白狼の舞   作:大空飛男

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駆け引き

聡士郎は文に続くがまま、双葉庵の二階へと登った。

二階には穀物など、保存できる物が積み上げてある。

しかし不自然に、人が通れるような道があった。文はそこを通り、奥まで進んで行く。

聡士郎もそこを通ると、文は壁に手をかけていた。

 

「ん?何をしておるのだ?」

 

「まあ、見ててください」

 

得意げな顔をしながら文は、壁をぐいっと力強く押す。

すると壁が一回転して、文はその中に吸い込まれ、姿を消した。

 

「隠し扉か」

 

感心した聡士郎もまた、文に続いて壁をぐいっと押す。壁は再びまわり、聡士郎は転がるように隠し部屋へと入った。

 

「きゃっ!」

 

すると、唐突に文の短い悲鳴が聞こえた。何事かと聡士郎は目を開くと、その理由がわかった。

文の肩をつかんでいたのだ。どうやら中に入るのが、早すぎたようである。

顔を赤くして恥ずかしがっている文を見て、思わず驚きで聡士郎は手を放し、先ほど回った壁へと手を付ける。

 

あえて言うが、物は心を持たない。まさに正直物というべきであろうか。壁はくるりと回転して、聡士郎は再び廊下へと投げ出された。

それだけではない、勢い余って積み上げてある穀物にぶつかると、それが落ちてきて聡士郎の頭に命中した。袋は破れなかったが、頑丈である麻袋に加え中にある穀物の重量が、首へともろに来る。聡士郎はしばらく縮こまり悶絶した。

 

「だ、大丈夫か聡士郎?」

 

顔をあげると楓が珍しく、心配そうに聡士郎を見ていた。

流石にやかましくて様子を見に来たのだろうかと聡士郎は反省しつつ、咳払いをする。

 

「もちろんだ。伊達に鍛えてはおらん」

 

「こんなことのために鍛えてるのか?お前?」

 

呆れた顔をして楓は息をつく。聡士郎はしばらく黙った。

 

「楓、今暇か?」

 

それら数分立って、聡士郎は楓に声をかける。

 

「暇に見えるのか?」

 

「ああ、だから二階に来たのだろう?」

 

少し口元をゆがめて聡士郎は言うと、楓は牙を出して殴りかかってくる。だが、聡士郎に頭を押さえられ、それは届かない。

 

「まあ落着け、冗談を言っているわけではないのだ。お主も少し協力してほしい」

 

「はぁ?協力だって?」

 

「椛とお前を襲った黒幕、知りたくないか?」

 

聡士郎のその言葉に、楓は顔色を変えて反応する。やはり知りたいのだろう。

 

「ちょっと待ってくれ!」

 

跳ね返ったように、楓は二階から降りてゆく。

そしてすぐに上がってきて、許可を取ってきたと口にした。

 

「そうか、では入ろうか」

 

楓が頷くのを確認すると二人は隠し扉をくぐっていった。

 

 

 

 「何してたんですかね?私の肩の感触、噛みしめていたのですか?」

 

 にこやかにほほ笑みながら、隠し部屋に入った聡士郎に問いかける。表情と纏っている雰囲気が異なっている事から、どうやら先ほどの件で怒っているようであり、聡士郎は急に居心地の悪さを覚えた。

 

 「楓と話をしておったのだよ」

 

「はあ?楓くんと?」

 

首をかしげ疑問を持つ文に答えるかの如く、聡士郎の後ろからひょっこりと楓が顔を出した。どうやら本当の事だったと、文はしぶしぶ頷く。もし楓がいなかったら何をされていたのだろうかと聡士郎は身震いした。

 

「さて、それで聡士郎さん。秘密の話とはなんなのです?」

 

先ほどの悪ふざけな雰囲気をすっぱりと切り捨て、仕事をする姿勢に文はなった。聡士郎も近くにあった煙管盆を寄せると、懐から紙巻き煙草を取り出して、話す姿勢になる。

 

すると、唐突に楓が嫌な顔をした。

 

「俺その匂い嫌いなんだよ」

 

