ハイスクール・イマジネーション   作:秋宮 のん

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やっと書き上がった………。
って言うかBクラス編は書いてて超書き難いと思いました!
なんか直接当てるタイプの能力者少ないし! 何気にAクラスより人数多いし! 頭使うタイプの能力者ばっかりでメッチャクチャ疲れた! その割には内容が薄い気がする!
とりあえず書き上げましたが、う~~~ん、楽しんでもらえるかちょっと不安。

時間はクラス内交流戦一日目に戻ります。
どうぞ楽しんで行って下さい。


一学期 第五試験 【クラス内交流戦】Ⅲ

一学期 第五試験 【クラス内交流戦】Ⅲ

 

【Bクラス編】

 

 00

 

 

 ジャングルの様な熱帯の森の中、湿った地面を歩く一人の少女がいた。背中まで伸びた長い黒髪に冷たい印象を与える鋭い目付きをしてた少女だ。ノースリーブの黒タイツに胸の下辺りで切り取られた濃緑色の上着を重ね、スリットの入った眺めのスカートを穿いている。

 彼女の瞳はイマジンの基礎技術『見鬼(けんき)』の発動で、赤、緑、青、三色の光が瞳の中で絡み合い、彼女が捉えた情報を視覚的なイメージとして投影していた。その視線の先で捉えた、ジャングルに相応しくないコンクリートで出来た小屋を見つける。それは長方形の建造物で、装飾の類は一切ない。窓の代わりらしい穴は、とても小さく、子供一人分も出られそういない。光を室内に取り込むため以外には役に立たなそうだ。入口らしい四角の穴も、開閉式の扉すら置いていない様子だ。小屋と言うより巨大なブロックだと言われた方が納得出来る。

「………♪」

 しかし、そこが御目当ての場所だと解った彼女は、口元を薄く笑ませると、臆する事無く室内へと歩を進め、机の上に置いてある箱を見つけると、一度手を翳して『解析(、、)』した後に箱の中を改める。中にあったのは赤い水晶玉で、手にとって確かめると、中から文字が浮かび上がってきた。

「後一時間、この水晶玉を死守すれば私の勝ち、か………」

 それが解った少女はさほど難しくもないと判断し口元を笑ます。だが、水晶玉はその笑顔をあざ笑う様に新しい条件を追加してきた。

 

『なお、この水晶玉は持っているだけで敵に自分の居場所を伝える発信機となっています! 更に、この箱が「解錠」状態にある限り、この部屋から出られません!』

 

 バタンッ!

 

 無かったはずの扉が閉まり、窓も塞がれた。『見鬼』のおかげで暗闇程度なら視覚的な不自由はない。すぐにでも行動に移せた。

 彼女は敵に捕捉されたと言うのに、慌てる事無く小屋の壁に手を翳して調べ始める。

 しばらく調べて納得が言った彼女は一つ頷き、やっぱり口元を笑みにする。

 

 

 彼は学園のタスク中、『コンソール』なる物を探し、瞳を輝かせていた。“輝く”っと言うよりは、“明滅している”と言った方が表現としては正しいだろう。黒髪に強い癖毛、柔和な嘘か本当か解り難い笑みを絶やす事無く浮かべているこの少年、遊間零時(あすま れいじ)は生まれつき目に特殊な体質を持っていて、それが『見鬼』を使う際に混同し、上手く発動できなくなっているのだ。

(やれやれまったく、生まれつきの才能が邪魔になる事もあると言う事か………? そう言えば先生が言ってたかな? 『イマジンはイメージ力に起因する。だからイメージが固まってしまう大人には最大の力が発揮できない』って。………だとするなら、“瞳”にイメージを既に持っている俺は、同じ題材に余計なイメージを重複してしまうって事なのだろうね?)

 『見鬼』は『視る』技術ではない。あくまで“認識している物を視覚化する”技術だ。だが、零時は特殊な眼を持つ所為で、『視る』という解釈をしてしまう。そのイメージが邪魔をして『見鬼』の発動を困難にしている。

 自分は『見鬼』だけは苦手になるかもしれないかな? っと内心でぼやいていた時、突然その気配はやってきた。

 すぐに解った。これはイマジンによるセンサーの反応だ。つまり、自分が戦うべき相手が、この気配の先にいる。

「どうやら何かのトラップを踏んだ様ですね? それじゃあ、バトル開始と行きましょうか!!」

 『瞬身』の刻印名を持つ零時は、『瞬閃』の能力により体内パルスを操作、自身の身体の伝達速度を上げ、全身を素早く動かす。

 

 パッ!!

 

 静かな、だがはっきりと、空気が破裂する音が迸り、零時の姿が消える。

 空気を切り裂くその速度は、風の如く速く走り、あっと言う間に目的の場所へと到達した。

「見つけた! 小屋の中かっ!?」

 小屋は完全なコンクリートの塊だったが、イマジンにより強化された彼の高速の一撃は、容易くぶち破る事が出来る。何も臆することなく、彼は飛び上がると、勢いそのまま、飛び蹴りを放ち―――凄まじい爆音が轟いた。

 

 

 

『試合終了~~~~!』

 試合終了のアナウンスが流れ、ジャングルは消え去り、真っ白な空間へと変わる。

 そんな中で、零時は片膝を付くと、大量にかいた汗を床に落としながら、荒い息を必死に整えようとする。

 そんな彼の前に、歩み寄ってきたのは黒長髪の冷たい眼差しの少女だった。

「お疲れ様です。結局、あの小屋を完全には破壊できませんでしたね?」

 少女は涼しい顔で長い髪を払いながら、楽しそうに囁く。

「まあ、それでも僅かに穴を開いた事には素直に驚きました。想定内とは言え、あの時は思わず時間を気にしたわ」

 “想定内”。その言葉に、多少なりショックを受ける。

 彼女は、自分があのコンクリートの小屋を破壊できないと、先に予想していたと言うのだ。手の平の上で踊らされていたと知っては、さすがの零時も屈辱を抱かずにはいられなかった。

 だからだろうか? 自分の敗北を心で認めていながら、それでも僅かばかりのいらないプライドが、彼の口を動かしてしまった。

「見事な手際だったと思いますよ? ですが、『施錠』のイマジネートがかけられた小屋に、中から更に『強化再現』で簡易籠城したくらいで、天狗になられてもね………。それを打ち破れなかった以上、素直に敗北は認めるが、ちょっと味気ない勝ち方じゃないですか?」

 自分で言ってて負け犬っぽい気がして、内心では速攻後悔&反省を抱きながら、やっぱり表情は嘘か本当か解らない笑みを浮かべるのはさすがとも言える。

 だが、そんな零時の言葉に、少女は人類皆ゴミだと言うかのような冷たい眼差しで返す。

「なら、アナタはもっと悔やむべきよ。戦闘スキルを一つも持っていない私に、戦略的にねじ伏せられたのだから」

 そう言いながら髪を靡かせ踵を返し、背を向けて颯爽と去っていく姿は、正に勝利した軍の参謀の様であった。

 その背中を複雑な思いで眺める零時。それを横目に薄く笑っていた教員は、軽く手を上げ、勝者の名を口にする。

 

「勝者、カルラ・タケナカ。タスクコンプリート」

 

 ポイント差0。入手ポイント共に0の、完全無血の勝利である。

 

 

 カルラ・タケナカと言う少女はイマジネーションスクールでは珍しいエリート生だ。

 エリートとは名の通り、幼い頃から先だって英才教育を受けれる環境にあり、誰よりも早く知識を得、同世代では辿り着けないであろう段階まで早足で進んで行く、未来を約束された者の事だ。カルラはこの場に於いてのエリートとは、多少の事なりはある物の、間違いなくそれに当てはまる人物であった。

 両親がイマジン塾の関係者だった事もあり、幼い頃よりイマジンに触れる環境で育ち、未来有望な塾生をお手本にあらゆる軍略を学んできた。そして軍師適性を持つ能力に目覚め、入学前からイマジネーターとしての適性を既に得ていた。

 正直な話、彼女にとって遊間(あすま)零時(れいじ)は“敵”とさえ認識するのも(おこ)がましい素人にしかならなかった。そのため多少のつまらなさを感じていた。

 双方の名誉のために言っておくが、別段、零時が弱いわけではない。零時は恐らくBクラス最強候補に入るであろうと教師から予想された一人だ。彼が得意とするスピードは、如何なる攻撃も避け、己の全ての攻撃を当てるに最も都合が良い能力なのだ。“ただ一つの不安要素”さえ克服できてしまえば、彼の実力は一年生全体でも上位クラスと判断されていただろう。

 それほどの相手を持ってしても『素人』の扱いにしてしまうカルラ。彼女の戦略能力は、“ルールが適応される戦いに於いて”は、ほぼ絶対的な勝者とも言えるだろう。

 戦略と戦術は経験と知識による物が大きい。それがイマジンによって増幅させられているとなると、この上下関係を崩すのは難しい事とも言えた。

「この先相手が全部こんなもんだったら、さすがに拍子抜けね………」

 冷たい眼差しで廊下を進みながら、彼女は一人そうぼやく。

 尤も、彼女がこうしてぼやくのにも理由がある。彼女は強者を求めるだけでなく、同時に探しているのだ。自分が軍師として仕えるべき主を………。

「実際に戦ってみないと解らないけど………、他に目ぼしい人っていないのかしら?」

 彼女は呟きながら観戦窓を覗き込み、同クラスの試合を幾つか見聞し始める。

 

 

 

 01

 

 

 

 各クラスには特徴的な思考を持つ生徒で分配されている。そのため、各クラス同士の戦いとなると戦闘に特徴的な光景が現れ始める。

 Aクラスの特徴が能力を全面的に押し出した異能のぶつかり合いなら、Bクラスの特徴は、戦闘がとても静かだと言う事だろうか?

 宍戸(ししど)瓜生(うりゅう)とジーク東郷の戦いは、ある意味それに近しい物となっている。

 彼等のバトルフィールドは海に近い高原エリアで、近くには小さな森も存在していた。だが、このフィールでのタスクは、能力による拠点の生成『拠点確保』と言う、少々時間の掛るイマジン技術であり、おまけに隠れる場所が限定されていた。必然的にタスクに集中して戦うのは不利と判断される内容であった。

 にも拘らず、出来れば戦闘を避けたいと考えた瓜生は、浜辺近くに隠れられそうな場所を見つけ『拠点確保』を開始した。

 そして早々にタスクを放棄して探索に集中していたジークに見つかる事となった。

 戦闘開始後、瓜生は『霧の国(ニブルヘイム)』の派生能力で『霧化』し、ジークの振るう大剣を回避しつつ、肉弾戦にて戦った。最初は一方的に攻撃を当てていた瓜生だが、すぐにその異常性に気付いた。

(な、なんだこいつ………? これだけ一方的に攻撃を受けてるのに、1ポイントも獲得できないっ!?)

