ハイスクール・イマジネーション   作:秋宮 のん

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明日も仕事なのに、徹夜気味で頑張って書いてしまった………。
一番最初にキャラを詰め込みすぎなんじゃないかと、自分でも読み返して呆然………。この一話で、一体何人のキャラの名前を覚えてもらえるやらです。

そして、Cクラス候補生が一人も送られていない事実!? どうするよこれっ!?
まあ、とりあえず本編を楽しんでください♪


一学期 第一試験 【入学試験】

ハイスクールイマジネーション 01

 

一学期 第一試験 【入学試験】

 

 

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 イマジネーションハイスクール。略称『イマスク』。

 日本上空、日本領域国浮遊学園都市『ギガフロート』。

 学園名、『柘榴染柱間(ざくろぞめはしらま)学園』。

 想像を具現化し、現実へと再現する万能の力、イマジンを研究する世界に三つしか存在しない巨大建造物。

 2062年、4月1日。当学園の入学試験が開催され、この試験に合格した者は、そのまま三日以内にギガフロートへと移住する事となる。

 浮遊島であるギガフロートに行くには、特別な許可が下りた時のみ、日本国内全空港で、可能になる。

 

 とある空港、入学試験、イマスク候補生が、メモを片手に空港内をうろついていた。

「よ、弱ったな………、まさかギガフロート行きの便を見つけるのがこんなに大変だなんて………」

 片手に旅行用バックを転がし、肩にはバイオリンケースを背負った、齢16歳の少女はメモと空港内を何度も視線を往復させながら焦った様な声を漏らしていた。

 茶味がかったショートヘアーに、大きな黒い瞳。ドレスシャツに、黒のロングスカートを穿いた姿は、背負ったバイオリンケースもあって、音楽学生にも見える。幼さの残る顔立ちでオロオロしている姿は、実に不安そうで、誰の目から見ても困っているのは明らかだった。

「どうしようかなぁ~~? さっきから何度も職員の人に聞いてるのに、複雑すぎて解んないよぅ~~?」

 涙目でぼやき、彼女はついに肩を落として項垂れてしまった。

 彼女の弁明をするなら、決して彼女が方向音痴と言うわけではない。もちろん、本音を言えば誰かに案内してもらいたいところだったが、この日は何処の職員も忙しく、手が空いていそうな人がいないのだ。

(こんな事なら、結構遠くでも羽田空港に行けば良かったかなぁ?)

 イマスク入学試験当日は、何処の空港も大変な混雑を見せる。ギガフロート入場には、大変面倒で複雑な入国手続きが必要になる。日本国内にあり、便宜上は日本の領域と定められているギガフロートだが、この浮遊島は厳密な意味では“外国”の扱いを受ける。そのため、ギガフロート行きが可能なこの日のためだけに、幾つも面倒な手続きを、空港内を走り回る様になってしまうのだ。

 そのため、特に大きな空港である、関西国際空港、成田空港、羽田空港には、この手続きを速やかに行えるよう、時間制で何回かに分けた集団手続きを数人のガイドマンによって先導してもらえる。しかし、どの空港にも遠い地域から出てきた彼女は、地元近くの小さな空港を選んでしまい、自分一人の力で目的の便を探す羽目になってしまい………現在、迷子になってしまっていると言う事だ。

「うぅ………っ、もう一度バイオリンが弾けるかもしれないチャンスなのに、こんな所で躓くなんて嫌だよぅ~~………!」

 二度と取れる事の無い右手の指に巻かれた包帯を見つめ、悔しそうな涙を目の端に浮かべた時、声を掛ける者がいた。

「ちょぉっと良いかな君ぃ~~~?」

 軽薄そうな声に驚き、振り返った少女は、………顔以外の場所に目が行ってしまった。

 声を掛けたのは短い黒髪に、うっすら青がかった深緑の眼を持つ、およそ160前後と思われる背の低い男性だった。年齢は恐らく同い年くらいだろうと予想は出来たが、それ以上に気になる物があって、そっちにばかり目が言ってしまう。

 彼の着ている服は、特に珍しくもないキャンプ用のジャケットにズボンで、収納ポケットが一杯ある生地の厚い物だったのだが、そのポケットから、あるいはベルトに通した腰のケースからは、全てが全てトレーディングカードゲーム、通称TCGと呼ばれるカードの山だった。それも一種二種と言うレベルではない。カードの裏表紙が見えるものだけでも八種類はくだらない。彼の持つ旅行用ケースも、もしかしたら中身は全部カードなのではないかと疑いたくなるほどのTCGフル装備だった。

「あのさぁ~~? さっきから挙動不審だけど、もしかしてギガフロート行きの便探してる?」

「………カードすごっ」

 口にしてから少女ははっとして口を押さえた。

 あまりに凄過ぎて相手の言葉など碌に聞かず、思わず呟いてしまった。気を悪くしなかっただろうかと焦りを見せるが………。

「だろうぅ~~っ!? うわ~~っ! 解る!? このカードの素晴らしさ! これだけ集めるのにはさすがに苦労したさ! でもっ! やっぱカードは集めてこそだからね! 音を上げてなんかいられない! そして必死に集めたカードで、必死に練った戦術が決まって、勝った時の感激と言ったら………ッ!! もう、極上ッッ!!」

 物凄く食いつかれた。

 何やら感極まった様子で嬉しそうに、自分のカードコレクションの説明まで始めようとする少年に、少女は苦笑い気味にストップを掛けた。

「え、えっとっ! 私に何か用でした!?」

「あったけど、カード談義したい!」

「本来の目的をそんな簡単に捨てちゃダメェ~~!」

 彼女の必死の説得に折れた少年は、渋々と言った感じにカードを元の場所に仕舞い、軽薄そうな笑みを向けて尋ね直す。

「もしかして君、ギガフロートに行くつもりなのかなって?」

「え? はい、そのつもりですけど………?」

「審査手続きはもう終わった? 実は僕様もギガフロート行きでさ、何だか君が困ってたみたいだから、よかったら案内しようかと思ってねん? っつか一緒にどう?」

「ホントですかっ!?」

 少女は前のめりになって少年に問い返した。少年は、急に顔が近づいたので、「おおっ!? 近い………っ!」っと、ちょっと慌てながらも頷いて応える。

 大変軽薄で、怪しい感じのある少年だが、悪い人間ではない様にも思える。もちろん完全に信用したわけではないが、このまま放置されている方が彼女としてはマイナスだ。

「それじゃあ、せっかくなのでお願いします!」

「うん、よろしくぅ~~! ああ、僕様の名前は契。切城(きりき)( ちぎり)って言うの。よろしく?」

「はい、私はノノカです。(かなで)ノノカ」

 

