さて、衛兵隊に入隊することになった聡士郎は春吉と共に桔の後ろについて行き、壱ノ間に案内された。
壱ノ間は、春吉などの部下が仕事をする場所であった。しかし仕事とは言っても村見回りである彼らはここ居ることは少なく、事件などの捜査本部として資料を探す際に使うのである。
今回は『見送りの儀』の護衛が終わった直後であったため、まだ回りに行っていないのか多くの衛兵が残っていた。昼休みの際に足を運ぶ事も多いのだが、今回は先ほどの疲れから羽を伸ばすかのように、他愛のない会話に花を咲かせていた。
そんな会話を断ち切るように、桔は一つ咳払いをする。
「おめぇら、まだ見回りに行ってねぇのか?」
桔の言葉に、残っていた衛兵達は一斉に体をびくりとはねて話を辞めると、振り返った。
「お、おかしらっ!…い、今から行こうと思っていました!」
一人がひきつった笑いを浮かべながら、言い訳をする。それに続き、数人も苦い顔をしながら笑った。
桔はそれを見ると額に手を当て、ため息をつく。
「はぁ・・・おめぇたちはよ…」
桔の呆れた態度を見て流石に動かなければと思ったのか、衛兵達はと次の仕事に戻る為にちらほらと立ちあがった。
しかし、それを静止させるように桔は言葉を続けた。
「まあこれはこれで、手間が省けたか」
「えっ、そりゃあどう言う事で…」
最初に言い訳をした衛兵は、思わず首を傾げた。
「いやなに。新人が入ってきたのでな。紹介しようと思っていたのだ」
「えっ?新人ですか?」
不思議そうに顔を見合わせる衛兵達を見て、桔は部屋の中に入り長官用に用意されている座布団の上に座る。そしてそこから、襖の陰に立っている聡士郎に「おい」と声を掛けた。
「失礼する」
聡士郎はそこから、ゆっくりと壱ノ間へと入った。すると、衛兵たちは目を見開き一気にざわついた。
「今日から白狼の舞までの間、衛兵隊に席を置くことになった十手持ちの松木聡士郎だ。皆、いろいろと教えてやれ」
あたかも普通に聡士郎を紹介した桔に、衛兵たちはさらにざわついた。
無理もない。そもそも今季の新人雇用はまだ先であり、何より聡士郎は人間である。いくら腕の立つ剣士と言えど、他種族の人物を衛兵隊に起用するのは、衛兵隊創立始まって以来の事であった。故に、驚きと疑問の声が衛兵達の中で渦巻く。
「ちょっと待ってくだせぇ」
そんな中、壱ノ間の奥に陣取っていた厳つい表情の白狼天狗がふと声を出した。
「どうした?
「ここはいつから、旅籠屋になったんでぇ?」
浅茅と呼ばれた白狼天狗は、上司であるにもかかわらず、威圧した口調で呟く。
「なにぃ・・・?。てめぇいつから儂にそのような口を叩けるようになったのだ?」
「気を悪くしたら謝りますぜ。が、どうにも納得できないんでさぁ」
浅茅の言葉に桔は眉を顰め「なにがだ」と言葉を促した。
「その男は舞姫様の護衛として特例で人間から取り立てられたはず。それなのに何故、ここに来たのかが気に入らねぇんです。おそらく露草様に愛想つかされ、お情けでここに取り立てられたと思うのですが…。おい、違うか?十手持ちの旦那?」
浅茅は如何にも舐めきった口調で聡士郎に問いただす。それに合わせるかのようにほかの衛兵も表情を嫌味っぽく変えた。
なるほど、事情を知らぬ一般人にはそのように見えるのか。聡士郎は無意識に強く言い返した。
「確かに莫迦狗や莫迦鴉共にはそう見えるかもしれぬ、だが、露草殿からのお情けでここにいるわけでは無い」
「て、テメェ・・・。人間の分際で俺達を莫迦と言ったか!」
聡士郎の言葉に案の定、浅茅や他の気が強そうな衛兵達が身を乗り出し、食って掛かろうとした。だが、桔の鋭い視線を受け恐縮したのか、渋々その場に座った。その眼力はさすが衛兵隊長官であろうか。