 確かに瓜生の身体能力ステータスも、物理攻撃力ステータスも、イマジネーターの最低値と言われる3程度しか持っていない。だが、これは一流のプロボクサーが、全身全霊を掛けて放つストレートパンチに等しい拳打を普通に放てる数値だ。例え物理防御の数値が高い相手だったとしても、これだけ一方的に殴られて1ポイントも奪われずにいられるわけがない。金剛の様に肉体そのものを変質しているか、カグヤの様にダメージ方向へと躱しているのか、はたまた概念系の能力によりダメージを無効化していなければ、こんな結果にはならない。

(一体何をしてるんだ!? 見たところ肉体的な変化はないし、躱せている様にも見えない………。かと言って概念系の能力を使っているようにも―――)

 解決の糸口を見つけられぬ内に、ジークはやれやれと肩を竦めた。

「通常物理攻撃は全て霧化して回避か………? あまり無駄に力を使うのは気が進まないんだが………どうやらこいつで以外、ダメージらしいダメージを与えられそうにもないようだな?」

 ジークはニヒルな笑みを口の端に浮かべると、剣を中段へと構える。整った顔立ちの所為でやたらと様になっている不敵な姿に、瓜生は眼に見えた狼狽を見せてしまう。Bクラスでありながら臆病さが身に染みている辺り、彼はイマジネーターとしてはあまりにも未熟過ぎる。

 それは、カルラ同様、準エリート学生であるジークに対し、あまりにも愚かな隙であった。

 踏み出す。

 それはあまりにも単調な、そして積み重ねられた技術の集大成とも言える、単純な切り掛りだった。

 通常の人間なら、この一撃に気付いても躱せない無駄の無い一撃であったが、弱腰でも、危機回避能力に長けるイマジネーターである瓜生は瞬時に『霧化』し、すり抜けようとする。

 

 ザシャンッ!!

 

「え………?」

 瓜生の口から呆けた声が漏れた。いつの間にか実体化した身体が勝手に膝を付く。立ち上がろうとするが力が入らず動く事が出来ない。

 バタタタッ!! っと言う重たい液体が地面を打つ音が聞こえ、視線を下へと向ける。真っ赤な液体が自分を中心に広がり、不気味なほど鼻に付く鉄臭さを放っていた。

 血だ。そう気付いてやっと自分が斬られたのだと言う事を自覚し―――、首目がけて飛んできた刃を寸前のところで身体を転がして回避した。

 自分で流した血の上を転がり、そのまま寝た状態で立てなくなってしまう。

 何が起きたのか全く理解できなかった。だから必死に霞み始める眼を凝らして状況を認識しようとして―――先に恐怖が体を支配し始める。

 イマジネーターは確かに危機的状況に於いて“最善の答え”を導き出せる存在だ。だが、それは精神を強靭化している訳ではなく、思考と動作を感情や理性などのリミッター無しに同期して行動できるという“仕組み”が成り立っているだけだ。だから怖い物は怖い。そしてその恐怖を回避しようとする思考パターンは、瓜生と言う“個人”の発想であり、イマジネーターの特性とは関係無い。

 だから彼は、このままでは殺されてしまうという恐怖から“逃れるため”の“最善の答え”を導き出した。

(頼む………っ! 助けて………っ!)

 己が流した血を手で掬い、そのまま口の中に流して嚥下する。

 瞬間、体内に血を摂取したと言う“吸血行為”が彼の能力『吸血鬼』の『吸血』を使用したと判断された。彼の内で、スイッチが音を立てて切り替わる。彼の黒かった髪と眼が変色する。ライオンの様に多しい黄金の御髪(おぐし)に血を取り込んだかのような深紅の瞳。

「………ったく、こんな状況で変わるとか何ふざけてんだよアイツは?」

 激情に表情を歪ませながら、彼は立ち上がる。痛みが引いた訳でも傷が癒えたわけでもない。だが、堪えられないほどではない。そう(うそぶ)くかのように立ち上がり、彼は正面の男を睨んだ。

「ひゅ~~♪ なんだ? お前もしかしてスーパーになれちゃう星の子だったりしたのか?」

 楽しそうに口笛を吹く男。その手に持つ剣が、僅かに形を変えているのを、人格の入れ替わった瓜生は見落とさない。ただの大剣であったその刃が、中心から左右に広がり可変していた。剥き出しとなった中心部分からは神格が流れ込んでいて、ジークから送られるイマジンを神格に変えているらしい事を読み取れた。これは剣の特性だ。ジークから力を受け取る事で、剣が本来の力を見せ始めたのだ。その本来の力とは、とてつもなく単純な“切れ味”だ。だが、バカに出来たものではない。その切れ味は、霧化した自分の体まで切り裂いて見せたのだから。

(だが、それだけで十分情報だ。“単純に切れ味の良い剣”ってだけをイメージすんなら、オリジナルで考えるより神話や逸話をモチーフにした物である場合の方が効果が出る。ただの切れ味以外の効果を持たせる場合も、この方が想像し易い。逆にただのオリジナルなら神格は持たせられねえし、特別に神格を持たせる条件にしたとしても、霧化した俺を斬る事は出来なかったはずだ。………あのバカにはそれを想像する余裕もなかったみたいだけどな)

 イマジンにおける“神格”とは、言ってしまえば『最も手っ取り早く強い力を使うためのエネルギー』だ。故に、神格で無くとも、強いイメージを抱ける何かがあれば、それに匹敵するだけの物を使う事が出来るのだ。例えば、金剛は『鬼』のステータスを持っていても『神格』のステータスは持っていなかった。だが『鬼神』っと言う形で疑似神格を持つ事が出来、また、カグヤ戦の様に神格のダメージを受けても、しばらく耐え凌ぐ事が出来た。これらの様に、強いイメージ、ステータスで言えば『イマジネーション』を高く有していれば、神格など無くても充分に対応はできるのだ。

 ただ、イマジンは自身のイメージと他者のイメージにより、その力の強さを左右される。そのため、オリジナルより神話や逸話など、メジャーなイメージを持ち出す事で、イメージの強化を手っ取り早く行うのを好まれていると言う事だ。

(だったら、まずはアイツの剣の正体を掴み取る。反撃はその後だ。………っち、その前に奴の血を飲んで身体を癒さねえと………っ。こんな状態で変わるとかマジふざけんなよなアイツ………ッ!?)

 宍戸(ししど)瓜生(うりゅう)は、本来イマジネーターになりえるステータス………つまり、イマジン変色体が枯渇していて、充分な能力を発揮できない体質であった。だが、それを覚えた能力、スキルによって、“血の飲む”『吸血行為』をする事で己のステータスを上昇させる事に成功していた。しかし、この能力を使う際、元々患っていた解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorde)により生まれた、もう一つの人格が、能力と言う形で出現するようになってしまった。

 それは良い。このイマジネーションスクールでは、暴走人格が何をしようとした所で日常茶飯事の一つとして片付けられるだけだ。それほど深刻ではない。むしろ、問題視するのはこの状況における能力の条件だろう。

 瓜生は血を飲む事で人格を変更し、ステータスを向上させる事が出来る。また、負傷した身体を癒す事も出来るのだが、人格変更には自身の血で代用できても、自身の治癒には他者の血出なければならないという条件があるのだ。

 現状、いくらステータスが上がって、強化されたとは言え、重傷を負っている事に変わりはない。急ぎ治癒しなければすぐに動けなくなってしまう。

 瓜生の変化に気付きながら、まったく臆した素振りも見せないジーク。彼は、しっかりと距離を計り、動きがまだ鈍い瓜生の避けられないタイミングで剣を振るう。

(あめ)ぇッ!!」

 瓜生はジークの剣を避けようとせず、逆に自ら前に出る。剣が迫る中、彼の身体が霧化していく。

(無駄だ! 霧化しても『魔剣グラム』は何だろうと切り裂く!)

 ジークは一瞬も躊躇わず剣を振り切るが、その剣は瓜生を切り裂く事無く素通りしてしまった。

「なにっ!?」

 思わず声に出して驚く中、瓜生は霧化していない身体を捻り、ジークの背後を取ると、霧化していた身体をくっ付け、元に戻りつつジークの首元に食らいついた。

「テメェッ!? 身体の一部だけを霧化して、()()()()()()()()なぁっ!?」

 霧事切り裂く剣でも、霧の無い場所を斬って霧を斬れるわけがない。つまり、瓜生は霧化してすり抜けたのではなく、霧化して身体を()()()()()のだ。

「まずそうだが貰うぞっ! テメェの血を―――ッ!!」

 ガブリッ! っとジークの首に噛みつく瓜生。次の瞬間ジークが断末魔の悲鳴を上げた。

「ぐわあああああああぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!」

 

 ―――が、

 

「………っなんてな?」

 おどけた顔で舌を出すジーク。

 瓜生は眼を見開き驚愕の表情を作る。

(歯が………食い込まないだと………っ!?)

 瓜生の犬歯は『吸血鬼』の能力による加護がデフォルトで存在し、幾多の獣よりも鋭く、肉を割く事に特化している。例え肉体を硬質化していても、それが“肉”である以上は、彼に破れない筈がない。だが、現に瓜生はジークの首、頸動脈に食らいついた牙が、まったく通り抜けていない。筋肉の塊に、ツボ押し様の棒を押し当てているように肉がへこむばかりだ。

(どう言う事だっ!? 服や鎧なんかで肉の上から防御されたのならともかく、肉自体が食い破れないなんて事は絶対に無いはずだっ!? 俺の能力はそう言う“設定”だ! イマジネーションが設定されている以上、それを破ったりする事は出来ねえ筈だぞ!? 神格か? いや、例え神格で身体をコーティングしてたって、肉に牙触れれば問答無用で突き刺さったはずだっ!? ならどうして打ち破る事が―――!?)

 驚愕に彩られる思考の中で、瓜生は一つの答えに行きつく。

 肉を破り、血を啜る自分の能力に、真っ向から逆らって打ち勝てる属性が一つだけ存在する。

 “不滅の属性”―――。

 不滅である以上、それが破壊される事はありえない。破壊されれば不滅という“設定”を覆してしまうからだ。

 だが、これだけでも足りない。ただ『不滅の肉体』をイメージしただけなら、“条件指定”が施されている自分の牙の方が勝つ。相性の問題上、より限定的な能力の方が、強い力を発揮する。こちらの限定条件の方が優位である以上、ステータスイマジネーションが相手の方が高かったとしても、牙を食い込ませるくらいの事は出来たはずだ。

(いや待て………っ!? これは………っ!?)

 

 ズバンッ!!