「すまんな。あいにく奉行所の壱之間は禁煙だったのだ。故に吸う機会なかった」

 

申し訳なさそうに言う聡士郎に、楓は食って掛かろうとするが、それより先に文が反応する。

 

「奉行所…壱之間…?と、いうことは聡士郎さん。あなた衛兵隊に?」

 

「うむ、そういうことだ。ワシは護衛解任後、露草様直々に声をかけて頂いてな。とっ・・・そういえば楓には先程、嘘を言ったな。まあ隠れ蓑のようなものだから勘弁してくれ」

 

苦笑いをしながら、聡士郎は煙を吹かす。

 

護衛を解任された聡士郎の隠れ蓑として用意された言い訳が、先ほど楓にも言った『白狼の舞を見届けることを許す』である。これはそもそも露草が最初に出した条件であり、嘘を言っているわけではないのだ。もっとも、露草ははなから聡士郎を只でこの村にいさせるわけもなく、次の条件として迅兵衛の話題振ったのだが。

要するに事実半分、嘘半分の事だからこそ、罪悪感なく言い訳ができるのだ。故に信憑性が増し、突き通るのである。

 

「確かにそれならば信じてしまいますね。と、言うか本当の事でもありますし」

 

文も面白いといわんばかりの顔をして、メモを取りながら頷いた。

 

「文、すまんがメモは取るな」

 

「えっ…あっ…そうですね。私としたことがついつい癖で…」

 

はっと気が付いた素振りを見せると、文はノートを閉じて胸ポケットにしまった。職業柄の癖はどうにも抜けないことがある。聡士郎は仕方がないなと心の中でつぶやいた。

 

「で、話を戻すがいいか?」

 

顔をあさっての方向に向けて二人にかからないように煙草の煙を吐くと、再び振り返り、文に面と向かっていう。

 

「はい、どぞー」

 

「では…聞きたい事は他でもない。第一哨戒隊副隊長。銀杏木迅兵衛の悪事についてだ」

 

聡士郎の問いに、文は眉を潜ませた。

 

「迅兵衛さんですか?彼はわんころたちにとっては英雄。それはまたどうして」

 

また楓も、馬鹿にしたような顔をした。

 

「はぁ?何言ってんだ?迅兵衛さんはすごいんだぞ!」

 

両者は一般的な迅兵衛の評判らしい反応をする。が、文は少しだけ偽りを言っていると聡士郎は睨んだ。何せあの射命丸文だ。何かしらの情報を持っているはずだろう。

 

少しだけ聡士郎は悩むしぐさをしたが、すぐに口を開く。

 

「お前になら話すが、奴は過激派集団、それも黒狼隊を指示する発言力があると睨んでいる」

 

もはや楓など聡士郎の眼中にない。あくまでも直球で来る聡士郎に、文は思わず顔をしかめた。

 

「何か知っているな?」

 

「あやや、顔に出てましたか…」

 

わざとらしくしまったといった顔をすると、ため息をついた。

 

「正直、私も心底落ちたくはないですからね。白狼天狗にもメンツがあると思いますし、本来ならば他言無用の事柄なのですが…」

 

「前ふりはよい。はよう話さんか」

 

ずいずい来る聡士郎に文も対抗意識が湧いたのか、逆に顔を近づけた。

 

それにより、思わず聡士郎は顔を引っ込めた。そして同時に、会話の主導権を取られたと後悔をする。

 

「確かに情報、持ってますよ。ですがそれなりの対価がないと…」

 

「等価交換という奴だな」

 

「そういうことです」

 

文が頷くのを聡士郎は確認すると、紙巻き煙草を吸いきって、煙管盆の中に叩き入れた。

 

「何がほしい?」

 

乗ったか。と、文もにやりと口元をゆがませる。楓はおろおろとしだして二人のやり取りを目で追うだけになった。

 

「そりゃあ、情報です。今、最も気になる情報を仕入れるのが私ですから」

 

「なるほど、目には目を、情報には情報を・・・か」

 

聡士郎は顔をしかめつつ、何かいい情報を持っていたかと、考え込む。すると、文が条件を出した。

 

「私がほしい情報は一つです」

 

