ハイスクール・イマジネーション   作:秋宮 のん

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 書いてる途中で「あ、これは一つにまとめきれないな………」と判断したので先に前篇を出す事にしました。
 学生寮での決まり事や、同室になった両制などの話で、ちょっとつまらないかもしれませんが、次回は決闘でバトっているので、勘弁してください。
 この段階で皆様に楽しんでいただければ幸いと存じます。


一学期 第二試験 【学生寮】

 00

 

 浮遊学園都市≪ギガフロート≫。イマジネーションスクールでは、入学式が行われるのは入学試験、入寮式、三日間の休日を経てからの五日後になる。通常の学校行事から考えれば、物凄く早足な進行だ。

 入学試験が終了し、続々と新入生達が学園の敷地に入ってくる頃、上級生達は、通常通りの授業内容を終え、彼等を高い所から観察していた。

 3年Cクラスの教室の窓から覗き込んでいた一人の女性が、新入生の中から目当ての人物を見つけ、表情を笑みに変えた。

「カグヤの奴、ちゃんと合格してるな~? 歓心感心♪」

 二重の意味で“関心”の言葉を使いつつ、その女性、東雲神威(しののめかむい)は新入生達を見降ろす。

 その隣でもう一人、制服をぴっちり着た真面目そうな少女が神威の視線を追って覗き込む。

「気になるのは弟君だけ? 他にはいないの?」

 その少女の名は朝宮刹菜(あさみやせつな)。現在有名な、柘榴染柱間学園の最強の名を持つ二人の少女だ。

「私は義弟以外興味なんて無い。強いてあげるなら『人柱候補』と言う奴か? アレは私嫌いだから気にしない事にした」

「自分勝手な理屈は相変わらずなのね? 後輩達に対して挨拶の一つでもしに行ったらいいのに? きっと皆喜びますよ?」

「なら刹菜がいけよ? そもそも『学園最強』と言うなら私に勝ったお前が行くべきだろう?」

「知名度はアナタの方が高いんです」

「知名度で得た最強って飾りっぽいな………」

「そうは言いますけど? その後のフリーバトルで、アナタが私に三回分勝ち越してるんですよ? やっぱり最強は神威です」

「ヤ~~ダ~~! ヤァ~~~ダァ~~~ッ!! 私は最強の称号より刹菜が欲しいぃ~~~っ!!!」

「ちょ………っ!? アナタが言ったら冗談にならないんだから自重してくださいっ!! //////」

「冗談じゃないぞ?」

「そんな純粋な瞳でなに言ってるのよっ!!?」

 二人が騒いでいると、一人の少年が興味を持った様子で話しかけてくる。

「おお、どうした新入生か?」

「黙れ阿吾(あご)、死ね阿吾。話しかけるなもげろ」

「神威ッ!!!」

 突然不機嫌になって半眼で罵詈雑言を口にする神威に、刹菜が一喝して窘めるが、神威はそっぽを向いて聞く耳を持とうとしない。

 刹菜は、大きな溜息を吐きながら少年、阿吾(あご)明吾(あきご)へと向き直る。

「ごめんね阿吾君? 神威ってばホント他人に対して礼儀知らずで………」

「はっはっはっ! 気にしていない! いつもの事だからな! むしろこいつが誰かに甘えている所など、刹菜以外に見た事無い!」

「な~~んか、気に入られちゃってるのよ? 昔からずっと………」

 明吾はもう一度豪快に笑うと、窓の外へと視線を向け、話を戻す。

「新入生だな? お眼鏡にかなうのはいるかな?」

「カグヤッ!!」

 即答する神威に、刹菜が呆れ、明吾がまたも笑い声を上げる。

「弟君贔屓ですよね? 神威は………」

「なんだ? 何か問題か? 去年はお前だって自分の弟を隠し贔屓してただろう? ツンデレっぽく」

「だ、誰がツンデレッ!? わ、私は姉として龍斗(りゅうと)の事を信頼すると同時に厳しくしなければと考えての発言であって―――!」

「はっはっはっはっ! そう熱くなるな! さっきから神威がニヤニヤしてお前を見てるぞ?」

 明吾に指摘され、神威のニヤニヤ笑いを見た刹菜は、思いっきり頬を赤くしながら、何か言いたい物を必死にこらえた。

 その二人のやり取りに遠慮なく笑いながらも、明吾はしっかり助け船を渡す。

「それで? お前さんは誰が注目するべき相手だと思う?」

「もうっ!! ………私は、あそこにいる紫ショートヘアーの子かな? ほら、後ろ腰に四対(よんつい)、左腰に一本の太刀を()いてる―――?」

八束(やたば)(すみれ)、刻印名は剣群操姫(ソード・ダンサー)、年齢15、感情表現の苦手な性格をした、大人し目の女の子です」

 刹菜の少ない情報を元に、新入生の個人情報を羅列する声。

 三人が視線を向けると、蛍火の様な淡い緑色のショートヘアーをした少女が、優しげな表情で視線を返していた。

「もう新入生の情報をっ!? 刻印名まで特定しているなんて………! さすがは、現在最強の補助系能力者と名の高いミスラ・ラエルね」

 刹菜の絶賛に、ミスラは耳まで真っ赤にして俯いてしまう。相変わらずの照れ症に、明吾は笑いを上げる。

「いつまで経っても反応が初々しいな? 可愛くて良いんじゃないか?」

「や、やめてくださぃ………//////」

 照れ過ぎて尻すぼみになるミスラに、皆は笑いを漏らすしかない。

「そんなミスラは誰を一押しする?」

「あ、はい、えっと………」

 顔を赤くしたままのミスラは胸ポケットから生徒手帳を取り出し、手帳のシステムである映像スクリーンを呼び出す。スクリーンに映し出されているのは、彼女が取り入れた膨大な量の新入生生徒㊙情報だ。

「えっと………、私からは、桜庭(さくらば)啓一( けいいち)さんが押しだと思います? カッターシャツに黒ブレザーで………、ほら、腰に刀を二本佩いている………?」

「あそこの男子か? ミスラのタイプなのか?」

 神威のそっけない質問に、ますます顔を赤くし、煙を噴き出すミスラ。

「ち、違いますぅ………っ! ただ、ああ言う人は最初に伸びにくいだろうなぁって、思っただけでぇ………!?」

「? 伸び難いのなら、むしろお勧めではないのではないか?」

 明吾が疑問を口にすると、刹菜がそれについて簡潔に答えた。

「一年生の頃の神威」

「納得した」

「ふん………っ」

 頷く明吾に、鼻を鳴らして拗ねる神威。

 苦笑いを浮かべながら、ミスラは明吾へと水を向けた。

「明吾さんは、どなたかお勧めされないのですか?」

「俺か? 俺はだなぁ~~………?」

 明吾はざっと目を通し、適当な人物を指差す。

「あそこの男だな。ほら、眉の強い、噓くさい笑顔を浮かべてる奴だよ」

遊間零時(あすまれいじ)、刻印名は瞬身(しゅんしん)。入学試験時、たった一人で受験生150名近くを精神崩壊寸前にまで追いやっているみたいです? 情報と刻印名から分析するに、肉体から発生させるタイプの能力、“肉体固定概念系”の能力だと思われます。………あ、珍しいですね? この人、入学前から『血統秘伝』の瞳力持ち見たいです?」

