ハイスクール・イマジネーション   作:秋宮 のん

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やっと書けたぜ!
今回は連僅が続いて中々書く暇がなかったが、ここまで来た!
今回は先輩方、三年生の戦闘シーンの一部も書かせてもらいました!
あまり期待されると困る様な内容ですが………。
とりあえず、これがAクラス編下巻です! 一緒に楽しめればと言う願いを込めて!!
さあ、どうぞっ!


一学期 第四試験 【クラス内交流戦】Ⅱ

 08 【Aクラス編】下

 

 

 こうして始まったクラス内交流戦二日目、その目ぼしいカードを順に紹介して行こう。

 

 

 【レイチェル・ゲティングス VS 機霧神也】

 

 戦闘フィールドは切り立った深い崖。空も底も見受ける事の出来ない高く深い崖の合間を、二人は飛行能力を駆使して追いかけっこを演じていた。迷路のよう入れ組んだ崖の合間を飛び周り、相手の後ろを取った方が有利になる様な状況。

 レイチェルは、朱い髪に背中から羽、おでこからは角を生やした露出度の高い衣装に身を包む女性の悪魔、≪アスモデウス≫に、後ろから両手で腰を抱いた状態で飛行していた。その後ろを追うのが、某インフィニットなストラトス風の装備で固めた神也だった。彩夏と戦った時同様、飛行用のバックパックにレッグ、アーム、ヘッドギアを装備していたが、この狭い崖のフィールドでは、お得意の火力武装が使えず、少々不満顔だ。今の状態は黒髪黒眼で、眼も至って普通。彩夏戦で見せた姿はまだしていない。

 彼は、火力砲が使えない代わりに、両肩、両脇、両腕に呼び出したミニガンを構え、レイチェルに向けて一斉斉射する。7.62ミリ弾を毎分2000~4000発という圧倒的発射レートを持つミニガンが六門、一斉に発射されたのだ。脚色無しに弾丸の雨に曝され、イマジネーターの回避性能を完全に封殺する。

「アスモデウス!」

「ええっ!」

 主の指示に従い、アスモデウスは片手で主を支えながら、もう片方の手で呼び出した炎を渦巻かせ、炎と風圧の壁を作る。壁に接触した弾丸は高熱に一瞬で昇華し、小さく爆発し、壁を突き抜けた物も、炎の渦に軌道を逸らされ、悉く標的を打ち損じる。

 神也はミニガンが通じないと悟ると、斉射を続けたまま、両肩のミニガンだけをパージ、しばらくの間を持って、新たに作り出した二門のレールガンを装着した。

「やば………っ!」

 電磁誘導(ローレンツ力)により加速して撃ち出された鉄の塊は、易々とマッハ7を弾きだし、アスモデウスの創り出す炎を一撃で粉砕、貫通し、レイチェル達の両脇を通り過ぎる。それだけで生じたソニックブームが二人を大きく煽り、飛行の能力を奪ってしまう。

 二人は錐揉(きりも)み状に吹き飛ばされながらも崖の壁を蹴ったり、羽を広げて敢えて失速する事でミニガンの雨を躱す。四門に減ったとは言え、弾丸の嵐は防御無しで躱し続ける事は出来ず、何百と言う弾丸をその身に受けてしまう。

 必死にイマジンで身体中をコーティングするイメージに、以前のタスクで覚えた『硬化再現』で弾丸のダメージを減らそうとするが、レイチェルの視界の端に表示されているように見える神也のポイントは凄まじい速度で1ポイントずつ加算されていく。

「………っっ! ………―――あぁっ!!」

 ポイントが27から46になったタイミングで防御を諦めたレイチェルは、今回のタスクに出ていた『加速再現』を実行する。

 

 ドンッッッ―――!!!!

 

 瞬間完全に視界を見失ったレイチェル。イマジネーターの直感が危険を知らせ、瞬時に『加速』を切るが、その時には既に、幾度も体を崖にぶつけ、3ポイントを自ら譲ってしまった。

「―――………っ! 自爆くらい大目に見ろ! 奴の取った得点ではないだろうっ!?」

 叫びながらレイチェルは右肩を左手で押さえて庇う。右肩は先程の衝突で大きな傷を開き、大量の血を流している。もはや熱としか感じられない様な痛みから、既に肩の骨自体粉砕しているかもしれないと考えると恐ろしくなってくる。もし、加速した時にアスモデウスがレイチェルを庇って身体中からイマジン粒子を散らせていなければ、彼女が受けた傷がそのまま自分の傷となっていただろう。

「だけど、この距離なら―――!」

 僅かに開いた距離。直進速度では上の神也は加速する事無く、しかし、スナイパーライフル右腕に呼び出しスコープ越しにこちらを狙っていた。御丁寧にこのスナイパーライフルもレールガン仕様だ。背中のバックパックに新しく追加された重そうな丸いタンクは、恐らく発電機か何かだろう。

 レールガンは火薬を使っていないため、連射しても銃火器よりも熱を持たず、圧倒的な連射が可能な武器だ。それでも大量のミニガンを装備した後で身体に熱が溜まってしまっているのか、残り三門のミニガンは全てパージされ、変わりに何やら透明な帯が腰部分からたなびいていた。これが僅かに赤発色している所を見るに、余分な熱を奪う排熱巾の役割をしているようだ。これで神也はレールガンをほぼ無限に撃ち続けられるようになったと見るべきだろう。(弾はイマジンでいくらでも創造可能)

 神也が引き金を引き、狙撃する。

 危なげなく旋回するようにして回避するレイチェルとアスモデウス。

(大丈夫………! この距離ならマッハだろうと撃つ瞬間に『直感』で躱せる………! お願いだからこの直感続いてくれよ………!)

 イマジネーターの危険回避はデフォルトで備わっている様な物だ。その一点に関して言えば『直感』はほぼ永久に連続発動が可能だ。だが、同時に危険回避による直感は『危機感』から発する物であり、“慣れ”てしまったり、“驚異と思えなくなってしまった”りすると、発動しなくなってしまう。

 現状に於いては“働かなくなる”っと言う事はないのだが、その知識をまだ習っていないレイチェルは焦りを覚えずにはいられない。

「でも………っ!」

 レイチェルは目標地点を見つけ、進行方向そのままに振り返る。手を翳し、指先で空中に魔法陣を刻むと、≪シトリー≫の力の一部を借り、音速水鉄砲を撃ち返す。

 射撃を返された神也は、ライフルを撃ち抜かれ、遠距離武装を失ってしまうが、瞬時に脚部のバーニアを吹かし、加速。レイチェルへと急接近していく。

 更に右手を天に翳し、丸い十センチタイプの棒を呼び出す。その棒の先についたスイッチを親指でONにする。瞬間棒の先から高質量エネルギーによって形成された剣が出現する。九曜の物とは違う、正真正銘本物のフォトンソードだ。それもかなり巨大な大剣サイズの大火力武装だ。

「まだ十秒くらいしか持たせられないけど………! 一度使ってみたかったんだよね! この距離と地形なら外さな―――!!」

「どうかなっ!!」

 振り被った神也に対し、レイチェルはアスモデウスの手を離れ、岸壁に足を付くと同時に反対方向、右側へと高く跳躍し―――レイチェルが岸壁をすり抜けて消えた。

 否、それが違うと気付いた神也は慌てて逆噴射し、急停止。危うく迫っていた岸壁へと衝突する所で止まる。

 一本道を飛んでいたと思ったら、突然T字状に崖が割れていたのだ。あのまま真直ぐ進んでいれば岸壁に正面から激突するところだった。

 反撃の可能性を考え、レイチェルの消えた右側を視認しようとした神也は―――、

「はあい♡ ボウヤ? 私のサービスポーズにちょっと注目~~~~♪」

 逆側、左からした声に、神也は()()()()()()()

 両腕を頭の後ろに組んで、たわわに揺れる胸を揺らしながら、腰のくびれを扇情的に見せつけるアスモデウスの姿に―――、

「○×△%$~=‘*+>?」{|=~}|’&&$#!“#%&‘()?M*~={=PO=”*+*!!!??? ///////////////////////////////////// ♡♡♡♡」

 ―――自分でもわけの解らないほどに魅了されていた。

「あら? もしかして精神系の攻撃にまったく耐性無し? ラッキー♪」

 レイチェルが岸壁に捕まりながら笑い、もう一体の僕に命じる。

 神也の上に待機していたシトリーは、両手に溜めた大量の水を一気に解放し、滝として流し落とす。滝に呑まれた神也は、何とか落とされないようにバーニアを吹かしたが、それが逆効果となった。度重なる銃火器の使用に、バーニアの熱。そして致命的な大質量エネルギーを放射しているフォトンソード。これらが持つ超高温の熱が、冷たい水と接触、一気に温められた水は高圧水蒸気を生み出し、衝撃となって神也を破壊する。すなわち水蒸気爆発が起こった。

「本当はアスモデウスの炎で誘爆させるつもりだったんだけど………。わざわざ高質量エネルギーの武器を取り出してくれて助かったよ」

 レイチェルがそう笑みを滲ませ、24のポイントが46になったのを確認する。

 このポイントに少し不服を覚え、一度教師に採点基準を問い質してやろうかと思案した瞬間、異変が起きた。

 爆発した水飛沫の中から、ぐったりした様子の神也が、力なく背を逸らしながら墜落を始めたのが見えた。だが、その髪は徐々に赤く加熱する様に変色を始め、見開かれた眼の奥に幾何学模様が浮かび―――、

「―――ッ!! それは、させないっっっ!!」

 『直感』で危機を感じ取ったレイチェルが、腰のホルスターに収めていたカードを一枚取り出し、正面に向かって投げる。カードにはイマジンによる青い線で魔法陣が描かれていた。レイチェルの使役する悪魔は、カグヤの使う式神と似て、彼等の力を使用する際に必要不可欠な『寄代(よりしろ)』、“媒介”が必要となる。レイチェルの媒介が、この魔法陣なのだ。

「おいで、シトリー。すべてをさらけ出してあげましょう」

 彼女の言霊に応え、正面に姿を表わす蒼い髪にワンピースの少女。

 カードの魔法陣は光を発し、大きく展開されると、シトリーと共にレイチェルへと重なる。再び青い光が眩く発光。清楚な雰囲気のするワンピースに、蒼い髪をした、レイチェルが背後に水の球体を従わせ現れる。レイチェルの奥の手、『憑依』。使役する悪魔を己と一体化させる神降ろしに等しい神秘の再現。

 シトリーと一体になった事により、高められた神格。その神格で爆発して飛び散る周囲の水を操り、背に控える水の珠と一体化させ、巨大な水の槍を創り出す。

 神也の眼に幾何学模様がはっきりと映し出された瞬間、レイチェルは間髪入れずに水の槍を放つ。悪魔シトリーの神格で操られた水は、いわば水を操る権能。その速度は一瞬で音速へと至らしめ――――神也の身体を粉砕した。

 リタイヤシステムによる光の粒子とアナウンスを聞きながら、彼女は額の汗を拭い勝ち誇る。

「ふう………、なんか解らないけど、アレ(、、)使われてたらまずかった………。でもとりあえず、私の勝ち!」

 

 【勝者 レイチェル・ゲティングス ポイント72】

 

 

 

 

 バギリ………ッ! っと、鱗と骨が砕ける生々しい音をたてて、白い龍の首が軻遇突智(カグヅチ)の顎に噛み砕かれる。

「ソウルセイバー・ドラゴンッ!?」

 白き光の龍がイマジン粒子として散っていくのを見て、切城(きりき)(ちぎり)が悲鳴の様に声を上げる。粒子が散る傍らでは、重々しくも勇ましい白い騎士甲冑に身を包んでいた大剣使いと、白い鎧に身を纏う剣士が、二人で膝を付き大量の粒子を身体から漏らしていた。彼等の身体は傷だらけで、もはや漏れ出す粒子を止める術はなさそうだ。

 ブォン………ッ! と、赤黒い水の剣を軽く振った九曜は、もはや反撃する事の出来ない騎士二人に、それでも警戒の視線を向けたまま見下ろしていた。

「主と能力の差が出たわね。スキル一つで集中されて作られた我らに比べ、多数に分散された軍勢のアナタ達では、一体一体の実力が違うわ。それを補うだけの力が、主も未だに不足している」

 九曜の冷たい言葉に二人の騎士は歯噛みし、消える瞬間にも主に対する申し訳なさそうな表情を残し続けた。

「『アルフレット・アーリー』! 『ブラスター・ブレイド』!?」

「ほい、これで全部か? トラップも全部解除したし、これでもうお前は抵抗できないよな?」

 切城(きりき)(ちぎり)の両手を同じく両手で捕まえて組み合う東雲(しののめ)カグヤは、かれこれ二十分くらいこのまま押し合いをしていたので、結構表情が必死だった。契も抵抗しようともがいていたが、相手の動きを読み切るカグヤに抵抗虚しく粘られていた。

 カグヤと契の戦いは正に手に汗握る高度な戦略戦となった。互いに罠を仕掛け、フェイクで誘い、幾つもの知略戦が交差し―――、やり過ぎて正面から力付くでぶつかる以外の手段を失って泥沼試合と化した。