 

 瓜生が『不滅の肉体』のからくりに気付いた瞬間、彼は胴体部分から真横に両断されてしまっていた。彼は悔しげに表情を歪めながら、身体が地面に落ちる前に吐き捨てる。

「“血”と“鋼”と“不滅”の属性………っ! その三つに該当する権能………っ! テメェ、マジもんの“ジーク”にでもなるつもりか? えぇ!? “シグルズ”………!?」

 地面に倒れ、リタイヤシステムの光を散らし始めた瓜生に、ジークは人差し指を立てて、ちっちっちっ………、っと指を振って見せた。

「“ジークフリート”だ。“シグルズ”じゃねえよ」

 「細けえよ………」っと言う瓜生のツッコミは声に出来ず、光となって消えてしまった。

 教師のアナウンスにより、勝利を宣言されたジークはやれやれと肩を竦ませた。

「男とやりあってもこれではなぁ~~………。麗しの美女と戦わせてもらいたかったものだぜ。………俺の身体を斬れるブリュンヒルデは、今何処でどうしているのだろうなぁ?」

 アンニュイな表情がやけに様になっていて、近くに女性でもいれば思わず『ポッ』っとなっていたかもしれない。そんな決めフェイスで一人悦に浸りながら、ジークは次の準備へとさっそく取り掛かる。

 瓜生の獲得ポイントを最後まで0で抑え、ジークはたった15ポイントで勝利を収めてしまった。

 

 

 02

 

 

 

 黒瀬 光希(くろせ みつき)VS鹿倉双夜(ししくら ふたや)

 二人の戦いもまた、Bクラスの例に漏れず、静かな物となった。

 互いにタスクをこなしていた最中、偶然出くわした二人は外国墓地の様な場所で向かい合う事となった。

 少し青の混じった紺色で短く整えられている髪。知的な双眸が何処か学者然とした様な雰囲気を漂わせ、口調などとは裏腹に、男とは思えない程の可愛いらしい顔をしている光希。

 腰に届くほどに長い黒髪をポニーテールにた、紫の瞳を持つ少女、双夜。

 二人とも、実戦練習用スーツ(体操服)で身体の線が良く見えているので、普段は気にならない様な所までよく解ってしまう。

 女顔の光希だが、身体つきはカグヤと違い、それなりに男っぽい筋肉が備わっている。

 対する双夜は、意外と大きめの胸が多少強調されるのか、少し恥ずかしそうなそぶりを見せていた。

 二人は対面してすぐに戦闘に入ったわけではなかった。戦いを躊躇ったわけではない。ぶっちゃけ、『墓を荒らし、何処かの棺桶に入っている赤い宝石を取り出せ』っと言う四つ目のタスクをこなしたくなかった。っと言うのもあって、戦う事はむしろ願ったりかなったりだった。

 ちなみに言うと、二人とも一回は墓を荒らしてみたが、一つ目の棺桶の時点で、本気の死体が入っていると知って、慌てて埋め直した。そしてもう二度と掘り返したくないと思わされたりしたのだ。

 っとは言え、二人は対峙したまま一向に戦おうとする素振りを見せない。勘違いの無い様に説明させてもらうと、彼等の能力はとてつもなく攻撃的だ。双夜に至っては殺傷系の能力しか持っていないと言って良いだろう。ただ、二人ともその能力必殺に等しい威力だ。それをイマジネーターの勘が本能的に教えてくれているために、彼等は警戒してすぐに打って出られないでいるのだ。

 必殺の一撃を放ち、それに対処されれば今度は自分が必殺の攻撃を受ける事になる。ならば先手を取れば良いのかもしれないが、既に対峙してしまっているのでそれも不可能だ。何よりイマジネーターの危機察知能力は異常なほどに強い。就寝中の不意打ちであっても、彼等を一撃で倒す事は恐らく不可能なのだ。それ故、先手必殺に掛ける行為はあまりにもリスキーが過ぎる。故にどうしても安全策を探してしまう。

 結果的に互いが同じ事を考えているため、対峙した状態で相手の出方を窺い合っている。

(ん~~………、でもこれだとただ見つめ合ってるだけで埒が空かないですし………)

 最初に行動に出たのは双夜だった。

 右手を掲げ、人差し指にはめられた『赤い指輪』を使い、能力を発動する。

「『赤い本』、『殺人』の項目より抜粋………『斬死(きりじに)』」

 指輪が光を放ち、真っ赤に染まったイマジン粒子を噴き出す。それらは要求された『事実』を“再現”するために渦を巻き、一人の人間をイマジン体として創り出す。生まれたイマジン体はカグヤの九曜や、レイチェルのシトリーの様に、独立した知能は愚か、契の創り出すカードのモンスターが持つ、簡易AI的な頭脳もないらしく、瞳は虚ろで、表情は弛緩し、人形の様に力の感じられない動きで四肢を動かし、手に持つ包丁を構え、光希に向けて突き刺してくる。

「あっぶねっ!?」

 横跳びに転がって避けた光希は、想像してたより地味な攻撃に困惑し、過ぎ去った簡易殺人犯へと視線を送り―――既に眼前に包丁の先が迫っていた。

「―――ぁぁっ!?」

 咄嗟に首だけを動かし躱す。すぐ横を通り過ぎる刃が軽く頬を掠め、小さな鮮血を飛ばす。

 ―――っと思った瞬間には刃が磁石に引っ張られるかのように光希に向けて迫る。

「おおおおおぉぉぉぉ~~~~っ!?」

 地面を転がり恥も外聞も無く避ける。すぐさま立ち上がり適当な墓石の影に隠れる。だが、殺人犯と包丁はそれでも最短最速で追いかけて来て、もはやその動きには物理法則さえ感じられない。

(くっそ………っ!? これが『概念干渉系』の能力が………っ!?)

 『概念干渉系』

 この能力は、金剛の様に自身を強化する『強化系』、カグヤの様に自分ではない者を代わりに戦わせる『操作系』、神也の様に直接攻撃する『物理系』とは違い、相手を直接殺傷する様な物ではない。どちらかと言うと彩夏の様な『物理干渉系』に近い。

 金剛達の様な直接当てる攻撃とは違い、『概念干渉系』は“事実”を最初に持ってきて、その効果を発揮させるものだ。

 解り易く言えば『ゲイボルグ』だ。かの槍は、相手の心臓に突き刺さったと言う“事実”を最初に持ち出し、その後から槍の軌道が追うと言う能力を持っている。

 双夜の使った能力はこれと同じだ。

(たぶんあの指輪に命じた『斬死(きりじに)』って言うのが先に設定された事実! ついでにその理由は『殺人』ってところも設定されてるみたいだなっ!? このイマジン体はその“事実”を達成するための道具で、人型だが生物でさえ無いっぽいなっ!? ここまで“概念”のみのイマジン体だと、攻撃しても――――!)

 うねうねとした動きで追い掛けてくる殺人犯に、光希は手ごろな石を掴み投げつける。拳ほどもあった石は見事殺人犯の額に命中するが、首だけが衝撃を受けて歪み、身体は何の遮りもないと言わんばかりに追い掛けてきた。

「ひぃ~~~~~っ!? 墓荒らした時と同じくらい怖いっ!?」

 怯えながらほうほうの体で逃げ出す光希。おまけに殺人犯の首はいつの間にか完全に治っている。いや、()()()()()。っと言った方が良いかもしれない。

 生物として固定されたイマジン体と違い、ただの概念としてしか生まれていない『殺人犯』は、それこそ『斬死(きりじに)』と『殺人』っと言う事実を“肯定”するための幻であり、力任せに消しされる様な物ではないのだ。

「やっぱ、概念系には概念系じゃないと対処もできないか………っ!」

 足を止め、地面を統べる様に急ブレーキをかけて振り返った光希。彼も己の能力を使うために合言葉(キーコマンド)を口にする。

「コード001、記憶(メモリー)アカウントでログインを開始する‼︎」

 光希の能力発動により、彼が支配する青白い空間が広がる。殺人犯はそれにも変わらず包丁を腰だめに構え、一気に突き刺しに掛る。

 

 グサリッ!

 

 腸を抉った包丁から、嘘みたいに大きな音が上がる。

「あ………! ぐ………っ!」

 包丁で刺された男は、藁にもすがる思いで手を伸ばし、しかしその手は何も掴む事も無く空を掴む。力尽き倒れた男を見降ろし、殺人犯は荒い息を吐きながら呟く。

「これで………、これでもう引き返す事は出来ない………! それでも、俺は………っ!」

 決意を強張った表情の中に浮かべながら、彼は血に濡れた包丁を握りしめる。

 そして、何処からか流れるエンディングにエンドロール。

「これ、ちょっと前に終わったドラマの第一話ですよね? 私、再放送で見ましたけど、最終回だけ知らないんですよ?」

「ああこれ? 最後は正義の味方の警察やってた主人公の親友が逮捕すんだけど、主人公が殺し損ねた悪がそいつに罪を全部被せて悪事したもんだから、その親友が主人公の後を引き継ぐように殺し屋になっちゃうんだよ?」

「最近のドラマって鬱な終わり方が多いですよねぇ~~………」

 エンドロールの流れるテレビ画面を眺めながら、双夜と光希は、二人して椅子に座り、机の上に置かれたお煎餅とコーヒーを食していた。

「光希さん、結構すごい事しますよね? 私の≪殺人≫を回避するために、空間事呑み込んじゃうなんて?」

「いやぁ~~………、あの『殺人犯』、攻撃しても消えてくれなさそうだったから、僕の記憶内にあるドラマシーンでしっかり『殺人フラグ』を消化してもらっとかないと回避できそうにないなぁ~~、って思ってさぁ~~」

「そう言う能力でしたか? 憶える物によればとてつもない攻撃力を秘めていそうですよね?」

「生憎本とテレビで見た物は、二次元的な物としてしか取り出せないけどね? でも、ここでいくらか本物を見れば、もっと凄い事出来ると思うよ? ストックなら入学試験で充分稼がせてもらったしね」

 余裕の笑みを浮かべてコーヒーを啜る光希に、「それでは」っと前置きしてから双夜が指輪を掲げる。

「『災害』の項目より抜粋………『圧死』」

 ぐらり………っ、っと、小さく視界が揺れた。

 何事かと光希が身構えた次の瞬間、驚異的な振動が彼を襲い、椅子から投げ出されてしまう。揺れは更に激しくなり、彼の能力で創り出した家が軋みを立てて壊れ始める。

 地震が起きていた。それもマグニチュード8はくだらない大きな地震だ。机の下に隠れるなどと言う簡単な避難も役に立ちそうにない。尻餅を付いた状態でなおも揺れる地面に転がされながら、彼は必死に思考する。

(さっきと同じ『概念干渉系』でも、今度のは『圧死』を想定していた………! 地震で対象を圧死させるには、何か潰せる物が無いと無理だ! この場に於いてそれが可能に出来る物は―――!?)

