白狼の舞   作:大空飛男

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成敗

さて、二人は文と別れた後、村を歩いていた。

 

村の中央通りにあるのは、主に鍛冶屋と居酒屋。そして天狗達が座り話し合うために使う茶屋があるだけで、後はほとんど民家しかない。住宅街と言われている場所は主に名家だけが立ならんでいる為。一般的な天狗達はここで住んでいた。堅苦しい雰囲気はせず、住宅地に比べ割とのんびりしたところであるため、ここは何時もにぎわっているのだ。天狗も妖怪だが人と変わらず、にぎやかな所を自然と好むのだった。

 

「それで、今日の任務はどうなった?ワシが着いて行っても辛くない所が良いが…」

 

苦い顔をして聡士郎は頭を掻いた。いくらあがいても所詮は人間。その為険しい崖や山道などは出来るだけ避けたいと思うのが普通である。

 

「いえ・・・その・・・非番でした」

 

「ほう。それは良いな。今日は早々に家に戻り。日頃の疲れを取り、しっかりと休息をとる方がいいのではないか?」

 

暢気な表情をする聡士郎を見て、椛はため息を着いた。

 

「それが・・・しばらくは非番だそうで」

 

「なるほど、舞姫が怪我でもしたら大変だからな・・・。それとも舞の練習の為か?」

 

「どちらかと言えば後者でしょうね。ですが基本の形は既に教わっていますので、後は本形の稽古ですね」

 

「ふむ。本形か・・・。先に申した形と何か違う所でもあるのか?」

 

「簡単に説明しますと・・・本形は舞姫候補に伝承される形です。最初に言った形は幼いころに全て道場で習います。私たち白狼天狗が使う武術の基礎となるからです。本形はいわゆる演武の形であり、女性のみ伝承されます。ちなみに男性はまた別の、戦いに適した形を伝承されるらしいです、ですがかなり実力者でないと伝承されないと聞きますね。」

 

立ち話も何ですのでと、椛は座ることを提案し、近くの茶屋「双葉庵」に寄ることになった。

それなりに人もとい天狗達が座っており、雑談しながらお茶を楽しんでいる。笑い声を上げるものや、話し合いに熱がこもる者、さらには長椅子で寝ている者もいた。聡士郎はそれを見て、本質的に人里と変わりはないのだと、改めて実感した。

外の長椅子に座るとしばらくして、白狼天狗の店員がメモと鉛筆を持ち注文を取りに来る。この時聡士郎の事を見た店員は苦い顔をしたが、すぐさま愛想笑いを作った。

 

「ご注文は?」

 

「団子を二つ。あとお茶をお願いします」

 

慣れた口調で椛は注文をする。彼女の行きつけの店だろうかと、聡士郎は頷く。

 

「かしこまりました!あ、あんたが椛様の護衛かい?」

 

すると店員が珍しいものを見るような目で、聡士郎に声を掛けてきた。

 

「ああ、如何にも。人間であるが故、店の評判を崩すのであれば立ち去った方が良いか?」

 

先程の店員の顔を見ていた聡士郎は、迷惑をかけてはなるまいと立ち上がった。しかし店員は首を振ると、聡士郎の肩に手を置いて再び座らせた。

 

「客を追い出す店がどこにあるんだい?まあ人間でもお金さえ払ってくれれば十分だよ!それに椛様の護衛だもの。出て行けなんて言えないわ!」

 

「しかし他の客の迷惑になるのではないか?人間を毛嫌いする者も居るだろう?」

 

申し訳なさそうに聡士郎が言うと、店員は大笑いして聡士郎の肩を叩いた。

 

「少なくともうちの店はそんな事気にしないね。まあ気にせずゆっくりしていきな!」

 

 笑いながら店員は元気よく店の奥に「オヤジ!団子と茶二つね!」と言って店の中に戻っていった。

 

「あのような奴も居るのか」

 

