白狼の舞   作:大空飛男

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渦巻く思惑

聡士郎が目を覚まし、椛が気合を入れて朝食を作っている時であった。

 

「椛、居るか!?」

 

その声と同時に、ドンドンと玄関を数回叩く音が聞こえた。

野太いその声の主は、恐らく春吉であろうか。

珍しい来客だと思いつつも、椛は台所を離れ玄関に向かうと、少しだけ戸を開いた。すると、予想通り春吉が腕を組んで立っていた。日が昇っても、山の朝はかなり冷える為、春吉は体を少し振るわせながら手を軽く上げる。

 

「おお、椛ィ。すまねぇな。実は日が昇りすぐの時、ある凶報が来てな・・・。なぁ、ここで話すのも寒いしよ。中に入っても構わねぇか?」

 

ただ事ではない顔をしている春吉を見て、椛はどうぞと家の中に入れる。中に入ると春吉は椛の家を物珍しそうに見つつ、居間へと向かった。

二人はちゃぶ台の前に座ると、楓が気を聞かせて二人の前に湯呑を置いた。春吉は「すまんな」と軽く礼を言うと、一つ咳払いをした。

 

「うむ・・・心して聞け。山道家が襲われたそうだ」

 

「えっ・・・」

 

余りにも唐突な報告により、思わず椛は目を見開いた。

 

「昨晩の事だ。山道家の一人娘、椿様が下衆に襲われたらしい。どうやら寝こみを襲われ、顔に大きな傷を負わせたそうだ。その下衆は置手紙を残すとすぐに消えたらしい。まるで誰も居なかったように、気配も臭いも残さずにだ」

 

「そ、それで椿様の容態は?」

 

椛の問いに春吉は唸ると、言いにくそうに口を開いた。

 

「命にはかかわらねぇ傷だが、将来にはかかわる傷だ。つまり分かるな?」

 

「顔に傷を負ったことで、舞姫になる事ができませんね・・・」

 

「そう言うこった。これで残すとこ犬里家と林道家、あと犬伏家だけだな。しかしまずいことになったぞ」

 

深刻な顔つきで春吉が唸ると同時の事であった。彼の後ろの扉が唐突に開いた。

何者かと春吉はあわただしく立ち上がり、ちゃぶ台の横に置いていた槍に手を掛けた。しかし、その正体に春吉は目を丸くして、口をあんぐりと開けた。

 

「げぇ!?聡士郎!?テメェ・・・き、傷はもういいのか?」

 

「げぇとは何だ、げぇとは・・・。まあ良い、まだ癒えてはおらぬが行動に支障はない。で、話は聞いたぞ春吉よ」

 

そう言うと聡士郎は椛と春吉の隣に腰を掛けると、膝に肘を突いた。

 

「やはり、侵入者の仕業か?」

 

「あ、ああ・・・間違いねぇ。山道家は嗅覚に優れた家系で、同田貫の使い手が多い。それを掻い潜るとなるとはやり、例の侵入者にちげぇねえ」

 

「ふむ・・・そうか」

 

「まったくよお。これじゃあ俺ら衛兵隊のメンツが立たねぇってもんだ。どこを探しても下衆人もとい侵入者は居ねぇし。ましてや名家、山道家が襲われたんだ。何をやっていたのかと長官(かしら)にド叱られるってもんだぜ」

 

「・・・御前らも大変だな」

 

「クソッタレ!」

 

侵入者を見つけられないやりきれなさから、思わず春吉は毒つく。彼は彼なりに自分の職に誇りを持っている様である。

 

「・・・春吉一つ思ったのだが」

 

そんな春吉を見て、聡士郎は不思議そうに口を開いた。

 

「なんでぇ」

 

「なぜ、林道家。犬里家。犬伏家が残る事がまずいのだ?舞姫になる物ならだれでもよいのではないのか?」

 