 そこまで考えた彼は急ぎ庭へと続く窓を破り、地面を転がる様にして脱出した。次の瞬間には家が崩れ、瓦礫の山が室内を押し潰していた。

 だが、それで終わりだ。殺人犯の時の様にしつこく追いかけられる気配はない。

(やっぱりな。僕の能力で作った家ごと『概念』としてまとめて支配されてた。僕が能力を切っていても、家は消滅せず、瓦礫の山が僕に襲い掛かってきた事だろう。………だが同時に、殺人犯と違い『圧死』できる存在、今回の場合で言う『家』が無くなれば、さっきみたいに追い回される事はない。これなら単純に回避できる)

「お見事です」

 息を吐いた光希の元に双夜の声が届く。

 一体何処から? っと思った時には、瓦礫の山が吹き飛び、下から双夜がにょっきりと顔を出した。汚れてはいるようだが怪我をしている様子はない。さすが、あの状況で地震を起こしただけあって自身への対処はしっかりしてあったようだ。

「今のを躱す洞察力は感服する物がありますよ。ですけど………『二次災害』の項目より抜粋………『水死』」

 再び双夜が能力を発動。指輪が光を放ち、『現象』を『再現』する。

 ゴゴゴゴゴゴッ! っと言う地響きが鳴り響き、光希に大きな影が差す。

 いきなり何事かと見上げたそこには、墓地には不釣り合いな大津波が迫って来ていた。

「一応、この近辺は海に近い設定だったらしいですよ? さっき看板見つけました」

「そんな御都合はどうでもいいっ!?」

 例え海がなかったとしてもイマジンなら再現出来てしまいそうな物だ。だからそんな事はどうでもいい。必要なのはアレに対して『水死』を再現されないようにする方法だ。

 一瞬、潜水艦や最新式の救命ボート、もしくはいっそ山でも取り出し、高台に逃げようかとも考える。しかし、これが『概念干渉系』だと言う事を改めて考え、彼は方法を変えた。

 記憶バンクから取り出すのは、入学試験で最も印象強く残っているあの火力兵器。

「メモリーコード006! 『バスターカノン』!!」

 嘗て、多くの入学試験者達を一掃して見せた戦艦級砲台を呼び出し、右腕に装着。狙いを右寄りに定め、記憶データを再生。嘗てその目で見た威力までを記憶から起こして再現する。

 超濃度の光線が発射され、巨大に見えた津波を一瞬で蒸発させる。光希は撃ち出している状態で左に照準をずらしていき、残った津波を全て消滅させていく。

 全ての力を使いきった戦艦砲は光希の身体から離れると粒子片となって消え去った。

 荒い息を吐きながら、しばし様子を窺っていたが、再び津波が起こる気配は見られない。

(やっぱり、『殺人犯』の様な小さな『概念』ならともかく、『地震』や『津波』といった規模の大きい『概念』は、干渉し続ける事は出来ない様だな)

 双夜の能力は『概念干渉系』だ。故に『死』を定義すれば必ず死を与えるまで能力は持続される。故に『殺人犯』はいくらでも光希を追いかけ回した。この理屈で言えば『地震』による『圧死』でも、崩れた家が再び元に戻り、彼を押し潰そうとするのが普通だ。だが、実際にはそうならなかった。これは能力による物ではなく、その能力者、双夜の方に問題があった。

 いくらイマジンが万能であろうとも、それを使う人間までもが万能になれるわけではない。ましてやこれだけの能力だ。干渉する規模が大きくなれば、その分、負担も大きくなるのが当然。双夜は災害レベルの『概念』を何度でも使えるほど、能力を使いこなせていないと言う事だ。

 それを裏付ける様に、双夜の方も「ふぅ………」と小さく息を吐いていた。

「さて、今度はこっちの番と行かせてもらおうか?」

 相手の力に対処しているばかりではいつか追い詰められる。大技の連続で疲れを見せている今が好機と、光希は今できる最大の攻撃力を発動する。

 青白い光が彼を中心に領域を広げる。彼の記憶に収められたデータが召喚(アップロード)されていき、次々と出現する。

 そこに現れたのは、どれもこの学園の一年生なら見覚えのある物ばかり。

 黒の装いに身を纏ったイマジン体の少女、九曜。

 疑似神格を用い、己を鬼神に変えた伊吹金剛。

 戦艦砲を二門構えた機霧(ハタキリ)神也(シンヤ)

 嘗て、切城(きりぎ)(ちぎり)が呼び出した焔征竜ブラスター。

 その他、名前も覚えれていないイマジネーターやその能力で生み出された存在。おまけに彼等の周囲には、同じくイマジネーターが入学試験の際に使っていた武器の数々まで呼び出されていた。

「コード002~077の記憶(データ)全て解放(フルロード)!」

 更に光希は、カグヤが使っていた神格武装、軻遇突智の槌を呼び出し手に握る。

「『記憶具現化(メモリーインバーディーマーントゥ)』より『記憶暗号(メモリーコード)』を発動………、神格武装への最適化を執行」

 槌を握った瞬間、青みがかった紺色だった彼の髪は、まるで燃えるような紅蓮の赤へと変わる。

 彼の能力、『記憶暗号(メモリーコード)』は、記憶で呼び出された武器に対し、尤も最適な存在へと自分を変える事が出来る。っと言っても髪の色以外は外面的な変化に乏しく、殆どの変化は内面に全て反映されている。

 全ての準備が整ったところで、彼は業火の槌を振るいながら不遜な笑みを作った。

 総勢70以上の戦力を記憶より呼び出し、武器まで揃えた。その姿はまさに圧巻。軍隊レベルの戦力を単体で創り出してしまったのだ。

「さて、どうする? お望みならこれの倍は用意できるけど?」

 光希は強がってそう嘯く。

 真っ赤な嘘と言うわけではない。だが、さすがにこれだけの記憶を呼び出し維持しようと思えば、頭の中で留めておかなければならない記憶の数も同じだけ膨大になってしまう。光希の能力は行ってみれば神経衰弱の様な物だ。伏せたカードを憶えていられる内は能力を発動できるが、伏せられたカードを忘れてしまうと発動していた能力は消え失せてしまう。故に彼は常には呼び出した記憶の数だけ神経を尖らせ、めまいや頭痛などと言ったペナルティーを請け負う事になる。

 それでもまだ余裕はある。集中が途切れて敵の目の前で維持している記憶が消えないよう気を使い、呼び出した数を制限していただけで、確かに余裕もあるのだ。

 故に、ハッタリでも無い。

 その軍勢をゆっくりと見回す双夜。彼女は呼び出された記憶達を前に、僅かに逡巡するそぶりを見せ、………疲れた様に肩を落として溜息を吐いた。

「これじゃあ………、さすがに仕方ないですよね?」

 そう呟き、彼女は右手を掲げ、人差し指に嵌められた『赤い指輪』に命じる。

「『赤い本』『戦争』の項目より抜粋………『戦死』」

 未だ嘗てない程に指輪が輝き、周囲を赤く照らす。赤い光に照らされた場所から次々と現れるのは、嘗て戦争時代に活躍した、歩兵、騎馬、弓兵、操車、戦車、戦闘機、その他多くの時代と国境を無視した『戦争』を舞台にした戦力の数々………。その数は光希の呼び出した戦力に比べ、あまりにも数の差があり過ぎる。陸を、空を、埋め尽くさんばかりに配属された新旧多国の戦争兵器と兵士達。それは純粋な『戦争』の体現者達だ。

「ふうぅぅ~~~~~………。本気でしんどいですけど………、でも仕方ないですよね? イマジネーターまで召喚されて、神格武装とかまである相手に、生半可な攻撃なんて効きませんし? ………だから、今回はちょっと頑張らせてもらいました」

 ギチギチ………、っと、話している内に彼女の身体から何やら嫌な音が鳴り響き、次第に身体が起伏していく。

 ギチギチギチギチ………ッ!! 音は更に大きくなり、彼女の背から服を破って大きな翼が、左手が鋭い刃物の様な物に、脚は俊敏そうな細くも強靭な昆虫めいた物へと変わる。瞳もまた、片方だけが人の目ではなく、別の生物の物へと変わり、より視界を多く捉える物へと変わる。

「すみません………。私、真っ当な人間ではない者で………、ちょっとずるいですよ?」

 異形の姿を模った少女は戦争の体現者達を率い、厳かに告げた。

「さあ………、戦争を始めましょう………」

 光希が槌を構え、臆することなく駆け出し、彼の記憶の兵団達も、遅れる事無く歩み出る。

 『戦争』っと言う最大の戦力を持った二人の個人が、今ぶつかった!

 

 

『そこまで! ………両者、イマジン大量使用の過負荷により失神、戦闘不能状態と見なし、引き分けとします!』

 そのアナウンスを教師が流したのは、既に空が暗くなり始めた頃だった。

 両者累計ポイント数………0。

 完全な引き分けで合った。

 

 

 03

 

 

「………案外私の勝利の仕方って、Bクラスだと珍しい事もなかったのかしら?」

 カルラ・タケナカは、これまでのクラスメイトの戦闘風景を元に、そんな推測を口にした。

 他のクラスの戦闘を見ていないので、比較対象としての情報が不十分なのは解っていたが、Bクラスの戦いは、ポイントによる勝利よりも、堅実な勝利の方が高い様に見える。こんな言い方をすれば「え? 何処が?」っと疑問の声を貰いそうだが、実際問題、このクラス内交流戦は、ポイント制+タスクゲームっと言うルールになっているが、全てのゲームに必勝法が隠されているようにも見受けられた。

 例えば自分達の戦いなら、遊間零時は対人戦スキルは大きいが、拠点破壊には向いていない。なので、カルラが頑丈な拠点に籠城すると、相性の不利が如実に表れ、なす術無く敗北してしまった。しかし、これは『時間制限勝利』の条件があったからこそできた方法だ。『タスクが味方をした』っと言うよりも、まったく戦闘能力を持たないカルラのために『勝てるタスクが用意された』と考えるのが妥当なように思えた。

 そしてカルラは、それを見逃さず実行した。だから勝てた。

 全ての試合がそう言った『勝利条件が仕組まれていた』っと言うつもりはない。実際、ジークと瓜生の戦いでは、タスクに細工らしい物は見受けられなかった。だが、それは逆に言うと、タスクを実行しなくても、瓜生なら勝てる条件を自らに有していた。………っと考えるのが妥当ではないだろうか? この試合のフィールドとタスクには、何処か作為的な物を感じる。それはきっと、彼等が出来レースで敗北、もしくは勝利しないようにと言う、学園側の配慮だったのかもしれない。

(っとなると、私が0点勝ち出来たのは、それだけ実力差に差があったからって事なのかしら? あれ、遊間零時に見つかってたら、なす術も無くやられていたものね?)