聡士郎は、彼女を感心した目で見た。基本天狗とは人間を莫迦にするばかりだと思っていたが、種族をそこまで気にしない人物も居るとは予想もしていなかったのだ。その為珍しく、思わず感心してしまった。

 

「そうですね、居酒屋と団子屋は基本あんな感じです。みんな商売人ですからね。最近では人間の里にも支店を出したいとか土筆が言ってたなぁ・・・」

 

「ツクシ?」

 

「はい、さっきの元気な子ですよ。彼女と私は同期だったんです。ですが団子屋を継ぐ為、哨戒天狗に配属されましたが除隊しました」

 

「そうか、椛と同期だったのか。しかし・・・組織から除隊ができるのか?」

 

「はい。ですけど基本は職をなくす為、稀です。主に家が鍛冶屋だったり、居酒屋だったり・・・店を持つ天狗は家業を継ぐために除隊する方が多いですね。あと、店を開く方も居ます。成功しなくてお店を泣く泣く畳んで、再び復帰する事もできますけど、その場合は数年道場で修行し直さなければいけません」

 

「なるほど・・・天狗の社会はそのような感じになっているのか」

 

「白狼天狗はそうですね。鴉天狗はまた別ですけど」

 

「そうか・・・」

 

天狗の集落もとい、天狗の社会は人里よりも圧倒的に管理されている。

人里は主に職選びを失敗すれば、そこで終わりである。大地主や里の権力者が持つ畑を借りるか、その田畑を耕す仕事を与えられればまだ良い。しかし悪評を張られて何処の職にもつけず乞食になったり、やさぐれて盗人かやくざになるなど、多々あるのだ。その者たちがこの先どうなるかはもちろん目に見えている。

強いて人里が管理されている所は、村の自治体が生活するために必要である運河や水路を修繕。各村に掛かっている橋の補強工事。引き取り手の無い死者を衛生面の為、里の外に捨てるなどである。

十手持ちから巫女が現れるまでにずいぶんと治安が良くなったとはいえ、まだまだ未発達な場所は多くあった。その為に、聡士郎は天狗の社会が羨ましく思えた。失敗しても、心が変わっても、最終的な職があるからだ。

 

聡士郎は妖怪退治の専門家を辞めたらどうなるかと悩み続けていた。剣の道を極め流のも良いのだが、他事をやる場合はどうなるのだろうか。自分の性格上、盗人ややくざになる事は出来ないだろうし、乞食となって物乞いすることも自尊心が許さなかった。強いて言うなら道場を開くか、農民になるかのどちらかであろう。

 

 

「・・・椛。おぬしらが羨ましい。ワシは天狗に生まれたかった・・・。人の余生は、あまりにも短い」

 

「天狗になってもいい事なんてないですよ。上司には良くいびられますしね」

 

乾いた笑いをしながら椛は言った。彼女もいろいろと苦労をしているようであると、聡士郎は悟る。

 

「それに、松木様。あなたはまだ若いじゃないですか。いくつでしたっけ?」

 

「三十路だ。確かにまだやりたいことは山ほどできる。しかし、ワシはちと特殊での・・・」

 

「特殊?それはどういうーー」

 

椛が言葉を言い切る前であった。大きな罵声が聞こえたと思うと、店の奥が騒がしくなり、何かが割れるような音が聞こえた。

 

「うるせぇ!ツケといてくれっていてんだろうが!」

 

「あんた!いい加減にしなさいよ!一体どれだけツケが溜まっていると思うの?いい加減に払ってよね!この貧乏犬が!」

 

「なにィ?テメェ・・・。いい度胸してるじゃねぇか!」

 

そう声が聞こえると同時に、土筆が店の入り口を突き破り、地面に吹き飛ばされてきた。客の天狗達は驚いたのか一斉に散らばり、何事かと土筆を見た。

土筆は痛々しく肘を抑えてゆっくりと立ち上がると、入口の方をにらみつけた。

すると、その入り口からぬっと、巨漢の男が出てきた。

顔には切り傷が多々あり、手入れをしていないようなボサボサの髪の毛をしている。そして肩には普通の槍とは違い少々短い、手槍を担いでいた。

 