()李空(りくう)の奴と同じだな?」

 ミスラの読み上げた情報に、神威は知っている人物の名を上げる。

 それに対して刹菜は苦笑いを浮かべつつ、一応訂正を入れる。

(マー)君は、先天的継承じゃなくて、後天的獲得だから、一概に一緒にしちゃいけないと思うんだけど………?」

「他にも目ぼしい奴等がいそうだな………? 飛馬(ひゅうま)、お前は誰を―――おらんかったか?」

 明吾が、誰かを呼ぼうと振り返るが、クラス内には目当ての人物はいない様子だった。

「真面目な飛馬君はBクラスで生徒会長ですから? 比較的真面目な人間の集まる傾向にあるBクラスの生徒が別のクラスに来るのは滅多にないんじゃないかしら?」

「っと、Bクラスの委員長である刹菜が、Cクラスで(のたま)っているわけだが………?」

「そ、それを言ってしまったら………、神威さんはAクラスですよね?」

「いや待て? ミスラはDクラスであろう?」

「そう言う阿吾君もBクラスよね?」

 Cクラスで騒いでいると言うのに、誰一人Cクラスの生徒がいなかった………。

 

 

 新入生達が通り過ぎた後、教室を後にした刹菜は、自分にくっ付いて来た神威に対し質問を投げかける。

「神威? 実際のところはどう思っているのかしら?」

「注目生徒はカグヤ一択だが?」

「それはもちろん嘘じゃないって解っているけど………、“だけ”って事じゃないでしょ?」

 東雲神威は入学前から異質の“天災”と呼ばれ、周囲の人間から忌み嫌われていた。優れ過ぎた人間は理解されず、逆にはみ出し者として扱われる。彼女はその差別を受けるだけの力が生まれつき備わっていた。

 だが、そんな彼女でさえ、イマジネーションスクールの入学試験に17歳の頃挑み、一度落ちている。その後一年待ち、刹菜と共に合格したものの、しばらくの間、上手くイマジネートする事が出来ず、Fクラスの最下位成績を一年間キープし続けた。

 その理由は既に神威には理解できている。その“理由”を知る彼女だからこそ、目の付けどころが他人とは違う事を、長年ライバルとして争った刹菜には理解できていた。だから聞いてみたかったのだ。彼女は新入生の誰を最も警戒しているのか?

「ほら? 弟君が一番の本命だとしても、彼を(おびや)かす存在くらい、見抜けない貴方でもないでしょう?」

「まあ、そうなんだが………」

 刹菜は言い渋る神威に答え易いように言葉を選び誘導する。

 簡単に乗ってしまった神威は一拍だけ間を置いて、視線だけで周囲を確認してから答える。

「お前が相手だから言うが、正直、お前が目を付けた剣群操姫(ソード・ダンサー)が一番厄介だと思っている」

剣群操姫(ソード・ダンサー)………、八束(やたば)(すみれ)ですか。何故そう思いました?」

 刹菜は自分が指名した相手と同じでありながら理由を尋ねた。彼女を気に掛けた理由が、神威と同じであるかを確かめるために。

「一つ目は、まあお前と同じだ。あの女の“色”が見えた。桜色、それも赤みの強い柘榴に似た色だ」

「『人柱候補』の上に『姫候補』ですかっ!? とんでもない素質を持った子ねっ!?」

「お前も同じ色なんだが………?」

 ジト目になる神威に刹菜は視線を逸らすしかできない。

 神威はすぐに諦めて溜息を吐いて流す。

「まあ、お前の色はもっと鮮やかで透き通った色だし、違うと言えば違うな」

「で、でしょっ!?」

「“色”はお前にも見えていたんじゃないのか?」

「私、神威みたいに変な感性してないもの! そんなはっきり見えたりしないわよ!」

「そ、そんなに変か? 私? 自覚はあるつもりなんだが………?」

 渋面になりながらも、神威は続ける。

「だが、それ以前に私があいつが一番ヤバいと思ったのは―――」

「な、なんですか?」

「アイツがカグヤとかなり相性が良い事だ………」

 神威は心底嫌悪する様な表情で吐き捨てる様に“拗ねて”みせた。

 そんな友の反応に、刹菜は一瞬掛ける言葉を失ってしまう。

「カグヤの奴は自分が強くなるより、他人を強くしちゃうタイプなんだよなぁ~~………? それも相性の良い奴だと上限無くドンドン強くしちゃうし………? アイツ等が親しい関係になるとそれこそ上級生破りの再来も夢ではない様な気がするしなぁ~~………? って言うか私のカグヤが誰かの物になるなんて嫌過ぎるしぃ~~…………?」

「………念のために聞いておくけど? 弟君が取られるかもしれないなんて理由だけで“ヤバイ”判断したわけじゃないわよね?」

「あん? ああ………、まあ、違うんだが、それの方が個人的には―――」

「後半聞かなかった事にするわね」

 刹菜は切り捨てると、もう一度尋ね直す。

「他に注意人物は?」

「ミスラから買った名簿を見るに、他にヤバいのは………」

 

機械ヨリ出デシ神(デウス・エクス・マキナ)

龍巫女(りゅうみこ)

戦神狂(ベルセルク)

正義の巨大ロボ(ジャスティスヒーロー)

 

「もちろん剣群操姫(ソード・ダンサー)にカグヤも私の考える目ぼしい人物だ。それと、後五人くらいか?」

「後五人は?」

「今は言わん。これは私も考えあぐねているからな。そもそも入学して始めでは、まだ真価を発揮する者も少なかろうて………」

 溜息交じりに言った神威は、最後に思い出す様に呟いた。

「まあ、詳しい事は生徒の私達より、教師………特に佐々木先生が一番解っているだろう? 詳しく知りたきゃ、後で研究棟に行けばいい」

 そう結論付けた神威はもう話す事はないと言わんばかりに話題を逸らす。

「ところで私は、今夜辺り、さっそくカグヤの部屋に侵入し、奴の作った料理に舌鼓(したづつみ)を打ちたいと考えて―――」

「私が作ってあげますから、部屋で大人しく待ってなさい」

「解った。刹菜の部屋で待ってる」

「もう………、ウチの同居人、また怒らせないでよ? ついでに貴方の所の子も、もう泣かせないでよ?」

「連れて行けば問題無しだ!」

「部屋が狭くなりそうです………」

 

 

 

 01

 

 

 

 イマジネーションスクール、浮遊都市、ギガフロート。その地上部分に出る事の出来た入学試験合格者達。彼等が『刻印の間』から階段を上がり、久しぶりの外気を味わう時、最初に目に映るのはしっかり整理された芝生の平原。その先に見える柘榴染柱間学園だ。