「むっ?」

 

考え込むしぐさをやめて、聡士郎は文を見つめる。

 

「あの厄災についてです」

 

その言葉を聞いた一瞬。聡士郎の体がビクリとはね、目を見開いた。この時、聡士郎の纏う空気が張り詰めた。

 

楓は今まで見たことがないほど恐ろしい表情をした聡士郎を、見て自然と冷や汗が出た。

 

その冷や汗が滴ると、隠し部屋の空気が一変した。

 

「何故、その話を出した」

 

威圧した上目で、聡士郎は座ったまま、体を少しだけ前傾にした。

 

「それは決まっているじゃないですか。あの厄災。『がしゃどくろの厄災』について私は調べていますからね。ここだけの話ですが」

 

「…知って得する事ではないぞ」

 

「でも知りたいのです。私はそれ以外の情報はいらないですね」

 

文は姿勢を伸ばして正座をしながら、にこやかな営業スマイルと共に堂々と答える。その姿勢は、まさに余裕の表情であろうか。

 

何か断る隙はないかと、聡士郎は文を紅葉の目付で見たが、どこにも隙はない。現状、彼女はつけこむ隙を与えない姿勢である。

 

「…誰のだ?俺か?北上のか?それとも他の奴か?」

 

「一人だけで結構です。おそらく迅兵衛さんの情報は、それくらいの価値でしょう。で、本人がここにいるのであなたの情報がほしいですね。松木聡士郎さん?」

 

改まって、文は聡士郎を名字から名前まですらすらと言う。

 

聡士郎はしばらく考え込んだ。

 

思い出すと身の毛がよだち、腹立たしくなり、むなしくなり、虚無感に襲われる。迅兵衛との戦いの前に言われた時も聡士郎はこのような気分になっていた。

しばらくにらみ合いが続いて数分後。聡士郎は懐から紙巻きたばこを取り出し、火をつけて一気に半分ほど吸い終わると、重く口を開いた。

 

「いいだろう。何が知りたい?」

 

「ふふふ…呑み込みが早くて助かります。そういうところ嫌いじゃないです」

 

文は勝ち誇った顔をすると、メモ帳とペンを取り出した。聡士郎は話す姿勢を取った、故、文は勝利を確信した。

だが、一見何事もないこの自然に行った動作が、聡士郎の目を光らせた。

 

聡士郎は前傾姿勢から衣川を瞬時に抜き放ち、座ったまま逆袈裟切りで荒々しくメモ帳を切り裂いた。

 

この前傾姿勢には、意味があったのだ。迅兵衛も使っていた剣術、居合の抜刀の構えであった。

居合は前傾姿勢を取ると、引っかかることなく、威力を殺さず、抜刀ができる。

 

衣川は小太刀であるため文ごと切り裂くことはなかったが、もし追風であれば、立ち上がりそのまま逆袈裟切り後、流れに乗り連続して袈裟切りを決め込むことができただろう。

 

与えられた力ではなく鍛練からの応用が、武術の基本である。

 

メモ帳はきれいに真っ二つとなり、むなしくパサリと畳に落ちると、同時に聡士郎は衣川を帯刀した。

この一瞬の出来事に、文は無意識に動きを止めていた。

「えっ…あっ…なっ!?」

今頃になって我に返ったのか、文は慌て始める。あまりに速度に、幻想郷最速である自分ですら反応できなかったのだ。

加えて、文が反応できなかったのも無理もないだろう。先ほど放った斬撃は、今まで陰で彼女が見てきた聡士郎の振り方とは、明らかに違っていたのだ。

 

「書き留めるのは無しだと・・・言わなかったか?」

 

「う、迂闊でした・・・。そうでしたね…」

 

対等だからこそ行える話術戦。だが、文はここで先ほど指摘されたことをもう一度行ってしまった。

 

つまり、それが文が起こした隙であったのだ。こうなれば謝るほかないのである。謝るとはすなわち、必然的にした手に出ることになる。加えて文は自然と畏怖してしまったことにより、会話に主導権は聡士郎へと戻った。

 

