ハイスクール・イマジネーション   作:秋宮 のん

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ついに投稿!
再開してからリハビリが長かった気がするけど、ようやく書けるようになりました。ちょっと以前より無理矢理感あるところは否めませんが、それでも進めることができました。
バトル多めの決勝戦。決勝に相応しい濃厚な戦闘シーンを書けていれば幸いです。
今回は前編ですが、後編もお楽しみに!


一学期 第十二試験 【決勝トーナメント 決勝戦】前編

ハイスクールイマジネーション18

 

一学期 第十試験 【決勝トーナメント 決勝戦】Ⅰ

 

 

 

「皆さん、おはようございます! こんにちは! こんばんはの方もいるのかな? ついにこの時を迎えました! 決勝トーナメント決勝戦! 地上にもテレビ放送されるほどのビックイベント! 激戦を繰り広げた勇士による頂上決戦! まもなく開戦です!!」

 アリーナ会場、決勝の日。実況の三年Eクラス、報道部部長、篤胤(あつたね)舞子(まいこ)は、観客および報道されるテレビの向こう側の視聴者に向けて試合直前の熱い雰囲気を伝えていた。

「お聞きいただいているでしょうかこの歓声! エキシビジョン、準決勝二試合を経て、観客の期待は最高潮! 一年生頂上決戦、その舞台まで上り詰めた二人が、まもなく入場しますっ!!」

 

 

 会場が更に沸き立ち、選手の入場を今か今かと待ち構える中、八束(やたばね)(すみれ)は入場口付近で焦っていた。

「……司、遅い……」

 彼女は決勝に向けて、火元(ヒノモト)(ツカサ)に武器の製造を頼んでいたのだが、今日中に届けると言われた(ぶつ)が、まだ届いていないのだ。

 さすがに入場の時間間際とあってギリギリまで廊下側で控えるが、最悪の場合、荷物は諦めるしかないかもしれない。

(弥生相手、に、準備万全にせず戦う、とか……、怖……ッ!?)

 戦闘特化のCクラス筆頭にして、戦闘狂の傾向がある甘楽(つづら)弥生(やよい)相手に不十分な装備で挑み一方的に切り刻まれる姿を想像してしまい、震え上がってしまう。

 このまま司が間に合わないようなら、いっそ辞退してしまってもいいかもしれない。そんな邪念が頭を過り始めた時、ようやく待ち人は現れた。

「お~~いっ! 待たせてスマンッ!」

 走り寄って来た少女は白い布に包まれた物を抱えていた。歩みが重かったところを見るに、見た目よりも重い印象を感じさせた。

 ここまで来るのに相当体力を使ったのか、全身汗だらけ、服はよれよれ、肌には煤の様な泥が残り、目の下には(くま)も出来ている。彼女は鍛冶仕事をしていたはずだが、それにしても二日そこらの徹夜で至る様ないでたちではない。一体何があったというのだろうか?

「菫、気になる事はあるんだろうが、もう時間がねえ。だからお前は前だけ見てろ。黙ってコイツを受け取って、自分のやるべきことに集中しろ。それ以外は私も望んじゃいねえ」

 そう言って布に包まれた物を差し出す。

 一瞬の逡巡。すぐに頭を振って疑問を押し殺し、素直に好意を受け取る菫。

「分かっ、た……。ただ、全力を尽くして、くる……」

「おうよっ! 残りの体力総動員して観てるからよ! アタシの打った剣で勝つとこ、見せてくれよっ!」

「ん……っ!」

 互いにサムズアップし意志を伝え合う。これ以上重ねる言葉は無粋。菫は踵を返してアリーナ中央ステージへと歩み始める。

 

 

 一方、反対側では対戦相手である甘楽弥生も一人の少年と会っていた。

 通路の陰にいる少年は、司同様、布に包まれた物を弥生に差し出す。

「言われた物を用意したつもりだけど……、ちょっと意外かな? 君は俺の作った物を欲するタイプじゃないと思ったんだけど?」

「………」

「? ……どうかしたのかい?」

「ん、ごめん……。無視しているつもりはないんだけど……」

 答える弥生はどこか胡乱気(うろんげ)で、心ここにあらずと言う印象を与える。もしかして決勝に緊張しているのか、あるいは何か気になっている事でもあるのだろうか?

「あの……、甘楽さん―――」

 試合は直前、協力していると言う事もあって多少の気遣いをしようとして、直前で言葉に詰まる。

 弥生の視線が、ゆっくりと少年に合わせられる。

 その眼は爛々と輝いていて、落ち着いた表情とは対極に位置した輝きに満ちている。さながら猛禽類が獲物を前に、狩りの高揚に期待しているかのようだ。

「僕、今、ちょっと、興奮してるかも……!」

 獣がいる。

 少年の目の前に、今にも牙を剥いて襲い掛かりそうな、猛獣の姿がある。

 獣のイメージは、どうしても唸ったり、吼えたりする昂ったイメージがあるが、元来獣とは、狩猟の際は奇襲が基本であり、正面から襲い掛かる獣など存在しない。身を低くし、気配を殺し、静かな殺気を籠め、刹那を持って襲い掛かり、仕留める。それが本来の獣の姿だ。

 今、少年の目の前には、正しく、その獣がいた。

(これ……、危ないんじゃないのかな……?)

 イマスクは戦闘を推奨してる。これから始まるのは試合だ。戦いだ。心構えは間違ってはいない。だが、まるで心まで獣になろうとしている姿に、少年は一抹の不安を感じていた。

 同時に納得し、安堵していた。

 弥生が受け取った荷物を握りしめる。中にある棒状のそれに目を瞑って意識を向ける。

 一つ深呼吸の後、弥生の目にあった爛々とした獣の気配は消え去っていた。

「やっぱり頼んでおいて正解だったかな?」

 照れくさそうに呟く弥生に、少年は遠慮がちな笑みを返す。

「求められた物を渡せたのなら幸いです……」

「えへへ、……同じ轍は踏みたくないからね」

 最後に呟いた弥生は、荷物を生徒手帳にしまうと踵を返す。

「それじゃあ、行ってきます」

「はい、俺も観客席で観させてもらうよ」

 

 互いに準備は万全。後はただ、全力で戦うのみである。

 

 

 1

 

 

『皆様! 大変長らくお待たせいたしましたッ!! これより決勝戦を開始いたします! ご紹介しましょう! 数多の激戦を潜り抜け、ここまで勝ち残った最強の猛者! 立った二人だけが辿り着くことを許された決勝の舞台! 誰が想像したでしょう!? ここに辿り着いたのはなんとっ! 可憐な二人の少女!

 一年生Aクラス、剣群操姫(ソード・ダンサー)! 八束(やたばね)(すみれ)!!

 対するは―――、

 一年生Cクラス、戦神狂(ベルセルク)! 甘楽(つづら)弥生(やよい)!!

 さあっ! 壇上に立ちましたお二人、気合も十分なご様子! 開会式とは言え、いつまでもグダグダしててもテンションが落ちるだけなのでサクッと行きましょう! 決勝戦のルールは準決勝と変わりはありません! ルーレットで決められたフィールドに転移し、そこで思う存分、戦闘不能になるまで戦ってもらいます! ……それではっ! フィールドルーレットスタート!!』

 舞子が早口気味に説明し、中央モニターに複数のフィールドが高速で表示されていく。

 そんな中、司はやや急ぎ気味に観客席に向かっていた。

「司、こっちだ」

 座れる場所を探していたところ、探していた相手から声がかかった。

 濡れ羽色の髪をハーフポニーにまとめた黒い瞳の少女―――に見える少年、東雲カグヤが手を振ってアピールしている。

 急ぎ足で向かってみると、カグヤは自分の式神である赤い髪をツインテールにした、二本の角を持つ少女、軻遇突智神(かぐづちのかみ)、カグラを膝の上に座らせて抱っこしていた。

 一瞬突っ込もうかと思ったが、黒髪お姉さんが赤髪の妹を可愛がっているようにしか見えず、絵になるので黙っていることにした。

 誘われるままカグヤの隣に腰を下ろしつつ、周囲の面々を確認した司は尋ねる。

「今回はなんか結構固まってるな? もう偶然じゃねえだろこれ?」

「ああ、決勝だから。皆で話し合って意見交換しながら観戦しようってことになった」

 カグヤに言われて改めて周囲を確認する。そこには一年生の主だったメンバーが勢ぞろいしていた。

 カグヤの左隣には夜空の様に黒い長髪に紅い目と薄っすらと浮かんだクマを持つ、黒のゴスロリ服に身を包んだ少女、レイチェル・ゲティングスが不服そうな表情をしている。その隣には、褐色の肌に、白い髪、青の瞳をもつ身長は159cm程度の童顔少女、イング・アルファがバストDの胸に手を添えながら軽く手を振っている。同じEクラスとして顔馴染みな分だけ、こちらは友好的な表情だ。

「……げ」

 視線を前にずらして、僅かに声が漏れてしまう。歓声にかき消されたことにほっとしながら、カグヤの正面に座る相手を見やる。

 大きな体を、ギュっと縮めて、身長140cmほどの三頭身にしたような少年。明らかに異質な雰囲気と、異種族特有の肌や髪の質、異世界出身、ドワーフ男子、アルト・ミネラージ。

 司としては嫌いな相手ではない。むしろ良きライバルとして好感を持っている。が、刀匠としてやはり負けたくないという気持ちもある。結局競争心が働き、何かと言い合い競い合いしてしまっている相手だ。

その右隣には細い目をした癖の強い黒髪を後ろで結っている少年、多田(ただ)昌恒(まさつね)