「・・・そ、そらぁ・・・。林道家はまだしも、犬伏家と犬里家は嫌人思考の家系。すなわち嫌人派なんだよ。人との関わりを一切持ちたくないってこった。白狼天狗にはまだそう言う輩がごまんといるンだが、今の真神露草様は親人思考でよ、何とか人との繋がりを復活させようとしているンだが・・・」

 

「ちょっと待て、お主は嫌人思考ではないのか?」

 

「そうだったら、ここには来ねぇよ。おめぇの様な腕の立つ奴と刃を交えれば、必然と嫌いじゃなくなるぜ。それにおめぇがこの村に来たこと、そして悔しいが俺を叩き伏せたことで、他の白狼天狗達の目も変わってきた。人間にもまだ腕の立つ奴がいるってな」

 

「なるほど・・・上下関係か」

 

「おう。そう言うこった。俺達白狼天狗は人間を見下してはいるが、腕の立つ奴にはそれなりの目で見る傾向があるンだよ。まあ、鴉の野郎どもはどう思ってるか知らねぇがな」

 

珍しくまじめな顔つきで語る春吉を見て、聡士郎はなんだか照れくさくなった。

 

「むう、話は逸れたが・・・舞その物には、大した影響がないのではないか?」

 

「それがあるんだよ。なぁ。椛」

 

椛は急に話を振られて驚いたが、すぐにいつもの表情に戻った。

 

「ええ、大ありですね。実は白狼の舞とは、新たに方針を決める儀式でもあるのです。現在は真神様が筆頭の親人的思考の方針で動いている白狼天狗ですが、『嫌人派』にゆだねられると、それは嫌人思考に変わってくるでしょう」

 

現在は露草を筆頭とした通称『穏健派』が、白狼天狗に親人思考を広めていた。人間と話し合い、お互いの権利を主張し合う事が出来る環境を作ることにこそ、今後の天狗は存続できると考えていた。つまり以前椛が話したような、天狗と人間のあるべき姿を守っていこうと、これまで活動を行ってきたのである。

 

最近になり人間が設けることに成功した狩猟区域。里に下りて新聞を販売する権利。そして山に新しく来た神との話し合いにより決まった参拝道も、すべては親人思考を持つ露草が進めた事であったのだ。

 

「なるほど、つまり嫌人派の白狼天狗が舞姫に選ばれれば、必然と嫌人思考に移行すると言う事なのか・・・」

 

聡士郎は納得するように頷く。種族の繁栄だけではない事は薄々勘付いていたが、政権に関することであったのは流石に驚いていた。

 

「そう言えば、剛牙の奴。穏健派がどうとか言っていたな・・・。ともかく、露草はそれも避けたかったと言う事か」

 

「はい、露草様は保守的な考えを重んじているのです。つまり今までの天狗とは、違う考えをお持ちなのですよ!」

 

何処か憧れたような口調で話す椛を見て、春吉は感心した顔をした。

 

「さて、それはいいとしてだ。そうなるとおそらく次に襲われるのは林道家か?親人思考なのだろう?」

 

先程の話しに一区切りをつけて、聡士郎は違う話題を切り出した。

 

「そういう訳ではねぇな。どちらにも着かずだ。白狼天狗の在り方を尊重はしているが、人と深い関わりは持つ必要は無いと考えている。だが、林道家は現在の在り方を気に入っているからな、おそらくはあぶねぇ。林道家の娘、桜様が舞姫になれば穏健派の考えに流れるだろうから『親人思考の考えを存続せよ』と、お告げを言うだろうな」

 

「お告げ?どういう事だ」

 

「あ?そんなこともわかんねぇのか?椛、お前教えてねぇのかよ?」

 

驚いたような、呆れたような表情で春吉は口を尖らせると、椛は乾いた笑いをする。

 

「あはは・・・。その、そこまで詳しく教えろと言われていなかったもので」

 