 契はともかくレベルの高いモンスターカードを呼び出し、カグヤは軻遇突智で一掃しようと正面からぶつかり、かなりの消耗戦になり、結果的にカグヤの式神が能力的に勝っていたがために現状へと至った。

「『手札』があっても、“手”が使えないならカードは使用できないよな?」

 不敵に笑うカグヤに、苦虫を噛み潰したように俯いた契。しかし、次第に契は肩を揺らし始め、ガバリッ! と顔を上げた。その口にはカードが一枚、咥えられている。

「悪いな! 手が使えなくても、口でカードを抜けば使用するくらい―――!」

 契が勝利宣言の様に声を上げるとともに―――突然カグヤの表情が赤面し、潤んだ表情になると、ゆっくりと口を近づけ始める。

「手が使えないから………、口で、取るしか………、阻止できない、よね?」

「………へ?」

 その言葉の意味が理解できず、一瞬固まる契。瞬時に思考ステータスの全てを動員し、カグヤの言葉の意味と意図を探り始める。

 契の思考能力は、“思いっきりマジで口付けしてでもカードを阻止しようとしてますぜいっ!?”と言う答えを返してきた。

 再三再思考。………三度同じ答えが返ってきた。

 

 …………………。

 

「ちょ………っ!? おうぇあぁえ~~~~~~~~~~~~っっっ!!!!!???」

 

 契は混乱した。▼(ピッ)

 契は離れようともがき始めた。▼(ピッ)

 しかし、両腕を掴まれ逃げる事が出来ない。▼(ピッ)

 潤んだ瞳で、顔を赤く染めたカグヤの顔が近づいてくる。▼(ピッ)

 契は混乱に拍車をかけた。▼(ピッ)

 

 何故か状況理解がRPG風に脳内再生される契。現実逃避だったのかもしれないその行動に、容赦無くカグヤ(現実)が迫ってくる。

 カグヤの顔は、近くで見れば見るほど、女性のそれと全く見分けがつかない。それでも“彼”が“彼女”ではない事はとうに知っている契だ。この状況が嬉しいはずもなく、慌てて逃れようとするのだが、カグヤはそれを許さない。

 ドンドン真っ赤になったカグヤが近づいてくる。

 自然、カグヤの表情を正面からじっくり観察する事になった契。カグヤの睫毛は男と違い少々長めで、普段睨むように細めていた瞳も、今は大きく柔らかい感じに開かれ、黒水晶の様な瞳を艶めかしい程に潤ませている。鼻も低く、顔は骨格自体が丸みを帯びているのか、撫でらかに丸い線を刻んでいる。赤面した頬はとても柔らかそうで、ついつい指先で突いてみたいとさえ思える。肩へと滑った黒髪は、とても艶やかで、手にとって滑らせたくなるほどに輝いていた。最後の極めつけにピンク色に染まった唇。まるでサクランボの様に小さな口は、今は上品に(すぼ)められ、恋人に軽くキスをするかの様な蠱惑(こわく)的な魅力を漂わせていた。

 あれ? コイツって、本当に男なんだっけ? そんな血迷った思考を浮かべた契は、何もかも忘れてその唇に食いつきたくなってきてしまった。

 もちろん、すぐにそんな思考は全力で首を振って消去した。

 その隙をついたカグヤは、大きく頭を背後に逸らしてから―――ガツンッ!!

「オギャッ!?」

「ダバッ!?」

 頭突きを見舞った。

 カグヤが昔教わった剣術の裏技、『花房(はなぶさ)』。それがこの技の名前などとは、誰も知る事はない。………かなりどうでもいいので。

 頭突きで気絶した契と、自分で頭突きをしておいて、自分でくたばってるカグヤが、二人仲良くノックダウンした。

「我が君」

「お兄ちゃんっ!」

 九曜が冷静にカグヤの肩を抱いて起こし、カグラが人型になり慌てて反対側の肩を支えた。

 抱き起こされたカグヤは額を擦りながらポイントを確認する。

「痛てて………、これ自爆もしっかりポイント取られるんかよ………? まあ、でもこうでもしないとマジで男相手にキスする羽目になってたから文句は言わんが………」

 不貞腐れながらも、何気に今ので勝利ポイントをギリギリで獲得したカグヤはホッと息を吐く。

 そこでやっと両隣から、とても不安げな視線を向けられている事に気づく。

「どうした二人とも? 額のダメージならそれほどでもないぞ?」

「いえ、その………」

 珍しく九曜が言葉を濁す。

 同じく不安そうに、見つめていたカグラは、未だに首を傾げているカグヤに対し、壇上の想いと言わんばかりの覚悟した表情で問いかける。

「お、お兄ちゃんっ!? あの時………、本気でキ、き、ki、………キスするつもりだったの?」

「何を言い出すお前は。そんな気持ち悪い事絶対するわけないだろう。相手が女子だったならともかく」

「そ、そうですよね………、いくら我が君でも、殿方を相手など………」

「ちょっと九曜さん? アナタも疑ってました?」

 珍しく視線を逸らして黙秘する九曜。カグラは疑わし気ながらも、カグヤがはっきり否定してくれた事に胸を撫で降ろしていた。―――が、やめておけば良いのに、カグヤはつい余計な事を続けてしまう。

「まあ、途中まで本気だったのは事実だけどな? そうでもしないと契の思考能力で表情読まれて、嘘だって解っちまうからな。だが、思考しない様にするって言うのは結構難しいな? アレは長い間は無理だな。心を無にするとか言う奴らしいが、あんな緊張感でやるのは結構なプレッシャー………? どうした二人とも?」

 完全に青ざめている僕二人に気付いてカグヤが問いかける。

 九曜、カグラは、同時にカグヤに飛び付いた。

「我が君! 今すぐ………っ! 今すぐ部屋に戻りましょう! 私が“閨”を務めますからっ!!」(必死)

「勘違いしないでよねッ!! お兄ちゃんの事が本気で心配だから一緒に寝て上げるんだからねっ!? それでお兄ちゃんがいつもの女好きに戻ってくれるなら私は何も言う事無いんだからねっ!?」(必死)

「ベットイン歓迎! でも待てやこらっ? お前ら二人とも本気でなにを心配してやが―――」

「大丈夫です我が君! どんなに女を体験しようと、飽きる事の無い程、この世の中には幾多の嗜好―――“ぷれい”なる物が存在すると聞きます! 我が君がお望みとあれば、この九曜! 如何なる“ぷれい”にも応えて御覧に入れます!」

「お兄ちゃん! 妹属性の開拓がまだだったよねっ!?  いっそ、ロリ属性も開拓しよう! そして女の子の魅力に戻ってきてねっ!?」

「ちょっと(しもべ)様方っ!? 主様の言う事聞こえてますかっ!?」

 三人の騒動は、その後も部屋に戻って夜の営みが終わるまで続いたと言う。

 蛇足だが、その日の夜、とばっちりを受けた菫が、真っ赤な顔で泣きそうになりながら枕を抱えたパジャマ姿で廊下をうろつく羽目になったと言う………。

 

 【勝者 東雲カグヤ ポイント50】

 

 

 

 

 水面=N=彩夏は八束菫と激戦を演じていた。

「錬成!」

 彩夏がジャングルの木々に『罠錬成』を仕掛け、菫の行動範囲を制限していく。

「キャッ!?」

 大量に作られた足を捉えようとする蔦達を跳んで躱した菫だったが、一本だけ、異様に長く伸びた蔦が彼女の足を捉え、そのまま逆さ吊りにしていく。慌ててスカートを片手で押さえながら、剣を操って蔦を切り裂く。だが、操っていた剣が、いつの間にかそこにあった木に突き刺さり、そのまま蔦に絡め取られて使えなくされてしまった。

(これ、で………、26本目………、もう手元の剣、しか、残ってない………)

 密林のジャングル地帯。菫にとっては二度目の戦場で、既に慣れていると思っていたが、この密林地帯は、以前の密林地帯とはまた別の設定の様で、ともかく木々が生い茂っていた。開けたところなど一つもなく、地面は土と根と苔ばかり、足場も悪ければ行動範囲も狭い、ともかく動き難い地形だった。菫の能力『剣弾操作(ソードバレット)』と『剣の繰り手(ダンスマカブル)』はある程度剣を操るスペースが必要だ。だが、この狭すぎる空間では上手く扱えず、剣を撃ちだそうにも遮蔽物に囲まれ投げる事が出来ない。空中を躍らせるには狭すぎる。木々の間を縫うように動かすのはまだ経験、技量が共に不足。仕方なく頭上から落とす形で剣を放ったのだが、逆に此処は彩夏の独壇場だった。

 彩夏は所狭しと立ち並ぶ木々に『罠錬成』を張り巡らせ、菫の攻撃を防御、同時に捕縛する様な攻撃を仕掛けていった。菫はその度に対応に追われ、気付けば生徒手帳にあった26本の剣を全て木々に呑み込まれて奪われていた。

「剣舞が使えないのなら剣群操姫(ソード・ダンサー)も名前負けだね!」

 挑発する彩夏に、素直にムッとしてしまう菫。

 刻印名は入学の時、『刻印の儀』で己の心に刻んだ二つ名、称号の様な物だ。それは刻んだ本人達にとっては誇りであり、何らかの覚悟の表れでもある。それを刺激されては、挑発と解っていても何か返さずにはいられなかった。

「じゃあ、舞台作り………!」

 菫は呟き、『糸巻き(カスタマイズ)』を発動。四肢全身に最大の8重強化を施し、振り被る。

「全っ力………!」

 振り被った剣を一気に横薙ぎに、自分を中心に円を刻む様に振るい抜く。

 ピーーーンッ! と言う風鳴り音を鳴らし、過ぎ去った刃は、回転による衝撃波を僅かに散らし、………ズズッ、時間差で菫を中心とした木々が一斉に薙ぎ倒され、開けた舞台が創り出された。

「うん、全力強化、なら………、剣技補正が無くて、も、これくらいできる………!」

 無表情に勝ち誇って見せる菫だったが、瞬間、自分の視界が手で遮られた事には驚いた。

 彩夏の事を視界から外してはいなかった。むしろ注意深く観察していたつもりだった。だが、菫は一つ失念していた。自分が強化系の能力を使えるなら、相手も強化系の能力を持っていてもおかしい事はない。それを失念していた菫は、瞬間的に肉体強化を最大に上げた彩夏に超接近され、視界一杯に手を翳された。

 視界が不自由な中、それでも身体を後ろに逸らし飛び退こうとしながら、必死に剣を振り抜こうとする。

 だが、それよりも速く彩夏の詠唱が轟く。

「罪人よ! 災禍の歌を歌え! 断罪なる(つるぎ)に、悉くを貫かれよ!!  『災禍讃唱』!」

 

 ゾガンッ!!

 

 突如出現した逆棘状の刃を持つ痛々しい無数の剣。それらが菫の身体を容赦なく貫いて行く。

「あ、ああ………っ!!」

 無数の剣に切り裂かれながら反撃の剣を振るう菫。

 剣に対して菫は片腕で頭をガードする様に庇う。

 刃が腕に激突し、鮮血が飛ぶ。だが、それだけだ。剣は肉を切り裂き、血を飛ばしたが、彼の骨を切断する事が出来なかった。

「カルシウム濃度を操作した。カルシウムって言うのは優れた物質でね? その濃度次第では金剛石よりも、………いや、世界のどの物質よりも硬くなるらしいよ?」

 腕を斬られ苦悶の表情を浮かべながら、彩夏は勝ち誇ったように微笑んだ。

 点差は47対43。彩夏が勝ち越した。

「あう………」

 最後の反撃に失敗した菫が脱力し、手にしていた剣を落とす。彩夏は一度距離を取り、菫が反撃してこないかを確認するが、彼女は俯いたまま動かない。

「ふぅ~~………、こっちも一敗してるからね。そう簡単に二連敗なんて―――」

「『繰糸(マリオネット)』………」

 菫の呟きが聞こえ、身構える彩夏。その彼女ならぬ彼の目の前で、菫を束縛する逆棘の剣が何かに動かされる様にガシャガシャと動き始める。

「飛、べ………っ!!」

 

 バアンッ!!

 

 菫の号令に従う様に、彼女を捕縛していた逆棘の剣が一斉に弾け、上空高くへと飛んで行った。彼女の体を貫いていた剣も、そのまま天に向かって飛んで行ったので、菫の身体から大量の鮮血が飛び、同時に彩夏のポイントが49になる。

「やば………っ!」

 彩夏は危機感を感じ、『罠錬成』を使って植物を操ろうとする。彼の『罠錬成』は、“物資の特性を変化させる”っと言う物だが、それが“罠”の“錬成”と言う表現に応じ、罠としての効果を発揮できる特性の変化を与える事が出来る物となっている。そのため、植物にこの力を発揮すれば、植物に動的な動きを与えているように見せる事が出来る。彼の能力的な弱点、“自ら攻撃的な戦法を取れない”っと言う部分を補うに、この環境は特に適していた。

 植物の蔦に良く撓る特性を与え、同時に元の形に戻ろうとする形状記憶の特性を与える事で、勝手に動く鞭の様に操っているように見える。これを使い菫の身体にツタを撒きつけると、同時に硬化特性を与え頑丈で切れ難い蔦へと変質させる。これでもう丸腰の菫は逃げる事が出来なくなった。

 彩夏はそれを見届けると、瞬時に身体能力を強化し、自分が出来る唯一の攻撃的手段、肉弾戦の距離へと迫る。拳を握り、最後の一撃当てるため強く地面を蹴って飛び出す。

(急いで決めないと………! まずい気がする………っ!)