 さらに隣りには金髪碧眼で常に笑顔を絶やさない男、新谷(アラタニ)悠里(ユウリ)がまだルーレットが回っている段階なのに弥生の応援に全力を出している。

 更に隣には金光(かねみつ)(そう)と言う関西弁を喋る少年。同じクラスな上に、独特な口調、仕事も一緒にしたことがあるのでよく見知った相手と言えなくもない。

「こんにちは」

 挨拶に振り返ると、自分が座る席の後ろに、巫女装束を纏った清楚な女性が微笑んでいた。黒髪茶眼で髪は背中半ばまで届くストレート。どこからどう見ても大和撫子で典型的な巫女さん。彼女がFクラスの『神代の巫女』御神楽(みかぐら)環奈(かんな)であることを司はよく知っている。

 今は話し込む時間もないので軽く会釈であいさつしつつ、彼女の両隣を見ると、割と驚きの組み合わせだった。

 彼女の左隣には逞しい体付きのイケメン男子、ジーク東郷(とうごう)

 逆は紫色の髪をポニーテールにまとめたクールビューティー(男)、小金井(こがねい)正純(まさずみ)

 どちらも敗退したとは言え準決勝進出者。同級生の間ではちょっとした有名人の扱いだ。

「そろそろ座らないかい? このままだと美しい試合を見逃してしまうよ?」

 少し放心しているところに聞き覚えのある声がかけられる。相手は自分が座る席の右隣側にいる金髪金眼の男、ツェーザル・フェルゼンシュタイン。ドイツ人だ。後ろで纏めたウェーブのかかった長髪を揺らしながらイケメンフェイスを向けられ、思わずたじろいでしまう。

「ああ、そうだな」

 素直に席に座った時、ツェーザルの隣にEクラスの市井(しせい)(がく)と、更に隣に、亜麻色、セミロングの髪をアップで纏めた、黒ぶちで大きなメガネがチャームポイントの普通ッ子、Fクラスのルーシア・ルーベルンの姿もあった。三人とも顔見知りだったため、視線が合うと軽く笑って挨拶してくれた。

「あ、ルーレット止まります」

 声を出したのは自分の左、三つ隣り、レイチェルの後ろに座るカルラ・タケナカからの物だ。

 背中まで伸びた長い黒髪を揺らし、冷たい印象を与える鋭い目付きで見据えた先、フィールドを表示したモニターが、ゆっくりと選び出される。

 イマジネーターの戦いは、フィールドを支配できるかにもよる。菫が正純に苦戦したように、自分の力を何倍にも引き上げてくれる場合が多分にあるからだ。既に勝負はフィールドから始まっていると言ってもいい。

 弥生が得意とするのは平地、あるいは山岳や森と言った足場の多い自然フィールド。

 対するや菫は、岩場か、あるいは市街地などと言った障害物があるフィールド。

 緊張感を持って見つめる中、果たして選ばれたフィールドは―――!?

 

―――『氷山地帯』

 

「「「「「「ん? んんんんん~~~~~………っっ??」」」」」」

 

 集まった一年生首脳陣から、微っ妙~~な唸り声が漏れた。

「え? なんだ? どうした?」

 

 

 

「ふ、なるほど、これは面白いフィールドが選ばれたな」

 もはや定番と言うかお決まりとなりつつある強者感漂うカリスマチーム、シオン・アーティア、オジマンディアス2世、サルナ・コンチェルト、プリメーラ・ブリュンスタッドの四人に加え、ちゃっかり強者ポジに居座っている黒野(くろの)詠子(えいこ)は本日も楽しい談義をしようと、それっぽいことを口にしてみた。

「「「「……ん?」」」」

 そして一瞬にして凍り付く。

 てっきり同意してもらったうえで、小難しい説明を、したがりの人がしてくれるものだと思っていたところに、疑問の声を返されてしまい焦る。

「面白い……か? 今回に限ってはつまらんフィールドであろう?」

 シオンが訝しげな表情で呟くと、オジマンディアスも同意する様に首肯した。

「正直、同意する。このフィールドは二人の能力に由来するものが存在せず、直接利用できる物が存在しない」

「かと言って、フィールドによる不利益も、イマジネーターとしては無視できる程度の物よ」

 サルナが難しい表情で追随すると、プリメーラも続いて眉根を寄せる。

「『摩擦再現』や『設置再現』を使えば氷の足場でも滑らせる事はあるまい。『保温再現』を行えば冷気で動きが鈍る言う事も無し……。フィールドに関して言えば面白味の欠片もなく、完全な能力者同士のぶつかり合いしか期待できんような気もするが……?」

 全員の視線が、疑心の眼差しが詠子に一身に集まる。

(ヤ・バ・イ・ッ!!)

 最近、自分の理想通りの展開が続くものだから、油断していた。詠子としては“それっぽい”会話ができれば満足だったのだが、あまり自分の意見を口にしていなかったので、ちょっと“訳知りですよ~ムーヴ”してみたいなぁ~、っと思っただけなのだ。特に何も考えてないし、質問されることなんて全く予想していなかった。皆当たり前に知ってます風を吹かせているので、こうなる可能性を全く予想していない。

(ど、どうするっ!? 何とかゴマ重ね蹴れば(、、、、、、、)っ! 違うっ!! 誤魔化さなければっ!!)

 慌て過ぎて思考が変換ミスを起こしていたが、そんな細かい事を気にしている場合ではない。ともかくいい感じの言い訳を述べねば、せっかく獲得した強者ポジを降ろされかねない。これは、死活問題であるっ!

(って言っても何も考え付かない~~~っ!? よくよく考えてみれば皆の言う通りだしっ!? もう少し状況整理してから発言するべきでした~~~ッ!!)

 完全に失敗したことを悟りながら、詠子は苦し紛れでもいいからと無理矢理思考を捩じり出し、“それっぽい”事を言ってみる。

 縁に腰掛け、足を組み、片手で体を、もう片方の手で顔半分を隠しながら魔王然とした笑みを浮かべて。

「ふふ……っ、よもや解らぬか? いや、分からないのが普通であったか? あのフィールドでも能力の付け入る隙はある。ある、が……、ふむ……、そなた達でも思い至らぬと言うのであれば、今回の試合で見ることは叶わぬか? いや、忘れられよ。我が英知が少々俗人の上を行き過ぎ、常識を違えがちなのだ。戯れに吹いた風の音だとでも思ってくれ」

(よしっ! それっぽいこと言えた! あとはこれで納得していただけませんかっ!?)

 ちらりと視線だけで背後を確認して―――超、敵意全開の圧力をぶつけられまくった。

 四人が四人、ドス黒いオーラを放ち、ギラギラとした目で詠子を見据えている。

 ゴゴゴゴッ! と空気が震えるのをイマジン演出により再現され、より恐怖的な映像が演出されている。

「この俺が俗物だと……っ!? 『黒の英知』、それは何の冗談だ?」

「王たる者に対し不遜な言いよう! よもや(たばか)りではあるまいなっ!?」

「私が見落とした……? そんなはずがない……っ! いえ、先入観に捉われるのは良くないわ。けど……っ! アナタに私が見えていないものが見えているとでもっ!?」

「ふふふふふふふ……っ! 言いよったな? 星の一滴に過ぎぬ英知の断片がっ! 星その物の化身たる我にほざいたその言葉っ! 挑戦として受け取った! 謀りであれば容赦はせぬぞっっ!!?」

 本物の強者ポジであったが故に、見落としがあると言われてプライドを傷つけられた四人は、詠子の言葉を挑発的な挑戦と受け取ったらしい。この試合で何もなければ、謀った罰に、全力で報復すると宣言し、勝手に挑戦を受け取ってしまった。

 予定ではこうなるはずではなかったのに、何故か窮地に追いやられることになった詠子は、内心、謝罪と悲鳴のオンパレードになりながら、表向きは澄ました表情で応える。

「では、この試合、じっくり見分し合おうではないか? 諸君」

(何がっ! “諸君”っじゃ~~~~っっ!!?)

 己が失敗を悔やみながら、詠子は全力で戦場に飛ばされる二人に願いを飛ばした。頼むからフィールドを利用した思いがけない手を打ってくれっ! ……っと。

 

 

 2

 

 

 フィールドが決定して、転移により氷上に降り立った菫は、素早く生徒手帳を取り出し、剣を一本取り出し、手に構える。周囲に視線を向け、状況を確認。

 さすがに一度経験していることもあってか、対応も早く、無駄がない。

 周囲一帯は完全なる氷の世界。地形は渓谷のようだが、大地となっている物全てが氷で出来ていて、まるで南極か北極にでも来ているようだと感じた。だが、すぐにそれを否定する。周囲の氷は全てが異様なほど青い。まるで漫画のような氷の色彩によくよく覗き込んでみると、僅かに濁った色合いが見える。よくよく周囲を見れば、これだけ寒いのに雪らしき氷の結晶が全く見られない。

「そっか……、本当に存在する地域、じゃなくて……、直接イマジンで作られてる、世界なんだ……」

 氷は急速に冷やされると、冷凍庫で作ったような濁りの多い氷ができ、低温でゆっくり混ぜ合わせながら凍らせると透明になる。そして氷ができる世界は気温が低くなり雪が降るものだ。だが、ここにはまるで海をそのまま凍らせたような青黒い氷が、ひたすら世界を埋め尽くし、他には何も存在しない。中にはどうやってできたのか分からない氷のコースターが、アトラクションのレールのように宙を張り巡らされていたり、天に向かって角を突き出すように聳えた氷の柱が、まるで無数の刃のように無作為に伸びる氷柱(つらら)の茨。遠くの方には完全に氷だけで構築されたらしいお城の様な物まで見えた。

 とてもではないが、どれも自然にできたと言うのは無理があり、人工的に作るにしても、方法が全く不明な物ばかりだ。雪が存在しない時点でイマジンだけでフィールドを形成されたとするのが妥当だろう。

「もしかしなくても、今までのフィールド全部……、イマジンで制作したの、かな……?」

 菫は推測し、改めてイマジンの力に感心する。

 実際は吉祥果ゆかり一人の能力でちゃっちゃと作られていたりするのだから、もっと恐ろしい事である。

「……ん」

 微かに肌寒さを感じた菫は、戦闘用にちょっとだけ改造してもらった体操服を纏った体を抱きしめる。フィールドが氷だった時点で『保温再現』をしていたのだが、これは外気の温度を遮断する物ではなく、あくまで自分の体温を下げないようにするもの。そのため外気の温度は肌で感じられてしまう。

(寒くは、感じるけ、ど……、体温が下がったり、する事はない……から、体がかじかんだりは、しない……、でも、やっぱり寒くはあるなぁ……、上着用意してくるべきだった?)