「まあいいけどよ。いいか?白狼の舞は最後に『岩長姫』様を舞姫に降霊させて、お告げを聞くんだ。・・・と、言っても舞の権利を勝ち取った派閥の幹部たちが書いたお告げを、舞姫は覚えてその場で言うンだよ」

 

「なるほど。つまり嫌人派が舞う資格を取れば、お告げは嫌人思考のお告げになるわけか」

 

「そう言う事だ。話を戻すが、だからあぶねぇと言えばあぶねぇ。しかし、過激派の連中は舞その物を妨害したいと考えているはずだ。だから、次に襲うのは何処かわからねぇ」

 

お手上げだと言わんばかりに、春吉は大げさに肩をすくめる。どうやらあらかたの事は衛兵隊の中でも議論されていたようで、迂闊に動けないのが現状のようであった。

 

「そう言えば過激派集団とは何だ?嫌人派とは違うのか?」

 

ふと不思議に思った聡士郎が口を開くと、春吉はその件に触れるなと言いたげな、面倒臭そうな顔をした。

 

「あー。あいつらは元々、縞枯一派っていう、やくざ集団なんだよ」

 

「なに?」

 

「嫌人思考を過激に考えすぎて、人を根本的に山から排除しようと考えている奴らだ。だが露草様が政権を勝ち取った時、一斉摘発されてな。この村から追放されたんだよ。しかし奴らは露草様を恨み、他に深い嫌人思考を持った天狗達も集めて根城を作り上げたってわけだ」

 

「では・・・根本的な問題を作り上げたのは、露草本人だったと言う訳か・・・」

 

「そう言うわけだ。まあこの村にいる奴らは穏健派だろうが嫌人派だろうが、皆なんだかんだ言って山を守りたい考えを持っているからな、奴らとは根本的にちげぇよ」

 

呆れたように春吉は言うと、「あっ」と唐突に言葉を出して、懐に手を入れた。

 

「椛。そう言えば露草様から直々に、書状が届いているぞ」

 

愚痴をこぼしながら、春吉は椛に書状を渡した。

それを手に取った椛は、丁寧に開封すると、その内容に思わず目を疑った。

 

「えっ・・・護衛を・・・解くって・・・」

 

 

 露草の手紙の内容はいかに綴る。

 

 ――犬走椛よ。五体満足であるのに、稽古を行うことができないのは、やりきれない一心だろう。護衛である松木聡士郎が負傷した事については、私の見込み違いであったことを許してほしい。そこで特例で、お主を舞姫の稽古に復帰することを許し、松木聡士郎が負傷中の間は奴を一時的にお前の護衛から外すことにする。健闘を祈るぞ――

 

と、書かれていた。

 

 この事について、椛は喜べばよいのか、悲しめばよいのか分からなくなっていた。

 

確かに聡士郎を護衛から外すことで、舞姫の稽古に復帰することができるのは大変喜ばしい事である。

五体満足であるのに、護衛の落ち度、聡士郎の怪我だけで自分が稽古に出ることができないのは、普通に考えて納得できないだろう。だが、聡士郎とのつながりの一つである、『護衛と舞姫』の関係が崩れるのは、どうしても今の椛にとっては複雑な気分であった。

 

「ワシを護衛から外すと・・・?そう書いてあったのか?」

 

「ええ・・・」

 

「ふむ・・・」

 

聡士郎はそんな椛の困る顔を見て、腕を組むと目を瞑りうつむいた。自分と同じ考えなのだろうかと椛は少しだけうれしく思ったが、聡士郎はすぐに、顔を上げた。

 

「そうか・・・ならばこの事を最大限に利用しようではないか」

 

「ふえ?」

 

ニヤリと笑う聡士郎を見て椛は口をぽかんと開いた。

 

「椛よ。改めて聞くがお主は親人思考なのか?」

 

「え・・・ええ、そうです。私は露草様の考えが、現在の天狗の考えでは適切だっ思っています。その為、親人思考ですね」

 