 何気にこの学園での戦闘は、結構現実的に理不尽だと思いながら、カルラは肩を竦めた。

「とりあえず、ここまでで見た感じ、危険視するのはジーク東郷と、黒瀬光希(くろせ みつき)鹿倉双夜(ししくら ふたや)の三人かしら? でも黒瀬光希と鹿倉双夜が引き分けてくれたのはありがたかったかも? イマジン過剰使用による失神をしたって事は、臍下丹田の不調で明日は腹痛を引きずる事になってるでしょうし、組み合わせ次第では余裕ね。問題は、まだ手の内を殆ど見せていないジーク東郷………。彼の≪不死身の属性≫、見たところ破る手が無いわけじゃないけど、私だと状況次第かしら? 変な当たり方はしたくないわね………」

 状況分析をしながら、他にいくつか見たクラスメイトの戦いを思い返す。

 その中で一番困らされた試合が風間幸治(かざま こうじ)VS戸叶静香(トガノウ シズカ)の戦いだった。彼等のステージは何処かの遺跡の様な場所で、タスク内容は、宝玉を探し出して指定の位置に持って帰る事で達成されると言う、勝利条件の高いタスクだった。これに静香は、己の能力『先達の教え』にある『征服王』により、無限に走れる体力を得て、突破しようとしたのだが………、結局、戦闘能力と情報能力に優れた幸治に発見され、敢え無く御用となった。しかも静香は幸治の『鎌切鼬(かまきりいたち)の術』で逃げ道を塞がれてすぐに「降参だ」っと潔い判断をしてしまった。能力的にも状況的にも勝ち目がなかったで仕方のない事だが、観察していたカルラとしてはお互いもう少し戦ってほしいとさえ思ったほどにあっさりだった。

 Bクラスは総じてこう言う戦いが多い。光希と双夜の様な戦いの方が珍しく、基本的にはこう言った静かであっさりした勝敗がこのクラスの恒例と言える景色だった。個人差こそあれ、基本的に真面目で堅物意識のあるBクラスという集団には、こう言った潔さが見えてしまい、観戦する者達からすれば、尤も情報が引き出し難い相手だと言える。

 彼等がAクラスやCクラスの戦いを目にすれば、きっと呆気に取られてしまう事だろう。

 っと、カルラがそろそろ外に出ようかと考えていた時だ。廊下の十字路の一つが、少々賑わっている事に気づく。何事なのかと首を傾げ近づいてみると、何やら良い匂いがしてきた。

「さアさア! ヨって言って、見ていくヨ~~! 今なら一つ、たったの100クレジットヨ~~! Eクラスの(よう)(りん)制作! 娘娘(ニャンニャン)(てい)をよろしくヨ~~~!」

 見知った顔の知り合いが、何故か簡易料理店の様な物を開いていた。

「い、一体何してるんですか?」

「おお、カルちん! いらっしゃい!」

「カルラ・タケナカです! ………なんで、簡易料理店なんて開いてるんですか? それも、そんな格好で?」

 カルラは凛の姿を上から下まで眺めて首を傾げる。

 凛が来ている服は、チャイナドレスなのだが、普通のチャイナドレスと違い、あっちこっち無駄にスリットが多く、露出が激しい。背中など殆ど丸見え、スカートのスリットは腰まであってパンツがチラリズムしない事の方が不思議に思える。胸元も綺麗に丸く大きな穴上に開かれ、決して小さいとは言えない豊満な胸が見事に強調されている。これだけでも充分刺激的な露出なのだが、更にスリットの上は網目状の繋ぎになっていて、横のラインが丸見えになってしまっている。お腹にも四角く小さな穴が空いていて、おへそが丸見え状態。肩は露出し、二の腕部分に申し訳程度の袖が通され、腕の露出もかなりの物だ。スタイルに自信がなければ着られない、自信に満ちた衣装としか言いようがない。

「………ふしだら極まりないと思えますけど?」

 多少、厳格な部分のあるカルラは、挑発的とも取れる凛の姿に不満げな声を発する。言われた凛の方は、不思議そうに自分の格好を眺めてから、困ったような表情でカラリと笑い飛ばした。

「あはは………っ! ワタシ、そんなに意識してなカタけど、この衣装、そんなに目の毒カ? 相部屋の子に、『皆が喜びそうな服!』って言ってツクテ(作って)もらたけどネ?」

 そんな破廉恥な服を勧められて、よく着る気になった物だと、カルラが呆れていると、凛の隣から売り子を手伝っていたらしい少年が、仏頂面で不平を漏らしてきた。

「よく言いますよね? 他にもいくつか控え目な物も作ったのに、わざわざネタで作った露出度最高の服を選んだのは凛じゃない?」

 少年は腰に手を当て、ちょっと子供っぽい表情で軽く怒って見せた。

 男性にしては長めの黒髪で、右サイドに糸で編んで作った髪飾りらしき物を結んでいる。瞳は大きく、顔立ちは意外と整っている。可愛い系ではあるが、さすがにカグヤや彩夏の様に女の子には見えない。身長は平均的な方だろうが、凛もそれなりに高めなので、並んで立つとあまり高い様には見えない。今は何故か白いエプロン姿で、凛の店を手伝っている様子だ。

「ダテ、これが一番故郷にチカイ物を感じたヨ! こう言う方がワタシ好きネ!」

「今更聞くけど、恥ずかしいとかないの?」

「は、恥ずかしいわ………、ハズカシイネ………//////」

((じゃあ、なんで着てる………))

 少年とカルラのツッコミが心中で重なる。

 凛は、むんっ、と気合を入れ直して赤くなりかけている顔を元に戻す。

「でもっ! 商売中はそんな事考えてられないよ! ののちんとイオちんは、半端無いしネ! 恥ずかしいくらいで負けてはいられないヨ!」

 気合を入れ直した凛は、注文をしてきた生徒に気付いて、「来来(ライライ)~~!」っと、意味が違う言葉で客を出迎えに行った。

 取り残された二人は、凛の気合いっぷりに思わず溜息を吐き合ってしまう。そこで気付いた少年が、思い出したように自己紹介をする。

「あ、申しおくれちゃって………! 初めまして。僕の名前は市井(しせい)(がく)です。凛とは相部屋なんで、よろしくしてください」

「カルラ・タケナカです。凛とは入学試験以降の食堂で席を隣り合わせた仲です」

「………案外、小さな関係ですね?」

「あの人は仲良くなり易い人でしょうから………」

 笑うでもなくさらりと受け流したカルラは、先程凛に聞きそびれた内容を思い出し再度訪ねる。

「それで、これは一体何なんですか?」

「ああ、これですか? これは一応僕達Eクラスの試験です。Eクラスは芸術化方面の人間が多いですから、戦闘とは別のアプローチで勝敗を決められるそうなんですよ?」

「へ? な、なんですそれ?」

 カルラは思わず難しい顔で尋ねる。生徒手帳の学園説明については一通り目を通していたつもりだったが、その内容は初耳だった。記憶の奥を漁れば、確かにクラス特徴の項目が存在していたのは知っていたが、早足の授業に追われ、さわり程度しか読めていない。

 それを察したわけではないが、楽は和やかに説明を始める。

「A~Dクラスは、単独戦闘が可能な方も多いですけど、E、Fクラスは戦闘外の能力者が多いですからね? 回復能力とか構築能力とか、戦闘外で役に立つ能力を発揮する人が多いんですよ? 音楽、絵画(かいが)、治療、武器構築なんかですね? 単独戦じゃどうやったって評価が貰えないんで、戦闘は自由参加者の中からランダム。それ以外はこの三日間の間、それぞれの能力を活かした『貢献度』で勝敗を決めてるんです。………簡単に言うと人気取りですかな?」

 カルラは目を丸くして驚きを表わす。この戦闘特化で有名な学園では珍しい光景に、戸惑ってしまったのだろう。

 だが、考えてみれば当然の事とも思えた。

 イマジンは想像を具現化する事の出来る万能の力だ。このギガフロートを浮遊させる仕組みから始まり、あらゆる面でその効果を発揮している。その力を研究している学園で、戦闘のみに趣を置くと言うのは、普通にありえない筈だ。もっと多方面に向けて、それこそ生産面で活躍させた方が“国”としては都合が良いに決まっている。戦闘に特化したように見えるのは、そう言う生徒が目立つからというのと、成長具合が解り易いと言うだけなのかもしれない。

「カルちんさんも、時間があるなら色々周ってみたらいいと思いますよ? 中には戦闘に役立つ商品を売ってる人もいますし? ………値段は購買部より高めな気もしますけど?」

「はあ………、そうですか? まあ、見るだけ見てみます。あと『カルちん』って呼ばないでください」

 しっかり忠告してからカルラは凛の出す軽食店を覗いて見る。青椒肉絲(チンジャオロース)や、麻婆豆腐(マーボードウフ)、そして一口サイズの肉まんと、おつまみ程度にもってこいのチョイスが並んでいた。青椒肉絲は小さな袋詰めで、口の中に放り込めるようになっていて、麻婆は茶碗蒸しの様に紙コップに詰められていた。何気に大きめのサイズも用意されているようで、そこそこ盛況にも見えた。

「それってどう言う事ネッ!?」

 突然上がった驚愕の声。反射的に視線を向けると、そこでは凛と160前後の身長に、金髪碧眼のクォーターらしい少女が何かを言い合っていた。“言い合う”と言っても険悪なムードは無く、クォーター少女の話に凛が驚いていると言うだけの様に映った。

「カエちん! この味はワタシの“カテイの味”ヨ! 他にはマネできない筈ネ!」

「ですけど、彼の何でも屋では同じ味のする物が売ってらっしゃいましたわよ? ねえ弥生さん?」

 “カエちん”呼ばわりされた少女は、後ろに控えていた少女へと同意を求める。求められた少女はあっちこっち包帯だらけで、随分痛ましい姿をしている。包帯の足りていない部分からは、青痣が滲んでいて、極度の打撲を負っているのが遠目にも解った。ロングの黒髪をうなじの辺りで纏めているだけと言う簡素な髪型に、幼さの目立つ顔立ちをしている。

 生徒手帳の一覧から見た記憶の中で辛うじて覚えている通りなら、クォーターの方が(くすのき)(かえで)で、黒髪ロングが甘楽(つづら)弥生(やよい)だったはずだと思い出す。

「うん、僕も料理する方だし、味覚には自信あるよ? だから自分でも不思議に思うくらい、これと一緒の味だしてるとこあった」

「そ、ソレテ誰の店ヨ!?」

「え~~っと、誰だっけあの金髪碧眼の不良っぽい子? 僕は遠目にしか見てないんだよね?」

「記憶違いでなければ新谷悠里( アラタニ ユウリ)くんではなかったでしょうか?」

「ちょっと不正ナイか見てくるヨロシ! ガクガク! ちょっと店番よろしくネ!」

 一方的にそう言った、凛は『陽凛の娘娘亭~♪』と背中に書かれた上着を羽織って、一目散に駆け出していってしまう。

 置いてかれて呆気に取られていた楽は突っ込む暇も与えてもらえず、ただ見送る事しかできなかった。

 無意味に伸ばした手だけが虚しく空を握って、彼は諦めと共に溜息を吐く。

「凛ったら、お店を他人に任せてる間、接客ポイントは加算されないって事、忘れてるんじゃないのかな?」

 ぼやきながら、それでも楽は献身的に接客を続ける。

(それにしても、E、Fクラスは、戦闘は任意なんですね? だとしたら、むしろ一位争いは、私達よりも激しい物となるのでしょうけど………、学年最強決定戦は誰が出てくるんでしょう? 非戦闘員が勝ち上がってしまったら、そこはシードになってしまうんでしょうか?)