 柘榴染柱間学園、通称『柘榴園』は、イマジンと言う特別な力を扱っている学園には思えない、コンクリートで出来た普通の学校に思える。特別なところがあるとすれば、イマジンの力を使った増改築が度重なった所為か、所々、大きさの違う教室が、外からでも解ると言うところだろうが、景観を壊すほどではない。

 遠くて入学生の彼等には目視できないが、教室らしきところから、こちらを見下ろす上級生達の姿がチラホラと目に映る。

「はいはいぃ~~。皆さん入学おめでとうなぁ? 試験はこれにて無事終了。あとは寮に案内するから、自分の部屋に入ったら、後は三日間の自由行動や。詳しい内容は寮長に聞ぃてな?」

 身体が半透明に透けている大正風着物教師、吉祥果ゆかりは、入学生にそう説明すると、重力を感じさせない軽快な歩みで、皆を案内する。

 約時速30キロくらいで………。

「ちょっ!? おい待てっ!? おかしい! おかしいだろこの速度っ!? 入学試験終了早々、なんでいきなり全力疾走せにゃならんのだっ!?」

 黒髪ショートヘアーのちょっと男勝りな少女、明菜理恵が抗議の声を上げるが、教師は楽しそうなステップで速度を維持する。

「き、聞いてっ! 先生聞いてくださいっ!? 既に追いつけていない人が―――あぎゃっ!?」

 鮮やかな赤髪に金色の瞳持つ少年、叉多比(またたび)和樹(かずき)が、抗議に参加するが、速度に追いつけず途中でこけた。

 その他、必死に走る者や、既にギブアップしてぶっ倒れる者が続出するが、ゆかりは気にも留めない。むしろその光景を楽しんでいた。

 寮までの距離は、実は目視できる位置にある。遮蔽物の少ないこの位置からなら迷うことなく辿り着ける。そのためのお茶目だったのだが………、この光景を眺めている上級生達は思った事だろう。「またあの先生の御茶目被害を受けている入学生が………」っと。

「も………、無理………」

 

 バタリッ!

 

「我が君っ!? お気を確かにっ!」

 真っ先にリタイヤした、セミロングの黒髪をした、女性顔の少年、東雲カグヤを抱き起こし、主を抱えて走る僕、九曜。

「………メンドイ」

 その一言で、己の能力で呼び出した軍隊。『カーネル・オブ・アーミーズ(Kernel Of Armys)』に神輿よろしく担いでもらっている銀髪寝癖のロシア人少女、パジャマ装備な、オルガ・アンドリアノフ。

「足腰の弱い人が多いな」

「鍛え方が足りんのだ」

 この状況を余裕で受け入れている。眉の強い柔和な笑みを浮かべた少年、遊間(あすま)零時(れいじ)と三白眼の少年、桜庭(さくらば)啓一(けいいち)は、ゆかりの思惑通り、『お茶目』とくらいしか思っていない事だろう。

 結局、寮に到着した時には、過半数の人間が、ツンツン頭の幼い少年、相原(あいはら)勇輝(ゆうき)の操る巨大ライオン型ロボット、ガオングの背に乗る事になっていた。

 最後にゆかりは楽しそうな笑みを浮かべるだけ浮かべ、全員の無事を確認してから幽霊のように姿を消した。生徒の文句一つも聞く事無く。

 

 

 彼等がこれから住み着く事になる学生寮は、男女別に分かれている事はなく、ともすれば男女同室になる事も多々あると言う噂がある。だが、不思議とそれが大事件になった事は未だに無いらしい。それはこのギガフロートが、日本であって日本ではない―――つまり一種の治外法権と言う事が原因なのかもしれない。

「どうも皆さん。学生寮一年生寮寮長を務めさせてもらっています、二年生、早乙女(さおとめ)榛名(はるな)です」

 寮の玄関口で待ち構えていたらしい三つ編みを前に垂らした薄亜麻色の髪をした少女、早乙女榛名が一礼して見せる。

「まずは、このギガフロートで最も大切な物、生徒手帳を皆さんに配布しますね?」

 そう言って配られた生徒手帳は、普通の生徒手帳と同じ、手の平サイズの手帳だった。違いがあるとすれば、手帳の中身が見開き一ページ分しかないと言う事だろう。

「生徒手帳には、イマジンのあらゆるシステムが内蔵されています。個人の情報、生徒間の通信機能、電子スクリーン表示で通常のメモ帳としても機能し、一定以内の重量であれば、あらゆる荷物を収納できます。何より重要なのは、このギガフロートでしか使えない通貨、『イマジン式電子マネー』、通称『イママネ』は、生徒手帳でしか管理できないシステムになっていますので注意してください。単位は『クレジット』、価格は日本円と同じと思っていただいてOKですが、ギガフロートの製品は物により物価が違うので、その都度確認していってください。入学生の皆様には、お小遣い手当、五十万クレジットが既に配布されていますが、学費や生活費もここから抜かれていくので、どうぞ計画的にお願いしますね」

 それを聞いた(くすのき)(かえで)は、素早く計算して表情を歪めた。

(確か学費は入学式の日に一学期分請求されるはず。ギガフロートの学費は一学期分が約三十五万クレジットでしたから、そこに生活費、一月約十万クレジットと考えると………、既に手元で自由に使えるお金は微々たるものですのね………)

 見た目は百六十前後の身長に、金髪碧眼のクォーター少女。家柄上、お金の動きについて触れる事も多かったため、すぐに計算できた。自由にできる金額が約五万クレジット。これから先、収入がいくらか次第で、この金額が安いか高いかが判断される。

(確か家具類は後で専用の引っ越し業者に頼めば、一日以内に届けてもらえるはずでしたし………、変に新しい家具類を買ったりせず、部屋にあった物を取り寄せた方が良いかもですわね? 嗚呼ッ! せっかく自分の部屋をアマリリスのようにコーディネイトできると思いましたのに………ッ!)

 花言葉を交え、一人かなしそうに額へと手の甲を当てる。

 ちなみにアマリリスの花言葉は『美しい』である。

「食堂エリアは一階の(エンジュ)の方向、大浴場は二階の椿(つばき)の方角ですよ。トイレは各部屋と食堂エリアにありますのでご心配なく」

 榛名の説明に、多くの生徒が首を傾げた。“エンジュ”? “ツバキ”? 方角とはどういう事か?