「残念………、間、に合った………よ?」

 コックリ、と………、菫が場違いに可愛らしく小首を傾げてみせた。

 瞬間、彩夏は空から降り注ぐ無数の剣に貫かれ、四肢を切り裂かれた。

「がぅ………っ! 早々に………、二連敗………」

 悔しそうに涙を目の端に浮かべ地面に倒れ伏す彩夏。菫の点数が53に変わり、リタイヤシステムが彩夏の身体を光の粒子へと変えていく。

「実習始まって………、二日連続、臨死とか………、なんて学園だ………!」

 手足を失い、同体も剣に貫かれながら、彩夏は八つ当たり気味に泣いて抗議した。

 彩夏が消え、菫の勝利アナウンスと共に景色が変わる。元の無機質な白い部屋で解放された菫は、そのまま地面にうつ伏せに倒れ込んだ。

「こ、こっちだって………、血、が………っ!」

 大量出血で貧血状態に陥った菫が助けを求める様に震える手を伸ばす。その先では銀髪に赤目の顔の整ったイケメンフェイスの長身男、今田陣内教論が立っていたのだが………、彼はその場に膝を曲げて視線の高さをできるだけ合わせようとしながら、救急セットを床に置いた。

「スマンけんどな? 教師は死に(てい)でも、死ぬと判断されへん怪我は治したらアカンねん。傷はイマジンの『修復再現』で塞いで、ここにある簡易輸血機使えば寝たまんまでも輸血できるからな? それで頑張ったってや? 無理なら誰か人呼んでもええよ? 相手が生徒なら先生呼びに行くくらいはできるからなぁ♪」

「これだけ怪我しても………!? 手当、てしてもらえない。の………っ!?」

 驚愕の事実にショックを受ける菫。いっそ自害してリタイヤシステムのお世話になった方がどれだけ楽だろうかと考えてしまったが、それはそれで「自分で命絶った奴なんてしるか」と一蹴されて放っておかれそうで怖いので止めた。

 仕方なく菫は傷口をイマジンで塞ぎながら、生徒手帳を取り出し誰か応援を呼ぶ事にした。

 何気に生徒手帳の連絡先の最初がカグヤである事に気付き、たっぷり十分くらい彼に助けを求めて良いものか悩んだ事は、まあ、蛇足だ。

 

 【勝者 八束菫 ポイント53】

 

 

 

 バタンッ!

 

 ポイントを全て奪われ、精根尽き果てた緋浪(ひなみ)陽頼(ひより)(銀髪女の子バージョン)は、眼をナルトにしながら抗議の声を上げる。

「こ、こんなの反則じゃないッスかぁ~~~………!? 相手の能力を問答無用で半減とか、どんなチートって話ですよ~~~………っ!?」

 それを耳にした浅蔵(あさくら)星流(せいる)は、腰に両手を当てて、呆れたように告げる。

「やれやれ何て言い草だい? 僕は君の強制SAN値削減の能力の方がチートだと思うがね?」

 首を左右に振りながら「やれやれ」と溜息を吐く白い髪を高い位置で纏めたポニーテール少女は………無傷だった。

 その背に白い骨組に青白く輝く光の翼を掲げながら、彼女はとてつもなく元気満タンの姿でボロボロの陽頼を見降ろしていた。昨日の戦い負った傷も癒えていなかったはずの少女が、戦う前より元気な姿で立っていたのだ。

「それはそうと、どうして男の方で戦わなかったんだい? あのままSAN値削って行った方が良かったんじゃないかい?」

「イヤ~~~、前回、その不死身性に頼ったばっかりにドジ踏んじゃいましてねぇ~~。今回はちょっと自分でがんばってみようかなって♪」

「その意気込みは素直に買うけどね」

 親しげに笑顔を向けた星流。先程まで腐敗した朽ちた木々のジャングルが、元の白い部屋に戻ると、陽頼もぴょんっ、と跳び起き、何事もなかったかのように笑顔を向けてきた。

「早々に二連敗しちゃいましたよ!☆ あはははっ! やっちゃいましたね~~~♪ しかしあなたのドラゴン、全部(、、)引っ張り出してやりましたよ?」

 得意げにニンマリ笑う陽頼。事実、引っ張り出されたのは星流の方だったので、彼女は素直に脱帽しながら―――、

「ああ、そして僕が勝ったよ。這いよる混沌(Nyarlathotep)

「おや? こっちの正体もバレちゃってましたか?」

「浅蔵家はその手の情報が多くてね。君が恐らく、“元は本体から切り離されていた一部だった”であろう事も確信できたよ?」

「あ痛たたたっ!? 急に頭が痛くなったので退散させてもらいます~~~♪」

 腹の探り合いは性に合わないと言いたげにわざとらしく笑顔で頭を抱えた陽頼は、そのまま猛スピードで走り去って行った。

 残された星流は、ゆっくりした足取りで階段を上り、廊下に出たところで壁に凭れたまま座り込んでしまった。そのまま三角座りをすると、身体を小刻みに震わせ始める。

「あ、あんなの………、やせ我慢だ………! 僕だって、発狂するかと思った………っ!!」

 震える声で、湿り気を帯びた呟きを漏らす星流は、その場からしばらく動く事が出来ず、小刻みに身体を震わせていた。

 

「えっと………、どうかしました?」

 

 話しかけられた事に驚き、すぐに顔を上げてしまった星流は、目の前に立つ小柄な少年に、泣き顔を見せてしまった。身長150㎝だいの小さな少年は、星流の泣き顔を見ても優しく微笑むだけで驚いた様子はない。それどころか怖がらせない様に手を差し出し、指で星流の涙を拭き取る余裕をみせる。

「せっかく勝ったのに、泣いちゃうなんて………、何か余程辛い事でもありましたか?」

 冷静で、だが優しげな対応に、一瞬見惚れた様に呆けてしまった星流。すぐにはっ、として我に返り、慌てて立ち上がると袖で顔を隠そうとする。だが普段長い袖がある巫女少装束も、今は学園指定の体育着だ。袖はない。その所為で顔が隠せないと気付くとますます恥ずかしくなってきて顔が赤くなってしまう。オロオロと慌てる姿を晒していると、くすりっ、と言う笑いが漏れ聞こえてきた。正面の少年が可笑しそうに微笑んでいる。

「ふ、不謹慎だ………っ///////」

 星流はそう叫んで彼の肩を掴むと無理矢理後ろを向かせた。そのまま腕を掴んでこちらを振り返れない様にしつつ、星流は赤くなった顔を見られない様に俯く。

「な、なんで………、僕が勝ったと知ってる? 見てたの?」

「いいえ。でも負けて泣いてるにしては綺麗でしたから」

「ああ………、まあ殆ど傷は治ってるから、チョイ裏技だったけど………」

「そうですか? でも、例えボロボロでも、アナタは綺麗だったでしょうけど?」

「―――!?///////// ぼ、僕はそう言うの慣れてないんだ! やめろ! 大体、こんか僕の何処が綺麗だと言うんだ? 言っとくけどね? 僕の髪も眼も、イマジン変色体とは関係無く、元からこう言う色で―――」

「そんな偏見を持っていても、それを補ってあまりある美しさだと確信してます」

「へ………?////////」

 思わず赤い顔のまま見上げる星流。そこには肩越しに振り返り、微笑む少年の顔。自分より小さいのではないかと言う小柄な少年が、自分を見降ろしながら優しげに見つめていて―――、星流は見惚れた様にしばらく固まってしまう。

 すぐに気付いて慌てた星流は彼を思いっきり独楽でも回す様にして突き飛ばす。見事壁に彼が激突したのを確認すると、照れ隠しに大声を張り上げる。

「し、知らないよそんな事っ!! 趣味悪いんじゃないのかいっ!? それと、君は誰だいっ!? 僕達はAクラスは、クラスメイトの顔と名前は全員覚えている! でも僕は君を知らないぞっ!?」

「それはすごい。さすがAクラスだ。でも舐めないでくださいね? 僕達Bクラスだってそのくらいの事は出来ます。ああ、初めまして、笹原(ささはら)(だん)です。よろしくお願いします」

「Bクラス? Aクラスの視察にでも来たのかい?」

 調子を取り戻そうと挑発的に尋ねる星流だが、弾は表情を変える事無く微笑む。

「それもありましたけど………、アナタが眼に入ったら全部どうでもよくなりました」

「は、はあ………っ!?//////」

「だって、すごく可愛い反応をしてくれる物ですから」

 可笑しそうに笑う弾に、星流は取り戻しかけた調子を掴み損ね、また赤くなってしまう。今度は自分から背を向け、無視してやろうと涙目に考えたのだが、ふと両腕に温かな感触が包み込んで来る。後ろから弾が彼女の体を支える様に二の腕あたりを軽く掴んでいるのだ。

「なにがあったのか知りませんけど、もう大丈夫そうですね? 姿勢がさっきより良くなってますよ?」

「―――ッ!?//////」

 急激に物凄く恥ずかしくなった星流は、「きゃあああぁぁぁぁ~~~~~!!」と女の子っぽい悲鳴を上げて逃走を始めた。

 一瞬で遠ざかっていく背中を見つめ、弾はポカンとした表情になってしまう。

「ふふ………っ、本当に可愛い子だな」

 そんな風に笑みを作った弾の肩に、ポンッ、と、誰かの手が乗せられる。

 そこにはサイドに纏めた髪をわっかにしている中国風の顔立ちをした留学生少女、陽凛(ようりん)が笑顔で立っていた。

 彼女は笑顔で親指を立ててサムズアップすると―――、

「ワタシ知ってるヨ! こう言う時はオヤクソクで“バクハツ氏ね”ヨ♪」

「な、何か違う気が―――おわああぁぁっ!?」

 訓練場の廊下で響く爆発音は、盛大だった割に、誰の耳にも届かなかったという。

 

 

 【勝者 浅蔵星流 ポイント86】

 

 

 

 09

 

 

 

 その後も多くの生徒達が戦う中、Aクラスの模様は大体こんな感じで進められた。

 そしてクラス内交流戦、最終の三日目―――。

 その日の戦いはとても高低差が激しい物となった。

 例題としてあげるなら、『契VS神也』戦。昨日、神格解放寸前にレイチェルに爆散させられた後遺症が残り、ほぼ丸一日機能停止状態となって眠り続け、放課後になってやっと眼を覚ました時には、不戦勝で契の勝ちとなった。ただし、成績に係わるポイントは0扱いなので、契も手放しで喜べない状況だ。

 『彩夏VSレイチェル』戦では、彩夏が徹底的に戦闘を避け、タスクをこなし、それを追いかけたレイチェルが面白い様に『罠錬成』の餌食となってポイントを奪われ、気付いた頃には彩夏が一方的に50ポイントを獲得し、しかもタスクを完全にこなしたと言う、教師からも感嘆の域で絶賛された。逆にレイチェルが深く落ち込み、しばらく起き上ってこられない状況に追いやられてしまったのだが、二連敗している彩夏にとっては、最後に苦し紛れの大勝利を掴めたと、純粋に喜んでいた。二人にとってこの戦いは、思い知らされることの多い、一番身になった試合だったとも言えるだろう。

 『菫VS陽頼』戦に関してのみ言えば、唯一まともにぶつかりあった試合だとも言えたが、二日連続で互いに消耗が激し過ぎ、お互いタスクに集中するスピード勝負となった。菫はカグヤの神格、彩夏の全身串刺しを受け、相当に疲弊し、朝から身体を引きずってばかりと言う(てい)を見せていた。対する陽頼の方も、昨日星流に対し、神格を傷つけられたらしく、能力の発動が不十分となり、とても戦闘できる状態ではなかったと言う。

 結果的に勝利したのは、僅差でタスクを完遂した菫だったのだが、お互い最後の最後でぶつかり合ってしまい、試合終了後はろくに会話もせずに床に突っ伏して眠ってしまった。

 残る『カグヤVS星流』戦だが………。

 

 

 

 

 ギャゴォォォォォォ~~~~ン………。

 

 軻遇突智が悲鳴の様な鳴き声を漏らし光の粒子となって消えていく。

「我が君! 私の背に! ………お早く!」

 九曜に声を飛ばされるが、カグヤは廃ビルに手を付いた状態で息を荒げ、動こうとしない。いや、動けない。既に表情からは三日間の連戦に蓄積された疲労に完全に参っていて、覇気らしい物が全く見られない。

 対する浅蔵星流は、左腕に展開している赤い竜の籠手で軻遇突智を消滅させていながら、着地してすぐに片膝を付いて息を荒げ、追撃する事が出来ないでいる。

「くっ………!!」

 何とか起き上ってカグヤへとよろよろと歩み寄ろうとするが、主の疲労を感じ取って籠手に取り付けられている緑の宝玉から光が消えてしまう。

「ドライグ! もう少しだけ力を………ッ!?」

Burst(バースト)