「まあ落ち着けおめぇら。露草様からは書状を預かっておる。この者は偽りを申してはおらん。それにたとえ命であっても、儂が簡単に衛兵隊を雇用すると思うか?」
にやりと笑い桔が言うと、衛兵達も確かにと表情を緩めた。桔が雇用したと言う事はつまり、露草が渡した書状は相当な事情が書いてあったと考えることができるのだ。桔を良く知る衛兵である浅羽も、渋々納得した顔をする。
「っち…まあいい。じゃあ何のためにここにいるんでぃ?」
「何の為?・・・と言われても困るな。ワシは露草殿直々に命を承っている。それに、ワシの思惑と露草殿の思惑が一致したのでな。特例でここに配属された」
「思惑だぁ?」
勘ぐる様に、浅茅は聡士郎を睨む。
「答えても良いが・・・。桔殿、その前に聞きたいことがあるがよろしいか?」
聡士郎は浅茅から目線を桔へと移した。桔は眉を顰め聡士郎を見る。
「なんだ?改まって」
「ここに、嫌人派はどれくらいいるのだ?」
どうやら聡士郎の言いたいことが理解できたのか、桔は言葉を返す。
「うむ。安心しろ、嫌人派はここには居ねぇ。そもそも俺達村回りの奴らは中立派や穏健派の一般家系の出が多い。対して天来寺配備の衛兵は基本名家出身ばかり。つまり嫌人派が多いんだよ。だから馬が合わねぇ。もっとも、ここにも中立派嫌人思考寄りの者はいるぞ」
腕を組んで難しい顔をする浅茅の方を見て、桔は答えた。
「なるほど・・・そのような仕組みに・・・。では、問題ないな」
聡士郎は桔の答えに頷くと、その場に座り込み、説明を始めた。
*
暫く聡士郎の思惑を聞きいていた衛兵達は、黙り込んでいた。
詳しく説明すると、陰爪を成敗した際に彼が残したあの言葉が関係する
『迅兵衛様に気を付けるんだな。あの人は俺が死んでも密かに計画を続けるはずだ』
つまり、迅兵衛は過激派集団と繋がっているのだ。それに加え黒狼隊の一員である陰爪を使ったと言う事は、彼は過激派集団の中でもそれなりの立場があるのだろう。
だが、陰爪が嘘を言った可能性も十分に考えられる。権現村を混乱させることが目的なのかもしれない。
しかし、聡士郎はそう思えなかった。
その事実をなぜ自分に伝えたのか。それが引っ掛かっていた。
自分は人間であり、この権現村内で発言力は無いに等しい。仮に天狗達の上層部へ申し立てたとしても、おそらくは戯言だと一蹴りされるのが落ちである。
だが何故あの時自分に、それも迅兵衛を名指しで口にしたのだろうか。
聡士郎はしばらく悩んだが、やがて結論に行きついた。
それは、陰爪が最後に出した情では無いだろうか。
天狗と言う生き物は他の妖怪にプライドが高いが、情にも厚い。陰爪はあの時情けをかけられ、このまま借りを作って死ねぬと思い立ち、真実を白状することで借りを返したのだ。
もともと陰爪は一対一での戦いに関しては、心底卑怯な男では無いのだろう。彼は純粋に戦闘を楽しみたいだけであったと、聡士郎は感じる事が出来た。
たとえ嫌人思考を持つ過激派集団であっても兵法を習得した者であれば、一戦交えることで自然と友情の様なものが出来るのは不思議ではない。だからこそ、陰爪は真実を語ったのではないか。
何方にせよ、これは聡士郎の憶測でしかないが、それだけで片付けるのにはどうにも腑に落ちなかった。もし陰爪が言った事が本当であれば、放っておくと取り返しがつかない事になるのではないだろうか。下手をすれば、権現村を揺るがす事件――内乱を起こすことも考えられる。
そうなれば、現在の平穏を保っている権現村はパニックに陥る。それだけではなく、ほかの妖怪よりも若干数の多い天狗達の内乱は幻想郷すべてに飛び火する可能性があった。
「ふぅむ・・・なるほど」