 皆の反応に気付いた榛名は、慌てた様子で補足説明する。

「このギガフロートは、低回転ではありますが、独楽のように自転運動をしているのです! そのため、東西南北が常に入れ替わってしまうので、方角を季節に置き換え、季節に合った花木の方向をギガフロートで使う固定方角として扱っているんですよ? っと言っても、実は生徒の間で決められた内容なんですけど、教師の人も使ってますから良いですよね?」

 なるほど、っと頷く者もいれば未だに首を傾げる者もいる。

 その一人である甘楽(つづら)弥生(やよい)は、首を傾げ、頬に手を当てながら独り言の疑問を述べる。

「方角を季節に置き換えるって出来るの?」

「四神、四聖獣の事だよ」

 弥生に答えたのは、未だ九曜に肩を借りてへばっている東雲カグヤだった。

「あ、カグヤ久しぶり。やっぱ受かってたんだ」

「ああ、当然だ」

「っで、四聖獣ってあの朱雀とか白虎だよね? アレがどうして季節?」

「四聖獣は方角と一緒に季節を表わす物でもあるんだよ。東の青龍が『春』、南の朱雀が『夏』、西の白虎が『秋』、北の玄武が『冬』ってな」

「ああ、なるほど! じゃあ、季節に合った花木って言うのは?」

「春なら『桜』、秋なら『楓』って言う、簡単なイメージで設定したんだろう?」

「楓は“葉”じゃないの?」

「細かい所は先輩か教師に聞けよ。俺が知るか。ってか、俺だって適当にイメージしただけだ。秋は楓じゃないかもだろ? 後で答え合わせしてもらえ」

 面倒臭そうに答えるカグヤに、「自分が説明し始めたくせに………」っと、不完全燃焼な知識欲を持て余し、弥生は更に訪ねる。

「じゃあ、(えんじゅ)とか椿(つばき)は何処の方角なのさ?」

「それはなぁ―――」

「槐は夏の花木だ。おそらく夏を表わす南の方角を露わしているんだろう」

 カグヤの言葉の途中、話が聞こえていたらしい桜庭啓一が親切心から弥生へと答える。

「―――ってをぉぃ………ッ!」

 説明を奪われたカグヤは若干不服そうに啓一の事を拗ねた目で見る。しかし、どう見ても自慢話をしていた所を逆に取られて膨れた女の子の拗ねた視線にしか見えない。もちろん啓一にもそんな風に映ったのだろう。軽く肩を鳴らし、カグヤの事を可笑しそうに笑い返した。

 そんな事お構いなしに、弥生は知識欲を満たす為に確認を取る。

「そうなの?」

「ま、まあな………。まあ、槐は縁起物の木として鬼門の方角に飾られる事の多い木ではあるが………」

 説明を奪われた腹いせなのか、若干蛇足の説明を付け加えるカグヤに、九曜は内心可愛い子供を見る様な気分になっていた。

「じゃあ、椿は? 季節柄だと………冬?」

「いや、椿はたぶん―――」

「椿は晩冬、早春に咲く花ですから、きっと冬と春の間、方角的に言えば北東を表わしているのだと推察されます♪」

「わきゃ………っ!」

 またもカグヤが答える前に、突然弥生の背後から飛びついて来た、金髪碧眼のクォーター少女、楠楓に説明を奪われ、カグヤはちょっとショックを受けた表情をする。

「ちなみに、私の見立てでは、春は『桜』、夏は『(えんじゅ)』、秋は『楓』、冬は『(ひいらぎ)』だと推察されます。季節の花に方角まで解って、面白いと思いませんか?」

「そ、そうだね? 教えてくれてありがとう。でもなんで僕に抱きついてるのかな?」

「うふふっ、それはアナタがオダマキの花の様だからですわ♪」

「花? ええっと………? ありがとう?」

「いいえ、くすくすっ♪ お二人もホウセンカの様に、私とお付き合いくださいね♪」

 楓はそれだけ言うと、楽しそうに何処かへと言ってしまった。

「えっと………? よく解んない人だけど、悪い人じゃないよね?」

 同意を求めた弥生が、カグヤと啓一に顔を向けるが、二人は同時にげんなりした表情で答える。

「「何処がだ………」」

 あまりに影のある反応に、驚く弥生。そんな弥生に対し、疲れて答えられない二人に変わって九曜が教えた。

「甘楽弥生さん。鳳仙花(ホウセンカ)の花言葉を知っているかしら?」

「え? なに?」

「『私に触れないでください』………よ」

 一瞬で弥生もブルーな気分になった。

 更に九曜は続けて教える。

「そして苧環(オダマキ)の花言葉は『のろま』」

「今度会ったら一発殴ろう」

 暗いオーラを放ち、弥生は涙目に拳を握るのだった。

 

 

 

 学生寮の部屋割は、かなり適当なシステムによって決められる。

 管理人室、つまり寮長室の手前に青透明な板がいつくもと並べられていて、それを生徒手帳に翳すと、まるでゲーム世界のオブジェクトだったかのように、ポリゴン片を散らしながら消滅する。生徒手帳には鍵ナンバーが登録され、ナンバー通りの部屋に行き、扉に生徒手帳を翳すと電子キーの要領で開け閉めできる様になる。そしてこの板は、誰もが適当に好きな物を早い者順に取って行けるようになっている。

 つまり、何処の鍵かも解らない鍵をバラ撒かれ、皆が解らないまま鍵を拾い集めていると、そう言う事だ。

(男女同室になるわけだな………。まあ、イマジン使ってある程度操作してるのかもだけど………)

 ぼやきつつ、東雲カグヤは四階、『楓』の方角に位置する部屋へ学生手帳を翳す。

 

 ピッ、パチンッ!

 

 簡単な音が鳴って鍵が開く。中に入って室内を見回したカグヤは感嘆の溜息を吐く。

 まず扉を入ってすぐ、人が二人分入れそうなスペースの広い玄関。右手奥にスペースが広がり簡単な台所が設けられている。それでも二人がかりで料理できそうなスペースに、満足感すら窺える。左手は壁だが、すぐに扉があり、その奥が脱衣所、トイレ、浴室となっているようだ。確認してみたがこちらも広い。浴室とトイレは脱衣所を跨いで別々になっているので、誰かが入浴中はトイレが出来ないと言う事はなさそうだ。

 戻って奥に入ってみると、左長に設けられた広い空間に、二つの窓が取り付けられている。大きな窓のおかげで光は充分入ってくるし、持って来るだろう家具の大きさを考えても、十二分なスペースが出来そうだ。部屋の左右の端にベットが一つずつあったが、それだけはガグヤにはあまりお気に召さなかった。根っからの和風暮らしが続いていた所為か、ベットで寝るのには慣れていない。あのベットは早々に解体し、布団と取り変えようと決める。

 ベットがあると言う事は、メインフロアはこの左長の部屋になりそうだ。しかし収納は長めに作られた左側、風呂やトイレなどのあった部屋に面している場所に引き出しがあるだけだ。この引き出しの収納次第では同居生活では色々困るのだが………。

 何の事はなかった。開いた収納スペースの中は、御屋敷にでもありそうな大きな木ダンスを持ってきても楽々収納できそうなスペースがある。これなら二人分の収納に問題はないだろう。

「後は同居人が来た時、荷物をどんな風に分けるか次第だな」

 結論付けたカグヤは、もう一度部屋を見回してから、ここまでずっと黙って付き従っていた己の僕を確認する。一瞬の逡巡を経て、カグヤは九曜の手を掴むとそのままベットに押し倒して覆い被さる。