 

 

 1

 

 

 

 別空港。

 濡れ羽色の長い髪に、黒の和装に身を包んだ少女、九曜(くよう)は、控え所で待つ主の元へと小走りに駆け寄っていた。

「遅くなって申し訳ありません。何分、私の審査は時間の掛る物が多いので………」

「いや、お前を消さずに連れ立ってるのは俺だから、謝る必要なんて無いんだがな………?」

 何の変哲もないシャツとジーンズに、千早を纏っていると言う、妙な出で立ちをした少年は、あまりに女性的な丸みのある顔をうんざりした表情へと歪めて、応じる。

「お前より俺の方が時間掛りそうだ………」

 そう呟く彼は、軽く溜息を吐く。

 言葉の意味を理解するため、彼の周囲にようやく目を向けた九曜は、冷やかな視線を向ける。

 そこにいたのは、金髪でガタイの良いアメリカ人らしき男と、黒人らしきスキンヘッドの男。そして同じく黒人のパーマにサングラスの男。三人が三人ともアンダーシャツに迷彩ズボンを穿いている所を見ると軍人か、もしくは元軍属、はたまた見た目倒しのミリタリーオタクか………?

 そんな彼等は口々に異国の言葉で騒がしく何かを言い合い、九曜の登場に歓喜してさえいるようだった。異国語を理解できない生粋の日本生れの九曜だが、どんな事を言っているのかは、なんとなく理解できるだけの理解力は持っている。どうやら彼等は人間の最も低俗な手段で求愛行動をしているようなのだが、九曜にはその意味がさっぱり解らず、己の主へと視線を向ける。

 セミロングの黒髪を、後ろで適当にまとめているだけで、その他は特に着飾りを考えていない簡素な格好。千早を纏っている事以外は特段珍しいとは言えない。だが、確かに見ようによっては女の子に見えない事もない。彼の僕である九曜には、主を女性的な姿として捉える事が少ないのだが、それでも彼の姿が同族からは女性種に見えてしまうのだろう事は、なんとなく解らないでもない。

「我が君はお伝えしたのですか?」

「したら、男でも良いってよ?」

 肩を竦めてうんざりする主に、さすがの九曜も悪寒を感じ取った。人間の趣味は解らないことだらけだが、これにはさすがに本能的な嫌悪感を感じ取れる。無意識に自分の体を抱き締め、男達から一歩離れる九曜。逆にその行動がしおらしい大和撫子の怯えた姿に見えたのか、男達はむしろ盛り上がっている様子だ。

「………我が君? もしやこれら(、、、)は、我が君だけでなく私にも求愛しているのですか?」

 怖気たっぷりに問いかける従者に、主はほとほと疲れたと言わんばかりに訂正する。

「いや、俺とお前を合わせた四人だ」

 言われた九曜は、視界から外していた(、、、、、)主以外の二人へと視線を向けた。

 片や、長い髪をツインテールにしている、可愛らしい顔立ちをしたフリルだらけの子供っぽい服を着た女性。片や、白い長髪を高い所で纏めて結わえ、真紅の瞳を持ち、小柄な体に大正風の着物を着ている少女が、それぞれ呆れた様な、疲れた様な表情で纏まっていた。

 なるほど、確かにこの三人が揃って立っていれば、声を掛けたくなるような美人が揃っていると言えなくもない。どうやら自分もその中の一人の様だが、その辺りは忘れる事にしようと決めた。

「このお二人は我が君のお知り合いですか?」

 主への質問だったが、それについては当人達が答えた。

「いいや、私達は自分達の乗る便を探してここから電光掲示板を見ていただけだ」

「ボクも同じだ。面倒な手続きをやっと終えて、後は飛行機に乗り込むだけで、掲示板を見て探していたら、声を掛けられてね………。しかも知り合いでもないただ一緒に掲示板を見ていた二人と同時にだ」

「そう」

 二人の少女に対して、そっけない一言で答える九曜のあからさまな態度変化に、二人は苦笑いを漏らしてしまう。

「ってか九曜? お前も突っ込まないのかよ?」

「何がでしょう?」

「いや、こっちのゴスロリ、明らかに声低すぎるだろ? 自分で言うのも悔しいが、コイツに比べれば俺の方が女声だぞああちくちょうっ! やっぱなんか納得いかねえっ!!」

 言葉の最後に男としての尊厳を刺激されたらしい主の叫びを無視し、九曜は“ゴスロリ”と呼ばれたフリル服の女性(?)へと視線を向けた。

 向けられた“ゴスロリ”は、不思議そうに首を傾げながら平然と答えた。

「どうした? 私は男だが何か問題でもあるのか?」

「特にないわね」

「そうか」

 会話終了。

「最初から解ってた俺はともかく、どうして俺の周囲の人間は動揺の声一つ上げんのか? なんかすげぇ俺が凡人に見えてくるぞ?」

 溜息を吐く主に、本当の女性である大正少女が薄ら笑いを浮かべながら慰めの声を掛ける。

「良い事だろ? ………人間、無駄に慌てない事だ」

「いや、俺は慌ててる女の子の顔とかすっげぇ見たいんだよ。羞恥心に染まって慌てふためく顔とか」

「まあ、うん………。君は凡人じゃないから安心しろ」

 真顔でふざけた事を言うので大正少女も興味を失った様子で視線を逸らした。九曜は一瞬、『類は友を呼ぶ』と言う言葉を思い浮かべ、なるほどと納得して頷いた。

 ―――っと、そこへ、完全に存在を忘れていた外国人男性の一人が、大正少女の腕を掴み、強引に引き寄せた。その拍子に荷物を落とし、バランスを崩した少女は、あまり抵抗出来ぬまま男の懐まで引っ張られてしまう。男は、何事か異国の言葉で荒げた声を放っている。どうやら散々自分達が口説いているのに、完全に無視され続け、怒り始めた様子だった。