 一瞬、装備が不足していたかとも考えたが、『保温』しているので、体を動かせば逆に熱くなる。厚着は不要だと改めて考え直す。

 軽く足踏みをし、滑り具合を確認する。『摩擦再現』と『強化再現』で摩擦を強化する方法、どちらにどういう違いがあるのかを体感で確認する。

 『強化』の場合は滑ったり滑らなかったりと、感覚に違いが出るのに対し、『摩擦』の場合はしっかりと地面を踏みしめ、グリップが効いている感覚があった。加減を間違えると体育館の床をゴム底でキュッ! と、踏みしめる感覚に近くなって、下手したら勢いで転んでしまいそうなほどの摩擦感が出るが、割と調整は難しくなさそうな印象だった。普通の地面と大差なく動けそうだ。

 どうやら『強化』の場合だと、発生する摩擦を強化するので、摩擦自体が少ないと強化される摩擦も小さくなってしまうため、滑りにくくなっただけで、滑る時は滑ってしまう。

 対して『摩擦再現』は直接、摩擦現象を作り出すので滑る心配がないと言う事だ。

 例えるなら『強化再現』はスタットレスタイヤで、『摩擦再現』は登山用スパイクシューズと言ったところだろう。

(これなら、地形に惑わされる……、心配もない、ね……)

 結論付け、再び周囲を観測する。自分のいる位置は渓谷の谷側、その浅い部分にあるらしいが、周囲が氷の崖に囲まれているため、多少視界が悪い。同時に身を隠せていると判断できる。

 改めて氷の壁を覗くが、奥まで見通すことはできそうにないので、問題なく死角として機能しそうだ。

 今回は対戦相手が近くに表れた気配もないので、まずは探すところからスタートする事になりそうだ。

(このパターンは初めて……。奇襲のチャンス、が、できた……?)

 この好機を活かすため、何としても自分が先に弥生を見つけたい。しかし、決勝になってまで、こんな見栄えの無い、観客が空きそうな『捜索』の過程を作るとは思わなかったため、それ系統の準備はしていない。いいとこ『感知再現』で相手に気付かれぬよう探すくらいしか思いつかない。

「弥生なら、匂いで見つけてきそう……」

 『ベルセルク』の特性上、ありえるかもしれない可能性に苦笑いを漏らした時、“それ”は自分の体を過ぎ去った。

 まるで水面に一石を投じた際にできた波紋を受けたような感覚。それは紛れもなく『探知再現』による捜索が行われ、自分が発見されたことを表していた。

 どうやら弥生の方は『探知再現』で手っ取り早く見つけることを選んだようだ。

 これは奇襲するのは難しいと判断し、迎撃の態勢に移行する。

 さて、弥生はどこから仕掛けてくるだろうか? 相手に位置がばれている以上、自分も『探知再現』で居場所を把握しよう。そう思った矢先である。

 

 ガッシャンッ!! バッシャンッ!! ドガラシャアアアンッ!!!

 

 氷でできた城の方角。空気を震わす轟音が鳴り響く。視線を向ければ、氷の城、その門扉が盛大に破壊され、そのまま真直ぐ菫目掛けて、途中の氷山が破壊されていき、氷の飛沫が霧の如く舞い上がっていた。

「あ、弥生だ……」

 もはや隠れるまでもなく、それどころか自分の居場所を知らせるかの如き猪突猛進の移動。何気にものすごい勢いで近づいてる辺りが恐怖なのだが、短絡的すぎる行動にもはや達観しかない。

 とはいえ、明らかに油断できる勢いではないので、呆れながら『繰糸(マリオネット)』用の剣を生徒手帳から取り出し、空中に待機させる。襲い掛かって来たところを速攻で迎撃し、相手の出鼻を挫く目論見だ。

 菫は弥生とは接近戦はせず、中距離戦で上手く戦う事を選んでいる。弥生相手に近接勝負は自殺行為以外の何物でもないからだ。

 迎撃態勢が整うギリギリのタイミング、何気に余裕のなかった間を持って、正面の氷壁が粉砕される。

(来た……ッ!)

 菫は『剣弾操作(ソードバレット)』を準備、一斉に撃ち出し、迎撃しようとする―――が、咄嗟にその行動を躊躇させられる。

 氷塊を打ち破り現れた甘楽弥生。地を踏みしめまっすぐ飛び出す一つの影。瞬時に左右に分かれる二つの影、飛び上がり襲い掛かろうとする三つの影、それらに続こうとする複数の影―――影、影、影、複数の甘楽弥生が一斉に現れ、一斉に菫に襲い掛かって来た。

 

群獣狩猟(ベルセオス・ポッラ・テレシウス)!!!】

 

 群となった弥生達のくちから咆哮の如く告げられる技。ジーク戦で見せた群れとなって襲い来る攻撃が序盤でいきなり発動されていた。

 

 

「うっそだろおいっ!?」

 驚愕の声を上げたのは正純。しかし、その感想は観客全員共通の物だ。

 弥生の使うこの技は、ある程度『ベルセルク』がギアを上げた状態でないと使えないことは既に知られていた。だというのに、まさか序盤でいきなり使ってくるなど、誰にも予想できなかった。

 弥生が菫を取り囲み、一斉に襲い掛かる中、長い付き合いから、この状態を作り出した仕組みに思い至ったカグヤは悲鳴じみた声で驚愕する。

「弥生の奴……っ! ジーク戦以降、ずっとギアを下げずに維持してやがったのかっ!?」

 『戦神狂ベルセルク』は戦場にある緊張感を高めることで強化のギアを上げていくことができる。だが、戦闘状況が終了すると、ギアが一気に落ち、強化された能力は0に戻ってしまう。

 ならば、敵を倒し勝利しても、戦闘は継続していると判断し、精神を研ぎ澄ませ続ければ、上げたギアを落とすことなく維持する事ができ、今回みたいにいきなりトップギアで斬りかかることもできる。

 理屈はその通りだ。だが、実際にやるなどまず不可能だ。一度能力を使い果たしたことに加え、決勝まで丸一日も間が開いているのだ。戦闘状況でもない状態で精神を張り詰め続けるのは容易な事ではない。そもそも二回の睡眠も挟んでいるのだ。肉体は勝手に休息状態となり『ベルセルク』は解除されてしまうはずだ。

(いったいどんな精神状態でそれを維持したって言うんだよっ!?)

 驚愕の中、カグヤの言葉を皆が呑み込む間もなく、全ての弥生が菫を囲み、それぞれ別角度から順次攻撃が開始される。ジークほどの圧倒的な戦闘能力も武器もない菫は、瞬く間に体を切り刻まれ―――敢え無く決着がついてしまう。

 

 ―――はずだった。

 

 

 

 

 ガキィンッッ!!

 

 響く金属音。皮切り続く断続的な鉄を打ち鳴らす音。

 

 ガキィンッッ!!  ガキィンッッ!!  ガキィンッッ!!  ガキィンッッ!!

 ガガキィィィィンーーーッッッ!!!!

 

 何十人にも分身した弥生が絶え間なく攻撃していても、その刃は一切合切弾き返されていく。

 菫は何もしていない。ただ佇んでいるだけだ。それでも弥生が襲い掛かる度に、鉄の音は鳴り響き、全ての攻撃が弾き返されていく。

「『剣の繰り手(ダンスマカブル)』……剣よ、群なす獣を迎え撃て……ッ! 『狂獣狩る剣群の狂想曲(ナイン・カプリッチオ)』……ッッ!」

 菫の口から、その言葉が紡がれる。

 弥生がいきなりベルセルクのギアをトップ状態に持ってきたのに対し、菫もそれと同等の“業”、“新必殺技”によって迎え撃っていた。

 斬りかかる弥生の群れ全てに対し、弥生の周囲を絶え間なく旋回する八つの剣が、寸分違わぬタイミングで射出され、次々と迎撃し、相殺していく。

 菫の『剣の繰り手(ダンスマカブル)』は前以って決められたパターンを自動(オート)で動かすものであり、自身で動かしている物ではないため、咄嗟の判断に対応できない。にも拘らず、攻撃を全て受け止めることができていると言う事は、その全てを読み切られていると言う事になる。

「……、『群獣狩猟』(その技)は一度ジーク戦で観、た……。実体の分身を作り出しているわけではなく、加速により分身を作って見せているだけだとも、もう解っている……。なら、分身を作り出し続けるため、に……、常に動き続けなければならないし、動き続ける限り、攻撃を加える順番(、、)には必ず、パターンができる……。なら、後は試合映像を何度も見直して、パターンを解析すれば、対応パターンを作り出せる……」

 獣群に囲まれ、常に襲われているはずの菫は、まるでそれが微風程度の物でしかないと言わんばかりに剣の切っ先を突きつける。

「一度見た技は通じない……っ! Aクラスを舐める、な……っ!」

 いつもの抑揚のない声で、まったく変わらぬ表情のままで、しかし圧倒的強者の眼光を持って、菫は弥生の技を一つ、打ち破る。

 

 

 

「はんっ! 抜かしよったは、あの小娘っ!」

 菫の宣言に沸き立つ会場、その声援の中、シオンは呵々大笑(かかたいしょう)して鼻を鳴らす。

「確かに、私達Aクラスなら、一度見た攻撃にパターンがあれば、対応する手順を作ることくらいはできるけれど……、ん、ん、ん~……、ああ、なるほど、このリズムパターンね?」

 試しに指でリズムをとりながら確認したサルナが、菫のやったことはAクラスにとって、さほど難しくない技術で出来ることを確認し、しかし、間を置いてから首をひねった。

「相性によっては、それでも対応しきれないかしら?」

「少なくともここにいる我らなら誰でも対応できよう。むしろ一人Dクラスの貴様はどうなのだ? 『黒の英知』よ?」

「愚問。パターン化されている物程度が、我に通用する類の物ではない」

 っと、当然のように返した詠子だったが、心の中では―――、

(できるかそんなのっ!? いや、パターンさえ解れば、魔術書の自動詠唱オンにして、自動反撃or自動防御くらいできますけどっ!? “パターン”って何っ!? どんなパターンよっ!? まったく分からないんですけどっ!?)