「あ、あいつは…」

 

「竹峰だ!衛兵隊の竹峰春吉だよ!」

 

聡士郎と椛の隣に座っていた天狗達がざわつく。どうやら顔の知れた男のようだ。もっとも、この狭い村であのような特徴的な顔を知らない奴は、いなさそうではあるのだが。

 

「土筆ィ・・・俺は御前の事嫌いじゃないぜ?だからケガしねぇうちに店に戻りな。それでもツケを払えってェ言うなら別だが?」

 

「うるさいわね!あんた臭いのよ!店の迷惑よ!」

 

肘を抑えながら、威勢よく土筆は啖呵を切った。それに激昂したのか、春吉は槍を構えた。しかし放とうとしたに瞬間に椛が立ち上がり、春吉の肩を掴んだ。

 

「春吉ッ!やめなさい!」

 

「あん?テメェは哨戒隊の椛じゃねぇか・・・?とめるんじゃねぇよ」

 

「止めます!あなたは何をしているのか分かっているのですか?明らかに貴方が悪いでしょう。それに、権現村で私闘はご法度です!」

 

「へっ。そうかい。じゃあ、力づくで止めてみたらどうだ。もっとも、あんたにできるんだったらな」

 

春吉はそう言うと、椛の手を振りほどき、土筆に手槍を再び構えた。薙刀の様に湾曲ではなく、直線に伸びた刃は土筆の首元に突き付けられ、今にも刺し殺しそうな勢いがあった。

 

「おぃ・・・覚悟はできてるか?」

 

「くっ・・・私にも誇りがある。間違ったことは言ってない!」

 

「なるほどな。あくまでも抵抗するか。じゃあ痛い目に会ってもらおうか!」

 

低く威圧した声で春吉は手槍を引き、放とうとした。

その瞬間。突如、彼の後方から高らかな笑い声が聞こえてきた。

 

「ふっはははは!実に愉快、実に滑稽よ!金も払えず逆上し女に刃を剥ける。これがあの誇り高いと聞いた衛兵隊所属である白狼天狗の実態なのか!これは笑いが止まらんな!」

 

その笑い声の主は、聡士郎であった。座席をバンバンと叩きながら、心底愉快そうに笑っている。それを見た周りは同調したのかニヤリと口を思わず歪めて、莫迦にするような目で春吉を見た。

 

「なんだぁ?てめぇ?」

 

蟀谷に血管を浮き出し、如何にもブチ切れそうな雰囲気を出して、春吉は聡士郎を見た。

 

「ま、松木様!?こいつは危険です!挑発するのは・・・」

 

慌てふためき椛は聡士郎を抑えようとする。しかし大丈夫だと言って椛を押しのけ、聡士郎は春吉の目の前に立った。

 

「ああ、そう言う事か!どおりでこの店はくせぇと思ったぜ!肥溜めの臭いかと思えば人間の臭いだったか!土筆、くせぇのはこいつが原因じゃねぇのか?」

 

莫迦にする様に、見下す様に、春吉は笑い出した。しかし、聡士郎は顔色一つ変えず、呆れた表示をしながらため息を着いた。

 

「衛兵隊を見て恐れていたワシはなんとも情けないな。案外弱そうではないか」

 

 呆れながら聡士郎が呟いたその刹那。鈍い音と共に頬に思い切り春吉の拳が入った。聡士郎はそのまま長椅子まで吹き飛ばされる。

 

「あっ!松木様!」

 

聡士郎の元に駆け寄り、椛は安否を確認しようとする。周りは、莫迦な奴だと言わんばかりに、冷めた目で見ていた。土筆もどこか戸惑いながら視線を泳がせ、聡士郎が吹き飛ばされた方向を見る。

 

「人間風情が調子に乗るなよ?」

 