椛は迷わず、当たり前の様に言葉を返す。その答えに満足したのか、聡士郎は再びにやりとはにかみ、腕を組んだ。

 

「露草はこの事件を聞き、焦っておるのかもしれぬ。あれほどまで舞姫のもとを、護衛のもとを離れるなと言っておいて、今さら離れても良いなどと、おかしくは無いか?」

 

「あっ・・・」

 

言われてみればそうである。あれだけ強制をしておいて、今更護衛を解くなどどう考えてもおかしいのだ。

 

この時、聡士郎はこう考えていた。自分をわざわざこの権現村へと呼んだ事、椛を護衛から離れるなと貼り付けにした事、そして椛の身分が釣り合わないのに舞姫候補に選ばれた事も、すべては椛と自分に視線を集めさせる為であったのだろう。それにより嫌人派は他の穏健派所属の舞姫候補には注目視せず、名家的にも目の敵である椛と嫌うべき人間である自分を、真っ先に消そうと思うはずであるのだ。

 

 結果的にその結論は当たっていたと言える。犬伏家とつながりが深いと思われる刺客、銀杏木迅兵衛は椛に資格が無いと言い張り、聡士郎と剣を交えたのだ。無論この場合聡士郎は勝利して、より一層穏健派の考えは正しいと証明しなければならなかったが、敗北することで裏目に出てしまった。嫌人派は穏健派の十手持ちと言う切り札がなくなったとで、自由に動けると考えた。そして今回の事件は起こったのだと考えられる。

 

そこで露草は五体満足である椛を戻すことで、少しでも穏健派のいわゆる駒を作り出すことを行ったのだ。逆にそれほどまで、露草は焦っていると考えられる。

 

「ですが、何を利用するのです?」

 

「ワシは言われた通り、お前について行かぬ。こうすることでワシはまだ目を覚ましておらず、寝ていると考えるだろう。だが、ワシは椛を隠密的に護衛する。こうすれば椛を邪魔だと思った嫌人派の奴らが襲ってきても、ワシは椛を守ることができ、なおかつその侵入者を捉えられるとは思わんか?」

 

「待てよ。おめぇ本当にそんなこと上手く行くと思っているのか?奴は俺ら衛兵隊の包囲網を掻い潜り、気配すら感じる事が出来ねえンだぞ?それに、おめぇは人間だ。臭いが違う。成功する確率はゼロにちけぇよ。やめた方がいいな」

 

渋い顔をして春吉は聡士郎に言う。椛もそれに同意なのか、申し訳なさそうに聡士郎を見ている。

 

「そんな事、わかっておるわい。だが、その匂いを消す方法があるとしたらどうする?」

 

そんな二人を見ても、聡士郎は自信満々な表情をして食い下がらない。

 

「おめぇバカか?出来るわけねぇだろ。御前が白狼天狗にでもならねぇ限りな」

 

斬られた高熱で頭がおかしくなったのかと思うほど、容易に考える聡士郎に春吉はいら立ちを覚え、少し強めの声で聡士郎に言い聞かせようとする。

 

しかし。

 

「ああ、そうだな。なら、なれば良い」

 

「何だと・・・?」

 

「そこで・・・お前に頼みがある。春吉」

 

 

 椛が春吉と共に尖刃館に着くと、すでに舞姫候補達は集まっており他愛無い話をしている様子であった。彼女達はいつも集まりが早く、椛は対立している派閥同士であっても、そのことに関しては素直に関心を示していた。いくら考えは違っても白狼天狗であることに変わりはなく、見習いたいと思う事は不思議ではないだろう。

 

「ここへ来るのは久しぶりだぜ。センセたちは元気なンだろうか」

 

春吉は懐かしむように尖刃館を見上げながら、言葉を洩らした。

 