 ポーカーフェイスを崩すことなく、しかしメチャクチャ慌てていた。

 何気にサルナあたりから、眼差しに疑いの念がこもり始めていたが、素知らぬ顔で通す。せっかく手に入れたこの楽園、まだまだ満喫して見せるためにも、詠子は全力で戦い続ける。

(私の戦いはこれからだっ!!)

 

 

 

 地を蹴り、四方八方から剣戟を放つが、全てが予定調和(オート)で迎撃され、一太刀すら届かない。更にギアを上げて対抗しようと激しさを増してみるが、狙ったように迎撃のリズムが加速する。完全にこちらの行動を読み切られている。

(『群獣狩猟(ベルセオス・ポッラ・テレシウス)』を余裕で防がれるとはさすがに思わないよ、まったく……。切り替えないと、いつまでたってもイタチごっこだ)

 加速分身を維持するとパターンが読み取られて、簡単に迎撃されると納得した弥生は、瞬時にスタイルを変更。数多いた分身が消失し、一人の弥生が全身を振り被って勢いよく横薙ぎに捩じる。

「ベルセルク第三章…『破城槌(はじょうつい)』!!」

 独楽のように回転し、二刀の剣を叩き込む強力な一撃。それを弥生は、菫にではなく、その手前の足場に放つ。城門を打ち砕く一撃は、氷の床を粉砕し、菫の足場を衝撃と共に打ち上げる。氷の粒が白い煙となって巻き上がり、菫の体が高々と舞った。

 すかさず地面を蹴飛ばす弥生。『強風の加護』を纏いて、空中での機動力を得、宙に浮いた菫に追撃をかける。

「第一章……!」

 右の剣を一杯に引き、刀身に『特化強化再現』(トパーズイエロー)の輝きを纏わせ、『強風の加護』と合わせた空中加速を追加した突きが放たれる。

「『突貫』ッ!!」

 剣を足場にする以外、空中戦の仕様を持たない菫は、加速した弥生の突きを躱すことができない。持ち前の超反応で対応しても、手持ちの剣で引っ張るくらいの事しかできず、それでは間に合わない。腕か脚、どこかは持っていかれるであろうタイミング。観客席の悠里が思わず拳を握るほどの絶妙な反撃に―――、

 

 トン……ッ! と、

 

 菫は宙を蹴って(、、、、、)躱してみせた。

「ふぇ……っ!?」

 呆けた声を上げてしまいつつ振り返った弥生に、菫は『剣弾操作(ソードバレット)』撃ち出す。咄嗟に剣を防御に構える弥生だが、衝撃に弾き飛ばされ、右肩と左足に刃が掠める。

 そのまま勢いよく地面に叩きつけられた弥生は、瞬時に起き上がり宙に立つ(、、、、)菫を目視で確認する。どうして飛べないはずの菫が、宙を蹴って避けることができたのか? その答えをあっさり見つかり、菫も隠すことなく堂々と告げて見せた。

火元(ヒノモト)(ツカサ)作『ソードブーツ』……、これで私も()べる靴を手に入れ、た……」

 彼女の靴底にはスケートの様な刃が取り付けられていた。通常刃は靴底に完全に収納され、隠されていたようだが、能力を利用して刃を靴底から取り出し、スケート靴のようにも出来る仕掛けになっているようだ。また、靴底に刃が仕込まれたことにより、その刃を菫の能力『繰糸(マリオネット)』で操ることで、瞬時に足場として活用可能であり、今のように空中で浮くこともしやすくしていた。

 その事に驚く暇もなく、菫は生徒手帳を指で挟みながら「さらに……」と続け、新しい剣を八本取り出す。

 それらの剣は全て、投擲を目的とされた剣。銀白色に輝く金属ででき、刀身には幾何学模様の様な溝が刻まれ、投擲時の風圧を利用し、更に鋭く真直ぐ飛ぶように細工されていた。

金光(かねみつ)(そう)提供『ミスリル製:ソード・シェル』……」

 Eクラスへの礼儀として、武器の提供者の名を告げ、空中で待機させた剣を『剣弾操作(ソードバレット)』で撃ち出す。

「……ッ!」

 瞬時に対応した弥生の剣に、エメラルドグリーンの輝きが纏う。『特化強化再現』による耐久及び、連射強化による連続パリィ。撃ち出されたミスリルの剣を、己で撃ち落とす。

 

 ガッギィィィンッ!!

 

 刃と刃が衝突した瞬間、重たい衝撃が弥生の手に伝わる。

 歯を食いしばって耐え、次の攻撃に刃を間に合わせる。

 連続して響き合う重低音の金属音。バシリ……ッ! と、弥生の手元で不吉な音が鳴る。

 彼女が視界の端で捉えたのは、亀裂の奔った刃。

 トドメとばかりに迫る銀白色の剣に、しびれる手で無理矢理間に合わせ―――、

 

 バギャァァンッ!!

 

 左右の剣は砕け散る。菫の撃ち出した剣で『特化強化再現』の上から叩き潰された。

「く……ッ!」

 瞬時に胸ポケットに納めた生徒手帳をタップして、新しい剣を呼び出す。

 同時に菫も素早く新しい『ソード・シェル』を空中にばらまくようにして補充。『剣弾操作(ソードバレット)』で撃ち出す。

「第二章……ッ!!」

 『ベルセルク』のギアを上げ、刀身をエメラルドグリーンに輝かせ、撃ち出される剣を迎撃していく。

 三本叩き伏せたあたりで片方の刃に皹が奔った。四本目を受ける時には砕けてしまい、新しい剣を出す必要が出る。菫がその隙を逃すことなく高速の剣弾を放つ。片方の剣では対処しきれない。新しい剣を出すのに一瞬の隙ができてしまう。

(足も使って回避……ッ!)

 瞬時にステップを交え、躱しながらの迎撃に切り替える。

 だが、間に合わない。

 どうしても躱しきれない剣を迎撃し、己の剣に亀裂を走らせ、砕けたら新しいのを出すために隙を作ってしまう。前に出ようとしても、頭を押さえる様に見事なタイミングで剣弾が放たれる。

 やむなく躱し、迎撃し、剣を砕く。そして隙を撃ち込まれる。

 一方的なパターンが完成してしまい、次第に弥生の体に傷が増える。生まれた隙に対応しきれず、刃を受けてしまう。菫の狙いを正確さが増し、次第に深い傷が増えていく。

「う、うあ、ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 たまらず悲鳴のような声を上げる弥生は、体を縮ませるように防御に徹しながら下がる。菫はそこに容赦なく剣の雨を降らせ、弥生の体と剣を削っていった。

 

 

「な、なんか一方的な展開になってないか……!? なんで弥生があそこまで苦戦してるんだよ!?」

 彼女と戦った経験から信じられない様子のジークが、答えを求める様に呟くと、前の席から自慢げな声が返って来た。

「ふっふっふっ、アレこそ、僕の能力『幻金錬成(ヴィジョンアルケミー)』により作り出した合金! 『ミスリル』や! 相手が鉄程度の武器なら、どないな『強化再現』施そうが関係あらへん! 基本となら材質が違うんやからなっ!」

 高らかに笑いながらオーバーアクションで答えたのは、金光創。刻印名幻金練師(ヴィジョンアルケミスト)を持つ、あらゆる金属を作り出す錬金術師である。

 自分が提供した物質で選手が有利になっていることがよほど嬉しいのか、身振り手振りを交えて、自分の功績を自慢しまくっている。

「イマジネーター同士の戦いなら、自分の能力で戦い優劣を決めるんは至極当然。せやったら、生産課のEクラスが武具を提供してやれば、そいつは二人分、三人分の能力を使用してんのと同じやっ! つまり! Eクラスの武器を持つ選手は最強やっ!! ナーーッハッハッハッ!!」

「そしてあの武器も私がこの手で作った……っ!」

 創に続いて、司が目を光らせながら、静かに、しかし御満悦の怪しい表情で付け足す。

 高笑いする創と、妖しく笑う司。二人の対照的な笑いに、思わず押し黙ってしまうジーク。彼女の隣に座っているカグヤは、依頼した本人であったのだが、予想以上に圧倒している姿に少々呆け気味であった。

義姉様(ねえさま)から聞いて、“イマジネーターは、イマジネーターが作った武器を使いこなして一人前だ”と聞いていたけど、ここまで差が出る物なのか? ヤベェ……、俺もなんか貰っておくべきだった……)