だが、あえて聡士郎は質問をされる体制を保ったままにした。すでに決着はついたのである。文は先ほど聞こうと思っていた質問とは別に、新たな疑問が浮かび上がってしまったのだ。

 

「あっ…その。今の流派はいったいなんなのです…?」

 

「む?それが質問か?」

 

先程の張りつめた雰囲気とは一変して、聡士郎はいつも通りの雰囲気に戻った。

文もそれにより緊張の糸が緩んだのか、ため息を漏らす。

 

「これは霊魂夢想流と言ってな・・・ワシが嫌う、元々使用していた流派なのだ。そう、かの厄災時にもこの流派を使っていた」

 

「ま、待ってください!れ、霊魂夢想流って・・・!?」

 

それを聞き、文は思わず耳を疑った。それは文も知る、とある庭師が使っていた流派であったからだ。

 

聡士郎もさすがに脅かしすぎたかと苦笑いをすると、加えて口を開いた。

 

「そうだな…これだけでは足りぬだろう?もう一つ、特別に教えてやる。ワシの師は鞍馬天狗。本名は…魂魄妖忌という」

 

 

 

それから文の気持ちが整理するまで、聡士郎たちは黙ったままであった。

 

先の居合により、話の熱が一時的に冷めてしまったこともある。だが、それほど聡士郎にとって厄災の事を勘ぐられるのは、嫌な事であった。

 

「ふう。では、次は私の番ですかね」

 

整理がついたのか、文は胸に手を当てて一つ息を吐くと、口を開いた。

 

「うむ、改めて言うが銀杏木迅兵衛の事だ。奴の悪事、何あったか?」

 

聡士郎も先ほどの暴力的な行為に若干の後ろめたさを感じつつ、文に聞く。

 

「はい。もっとも、悪事と言いますかこれは彼の動機になると思うのですが」

 

「動機?どういうことだ?」

 

眉をひそめて、聡士郎は聞き返した。

 

「そのままの意味ですね。彼の出生に関することですから」

 

「出生」

 

「はい。まず、この村には過去に縞枯一派という、あなた達人間でいう『やくざ者』の集団が居ました。ご存知でしたか?」

 

「ああ、その件は春吉から聞いておる。なんでも露草殿に一斉摘発され、村を追放された奴らだそうだな」

 

聡士郎は二度頷くと、文は「なら話が早いです」と相槌を打つ。

 

「あなた達やくざ者の集団には、必ずその集団を束ねる統領がいますよね?それは私たちも同じなのですが、あくまでそれは実質的。つまりおおよその統領?というのでしょうかね。その集団の統領と断言できる者がいないのです」

なるほど、どちらかというとゴロツキのようなものか、聡士郎は再び頷いて、理解したことを表す。

 

「で、これはあくまでも昔に聞いた話なのですが…一派の連中は口をそろえて『こいつが統領だ』と言える者がいたそうなのです」

 

「ほう、それは面白いな」

 

「その名も『抜刀の迅悟朗』」

 

なるほどと聡士郎は話の先を理解する。

 

「『抜刀の迅悟朗』…。確かに迅兵衛の名前と言い、使う流派と言い、共通点がありそうではあるな。迅兵衛の親父か?」

 

すると文は、甘いですねと人差し指を振る。

 

「確かに、彼は共通点が多くありますね。ですが迅悟朗はすでに亡くなっているのです。それも、一斉摘発されるずっと前に」

 

「なんだと?」

 

「つまり、迅兵衛さんと『抜刀の迅悟朗』は、関わりが無いというわけです」

 

「すまん、ではこの話に迅兵衛と何の関わりがあるのだ?」

 

「ふふっ…話はまだ終わっていませんよ。せっかちさんですねぇ?」

 

にやにやと口元をゆがませて、文はからかう。

 

「『抜刀の迅悟朗』には、娘がいたんです」

 

ここまでいいですかと、文は聡士郎に目で問いかける。

 

聡士郎も大事ないと、無言で頷いた。

 

「その娘さんの名前は花梨。正当なる名を継いだことにより『抜刀の花梨』となります。誰もが振り向くほど美しかったそうですが、彼女はとてもやんちゃでしてね。一派の男たちと夜なよな遊んでいたそうです。その大半は体を交えるといった行為ですが」