 疑問に首を傾げながら、カルラはもう一度生徒手帳の未読枠を読み直した方が良いかもしれないと考えるのだった。

 

 

 04

 

 

 大きな岩がゴロゴロと転がり、雑草一つ見当たらない岩山で、二人の少年少女が対峙していた。少年の方は小柄で柔和な容貌に、クールな表情を浮かべている。少女の方は、真っ赤な髪をした長身のスレンダーながら母性に溢れた身体つきをしている。

 笹原弾(ささはら だん)折笠重(オリガサ カサネ)。それが二人の名前だ。

 二人が対峙しているのには理由がある。それは、この二人のタスクが接触を誘発させる物だったからだ。

 タスクの内容は、『感知』『物理移動』『座標指定』『操作』っと続き、最後は『このドールを操作再現で操りつつ、敵側のドールを破壊せよ』っと言う物だった。ドールは直径20㎝くらいの卵に脚が生えた様な物体で、多少操作が難しいが、素早く動き回る物だった。

 そして現在、このタスクをほぼ同時タイミングで実行していた二人が対面する事になった。ちなみに二人は対面してすぐにドールを何処かに走らせ隠してしまう。もはやガチンコ勝負が始まるのは明白であった。

 先に動いたのは弾だった。彼は二丁の拳銃を取り出し、右の銃を(カサネ)に、左の銃は何処ともない宙を狙ってやや上気味に構える。これらの銃はどちらも購買部で購入した物だ。入学試験時では直接自分の能力で呼び出す事も出来たが、これだと能力に余計な手間がかかってしまうと知って、購買部で相談したのだ(購買部の棚に普通に並んでいるのを見た時は驚かされた)。

 弾は構えた状態でゆっくりと歩き始める。小細工無しに、正面から堂々と踏み出してくる。

「ハンッ! タイマンかい? それともチキンレース? どっちにしろ、正面からってのは気に入ったねぇ?」

 重は真っ赤な髪を手で払いながら、弾に答える様にゆっくりと余裕のある足取りで踏み出す。

 互いの距離は目視できるだけで未だに50mも離れている。互いが歩み寄り、その距離が縮まる中、弾が右の銃を三発発砲。距離にして40。右に持つS&W M645でも当てるには申し分なく、しかしイマジネーター相手に当てるのは不可能な距離。ほんのあいさつ程度のつもりであろう銃弾は、重に届く寸前、何かに叩きつけられるように下方向に角度を変え、地面へと落下した。

 焦らず慌てず、驚愕の表情一つ浮かべる事無く、弾はやや上向きに銃身を逸らし、発砲。だが、やはり銃弾は全て地面へと落下する。続けてやや上向きに修正し直して発砲してみるも、その全てが地面に叩きつけられる。修正すればする分だけ、地面に向かう角度も急になり、当たる気配はない。

(距離35。アップ修正、15発、全弾効果無し。修正後の角度から察するに、能力による『逸らし』ではないと推測。地面に着弾した銃弾の損傷具合から、障壁の様な物で防がれた訳でも、物理的に叩き落とされたわけでもないと判断できる。恐らくは銃弾その物の軌道を変えられたんだろうけど………、全て下方向な理由は?)

 頭の中だけで思考しつつ、弾はますますクールな表情でS&W M645のマガジンを排出。リーロードしようとする。

「球切れか? じゃあ、リロード中はアタイのターンだ」

 重はそう言って、近くにあった大岩へと無造作に手を伸ばし―――、そのままひょいっ、と肩手で持ち上げてしまう。

「ほらよ」

 まるで買ってきた缶ジュースを友人に寄越す様な要領で、彼女は90㎏相当の大岩を投げつけた。

 大岩はその軽がるとした投げ方に見合わず、物すごいスピードで弾へと迫る。時速100㎞は出ているのではないかと言う速度を前に、やはり臆するでも無く、弾は右のS&W M645のリロードに取り掛かりつつ、左の銀のガバメントの照準を岩へと合わせ、発砲。

 

 バピィンッ!!

 

 銃弾が岩に命中すると、奇妙な音が発生し、大岩は弾かれ、明後日の方向へと飛んでいき、轟音を鳴らして地面へと落下した。

「ピュ~~~~♪」

 眉一つ動かさない弾の技に感嘆した重が口笛を吹く。

 リロードを終えた弾が再び右の銃を構え、発砲していく。しかし、それら全てが地面へと叩きつけられ、同じ結果を作り出すだけだ。そして、リロードの間に重は大岩を幾つか手に取り、投げつけ、やはり弾き返されるを繰り返す。

 っとは言え、二人ともまだまだ様子見。牽制し合いながら互いの手の内を探っていく。

「重力操作」

 弾が呟く。距離にして20。もはや仕掛けられる距離。

「特殊弾生成ってところか? 今んところ弾くくらいにし使ってないみたいだけどね~?」

 同じく重も返す。互いに互いの手の内を読み取っていると言う様に。

(………仕掛けるならこの距離が限界だ)

 15m。これ以上は近づきすぎても遠過ぎてもタイミングを逸する距離。互いに能力の情報を分かち合う結果となった現在、勝負に出る以外の選択肢は失われている。

 弾は地を蹴った。

 まったく同時に重も前に飛び出している。

 弾は右の銃を連射。フルオートで15発全弾を出しきり、重を狙い撃つ。

 重はそれら全てを地面に叩きつけてから、そこらの岩を蹴りつけ、人間投石を遂行してくる。

 無論、弾は左のガバメントで弾き飛ばし、距離は一気に5mまで接近する。

 互いに負傷は無い。能力が能力だけに、互いの攻撃は命中精度が悪い。だが、それは距離感が変われば一変する程度の物でしかない。

(この距離ならいけんだろ!)

 重が胸の谷間に挟んでいた生徒手帳を軽くタップ。背丈ほどもある巨大な大剣を取り出す。

「うりゃあああぁぁぁっ!!」

 彼女の能力『重力操作(ヘビーマニュピレイト)』で重量を軽くされた大剣は、まるで紙切れでも振り回す勢いで大上段に振り被られ、振り降ろすと同時に重力加重でとんでもない攻撃力を発揮される。その威力は、重量だけで鋼鉄の塊を断ち切ってしまいそうな勢いだ。

 だが、ガンッ!! ガバメントから打ち出された銃弾が剣に命中した瞬間、重力操作で重さを増していたはずの剣が大きく横へと弾かれていった。

(チィッ! この弾く弾丸の効果は当たれば無条件発動かよ!)

 歯噛みする重の懐に、弾は素早く潜り込むと、右の銃を彼女の腹部へと押し付ける。

「この距離でも銃弾を落とせる?」

 勝ち誇るでも無く、冷やかな瞳で重ねを見上げる。

 額から僅かに汗を流しながら、重はニヤリッと笑って返した。

「無理だね」

 

 ズダダダンッ!!

 

 弾は躊躇なく引き金を引き、可能な限りの弾丸を叩き込む。咄嗟に後ろに跳ぶ重だが、無駄だ。ほぼゼロ距離から撃たれた八つの弾丸は、間に剣を挟み込ませる隙も無く、重の腹部へと全弾命中し―――、

 

 ズドンッ!!

 

「―――ッ!!」

 突如、弾の身体が地面へと叩き付けられた。

 考えるまでも無く、自分が重の重力操作を喰らった事はすぐに予想できた。銃弾をわざわざ落としていたのは、彼女の性格上、タイマン勝負に付き合っていたからと言うだけで、やろうと思えばいつでも弾を潰す事が出来た。

(でも、どうしてこのタイミングで? 撃たれてからでは―――)

 ―――遅いはずだ。そうしこうするより先に目に飛び込んできたのは………、この場合そう言う言い方では語弊があるだろう。何せ、弾は見失っていたのだ。先程までその場にいたはずの重の姿を。

 一体何処に? そんな疑問を浮かべ周囲に『感知再現』を放つと、遠くから重が腹部を押さえて歩み寄ってくるのを見つけた。

「痛てて………っ、『慣性減量』で威力抑えつつ、自分の重力を一番軽くしてダメージほぼ無効にしたのは良かったが、ちょっと考え無しだったかねぇ? 勢い余ってかなりの距離を飛ばされちまったよ………」

 そう言いながら弾の前に立った重は、剣を片手に構えて見降ろす。

「んで? リタイヤするか?」

 

 ダンッ!

 

 重の問いに答える様に、弾がガバメントの引き金を引いた。だが、身体を押し潰されている状態で、無理矢理片手だけ持ち上げて撃った弾丸は、重に当たる事は無く、近くの石に当たって何処かへと跳ね返って行くだけだった。

「そいつが答えか………」

 ちょっとだけつまらなさそうな表情をした重は、諦めたように溜息を吐いて、大剣を持ち上げる。トドメの一刺しを弾に与えるため。

 

『試合終了! タスククリアー! 勝者笹原(ささはら)(だん)!』

 

「………はえっ!?」

 剣を持ち上げた状態で固まってしまった重は、直後聞こえたアナウンスに耳を疑った。

 そんなはずはないと言う彼女の希望を裏切る様に、岩山の背景は、元のただ白いだけの部屋へとか戻ってしまう。

「ど、どど、どう言う事だっ!?」

「『感知』を使ったのは君を探す為じゃないよ。ドールを探していたんだ」

 仰天する重に、能力を解いてもらい自由の身となった弾が立ち上がりつつ教える。

「は、はあっ!? 何言ってんだテメェ!? 吹かしてんじゃねえぞっ!? アタイはドールを結構離れた位置に隠しておいたんだぞ!? しかも物影にだ! 弾丸を跳弾(ちょうだん)させて撃ったって言いたいんだろうが、弾が当たる頃には速度も緩くなって威力激減だ! 数発ならともかく、一発で撃ち抜けるわけねえだろっ!?」

「だから()()()で撃った」

 言いつつ弾は左手のガバメントを軽く揺らした。

「もう解ってるだろうけど、こいつの弾は全部、僕の能力『特殊弾生成』による特殊弾でね? こいつは命中さえすればどんな物でも弾き飛ばす事が出来るんだけど………」

 それは重も知っている。だから自分の剣は重力操作していても簡単に弾き飛ばされてしまったのだから。だが、それが一体どうしたと言うのだろうか? 首を傾げる重に、弾はクールな表情のまま軽く笑みを作った。

「その効果は跳弾させた後で発動させる事もできまして? それでドールの近くの岩を弾き返したりなんて事も出来てしまうんですよ? その岩が偶然ドールを押し潰したりなんてしたら、さすがに堪えられないんじゃないですかね?」

「んなぁ………っ!?」

 真実を聞かされた重は、それ以上何も言い出す事が出来なかった。正面の戦闘に気を取られ過ぎて、己の護衛対象を打ち取らせてしまった。完全な敗北。

 笹原弾の勝利は、僅か3ポイントで勝ち取られた。

 

 

 05

 

 

 Bクラスの戦いはとても静かだと称したのを憶えているだろうか?