春吉は煽るような目で、倒れた聡士郎を見た。すると破損した椅子をかき分け、聡士郎はよろめきつつも立ち上がった。足元がおぼつかないのか一瞬倒れそうになるが何とかこらえ、立ち直る。

 

「うぐ・・・痛いな。しかし、先に手を出したのはお主だ。これでワシは正当防衛をする権利が与えられた」

 

思いのほか威力が通っていないのか、先程のよろめきは一切見せず、聡士郎はニヤリと口元を歪ませ、春吉に視線を戻した。

 

「なんだと?」

 

「椛、権限村では私闘は禁じられているのだな?だが、これが成敗であればどうだろうか?」

 

口に着いた血を拭うと、聡士郎は首を鳴らした。

 

「え?あ、はい。そう言う事は聴いておりません」

 

椛の答えに聡士郎はそうかと頷き、追風に手を掛けた。

 

「竹峰春吉とか言ったな。椛に危害を与える可能性がある故、護衛の名目上。お主を成敗いたす」

 

 

春吉はいら立ちを隠せずにいた。

 

人間如きが、天狗を成敗しようと言うのだ。それも理由が椛に危害を加える恐れがある為だと言う。そのようなつもりは毛頭なかったのだが、椛を守る為と言うその理由が気に入らなかった。

手槍を構え、春吉は目の前に立つ生意気な人間の男を睨み付けた。それに答えるかのように、聡士郎は刀をゆっくりと抜刀した。日の光に反射してギラリと刃が輝き、正眼を傾けたような構えで春吉を威圧していた。

 

外野はその二人を、祭りが始まるかのように目を輝かせながら見ていた。

 

そう。喧嘩が始まるのだ。権限村では私闘を禁じられているので喧嘩もとい決闘を見るのはずいぶんと久しぶりであった。これはあくまで成敗と言う名目であるが、正直なところ喧嘩と変わらない為、外野は胸が躍ったのだ。

 

「最初に聞いておくが、骨は人里に送り返せばいいのか?」

 

人間が決闘により死んで、妖怪の山で骨を埋葬することは天狗にとっては良い気分ではない。恐怖により死んだ人間の血肉を山に返すのは山の名目上願ってもない事なのだが、誇りを抱き死んだ者の血肉はこの山に合わない。だからこそ春吉は質問したのだ。

 

「そうだな。ではこの村に埋めてくれ。」

 

だが、聡士郎はそれを知っていて、あえてそう言った。

それだけではない。この権現村に埋めてくれと言ったのだ。それを聞いた春吉はさらに怒りを蓄え、顔を真っ赤に染め上げた。

 

「テメェ!もう容赦はしねぇ!串刺しにしてやらぁ!」

 

春吉は殺意を槍の刃に込めて素早く放った。聡士郎は後方に身をよじらせそれを避ける。

しかし春吉は逃がすまいと、続けざまに攻撃を放った。槍は間髪入れず、突くことが可能なのだ。

 

槍の主な攻撃方法は言わずとも突きである。突きとはかなり厄介であり、攻撃の予備動作が少なく素早い為、見極めるのは大変困難である。刀は振り上げ切る動作をしなければならないが、槍は引いて突くだけの動作であり、予備動作は少なく有効距離が長い分、引けば威力が乗りやすく、放てば遠くまで届く。銃や弓などの飛び道具を除けば、最も近接戦で有利な武装と言えるだろう。

 

その強さは歴史が証明している。刀が主に使われていたと描かれることが多い戦国時代であるが、それはまったく違うと言っても良い。刀が使用されることはほとんどなかったのだ。とある文献によると、戦国の世の死傷率は飛び道具の弓、あるいは銃などの飛び道具が圧倒的に多かったが、それを除いて近接戦闘の場合、大半が槍で占めている。あくまで刀は戦国の世が終わり、武士の魂として残っただけなのだ。

 

故に、春吉は負ける要素が無いと高を括っていた。奴の持っている武器は刀であり、槍とは相性が悪い武装である。手槍ではあるがこの場合はさほど普通の槍とは変わらないはずであろう。