 菫への依頼を優先するため、司相手に我流の“交渉”をしてしまったので、自分の分を頼み辛くなってしまった事を、今更激しく後悔するカグヤ。大変悔しいので、この映像を見た後に、どうせ皆すぐにEクラスの武装で固めるに決まっているので、アドバンテージはないから悔しがる必要などないと、心の中で言い訳して慰めた。

「正直びっくりです。Eクラスの武器を所持するというだけで、弥生さんが為す術無くやられるなんて……!」

 カルラも、状況を正確に分析した結果、どう足搔いても弥生の力では対処できないと言う事を看破し、呆然としてしまう。

 っと、そこに静かに、不敵に笑う声が挟まる。

「はっはっ、これで決着が付いたと思ってるんやったら、大間違いやで……」

「え?」

 声を漏らした先、カルラから左前方の席にて、イング・アルファが期待に満ちた笑みを浮かべている。

 ―――と同時、スクリーン内で菫がトドメとばかりにソード・シェル八本を同時射出した。回避も防御も不可能とされる驚異の攻撃に、悠里が悲鳴のように声を上げる。

「弥生ーーーっっ!!」

 スクリーンの向こう、砕けた剣を捨てた弥生が、自分の腰に手を回す。

「見せてやりぃ弥生! アンタの魂―――っ!!」

 

「「『魂創器』―――っっ!!」」

 

 観客席のイングと、戦場の弥生の声が重なる。

 弥生が腰から抜き去った短刀が、彼女の唱和と共に握られた瞬間、それはイマジンの緑粒子を迸らせ、一本の長槍となった。長槍は弥生の手に操られ、八本の刀剣を瞬く間に弾き返してみせ、まったく傷一つ残さない。

 瞬時に菫が追加の剣を撃ち出すが、それら全てを弾き返し、皹一つ作ることはなかった。

 さすがに攻撃の手を止めてしまう菫に対し、弥生は槍を長剣に変えると、無造作に一振り。彼女の周囲に獣の意匠が施された幾多武器が出現し、侍る様に待機する。

 驚愕する菫に、天を見据えるが如く睨み上げた弥生は、宣戦布告でもするような語気で、その武器の正体を明かす。

 

「イング・アルファ作『魂創器』……『|獣群武装眷属《アーメス・ベルセルク・グランデス・サーヴァント》』」

 

 

 3

 

 

『おおぉーーっと!? これはぁ~~っ!?』

 菫が撃ち出すミスリルの剣を、魂から作り出された弥生の剣が、迎え撃ち、劣勢であった状況を覆し始める。この白熱の展開に、実況は観客と共に盛り上がる。

『Eクラスの武装で固めた八束選手が、圧倒的な物量によって押し勝っていたかと思えた状況! 甘楽選手も同様にEクラス武装のお披露目で、状況をイーブンに戻しましたぁぁーーっ!! まだまだ勝負の行く末は分かりませんよぉ~~~っ!?』

 菫の優勢は、弥生のパリィを封じることで成立していた。

 『戦神狂ベルセルク』が、戦いと共に強化される性質を持っていたとしても、空中にいる相手と距離を詰めるには、どうしても直線的な軌道が必要となる。そうなれば菫の剣を回避する事はできず、真っ向から受け止めるしかない。だが、ミスリルの剣で撃ち出される『剣弾操作(ソードバレット)』は、『特化強化再現』を施した弥生の剣でも、受け止めきることができず破壊されてしまう。攻撃を受けきれなければ撃ち抜かれてしまう。次を取り出すまでの隙もできる。更に時間をかければ、菫でも弥生の動きを追えるようになり、回避も困難になっていく。

 それらの要因が重なり、弥生は一方的に苦戦する結果となっていた。

 だが、今の弥生には、ミスリルを受け止めることのできる武器がある。パリィを取り戻せば不利益はなくなったも同然。あとは菫が中距離を維持できるか、弥生が近接戦に持っていけるかの勝負。

 本来ならそこでイーブン。実況の言ってた通り互角の試合となっていただろう。

 違ったとすれば、弥生の手にした『魂創器』は、彼女のバトルスタイルを大きく広げたという事だ。二本の剣を手にする弥生は、左右の剣を巧みに使って迫りくる刃を迎撃していき、少しずつ前へと足を踏み出していく。攻撃を受け止めることができるようになったおかげで、攻撃のパターンなどを読み取る余裕ができた。回避と同時に前進する動作も加わり、僅かではあるが菫との距離が縮まる。

 距離、変わらず中距離。されど、飛び出し一歩踏み込んだそこは弥生の距離に入る。

「投擲槍!」

 弥生が『魂創器』に命令すると、それに応えた魂の武器は、二本の剣から二本の短槍へと姿を変える。それらを手にした弥生は、弾幕の間を縫うようにして振り被り、一気に槍を投擲した。

 

 バチュンッ!!

 

「ひぇ……っ!?」

 顔のすぐ横を通り過ぎた短槍に、思わず声を漏らす菫。彼女の視界には、もう片方の槍を振り被る弥生の姿が映る。

 

 バギュインッ!!

 

 咄嗟に迎撃に撃ったミスリルの剣が、槍の軌道を変えるが、弾かれた剣は、かなり遠くに吹っ飛んだ。

(どんな剛腕してる、の……ッ!?)

 ちょっと涙目になる菫に対し、弥生は両手に新たな槍を手にして構える。

 これ以上撃たれてなるものかと、剣を速度重視の射出から、操作性重視の剣舞に切り替える。射出速度こそ落ちるものの、周囲から自在に操られる剣の群れには、それなりに手を焼かされ、投擲のために振り被る暇はなくなる。

(これで、向こうの攻撃は封じた……?)

 速度が落ちれば一気に突っ込まれる可能性は充分にあったので、対応しつつも様子を伺い、やや後方に流れて距離をとっていると、弥生は瞬時に対応を見せた。短槍を投げ捨てると、両手を左右に開く。すると、彼女の手に双剣が出現し、手に収まる。刃渡り30cmほどの双剣を手に、向かってくる剣舞をいなし、隙あらば剣を投擲に使用し、また新しい双剣を手に呼び出す。

 菫はブーメランの様に回転しながら飛んできた双剣を自分の持っている剣で弾きつつ、油断なく弥生の動向を伺う。しかし、弥生は双剣を投げる以外の撃ち合い以外はせず、他に新しい動きを見せない。

 

 ―――見せないと言う事は既に何かされているという事だ。

 

 結論付けた菫が視野を広げ、自分の周囲にも注意を向けて気付く。いつの間にか自分の周囲を旋回している無数の双剣の存在があることに。

(本当にブーメランみたい、に……、旋回する性能がある、のか……、そういう風(、、、、、)に投げてだけなのか知らない、けど……!)

「ヤッカイ……ッ!!」

 『剣の繰り手(ダンスマカブル)』で剣を一本だけ操作し、周囲に旋回するすべての双剣を叩き落す。

 その一本分の隙に弥生は身構えた。

 彼女を中心に武器が出現する。

 手裏剣、ブーメラン、チャクラム、短剣、双剣、短槍、長槍、手斧、針、鉄球、手榴弾、ポーラー、ダーツ、投石、火炎瓶、苦無、巨大手裏剣、etc.……。

 数多飛び道具が空中に出現し、出現した一方から弥生の手により射出されていく。

 それらはミスリルの剣と相当の素材でできた、菫の能力と同等の威力で射出され、圧倒的な物量と連射速度を叩き込む。

 あっと言う間に正面から撃ち合いに押され始める菫は、慌ててミスリルの剣を新しく補充しながら連続で射出するが、まったく追いつけず、いくつもの攻撃が彼女のすぐ脇を掠めていく。

「ひゃ、ぇ……っ!?」

 髪の端を捉えた一撃に思わず首を竦めた一瞬。両手にハルバードを手にした弥生が、砲丸投げの要領で体全体を回転させ投げつけた。ミスリルの刃をいくつも巻き込み正面から飛来してきた一撃を、身を逸らしてギリギリ避ける。

 同時に菫は足の剣を操って空中移動、その場を猛スピードで離れる。

 そのすぐ後ろを、弥生が隙ありと言わんばかりに『強風の加護』を纏って追いかけくる。もし、菫が逃走を選んでいなかったら、首を切り落とされていたのではないかと言う速度。菫は冷や冷やしながら、次の策に切り替えるべく、亀裂が走ったように伸びる崖に沿って移動する。

 菫が『繰糸(マリオネット)』で操れる剣は現状八本が限界だ。これは能力的な制限ではなく、現在菫が不足無く、効率良く発揮できる最大本数が八本と言うだけで、精密性を捨てれば十本、二十本の剣群を一度に操作する事もできる。だが、剣の数が増えれば、それだけ一本一本に向ける意識を取られ、操作性は落ちる。集団戦はもちろん、速度の速い相手などを相手にする時は、剣に意識を残しておく余裕はないだろう。操り切れない数など、量産しても無意味だ。そう言う意味において、自分の剣を足場にする空中戦戦術は、足場にする剣への意識が大幅に取られて非効率的だった。だが靴に仕込んだ刃を操作するのは、常に自分の足に密着しているので負荷をかける場所が地面を踏みしめる感覚と同じにできるので容易い。その容易さは菫が攻撃に使用する八本の剣とは別にカウントできるほどの容易さだ。

 崖沿いに移動しつつ、菫は常に八本のミスリルの剣を従えて戦える。これは移動中しながらの攻撃も可能にしていた。

 後方から弥生が左右の崖を蹴りながら追いかけてくる。『強風の加護』で飛距離をかなり伸ばせる上に風の抵抗なく素早い。普通の追いかけっこでは追いつかれてしまいそうだが、もちろん菫が追いかけっこに興じるわけもない。

 速度落さず、従えた剣で狙いを定め二本放つ。

 弥生は『魂創器』を双剣に変えて投擲し、この二本を迎撃。速度落さず追跡する。

 瞬時に狙いを変えた菫が更に二本放つ。狙いは弥生の進路上、上部崖。

 ミスリルの剣が着弾すると、その威力にミサイルでも撃たれたのかと見紛う爆発が発生。大きく亀裂が入り、大小多くの氷塊が崩れ落ちる。その氷塊は弥生の進路頭上に降り注ぐ。

 気付いた弥生の反応も早い。『強風の加護』を纏う事で空中の動きに対する滑らかさを得、更に『ベルセルク』の学習能力で状況に適した最短最善の体捌きを持って減速無く、氷塊の雪崩をすり抜けていく。

 そこを狙い、菫の『剣弾操作(ソードバレット)』が氷塊の陰から射出される。

「―――ッ!?」

 寸前で気づいた弥生は仰け反る様にして躱す。上下左右から氷塊の陰に隠れる様にして次々と剣弾が射出される。

 氷塊を足場に、ピンボールを思わせる乱反射で飛び回り、超高速回避移動を行いながらも追撃の速度を落とさない。武器は敢えて引っ込め、回避に集中。その上での前進。互いの差が僅かにだが迫っていく。

 無論、Aクラス()がその状況に甘んじるわけもない。射出する剣のリズムを僅かに変え、四方八方、氷塊と剣の完全包囲での同時攻撃を作り出す。弥生に逃げ場はない。

「第一章―――ッ!!」

 

 ガガッ!! ガッ!! ガキィィンッッ!!