聡士郎の思惑を聞き黙り込む衛兵隊たちの中、最初に口を開いたのは桔であった。彼は面白いと深く頷いている。
「それがしの憶測ではあるが・・・。調べて見ない事には分からないのではないだろうか」
「確かに、迅兵衛殿の出世はいろいろと不思議な点がある事は皆知っていてな。儂らは御前よりもはるかにそれを見てきた」
衛兵たちは桔の言葉に合わせるかのように、次々と同意の声を出し始める。
「では早速、迅兵衛を縄に掛けようではないか。事が大きくなる前に」
聡士郎は立ちあがると桔に目を合わせた。
白狼の舞を成功させるためには、一刻も早く迅兵衛に縄を食わせなければならない。そして迅兵衛と剣を交えた事をも思い出すと不安が膨れ上がれ、聡士郎は居てもたってもいられなくなっていた。
当然、桔も乗り気だろう。村の治安と平穏を守る事が衛兵隊の仕事だと、春吉は以前聡士郎に語っていた。彼は一度腐ったが、志はつねに持っていたのだと言う。つまり村周り衛兵は名を守ることではなく、正義を志す天狗達の集団であるだろう。
だが、聡士郎が予想していた言葉とは違うものが、桔から帰ってきた。
「いや、駄目だな」
桔は首を振りながら、低く呟いた。
「駄目?どういう事だ?」
「確かに、お前の着目点は間違っていない。儂らはプライドも高く、情にもろい。故に陰爪がお前に伝えたのも、そこから来ているのだろう」
「なれば今こそ・・・」
首を傾げ、聡士郎は桔に問う。しかし桔は頭を掻きながら呟いた。
「彼奴は・・・迅兵衛はな。珍しく一般家系出身の嫌人派だ。一家に伝わる流派があるが、名家とは程遠い物だった。しかし奴は不自然なくらい昇格を果たし、今では哨戒隊、第一小隊の副隊長まで上り詰めた。ちなみに第一小隊は嫌人派や穏健派は関係が無く、位の高くその中でも取り分け優秀な人材しか入れない。故に武力がすべてである天狗の世界で第一小隊の副隊長になると言う事は、幹部とまでは行かぬがそれよりは少し下くらいの位を持つことが出来る」
腕を組み直して桔は言葉を繋げる。
「・・・つまり、迅兵衛が怪しいからと言ったあいまいな理由で、儂らはそう安々と動くわけにはいけねぇんだ。それによ、奴を慕う物は多くいるんだな、これが。奴は村民からすれば大出世を遂げたいわば英雄。嫌う嫌わぬ以前に、奴は村民から多くの憧れを抱かれているんだよ」
ここまで言えば分かるなと、桔は聡士郎を上目で見る。
「・・・迅兵衛がただ怪しいからと言って捜査に踏み切るのは、顰蹙を買うと?」
「そう言う事だ。儂ら衛兵隊は村民からの信頼で成り立っておる。信頼が落ちれば、我々の居る意味は無くなるやもしれん。英雄視されている人物に探りを入れるのは、あまり村民に良い目で見られぬのだ」
同じ志を持っていると思っていたのを裏切られ、聡士郎は珍しく頭に血が上り思わず声を荒げた。
こいつらは腰抜け集団だったのか。
自分の名誉の為に村の平穏を考えず、動くことを躊躇う。つねに悪を追い続けていた聡士郎にとって、それは腰抜けとしか思えなかった。
「ふざけるな。それでも御前は村を守る者なのか。事は一刻を争う事かもしれぬのだぞ。村民の目など平穏の為なら仕方のない事ではないのか」
対して桔は、冷静に対応した。
「ふざけているのはおめぇの方だよ、松木殿。いいか?儂らには儂らのやり方がある。それに、『しれぬ』だぞ。もし、御前の予想が外れてみよ。人間である御前は良いのかもしれぬが、儂ら衛兵隊にとってこれは痛手だ。罪もねぇ奴を調べるなんざ、節穴だと思われちまう。その責任を取ることをお前は出来るのか?」
睨み付けるように言う桔を見て、聡士郎は押し黙った。