それに、白狼天狗は長い鍛錬を積み、人間とは桁外れの力も持っている。それに槍が加われば、鬼に金棒なのだ。

 

また外野の誰もが、聡士郎が負けると睨んでいた。春吉は衛兵隊の中でもそれなりに腕が立ち、豪快に振るう槍捌きは衛兵隊の中では上位に入る。なおかつ相手はただの人間であり、実力の差など火を見るよりも明らかであろうと、誰もが思っていた。

 

「ふう。お主の突きは鋭く、肝が冷えるわい」

 

聡士郎ははの鋭い突きを危なげに躱しつつ、言葉を洩らした。

 

「喋る余裕があるのかァ!貴様ァ!」

 

その言葉が、さらに竹峰の勘に障り、大声で怒鳴った。

 

「では、こちらも参ろうかな」

 

そう言葉を洩らしたと思うと、春吉の目の前から一瞬、聡士郎の姿が消えた。

瞬時に目で追い、春吉はその姿を見つけたが一歩遅い。聡士郎はその隙に左足で深く踏み込み、追風の元で、槍の柄を払った。

 

槍を伸ばしきった直後であった為、春吉の手元は狂い明後日の方向を突いた。反撃しようと槍を引くが、瞬く間に距離を詰められる。

聡士郎は横から弧を描くように斬り掛かった。白刃がきらめき腹部を切断するかに思えたが、それを春吉は辛うじて槍の柄で受け止めた。

 

「むっ?力の加減を誤ったか?」

 

「ぬかせッ!」

 

春吉は叫ぶと、聡士郎を突きとばした。そして後方に地を蹴ると、大きく息を吸い込み深呼吸をして距離を保ち再び槍を構えなおし、聡士郎をにらんだ。

突き飛ばされた聡士郎は緩やかに着地して再び追風を構えると、わずかにはにかんだ。

 

「未熟ではないか」

 

「なにィ!?」

 

「そんな殺気まみれの攻撃など・・・怖くもなんとも無い」

 

この言葉に春吉はハッとなる。

 

聡士郎の構えには殺気が全く感じられなかったのだ。

 

しかし、自分を切ろうとすることだけは感じることができた。この絶妙な感覚の違いが春吉を困惑させる。

 

先程。聡士郎が放った斬撃を、春吉は避けるのが精いっぱいであった。何とか受けることができたのは、自分の持つ野生の勘と言う物で、運が良かったと言ってもよかった。

対して、自分はどうだろうか。聡士郎は自分の攻撃をいとも簡単に避けていた。槍は長い有効距離により絶対的に有利であるのに、それも簡単に詰められ、斬撃を与えられた。

つまり自分の持つ殺気が、相手にとって攻撃の予備動作を感じるきっかけになっていたのだ。

利があるのはこちらではなく向こうだった。殺気を無茶苦茶に醸し出して攻撃をするなど、このように攻撃しますと宣言しているようなものであり、見破られるのは当然であったのだ。

それに今戦っている男は、妖怪退治の専門家である。威圧するために殺気を放っても、あらゆる妖怪と戦っており肝が据わっている為、意味が無いのだろう。

 

「クッ・・・クソが!殺気を持たずとして何が戦士だ!」

 

だが、春吉は納得できなかった。自分は殺気を醸し出し、攻撃することしかできない。白狼天狗の教えはそうであり、何よりこれまでに自分が培ってきたことが、すべて無駄だと言われたように思えたのだ。

 

「体から醸し出すほどの殺気を持っていたら、それは一人前の戦士と言えるのか?」

 

「当たり前だろうが!そうでなければ相手を威圧することもできねぇ!自分が弱いと言っているようなもんじゃねぇか!」

 

「それは弱さを露呈しているだけの言葉だな」

 