「ん~~………、個人的にはやっぱり布団の方が雰囲気がある様な気も………、ホテルのベットとも思えば行けるか?」

「御望みでしたら先に布団を敷きますけど?」

 覆いかぶさる主に対し、少しだけ頬を染めながら笑い返す九曜。突然の事態に驚いている様子もない所を見るに、結構日常的な光景の様だ。

 反応に満足しながら、カグヤは九曜と一度キスをする。

「ちゅ………っ、いいよ。こう言うのは勢いだし。黒い着物姿の九曜は今日が初めてだしな」

「我が君が望んでくださるのなら、どのような装いも喜んでお受けします」

「じゃあ、今度巫女装束着てくれ! 好物だ」

「………最初に生まれた時、神威が私に着せた服ですか?」

「………、今初めて、俺は義姉様を本気で殴ってやりたいと思った」

 真顔で答える主が余程面白かったのか、九曜はクスクスッと笑いを漏らした。

 九曜は人差し指を自分の胸元、前掛けに引っかけると、鎖骨が見える様に首を斜め上に上げながら、前掛けをずらす。黒い装いとは裏腹に、女性らしい真っ白な肌が露わとなり、女性の象徴とも言える片方の膨らみが露出していく。

「我が君は、お義姉様相手でも独占欲が強い御方なのですね?」

 挑戦的な、しかし従順な色香を漂わせた瞳で主を見上げながら、九曜はゆっくりと焦らす様に前掛けをずらし………、その頂部分で引っかかる。

 思わず、カグヤが表情を硬くするのを見て、九曜はまたくすりと笑い、手を放してしまう。そのままカグヤの腕の中で寝返りを打ち、横向けになると、淫らに乱れた着物を整えようともせず、主へと好意の視線を向ける。

「攻めるのは得意ですが、攻められるのは戸惑ってしまいますか? “カグヤ様”?」

 普段とは違う呼び方。主従ではあるがその上で親しみを持った時に九曜がカグヤの事を呼ぶ、“親しみ深い従者モード”。カグヤはこっそりこの状態の九曜を“秘書プレイモード”などと呼んでいるが、これが案外カグヤのツボだったりする。

 なんと言うか、他の相手にこんな事をされると、突然一気に萎えてしまうタイプなのだが、九曜にやられると妙に扇情的で、魅力に満ち溢れて見える。九曜の方から攻められると、ちょっとだけたじろいでしまうのだ。

 気まずげに視線を逸らしてしまった一瞬を見逃さず、九曜は本当に可笑しそうに、だがとても愛おしそうに、カグヤへと手を伸ばし、その胸に手を当てる。

「よろしいのですよ? 私はアナタの僕として、独占されていたいのですから………。それとも、私では………不服でしょうか?」

 最後の瞬間、僅かに表情を悲しげに歪め、瞳の奥が隠しきれないほどの寂しさに潤まされた。

 限界を超えたカグヤが、九曜の唇を強引に奪い、そのまま彼女のはだけた服の中へと手を入れていく。彼女を僕として半年間、何かと彼女と肌を重ねてきたが、飽きる気配が全く出ない。自分に『義姉』と言う存在がいなければ、あるいは本気で彼女との情動のみに身を(やつ)していたかもしれない。そうとまで思えるほどに、カグヤは彼女の全てを味わっていく。

 あまりに激し過ぎ、息が続かなくなってしまい慌てて口を放す。イマジン体であるが故に、このイマジンの満ちたギガフロートに於いて、呼吸を殆ど必要としない九曜は名残惜しそうに、互いの引いた銀糸を見つめる。

 その魅力的過ぎる光景に目を奪われながら、すっかり出来上がっているカグヤは呟く。

「お前、どんだけ俺のツボを弁えてんだよ? MAX(マックス)の興奮ゲージが、軽く三週くらい振り切れたぞ?」

「我が君が望むままに、私はカグヤ様を愛しているだけです。アナタが私に向けてくれた愛情には、まだ足りないかもしれませんが………」

 それをこそが切ないと言わんばかりに、悲しげな表情を作る九曜。

 カグヤのゲージが更に六回分振り切れた。

 情緒を尊び、もう少し虐めてからおねだりさせるのが、カグヤとしての求める形なのだが、九曜相手では三割方上手くいかない。いつもは自分の方がエロエロなので、主導権を常に掴んでいられるのだが、九曜の心の準備が出来ていると、あっと言う間に向こうのペースになってしまう。それも驚異の誘い受け。一方的に攻めたいタイプのカグヤは、正に恰好の餌だ。

(ま、食われちゃっても良いんだけどね………)

 理性をふっ飛ばす事を受け入れつつ、カグヤはそのまま九曜へと、己の欲望を叩き込んで行く。

「あっ! カグヤ様………ッ! そのような所を、舐め―――ひゃあんっ!?」

「お? 今いい声出た?」

「んむ………っ!」

「なんで自分の口塞ぐんだよ? いつも聞いてるだろ?」

「カグヤ様以外に聞かれるかもしれないと思うと………」

「………すまん、今、ゲージが更に一週分振り切れたわ………。軽く興奮だけで死ねそうだ………」

「主を死なせたとあっては僕の恥………! どうぞ、私の()へ、愛しの我が君………」

 

「同居人の、人………? 先、来てる………?」

 

 鍵を閉めたはずの扉が開き、声と共に誰かが入ってくる足音。

八束(やたば)(すみれ)………、よろし、く………?」

 部屋に入ってきた紫色のショートヘアーに低めの身長でスレンダーな体形をした少女は、ベットの上で重なり合う二人を大きく見開かれていく茶色の瞳に、嫌という程写した。

 状況が理解できないまでも、何をしているのかは瞬時に悟ったらしく、ドンドン表情を赤く染め、口をわなわなと震えさせる菫と名乗った少女。入学早々目にする筈の無い光景に動揺し、一歩、二歩と、後ずさりしていく。

 一瞬、どうしたものかと悩んだ九曜が主へと視線を向ける。

 カグヤは菫を一瞥し―――、

「八束………」

 僅かに目を細める。だがそれも一瞬。すぐに九曜へと視線を向けて―――続き再開。

「んん………っ♡」

 咄嗟の事に声を殺し損ねそうになりながら、主の行為ならと、受け入れ態勢を全開で表す九曜。

 菫を無視して続行される状況に、再び混乱の波が押し寄せてくる。

「あ、あの………っ!? ///////」

「悪い八束。見てて良いから、先に済まさせて」

 簡潔に述べた無視発言に、菫はどうしていいのか解らず立ちつくし………。

 しばらくして、「見てて良いと言われたので?」っ的なノリで正座して状況を見守った。

 さすがに九曜はちょっと驚き、僅かに戸惑った表情を見せていたが、カグヤは相変わらずお構いなしだった。

 見られているという状況下でもお構いなしの年齢コード引っかかりまくりリアルブルーテープ映像に、菫は思わず問いかけずにはいられなかった。

「ド筋金入りの変態………ッ!?」

 抑揚のない声で、しかしはっきりとした発言で、最早問いなのかと聞きたくなる断言を口にした。

「………混ざるか?」

「超越した変態………ッ!?」

 二人が同居生活についてのルールなどを決めるため、話し合いの場を持つのは、菫が堪え切れなくなって一旦退出してから、更に三時間も後の話であった。

 