自分は確かに人間で、逃げようと思えばいくらでも人里に逃げる事が出来る。だが、天狗である桔達にとって、これは大きく痛手になるのだ。信頼されることで頼られる。もしそれが薄れれば、治安が悪くなる一方だろう。
暫して目を開くと、聡士郎は帯刀していた衣川を床へと置いた。
「なれば・・・。ワシの憶測が間違っていたら、こいつで自らの腹を掻っ捌く!」
聡士郎は桔を、ギラギラとした目で見た。
「な、責任を取る為・・・?切腹をするつもりか?」
眉を顰め、桔は腕を組みながら言う。
「お主たちは動かなくても良い。ワシ一人で動く。十手持ちとしての命を、ここで掛けようではないか。もし憶測が外れたら、すべてワシの所為にすればよい。その後、さらし首にでもしろ。権現村を騒がせた反逆者としてだ」
桔はそんな聡士郎を見て、しばし黙った。そして数分の沈黙後、重く口を開いた。
「・・・晒し首もか?」
「うむ。・・・ワシは一方的ではあるが、椛に約束させた。誰もが見惚れる舞を踊れとな。故、椛には何事も心配なく舞ってほしい。彼奴はワシの力不足で遅れを取ったが、必死でそれを取り戻した。その思い、その誠意を無碍にできぬ。もし捜査が無駄足だったとしても、椛が何一つ心配なく踊れるのならば、ワシは晒されても構わぬ」
聡士郎の言葉に、衛兵達はどよめいた。
首を晒されると言う事は、松木家、すなわち家系の顔に泥を塗ることになる。もっとも、聡士郎の松木と言う名字は鞍馬から授かった物であるが、それでも自分の師に泥を塗ると同じ事であった。
現代に生きる人々からすればそれほどと思うだろうが、天狗達にとってこれは地獄よりも辛いことでもある。数百年の間笑いの種にされ続け、村八分は当たり前。落ちに落ち続け、それは次の代まで永遠と続くのだ。
聡士郎はそのことを知っていたが、あえて口にした。すなわち天狗達にとって正真正銘の覚悟を示したと同じ事である。
それほどの覚悟を聞き、再び黙る桔であったがすぐに口を開いた。
「理解できぬな・・・。御前は舞姫様と出会い日が短い。それなのに御前はそれだけの覚悟をなぜ持てる?」
不思議そうに問う桔に、聡士郎はしばし黙った。しかし、今まで何処かにあった羞恥心を完全に捨て、堂々と答えた。
「簡単な事だ。ワシは彼女と初めて出合ったころからその容姿に心を惹かれた。そう、一目惚れだった。そして護衛として付き合ってゆくうちに、ワシは完全に惚れ込んだ。愛は人を狂わせると言うが、後悔はしない」
その言葉に、桔は思わず目が点になった。そしてすぐに、戸惑い交じりの声を出す。
「な・・・。それだけか?それだけでお前は晒されても良いと言うか?」
「うむ。そうだ」
何か問題でもあるのかと、聡士郎は涼しい顔で呟いた。
プライドを第一として考える事が多い天狗達にとって、この考えは気でも狂ったのかと思われる事である。だが、聡士郎はいたって正常。つまり、気の迷いや狂いではなく、本心なのだ。彼の瞳が、そう語っていた。
「ば・・・莫迦な事を・・・。第一、天狗と人間は結ばれない。種族の壁、生の壁、そして世の壁。・・・御前はそれをわかっているはずだ」
「うむ、だからどうした?そんなもの、壊しながら進めばよい。ワシは多くの壁を壊して進んできた。故、これくらいなんともないわ」
「・・・ふっ、ふははは!そうか」
桔は自然と可笑しくなってきて、大笑いをした。そして暫く聡士郎を見つめ、ふと桔は鼻で笑った。
「この、大莫迦者めが」
「なにっ・・・?」
にやりと口元を歪ませながら、桔はゆっくりと立ちあがると縁側へと行き、整えられた庭に目線を置いた。
「儂が中立思考ではある理由はな、人間のそんな所にあるんだよ。御前達人間は短い命を懸命に生きる義務がある。その生涯は花同様。愛でる物だとワシは思っている。しかし、その命をやれ大義などで腹を切り、その一生を簡単に終わらせる。それはつまり、蕾から花開く前に切り取ってしまうのと同じなのだ。そう、人は懸命に生きなければならん。自ら命を絶つことなどもってのほかだ!」