 この戦いは、正にその代表的な戦いとなった。

 天笠 雪(あまがさ ゆき)VS御門 更紗(みかど さらさ)。この対戦カードは、Bクラスを代表する戦闘の一つと言っても良いかもしれない。

 何しろこの二人、最初から戦闘を放棄している上に、互いに顔を合わせても微笑を浮かべ合って、しっかりと腰を折った挨拶まで交わし、そのままスルーしてしまう始末。互いにタスク以外には目もくれていない。完全にバラエティー番組のゲーム勝負状態だ。

 さて、そんな状況である以上、タスク(ゲームルール)の説明をしなければなるまい。

 今回のタスクはとても簡単でいきなりな内容だった。

 試合開始直後、いきなり生徒手帳に電子メールが届き、以下の内容が伝えられる。

 

『フィールド内にある開閉式コンソールに、36桁のパスワードを打ち込み、自分の物として認証させよ。コンソールは大量に存在し、一時間以内に多くのコンソールを掌握した物の勝ちとする。なお、認証済みのコンソールでも、再登録は可能な物とする』

 

 こうして始まった陣取り合戦に、二人の行動は早く………そして遅かった。

 別にゆっくりスタートしたわけではない。単に二人とも身体的に恵まれておらず、おまけに身体能力ステータスが二人合わせても30に満たないと言う驚愕の低さ。身体能力ステータスを3しか持っていないカグヤや瓜生(※瓜生はステータス変動を持っているが………)でも、それなりに脚が速いと言うのに、この二人、見た目通りの女の小走りで、可愛らしい所作に似合った鈍足走行だった。そのため二人の立ち上がりは、今までの戦いに比べると、とてつもない温い立ち上がりとなる。

 彼女達二人のために弁明しておくが、鈍足と言ったのはイマジネーターとしてはと言う話だ。身体能力ステータス数値を3も有していれば、元々の身体にどんな障害を有していようと、100mを10秒以内にゴール出来てしまう身体能力を身につけられるのだ。

 例題として、身体にも恵まれず、身体ステータスも最低値のカグヤが100mを走破した場合、およそ9秒58でゴールする。これは既に、地上で言う人類最速の速度だ。もちろん、これは純粋な身体能力ではなく、無意識化で肉体に施しているイマジンの恩恵があってこそ発生する現象なのだが………。

 現在、この二人の速度は、普通に50mを10秒で走破する、高校生の平均速度にまで落ちていそうだ。これを見ていた浅葱礼(あさぎ れい)教諭28歳独身(うるさいわよっ!)は、「前代未聞の平均速度だ………」と、呆気にとられたほどだ。むしろ何故こんなに遅いのか、そっちの方を調べたくなったと言う。

 っとは言え、そこはやはりイマジネーター。彼女達は『見鬼』や『探知再現』を駆使して効率良くコンソールを発見。脚は遅いが脚力は充分あるので(此処でも教師は「何故だっ!?」っと戸惑わされた)遮蔽物を気にする事無く最短ルートで効率良く自陣を広げていった。

 まあ、そんな事をしていれば、コンソールを巡って走り回っている内に互いが接触する事などありえない話でも無く、また、コンソールを開くのには時間もかかってしまうので、接触した瞬間に戦闘になるのが普通だったのだが………。

「あら? どうも」

 接触してさっそくお辞儀して挨拶する天笠雪。手を揃えてしっかりと腰を折る育ちの良さが受け取れる綺麗なお辞儀だった。

「………♪」

 それに対し御門更紗は、生徒手帳からフリップボードを取り出すと、そこにマジックで『こんにちは』と書いて見せる。それからしっかりと自分もお辞儀をして御挨拶。親の躾が行き届いてる事が窺える、庶民的だが親しみやすさの窺える可愛らしいお辞儀だった。

「これは御丁寧に。………タスクは順調ですか?」

『結構頑張ってます!』

「私も頑張らせていただいてます。あ、この先を行かれるのでしたら、もう私が入力したコンソールばかりですよ?」

『この先は私が入力しました』

「では、これから勝負ですね♪」

『お互い頑張りましょう』

 ニッコリほほ笑みあった二人はそのまま互いを素通りして、敵陣に進行して行った。

 戦闘は………起こらない。

 Bクラスの戦闘は戦略的であるため、ぶつかり合ったとしても立ち上がりが静かだ。接触したとしても戦いにならない可能性はまれなケースではない。ここまであからさまなのは、さすがに意外な光景ではあったが………。

 更紗は雪と別れてから最も近いコンソールを発見する。コンソールには三つの色があり、赤もしくは青なら、どっちかが占領していて、緑であればノータッチだ。今回更紗は赤。見つけたコンソールは雪の宣言通り青い光を放ち、雪の所有物である事を主張していた。

 これらのコンソールは縦長の近代的な箱になっている。箱と言うよりもコンピューターの方がイメージとしては近いだろうか? 俗な言い方をするなら、某魔法学園の劣等性主人公が参加した競技に出てくるアレだ。解らない場合はその方がいいとも言えるので気にしないでほしい。

 更紗はさっそく『解錠』を使ってコンソールを開こうと試みるが、すぐにそれが“不可能”だと解った。どうやらこの閉じられたコンソール、イマジン技術による『施錠』ではなく、個々人のアビリティ、『能力』によって鍵を掛けられているようだ。単なる技術だけで開けようと思えば、きっと相当の時間がかかってしまう事だろう。

 だが、更紗はそれに気付くと、僅かに安堵の息を吐く。自分が攻略したコンソールに鍵を掛けておく手段は自分もしていた事だ。予想はしていた。幸いにも、自分には開く方の能力も持ち合わせている。

 更紗は、一度だけ周囲を確認してから、きわめて小声で呟く。

「………()いて」

 呟きは力となり、概念に干渉。呟かれた言葉を実行するためコンソールは自ら蓋を開こうとする“現象”が発生(おき)た。

 

 ガガッ! ガッ! ギュ~~~~ン………。

 

「………?」

 しかし、開こうとした蓋は、一瞬だけ振動して見せただけで、すぐに大人しく沈黙へと戻ってしまった。

 御門更紗の能力は『言の葉』。言葉にしたもの全てを『現象』として再現する力。概念に言葉を用いる事で干渉するこの力、物理的な力の全てをひっくり返してでも実行される。しかし、目の前のコンソールは開く気配を見せない。それはつまり、自分よりも高位の能力によって封印されていると言う事になる。

 更紗は知る由もなかったが、雪の能力は『封印』。そして彼女のイマジネーションのイマジン変色体ステータスは900と言う並はずれた数値を持っている。対する更紗は300.“封印する”っと言う力と“封印を破る”っと言う力が正面からぶつかり合った結果、より能力の再現率の高い、雪の『封印』が優先されたと言う事だ。

 それに気付いた更紗は胸に手を当て、瞑想して心を込めてから、もう一度呟く。

「開け」

 今度は言葉も命令形。より強力な言霊によって行使された現象は、コンソールに無理をさせる異様な音を鳴らし、続いて、ガラスがひび割れる様な音を鳴らして沈黙した。どうやらもう一歩たらなかったらしい。

 更紗はちょっと悲しげに涙を浮かべると、もう一度開いてほしいと言う想いを込め直してから「開いてくださいっ!」と小さな声で叫び、やっと扉が開いた。これでやっと入力する事が出来る。しかし、この後もこんな事が続くのかと思うと多少の疲労感が押し寄せてもきた。何しろ彼女の能力は力加減が解らない。「なんとなく?」っと言う感覚で行使した言葉が思いがけないほど高威力で発生する場合もあれば、宝くじを当てようとして「当たれ!」と命じたのに、ポケットティッシュしかもらえないという結果だったり、ともかく強弱が解り難い。今回は三回程度で開いたが、次も早く開けるかは解らない。

 幸先の不安に、更紗は泣きそうになりながらコンソールに入力をしていくのだった。

 

 

 雪もまた、更紗のコンソールを見つけた。こちらのコンソールも更紗の能力により「開けちゃダメ」と命令を受けて頑なにコンソールを閉ざす“現象”を起こしていた。

「えいっ」

 

 バカンッ!!

 

 ………開いた。

「『封印解放』。私の能力は封印する事と解放することの二つを得意とする能力なんですよ? ごめんなさいね御門さん♪」

 能力相性の良さに幸先いいスタートを切った雪は、開いたコンソール内のパスワードを確認して、それを入力していく。

 

 ビー、ビー、ビー!

 

 エラー表示が出た。

「………あら?」

 もう一度入力。

 

 ビー、ビー、ビー!

 

 パスワードが違うとまたエラーを出された。

「………。え? な、なんでですかぁ~~~っ!?」

 涙目になって再入力を繰り返す雪。しかし発生するのはエラー表示ばかり。

 雪は知らない。解錠される可能性を考えていた更紗が、もう一つコンソールに命令している言葉があった。

 

「パスワードの順番を逆に表示してください」

 

 その命令を受けたコンソールは、表示するべきパスワードを、本来の順番とは逆方向で表示していたのだ。

 これに気付いた雪は、すぐに『封印解放』を試みたが別に“封印されている訳ではない”ので、効果が無く、純粋な知略を振り絞る事で何とかコンソールを自分の掌握下に置いた。

 雪は雪で、更紗の人知れずの反撃を受ける事となったのだった。

 

 

「はい、試合終了~~~」

 浅葱(あさだ)(れい)は、審判役の教師として宣言し、フィールドを元の白い空間へと戻す。仮想空間から戻ってきた生徒二人は、お互いへたり込んで息を切らせていた。運動量による疲労ではなく、完全無欠に頭の使いすぎによる疲れだった。

 二人は疲れ切った表情で振り返り礼に向かって問いかけた。

「どっちが勝ちましたか!?」『どっちが勝ちましたか?』

 片方は声で、片方は字を書いての質問。礼は「はいはい」と言いたげにぞんざいな態度で説明する。

「天笠雪、獲得コンソール48。御門更紗、獲得コンソール32。よってこの勝負、天笠雪の勝利! ………っは、良いが! お前ら少しは戦え~~~っっ!!」

 突然怒られてしまった二人は、反射で背筋を伸ばして正座した。そのまま長々と礼に叱られ続けてしまったのだが………。

 彼女達二人のために、誰もツッコミ役がいなかったので、ここでだけは皆に伝えておこう。

 この学園は戦う事を推奨しているが、もちろん戦いが絶対の方針ではなく、互いの意思が同じなら、戦いを避ける事もまた正しい判断なのだ。つまりこの場合、誰も怒られる必要など無いと言う事、なのだが―――。

 今こそ明かそう。何故二人が怒られてしまっているのか? その理由は!