おとなしく聞いていた楓が、その言葉を聞いた途端、何を想像したのかもじもじと体を動かし始めた。どうやら彼にはまだ早い話題らしい。

一方、聡士郎は何となく察しがついてきた。つまり迅兵衛は。

 

「その一派の男たち。誰かの子供というわけか」

 

「ご明察。そういうことです。つまり、孫に値します。もっとも、迅兵衛さんは彼らに育てられてはいないのですが…」

 

「育てられていない?迅兵衛は縞枯一派の一因ではなかったということか?」

聡士郎は口にすると同時に、はっと思い出した。

 

「そうか、そこで銀杏木家か」

 

「またまたご明察ですね。彼は銀杏木家に預けられたそうです。ですが強引に…。そう、置手紙を添えられて、縁側に置かれていたそうです。」

 

「強引に…置かれてか…」

 

ぼそりと聡士郎はつぶやくと、どこか遠い目をして小窓から空を眺めた。

 

「…で、銀杏木家は人が良い家計として有名でした。当時子供ができなくて困っていた銀杏木家は迅兵衛さんを引き受けることにしたそうです。そしてわが子のように育てていました。私もそれは見たことがあります」

 

「迅兵衛は若い天狗なのか?」

 

「おそらく、椛と同年代くらいでしょうね。それゆえ野心も強いはずです」

 

あの華奢さは若かったからなのかと聡士郎は思い返す。

 

しかし、それでも天狗の中で五本の指に入るほどの剣の使い手であり、地位も名誉も持っている。衛兵隊も捜査を渋るわけかと、聡士郎は改めて思った。それほどの逸材を潰すのはもったいない事なのだろう。

 

「話を戻しますが、迅兵衛さんはその後成長して行き、尖刃館の卒業を果たしました。ちなみに迅兵衛さん。幼名は「茅千代」と言います。このころはまだ可愛らしい小僧っこでしてね、純粋に正義感の強かった人物でした」

 

文は「ですが…」と表情を曇らす。

 

「卒業式の前日に何かがったのか、迅兵衛さんの纏っていた空気が変わりました。どこか怪しい…そう、何かを秘めたような感じになっていました。当時私も式に出席したので覚えています。取材のためにですね。で、その時から銀杏木迅兵衛と名前を変えて、『嫌人思考』を叫ぶようになっていきました」

 

聡士郎は「うーむ」と息を吐く」

 

「その前日に、先の事を知ったのだろうな」

 

「はい。恐らくはそうでしょうね。さて、お話しできるのはこれくらいです。後はどんどんと昇進していくだけですから」

 

「あいわかった。助かったぞ」

 

文の話を聞き終えると、聡士郎は三本目の煙草を取り出して、火をつけた。

 

「彼奴め…何を企んでいるのか知らぬが、露草殿に八つ当たりでもするつもりか」

 

難しい顔をして、聡士郎は呟く。

 

恐らく迅兵衛がやろうとしている事は、嫌人派のように穏健派から政権を奪い返す事ではなく、露草本人に泥を塗るつもりなのだろう。縞枯一派と自分が通じていた事を知って迅兵衛は親の意思を継ぎ、村から追い出されたと言う無念を晴らしたいのかもしれない。

 

白狼の舞を開催すると言い出したのは露草である。つまり、何かしらの策を講じて、舞を失敗させれば露草は失態を犯したことになる。そうすれば、大天狗などの上の立場は激怒して、真神家の取り潰しをするだろう。これが狙いなのだ。

 

「だが…本当にそれだけだろうか」

 

思わず口に出てしまったのか、文は「えっ?」と返事を返す。

 

「ああ、すまん。真神家を取り潰しにする事…。本当に迅兵衛の狙いはそれだけかと思ってな」

 

すると文はキョトンとして首をかしげた。

 

「取り潰し?いえ、我々天狗はそんなことしませんね」

 

 「なに?では、何をするのだ?」

 

 聞き返す聡士郎に、文は思わず苦笑いをする。

 