「まったくっ、………今日はなんて厄日―――いた………っ!?」

 強引に腕を引っ張り上げられ苦悶の表情で喘ぎ声を漏らす少女。

 それを聞いたゴスロリ少年は、「やれやれ」と結わえた二つの髪を左右に揺らしながら、一歩前に出る。

「喧嘩は得意ってわけじゃないんだけどな」

 そう言って前に出ようとする少年を、遮る手があった。

 首を傾げる少年に。九曜の主は溜息交じりに、ただ一言―――。

「九曜」

 次の瞬間、九曜の姿は霞みと消え、それが合図だったかのように男達が力なくその場に頽れていく。男達が倒れた先で、胸に手を当て軽くお辞儀している九曜の姿があった。

「これでよろしいでしょうか?」

「おお、音もなく………っ!? 期待以上だ」

「お褒めに(あず)かり光栄です」

 何が起きたのか理解できなかったゴスロリと大正が、二人して顔を見合わせ、主と従者の二人へと視線を向ける。

「何者だいその娘? ………人じゃないっぽいけど?」

 大正少女の言葉に何度も頷いて同調するゴスロリ。そんな二人に多少なり驚きながら、先程散らばってしまった少女の荷物を拾い、彼は答えた。

「九曜が人間じゃないって解るのか?」

「これでも家が神社でね。ボクは巫女なんだ」

「私はなんとなく勘だ」

「逆に勘で解られる方が(こえ)ぇよ………」

 軽く呆れながら主たる少年は少女へと荷物を返す。

「お前らも目的地はギガフロートか?」

「そうだよ。君もかい?」

「それなら話が早いな。ギガフロートの外で見られる事なんてまずないからな。ありがたく見ておけよ」

 彼そう言うと、九曜の腰に手を回し、自分に寄せると、まるで自分の彼女を紹介するように誇らしげな、それでいて悪戯っぽい不敵な笑みで告げる。

「コイツは意思を持つイマジン。『イマジン体』だ。俺の名はカグヤ。イマスクに受かれば、正式な主従になる。よろしくな」

 その驚愕の事実に、ギガフロート以外で本物のイマジンを目にした二人は、大きく目を見開いて驚く。だが、すぐに二人とも友好的な笑みを作ると、それぞれ自己紹介を口にした。

浅蔵(あさくら)星琉(せいる)。………こんなんだが巫女なんかをしている。………まあ、暇でも見つけて家の神社にでも来てみたらどうだい? 何の御もてなしも出来ないけどね………」

水面(みなも)=N=彩夏(さいか)だ。これからよろしく頼むぞ」

 

 

 

 2

 

 

 

 ギガフロートは上空約一万五千メートルに存在していると言うのが一般人の常識だ。

 だが、それを聞いて誰がこんな事を想像しただろうか?

 “上空一万五千メートル”という数字は、日本の航空旅客機を向かい入れられる、浮遊島の地下フロア、その最下層を基準にして計られた高さだと………。

 まるでファンタジーの浮遊城の様に、下層部は氷柱上に伸びる岩の山。その最も大きく太い中心の一本。羽田空港が五個は軽く入ってしまうのではないかと言う超大型のスペースが口を開いていて、各旅客機はそこに着陸する。

 続々と日本の各空港から飛んできた飛行機が、候補生を連れてくる中、“地上部”の末端からそれを見降ろす三人の姿があった。

 一人は知的にメガネを輝かせる青年。柘榴染柱間(ざくろぞめはしらま)学園学園長、斎紫(いつむらさき)海弖(うみて)

 もう一人は赤銅色のロングストレートに赤茶色の瞳、背は低く、手足が細い、大きめの本を抱えた女性。柘榴染柱間学園図書館司書、比良(このら) 美鐘(みかね)

 最後の一人は、最も異彩を放っている。大正時代の教師の様に振袖に袴姿、日本人特有の黒く長い髪に黒の瞳。外見の全てが大和撫子の代表を表わすかの如く姿で―――しかし、彼女の体は僅かに透け、しかも脚は地面に付かず、文字通り崖から身を乗り出した空中を、重力を感じさせずに浮いている。柘榴染柱間学園柱女(はしらめ)役、日本史・古典担当、吉祥果ゆかり。幽霊教師である。

「おお~~、おお~~、今年もぎょ~さん来はりましたなぁ~~。毎度の事ながら、某国のスパイとか元軍人さんとか、性懲りも無く送られて来はてるみたいですけど? まあ、ほっといてもどうせ受からしまへん人ばっかやし、今年もスルーで良いんですかぁ?」

 身を乗り出し過ぎて、だんだん崖下まで下がっているゆかりに、海弖は眼鏡を中指で持ち上げながら、厭味ったらしい笑みを作る。

「君がそう判断している時点で奇跡もないような相手だよ。放っておきたまえ。未だ嘗て、君の入学試験脱落予想が外れた事が無いのは、大和(やまと)武丸(たけまる)の代から聞いてるからね~~!」

「武丸かぁ~~? 今思い出してもあの子は惜しい逸材やったなぁ~~? 『イマジネーター』の研究を正式作用させて、『イマジン』を一部の(もん)が独占せんように、ずっと働いとってねぇ~~………。あんのクーデター事件で亡くなってしまうんは早過ぎやったよぅ~~………。姫ちゃんとも結局ケンカしたまんまやったしなぁ~~………」

 昔を思い出し、実に哀愁を帯びた表情で空中を漂うゆかり。

 そんなゆかりに、僅かに危機感を感じながら美鐘が口を挟む。

「ゆかり様、その内容は生徒の前では禁句ですからね? 解ってますか? あと、身を乗り出し過ぎて何処まで降りるつもりですか? アナタは見なくても(、、、、、)見える(、、、)んですから」

「あら? いつの間にこんな遠くに? ごめんねぇ~~? つい嬉しくなってしもて。今年も沢山の子供達が来てくれて、しかもちょっと気になる子等(こぅら)もおるしでね? ついつい前のめりに………」

「だからって叫ばないといけない程離れないでくださいっ!? 私の声が聞こえてますか~~~っ!」

「あら? ややわ~~」

 のほほんとした態度で、軽く十メートルくらい下がっていた身体を上昇、美鐘の隣に足を地面に付け、やんわりした笑みを向ける。「相変わらずマイペースな人だ………」っと、溜息を吐く美鐘。それとは対照的に、気になる発言を耳ざとく聞き付けた海弖が質問を投げかける。