「お前らが戦わないと、審判役してる私がつまんないだろっ!!」

「すみませんっ!?」『すみません!』

 ツッコミ役不在の状況では、浅葱礼王女の独裁政治を止める者はいないのであった………。

 

 

 06

 

 

 Aクラスに比べると白熱と言う部分に欠けるBクラスの試合内容であったが、その分異彩を放つ試合風景となった。試合後、戦闘に参加した他のクラスに比べると、元気さを残したBクラスには、割と余裕が見られ、色々な事に手を伸ばす。

 特段、試合をあっさり勝利してしまった風間幸治(かざま こうじ)などは、放課後、学園の周辺を見回ってみる事にした。

 せっかくなので、ここでギガフロートの紹介を簡単にしておこう。

 皆、忘れているかもしれないがギガフロートは常に低回転を続けており、東西南北が定まらない。そのため、方角を花木に例え直し、ギガフロート内での固定方角を決定してしまう考えが生徒の間で作られた。東は『桜』、西は『楓』、南は『(えんじゅ)』、北は『(ひいらぎ)』と言った具合だ。学園はギガフロートの中心にあるので、そこを中心に、通常の地図と同じように()を上、()を右として表わした場合で説明する。学園からやや南東、イマスクでは空木(うづき)の方角に学生寮が存在する。

 柊の方角は全てが自然で埋め尽くされており、上級生が時たま生産系能力者に必要な素材探しをしに行ったりする事もあり、訓練や授業にも使われる、とても危険な場所だ。

 槐の方角は町が存在する。ギガフロート関係者の家族など、イマジネーターではない一般人の住む住宅地や、日用品、娯楽施設など、普通の街並みが展開された平和なエリアだ。

 楓の方角は柊の方角同様に自然地帯だが、こちらは危険度の少ないエリアで、気軽に遠足などが楽しめる。海ほどに大きい浜辺なども存在するので、休暇を楽しむのには最適と言えるかもしれない。

 桜の方角には逆に研究機関が多く、イマジンについての研究施設関係が大量に密集している。教師はともかく、生徒は許可証が無ければ入る事を禁止されている程の厳重エリアだ。

 今回、風間幸治(かざま こうじ)が向かったのは学生寮近辺ととても近場だ。何しろまだ学園に来て浅い上に、街に繰り出す余裕は懐的に存在しない。三日間の試合中なので結果が出るまではバイトを探すのもままならない。そんな訳で、彼は学生寮周辺を見回っていたのだ。

 学生寮周辺では現在E、Fクラスの催し物が幾つも並んでいた。その中で最も人気を勝ち取っているのは、小さいながらにステージを用意した二人の少女だった。

「それじゃあっ! お次のナンバーは………っ! 『SMOKY THRILL』のカバーソング! 最後まで皆の事、楽しませちゃうよ~~~★」

 そう宣言して歌い始めたのは、光の加減で七色に変色するピンク色の髪を持つマイクを持ったフリフリアイドル衣装の七色異音(ナナシキ コトネ)。その斜め後ろでバイオリンで伴奏を担当している茶色の短髪に黒い瞳をした少女(かなで)ノノカ。二人はまるでアイドルとその伴奏役だと言わんばかりに堂々とした立ち居振る舞いで演奏し、色々足りない筈のステージを補って見せた。

「ふむ、これは中々………。この学園は戦いばかり目立っておったが、こう言う一面もあるのだなぁ~~。実に興味深い」

 うんうんと頷きながら感心する幸治。

「うおおお~~~~! 観に来てよかったぁ~~~! 異音ちゃぁ~~~んっ!!!!」

「そしてそれを応援する御馴染のファンの姿も………、ある意味では興味深い………」

 呆れる幸治は、視線の先でサナトリウムを三本ずつ手に慣れた動きではしゃいでいる天然パーマの少年を呆れたように見つめる。彼は名を知らないが、この男は弥高満郎(やたか みつろう)っと言う名だった。彼を筆頭に、どうやら異音のファンは一日目にして既に出来上がりつつあるようだ。中には既に上級生もいる所を見ると、こう言った娯楽は、上級生と下級生の差を感じさせない物なのかもしれない。

「っとなると、もしやE、Fクラスの人気投票と言うのは、かなり熾烈を極めるのではなかろうか?」

 E、Fクラスの芸術部門評価は、個人以外にも団体として組む事が許されている。しかし、団体の場合、獲得したポイントは人数分均等分配され、四捨五入された点数が得点となる。つまり、人数が多ければ、その分獲得しなければならない点数も増やされると言う事だ。これはもしかすると、純粋に戦うだけの自分達より、得点争いは高度で激しい物なのかもしれない。そんな中で、敢えて戦闘部門を取る生徒と言うのはどう言った実力者なのだろうか? 大きな興味を引かれる幸治だったが、E、Fクラスの試合会場は別に用意されているらしく(特別扱いではなく、ただ単に人数が少ないが故)、今のところ確認できそうにはなかった。

(まあ、いずれお目に掛れる機会もあろう。その時はじっくり観察させてもらおう)

 そう心に誓いながら、幸治は異音の歌を耳にしながらその場を後にしようとする。ふとその時舞台裏が眼に映って気付く。フリルのついたアイドル衣装を身にまとった少女がもう一人いる事に。少女は裏方を手伝う他の生徒数名に囲まれて、何やら話しあっている様子。

(なんともう一人いたのか? どれ、せっかくなのだからお手並み拝見と―――)

 

「あ、あう、あうあう………! ごめんなさい! やっぱりむり! 私こういうのテンパリ過ぎてぜんぜんダメです! ホントごめんなさいムリムリムリ!」

「ちょっと落ち着いて雪白さん!?」

「チョイ役みたいなもんだって! だから落ち着いて!」

「い、いいい、いや! もうほんとむり! 良く考えたら私Dクラスだから、ポイントなんてもらえないし! むりして出なくても良いかなぁ~~? って、思うよね! ね!?」

「せっかく異音さん達が誘ってくださったんですよ!? 此処で出なくてどうするんです!?」

「ごめんなさい………。私には無理★」

「なに達観した顔で異音さん風に言っちゃってんです!? それで許されると思ってんのかですっ!?」

「いや~~~~!! 本当にむりです~~~! クライドくん助けて~~~~!」

「安心してください静香さん。責任は全てアナタですが、ギャラは全て私ですから♪ 静香さんの望まれる通りにしていいんですよ」(ニッコリ)

「腹黒いよ! すがすがしいくらい腹黒いよ~~っ!?」

 

「………。さて、次は何処を見に行くかな?」

 幸治は何も見ていないし聞いていない事にした。

 Bクラス一日目は、こうして呆気ない感じで終わりを迎えた。




あとがき

凛「ちょっと気にナタ事があるヨ?」

美鐘「どうした?」

凛「E、Fクラスの出し物がこのアタリで紹介されてる言うコトは、もしかしてE、Fクラス編は飛ばされるのカ?」

美鐘「作者次第だろうが………、まあ、非戦闘員の話は飛ばされるんだろうな」

凛「あ、ワタシ関係無いなら問題無いネ♪」

非戦闘能力者達『おいっ!?』




雪「疑問に思ったんですけど? 凛さんや、他のE、Fクラスの皆さんの出し物? アレらの材料は何処から取り寄せてるんですか?」

楽「購買部で注文すればその日の内に届きますよ? それなりにお金掛っちゃいましたけどね………? でも、この学園、成績が良いと特別報酬とかでお小遣いが貰えるので、がんばらない訳にもいかないですよ」

雪「でも、報酬って、この学園で言うところの“奨学金”でしょ? 目標単位が取れなかったり、順位が低いともらえなかったんじゃ?」

楽「だから必死ですよこっちは………。単位を取るためにはいい品を出さなきゃいけない。でもそのためにはやっぱりどうしたってお金がいるんです。計画的に行動しないとあっという間に空っ欠です」

雪「AクラスもBクラスも、金銭の問題は変わらないものね………。ちゃんとした収入源を見つけないと大変な事になっちゃいそう………」

楽「アルバイトでしたら槐の方角に町がありますから、そちらに行くと良いみたい? 意外とギガフロートのバイトは儲かるらしいから、言ってみる価値はあると思う」

雪「ありがとう。私も今度行ってみようかな?」




カグヤ「こんちわ~~? バイトに着たカグヤですけど?」

佐々木「やあ、来たね? 俺は佐々木と言うんだ。一応教師の扱いになってる研究者だよ」

カグヤ「はあ、どうも? ………あの、もしかして俺に『ライセンスコード』取得を早めてくれたのって………?」

佐々木「ああ、一応俺だね。………ああ、勘違いしないでくれよ? 善意じゃない。ちゃんとしたビジネスだ。だから君にはしっかり働いてもらうからね?」

カグヤ「いや、俺が聞きたかったのはその理由。………もしかして、取得試験で提出した『イマジン研究部門の希望』なのかなって?」

佐々木「そうだね。イマジン体を一個の存在―――つまり完全に人間の生成実現させる事を目標とした『イマジン生物学』の研究に協力したいと思ってるんだよね? いやぁ~~、これには協力者が少なくてねぇ~~? 正直、猫どころかトカゲの尻尾だって借りたいくらいなんだよ。………いや、蛇の抜け殻の方が御利益ありそうかな?」

カグヤ「どっちにしてもいざという時切り捨てられそうな例えですね?」

佐々木「ああ、これは失礼。俺の能力はイマジン能力を全て看破する事が出来る。お詫びと言うわけじゃないが、能力関係で何か質問がアレば、いくらでも答えるよ?」

カグヤ「じゃあ、さっそく聞きたい事が―――」

佐々木「おっと、その前にまずは仕事をしてもらおう? 家は高額だが、内容は面倒だよ?」

カグヤ「はあ、解りました………」

カグヤ(意外と食えないおっさんだな………。こう言うタイプが何か裏を持ってると厄介なんだよなぁ~~………)

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