威勢よく言う桔であったが、小さな声で「だが・・・」と付け加える
「愛ゆえにそこまでするとは、むしろ一周回って可憐に散るのかもしれぬな。そんな莫迦者が居るからこそ、儂は人間が好きなのだ・・・」
桔は背を向けたまま俯き微笑むと、体を聡士郎に向けた。
「改めて聞く。その覚悟。偽りないな?」
桔の問いかけに、聡士郎はまっすぐ。
「当り前だ」
と、頷いた。
「よし、ならばやってみろ」
「むっ・・・。いいのか?ワシ一人ならば被害も最小で済むぞ?」
以外にもあっさりと折れた桔に戸惑い、聡士郎は問う。
「うむ。そこまでの覚悟を持ってるんだ。無碍にはできねぇよ。だが、こっちも一つ条件がある」
「条件だと?」
「うむ。条件は一つ。腹を切るな。おめぇみてぇな大莫迦野郎を殺すのは持ったいねぇからな。もう少し興じて見せろ。もし、その条件を呑めば儂ら村周り衛兵隊も大々的に動く。まあ正直な、儂も成功してほしいと思っているんだ。舞姫さまは娘の上司だからな、全く知らねぇってわけじゃねぇんだ。それに、偶には強行捜査だってしなきゃならねぇ。儂は衛兵隊の古臭い規則をぶっ壊す為に、長官になったのだからな」
にやりを笑みを崩さず桔は言うと、立ち上がり、衛兵達を見た。
それに続いて、衛兵達も立ち上がり、全員は姿勢を正す。
「おめぇら。わかったな?人間を正直嫌ってる者も居るかもしれねぇが、長官命令だ。銀杏木迅兵衛を徹底的に洗うぞ!ほかの部隊にいる密偵にも連絡しろ!いいな!」
桔が言い切ると、衛兵隊全員は口をそろえ衛兵達は一歩遅れて「おうっ」と掛け声を上げた。
この時聡士郎は、先程まで腰抜け共と思っていた自分の考えを恥じて情けない気持ちになった。
*
それからすぐに、衛兵隊は壱ノ間を捜査本部へと変えていった。
桔が出す指示を衛兵達はテキパキとこなしている。机を中央に置き、そこに大きな紙を広げ、長官室からは多くの史料が壱ノ間まで運び込まれ、物々しい雰囲気が漂い始めた。それはまるで、戦国時代の本陣の様であろうか。
数人の衛兵は出払い、各部隊の史料を借りに行くものや、いつも通り見回りをするもの、嫌人派家系を見張る役目を命じられる者も居た。彼らは慣れた様子であり、行動も早かった。
その中で、聡士郎は独自に動くことを許可された。
聡士郎が単独で動くことにより、何やら企んでいると嫌人派たちに錯覚させるためである。衛兵隊に聡士郎が配属されたことを知らぬものが多い為、こうすることで聡士郎に目が行き、衛兵隊の動きを察知されにくくすることが出来ると、桔は考えたのだ。
加えて聡士郎はもう一人、協力者になると思われる人物に接触を試みた。
その人物とは、射命丸文である。
彼女が幻想郷内でもかなりの情報通であることは言う間でもなく、長くに渡り権現村に住んでいるため、風の噂をいち早く仕入れている可能性もある。他にも優秀な記者は権現村に居るのだが、現状は知り合いである文に頼む方が良いと、聡士郎は判断した。
彼女は鴉天狗である為に、桔はあまり良い顔をしなかったが、今は少しでも情報が欲しい為、渋々納得した様子であった。
聡士郎は住宅街の中を歩き、何気なく射命丸家の前に立つと、数回扉を叩いて文を呼ぶ。
「おい文!いるか?」
返事は無く、暫く沈黙が続いた。
外出しているのだろうかと聡士郎は思い、出直そうとすると、同時にドタバタと音を立てて文が玄関から出てきた。
「は、はいー?なんでしょうか?」
だらしなく着たワイシャツにボサボサの髪の毛、どうやら彼女は寝ていたようである。