門下生たちはここを卒業すると、仕事などの都合上ここに来る事はほとんどなかった。天来寺や中央街を見回りすることが殆どである衛兵隊の春吉にとっては、哨戒隊や諜報隊よりもまったくと言っていい程来る機会が無く、思わずなつかしく感じるのであったのだ。

 

「師範代達は皆元気ですよ。春吉も挨拶くらいしていったらどうです?」

 

「なんつうか・・・俺はやんちゃだったからな・・・合わせる顔がねぇや」

 

照れ臭そうに春吉は言うと、他の舞姫たちが椛達に気がついたのか、集まってきた。

 

 「あら!?椛ちゃん!護衛の容態はいかがですの?その方が新しい護衛となられたのですか?」

 

 林道家の一人娘である桜はいつもと変わらずふわふわとした感じで、不思議そうに椛に問う。親友であったはずの椿が怪我をしたと言うのに、ずいぶんと暢気であると椛はひそかに思った。

 

「いえ、彼はたまたま私に付き添って頂いただけです。護衛の方は、まだ眠っております」

 

「あらあらそうなのですか。あの方は頑丈そうですのにねぇ」

 

「まて、椛は護衛と共に行動せねばならぬと言われているのだろう?何故来たのだ?」

 

二人の会話に割り込むように、犬里家の一人娘の犬里榧は凛とした声で椛に言い寄った。彼女は椛同様、規則には厳しく堅物と呼ばれている。

 

椛は疑われるのも癪に障るので、巾着袋から露草に渡された礼状を取り出し、それを榧に堂々とした表情で見せた。

 

「これは露草様直々の手紙です。私も候補になる事を専属せよとの内容でした。文句は無いでしょう?」

 

「・・・如何にも。だが・・・」

 

榧が反論しようと口を開こうとしたその時であった。

 

「あら!それはよかったではありませんか!共にまた鎬を削り合えますわね」

 

両手を合わせてふわふわとした口調で、桜は言う。それを見た榧と椛は調子が狂いどこか和んだ表情をしたが、一人だけ勝ち誇っているような表情をして、鼻で笑った。

 

「ふふ。首の皮一枚つながったと言う事か。椛よ、また競い合えることはうれしいぞ」

 

「柊様・・・。私も卑怯な事では屈指ませんから、絶対に」

 

敵意を込めた目で椛は柊を見ると、それを鼻で笑い柊はおどけたように手を上げた。

 

「誤解しないでほしいが・・・。迅兵衛が不落の松と剣を交えたのは、あくまでも奴個人のやった事だ。犬伏家の総意ではないぞ」

 

「・・・そうですか」

 

納得したそぶりを見せつつも、椛は敵意を込めた目を崩さなかった。

 

「ふん。どうせ誤解が解けぬ事はわかっている。精々一日分の遅れを取り戻す気持ちで稽古に励むのだな」

 

「言われなくても、そうするつもりです」

 

椛が柊に言い返して暫く両者はにらみ合う。するとそれを遮るかのように尖刃館の扉が解放された。

 

「では、春吉。行ってきますね。松木様の事はお任せしますよ?」

 

「おう、任せとけ」

 

気軽に返事をする春吉を見て椛は軽くお辞儀をすると、駆け足で尖刃館へと入っていった。

 

「さて・・・俺も行くか」

 

それを見送ると春吉は、聡士郎の頼みごとを果たすため、衛兵隊の奉行所へ向かっていった。

 

 

 

 天来寺のすぐ近くにある奉行所が、白狼天狗が大半を占めている衛兵隊の本拠地である。

 

 しかしこの奉行所はあくまでも名ばかりの物であり、武家時代の町奉行のように行政や司法などは行わない。警察組織として残ったものであり、さしずめ権現村警察署と言うべきであろうか。

 

