めるような豪快なシュートで点をとったり、俗に言う『天才』だ。GKである染谷としては非常に頼りになる存在であった。
名古屋をジュニアユース三冠王者へと導いた立役者の一人でもある。
「ははは・・・んで、いつ引っ越すんだ?後、行きたい高校は決まったのか?」
佐伯がひとしきり笑うと急に真剣な表情になって染谷に言った。見ると枝村もこちらを見ている。その表情は悲しげだった。
「んー・・・卒業式まではこっちにいるよ。まぁ、高校はまだ決まってないから、早くしないと先生に怒鳴られてしまう」
染谷はそんな2人をみて苦笑し、空を見ながらそう言った。
今や染谷は『名古屋の若き守護神』とまで言われ、ユースを飛んでトップチームへの帯同の噂も出ていた。
U13~U15の世代別日本代表選出に加え、JFAプレミアカップ・全日本クラブユースサッカー選手権・高円宮杯全日本ユースサッカー選手権の三大ジュニアユース大会において優勝するという所謂『三冠王者』へと導き、大会MVP・ベストイレブンに選出されたほどの才能の持ち主なのだ。
・・・・が、あることが原因でユース昇格もトップチーム帯同も水の泡となってしまった。
故郷・神奈川への2度目の引っ越しが決まってしまったのである。
「また戻って来ることはないのか?昂輝だけが残るって言うのも・・・」
佐伯はそう言うが、染谷は首を横に振る。
「無理だな。そもそも
染谷はそう言った。
首脳陣や監督は
それは選手も同じ反応だった。けど、皆も行くことを許してくれた。その代わり「名古屋以外のユースに入るな!」と言う約束をつけられた。
無論、染谷自身名古屋以外のユースに入る気は無いらしくそれには力強く頷いていた。
「そっか・・・・」
染谷の言葉を聞いた枝村はそう言いうつむいてしまった。
「っ・・・Jリーグに入ったら日常茶飯事だぞ!チームを離れるのは」
それを見て染谷は心が痛んだが枝村の両肩に手を乗せて宥める。
「それに大丈夫だ!必ずこのチームに戻ってくる!約束する!」
染谷はガッツポーズを決め自身に満ち溢れた表情で2人に言い切った。
「まっ、そうだな。それに高校サッカーはユースでは学べないことを学べるからな」
佐伯は納得し、目を瞑り微笑みながらそう言った。
「あっ、後神奈川に行ったら祐介によろしく頼むわ!」
続けて佐伯は染谷に両手を合わせて頼み事を言った。
祐介・・・『
Uー15でも一緒にプレーし、佐伯佑のプレーを見たがとても上手くて、視野の広さをいかしたプレーで攻撃の目を摘んでいた。
傑さん・駆と同じ鎌倉学館中学校に通っていたので、プレーも傑さんに似ていた。
「分かった。祐介君に会ったら言っておくよ」
染谷は笑顔で快く承諾した。
すると、俯いていた翔が顔を上げた。その目には涙が浮かんでいた。
「絶対約束だよ!必ず同じ赤いフローリアスのユニフォームを着てプレーしよ!」
枝村は泣きながらそう言って指切りを要求してきた。
(ホントガキっぽいなこいつは。プレーは一流で普段は真面目な少年なのになぁ・・・)
染谷は苦笑しつつ、枝村と指切りをした。
「約束だからね!」
指切りをした後、枝村は涙をごしごしと拭きながらニッコリと笑顔をみせた。
「こら~簡単に行かせちゃ駄目だろー!」
その声を筆頭にUー15の選手全員が、染谷の周りを囲み始めた。
「えっ?えっ?何?」
突然のことに驚く染谷。すると・・・
「昂輝が安心していけるように毎日胴上げじゃ~いくぞぉ!」
皆が染谷の身体を持ち、胴上げを始めた。
「ギャアァァァァァ誰かァァァァァ!!」
染谷はちょっと泣きながら、口では助けを求めていたが、内心感謝していた。
(・・・・ありがとう。これで心置きなく帰れる。)
染谷は皆に感謝の言葉を心の中で述べた。しかし染谷にはもうひとつ悩みが残っていた。
(高校どうしよう・・・)
胴上げは午後の練習開始15分前まで続いた。その後、昼食をさっさと食べて(佐伯と枝村は先に食べ終わっていた。)午後の練習を始めた。
その後、脇腹が痛かったのは言うまでも無い。