 「あまり言いたくありませんが…取り潰し代わりになる事と言えば、一族すべての皆殺しですかね」

 

 「なっ…み、皆殺しだと…!?」

 

 思わず声を出して、聡士郎は驚いた。

 

 「はい、すべては大天狗様が決める事。もし露草様に不祥事があった場合は、おそらくそれを執り行うのは嫌人派でしょう」

 

 文の言葉に聡士郎は納得した。

 つまり迅兵衛は、縞枯一派の恨みをぶつけるが如く、摘発を行った露草だけでは飽き足らず、真神家すべてを滅ぼそうとするつもりなのだ。それにより初めて、奴らは満足をするのだろう。

 

 露草には恩義がある。自分を椛の護衛として取り立ててくれなければ、椛と会うこともなかっただろう。それに嫌人派の意見により護衛を外されてもなお、この権現村にいることを彼女は許した。だからこそ、露草には感謝しきれない想いを持っていた。

 

「…絶対に止めねばな」

 

聡士郎はまた深く、決心を固めたのであった。

 

 

以前、椛と聡士郎が露草と出会う際に案内された板の間。そこで椛は白狼の舞への最終調整のため軟禁され、練習を重ねていた。

 

一見動きにくく見えるこの舞姫の正式なる衣装は舞姫用の装束であり、頭には天冠と呼ばれる装飾をつけて、金などの装飾が施された刀を帯刀している。

しかし椛はそれを物ともせず、すり足で床を滑りながら体を動かし、ゆっくりと両手を広げて大きさを表現する。手に持っている折枝は舞をより一層神聖に引き立て、見るも優雅に椛は舞っていた。

 

だがその間、椛はずっと聡士郎について考えていた。練習に集中しないといけないのに、それでも考えてしまう。想いを寄せるとはこういうことなのかと、椛は改めて痛感した。

 

そもそも何故、自分はあの人に惹かれたのだろうか。椛は理由をたどろうと思い返した。

 

結論から言うと、たぶん理由は無い。自然と惹かれたのだ。数百年生きてきた中で、天狗ではなく、人間に惹かれてしまった。それは不思議なことで自分でもおかしいと思うし、同時に驚いてもいた。

 

「駄目ですね。集中できません」

 

椛は苦笑いをすると、舞を途中でやめて板の間の端に座った。

 

「そういえばここで…あの人は護衛を任じられたんだっけ・・・」

 

椛は部屋を見渡しながら、つぶやいた。

あの衝撃的な事から、たった半年しかたっていないのにどこか懐かしく思える。あの時はさすがに疑問と困惑で取り乱していたが、聡士郎は任を貫くと言って護衛をあっさりと受け入れた様子であった。逆に自分はそんな聡士郎が凄いと思い、同時に少しだけ悔しかった。

そしてふてくされつつも家に帰ると、いつかは逃げ出すだろうと自らに言い聞かせ、椛はひとまずということで普通に接するようにした。だが、だんだんと接するという『演じ方』から、自然に受け入れるといった『本心からの行動』に代わっていき、今に至るのだ。

 

「私なら絶対に断るのに。人間の男の人は皆ああなのでしょうか」

 

部屋の天井を眺めて、椛は呟く。

 

「逆に…どうしてあの人は私なんかに惹かれたんだろう?」

 

明確な理由はわからない。自分よりも綺麗な白狼天狗に鴉天狗はごまんといるのにどうしてなのだろうか。

言わなくてもわかる。彼も自分と同じなのだろう。聞いてはいないけど、何となく察しが付いた。

 

ふと、椛は中央の床を見る。

 

そこはかつて聡士郎が露草と対話する際に座っていた場所だった。襖から聞こえた声から察するに、あの時の聡士郎は恐怖と同時に誠意を示そうとしていた。

立ち上がり、椛はそこへ再び腰を下ろす。そして手を当て、目を閉じた。

この舞を絶対に成功させて、里に戻った聡士郎に報告をしよう。自分は恥じぬ舞を踊れたと報告するのだ。そして願わくは、再び生活したい。そう思った。

恐らく無理だろう。だが、思うだけなら罪にはならない。その思いは椛に元気を与えた。

 