 

 氷塊と剣群が弾き飛ばされ、宙を漂う。弥生の手には『魂創器』による多節棍(たせつこん)が握られ、全身で操る様にして全ての攻撃に対応させていた。

「『無双』……!」

 高速一回転。合わせて捩じれる多節棍が周囲一帯を薙ぎ払う。

 多節根を消し、いくつものスローイング・ダガーを両手に呼び出し、氷塊蹴って飛び出しながらの反撃投擲。

 思いのほか速い投擲に、少し慌てながらも、弥生から直線状にしか来ない攻撃だと判断し、すぐに計算。安全圏を割り出しつつ最低限の動きで回避。こちらも氷塊を破壊し応戦する。

 弥生は、今度は回避を選ばなかった。変わりに手にしたのは巨大な大槌。いくつかの氷塊を避け、目当ての大きな氷塊に飛びつくと、思いっきり振り被る。

「うりゃああああーーーーっっ!!!」

 

 バッゴンッッッ!!!!

 

 轟音とともに砕けた氷塊はライフル弾並みの速度で、散弾の如く降り注ぐ。

 さすがの菫もこれには慌てて体を捻る。前進したまま体の前後を入れ替え、両手を掲げると、三本の剣を自分の前で高速回転し、盾とする。

 逃さぬとばかりに弥生の更なる追撃。まだ空中に残っている氷塊を次々と殴り飛ばし散弾を継続。菫を防御に集中させる。

 最後の大きめの氷塊に飛びつく。だが、弥生の手には大槌がすでに消滅し、弓の形へと姿を変えている。

 体を横向きにし、氷塊の陰から最低限の体だけを出し、菫に感知されるよりも早く、その矢を放った。

(第二章……『撃墜』ッ!)

 放たれた強弓。周囲に後れて衝撃波を撒き散らすほどの一矢は、菫の五感よりも速く、彼女の心臓へと迫る。

「―――ッ!?」

 瞬間、菫は訳も変わらないまま体を捻る。ギリギリで発動した『直感再現』の警告が脊髄反射として機能し、菫の思考を置き去りに回避行動をさせた。

 それでも矢は回避しきれず、三本のミスリルの剣ごと、彼女の左腕を撃ち抜いた。

「きゃああああぁぁぁ~~~……っ!!」

 あまりの激痛と衝撃に悲鳴を上げて墜落する菫。不運にもその衝撃で生徒手帳が懐から零れ、誤作動で取り出されたミスリルの剣が宙にばら撒かれるが、それらが自由落下を始めるより速く、菫は崖下に叩きつけられる。

 深さ三十メートル以上はあろう崖下に墜落した菫。一瞬全身が痺れ、行動が遅れる。

 壊さずに残した氷塊を足場に、弥生が全力の跳躍。菫に迫る。

 気付いた菫が腕に刺さった矢を無理矢理引き抜き、前転する勢いで飛び退く。

 爆発。ミサイルの着弾の如き踏み込みで着地した弥生の足が、一瞬前まで菫のいた地面を陥没させる。ひび割れ粉砕する氷の地面。両手にデザインの異なる二本の剣呼び出した弥生が、菫に斬りかかる。

 

 ガギィィンッ!!

 

 一閃交差。空中前転の途中に近い無理な態勢でも、菫は手にしたミスリルの剣で見事に応戦する。だが―――、

「もう距離は取らせないッ!!」

 裂帛の気合の下、更に一歩踏み込んだ弥生。左右から次々と放たれる剣激。赤、青、緑、黄色と『特化強化再現』を巧みに使い分け放たれる無数の斬撃。虹彩色の軌跡が応戦する菫の体を掠め、僅かな血飛沫が短く上がる。

「この距離を……っ! ずっと待っていたッッ!!」

 更に一歩前進。さらに激しさを増す剣激。防ぎきっても圧だけで潰しそうな気迫に、菫が防戦一方で、完全に動きを止められる。

「……っ! 待ってたのは(、、、、、、)……っ!」

 凶悪な剣激の嵐に耐えながら、菫は精一杯の一撃を返しながら叫ぶ。

こっちです(、、、、、)……っ!!」

 刹那、幾条もの銀白色の閃光が弥生の頭上から襲い掛かる。

「―――ッ!?」

 全身を貫く激痛に顔をしかめる。視線だけで確認したそこには、ミスリルの剣が地に突き刺さっている。

(さっき空中でばら撒いたやつ……っ!? わざとばら撒いたのか……っ!?)

「やああああぁぁぁぁーーーーーっ!!」

 弥生が理解するタイミングに合わせ、菫が手にする剣をフルスイングで横薙ぎに斬り付ける。刀身には淡い緑色の粒子が纏い『強化再現』と『糸切り(イトキリ)』のイマジネートが加わっている。

「……っ!?」

 左の剣で受け止め、僅かな減速を与えている内に後ろに飛び退く。

 瞬間、豪雨の如く降り注ぐミスリルの雨。歯を食いしばり『ベルセルク』の直感で回避する。

 菫は間髪入れない。地に突き刺さった剣を能力下(のうりょくか)に置き、左右正面から斬り付けさせる。

「『破城槌』!!」

 全身を捻って回転し、遠心力と膂力を掛け合わせて、クリムゾンレッドに発光する刀身を振り抜く。四方から迫る全ての刃を吹き飛ばし、その一本が菫に向かって跳ね返っていく。

 だが、跳ね返った刃は頭上からの閃光で叩き伏せられる。

 構わない。弥生は踏み込み、再び接近戦に移行―――、

「もう……っ! させないッ!!」

 菫が剣を振り下ろし、頭上に漂う全ての剣に一斉に指示を出す。切っ先が全て弥生に集中し、閃光の雨が流星の如く降り注ぐ。それは、形だけ見れば、まるで正純戦で見せた流星群の如く―――。

「『模倣・十二宮・剣群流星の小即興曲(メテオ・クアンタ・インベンション)』!!」

 あの星の大魔術を模倣した必殺技。菫は準決勝戦での苦汁を忘れることなく、その技すら吸収し、己の技へと昇華して見せた。

 配置は既に上空に散らばり、操作は全力での射出のみ。これだけ御膳立てされた状態なら、菫の操れる限界数八本は、ないも同然。一度に無数の剣を操作し、断続的に撃ち出すことが可能となる。

 もちろん弥生も瞬時対応し、上空の攻撃を体を逸らして避けつつ、避け切れない攻撃は左右の剣で弾き返す。だが、上手く前進できない。そもそも人間の構造上、頭上の攻撃と言うのは対応し難い。故にできるだけ回避主体で対応したいのだが、速度と数が多すぎて、走り回るというわけにもいかなかった。もし一直線に走り出したとしても、菫なら遅れることなく狙ってくる。数も多いので先回りして撃たれる場合もある。そうなったら足が止まってしまい、狙い撃ちにされるだろう。なので、体を逸らすか、剣で受け流すかして対応する方が、最善最良の手となる、はずだった……。

(いった)……ッ!?」

 パシリッ! と何かが頬に直撃した。衝撃は軽いが、易い攻撃でもない。それは頬だけではない、体中にパシリッ! パシリッ! と無視できない衝撃が襲ってくる。

(なに……っ!?)

 銀白色の流星群を剣で弾きつつ視線を一瞬、下方に向けた時、その正体に気付く。それは氷の粒だ。上空から墜落したミスリルの剣が、足場の氷を砕き、その破片が凶器となって自分に襲い掛かってきている。

 偶然、と言うにはあまりにも相手が悪すぎた。そもそも自分に降りかかる氷の粒が明らかに多い上に、粒の大きさも中々に大きい。攻撃の意志は明白。菫による計算づくの攻撃。

(天からは流星、地からは霰って……? 対応しきれるわけないいやらしい攻撃だ……っ!)