「ほほぅ? “気になる”っとは、今年も『人柱候補』が訪れたと言う事かね?」

「ええ、それも今の段階でもう二人も来はりました。昨年も二人やったし、ホンマ今期は豊作ですよ?」

 楽しそうにコロコロ笑うゆかりに、海弖も美鐘も、次々とやってくる眼下の飛行機を見降ろし、楽しそうに微笑むのだった。

 

「あ、そう言えば今日は某国からウナギとカニの賄賂が来ていたんだっけね? 今日はお昼と夜は御馳走だね」

「ちょっ!? 学園長ずるいっ! 私達にも分けてくださいよぅ~~!!」

「美鐘ちゃん~~? 素が出とるよう?」

 

 

 

 3

 

 

 

 ギガフロートに到着した旅客機が滞在していられる時間は長くても一時間と定められている。これには特別な理由も例外として認められる事はなく、故に到着した候補生達は、学園のガイドマンを務める教師の指示に従い、速やかに行動しなければならない。もし、遅れようものなら、荷物が残っていようが旅客機内に残っていようが問答無用で日本に戻されてしまう。

 っとは言え、さすがに一時間もあれば全員降りる事くらい簡単なわけで、飛行機はすぐにとんぼ返りする。日本中から飛行機が集まっても充分なスペースがあるエリアに、大量の飛行機が止まるのは滅多にない。この循環の速さは、ギガフロートが日本領土でありながら、便宜上“一国”つまりは“外国”の扱いになっているため、『イマジン』と言う、通常不出のエネルギーを扱う国に、特別な理由なく滞在する事を禁じているためだ。

 候補生である入学希望者ならともかく、旅客機やその操縦士達は、それに含まれない物とされている。そのため、空港では面倒な手続きを最初に済ませ、充分な準備を整えた上で送り出されるのだ。

 次々と到着しては去っていく旅客機から続々と増えていく候補生達。その中には、少々異質な存在も混じっていたりする。

 例えば、尖った耳を持つ者がいたり―――。

 例えば、服の下から獣の尻尾を覗かせる者がいたり―――。

 例えば、明らかに某国の女王と言いたくなるドレス衣装の者だったり―――。

 

 そう、例えば外見上は普通の人間に見える、人間外の者だったり―――。

 

 

 

 

「きゃっ!?」

 その少女、ここまでの道のりを車椅子でやってきたウェーブのかかった長い小麦色の髪をした線の細い少女、及川(おいかわ)凉女(すずめ)は、人の群れに押され、何度目かのバランスを崩し、慌てた声を漏らす。

 何とかバランスを立て直し、改めて車椅子の取っ手部分に付いているレバーを傾け、車椅子を走らせる。

「こんなに人が多いと、私みたいな人はむしろ邪魔になりそうですねぇ~~?」

 審査員でもある教師の指示に従い、なんとか集会場へと向かうが、付いたら付いたで居場所が無い感じを受けた。

 集会場は、とてつもなく広いだけのドーム状の空間だった。広さは解らない。あまりに広大過ぎて、彼女の頭では予想も立てられない。

「てっきり、幾つかの施設に分けて審査すると思ったんですけど、皆まとめて審査しちゃうって事ですかねぇ~? 酸素濃度足りるのかしらぁ~? はっ!? 酸素ボンベが必須アイテムだった!?」

 相変わらずズレた予想をしているところ、彼女は周囲に視線を向ける。

 椅子があるわけでもなければロープや立て札があるわけでもなく、完全に何もない床と壁と天井の部屋。皆が思い思いの場所で突っ立っていたり、壁に寄り掛かったりとしているが、あまり奥の方に移動しようとしている者は少ない。何も聞かされず、ここで待てと言われ、出口から離れる事に軽い恐怖心を抱いているのかもしれない。

 自分もその一人ではあるが、車椅子では人ごみの多い所は邪魔になってしまう。仕方なく、人のいない場所を目指して移動させようとするが、統率されていない人間の集団は、中々に邪魔で、移動さえも容易にさせてもらえない。

「ちょっと、邪魔っ!」

 

 ガシャンッ!

 

 通りがかった女性が無造作に押しのけるように払った腕が、彼女の車椅子を横に薙ぐ。身体ごと車椅子が傾き、倒れそうになる凉女。

「ひゃあ………っ!?」

「あぶないっ!」

 あともう少しで倒れそうになったところを、誰かが車椅子の取っ手を掴み、支えてくれた。

「はっ! これは少女漫画における恋の予感を思わすシーンですかっ!?」

「はい………?」

 助けた少年は、凉女の言ってる事が解らず疑問を返してしまう。

 何処かで売っていそうな生地の厚いジャケットにジーンズ、髪も目も黒く、何処から見ても普通の日本人男性で、特徴と言えば少し目が細長い事くらい。だが、それ故に見た目から危機感を相手に与えず、気の良さそうな人だと思わせられる。そんな少年に、凉女は更に疑問を投げかける。

「この展開に従って、私は恋に落ちないといけないのかしらぁ? 私って自分の好みとか解ってないんですけどぉ~~?」

「いや、えっと………? よく解らないですけど、少女マンガのヒロインじゃないなら恋しなくても良いんじゃないですか?」

「私はいつからヒロインの座に―――っ!?」

「え~~っと………? すみません知りません」

「では、ヒロインの座はお譲りします」

「そ、それはどうも………。でも、出来れば僕も男なんで、遠慮したいかなぁ~~? なんて?」

「助けて下さりありがとうございましたぁ~」

「ここでお礼言われても反応に困るんだけど? え? なに? 今のありがとうはヒロインの座を受け取ってしまった事になったから? それとも車椅子支えたから?」

 なんだか変な人を助けてしまったかもしれないと考え、少年は苦笑いを浮かべる。とりあえず、彼女を人気のいない所まで運んで、自分はさっさと離れようと決め、移動する。

 っと、多少なり人が散らばった辺りに移動したところで、一人の少年が物凄い勢いで走り寄り、凉女の正面から車椅子の取っ手部分を捕まえる。

「な、なにこれっ!? これ何!? これなんて乗り物なのっ!? 座ったまま移動できるとかすげぇっ!!」

 急に飛びついた少年は黒髪に黒の瞳と、車椅子を押す少年と特に変わらない容姿をしている。だが、その服装はかなり際どく、ヘソの見えるピッタリアンダーシャツ。肘まである黒のロンググローブ、やはりぴったりサイズ。脚がむき出しの短パンは、唯一服としての厚みを持っている。穿いている靴は何処か機械チックで重々しい。身体のラインをまったく隠す事の出来ない服装で、筋肉の発達が乏しいのが見て取れる優男だ。これで顔が幼ければショタタイプの少年として一部から人気が出たかもしれない。そんな少年。