 籠手から音声が発せられ、同時に籠手自体が消滅してしまう。それと同時に全ての力が霧散してしまったかのように星流も「ブハッ!?」と咳き込み膝を付いてしまう。

 その瞬間に走った九曜が彼女の首に水の剣を突きつけ、ようやっと決着がついた。

「降伏を………」

「………分かった。僕もこの状況でこれ以上ダメージを貰いたくない。………負けを認める(リザイン)

 その言葉によりカグヤの勝利アナウンスが流れ、世紀末ステージと化していた世界は消え、白い部屋へと戻る。

 

 バタリ………ッ。

 

「! 我が君!」

 背後で響いた軽い音に慌てて駆け寄る九曜。

 主たるカグヤは床に突っ伏し、苦しそうな息を吐きながら意識を失っていた。

 カグヤの勝利は僅差だった。彼が自分と星流の疲労を(かんが)み、消耗戦に賭け、互いのタスクを進行不可能にしたのは、完全に賭けに等しかった。それも最も勝率の高い、部の悪い賭けだ。

 実際、疲労の限界はカグヤの方が先だった。彼は壁に寄り掛かった状態でほとんど意識を失っていたのだが、渾身のフェイクで立ち続けた。それで試合を無理矢理進め、先に星流にリタイヤさせたのだ。もし、あの場で星流が僅かでも時間稼ぎをしていれば、もしくはカグヤが先に倒れていたかもしれない。

「………いや、それでも九曜さんが居たから負けちゃったかな? あそこで首切られてたらアウトだったし」

 そう呟きながらも、星流は吐血しそうになる体のダメージに抗えず、大人しく視線を瞼の裏へと向けて行った。

 

 これがAクラスの全試合模様であった………。

 

 

 

 10

 

 

 

「ああ~~~………、(ちょ~~)暇………。この学園で不戦勝程みのりの無い時間はないわ~~~………」

 契はAクラスの戦闘状況を完全に見学者状態で見て周っていた。不戦勝故に時間が余ってしまったのだ。最初は戦わずに勝利した事の安堵と、他、同学年の生徒の戦闘中継を好きなだけ眺める事に歓喜したのだが………、これが実にみのりが無い。何せ皆だらだらとした様子で、実力の半分も引き出せていない。勝利するためにタスクに集中したり、負けを覚悟で一発撃ち合い一瞬で引き分けて終わったりと、実に(てい)たらくだ。真面目に戦おうとする生徒も窺えたが、お互い疲労一杯の表情で、まともに戦う事さえできていない。泥酔状態の老人が殴り合いを始めたかのような具合で、とても見ていて勉強にならない(それでも小さな岩山を一つふっ飛ばしていたりするのだが)。

 見る事が勉強にならないのなら、これほど無意味な時間はない。仕方なく他のクラスも覗いて行ったが、どこも似たような様子で、ともすれば自分と同じく不戦勝で手持無沙汰になっている者もいる。

「こりゃあ、一番の外れクジですよ………」

 成績に影響するポイントも0では、不戦勝の意味があまりにも薄い。正に勝ち損としか言いようがない。

「こんな調子じゃ、お前らの世界に行くって言うのも、まだまだ遠そうだよな?」

 そう言いながら懐から取り出したカードに語りかける契。カードは某遊戯の王様カードの『風霊使いウィン』だった。

『ん~~~………? 話を聞いた時は結構簡単に叶いそうな予感もしたけど………、やっぱり難しいんですかねぇ~~?』

 イマジンの付加されたカードが淡い光を燈し、そこから浮かび上がった緑色に光る球体が、幼げで元気を感じさせる声で語り返した。

「異世界人とか普通にこの学校通ってるって聞いたんだけどなぁ~~~? それっぽいのあんまいねぇしな~~~?」

 緋浪陽頼の異常性を目の当たりにしておきながらそんな事を言えてしまうのは、既に彼もこのイマジンと言う異常な能力に毒されていると言う事なのだが、それに気づく素振りは見られない。

 切城契は、幼いころからカードの精霊達の声を聞く事が出来た。特にこの『風霊使いウィン』と並ぶ『霊使い』の五人は、彼が最初に声を聞いた精霊で、入学してからも良く話しかけたりする。戦闘に出さないのは、単純に彼女達の力が弱い事と、その能力が何処まで通じるのか、未だ未知数であったためだ。

 契はカードの精霊達と話し、いつしか彼等の世界に行きたいという願望を抱く様になった。それは同時に、自分のいる世界―――この世界に見切りをつけたと言う事でもあったが、彼には些細な問題だった。

 契とウィンが二人で不貞腐れた様な意見を躱していると、奥の方から騒がしい声が聞こえてくる。あっちの方向は、たしかCクラスのエリアだったはずと契が眉根を寄せた瞬間、慌てた様子の上級生が、病院で良く見られる車輪付きのベットを押して、こちらへと走ってくる。

「脈拍はっ!?」

「危険地まで低下してますわ!」

「出血が多いぞ! この子の血液型確認して保健室に報告しとけっ! 輸血の用意させとくんだっ!」

「一年生には治癒能力者いないのかよっ!? 毎年一人くらいいるだろうにっ!?」

「しかたない………っ! 三年に連絡して、木嶋(きじま)(すばる)先輩に来てもらえ!」

「三年生呼ぶのかっ!? そいつはちょっと………! 静香(しずか)さんじゃダメなのかよ!?」

「彼女にはもう一人の方を見てもらっていますの!」

「………しゃーないか。急ごう!」

「おいどけ一年! 急患だっ!」

 突っ込んできた上級生にビックリした契は慌てて壁にへばりつく。同時に野次馬根性を発揮して、素早く懐から取り出したカメラで通り過ぎ様に写真を一枚撮っておく。契は新聞部に所属しているので、出くわしたスクープは逃さないよう言われているのだ。

「ああ~~、ビックリした。一体何だ………?」

 『急患』と言う言葉に訝しく思いながらも、契は勘だけで撮った写真を確認するため、デジカメを操作する。写真は見事に最小のブレで収められており、急患が誰なのかもしっかりと写すことが出来ていた。

「………ってあれ? これって見た事ある様な………? あ、そうだ! 入学試験の時、神也の『戦艦砲』をぶった切った奴じゃん? って、なんだこれっ!?」

 写真に写っていたのは顔見知りの少女だった。入学試験で二刀の剣を振り回し、戦場を縦横無尽に走り回っていた獣の様に、しかし美しかった少女。しかし、デジカメの画面に映っている姿には、その時見た美しさは欠片も見受けられない、満身創痍の死に体だった。

 右足の甲が何かに打ち砕かれた様に潰され、左足は膝の辺りからごっそりと斬り落とされている。右腕は内側から弾けたかのように皮が全てめくれ、肉の繊維と血で真っ赤に染まり、無事に見えた左腕は、手の平から肩まで、綺麗に両断されていて、腕の断面を晒していた。左の脇腹は獣に噛み千切られたかのように抉れ、角度的に映っていない右胸の辺りが、不自然に陥没していて、そこを撮影できなくて良かったと安堵さえ抱いてしまう。極めつけは頭の右半分だが、これにはさすがの契もちゃんと確認する前に視線を逸らした。そして速やかにデジカメの電源を切った。

「な、何があったらあんな事になるんだよ………っ!? 思わず初日の陽頼戦思い出しちまいましたよ………っ!? っつかあんだけ大怪我したのになんでリタイヤシステムが発動してねえんだっ!?」

 まさか、“アレ”でもまだ致死に至らぬ軽傷と見なされたと言うのだろうか? いや、そんなはずはない。ある筈がない。あってはいけない事のはずだ。ならば何故、この万能の力を有する学園で、あんな原始的な移動をさせられる急患が居たと言うのだろうか?

「≪リタイヤシステム≫も万能じゃないんだよ」

 契の心の疑問に、その声が答えた。

 先程同級生が運ばれてきた方向からやってきたのは女性だった。年齢的に見て27くらいだろう事から教師だと推測できる。青みのある黒髪ツインテールに長身で痩せ形のメガネ。見覚えがある気がするが、思い出せない。一体何処で見た教師だっただろうかと視線を巡らせ、その貧相な胸を見た瞬間に思い出した。

「あ、―――へぶんっ!?」

 殴られた。

「何処見て思い出してるっ!?」

「まだ一言も言ってないんですけどっ!?」

 殴られた頬を押さえ涙目で抗議する契。彼の手元のカードからは、ウィンの慌てた様子が光の珠のまま現れていた。

 三橋(みはし)香子(かのこ)教員。

 ギガフロートでの正式な教員免許を所持しているものの、彼女は担当教科を持っていない。っと言うのも、彼女の役割は購買部の店員だからだ。ギガフロートでは住民の全員が何かしらイマジンに通じている者たちばかりで、多かれ少なかれイマジンに係わりのある物を必要としている。その学生であり、研究協力関係者扱いでもある彼等学園関係者は、特に色濃いと言っても良い。そのため購買部の店員でも、イマジネーターである事と同時に学園関係者としての教員免許を必要とされている。

 契の使うカードも、元は地上でしか手に入らないカードゲームだ。テレビなどの電波は日本内なら全て入るのだが、さすがに物品となれば購買部で頼むしかない。能力の媒体とも言えるカードの購入をするため、既に契は何度も購買部に訪れていたのだ。(ちなみに、行くだけ行っておきながら、地上の物品購入にも硬貨が使えず、クレジットを消費すると知って断念した)

 香子はフンッと、鼻息を一つ吐いてから、仏頂面で話を戻す。

「≪リタイヤシステム≫はあくまで学園側の認めた正式な試合及び決闘でしか作用されない。そうでないと面白半分で生徒を殺すような輩が現れ兼ねんからな」

「? でも、今は確かクラス内交流戦の真っ最中でしょ? 正式な試合中じゃなかったとかあんの?」

 契の尤もな質問に、香子は視線を鋭くして簡潔に答えた。

「試合終了後もバトりやがったんだよ。ルール無視の喧嘩で、殺し合い勃発しやがったのさ」

「………は?」

 思わず呆然としてしまう契。この学園、柘榴染柱間学園は、確かに戦闘を旨とした学園ではある。経験したから解るが、この学園で殺し合う程戦闘をする事自体、珍しい事ではない。だが、それは安全が確保されているからだ。殺しても死なせずに済む準備が整っているからこそ、自分達は全力を持ってぶつかり合う事が出来る。その前提条件が覆ったとして………果たしてそれでも戦闘を続行できるなどと言う事があるのだろうか?

 契がイマジネーターとして思考を巡らせるより早く、香子は答えを言ってしまう。

「Cクラスに配属された奴等は珍しくない。大体Cクラスの連中、特に序盤は『暴走能力』有しているのが殆どさ? まあ、それでも例外無く暴走を嫌う傾向にあるのもCクラスの連中だがな? 今回は一人、暴走能力を有していた奴が暴れ出し、それを止めようとした対戦相手だったあの子も、相手の暴走能力に引っ張られて封じていたはずの暴走能力を誘発させられちまったみたいだ。結果、どっちもただ事じゃない大怪我を負っちまったのさ」

「そ、そいつはまた………。でもあれ? 試合外だってのに、教師は何を? 僕様の時も、試合終了後も戦闘続行しようとしたら止めに入ってくれましたけど?」

「教師はな、基本的にこの学園で最強の能力者なんだよ。一人の例外無く、教師やっている以上は学生相手で負ける事なんてまずありえない。だが、いやだからこそ、この学園のルール上、教師が直接生徒に手を貸せるのは、生徒会からの要望があった場合か、学園長クラスの上司からの指令があった場合に限定されてんだよ。イマジンなんて万能な力を使う以上、人間には人間としての精神的な成長を第一に考えて行動させなければならない、ってのがイマスクの考えだ。だから私達は、制止や助言は出来ても、暴走した奴のお(もり)まではしてやらないのさ」

「な、何すかそれ!? アレだけの怪我をしてるって言うのに! それでも教師側は何もしてくれないって言うんですか!? それはさすがにあんまり―――!?」

 言い掛けた契の胸倉を掴み、香子は鋭い目で彼の目を覗き込んだ。

「なに舐めた事言ってんだい? お前もさっき見ただろう? 上級生達がお前らの同級生を運んで言ったところ? アイツ等が、()()()()の事態に、何も対処が出来ないとでも、本気で思っているのか?」

 香子の鋭い視線に見据えられ、契は思わず押し黙ってしまう。そんな生徒を前に、購買部の店員が、されど紛れもなく“教師”である彼女が、未熟な生徒に対して忠告する様に告げる。

「あまり、この学園の生徒を舐めるなよ? 一年生(新参者)

 なによりも重いその言葉を受け止め、何も返せずにいる新入生を押しのけ、香子はそのまま何処かへと去って行った。

 イマジネーションスクール。それは、自分が思っている以上に一筋縄ではいかない“組織”なのかもしれない。

 

 

 11

 

 

 緑溢れる廃残都市。そんな言葉が似合う、うち捨てられて何千年も経った様なビル街に、その少年は立ち尽くしていた。後ろに流れる様な癖のついた銀の短髪、知的なメガネの奥に輝く青い瞳。身体を覆う白いスーツに黒いベルトで着飾った衣服は、まるで囚人服を思わせる。腰に差した刀はギミックが施されているのか、鞘が異様に太い。無表情に周囲を見据える姿からは、彼がクールな性格である事が良く読み取れた。