 明らかに攻撃力のある剣群の対応に集中しつつ、地味にダメージを蓄積させられていく弥生。いつの間にか前進は止まり、回避と迎撃に手がいっぱいになる。対応する武器も、二本の剣が最適と判断できるため、追加発注はない。

 不利な状況での膠着。だが、それは長くは続けられない。

 菫が空中に放った大量の剣など、この流星の中ではあっと言う間に枯渇してしまう。一体何本用意していたんだ?と言いたくなるほどの量ではあったが、配置していた全てが尽きる。いくつか上空に撃ち直した物もあったかもしれないが、それでリロードが間に合うような連射力ではない。

 最後の一本と思われる閃光が降り注ぐ。

 氷の粒で地味に傷だらけになりつつも、二つの剣をエメラルドグリーンとアクアブルーに輝かせながら、同時に叩き込み、閃光を弾き返す。

「あ……っ!?」

 弥生の口から思わず声が上がる。

 二つの剣が閃光を弾く寸前、剣が方向転換。変化球にバッターが対応できず空ぶるように、弥生の態勢が崩れ、剣は地面を抉る。

(フェイントッ!? なんで……っ!?)

 意味の解らないフェイントに驚愕した瞬間。菫が息を止めて力を籠め、剣を持ち上げる様に振り上げたのが見える。

 

 ガボンッ!!

 

 氷の砕ける音と共に、弥生の足場がめくれ上がった。

「ッ!? 正純戦の時の、泥を巻き上げた奴……ッ!?」

 菫は三本の剣を巧みに操り、地面にフォークで突き刺し、裏返す様にして氷塊を抉った。空中に投げ出された弥生は、そのまま地面だった氷塊の下敷きにされそうになる。

 左の剣を捨て、ゲートボールにでも使いそうなハンマーを呼び出す。

「でりゃああぁぁぁっっ!!」

 気合で振り抜き、十メートルはあったであろう氷塊を粉砕する。

 追撃が来るっ!

 咄嗟にそう考えた弥生が本能に従い、右の剣を捨て、瞬時に対応できる武器を使える準備をする。

 はしっ! と、小さな音が聞こえた。音の先、砕けた氷塊の向こうで、飛び上がった菫が空中から落ちてきた自分の生徒手帳を掴み取っているのが見えた。

 そして、“剣”が取り出された。

 ガラスの様な刀身に紅蓮の灼熱を閉じ込めた様な真っ赤な輝きを持つグレートソード。その切先を自分に向けられた瞬間、弥生は悟る。()()()()()()……。

 

火元(ヒノモト)(ツカサ)作:『サンドリヨンの刀身』 神格『炎砲・軻遇突智』!」

 

 神格の名を告げた瞬間、それがトリガーとなった。

 ガラスの刀身に蓄えられた神格の炎が、放火となって解き放たれる。

 『魂創器』であろうと何であろうと、丸ごと一撃で灰燼と化す神の炎が、弥生に直撃した。

 炎は(とどろき)、氷河を粉砕していく。その存在の全てを焼き尽くさんがために……。

 

 

 4

 

 

「オラァァァッ!! どうだっ! 作ってやったぞ東雲~~~っ!」

 そう言って布にくるまれた剣を菫に叩きつけるように渡した司は、かなり憔悴しきった表情で、ヤケクソ感のある雰囲気を漂わせていた。

「いや、まあ……、ありがたいんだけどよ? なんか大丈夫か?」

 呆気に取られる菫の横で、同じく呆気に足られる東雲カグヤが心配して訊ねるが、藪蛇だと言わんばかりに司に怒鳴られる。

「うるせぇよっ! あんだけ言われっぱなしで、おまけに剣ごと心折られて、平静でいられるわけねえだろぅっ!?」

「ああ……、まあそうだな……。すまん」

 『交渉』の事を思い出して、素直に頭を下げるカグヤ。

 司はなおも文句を言いまくり、黙って聞くしかないカグヤに半泣きになりそうになりながら憤慨する。

「ったく、なんなんだよあの素材っ!? 見た目は硝子みたいなのに無茶苦茶(かて)ぇ、かと思って強く叩き過ぎると雪の結晶の如く儚く砕けらぁ! おまけに水の温度調節がタイト過ぎだろぉっ!? ちょいと温度が変わっちまうだけで砂の城みたいに崩れやがるっ! 扱いに困るったらねえよっ! その一本を打ち切った事をよくぞと褒めてもらいたいねぇっ!?」

「もちろん褒めはするが、あの素材……、最初にも言ったが、ここじゃ雑草レベル―――」

「ああ~~~っ! うるせぇっ! ポリシーに反するが、今は聞きたくねぇやいっ! 素直に褒めるだけにしやがれっ!」

「おお、ありがとう」

 言われるまま頭を下げるカグヤを見て、司の溜飲も多少なり落ち着く。

 話が一区切りしたところで、菫は布をほどき、中にある剣を検分する。

 そこには刀身がガラスの様な透明な素材で出来た、両手持ち前提のグレートソードがあった。その刀身の透明度と言ったら、出来立ての窓ガラスの様に向こう側が透けて見える。角にある僅かな濁りと、表面が僅かに反射する光がなければ、そこに刀身があるなどとは気づけなかったであろう。そう思って感心していた菫だったが、隣から一緒に覗き込んだカグヤは微妙な表情をした。

「ん~~~……、やっぱ司でもここまでが限界か? 本当なら触らない限り見えんくらいになるはずなんだが……?」

「言うない……。私だって、もうちょいマシにできると思ってたんだよ。失敗し過ぎて素材不足になったんだから、イマジンで無理矢理補強してなんとか注文に見合うだけの物にはしてやったがな……。ぐ……っ! せめてあと半月は試行時間が欲しかった……っ!」

「いや、素材は元々足らなかったんだ。いくら上級生には雑草扱いでも、コネだけで持っていくなって釘刺されちまってな? 足りない分は職人の腕に頼ったつもりだったんだ。……、いや、だかしかし、時間を考慮に入れてなかったなぁ。イマジンが出鱈目過ぎて失念していたが、普通は数日で出来るようなもんじゃねえよな?」

「それ込みでももう一押ししたかったがな。もうちょい出来そうな気はしたが、時間には勝てなかった。それでも可能な限り力を費やしたつもりだぜ? 早速試してみろよ」

「そうするか。……カグラ」

 二人だけで話を進めて、置いてけぼりになってしまう菫を余所に、カグヤは自身の式神、カグラを召喚する。

 召喚されたカグラと並んだカグヤが、菫の持つ剣の刀身に向けて両手を翳す。

「菫、そのまま剣持っててな? 行くぞ、カグラ」

「うん」

 二人はお互いに頷き合ってから目を閉じて、意識を集中すると、刀身に向けてイマジンを送り込み始める。

 途端、透明だった刀身に、紅蓮の如き真っ赤な炎が浮かび上がる。まるで、ガラスの中で炎が燃え上がっているかのような不思議な光景。

 それは煮え滾る炎の術式。あらゆる物を焼き尽くす神の権能。神格、軻遇突智(かぐづち)の炎が、剣の中に吸い込まれ収納されているのだ。

「お、お兄ちゃん……? 割と神格込めてるんだけど……?」

「うわすっげぇ~~……、想像以上の許容量だな? なんかこっちが搾り取られそう……」

 ちょっとだけ顔色を悪くさせつつ、二人は最後まで刀身の中に炎の力を注ぎ切る。

 終わった時には二人して安堵の息を吐いた。

「ってなわけで、だ? 予想以上に司が良い感じの物を仕上げてくれた剣に、俺の軻遇突智の炎を蓄積(チャージ)しておいた。一発程度なら俺の使っている『炎砲』を再現できるだろ」

「え?」

 カグヤの発言にビックリする菫。彼女の瞳に疑問が映っているのを感じ取ったカグヤはできるだけ端的に説明する。

「これまでの戦いで、どいつもこいつも当たり前のように神格使ってやがったからな。何か対処法を用意した方がいいと思ったんだよ。特に正純みたいに神格持ってないくせに神格を引き出してくるタイプはマジで危険だ。弥生の『戦神狂ベルセルク』は正確には神格ではないが、派生能力の『ウルスラグナ』はまっとうな神格だ。ならこちらも神格武装の一つや二つは持っていた方が良いかと思ってな?」

 ひょいっ、と肩を竦めて見せたカグヤが、苦笑を浮かべると、司が引き継ぐように告げる。

「その剣の名は、灰色がかったガラスの様な刀身を持っていることだし、適当に『サンドリヨンの刀身』とでも名付けておくよ。その刀身はあらゆるイマジンを吸収し、収納し、排出する事が可能な一品だが、生憎私の力不足でねぇ? 一回使ったら刀身に甚大なダメージが入って、すぐに砕けちまうのさ」

「そんなわけで、もしもの時の切り札として、……っと思ってな? っつっても、決勝戦の切り札としては押しが弱い気もするんだが、正直俺にはここまでしか思いつかんかった。後は自分で切り札を用意しておいてくれよ」

 気楽に言うカグヤに対し、菫は彼の瞳を伺うように見つめる。何も言わずに見つめ続けるので、居心地が悪くなったのか、カグヤは疑問を浮かべる。

「ん? なんだ?」

「カグヤ、面倒見良すぎ……では?」

 こてんっ、と小首を傾げて尋ねる菫に、カグヤは「たしかに……?」っと呟いた後、自分があれこれ面倒見過ぎなのではないかと、一人で悩み始める。

「もしかして、余計なお世話しちまってるか? 口出し手出しやり過ぎてる感あるし……?」

「否定はしない、けど……」

 言葉を切った菫は、もう一度『サンドリヨンの刀身』に目を向けてから、その剣を抱きしめる様にしてから、言葉を紡ぐ。

「嬉しいから……、良い……」

 その頬が僅かに朱に染まり、いつも乏しい表情にささやかな微笑みを浮かべると、いつもより潤みの帯びた瞳をカグヤに向ける。

 彼女が初めて見せる表情に、ガッチリ固まってしまうカグヤ。

 それを見て、なんだか面白い物を見れたと言わんばかりの含み笑いを漏らす司。

「カグヤ……、私、勝ってくるね……」

 斜に構えるでもなく、穿った見方をするでもなく、茶化してきたりもせずに、ただ真直ぐに感謝の意を述べられ、カグヤはなんだか恥ずかしい事をしてしまった気分になって、珍しく照れ始める。