 春吉は奉行所の門番に軽く挨拶をすると、そのまま玄関へと入った。中は下衆の捜査に苦戦しているようで、妙にあわただしい。すると、何やら荷物を抱えた長身の衛兵と鉢合わせ、声を掛けてきた。以前聡士郎と春吉がいざこざを起こした際に、小柄の白狼天狗と一緒についてきた男である。

 

「春吉さん。どうしました?今日は朝上がりだって・・・」

 

「おう、ノッポか。その資料は・・・下衆の奴の情報か?何か掴んだのか?」

 

ノッポもとい、青桐薄は持った史料を「よいしょ」と呟き、抱えなおした。

 

「いやぁ・・・まるっきり。奴の使う武装は小刀を使っとった事くらいしか分からんですね。目撃情報もなければ臭いもほとんど感じない。相当な手練れですねぇ。やっぱり」

 

「む、そうか。ところでノッポ。頼みがあるんだが」

 

ノッポは手に持っていた荷物を床に置いて聞き返した。

 

「はあ。頼みですか?」

 

「おう。実はな、衛兵隊の古着を探しているンだが。ここにあったよな?」

 

首をかしげるとノッポは思い出したように呟く。

 

「えーっと。ああ、確か倉庫に山ほどあったと思いますよ。もったいないとは思っとりましたが、何かに使うんですか?」

 

「使うから聞いてるンだろ?数着、早く持ってこいや」

 

「いまからですか?」

 

「おう、そうだよ」

 

のんびりとした口調で言うノッポに若干のいら立ちを覚えつつ、春吉はせかした。だがノッポは荷物をちらちら見て、何やら気にしている様子である。どうやらまだ仕事が残っている様だった。

 

「ああ、わかったよ。先にそれを持って行ってからでいい。俺は衛兵詰所で待ってるから早くしろ」

 

「はあ。すいません」

 

頭に手を当て申し訳なさそうに頭を下げると、ノッポは駆け足で廊下を走っていった。

 

 

 衛兵詰所で春吉は座ると、聡士郎に頼まれた頼みごとを思い返していた。

 

 何故、着古した服などを欲しがるのだろうか。それも数着である。天狗は美意識が髙い。春吉も言わずと白狼天狗である為、その理由がまるで分らなかった。

 

 しかし、現状は下衆を探す目星も無ければ、情報源も無い。その為聡士郎の思いついたらしい奇策に掛けるしかなかった。悔しい事ではあるが、愛すべき村を守りたいと言う意思がある春吉にとっては、それは仕方ないと納得していた。

 

 「まったく。もし上手く行かなかったら食ってやる。人肉を食うのは好きじゃねぇがな!」

 

 「何独り言を洩らしている。春吉よ」

 

 春吉が一人で唸っていると、後ろから誰かから唐突に声を掛けられ、体をビクッと跳ねた。

 

「お、おかしら・・・」

 

そこに立っていたのは、屈強な体つきをした初老の白狼天狗であった。髪は白と言うより銀色に近いが、天然が入っているのかくるりと巻かれており、顔にはいくつかの傷が刻まれていた。太く上り坂の様に整った眉毛が特徴的で、キレる頭の持ち主である彼は、『銀狼の桔』と呼ばれていた。

 

「いえ、別に・・・何でもないです」

 

「おいおい?何でもない訳は無いだろ。おめぇの事だ。下衆をどう捕まえようか案を立てておったのだろう?」

 

「あ・・・いえ、はい。そうです」

 

恐縮しているのか先程まで胡坐をかいていたが、瞬時に正座に直し、背筋を伸ばしながら言う春吉を見て、桔は春吉の前に座った。

 

「ああ、楽にして構わんぞ」

 

「いえ、自分はこのままで」

 

「ん、そうか。それで、何故古着をノッポに持ってくるように頼んだのだ?」

 

余裕の笑みをこぼしながら、桔は春吉に問う。どうやら知られていたようである。もっとも、やましい事ではないのだが、春吉は何処か見透かされたような感覚に陥り、思わず頭を下げた。