 そんな彼をビルの屋上から見降ろす、二人の影があった。

「ふっふっふ………っ。相変わらずのクールフェイスだよね~? 私達に狙われているとも知らず、そんな余裕ぶってて良いのかなぁ~~?」

「ダメダメ、リッちゃん~。私達に狙われたらその時点でもうジ・エンドだよ~? 焦る暇もないって~~?」

 二人は可笑しそうに笑い合いながら、互いに持った杖を掲げる。

 派手目ではないが、まるで魔法少女風アイドルと言わんばかりの色違いヒラヒラドレスを身に纏った二人は、同じ顔で同じ背恰好をしていた。唯一違うのは、サイドに纏めている髪が左右反転である事と、瞳の色が違う事だ。二人とも左目は青いのだが、片方の右目は赤く、もう片方の右目は緑色をしていた。

 双葉(ふたば)リミと、双葉エミ。双子にして、二人で力を合わせる事のできる、この学園の最強タッグ。そのチームプレイは最強の対翼と言われた、東雲神威と朝宮刹菜のコンビネーションすら凌ぐと言われている。

 二人は誰かに見せる様に決めポーズを取ると、声高に宣言する。

「双葉リミ! 専門は攻撃! 遠近中、どんな距離だろうと関係無く、全てに於いて攻撃を担当できる最強のアタッカー!」

 右目が赤く、オレンジ色の衣装に身を纏うリミが告げると、それに合わせてエミもポーズを取った。

「双葉エミ! 補助系統担当! 隠密、情報、補助に強化! 攻撃に関しない事なら何でも出来ちゃうスーパーハッカー!」

 右目が緑色で、黄色い衣装に身を纏ったエミが続き、二人はガッチリと腕を組み合い、背中を合わせて何処かへと更に決めポーズ。

「「そして!」」

「私達の能力! 『シンメトリー』によって!」

「私達は互いの能力を任意の数だけ入れ替える事が出来る!」

「つまり最強!」

「そして最強!」

「「さらに………!」」

 二人はビルを飛び降り、空中で互いの手を取り合い能力を発動(イマジネート)する。

 忽ち二人の間にイマジン粒子が集い、二人にそっくりな姿をしたツインテール少女が現れた。

「「私達の力を掛け合わせたもう一人! それをイマジン体として創り出す事に成功!」」

「これで私達は!」

「「「最強無敵の三つ子姉妹!!」」」

 三人で決めポーズを取り、能力バラエティーに富んだ三姉妹は真っ逆さまに少年の元へと飛来する。

「「「我ら最強トリオに敵はない!! 覚悟~~~♪」」」

 

 ガシャンッ!

 

 鉄格子の鍵が締められた。

「「捕まったぁ~~~~~~~っ!!!!」」

「カットシーン一つもなく一瞬で捕まったよぅ~~~!!」

「CM挟む余地もなく瞬きの間に捕まったよぅ~~~!!」

 二人は、人一人が収まってしまう程度の小さな鉄格子に閉じ込められ、≪Prisoner of war(捕虜)≫と赤いシステムメッセージを頭に浮かべていた。

 泣きわめく二人に対し、知的メガネの少年は、やれやれと言いたげに肩を竦めた。

「君達の隠密力と奇襲力、それにコンビネーションは高く買っているが、調子に乗って深入りし過ぎてしまうのは相変わらずだな?」

 彼の言葉に、泣き叫んでいたのも一瞬、ころっと態度を変えた二人が正座しながら苦笑いで頭の後ろを掻く、まったく同じ行動をしながら照れ隠しを述べる。

「いや~~~、私達もちょっと考え無しだったかもねぇ~~~?」

「いくらなんでも生徒会長の飛馬(ひゅうま)誠一(せいいち)に二人だけは無理があったねぇ~~~?」

 二人は「あはははっ」と適当に笑いながら自分達の失態をいつもの様に流しに掛る。

 飛馬誠一。柘榴染柱間学園生徒会長にして、『氷域(ひょういき)』の刻印名を持つ、氷結系最強の少年だ。

 その力は凄まじく、物理的に凍らせるだけでなく、概念すらも表決させる事が出来る。

 先程の双子姉妹に対しても、『概念氷結』を用い、姉妹二人の“思考”を氷結させ、意識を奪い、その隙に鉄格子の中に入れて鍵を閉めたのだ。

 現在のゲームのルール上、この鉄格子に閉じ込められ鍵を掛けられると、その時点で捕虜扱いとなり、如何なるイマジンも使用できなくなってしまうのだ。だが、この鉄格子は外からの攻撃に弱く、誰かが助けに来れば、脱出も可能となっている。勝敗条件は、敵のチームリーダーを先に撃破する事だ。

 現在飛馬は、重要拠点を一人で守り、チームに多大な貢献をしている真っ最中だった。

 三年生初の交流戦は、全クラス混合チーム対抗戦で行われる。チームの編成はリーダーを務める事を決めた者が、自分で自由に交渉し、メンツを集める事が出来る。リーダーシップを持つ者は率先しチームを集め、また、敢えて単独で交流戦に出場しようとする変わり者もいる。(例えば東雲神威である)

 飛馬誠一は文句無しのリーダーとしてのカリスマを有していて、多くが彼の下に付く事を望んだ。だが、彼は敢えてそれを拒否し、生徒会副会長を務める林野(りんの)(はるか)にリーダー役を頼んだ。これは彼の持論だが、一番すぐれた物がリーダーをするのではなく二番目に優れた物がリーダーとなるべきだと思っているらしい。一番上に立つ者は死ぬ事が許されない。許されない故に前に立つ事が出来ず、最も能力を持っていながら最も活かす事が出来ない立場に立たされるのだ。だから有能な能力を持つ物が存分に力を発揮できるようにするため、二番目の地位を与えるのが一番だと考えている。(政治などの場合は別問題と考えているので、彼は生徒会長の座に不満は抱いていない)

 それでもリーダーが副会長に変わったところで志望者が減らなかったのは、林野遥にも充分な素質があったからと言える。

「さて、君達は先行し過ぎただけの様だが………、どうやら奇襲部隊はちゃんと用意してあった様だな」

 飛馬が眼鏡の位置を直しながら正面を見据えると、苔と蔦だらけになった壊れた電灯の上に、何者かが丁度着地したところだった。

「ようさぁ~、生徒会長。ウチのおてんば娘を回収に来たぜぇ?」

如月(ことつき)翔太朗(しょうたろう)………『魔を統べる銃剣士』か。今日はずいぶん生き生きしている」

「当たり前だ! 相性の良い奴等と組んでんだからな!」

 銀髪に赤い目をした黒のライダースーツに銀のアクセ(イマジンによる加護あり)で着飾った男、三年生Cクラスの“問題児”だ。

 “問題児”っと言うのは、別段彼が悪い事をしている訳ではなく、単にCクラスでかなり浮いた存在となり、不協和音を奏でる役割になっていると言うのが“問題”なのだ。

 彼の能力は銃と剣だが………、接近戦を好み、バトルマニアの気質を持つ生徒が集められたCクラスに於いて、その気質と好みを彼は持ち合わせていない。それが結果的にCクラスの生徒達とのリズムの合わなさを生みだし、上手く行っていない状況にあるのだ。

 何故、そんな特性を持っていない彼がCクラスにいるのか? この学園の七不思議の一つにまで数えられているのだが、生徒会長の飛馬はその事実を知っている。

 知っている故に、彼は気の毒そうに(まなじり)を下げてしまう。

 彼がCクラスにいる理由、それはなんとも酷い話で、ただのテコ入れなのだと言う。

 この学園は学園であると同時に研究施設でもある。そのため、生徒に対し、よりイマジンの成長に最適な空間を用意しようとする。だが同時に、敢えて異物や試練を放り込み、それに対する反応を確認、観測すると言う事もやってくる。

 敢えて、一人の生徒を退学にしてみたり、敢えて一人だけ困難過ぎる試験内容をやらせてみたり、敢えて不逞の輩を招き入れ、生徒達に対処させて見たり、明らかに馬の合わないクラスに異動させられたり………。この学園では珍しいとは言えない出来事だ。

(気の毒な奴だ………)

 それを知れるのは生徒会役員だけであり、それに対処できるのも、また生徒会だけと決められている。故に彼は何度か翔太郎に別のクラスに行く気はないかと尋ねたのだが、彼は苦笑いを浮かべながらこう告げた。

『いや、その………。俺のためにもアイツ等のためにも、本当ならそうした方が良いんだろうけどよ………? 俺達だって、別に互いが嫌いなわけじゃねえし、仲良くしようとはしてんだよ? ………そりゃあ、結局馬が合わなくて、二年間こんな調子だけどよ? もうチョイだけ頑張らせてくれねえかな? やっぱ、諦め付く前から逃げ出すのは………やっぱり、やるべきじゃねえだろ?』

 などと言って未だにCクラスに在住している。

(だが未だにクラスで上手くいかないどころか、溝が深くなって友好関係にまで罅が入り始めているらしいな。俺がそれに気づいていないとでも思っているのか………)

 「いや」っと、飛馬は被りを振り、気持ちを切り替える。

(今は戦闘中だったな。()()()()()()()()|とは言え、油断は禁物だ)

 気持ちを切り替えた飛馬は右手を刀の柄に、左手の拳を握り、イマジンを集中させている。

「確かにお前の弾丸は回避不能だが………、まさか俺との相性を忘れたわけじゃないだろうな?」

 飛馬の問いに、翔太郎は僅かに赤い目を細めながら何でも無い様に答える。

「お前こそ? 生徒会長ともあろう者を相手に、何の対抗手段も持ち合わせずに前に立たれたと思われちゃ~、心外ってもんだ」

 言いつつ飛馬は視線を向けずに飛馬の左手に注意を払う。イマジンを集中し、いつでも『氷結』を発動できる様にしている。アレを喰らえば一撃必殺。『概念氷結』で意識を狩り取られ、『物理氷結』で身を砕かれる。一瞬でも隙を見せれば抵抗不能の一撃を貰ってしまう。彼はこの二年間、その氷結能力だけで生徒会長にまで上り詰めた存在なのだから。

 翔太郎は胸の内に『抵抗再現(レジスト)』を発動し、タイミングをミスしても、完全に凍りつかされない様に準備する。

「まあ、会長様が戦闘中にまで生徒の事を気遣ってしまう辺り、ありがたく感じてもいるんですがね? 俺を目の前にその集中の無さは如何な物かと思いますよ?」

「………気付いていたか」

「気付いていましたとも。その心使いがあるおかげで、俺達はこの学園で皆笑って切磋琢磨出来てるわけですから? こっちだってあんたの事をちゃんと見る様になるってもんだろ?」

 翔太郎は笑いながら告げ、急に表情を鋭い物へと一変させた。

「舐めるなよ生徒会長? アンタがいくら強かろうと、同級生を舐めれるほどにエライ存在じゃないぜ?」

「おお! 如月(きさらぎ)っちのさらりと名言来たっ!」

「恥ずかしい事さらっと言うよね如月(きさらぎ)っちぃ~~?」

如月(ことつき)だぁっ!? お前らは会長以上に舐めんの千年早ぇよっ!! この万年負け役がぁっ!?」

 牙をむいて吠える翔太郎だが、双葉姉妹は堪えていないかのように「ニヒヒッ」と笑うばかりだ。

 後で部屋に戻ったらいつもの様に泣かすと心に決めつつ、翔太郎は飛馬に向き直る。

 飛馬誠一は、その間に構えを居合の姿勢に移し、攻撃の構えを取った。

 しかし、視界にしっかり捕らえていた翔太郎は慌てることなく右手の(デザートイーグル)と左手のスクラマ・サクスを隙無く構え、制止の声を上げる。

「おおっと! そう慌てんなよ会長? 確かに相手をするつもりで来たがな? まずアンタの相手をするのは俺じゃ―――」

 

 ガチャンッ!