 不躾にも、いきなり車椅子の少女の進行を妨げる行為に、臆しながらも細めの少年が不快な顔をする。だが、少女の方はほんわかした顔で―――、

「及川凉女って言います」

 いきなり突拍子もなく自己紹介をした。

「『老いた雀』!? これが雀なんですかっ!? 雀は鳥だと聞いてたけど、老いるとこの様な姿になって人を乗せるんですかっ!? 雀凄いっ!?」

「私も今初めて知りましたぁ~~? ではダチョウさんが老いると普通車両の車になるのでしょうか?」

「なんですってっ!? 鳥類は老いると機械進化できる種族だったのですかっ!?」

「それじゃあ、クジラさんは飛行機になるのでしょうかぁ?」

「魚類が空にっ!? 生命の進化の終焉は、やはり機械化にあるのかっ!? ではっ! やはり機械の先は神に―――っっ!?」

「へ? 機械は老いませんよ?」

「機械の進化が終わったぁ~~~~~~~~~~ッッッ!!?」

 少年は地面に手を付き、項垂れると「神に辿り着けないのなら、この身の意味とは………?」っと一人で落ち込み始めた。細めの少年にはもうどうする事も出来ない。

 そしてやはりのほほんとした凉女は―――、

「ところで『「老いた雀」これが雀なんですかっ!雀は鳥だと聞いてたけど老いるとこの様な姿になって人を乗せるんですか雀凄いなんですって鳥類は老いると機械進化できる種族だったのですか魚類が空に生命の進化の終焉はやはり機械化にあるのかではやはり機械の先は神に機械の進化が終わったぁ~~~~~~~~~~ッッッ!!?』さん? 車椅子を見るのは初めてなんですか?」

「「今の名前じゃないからっ!!?」」

 二人の少年が同時に反論の声を上げた。凉女は「あらら~~?」っと笑顔で首を傾げている。

「ですけど、名前を聞く時はまず自分から名乗るのが礼儀と申しますしぃ~~?」

「自分が名乗れば相手も名乗った事になるわけじゃないですっ!?」

「それではお名前をお聞きしても~~?」

 なんだこのずれた女性は………?

 そんな気持ちが過ぎったが、口には出す気にはなれなかった。

 仕方なく、項垂れていた少年が立ち上がり、名前を名乗る。

「はじめまして! 生まれたてホヤホヤの新神機神の機霧(はたきり)神也(しんや)でーす! 気軽に神也って呼んでね!」

「よろしくお願いします。先程は助けていただいてありがとうございましたぁ~~」

「?? 何の事?」

 お辞儀する凉女に、疑問を浮かべる神也と名乗った少年。

 一拍の間を置き、気が付いたのは車椅子を押していた少年の方。

「それ、たぶん僕の事ですよね? 違いますよ。僕は宍戸(ししど)瓜生(うりゅう)です」

「瓜生くん? 車椅子の人に急に飛びつくのはとっても怖い事ですよ?」

「ああ~~、違う違う。そっちが自分ね? 神也です」

「私は瓜生君と話していますよ?」

「あれぇっ!? あってたっ!? いや、あってないっ! 僕は怒られる様な事―――!」

「怖いので助けてほしいと言おうとして………?」

「「うわっ!? ややこしいっ!?」」

 凉女のあっちこっちに飛ぶ話題を瓜生と神也が交互にツッコミを入れながら必死に対応するが、この少女のフリーダム差には付いていけない気がした。

 瓜生少年は、この少女の相手を一人でする事にならなくてホッとしていたのだが………。

「まあいいや、それでっ!? この車椅子と言う画期的な機械はなんだっ!?」

「ボタン一つで唸り声を上げる機械でしょうか?」

「自動で動く椅子が唸り声をっ!? 一体何のためにっ!?(キラキラッ」

 訂正………。

 っと、瓜生は心の中で強く念じた。

 厄介者に巻き込まれたのは自分だけだったようだ。

 

 

 

 4

 

 

 

 会場が密かに湧くほど、多くの受験者が集まった頃、それを別室で確認していた学園長、海弖は、眼前に呼び出しておいたスクリーンの受験者名簿で、全員が揃っている事を確認したところで、笑みを浮かべる。

「全員集合を確認。そろそろ受験を始めるとしようかね?」

 そう言って壁を軽く指で叩くと、まるで粘土の様に歪んだ壁が左右に開き、受験者の集まる会場上へと繋がる。会場の受験者から見て、丁度バルコニーに居る様な位置から彼は進み出る。その後ろを、彼の補佐役でもある学園長代理、氷野杜(ひのもり)八弥(やや)が慌てた様子で追いかける。魅惑的な肉付きの良いプロモーションを持つ眼鏡の女性は、海弖の三歩後ろを必死に歩いている。そう、かなり必死に。たった数歩前に進む海弖の後ろを、歩幅の距離まで計り、忠実に三歩分を再現しようとして、小さい歩幅でパタパタと走り回っていた。

 相変わらず変なところで融通の効かない補佐を完全(、、)に無視して、海弖はバルコニーから受験生達を見降ろす。

「受験生諸君! よく集まってくれた! 私は当学園柘榴染柱間学園の学園長、斎紫海弖だ。ただいまを持って、受験開始時刻となった。これより受験生の受け入れを中止し、っと同時に、当学園への入学試験を始めるっ!!」

 学園長の言葉に声を上げて沸き立つ受験生達。

 その歓声を片手で制し、彼はさっそく切りだす。

「では、さっそく入学試験について説明させてもらう! 試験は三つ! 一つは、能力の発動の有無。既に諸君は、このギガフロートに満ちているイマジンを呼吸などによって体内に取り込んでいる。よって、君達は既にイマジンを発動できる状態にある。これを満たし、己の能力を開花させること。それが最初にして最大の試験! 二つ目の試験は、一つ目の試験をクリアした後、その能力を持って同参加者による制限時間三時間のバトルロイヤルに勝利すること!!」