 

 

 02

 

 

 

 己の部屋を見つけ、中の確認を終えた(かなで)ノノカが真っ先にした行動は、持ってきたバイオリンを弾く事だった。

 荷物は愚か、楽譜すら出す手間も惜しみ、バイオリンを取り出したノノカは、簡単なチェックを済ませると、覚えている曲で最もテンポの速い曲を選び、感情のままに弾き始める。

 事故を起こし、取れる事の無い包帯を指に巻き、一生弾けないとまで言われたバイオリンを、今こうして弾く事が出来る。一次試験………、厳密には二次試験でそれを確かめる事の出来たノノカだが、あの時は能力としての(おもむき)が強かった。今の様に純粋な気持ちで曲を奏でる事で、やっとその実感を得る事が出来るようになる。

 嬉しい―――などと言う物ではない。それはまるで、片翼を()がれた鳥が、ついに片翼を取り戻した様な、そんな感動が全身を襲う。

 ふと、この部屋は防音が効いているのだろうかと心配になったが、最早構わないとさえ感じた。聞こえてしまっているならいっそ、聞こえてきた曲に見惚れさせてしまえと言わんばかりに、感情を込めた曲を奏でる。

 テンポの速い曲から静かな曲へ、静かな曲から楽しげな曲へ、リズムを変え、感情を変え、しかし、繋ぎをちゃんと合わせ、即席の組曲を完成させていく。

 身体中から汗が滲み始めるが、まったく止める気にはなれない。人生で最高の瞬間であるバイオリンを弾いていて、どうして飽きや疲れを感じられるのだろうか? そう言わんばかりに彼女は曲を奏で続けた。

 どれだけ曲を奏で続けたのか? さすがに腕が言う事を聞かなくなってきて、ノノカは曲の終わりを弾く。その終わりは、終わらせる事が名残惜しいと言わんばかりに寂しげな弾き終わりであったが、それ故に、彼女の音楽に対する愛情が染み渡っているようだった。

 曲を終え、弓を下ろしたノノカは、突然ドッと押し寄せてきた疲れに深い溜息を吐いた。

 物凄く疲れた。だが、心地の良い、とても充足した疲れだ。

 自然と笑みが漏れ出し、―――同時に送られて拍手に気付き、ハッとして我に返る。

 ノノカが視線を上げた先には、壁に寄り掛かってずっとノノカの演奏を聞いていたらしい少女が、楽しげな笑みを向けて拍手を送っていた。

 長い髪に、サイドに結わえられたリボンがチャームポイントになった可愛らしい少女だ。だが、その髪は七色に反射する光を見せたピンク色の髪をしている。普通ならありえない髪の色をしていた。

 『イマジン変色体』

 誰もが有するイマジンの影響を肉体的に受けやすい体質部分の事である。中には稀に、髪や瞳、肉体的な特徴に変化を(もたら)す事がある。

 例を上げるなら遊間(あすま)零時(れいじ)の瞳術使用時に瞳が赤く染まる物や、吉祥果ゆかりの幽体も、それに類する物だ。多少、異なるが、九曜の使用する剣の色も、それに該当する。

 また、完全に肉体を変化させてしまう事もあれば、異種族的な何かになってしまう事もある様だが、殆どの場合は外見上では解らない程度の変化が普通だ。これらを数値化し、解り易く表わした個性が、『ステータス』と言われる物の正体だ。

 こう言う意味に於いては、東雲カグヤが『神格』や『霊力』と言ったステータスを持っているのも、イマジン変色体を有していることの証明と言える。

 それでもノノカの前で笑っている少女の様に、解り易く髪が七色に変色しているのは、やはり珍しいタイプで、なによりギガフロートに訪れなければ見られない存在だ。

 そんなビックリポイントを持った彼女に、自分が演奏している所をずっと見られていたと言う事も加わって、なんと返して良いか解らないノノカに、少女はニッコリ笑って見せた。

「良い曲だったね! 聴いてて心が洗われるようだった♪ ………ああっ! 自己紹介遅れたね? 歌姫目指して16年! 七色(ナナシキ)異音(コトネ)でーす☆ 夢は世界中を楽しませるエンターテイナーよ♪」

 パチリと慣れた動作で可愛らしくウインクして見せる異音。

 まるでアイドルの様な仕草にノノカは不思議と警戒心を削がれていた。

「あ、はい、よろしく。奏ノノカです。あまりさえ無い感じの女の子だけど、音楽には自信があります。私の演奏で、皆に力を与えちゃいますよ!」

「わおっ! それ最高! 私も歌には自信があるの! よかったら今度デュエット組みましょうっ☆」

「わ、私歌は………、でも、伴奏(ばんそう)で良かったら!」

「OK~♪ じゃあ、二人で合う曲考えよう~~! 私曲作るの得意だから任せて☆」

 趣味の合う二人は、さっそく意気投合し、こうやってトントン拍子に話を進めて行った。間もなく部屋でのルールについても話し合いが始められるだろう。

 こう言った風に、巡り合わせの良い部屋割をしてもらった者達もいた。

 

 

 

 03

 

 

 

 一方、こんな部屋割をされた者もいた。

「ぎゃあああぁぁぁぁ~~~~~~~っっっ!!! もう嫌だ~~~~~~~っっっっ!!!!」

 四階、自室の部屋から飛び出した相原勇輝は、勢い任せに廊下を走り抜け、偶然その場にいた女性の胸へと飛び込んでしまった。

「わぷっ!?」

「ひゃあんっ!?」

 ぶつかった相手は短髪黒髪、鋭い目つきに、タンクトップとカーゴパンツを愛用した、意外と大きな胸をした女性、鋼城(こうじょう)カナミだった。

「え? なに? 子供?」

「た、たたたた、助けてくださいっ!? 手がッ! 手がこうわしゃわしゃぁ~~な人が………っ!!」

 涙目の勇輝が必死な様子で身振り手振りで何事かを説明しようとするのだが、その説明に使われた手が、思いっきりカナミの胸を鷲掴みにしていた。しかも巧みに指はわしゃわしゃと動かされているので、もう完全に正面から堂々と揉んでいる状態だ。