 

「―――ねえんだわ。………あれぇっ!?」

 翔太郎は鉄格子に閉じ込められ、しっかり施錠されていた。彼の頭上には物悲しいくらいに赤い光で≪Prisoner of war≫の文字が浮かんでいた。

「ちょ………、翔太郎~~………?」

「うわ~~………、ダサ………」

 双葉姉妹が心底失望したと言いたげな憐みの視線で隣に来た翔太郎を見つめる。翔太郎はその視線に曝され余計テンパリながらあたふたしてしまう。

「え? いや! だってよっ!? あれぇ~っ!? 俺ちゃんと『抵抗再現(レジスト)』してたぞっ!? 一発で思考を凍らせたりなんて出来なかったはずだろうっ!?」

 そう喚きながらも翔太郎の脳内には、光の速度で流れた記憶が確かに焼き付いていた。ただ、その記憶はイマジネーターとしての記憶力で無理矢理記憶した物で、まだ理解できるデータとしては分解できていない。圧縮された状態でデータを受け取り、それが解凍できていないのと同じ状況だ。

 だが、時間と共に光の速さで過ぎ去った記憶が分解され、ようやく翔太郎は自分が()()()()()()()()()()()()れ、()()()()()()()()()()()()()()のだと知る事が出来た。

「思考を凍らされてた………? いや、だったら憶えていられるはずが………? なにをされたんだ?」

「『空間指定概念氷結』だ」

 鉄格子に閉じ込められた翔太郎に背を向け、ドッと疲れたように溜息を吐いた飛馬が、生徒会長としての癖で説明を始める。

「確かに『抵抗再現(レジスト)』されている状態で完全に凍らせるのは難しいがな? だったら“完全に凍らせなければ良い”」

 「「「はっ?」」」っと言う疑問の声が三つ上がる。飛馬は眼鏡を直し、なんて事無い様な素振りで続ける。

「そもそも冷帯温度と言うのは分子運動が止まる事により起きるエネルギー低下現象。つまり、分子の動きを鈍らせる事が(イコール)で『氷結』だ。ならば力を加減し、分子を完全に止める絶対零度ではなく動きが鈍る程度の加減で空間を指定し凍らせてやるとどうなると思う? “空間の速度が鈍り、空間の外側の情報を遅れて認識するようになる”。丁度、星の光が現在と言う時間では消滅していても、その星の光を今でも認識できているように、認識と時間をずらした様な現象を起こしてやれるのさ」

「つ、つまり………、俺が見ていた光景は全部、既に起きた何秒か前の映像だったと………?」

「三年生の戦い方は皆こう言う物だったよ? 上級生とは負けてでも戦っておくものだな」

 飛馬は説明は終わりと言いたげに眼鏡を直す。

 翔太郎はがっくりと肩を落として項垂れながら、それでも薄ら笑いを浮かべた。

「やっぱ俺じゃアンタの相手は荷が勝ちすぎか………? さすがは、刹菜達と一緒に上級生破りに挑んだ七人の内の一人ってところですか?」

 何もできなかった悔しさに歯を食い縛りながら、それでも彼は顔を上げて最後の悪あがきを告げる。

「だからアンタの相手は俺じゃねえんだよっ!!」

「―――ッ!!?」

 気付いた飛馬は剣を瞬時に抜刀―――、通算万を超える『氷結概念』を持つ刃が空を駆け、襲撃者を迎撃に向かう。

 が、それらの刃は悉く、飛来する水生の一撃によって苦もなく弾き飛ばされていく。

「必殺、キィ~~~~~~~~ック!!!!」

 雲を貫き、天の雷の如く飛来するそれが、真直ぐ飛馬に目がけ打ちおろされる。

「妙にだらだらと会話すると思えば………っ! 彼女への布石かっ!!」

 飛馬は慌てて『逆現象再現』っと言う三年生でも超高度な基本術式を発動。自身に掛けた氷結による『遅延』効果を逆転させ『加速』させる。ぐっと脚に力を込め、直撃の瞬間を狙って回避する。

 

 バゴンッ!!

 

 見た目にはさほど大きな爆発でも無く、ともすれば一年生の神也が撃つレールガンの威力にも劣る小さな土煙と衝撃だった。だが、飛馬は知っている。この見た目のしょぼさは、力が周囲に分散させぬよう、極限にまで圧縮されたが故の現象だと。もしまともに受け止めていれば、それが自分の最後となっていた事を、彼はよく知っている。

「なるほど、俺の相手は君と言う事か………、確かに去年の全校生徒最強決定戦で恐怖を乗り越えた君ならば、むしろ俺の方が危うい―――」

 飛馬は土煙の中にいる少女の事を予想し、僅かに戦慄する。

 彼は知っているのだ。今飛び出してきた少女が、決して気を抜いてはいけない相手であると言う事を。その絶大な能力は、間違いなく柘榴染柱間学園最強の攻撃能力者。まともにやり合えば、自分でも勝てるかどうか解らない、それほどの強敵。

 身構え、瞬殺を避けるため、飛馬は己の全力を振り絞る準備をする。

 土煙が晴れ、少女が姿を表わし、飛馬は眼を鋭く―――、

 

 追い詰められた小動物が、無茶苦茶動揺した眼で焦りまくっていた。

 

「―――事もさなそうですね………?」

 一気に気が抜けた飛馬は肩の力が抜けて脱力した。

 煙の向こうから現れたのは、クールビズっぽい女性だった。グレーのノースリーブミリタリーシャツを黒のネクタイをしていが、ネクタイは着崩してあり、その隠しようの無い服装からこれでもかと強調される二つの軟肉とは対照に、きゅっと引き締まったくびれ。肩から露出した腕には紫のアームウォーマーで飾り、パンツは足首までしっかり隠すロング、だがピッタリサイズが彼女の足の長さを否応なく知れてしまう。蹴り技主体なのか、ブーツは特注らしく、靴底が厚い。服装からスタイルまで完璧な我儘ボディを持つ彼女は、うなじの辺りで纏められた灰色の髪を風になびかせ、しかし表情は涙目で気弱そうな印象を隠しようもない程に表わしている。

 相変わらずの彼女に飛馬は自制心を引っ張り出され、溜息を吐く。

 気弱そうどころか、臆病そうな印象を持たせる彼女の怯えた仕草と表情は、男で無くても、その気が無かろうとも、それらを無視して本能的に彼女を“襲いたくなってしまう”。これがイマジンなどとは全く関係の無い生来の(さが)―――才能と言い変えるべきか? 『魔性の女』と言われる属性を、デフォルトで、ナチュラルに有していると言うのだから性質が悪い。この学園の者で無ければ、その特性に当てられ彼女に襲い掛かってしまい………手痛い反撃を受けて三途の川を渡る羽目になっていただろう。

 彼女の名前は灰羽(はいばね)ハクア。『灰被りの雷堕天使(サンドリヨン・トール)』などと二つ名で呼ばれている、学園最強の攻撃能力者。

「ああ~~~………っ!? ご、ごめんなさいごめんなさい! いきなり不意打ちとかしちゃってごめんなさいっ!? 私なんかが援軍に来るとか(おこ)がましいことしちゃってごめんなさいっ!? 攻撃まで外して本当にごめんなさいっ! そもそも私の様な者が人目に付く様な事をしてしまって何とお詫びすればいいものかごめんなさい!? って言うかこんなに謝られたら逆にウザイですよねごめんなさいっ!? ごめんなさいごめんなさい! 生きててごめんなさ~~~~~いっ!!?」

 ………そして極度に臆病で、他人の顔色を窺わずに会話できない虚弱精神を持ち、戦闘事がともかく苦手なくせに、蹴り技全般の才能を持つ、牙と爪と蹄と角と翼を持つ小動物キャラである。ちなみに彼女、何気に長身で、身長が180近くあったりする。

「やれやれ………、相変わらずですねハクア? 以前の全校戦でアレだけ凛々しい姿を見せてくれたので、すっかり恐怖症が治ったのかと思っていたんですが?」

「ごめんなさいっ!? 治って無くてごめんなさいっ!? いつも泣いててごめんなさいっ!? 謝ってばかりでごめんなさいっ!? 目障りでごめんなさいっ!?」

 ビクリッと反応した小動物系最強少女は、その場にしゃがみ込んで両手で自分の体を抱きながら弱り切った涙目で飛馬を見つめる。

「あのポーズをする度に! 着崩してあるハクアの胸元が淫らに押し上げられるのを、俺が逃すはずが無いっっ!!!」

「「黙れよ、変太郎(へんたろう)」」(※変態翔太郎の略)

 双葉姉妹に突っ込まれる翔太郎を無視して飛馬は刀から手を放して、全力で力を抜く。

「まったく、なにしに出てきたんですかアナタは?」

「あうっ!? ごめんなさいっ!? 誠一君を倒す様に言われて飛んで来ちゃったのごめんなさいっ! 断るべきだったよねごめんなさいっ!? でもでも、わたしもチームメイトとしてちゃんとやる事やらなきゃと思って頑張って出てきたのうん思い上がってごめんなさいっっ!? だけど私、ちちちちょちょちょちょっとだけぇがんばりましゅごめんなさいごめんなさいっ!? がんばってごめんなさいっ!?」

 泣いて謝らないと会話が出来ないのはハクアのデフォルトなのも二年前からずっと変わっていない。変わっていないので飛馬は安心して無防備を晒せる。

「いえ、それ無理ですからね?」

「ふえっ? ごめんなさい」

「だって君? 今こうして無防備な俺を蹴り飛ばしたりできますか?」

 一瞬でハクアの顔が青ざめた。

 無理だ出来ない。無防備な相手に対して蹴りつける事など、ましてや攻撃の意思を見せていない相手と戦う事など、ハクアにはとてもできない。

「敵意を向けられた者に追い詰められた時、アナタは初めて本気で迎撃をします。されれば最後、恐らくこの学園でもまともに戦える生徒は早々いないだろう。でも、君は勝てない。俺が無防備でいる限り、絶対に攻撃できない。そうだろ?」

「ご、ご、ご………っっ!!」

 座り込んだ姿勢のまま、大量の涙をポロポロ零しながら、ハクアは鉄格子片手に近寄ってくる飛馬から逃げ出す事が出来ず………。

 

 ガチャンッ。

 

「ごめんなさ~~~~~いっっっ!!!!」

 捕まった。

「「「ええ~~~~………っ! 何しに来たのこの人………っ!?」」」

 既に捕まっていた三名からの非難の声を受け、ハクアは大泣きしながら「ごめんなさい」を連呼するのだった。

 そんな彼女を見て、飛馬は「やれやれ」と肩を竦める。

(こんな彼女を見て、一体誰が信じるんでしょうね? ………まさか彼女が、この学園で唯一、最強の対翼と言われた神威と刹菜を一人で相手取り、嘗て幾度となく追い詰めた『単身双翼(たんしんそうよく)』の異名を持っているなどと………?)

 同時に空で花火が上がり、アナウンスが流れる。

 勝利グループは、『チーム(かんなぎ)』だと伝えられた。

浅蔵(あさくら)幽璃(ゆうり)が率いたチームが優勝か? まあ、神威も刹菜も口説いて見せたのだから、当然か? 今回、番狂わせは無かったな」

 っと、突然彼の耳元に生徒会専用の通信術式が展開され、何事かを伝える。

「一年生で暴走事故? 今年の一年生は豊作と聞いていたが………、性質はともかく、面倒事の内容はどの年も変わらんと言う事か………」

 飛馬は呆れ返りつつも、生徒会権限を使用し、素早くフィールドから転移した。

 生徒会役員は、例え授業中であってもお仕事優先なのだった。

 

 

 12

 

 

 放課後、新入生恒例とも言われる一斉下校風景、部屋に直帰就寝、空腹で目覚め食堂に集合と言う一連を経て、一年生諸君は食堂に埋め尽くされていた。この日ばかりは気を使ってくれる上級生達が食堂には一切見られない。おかげでへとへとの下級生達は、気にする事無く食事に没頭できた。なんせ精も根も尽き果てているのだ。机一杯にだらしなく伏せながら一生懸命食事する者や、座るのも辛そうに顔を歪める者、喉を通ろうとしない苦痛を耐えながら、無理矢理食事を嚥下する者、途中で力尽きて食器に顔を付けて寝てしまっている者もいれば、既に椅子を並べて青い顔で横になっている者までいる。

 その中でAクラスのとあるメンバーは、多少なりの縁か、何故か一グループに纏まって食事を取っていた。特に考えあったわけでも無く、自然と集まった一つのコミニティーの様だ。

 そのメンバーは、水面=N=彩夏(ミナモ エヌ サイカ)切城(きりき)(ちぎり)東雲(しののめ)カグヤ、機霧(ハタキリ)神也(シンヤ)緋浪(ひなみ)陽頼(ひより)八束(やたばね)(すみれ)、レイチェル・ゲティングス、浅蔵(あさくら)星琉(せいる)、の八人である。

「………っで、何この集まり? なんで皆で集まってるんだい?」

 代表するように星流が尋ねるが、皆それぞれ忙しかったり答えようがなかったりと、ともかく返答らしい返答が返されなかった。

「いや、そんな事より、私はどうして皆が(どんぶり)メニューで統一されているのかが知りたい!」

 割と真面目な表情の彩夏が、意外と元気そうな素振りで天丼を掲げながら訪ねてくる。

「そっちの方が果てしなくどうでもいい」

 切り捨てるカグヤは、玉子とじカツ丼をかき込もうとして、手が震えて丼を持ち上げるのを断念していた。

 その隣では、今では高級食材となり滅多に無い鰻重(此処では鰻丼(うなどん)と言うメニューで存在している)を、スプーンですくい、震える手で何度も零しそうになりながら食べていた菫が、正面左の存在が気になって誰ともなく問いかけた。