「ん?」

 第二試験の内容を聞いた瞬間、東雲カグヤは訝しげに片眉を持ち上げる。

「九曜、退がるぞ」

「御意」

 カグヤと九曜が人知れず集団から離れる。だが、それは二人だけではない。

「これは………、なるほど」

 浅蔵星琉もその内容の意味を感じ取り、人知れず集団から離れる。

「ん、そう言う事か」

「うわ、えげつない内容………」

「これも試験の内って事か」

 他にもそれなりに察しの良い者達が次々、密かに集団から離れていく。

 それらを上方から見降ろし、確認しながら、海弖は密かに笑みを作る。

「三つ目の試験は、二つ目の試験を合格した後、『刻印の間』にて執り行う。以上が試験内容の全てだ。なお、当学園が『イマジン』による研究のため、戦闘を前提としている事は諸君も周知の事と思う。故に、この試験内でどのような事が起ころうとも、我々は責任を取るつもりはない。それが嫌なら、今すぐこの部屋から退場する事を進める。ああ、でも勘違いしないでくれたまえよ? この部屋には既に『リタイヤシステム』なる『イマジネート』、つまりは魔法みたいなものが組み込まれている。一定以上の怪我をすれば、瞬時に医療施設へと送られるシステムだ。更に言えば、死んでも十秒以内なら蘇生可能な手段も用意してある。存分にやりあってくれたまえよっ!?」

 学園長の言葉にぞっとする者や、冷や汗をかいて苦笑する者、今更危険な内容に気付き、慌てて集団から抜け出そうとする者が現れる。

 その中に退場者が居ない事を瞬時に見て取った海弖は、いっそ、胸を張って高らかに告げる。

 

「それではこれよりっ! 第一次試験及び第二次試験を同時に開始するっ!!」

 

「………え?」

「へ?」

「ん?」

 集団の一部から疑問の声が上がる。

 彼等が状況を理解するより早く、周辺から悲鳴や爆音などの戦闘音(、、、)が木霊する。

「どうしたお前らっ!? もう試験は始まってんだぜっ!?」

「そうぅらっ! 早くイマジンを発動しねーと、あっと言う間にリタイヤだぜぇ!?」

 状況を理解し、素早くイマジンの発動に成功した一部の者達が、未だに呆けている者、イマジンの発動に手こずっている者達を、次々に撃破していく。致命的な攻撃を受けた者達は、『リタイヤシステム』により、光の粒子となって消えていく。

 それを外側から観察していたカグヤは、億劫そうに表情を歪める。

「うわぁ………、あのままあそこにいたら乱闘騒ぎだったな………」

「それでも数が多くございます。決して近づかぬよう―――、何をしているのですか?」

「へ? いや、俺もイマジン発動中。考えて見たら、九曜は俺じゃなくて義姉様が創り出した『イマジネート』だからな? お前でバトルロイヤル勝ち抜いても、合格基準から漏れそうな気がするんだよな?」

 カグヤはそう言いつつ、危機管理は完全に九曜に任せ、自分は能力発動に全力で勤しむ。

(っと言っても、発動だけなら簡単だな? せっかく時間があるし、ちょっと凝った物作れないかな?)

 己の作業と真剣に向き合うカグヤは、その傍で、合格条件に満たされなかった事に軽いショックを受けている僕が居る事に気付かないのであった。

 

 

 距離を置いていた者はともかく、この罠に気付けず、集団のど真ん中に居てしまった者達は、波乱の中にあった。そんな状況にも拘らず、冷静に集団を見つめる事が出来る者もいた。

「この状況………、もしや試験が始まっているのでしょうか?」

 車椅子に座った少女、凉女が、今正に犯人を目の前にした探偵の様に真面目な顔で呟く。

「今更何言って―――うわあぁ~~~っ!! 危ない~~~っ!?」

「あ~~………、コレすごい状況?」

 瓜生と神也は、互いに凉女を庇いながら会場内を走り回り、何とか逃げ道を探そうとする。三人とも、イマジンの発動には成功している。いや、正しくはいつでも使える事が解ってしまう(、、、、、、、、、、、、、、、)。理由は不明だが、イマジン、否、『イマジネーター』になったと言う事は、そう言う事なのかもしれない。

 普通の人間とイマジネーターの違いは、単純な言い回しで、『普通の人間は、絶対イマジネーターには勝てない』っと言う言葉をよく聞く。しかし、この言葉の意味を正しく理解できている者は殆どイナイと言っていいだろう。それは、イマジンによる理すら捻じ曲げる絶対的な能力故に云われている事ではない。解られてしまう(、、、、、、、)のだ。勝利への道筋を。

 例えば、現在攻撃の嵐に曝されている三人だが、自分達のイマジンをすぐに使おうとはしなかった。これは、自分達の能力は、発動時に“条件”、もしくは“時間”を有する物だと理解しているからだ。今日この日まで、まったく使った事が無いのにだ。

 更に言えば、同じ受験生とは言え、集団のど真ん中で攻撃の嵐に曝されても、未だ三人は脱落していない。的確に逃げ場所を見つけ出し、協力して逃走ルートを見つけ出しているのだ。

 どんな状況に曝されようと、勝利への方程式を瞬時に頭の中から呼び出し、それに対応させる力。それがあるからこそ、イマジネーターは普通の人間には絶対に負けない。

 故に彼ら三人もまた、イマジネーターとしての素質があると言える。

 っとは言え、彼等がイマジンを発動させる事が出来なければ結局試験としては失格だ。自分達が生き残る事だけに執着し、反撃に出られないモノなど、それもまたイマジネーターとしては失格なのだから。

「もらったぁ~~~!」

 逃げ惑う彼等の横合いから、一人の少年が手に持つ鉄棒を振り上げ迫る。が、その少年は彼ら三人に気付いてもらう前に、何者かに後頭部を打ちつけられ、音もなく気を失った。

「イマジンを使えていれば素手で攻撃してもOKみたいだな?」

 日本人特有の黒い髪に強い癖毛、柔和な笑み顔に浮かべながらその少年は確認を取る。

 彼の視界には正面に『二次試験通過』の文字が映り込んでいた。これもイマジンによる効果だとするなら、イマジンの万能性が此処でも解らされる。

「ん?」

 合格に胸を撫で降ろしていた少年は、自分の周囲を囲み、襲いかかってきている影達に気付く。

「やれやれ………ですか?」

 瞬間、彼を襲おうとしていた数人が剣を、槍を、大鎚を振り降ろす。一斉攻撃を叩き付けられた床が大きな音を鳴らし抗議する。そう、()だ。彼等が狙っていた少年は何処にもいない。