 瞬時に状況を悟った二人は同時に顔を赤くし―――、

「恐怖も変態も叩いて直すっ!!」

 カナミの鉄拳が、齢十歳の少年の顔面に容赦無くめり込み、「ぷぴゃんっ!?」などと言う悲鳴を上げさせながら何度も床に叩き付けられて吹き飛ばされた。

「す、すみま………せん」

 床に大の字になって倒れた勇輝がなんとかと言った様子で謝罪を述べるのだが―――。

「いいのよぉうん♪ 何処まで逃げたって、ちゃぁ~~んと、捕まえて、あ・げ・る・からぁん♡」

 答えたのは別の人物。やたらとクネクネした動きで迫る影が、倒れた勇輝へと迫る。

「―――っ!?」

 危険を察知した勇輝は、瞬時に飛び起き、何とか走って逃げだそうとするが、その影は瞬時に幼い少年の両肩を掴み、お人形の様に抱き抱えてしまう。

「い、イヤです止めてください~~~~っ!? よく解らないけど、これ以上苛めないで~~~~っっ!?」

 年相応に、本気で嫌がる子供が恐怖に顔を青ざめ、本気泣きしていた。

 入学試験で積極的に他人を庇っていた所を見ていたカナミは、この情けない少年に微妙な視線を送っていたのだが………、すぐにそんな場合じゃないとも判断できた。

 正直、子供とは言え、男子に正面から胸を揉まれて、見捨てる気マンマンだったカナミだが、クネクネ動く影が、なんか本気でヤバく感じられた。

「うふふふふふっ♪ そんなに嫌がっちゃって~♪ 本当に可愛いわね~~! 大・丈・夫。ちょっと脱ぎ脱ぎしてくれるだけで良いのよぉん? あとはお姉さんに、お・ま・か・せ♡ 優しくしてあげるわ~~~♪」

「いやぁ~~~~~~~~~~~っ!!!?」

 なんと言うか………このまま放っておくと、イタイケナ少年が、入ってはいけない扉を強制的に潜られそうな気がして、正直母性本能と言うか、大人の義務感的な何かが放っておく事を激しく拒否していた。っと言うかどう見ても変質者とその被害者にしか見えない。

「ちょっと、何だかよく解んないだけど―――」

 止めようと声を掛けた時。その言葉が制止の意味を紡ぐより早く、カナミは頬に手をあてられていた。

「―――っ!?」

 咄嗟に離れようとしたが、身体が動かない。気付いた時には眼鏡にウェーブの金髪グラマー女性が目の前に立っていた。大人びた妖艶な顔が近づけられ、超至近距離に迫った彼女は、カナミの耳元で一言―――、

「動いちゃ、だ~~めっ♪」

「~~~~~~ッッ!?」

 本能的に上げようとした声が声にならない。頭の中で上げている警報に、全力で従おうとするが全く言う事を聞かない。

 そんな恐怖の中、カナミは至近距離に迫った大人の女性の目を覗き込まされる。

 自分を見て、妖艶な笑みを浮かべる姿は、生娘(きむすめ)の反応を楽しむ妖婦(ようふ)さながらで、カナミは胸中で叫ばずにはいられなかった。

(く、食われる―――っ!?)

 そんな感想を抱いてる事などお構いなしに、彼女はカナミの顔を弄ぶように撫で、呟く。

「アナタのお顔、いただいてくわよん♪」

 次の瞬間、カナミの目の前に立つ女性が消え、変わりに鏡が出現した。

 しかし、それは妙な鏡だ。カナミは自分でも解る程引き攣った顔をしているはずなのに、鏡の中のカナミは見た事の無い妖艶な笑みで笑っている。

(って、違う! 鏡じゃないっ!?)

 気付いた瞬間、鏡と見違う程カナミと瓜二つになった謎の人物は、カナミの身体能力を活かし、十歳の少年を力付くで部屋へと連れ去っていった。

「この身体! 思いの外使えるわねん♪ 身体つきもまあまあだし、しばらく借りるわよぉ~~ん♪」

 そう言って消え去った二人を呆然と見過ごしてしまったカナミは、しばらくの混乱と沈黙を経て、重大な事実に気が付く。

「ちょっとっ!? カナミの姿で一体その子になにするつもりですか~~~~っ!?」

 慌てて追いかけたカナミだが、部屋には既に鍵がかけられている。さすがは『イマジネーター』を育成する機関の生徒寮だけあって、カナミがどんなに全力で殴ろうが蹴ろうが、能力を使って周囲に爆音を響かせても蹴破る事はできない。

 

「や、やめ………っ!? やめてくださいっ!? そんな他人の姿で………っ!?」

「あらあらぁん? 可愛い子ね~♪ 大きくなるどころか竦みあがっちゃうなんてぇ~~♪ もうっ♪ お・子・さ・ま♪」

「だ、ダメです~~っ!! それだけは勘弁してください~~~~っ!!?」

 

 その癖、扉越しに声だけ聞こえてきた。

 カナミは泣きそうな顔になって扉を蹴り続けた。

「人の姿借りて一体何やってるのっ!? 人権侵害だ~~~っ!?」

 そうやっていつまでも扉を蹴り続けるが、傷は愚か、衝撃が伝わっているかさえ怪しいありさまだった。

 さすがに二時間も続ければ不毛さから精神的に疲れて大人しくなったが、扉の向こうからは、放送コードに引っかかりそうな悲鳴が響き続けている。

「え~~っと………? カナミ? 気は済んだ?」

 涙目のままのカナミは、背後から掛けられる声に振り返る。そこには自分の部屋の同居人が、気まずげにこちらの様子を窺っていた。

 黒髪に紫色の瞳、髪は腰に届く程長いのをポニーテールにしている。背は高くもなく低くもなく、胸もそれなりのなんとなく女の子女の子してるっぽい子だ(あくまでカナミの私見)。名前は鹿倉(ししくら)双夜(ふたや)と言い、カナミを立てる形で話してくれたため、部屋でのルールがあっと言う間に決められた。女の子同士と言う事もあって同意見の内容も多かったのも原因の一つだろう。

 カナミは不毛な攻撃に疲れ、同居人の胸へと飛び込んで(むせ)び泣く。

「なんか変身能力持ってる奴が、カナミの姿で十歳児に自主規制を~~~………っ!?」

「ごめん、途中までしか解んないよ………? でもたぶん、その人は御飾音(みかざね)カリナさんじゃないかなって思う? 試験中に何度か話したから」

 双夜はカナミを抱きとめながら、意味の解らない状況にただ困惑するしかない。とりあえず、攻撃を受けていた扉の向こうで未だに聞こえる危うい声には耳を傾けない事にした。

「とりあえず、引っ越し手続きしてくる?」

「うん………」

 二人は手を繋いで仲良く廊下を歩く。

 どうやらこっちはそこそこ上手く行っているようだ。(扉越しの声から視線さえ逸らせば………)

 

 

 

 04

 

 

 

 オルガ・アンドリアノフが部屋を見つけて早々にした事は、自分の能力で呼び出した兵士達に、簡単な整理を頼み、自分はさっさとベットに突っ伏して寝る事だった。

 実の話、彼女は自分が使う能力のリスクを、この学園に入学して最初に体験した生徒となっていた。

 彼女の能力『カーネル・オブ・アーミーズ(Kernel Of Armys)』は、大量の兵士を呼び出し、その兵士達が認識した情報を自分の情報として共有できるという優れた能力を持っている。だが、その反面、大量に送られてくる情報量に脳内を圧迫され、使用後に精神的な疲れが多大に掛る様なのだ。おかげで彼女は能力使用後、とてつもなく眠くなる。