「これ? ナニ………?」

 スプーンで差された先にいたのは、どんより影を落として突っ伏しているレイチェルがいた。急激な空腹に耐えきれず、何度か箸が海鮮丼へと伸びているが、少々速度は遅めだ。

「聞くな………っ!」

 暗い声で訴えるレイチェル。彼女の周囲にまで陰気がうつりそうな落ち込みようだったが、その隣で牛丼を頬張る神也には、まったく効いていない様子だった。

 さすがに見かねた星流が親子丼に伸ばしていた箸を止めて説明する事にした。っと言っても、わざわざ箸を置いている辺り、彼女も相当疲労しているのだろう。

「レイチェルはな、彩夏に完封されたのが堪えているらしい?」

「ちょ………っ!? 星流! 此処で言わないでくれっ!?」

 慌てて飛び起きるレイチェルだったが、それを聞いたカグヤはニンマリと三日月の様な口で笑った。

「ほぅ~~………? “完・封”されたのか? ほぅ~~?」

「な、なんだっ! 別にお前には関係の無い事だろうっ!」

「いやいや、確かに関係無い事ですがね? しかしつい二日前にアレだけ啖呵切ってた奴が、最終戦で“完・封”負けするとは………。くく………っ!」

「なんだその笑いはっ!? お前だって初戦で八束に敗北してただろうっ! 成績で言えばどちらも同じ二勝一敗ではないかっ!?」

「さすがに“完・封”はしなかったがな?」

「さっきから完封完封と強調するなぁ~~~っ!!?」

 もはや涙目になって、悔しさから顔を赤くして怒鳴るレイチェルだが、疲れが全身に回っているらしく、身を乗り出す割に覇気が今一だ。対するカグヤの方が余裕の表情を見せているので、それも彼女の気に障っているのだろう。尤も、そのカグヤも必死のポーカーフェイスで、座っているだけでズキズキする腰の痛みを隠していたりするのだが………。

 そんな状況でも、彩夏の隣に陣取る陽頼、無表情(安心)バージョンは、中華丼をマイペースに食している。何気に彼(彼女?)だけが無傷に見えるのは、死んだ後で再生する能力のおかげだ。それでも実は慣れない神格の多用と、連続する肉体変化と再生で、意外とガタガタになっていたりするのだが、こちらはカグヤ以上のポーカーフェイスで誰にも気づかれなかった。

「え? なに負けたの? しかも完封? じゃあちょっと二人にインタビューさせてくんない? どんな気持ち? ねえどんな気持ち?」

「何処から出したそのマイクッ!? 次は勝つッ!」

「自分の戦い方が解った気分だよ。次からはもっと着実に勝てそうだね」

 三食丼を食べる手を止め、デジカメとマイクを手にインタビューを始める契。ツッコミを入れながらも何気なくインタビューに答えるレイチェルと彩夏は意外と大物だと星流は思った。

「答えてる………。意外と、大物………」

 菫は素直に口にして賞賛していた。

「でも“完封”………」

「いい加減にそれ連呼するの止めろぉっ!!? 聞いているんだぞっ!? お前が二回戦で切城(きりき)にキスしようとして勝った事をっ!?」

「「「ぶっ!!??」」」

「「それを口にするんじゃねえぇ~~~~~~~~っっっっ!!!!??」」

 噴き出し、青い顔でカグヤを見ながら遠ざかる菫。

 咳き込みながら顔を真っ赤にして俯いてしまう星流。

 胸に手を当て、頬を赤くしながら「あれ? 仲間いた?」っと照れる彩夏。

 カグヤは慌てて菫を引き留め「違うっ! 俺にそっちの気は無いっ!!」と必死に弁明し、契は彩夏を指差し「そこっ!? 僕様を同類扱いするの止めてくれるっ!?」っと抗議、レイチェルはしてやったりの顔だったが、隣の星流が両手で顔を隠し、恥ずかしそうに俯いたままなので、その反応に逆に驚いていた。

「って、てかさっ!? 今一番気になるのはAクラスの誰が優勝したかデショ!?」

 結構テンパリながら契が提案すると、案外皆その話には素直に乗ってきた。やはり、気になる内容ではあったのだろう。

「あはぁ~! 二敗してるから俺は無理だね~~♪」

「私も二敗してしまったよ。最後は名誉挽回の快勝だったがね」

「“完・封”」

「黙れ男色キス魔」

 邪気の無い笑顔の神也と悪くない気分の彩夏が申告する。カグヤとレイチェルが仲悪く牽制し合っている横で、星流と陽頼も申告する。

「僕も二敗してしまった。カグヤには逃げ切られた気分であんまり納得できなかったけどね?」

「三連敗………」

「振り返ってみればここに一番悲しい奴がいたっ!?」

「意外な人物(?)が大敗しているねぇ?」

 契と星流が意外そうな目で陽頼を見、彩夏が慰めるように頭を撫でる。撫でられた陽頼は相変わらず無表情だが、ルームメイトの彩夏に撫でられると嬉しいのか、心無し、頬がピンク色に染まっている様にも………見える気がした。

「私は二勝した! 有力候補だなっ!?」

「残念! 俺も二勝してんだよっ!」

「男色口付け行為と逃亡戦でなっ!?」

「“完封”されるよりマシですけどねっ!? タスクもポイントもどっちも取られたんだって?」

「貴様本当は最初からは知ってたなっ!?」

「あら、本当だったの~~?」

「やっぱり今すぐ片を付けようっ! 生徒手帳を出せっ!?」

「いい度胸だっ! でも出してやらないけどなっ!?」

「もう良いこのまま勝負だ!!」

「あ~ら? 意外と短気でいらっしゃる~~っ!!」

「うっさい………」

 正面で向き合い、互いに箸を突き合わせて喧嘩するレイチェルとカグヤに、吐き捨てる様に告げた菫は、二人の背中に容赦無く剣を突き立てた。

「「グギャァッ!?」」

 二人が驚いて背中を逸らす。互いに身を乗り出して言い合っていたので、背中を逸らすとバランスが崩れ、前のめりに倒れてしまい―――ガツンッ!!

「「ギャンッ!?」」

 互いに互いの額を打ち合せる事になった。

 そのまま机に突っ伏した二人は、頭をくっ付けたまましばらく痛みに悶え大人しくなった。幸い背中に刺さった剣は切っ先が浅く刺さった程度で、自己治癒能力でも大丈夫そうだが、菫の容赦無さには全員薄ら寒い物を感じるのだった。

「これで………静かになっ、た………」

 当の菫はどこ吹く風で、レイチェルの海鮮丼とカグヤの卵とじカツ丼を一口ずつ掠め取って頬張っていた。

「僕様も一応二勝なんだけど………、あ、良いです。果てしなく一勝一敗一分けに近いので………」

 珍しく元気の無い発言をする契は最終戦があまりにも不服だった様子だ。

「まあ、良いとこ行ってるのは二勝一敗くらいだろうね? 三連敗とか逆に珍しいケースだけど、偶然相手が悪かっただけかもね? 今回のルールだと?」

 星流がそう締めくくる中、カグヤは痛む頭を押さえながら「あれ?」と内心首を捻った。

(そういや俺、菫から「負けた」の報告を一度も聞いていない様な………?)

 ガバリッと顔を上げたカグヤが隣の菫を見ると、菫がタイミングよくこちらにピースサインを送っていた。

「ビクトリー………♪」

(うわぁっ! 何か腹立つ………っっ!!)

 此処に完全勝利したと言う少女がいる事に素直に驚きながらも、思いっきり出し抜かれた感を与えられるカグヤであった。

「あの………、我が君? 少々よろしいでしょうか?」

 ショックを受けているカグヤの背後で姿無き声が投じられる。その声の主は、霧が晴れる様に光の粒子を薄く纏って姿を現わすと、主であるカグヤに恭しく(こうべ)を垂れた。

「どうした九曜? お前も疲れてるんだからもう少し休んでた方が良いだろう?」

「イマジン体は消えてると回復するのかい?」

 星流の質問に答えようとしたカグヤだが、彼が口を開いた瞬間、素早く身を乗り出したレイチェルが自慢げに答える。

「消えていれば身体を形成する分のイマジンを節約できる上に、その分を核の回復に専念できるからな! それに消えてる状態はイマジンの核が尤も主とリンクしてるから、こっちから意識的に回復を促して上げられるのだぞ!」

「~~~~っっっ!!!」

 説明しようとして先を越されたカグヤが、実に悔しそうな表情をするが、それより己が僕の方が優先だと気持ちを切り替え視線を向ける。何気にレイチェルからドヤ顔を向けられ額に青筋を浮かべているが、必死にポーカーフェイスで無視。

「っでどうした?」

「はい、主の体調管理を優先し、今まで敢えて口を噤んでいたのですが………、そろそろ箸を置かれるべきではないかと?」

「は? ………おおわっ!?」

 九曜に言われて改めて自分の状況を認識したカグヤは、目の前に積まれた空の丼三つを見て驚愕した。どうやら知らぬ内に玉子とじカツ丼を三杯もおかわりし、既に四敗目に突入していたようだ。

「お、俺、こんなに食ってたのか………? うわ全然気付かなかった………。生まれて初めてこんなに食ったかも? なのにまだ腹に余裕がありやがる………」

 自分の所業に戦々恐々している主に、多少申し訳なさそうな表情の九曜がフォローする様に教える。

「イマジネーターは戦闘を繰り返す毎に怪我の修復や身体的強化のために、大量の栄養………つまりは食事と睡眠を必要とするのです。我が君は今回に至るまでに神格によるダメージも多く、自身の身体を強化修復させるのに、無意識に食事を増やしているのだと思われます」

「ははっ! だからって丼飯(どんぶりめし)四杯とかないわぁ~~っ!!」

「はんっ! 女顔にキス魔に男色で大食らいとは! 妙な属性を増やすものだなっ!」

「いや、食事は仕方ないと思うよ? でも、四杯とはさすがにすごいねぇ~?」

「俺は十杯食ったよ! 俺の勝ちっ!」

 契がケラケラ笑い、レイチェルがここぞとばかりにからかってくる。星流が苦笑いでフォローする中、神也は十杯目の丼を空にして一人張り合っていた。妙に楽しそうな分だけ、彼には邪気が感じられない。

「カグヤ………、相部屋でも、割り勘、しないから………」

「おやおや………、これは災難だね?」

 菫や彩夏にまでからかわれたカグヤは、本来なら怒り返す所なのだが、彼はただ微妙な表情を返していた。不思議に思ったレイチェルの背後で、姿を見せない彼女の僕が可笑しそうに教えてきた。

「レイチェル様も、御自分の手元を御覧になった方がよろしいかと?」

 男性の声で聞こえたことに、目敏くカグヤが目を細め『見鬼(けんき)』を発動するが、残念ながらイマジン体の存在がある事しか把握できなかった。消えているイマジン体の正体を認識するのは『見鬼』でも不可能に近いのだ。

「手元? ………うわあぁぁっ!?」

 使い魔に促されて確認したレイチェルは、そこで既に自分も八杯の丼を完食しているところだと言う事に気付いた。

「うっそっ!? こんな量が私の何処に入ったとっ!? って言うか気付いてたなら教えろ!」

「そうは申されましても? そのような内容は私との契約内容には含まれていませんし? 体脂肪と生活費の管理が苦手な主様がどうしてもとおっしゃるのでしたらやぶさかではありませんが?」

「使い魔の分際でお前は本当に私をバカにするなっ!?」

 半泣き状態で姿を見せない自分の使い魔に怒鳴り散らすレイチェル。傍から見れば一人芝居だが、この学園では特段珍しい光景と言うわけでもない。

「ってか、お前らも手元確認した方が良いぞ? 皆腹減って視野狭まってるから………」

 達観した様子のカグヤに教えられ、全員が手元を見た瞬間、「「「「げっ!?」」」」っと言う声が同時に上がった。

「うっそんっ!? 僕様既に七皿完食っ!?」

「私は結構食べる方ではあったが………、まさか十皿食い切っていたとは………」

「九杯………っ!? 体脂肪………!? 不安………っ!?」

「僕は六杯………。なるほど、イマジネーターにとって食事と睡眠は職業病とイコールだ………」

 驚愕する契、唖然とする彩夏、青ざめる菫、から笑いを漏らす星流と、皆個性的なリアクションを見せる。

「私はなんと二十八皿! このまま行けば三十皿も夢ではありませんよ~~!?」

「うをっ!? ………って良かった。女の方か………。陽頼、お前はいきなり変わると怖いからタイミングを見てくれ………」

「此処で会話に参加しないと存在を忘れられそうな気がしましたので!」

 いつのまにか銀髪少女になっていた陽頼が「てへぺろ♡」をして見せる。契は「わらえね~って………」と多少青ざめ。神也は「あ、負けた………っ!?」と、別の所でショックを受けていた。

 九曜は気を取り直す様に「こほんっ」と口に出して言い置いてから、フォローを入れる。

「我が君は小食な方だったのでこの程度で済んだではないかと?」

「えっと………、カグヤ?」

「割り勘はしないと菫に断られたからな?」

「自分で言った言葉が恨めしい………」

 無表情で項垂れる菫に、内心「やっべぇ、金が本格的にピンチだよ………」と焦るカグヤ。他の面々も懐事情が激しく気になる所であった。

 周囲では、同じような状況になっている事に気付いた同級生達が、同じように阿鼻叫喚にくれ始めていた。

「うぅ………、お腹が空いて………、ダメだ。僕はおかわりするよ」

「なんて事だ………。私もおかわりを避けられないほど空腹感に………っ!! ええいままよっ!」

「しまったっ!? 気付くと懐上限突破してましたっ!? 誰か募金プリーズ!」

 諦めた星流に続いて、レイチェルも崖から身を乗り出す思いでおかわりを要求。一人陽頼は金銭オーバーに気付いて慌てだしていた。

 食堂から出ていく生徒は、未だ見られない………。

 

 

 

 13

 

 