椛は立ち上がり、「よしっ」と意気込む。

 

すると、唐突に扉を叩く音が聞こえた。椛は驚き、先ほどのつぶやきを聞かれたかもしれないと思うと、同時に少し恥ずかしくなり顔を赤らめた。

 

「誰でしょうか?入ってきても構いませんよ」

 

浮かれた気分を引き締めると、椛は返事をした。

すると。

 

「失礼いたします」

 

深くお辞儀をして入ってきたのは、華奢であり、特徴的な鍔のない木製の柄と鞘の刀を刺している男だった。一見女性と見間違えそうなほど、顔つきも整っている。

そう、この男は。

 

「じ、迅兵衛様!?」

 

「ご機嫌麗しゅうございます。舞姫様」

 

深々と頭を下げ、迅兵衛は敬意を表す。

 

「な、何用でしょうか…?」

 

この男は黒狼隊とつながっている可能性がある。椛は陰爪に襲われた事を思い出すと、警戒しながら口を開いた。すると迅兵衛は優しい顔をして、語りかけるように話す。

 

「いえ、たまたま通りかかったもので、折角なのでお邪魔にならない程度に、挨拶をしたいと思っただけです。それと舞姫様。あなたは将来有望を約束された身。自分に敬語を使う必要はございません」

 

以前合った時よりは明らかに態度が違う。椛は気味が悪くなって、思わず一歩後ずさりする。

 

「なにを…恐れているのですか?」

 

椛の態度を読み取ったのか、迅兵衛は心配そうに椛に問いかけた。

 

「い、いえ。以前お会いした時よりもずいぶんと態度がお変わりになったので、少し驚いてしまって…」

 

すると迅兵衛は思い出したようなしぐさをすると、深々と頭を下げる。

 

「申し訳ございません。あのときの自分は十手持ちと戦いで気持ちが高ぶっておりまして…。それと我が主の前でもありましたゆえ…お許しください」

「そうですか…。しかし迅兵衛様、貴方は不満ではないのですか?」

 

迅兵衛の態度に疑問をぬぐえ切れない椛はふと、口走った。

 

「…えっと、はて?不満とは?」

 

首をかしげて、迅兵衛は聞き返す。

 

「あなたの主、犬伏柊様が舞姫に取り立てられなかったことです。それに穏健派である私が選ばれてしまった。ふつう、不満はあると思うのですが」

 

現在の迅兵衛がふるまっている態度は、どちらかというと親近感が湧くように見える。普通は派閥の違う人物が重要な役に取り立てられた場合、このように挨拶などしないだろう。実際、椛は穏健派の人間には挨拶されることはあっても、嫌人派には挨拶どころか露骨に嫌な顔をされることもある。ゆえに迅兵衛の行動にどうしても疑問を持った。

どんな顔をするかと椛は若干の期待をしていたが、迅兵衛はすっぱりと言い切った。

 

「不満はないです。露草様が決めたことなのですよ?たとえ嫌人派であっても上に逆らわないのが天狗の掟。幹部の皆様がどう思っているのかは知りませぬが、自分は謹んで受け入れております。ですから舞姫様。どうか素晴らしい舞を踊ってくだされ。私は期待しておりますよ」

 

迅兵衛はこう、優しい顔をして言い放つ。椛はさらに気味が悪くなった。

 

「では、これから私は打ち合わせがあるので失礼いたします。お邪魔をいたしました」

最後まで姿勢を低く見せた迅兵衛は、部屋を後にする。

行ったかと、椛は若干一安心をして一つ息を吐く。

 

「あ、そういえば舞姫様」

 

何かを思い出したかのように、迅兵衛は立ち止まった。椛は再び息がつまり、なんだろうかと、聞く耳を立てる。

 

「再び仕事に戻ったら、あなたは人を切るのですかな?」

 

「なっ!?」

 

「では、ごきげんよう」

 

最後にそう言い残すと、迅兵衛はそのまま長い廊下を歩いて行った。

 

「私は…私は…」

 

その場に崩れこみ、椛は肩を震わせた。

 


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