聡士郎はため息を着いて、呆れた表情をした。

この一言が、春吉の何かが切れる引鉄となった。怒り狂った春吉は言葉にならない叫びを出し、槍を思い切り握りしめて、聡士郎に突きかかった。

目をギラギラと迸らせ、春吉はすさまじい気迫で聡士郎に迫る。

 

「覚悟しろッ!人間ッ!」

 

狙うは首元。両手を突き出し、風を裂く速度で槍は放たれた。

あと少し、手を伸ばせば奴に届く。否定されても、春吉は殺気を放つことしかできなかった。自らの意思を突き通したかったのだ。

 

だがその刹那。春吉の体が切り裂かれ、血しぶきが飛び散った。

 

いや、そのような感覚に陥った。

 

春吉は何が起きたのか理解することができず、思わず震え、怯え、剣先が鈍った。

 

それを容易く避けると、聡士郎は春吉の懐に入り込み追風の峰で横っ腹を強打した。

 

ごすっ。と、鈍い音が体の中に響き、春吉はその場で跪き腹部を抑えて悶絶した。

 

「うぐぐっ・・・がはっ!?」

 

嫌な汗が、体から噴き出る。胃の中身をぶちまけるような気分が、体中をうねるように駆け巡る。

だが、それを何とか抑え、春吉は目の前の男を見上げた。

いったい自分の体はどうなったのだろうか。切られたと錯覚が起きた部位を触れると、血は愚か、切られた痕跡もまるで無かった。

 

 「なっ・・・何が起きた・・・」

 

呟くように細い声で、春吉は自問自答する。

すると、正面に立っていた聡士郎は追風を春吉に向けた。鈍く光を放つ刃が、春吉の恐怖心をより大きくさせる。

 

「とどめを刺さねばならぬな」

 

「・・・ッ!?」

 

「貴様らの仲間・・・ではないか。だが同族には痛い目を見せられてな。殺さなければこちらが殺される・・・仕方あるまい」

 

聡士郎は顔色一つ変えず、追風を春吉の首元に当て、刃をゆっくり押し付けた。

血液がにじみ出て、線を描くように滴った。ぽつり、またぽつりと一筋の血液が地面に落ちて、その場に溜まる。

 

「首を跳ねれば、流石に天狗も死ぬだろう」

 

追風を天に掲げ、聡士郎が今にも振り下ろす瞬間。それを遮るように声が聞こえた。

 

「待ってください!」

 

「…椛?どうした?」

 

「こ、殺すことも無いでしょう!」

 

「むっ?天狗は生きるか、死か…殺すまでが勝負なのだろう?これは当然の判断ではないのか?」

 

不思議そうに、聡士郎は椛に問う。

秋山剛牙との戦いにより、聡士郎は学んだつもりだった。天狗に慈悲は必要ないのだ。敗北は彼らにとって屈辱的であり、死んだ方がましなのだと、聡士郎は解釈をしていたのだ。

 

だが、それを聞いた椛はあっけにとられた表情をすると、それを否定するかのように叫んだ。

 

「そんな決まりはありません!剣を収めてください!もう勝負は・・・」

 

「・・・わかった」

 

聡士郎はそっけなく返事をすると、椛から目線を外し追風を両手で持ちなおした。そして、そのまま何事も無かったかのように春吉の首元に振り下ろした。

 

「ああっ!?」

 

椛の声と共に風を裂く鋭い音が、周りに響いた。外野は目を覆ったり、視線を外すものも居る。

 

しかし、春吉は死んではいなかった。首元寸前で、振り下ろした刃は止まっていたのだ。

 

「これで、勝負ありだ」

 

聡士郎は構えを解いて追風を肩に担ぐと、一つ、大きなため息を着いた。

 

 

 

「衛兵隊だ!道を開けよッ!」

 

大声と共に、春吉とは別の衛兵隊たちが姿を現した。ここの騒ぎを聞きつけて、わざわざ来たようである。二名は槍を持っておらず、帯刀している事から春吉とは別の部署だろうかと、聡士郎は推察した。

 