 結局食事を続ける一同。

 そんな中、彩夏は不思議な気分で周囲を見ていた。

 隣を見るとカグヤがゆっくりした食べ方でカツ丼を食していて、落ちついた雰囲気が、やっと満腹感を感じ始めた様に見える。

 正面には星流が満腹にならないお腹をさすり、苦笑いを浮かべながら箸を進めている。

 彼女の隣では神也が元気よく食事を続け、陽頼と同じ轍を踏もうとしていた。

 契は正面に座る菫に対し、何かしらインタビューをしているようだが、菫は素っ気ない対応で答えているだけだ。

 彩夏はその光景を眺めながら、不思議な気持ちで一杯だった。

「どうかしたのか?」

 箸が止まっている事に気付いたカグヤが、後ろから「金銭援助頼めませんかねぇ~~~っ!?」と手当たり次第泣きついている陽頼を九曜に対応させながら、彩夏へと尋ねる。ちなみに九曜は「そう、さようなら」っと、まったく取り合わない姿勢を見せ、陽頼にショックを与えていた。

「別に大した事じゃないよ。ただ不思議だと思ってね?」

「不思議でない事がこの学園にあるのか?」

「だとしたら不思議でない者こそ不思議と言う事になるのかもね?」

「ああ、なるほど」

 納得するカグヤに、彩夏は「まあそう言う意味じゃないんだけど………」と無表情で答えてから改めて尋ねる。

「例えばだけどね? カグヤはどうして私と話してくれるんだい?」

「………意図を掴みかねるんだが?」

「見ての通り私は女装趣味だ。しかも私はオープンな性格だ。大抵の相手は私の事を気持ち悪がる」

「言っとくが俺もお前は気持ち悪いと思ってるからな?」

「君とは服の趣味が同じだと思っていたんだが………」

 彩夏がカグヤの着ている紫袴の装束を見て言うと、苦い顔で反論された。

「言っとくが、緋袴が女子、『巫女装束』で、それ以外は男子で色によって階級の違う神職服だからな? 俺のはれっきとした男子モノだし、女子モノの服を好んで着る趣味はない」

「………っの、ようだね? だから私は不思議に思っているんだ」

「スマンがまだ解らん………」

「私はね、別に女になりたいわけじゃないんだ。ただの女装趣味だ。バイではあるからもちろん誰でもウェルカムだがね?」

「男女どちらでも無いので、私はその辺理解ありますよ!」

 話に割り込んできた陽頼に彩夏は「ありがとう」っと礼を述べる。嬉しそうに笑った陽頼だが、主の話の腰を折られたと判断した九曜が素早く陽頼の後ろに周って首を極めた。割と本気で危ない、バギョッ!!! っと言う音が鳴り響き「う゛ぇっ!? 」と言うシャレにならない声を上げて陽頼気を失った。

 それに気づいていないのか気付いていて無視しているのか、彩夏はカグヤに語り続ける。

「そんな普通なら避けたくなるような私と、此処にいる者はなに一つ隔てりなく話しかけてくれる。嬉しい反面、不思議でならなくてね」

「その意味が『期待』なら先にぶった切っておくぞ? 俺は普通にお前が気持ち悪いし、お前の趣味は理解できん。必要があって女装しているのならまだしも、好き好んでその服を着ている意味が俺にはまったく理解できん。更に言えば『両刀』とか鳥肌もんだ。俺は女専だからな? そう言う意味でお前に理解のある人間だと『期待』しているなら間違いだからな?」

 カグヤは箸を置いて人差し指を彩夏に突きつけ、迷惑そうな表情で告げる。

 苦笑、っと言うより、一種の諦めに近い笑みを向ける彩夏。指を引っ込めたカグヤは「ただ………」っと続ける。

「俺に関してだけを言うなら、それだけの理由が“嫌悪”に至っても、“忌避”に繋がるとは思えないってだけだよ。俺は怖くもない物から逃げる気はしない」

 首を傾げる彩夏に、カグヤは面倒そうに続ける。

「っつか、この学園のAクラスに配属された時点でそう言う考え―――っつうか? 不思議感? 違和感か? そんなの気にしてたら気が散ってばっかりだぞ?」

「どうしてだい?」

「俺の義姉様………もう知ってるだろうが神威の事な? あの人から聞いてて知ってんだけどよ? クラスは生徒の成績を元に振り分けられているらしいんだが、それ以上に性格や相性を重視して割り振られてんだとよ? っで、Aクラスって言うのは成績は『優秀』で、性格は『変人』もしくは『変態』って言うのが重要視して集められてんだよ」

「私の様な人間と言う事だな」

「よく解ってんな………。確かにお前が一番解り易い例題だ………」

 乾いた笑いを漏らしてから、カグヤは続ける。

「んで、もちろんそのクラスにいる俺も、そこの“完封”女も、もちろん菫もその例外じゃない」

「貴様本気でいい加減にしろよ?(怒」

「誰が変人、か………?」

 レイチェルと菫の睨みをスルーして、カグヤはどうでも良さそうに告げる。

「だから、類友な俺らが、一々変態ってだけで避けてたら、クラス三十人全員がぼっちになる様なもんだぞ? 生憎人間は孤独に耐えられるほど頑丈にできちゃいない。だから何処かで気を抜いたり誤魔化したりしてるもんだ。お前も気にしてないで“普通”に『変人』してろよ? どうせ周りもお前と同じような変人だ」

「聞こえてるんッスけど~~?」

「ひどい扱いだなぁ~~………」

 固い声で抗議する契と、苦笑いを浮かべる星流だが、二人とも特段否定する発言は無い。何かしら自分達が『普通』と違う事は、充分に理解しているようだ。それは他のAクラス生徒全員が同じな様で、皆表情に僅かな陰りを見せていた。

「なるほど! これが変人達の集ま―――ギャベッ!?」

 空気を読めなかった神也だけが、隣に座る星流からの肘打ちのツッコミを受けて蹲る。

 彩夏はそんな彼等を見て、少しだけ安心した表情になる。

 なるほど、此処にいるのは、形は違えど自分と同じ痛みを既に知ってくれている者達ばかりなのだろう。ならば、自分だけが遠慮する必要などない。

 そんな安心と共に、彩夏は少し気になって尋ねてみる。

「じゃあ、君も私と同じように“ある”のかい? 孤立した事が………?」

 彩夏の脳裏には、以前通っていた学校での事が思い出されていた。

 男なのに女装して、おまけに隠す気もない程にオープンなバイ性癖。誰も彼もが彩夏を気味悪がり、一人として好んで話しかけてくる者は無く、好意的に接してくれる者は無く、少し耳を傾ければ陰口を聞くのに苦労をしなかった。

 そんな苦い………『普通』とは違う違和感に、疎外感を嫌となく感じ取らされてきた日々。

 彩夏は視線だけでカグヤを見る。

 カグヤは………表情を変えず、だがその目だけが、過去に向けられ暗く淀んでいた。

「孤立ねぇ~~………」

 呟くカグヤの脳裏には、とても苦い記憶が蘇っていた。

 二年しか通っていなかった中学時代、確かにカグヤは孤立していた。だが孤独ではなかったし、苦しいと感じた事はなかった。元より集団で生きるより、少数で生きる事を好むように躾けられた身だ。孤立しても不快ではなかった。ただ………。

 思い出された灰色の記憶。

 クラスメイトに対し、初めて本気で感情の牙をむき出す自分。

 それを必死に止めようとして後ろから飛びついた、嘗て親友と読んだ黒髪の女性。

 そして………、宣言通りに一人残らず潰した―――元クラスメイト。

「まっ、Aクラスの宿命じゃね? それ?」

 瞬き一つで過去から現代(いま)へと意識を切り替える。

 カグヤの言葉に、やはり皆が苦味のある表情を作って押し黙った。

 それが全員の返答と受け取った彩夏は、一つ頷いて、勢い良く立ち上がった。

「水面=N=彩夏だ。女装が趣味だ! これからよろしく頼むぞ」

 いきなりの自己紹介に、誰もが目をぱちくり。

 だが、最初にくすりっ、と笑いを漏らした星流が同じく立ち上がって笑い掛ける。

「浅蔵星琉。………こんな容姿だけど巫女なんかをしている。えーと………、まあ暇でも見つけて家の神社にでも来てみたらどうだい? 何の御もてなしも出来ないけどね? まあよろしく」

 星流の自己紹介で意図を察した契が続こうとして、先に立った神也が元気に自己紹介。

「改めまして! 生まれたてホヤホヤの新神機神の機霧神也でーす! 気軽に神也って呼んでね!」

「ぼ、僕様は切城契! 新聞部所属! よろしくしてねぇ~~!」

 タイミングを外されてちょっとだけ必死感が出てしまったのが可笑しかったのか、レイチェルが意外に可愛らしい笑いを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。

「レイチェル・ゲティングスだ、よろしくしてくれなくて構わない。でもまあ、よろしくしてくれても構わない」

「ツンデレ」

「貴様は別の意味でよろしくしてやる(怒」

 カグヤの合いの手(?)に本気で切れるレイチェル。

 カグヤはにやにやと笑いながらも空気を読んで立ち上がる。

「東雲カグヤ。脳内記憶スペースが一ドットでも余分に残っていたら、一分くらいは憶えておいてくれ。『神威使い』―――『式神使い』なんで、後方支援で御協力。ああ、あと俺、弱いんで戦わなくて済むならその方向で」

「―――っと言うのは振りで、本当は積極的に最前線に立たせてほしいと言っているM属性(マゾ)だ」

「九曜、斬れ」

 レイチェルの合いの手(??)にマジギレしたカグヤが九曜を呼び出すが、それに対してレイチェルもシトリーを呼び出した牽制。二人が同時に机に足を踏み出したところで、またも背中にナイフが突き刺さった。

 その犯人たる菫は何でも無さそうに立ち上がる。

「八束菫です。見てわかる、様に、剣を、使います………。宜しくお願いします、ね………?」

 僅かに頬笑みを浮かべて、こてんっ、と首を傾げる菫。

 そうしてそのまま席を立つと、床に放置されていた陽頼を無造作に持ち上げ椅子に座らせると頭を殴りつけて活を入れた。

 メシャァッ!!! っと言うまたしてもシャレにならない音が響いたが、目を覚ました陽頼は辺りを見回し、なんとなく勘で察したのか慌てて立ち上がって自己紹介に加わる。

「緋浪陽頼! 彩夏さんとは同室なんでよろしくです!」

 最後の一人が自己紹介を終えると、彩夏は安心したように笑みを作る。

 星流が嬉しそうに笑い返す。レイチェルは仕方ないと言いたげに微苦笑で息を吐く。契は子供の様に笑い、神也は何も解って無そうな笑いを浮かべる。菫はもう笑わずいつも通り無表情。カグヤは面倒そうに溜息。陽頼は本気で良く解っていないらしく、必死に笑って誤魔化していた。

 これが、この学園のAクラス最初の軌跡であった。




――あとがき――


レイチェル「見つけました! 先生! お尋ねしたい事が!」

秋尋「うわっ!? 一体どうしました? あと、一応自分はこれでもCクラス担当なので、Aクラス担当の美鐘さんじゃダメなんですかね?」

レイチェル「今回の採点について明確な基準を教えてください!」

秋尋「無視ですか………、自分は食堂の方にも仕事があるんですけどね………」

秋尋「今回の採点基準は、“より効果的な攻撃を成功させた場合”高得点になる様にしてあります。それ以外は純粋に威力の大きさです。自爆はペナルティー扱いで相手に点数が入りますがね」

レイチェル「なるほど。でも私の水蒸気爆発がたったの22ポイント扱いなのは―――」

秋尋「採点基準に文句を付けられた場合は容赦無く潰して良い権利が教師には―――?」

レイチェル「ありがとうございましたっっ!!」

レイチェル(誰であっても教師は怒らせるものじゃないな………、本気で怖かった………)




菫「アレだけ死にかけても治してもらえない、とか………、なんて学園」

彩夏「殺された場合は完全治癒してもらえるんだけどね………、でもまさか治療してくれる相手も生徒だとは思わなかったよ」

菫「本気でこの学園、教師は何もしてくれない、ね………?」

彩夏「そうだね………。治療能力を持つ生徒も、必ずしも完全回復してくれるほどの実力者とは限らないしね」

菫「怪我しない様に勝つ、とか………無理。なんて学園………」

彩夏「一年生に回復能力者っていなかったかな? そう言う人とは是非とも友達になっておくべきだね」

菫「仲間探し、も………、この学園の課題、だね………」



海弖「え? 八束くん、完勝しちゃったの?」

ゆかり「ええ~~。イマジネーションスクール始まって以来の快挙やね~~」

美鐘「ゆかり様! もっと驚いてくださいっ!? こんなの普通ありえません! イマジネーターは必ず勝利するための選択肢を見逃さない! そんな者同士の戦いで三度戦えば必ず一敗するのが普通です! そんな中で三度も勝利するなど………! これはもう姫候補として決定した様な物です!」

海弖「じゃあそれで」

美鐘「学園長はもっと考えてください!!」

海弖「いやいや、これでも結構驚いているよ? 何しろ八束くんが相手をしたのは、東雲くんを除き、全員が超の付く有力候補だったしね?」

ゆかり「でも全部勝利したとなると………。この先が楽しみやなぁ~~♪」

美鐘「お願いですから、ゆかり様はもう少しだけ動揺してくださいよ………」

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