「あーー……、お前やっぱ、感情が表情に出過ぎだろ……?」

 

 

 菫の放った軻遇突智の炎を目にして、観客席のカグヤは思わず拳を握った。司は思わず「っしゃあーーーーっ!!」っと声を上げて喜んだ。

 回避も防御も不可能な最強の一撃が、これ以上ないタイミングで炸裂した。諸手を上げて喜ぶしかない。

 菫自身も視界が業火に埋め尽くされる中、はっきりと手ごたえを感じていた。

 回避は不可能。防御してもダメージは避けられない。弥生がこの一撃で沈むとはさすがに思っていないが、致命傷になるのは確実。『ウルスラグナ』の『剣の化身(黄金の剣)』を使うには言霊が必須。発動出来た隙はない。もしかしたら全力の一刀で切り払っているかもしれないが、この神格は、込めたカグヤとカグラ自身が『めっちゃ入った』と評した一撃だ。それで軽傷とはいかないだろう。

 ほぼ勝確(かちかく)となった状況に、心の中でガッツポーズを取る。

 ―――っと、その時だ。菫の目に異変が飛び込んできた。

 炎の様子がおかしい。全てを呑み込むようにうねっていた炎が、その流れを淀ませ、一方向に収束しつつある。

 この炎は菫には操作できない。銃で撃った弾丸の如く、引き金を引けば、真っすぐにしか飛ばないはずだ。

 ならばこのうねりは何か? そう疑問に思った瞬間、一瞬だけ世界が停止するような錯覚を得る。『直感再現』の加速。基礎技術『予測再現』の一つ『回答直感(アンサー)』が発動。『サンドリヨンの刀身』を操り高速回転させ、盾に使う。

 次の瞬間、弥生を襲っていた炎の全てが、丸ごと菫に襲い掛かった。

 回転する剣がその透明な刀身に再び炎を吸収させ、その刃の回転で切り払っていくが、一度射出した影響で脆くなっていたのか、刀身に亀裂が入っていく。可能な限りの剣を引き寄せ自分の盾にするが、炎は勢いを殺すことなく顎を開く。

 

 カシャアアーーーンッッ!

 

 ガラスが砕けるような儚い音を立てて、『サンドリヨンの刀身』が砕け散った。

 炎に呑まれる、衝撃に突き飛ばされる最中、菫は炎の隙間からそれを見た。

 

「アルト・ミラージ作:『試作神格反射盾(アンチミステリック・レプリカ)』」

 

 右手に大盾を構えた弥生の呟きが、確かに菫の耳に届いた。

 次の瞬間には、炎の衝撃にもまれ、崖の氷壁に激突。収まらぬ勢いに押され、地上方向に向けて押し上げられていく。氷の壁と炎の板挟みを受け、菫の意識は一度ここで途切れた。

 

 

「いよっしゃ~~~~っ!!」

 炎に吹き飛ばされた菫の姿に呆然としていた司は、左斜め前からした声に我に返った。

 そこにいたのは身長140cmほどの三頭身にしたような少年。異世界出身のドワーフ。アルト・ミネラージ。

 彼は、拳を握りしめてガッツポーズを取りながら、勝利宣言の如く、ハイテンションに叫ぶ。

「俺の渡した盾がばっちりハマりやがったぜっ!! 正直、時間も素材も経験も足りないだらけで、神格相手にどこまで通じるのかって品だったが……! 最高の場面で決めやがったぞアイツっ!」

「あ、アレ、お前の仕業かよっ!?」

 思わず立ち上がって問い掛ける司。既に弥生の口からアルトからの贈り物であることは明言されていたのだが、本人の歓喜の声を聞いて、改めて驚愕してしまったようだ。

 司の言葉に振り返ったアルトは、してやったりと言う顔でガッツポーズを取って見せる。

「おうともよっ! 最初は剣を打ってやろうかと思ったが、決勝戦じゃあ絶対攻撃力の高い切り札を持ち出されると思ったんでなっ! 裏をかいて最高の盾を作ってやったのさっ!」

「マジかよ……」

 唖然と言葉を漏らしたのはカグヤだ。

 さすがそれは予想していなかった。弥生の性格的にも、Eクラスの技術的にも、イマジネーターの力に耐えられる防具系は作れないし、使いたがらないと思っていた。そもそも、使い捨て前提なら神格級の攻撃力は作れるが、使い捨て前提でも神格を耐えられるような物を作れるとは思っていなかった。

 ところがどっこい、実際には軻遇突智の炎を真っ向から跳ね返す盾が完成してしまっている。Eクラスについて情報が不十分な自覚はあったが、それでも自分が一番と見込んだ司の武器を上回るものを完成させている相手がいるなど、思いもしなかった。

「これは……完全に俺の失態だな……」

 額に手を当て、カグヤはぼやく。正直、この時点でカグヤとしては逆転の目はなくなっていた。自分の考えが甘かったことを内心で歯噛みする。

「やってくれやがったなアルト……っ!」

「へっ! てめえらが徒党組んで動いてたのは気付いてたからな! それに対抗するもん作れてこそ一流の職人だろうがっ!?」

「んなろい……っ!」

 何事か言い返したいところであったが、生憎、目の前で自分の作品がアルトの作品に打ち負けるところを目撃してしまったところだ。何も言い返せず歯噛みするしかなくなってしまう。

「いや、まだだ……!」

「あん?」

「まだあたしの作品()は負けてねえってことだよっ! (アイツ)が、きっとそれを証明してくれるさっ!」

 負け惜しみではなく、確かな確信をもって告げる言葉に、アルトは目を細める。

 視線を外し、画面向こうの弥生へと向ける。

「上等だ! 俺が作った物が上だって見せてやんなっ!」

 そう叫んだ瞬間、弥生の持っていた盾に大きな亀裂が奔った。

 砕けるかとも思われたが、亀裂は大きくとも深くはならず、辛うじて使用可能域に留まっている。

 啖呵切った直後の事に、一瞬ビックリしたアルトだったが、砕け散らずに安堵の息を吐く。

「いや、神格の一撃を跳ね返しただけでも驚きなのに、それに耐えるとかどんな素材使ったんだよ?」

「おそらくは精霊石と呼ばれる、ギガフロート特有の鉱石ですね。それほど珍しいものではなく、イマジン効果に微弱な抵抗力を持たせることができるはずですが……」

「それで神格まで跳ね返すのは反則です……」

 ジークが疑問を呈し、それにカルラが答えるも、その事実がありえないと感嘆の溜息をもらす環奈。それだけアルトの作り出したものは一流品で、これを見ていた観客生徒は、大きく彼の評価を上げることになった。

「……けど、今ので終わりなんて言わないよな? 菫」

 静かに呟く正純は、炎に呑まれて吹き飛ばされた菫を追う画面を睨みつける。

 

 

 菫が最初に目にしたのは緑色の粒子の輝きだった。

 それが自分を包むリタイヤシステムの輝きだと気づいて、急いで飛び起きようとし、上手く体が動かせないことに気付く。

(お、思いっきりやられた……。全身痛いし、熱い……。神格の痛み、が、これほどなんて思わなかった……)

 大きく長く呼吸を整え、自分の自己治癒能力を高める。粒子が消え去り、何とかリタイヤを間逃れたところで状況確認。

 周囲は開け、氷山の上に出てきてしまっているようだ。どうやら自分は、斜め上に氷の壁をぶち抜き、そのまま地上にまで撃ち出されてしまったらしい。姿勢を変えて自分が飛ばされてきたであろう方角を見ると、少し先に、斜めに撃ち抜かれた大穴が開いていた。どうやら自分はあそこから出てきたようだ。

 穴の大きさは自分の二回り大きいくらい。それほどの火力に押し出されてよくも無事だったと感心する。

(軻遇突智とまともにやりやってた金剛……、今にして思うと、凄過ぎな、い……?)

 アレとまともに殴り合うなんて、金剛以外には絶対できないと感心しながら、菫はその気配に気づいていた。

 弥生だ。弥生がぶち抜いた穴を通って追いかけてきている気配を感じ取る。油断する事無く、様子を見るでもなく、きっちりトドメを刺しに来たのだ。

 まったくもって末恐ろしい戦闘狂だと半分関心、半分呆れながら、菫は生徒手帳から新しい剣を取り出す。

(正直、もう殆ど限界だけ、ど……)

 ゆっくりと体を起こし、目を瞑って意識を集中させる。

 取り出した剣は“二本”。一本を携え、もう一本を操る。今考え付いた新技をもって、弥生に対抗する。

「ナイン・アラベスクの、一点集中ッ!」

 技の名はない。これにはそれは必要ない。

 一本の剣が全力で射出され、穴から出てこようとしている弥生に、タイミングをばっちり合わせて飛来する。

 穴から飛び出してきた弥生。

 正面から飛来する剣に気付き、僅かに体を逸らして回避―――する方向に合わせて剣の軌道が変わった。

「―――ッ!?」

 咄嗟に地を蹴り大きく逃れようとするが、刃は磁石に吸い寄せられるかの如く、軌道を捻じ曲げ迫る。一切の減速無く。物理を無視するかの如く、真っすぐ切先が弥生に向かう。

 ―――避け切れないっ!?

 そう悟った瞬間、鮮血がほとばしった。




正直、まだ見てくれている人いるのか不安でなりません。
って言うか、時間空けすぎてるし、二度失踪したとか思われてそうです。

それはさておき、今回はEクラスが地味に活躍しているところを描きたかったので、それが伝わっていればと思います。
もちろん、主役は決勝の二人です。思いっきり派手にバトル方向でいかせてもらっていますよ!
次回もお楽しみに!

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