聡士郎は目のやり場に困りつつ、少し目線を外して口を開いた。
「お、おう。起こしてしまったか?」
すると文は、大げさに手を振った。
「い、いえー。少し作業をしておりましてー」
「作業?ああ、記事を書いていたのか。すまぬ。まあそれはいいとしてだ・・・」
言葉を伸ばしつつ、うつむくと、暫く聡士郎は考え込んだ。
ここで話すのも良いが、どこに嫌人派が居るかわからない。もし、迅兵衛の事を探っていると知られれば、仕事がやりにくくなる。そうなれば間接的に、衛兵達の捜査にも支障が出るだろう。
あえて嫌人派を探っていると大きく公言することで、彼らの動きを制限することも考えたが、すぐにその考えを打ち消した。
今は組織で動いているため、桔達の決定も無しには行うことはできない。今までは自分一人で動いていた為に不便なことが多かったが、同時に融通が利かないこともあるのかと、聡士郎はふと思った。
「どうしました?」
不思議そうに見る文の視線に気づくと。聡士郎は顔を上げた。
「うむ、すまん。すこし上がっても構わぬか?」
まさか聡士郎からそんな言葉に出ると思わなかったのか、文は数回瞬きをした。
「えっ・・・えーっと。上がるって・・・この家ですか?」
「それ以外、何処に上がると言うのだ?」
首をかしげる聡士郎に、文はニヤリと口元を歪ませて軽口を叩いた。
「おお~?まさか家に入ってから私を襲うと考えているのですかぁ?いやー私もそう簡単に襲われませんよー?」
「・・・つくづく面倒な奴だなお前は。そんなわけあるまい。それにワシはもう想い人がいるのだ」
呆れた表情で言う聡士郎だが、同時にしまったと顔がゆがんだ。
「えっ?想い人・・・ですか?」
「ああ、いや。忘れてくれぬか?今のは・・・その・・・嘘だ」
自分でも気持ち悪いと思うほどひきつった笑いを浮かべ、聡士郎はごまかそうとする。
すると、文は以外にもその話題に突っ込まず、「そうですか」と納得したような声で呟いた。
「うむ。で、上がっても構わぬのか?」
「ちょっと家に上げるのは抵抗がありますね…。外では話しづらいことなのですか?」
「そうだな…。できれば個室が良い」
「では、良い場所がありますよ。あそこなら信頼できますね」
*
それからしばらくして歩き、中央街に入ると文は双葉庵の前で止まった。聡士郎は一瞬場所を間違えたのだろうかと思ったが、文はそのまま中へと入って行った。
聡士郎は双葉庵を見上げて疑問を持ちつつも、文に続いて店の中に入る。すると、予想していなかった人物が目に入った。
「か、楓か?」
なんと楓が、箒で床を掃いていたのだ。声をかけられて楓は聡士郎に気が付いたのか、目をぱちくりさせて驚いた表情をした。
「えっ…?聡士郎?」
「お主、どうしてここに?」
「それはこっちのセリフだよ。護衛を解任されたからてっきり人里に戻ったかと…」
「ワシは白狼の舞までの間、この村に滞在することを露草殿に許して頂いてな。しかし、お主はどうしてここに?」
不思議そうに聞く聡士郎に、近くで机を拭いていた土筆が補足をする。
「楓ちゃん。白狼の舞が終わるまでお邪魔させてほしいって、椛様に頼られちゃってさ」
「なるほど…。それでここに」
楓にさみしい思いをさせたくないと、椛なりに配慮したのだろう。彼女らしいと聡士郎は思った。
「そういえばここに文が来なかったか?」
ふと思い出したように聡士郎は話を変える。すると土筆が「あそこにいるよ」と、指をさした。どうやら土筆の父親と話をしている様子である。
「文」
聡士郎が声をかけると、文は振り返り、親指を人差し指で丸を作った。
「空いていました。さて、行きましょうか」
「む?よく話が読めぬが」
「良い場所は、ここの二階なんですよ」