「ど、何処に行ったっ!?」

 慌てて探し始める彼等を余所に、攻撃を躱していた少年は、溜息交じりに呟く。

「二次試験は合格条件を満たしたところで、失格条件を消し去れるわけじゃないと言う事か………。それじゃあ、仕方ない。さすがにこの人数が相手だ。悪く思わないでください」

 呟いた彼は、黒かった瞳を赤く染め、彼等と目を合わせた。

 いつの間にか接近され、瞳を除き込まれた彼等は、一人の例外もなく突然悲鳴を上げ、『リタイヤシステム』により光の粉となって消えた。

「おいおいっ、それえげつなくない?」

 少年に声を掛けたのは収納ポケットの多いジャケットにズボンを穿いた少年。ポケットにあるのは全てがTCG(トレーディングカードゲーム)用のカード。彼は、その一枚を指に挟んでぷらぷらと弄びながら赤目の少年へと告げる。

「今の良く解らんかったけど、目を合わせる事でなんかしたんだろ? 身体に怪我を負っていなかった所を見ると、直接殺傷系じゃないみたいだけど………?」

 言いながら少年は弄んでいたカードを宙へと放る。

召喚(コール)、焔征竜ブラスター」

 彼の言葉、命令(コマンド)によって能力が発動し、カードが光り輝く。幾何学模様の魔法陣の様な物がいくつも出現し、中心から少しずつ光の珠が巨大化していく。その光の球体が十メートル近くの巨大な物へと変わった瞬間、光が弾け、中から黒い鱗を持つ巨大な西洋竜が現れた。黒い鱗の間から真っ赤な光を称えるその竜は、まるで溶岩の竜だと言わんばかりの熱気を放っている。

「七つ星で、召喚までに五十秒………。こりゃ、融合や儀式系だったらもっと手間かかりそうだな? グレート3や、レベル3だと、どんな条件になるかな? まさかマジで僕様自身ダメージ受けないとダメとかじゃないですよね?」

 カード少年が言っている意味は解らなかったが、恐らくカードゲーム上のルールと、能力として制限(ルール)を照らし合わせ、差異の確認をしているのかもしれない。

(だったら、あの巨体を暴れさせる前に仕留めておきたいところだ)

 細目の少年は召喚されたドラゴンを見据えながら、そう結論付ける。ドラゴンはカード少年がなんと命令するか考えている間、周囲の喧騒を珍しそうに眺めつつ、しかし、自分に向けられる奇異の視線が煩わしそうに鼻息を鳴らしていた。そこには主の命令を待つ従順な僕の姿はない。呼び出されたから来ただけの、別世界のドラゴンだ。もしかするとドラゴン自体、彼の命令を聞かない可能性もある。

(そこまで楽観するのは危険だが、早めにマスターは叩いておかないと危ないよな?)

 あの巨大な竜が本気で暴れ出せば、周囲への被害は間違いなくシャレにならない。マスターであるカード少年を瞬殺して決めようと、腰を低くする。

 ………がっ、飛び出す事が出来ない。

 何かに妨害されているからではない。危機感を感じたからだ。

 先程まで、まったく主の事を意に介さなかったドラゴンが、突然気を引き締めた様にこちらを見据えてきた。理由は解っている。主であるカード少年の、更に後ろから、奏でられるバイオリンの音色。それがカード少年に何らかの能力強化を与えている。それがドラゴンにも伝わり、主として命令を聞くに値する相手と判断させたのだろう。

 少年は、奥を見据え、声を掛ける。

「アナタは?」

「奏ノノカって言います。この人には色々お世話になっちゃったのと、一人で戦うの怖いんで、お手伝い中です」

 そう言いながらバイオリンを弾く少女。楽器から奏でられる音楽は、旋律によって組まれた術、『イマジネート』だ。その効果を受ける対象を一人に絞り、能力の強化を行っているらしい。

 これによって強力なカードを自在に操れるようになった少年は、正に脅威として似つかわしい存在となった。故に、彼も諦めて口の端を笑みにするしかない。

「やれやれ、まさか入学初日が巨大竜との対決とは………。仕方ない。本気でやらせてもらうさ」

 そう言って彼は、瞳を赤く輝かせた。

遊間(あすま)零時(れいじ)、押して参る!」

「あっ!? ちょっと待って手札の確認したい―――うわぁああっ!? 来てる来てるっ!?」

「切城く~~ん!? 負けても私にシワ寄せしちゃいやだよ~~? ダメだよ~~? 無理だからね~~~!?」

 

 

 ノノカ契ペアと零時の戦いが始まる瞬間、もう一体の巨大物体が出現し、周囲にいたイマジン発動者達が吹き飛ばされていく。

 出現したのは全長十メートルはあろうかと言うライオン型のロボットだった。ロボットはまるで生きているかのように四肢を動かし、獣の方向を上げて威嚇する。その頭の上に、十歳ほどの髪を逆立てた男の子が掴まっていた。

「ガオング! まだ一次審査に通っていない人を守るんだ! 何もできずに失格なんて、そんなのあんまり過ぎる………! 皆さん! 僕達の後ろに! 発動するまでの間くらいなら守ってあげます!」

 少年の声に、未だ発動に至れなかった者達がわさわさと集まって行く。

「助かったぜ坊主!」

「良かった! 集中する暇がなかったのよ!」

「ありがとうな!」

 口々に礼を言って巨大ライオンロボットの背に隠れる受験生達。

 それを端で見ていたチャイナ服の少女は、少々呆れ気味に嘆息した。

「アア言うのって、ちょっとサービス過剰違うネ? 試験は皆平等ヨ?」

「ああ、まったくだ」

 その言葉に同意する者がいた事に驚き振り返る。

 腰ほどまである長髪、寝癖を何本も跳ねさせた、恐らくロ シア系の異人。彼女は見るからに面倒そうな表情で、大型ロボットを見ると、ホトホトうんざりしたような溜息を吐く。