「これはどういうことだ!誰か説明しないか!」

 

小柄だが勇ましい顔つきの衛兵が叫んだ。すると外野達はみな目を背け、自分たちは何も関係が無いと、その場から散っていった。

 

聡士郎はそんな衛兵と外野達を何気なく見ていると、衛兵は視線に気が付いたのかこちらを向いて、刀に手を掛けた。

 

「人間ッ!?貴様どういう訳だ!」

 

衛兵は親の仇かのように、聡士郎を睨み付けた。すると、膝を着いていた春吉がずいっと重くらしく立ち上がり、その衛兵を止めるかのように手を前に出した。

 

「春吉さん!これはいったい・・・?」

 

もう一人の長身ではあるが顔がどこか頼りなさそうな衛兵は答えを求める様に事情を聴く。しかし春吉は二人の衛兵に「下がれ」とだけ言うと、椛に目線をやった。

 

「椛・・・。借りができたな。だがあのまま切られても、俺は何も文句が言えなかったぞ。むしろ死んだ方が、本望だったかもしれねぇ」

 

「そんな訳ないです!まったく・・・どうして武芸者はそんなことばっかり言うんですか。だから古いと・・・」

 

「なっ・・・。御前からンなことを言われるとはな。てっきり潔く死ねとか言うかと思ったぜ。ガチガチの頭じゃなかった・・・て、訳か」

 

春吉は心底驚いたような顔で言った。すると椛はしまったと口を両手で塞ぐと少し顔を赤く染めた。

 

「た、確かに私はそのように振舞っていますが、本心は違うんです!」

 

「なにィ?そうだったのかよ」

 

まだ驚きを隠せないのか、感心したように春吉は椛をまじまじと見る。どうやら椛は、仕事の際には厳しく、厳格にふるまっているのだろう。

 

春吉は一つ息を吸うと、表情を引きしめ、今度は聡士郎に目をやった。

 

「…正直舐めてかかっていた。改めて謝罪するぜ」

 

「なに?」

 

「人間だからな、腕に見合わず名ばかり売れた奴だと思っていた。だが、貴様は本当に強い。これなら椛の護衛と言っても、納得せざるをえねぇな」

 

以外にも正直に聡士郎の実力を認めると、春吉は頭を下げた。そして再び顔を上げて、聡士郎に槍の柄を突き出した。

 

「俺はまだ未熟だと気付かされたぜ。今生きている理由は、それを見直せってことだろ?」

 

春吉の目には、どこか精進しようといった意思がにじみ出ていた。もう、先ほどのやさぐれた雰囲気は無い。

 

「…そうだな。そう捉えるのも悪くない」

 

聡士郎は頷くと、肩に担いでいた追風を器用に回し、鞘へと戻した。もうこの場で気概は加えないだろうと勘付いたからである。

 

「しかし不思議な奴だ。貴様はよ。まだ若いと見たが…何故そこまで悟りを開いているんだ?あんな境地、人間に到達できるとは思えねぇが…」

 

「むう。強いて言うなら・・・」

 

どのように答えれば良いかと、迷うように聡士郎は目をつむり唸った。すると、唐突に閃いたのか目を開いた。

 

「踏んだ場数が、違うのかもな」

 

「なに…どういう事だ?」

 

「そのままの意味だ。ワシはまだ若いが、相当長く武術を磨いたからな」

 

意味が分からないのか、春吉はともかく椛までもが、首を傾げた。

 

「むう・・・。まあそんな事はどうでもよい。ほれ、春吉。早く土筆に金を渡さなければならないだろう?生かした意味がないではないか」

 

茫然を見ている土筆を見て、聡士郎は腕を組み笑った。

 

「ちっ・・・。わかったよ。今回は潔く払うぜ」

 

春吉は懐から袋を取り出すと、その場に投げ捨てた。そして槍を肩に担ぎ、二人の衛兵を引き連れて、その場を去っていった。

 

こうして聡士郎の行った成敗は無事に成功したのだった。


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