 そもそも面倒臭がりな性格ではあるオルガだが、この就寝は能力による疲労だ。身の回りの整理もしない内から就寝してしまうのは、後々もっと面倒になるという考えを思考の端に残しながらも、彼女は夢の世界の誘惑に抗えなかった。

 そんな彼女が目を覚ましたのは、トントントンッ、っと言うまな板を叩く様なリズミカルな音に、鼻孔を(くすぐ)る美味しそうな匂いだった。

「………рис(リス)?」

 お昼頃に寝たのを思い出しつつ、匂いから『御飯』かとロシア語で呟き、未だに眠たげな身体を起こす。

 ベットに広がる長い銀の髪は、寝癖で飛び跳ねまくっているが、それでも美しさを損なう気配を見せていない。白い肌と相まって、まるで妖精めいた姿に、肌蹴たパジャマ姿と言うのは、見る者が見れば魅了されてしまいそうな扇情的な姿ではある。

 しかし、台所でトントンッとやっている人物には、あまりそう言うのには興味が無い様子であった。オルガの呟きに気付き、その人物は壁越しに声を掛ける。

「起きたの? ちょっと待ってね? 今軽食作ってるから」

 その言葉と共にオルガのお腹が鳴った。

 考えてみれば、朝食は軽く食べた様な気がするが、お昼はぶっ通しで寝てしまっていた。今が夕方くらいだと考えると、お腹が空いてもおかしくない。

 お腹が空いたのなら食堂に行く方が早いのだが、気だるげな今の気分ではいく気になれない。大人しく待つ事に決めたオルガは、その後すぐに御飯を乗せたお盆を持ってきた少女の姿に「本当に早いっ!?」っと、軽くショックを受けた。

 黒く長い髪を、うなじの辺りで纏めた少女は、その大人しめな髪型の所為もあって、少々大人びた印象を受ける。白のエプロンに柔和な笑みは、まるで落ちつきのある母親の様でさえあった。

 少女は、既に引っ越し業者に頼んでいたのか、数ある段ボールの中から小さい座卓を取り出し、それをオルガのいるベットの上に置き、続いてお盆を乗せる。オルガがわざわざベットから降りなくても良いようにという配慮だ。オルガは「まるで病室のベット見たい………」っと言う感想を浮かべながら、女の子座りで食卓に着く。

 軽食と言うだけあって、お盆の上にあったのはグラタンの様な物だった。オルガの事を外国人だと認識していたらしく、用意されたのも(はし)ではなく先の尖ったプラスチックのスプーンだった。

「いただきます………」

 ちゃんと日本語で合掌しながら言ったオルガは、試しに一口食べて見たのだが―――、

(お、美味しい………っ!? グラタンの様だけど、これってボルシチっ!? 寝起きでも食べ易いのかサクサク食べれるっ!)

 小さなお椀に盛られているグラタンっぽいボルシチを夢中で食べるオルガの姿に、満足そうな笑みを作った少女は、また荷物の中から(くし)を取り出し、食事に夢中になっている隙にオルガの髪を()いてやった。

 なんとなく気付いていたオルガだが、梳き方がとても上手で気持ち良かったので放置し、自分は少ないボルシチを一生懸命食べる事にした。

 っとは言えさすがは軽食。あっと言う間に空になってしまい、少々切なさが残る。

 思わずスプーンを口に咥えながらお椀を見つめてしまったオルガだが、気付いた時、自分はちゃんとパジャマを着直した状態で、髪も綺麗に()かれていた。妖精めいた美貌は、妖精その物の美しさを得たと言わんばかりに輝き、オルガ自身、鏡を見たわけでもないのに、少しだけ背筋が伸びる気がした。

「あなた、御節介?」

「友達によく言われたなぁ~~。ちょっと面倒み良過ぎないか? って………。そんなつもりないんだけどなぁ~~?」

 面倒見が良いとか言うレベルじゃない。まるで家政婦の様だとさえ思えた献身(けんしん)っぷりには、オルガをしても脱帽するばかりだ。

「ああ、申しおくれました。僕の名前は甘楽(つづら)弥生(やよい)です。これから君の同居人ね? これでも栄養士の勉強してたから料理には自信があるよ? 良かったら、またご飯食べてくれる?」

 それを聞いたオルガは、目をキラキラとさせ、彼女には珍しくちゃんと自己紹介。

「オルガ・アンドリアノフ。ロシア人。日本語は問題無い。将来の夢はニート!!」

 何故か『ニート』の部分だけ強く発音し、オルガは弥生の両手を取って懇願(こんがん)した。

「私の嫁になってっ!!」

「ええっと………? 旅館の仲居さんとかなら経験あるんだけど………?」

 弥生はどう反応して良いのか解らず、そんなずれた発言をしつつも笑顔で対応した。

 どうやらこの部屋の二人の関係も決まりそうだ。

 一部、大変な所もあるが、概ね同居人は相性の良い関係で紡がれつつあるようだった。

 

 

 

 




弥生「寮長さん! 質問良いですか~~?」

榛名「はいなんでしょう?」

弥生「ギガフロートは全寮制ですが、上級生達は何処にいるんですか? ちょっとまだ目にしてないんですけど?」

榛名「では、まずは寮の説明をしますね」

榛名「学生寮は円柱状の建物で、全三十階建てとなっています。一階は寮長室と、食堂、トイレ、その他学業用の必要施設で埋め尽くされています。二階以上が学生の部屋となっているんですよ。一年生の寮は四階までとされ、二年生の部屋が五階から十五階までとなっているんです。二年生からは、個人部屋も解放されているが故の階層フロアの多さなんですね」

榛名「十六階から十九階は、二年生以上が同伴の場合のみ使用可能となっているリゾートエリアが存在するんですよ?」

弥生「何それ羨ましい!?」

榛名「一年生には公言できない決まりなので、誰か上級生のお友達を作った時に連れて行ってもらってくださいね?」

榛名「そして二十階から屋上までが三年生のフロアとなっています。三年生は相部屋の方が多いですね。何しろ恋愛関係になって一緒に暮らしていらっしゃる方もいますから」

弥生「え!? いいのそれっ!? 問題じゃないの!?」

榛名「自己責任ですから♪」

弥生「なにそれ、ちょっと怖い………」

榛名「三年生の解放エリアは、寮の施設でも訓練が出来る特別な場所です。だから食事以外の目的で降りてくる事は無いですね。この寮、エレベーターがありませんし」

弥生「三十階建てなのに!?」

榛名「皆さん普通に飛び降りたりとかできちゃいますから。普通に階段も苦にならないと言う方もいらっしゃいますし」

弥生「イマスク生、既に恐るべし………」

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