 

「はっ・・・実は頼み事をされまして」

 

「頼み事?誰にだ?」

 

「伏せておくと言う事は、できないでしょうか」

 

頭を下げつつ言う春吉を見て、桔は顎に手を置くと、唸った。

 

「・・・お主の最近の行動から察するに、穏健派の誰かか?」

 

一瞬ドキリとして春吉は体を震わせると、桔は「当たっておったか」と愉快そうに笑った。

 

「儂は中立だが、どちらかと言えば親人思考だ。かまうこたねぇだろ。ほれ、正直に話してくれぬか?」

 

「そうでしたな。ですが・・・恐れながら長官。貴方を本当に信頼してもよろしいでしょうか?」

 

「どう言う事だ?」

 

「はっ・・・この事は真神露草様を欺いているので・・・」

 

それを聞いた桔は、思わず顔をしかめた。まずかったかと春吉は冷や汗を掻いたが、桔は立ち上がり廊下を見渡して人がいないのを確認し、詰所の襖を閉じて春吉に詰め寄ると、「続けよ」と春吉に話を促した。

 

「・・・実は犬走椛の護衛。松木聡士郎は既に目を覚ましております。ですが奴のとある思惑によりこの事を伏せておいてほしいと言っていたのであります」

 

「思惑・・・?それが古着だと言うのか?」

 

「ははっ・・・さようでございます」

 

春吉の意見に対し、流石の桔も何故聡士郎が古着を所望したか分からない様子であった。だが、顎に添えていた手を解くと、今度は腕を組み低く唸った。

 

「何故だろうか…。だが、仮にも十手持ちだ。天狗をも欺く奇策を持っているのかもしれぬな」

 

「それは・・・わかりませぬが」

 

「分かった。任せてみようではないか。儂は人を好かぬが、その十手持ちが持つ妙案に掛けてみようと思う。正直儂の娘を傷つけた下衆をとっ捕まえてさらし首にしても飽き足らぬが、現状何も掴めないからな」

 

冷静を繕っている桔であるが、体から迸る怒りを抑えられず、にじみ出ているのが春吉には分かった。そう、最初の被害者である犬童杏は、この犬童桔の一人娘であるのだ。

 

衛兵隊にそのことが素早く知れ渡ったのも、珍しく桔が怒りから大声で怒鳴っていた為でもあったのだ。

 

「さて、儂はまだ用がある。この事はくれぐれも内密にしておくから安心せい」

 

そう言うと桔はおもむろに立ち上がり、詰所の襖を開くと、そのまま外へ出ていったのだった。

 

 

さて、すでに日が落ちて、権現村に夜が来た。中央街は相変らず、鴉も白狼も酒を飲んでにぎわっており、何とも暢気な風景が広がっていた。

 

その中央村街をさらにまっすぐ行き、権現村の入り口をのはずれにいくつかの倉庫がある。

 

中にある物は祭りを行う際に使う神輿や飾り、さらにはその際に使用する、斧や鋸などが置いてあり、普段はだれも近づくことは無い。

 

しかし、そこに向かう一つの陰があった。

 

第一哨戒隊副隊長、銀杏木迅兵衛である。

 

迅兵衛は一番奥にある倉庫の前に立つと、辺りを見渡して誰もいない事を確認した。そして扉を一定間隔に軽く叩いて合図を送ると、倉庫の中から小さく声が聞こえてきた。

 

「黒き者には?」

 

「牙があり」

 

扉に囁くように迅兵衛は言うと、音も無く静かに扉が開いた。迅兵衛は再び辺りを見渡すと素早く、倉庫の中へと入ってゆく。

 

「着けられなかったですか?」

 

倉庫の中には黒装束を着た、白狼天狗の姿があった。黒狼派の一人、陰爪である。この男こそが現在、権現村の衛兵隊を騒がせている侵入者であった。

 

「私を警戒する奴は、この村ではおらんよ」

 

「そうですな」

 

陰爪はそう言うと、手元に持っている蝋燭を床に置いて、胡坐をかいた。それに続くように迅兵衛もその場に胡坐をかく。

 

「さて・・・ここに来たと言う事は、何か事を起こすのに変更点があると言う事ですかな?」

 

「いかにも、実はな・・・露草の奴が、犬走椛を再び舞姫候補に戻すと言い始めたのだ」

 

「なんと、大胆な事をしますな」

 

不気味な笑いを浮かべつつ陰爪は驚いた様に呟いた。

 

「正直、犬走家は椛しか今はいない。義弟に楓と言う小童が居るが、奴はそれ以前の問題だがな」

 

「そうですな。ではやはり犬走家も?」

 

陰爪の言葉に頷くと、迅兵衛は懐から何やら紙を取り出した。その紙にはいくつもの図が断面的に掛かれており、その図には小さく文字が書かれていた。

 

「犬走家の間取りだ。不落の松はどうやらまだ目を覚ましていないらしく、襲撃するなら今が好機であろうな」

 

「…確かにそうですが、道中で襲ってもよろしいでしょうか?」

 

珍しく意見に口を出す陰爪を見て、思わず迅兵衛は眉をひそめた。

 

「考えがあるのか?」

 

「もし、不落の松が起きていたら、計画が水の泡です。ですから人気のない場所に誘って襲う方が良いかと」

 

「なるほど、念には念を・・・か。面白い」

 

その案に満足げに頷くと迅兵衛は瞳を瞑り、息を付いた。

 

「露草はちと、でしゃばりすぎておる。真神家はもともとこの山とは違う白狼の種族。それが副統領になるのは、古くから住む名家たちも良く思っておらぬ」

 

迅兵衛の言う通り、真神家はもともと妖怪の山に住む白狼ではなかった。

本来、真神家が居た場所は外の世界にある王御岳と呼ばれた山であり、その中の御岳族と呼ばれる種族であったのだ。その為、この妖怪の山に古くから住んでいる権現村の名家たちは、真神家が副統領になる事を反対したのである。

 

しかしこの山に住む大天狗の一人は、名家や権力に関係なく能力を持っている聡明な天狗を選ぶと言い、当時外来族だが多く貢献していた真神露草を副統領として新たに選んだのだ。

 

副統領になった露草はこの権現村より良い村へとすべく、とある計画を立てた。これこそが、過去に権現村に住んでいたやくざ組織「縞枯一派」の一斉摘発である。

 

気性が荒く無頼者であり、人さらいなどの度重なる法度を犯していたにもかかわらず、見て見ぬ振りをされていて好き放題やっていた縞枯一派であったが、露草はそれを許さず徹底的に処罰を行ったのだ。

 

そして暴かれた悪事の元。縞枯一派と、その関係を深く持っていた物すべてに罰を与えた。縞枯一派は問答無用で村から追放を受けたが、一派一同は露草を逆恨みして復讐を誓ったのである。そして山の北部に新たな根城を作り、これが、今の過激派集団となり、山を登る人々を積極的に襲うようになった理由である。

 

「我々縞枯一派は真神露草に追放された身。奴に復讐をできるのであれば喜んで受けましょう」

 

「うむ。事を起こす時はお前の判断に任せる。頼んだぞ」

 

「はっ。お安い御用で」

 

短く返事をすると、陰爪は飛び上がって倉庫の屋根裏に上がって、外へ出ていった。




※ 榧 
「かや」と読みます。イチイ科カヤ族の常緑針葉樹です。

※薄
「ススキ」と読みます。また、ハクとも読みます。今回の場合は前者です。

※衛兵詰所
本来は同心詰所や足軽詰所と言います。ここで同心は仮眠を取ったり、休憩したりします。今回の組織は衛兵なので、「衛兵詰所」として書きました。

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