「こっちは二次試験を楽にクリアしたいって言うのに、ああ言う偽善者ぶってるのがすっっっごく迷惑………! 弱った獲物を襲うのだって立派な兵法だろうが?」

 そう言う少女の周囲には、西洋甲冑の騎士達が剣と盾を構えて彼女を守る様に居並んでいた。どうやら彼女の作りだしたイマジン体の様だ。

 先程チャイナ少女が遠くで見たイマジン体。一次試験を無事終えた瞬間に、理解出来た黒い和装の少女、彼女と比べると、この西洋騎士達は幾分劣った存在にも見える。彼女にとっては別段脅威とは感じ取れそうになかった。ただ………、

「アナタ、なんでパジャマ?」

「あ、パジャマのままだ………まっいいか」

 その一言で、家から出てからずっと着替え忘れていると言う事が窺えた。

(エ? 何それ? 家カラずっと? 空港でモ、機内でモ、試験開始されるまでズット?)

 困惑を余所に、パジャマ少女は表情を改め、真剣な目をして片手を突き出す。

「全軍! 周囲に散開ッ! 能力を発動できていない者を速やかに打ちとるべしっ!」

 パジャマの主に従い、甲冑を纏った騎士達は一斉に走り始める。その動きに淀みはなく、まるで訓練された兵士の如し。動きの滑らかさだけで言えば、黒和装のイマジン体にも後れをとっていない。

 兵士の数はおよそ百。何処からそんなに溢れて来たのか解らないが、未だに身を守る事もできない弱者を探し、蜘蛛の子の如く散って行く。一体一体は弱そうに見えても、相手はイマジン体だ。イマジネートしていないただの一般人では、すぐにやられてしまう。しかも、百体の内、五十体は十体一組に分かれて行動し、まだイマジネートの甘い相手へと人海戦術で攻撃を仕掛けている。

(おまけに、アレだけ出してもまだマモリ堅いヨ………)

 甲冑騎士達が消えた後、変わりに主を守っているのは、銃で武装した米軍似の歩兵部隊だった。上下二段構えの射撃スタイルで主を囲み、銃に装着された銃剣の先を周囲に突きつけ威嚇する。これだけ守りが堅ければ、誰も容易に攻めれるとは思えない。彼女も間違いなく、合格者の一員だろう。

「ねえ? ナマエ聞いても良いカ? ワタシは陽凛(ヨウリン)言う。香港から来たヨ」

「ん………」

 チャイナ少女の質問に、パジャマ少女は兵隊の一体に顎で命令する。兵隊は黙って従い、名刺を手渡す。名刺には『オルガ・アンドリアノフ』とロシア語で記名されていた。………っと言うか本気で名前しか書いてなかった。他の情報は一切書かれていない。

「ぬふふ………っ! オルちん(、、、、)、中々に面白そうで、コンゴ期待できるヨ!」

オルちん(、、、、)………っ!? だと………っ!?」

 何かとてつもない嫌がらせを無防備に食らってしまったような表情をする、オルガ(パジャマ姿ロシア人少女)だった。

 

 

「お?」

 術式(イマジネート)を完成させたカグヤの元に、一体の西洋甲冑が迫って来ていた。

 瞬時九曜が反応し、それはばっさりと両断され、粒子片、すなわち光の粉となって虚空に消える。

「私より完成度の低いイマジン体です。ですがそれ故に、同じ個体を何度でも回収、再生を可能としているはず」

 言葉を言いきってからまたもや俊足。背後に周り、カグヤに襲いかかろうとした青年を蹴り付け、そのまま踏みつけると、逆手に持ち直した赤黒い刃を持つ剣で胸を突き刺す。容赦のない急所への一撃に、青年はすぐにリタイヤシステムによって消え去った。

 先程襲い掛かってきた騎士甲冑は、間違いなく本物のイマジネーターが創造したレベルだとカグヤには判断できた。だからこそ、気に止めてしまったが、乱戦状態で適当に仕掛けているだけだったらしく、抱いたほどの危機は訪れなかった。

杞憂(きゆう)で何よりだな………)

 頼もしい従者の背を誇らしく見つめ、カグヤは軽く息を吐く。同時に、九曜が蹴り技を使った時に、着物の裾が開き、何度も素足を御目にかかっているのだが、九曜自身が気に掛けているらしく、膝より上が見えない程度に上手くコントロールしている事に、内心安堵しての意味の『杞憂』も抱いていた。自分が見ても、他人に見せるのは(すこぶ)る嫌う独占欲の強い主だ。っと、そこに声が掛った。

「ヘイッ! ユウーーッ!!」

「んん?」

 英語とカタカナ読み日本語が混ざった様な声に振り返ると、三人のミリタリー迷彩ズボンを穿いた半裸の男が、最新式の重火器をフル装備状態でこちらに銃口を向けていた。

「アノ時ハ、ヨクモコケニシテクレタナッ!? タップリオ返シサセテモラウゾッ!?」

「………? ああ、イマジネーターは、言語中枢の理解力も高まってるのか」

 カグヤの耳には、汚らしい英語と、解り易くまとめ直された日本語が同時に聞こえていた。そのため軽い混乱を抱いたのだが、すぐに答えは導き出せた。イマジンにより活性化された脳が、効率良く回転し、相手の言語を素早く理解したのだ。それが、カグヤには同時に二つの言語で喋られているような錯覚を得るほど、高い理解力を有した状態にあると言う事だ。

 もし、これがカグヤにとって初めて聞く、未知の言語だったなら、理解するのにもう少し時間がかかったかもしれないが、幸い、カグヤは八カ国言語をマスターしているので、大した問題はない。そんな事より、カグヤは真っ先に知りたい情報がある。今、この男は聞き逃せない妙なセリフを口にしていた。

「“あの時”? 誰だこいつ等?」

 

 “そこにいたのは、金髪でガタイの良いアメリカ人らしき男と、黒人らしきスキンヘッドの男。そして同じく黒人のパーマにサングラスの男。三人が三人ともアンダーシャツに迷彩ズボンを穿いている所を見ると軍人か、もしくは元軍属、はたまた見た目倒しのミリタリーオタク………”。

 

誰だこいつ等(、、、、、、)?」

「空港でお会いした、とるに足らない存在です。忘れていて問題無いかと?」

「じゃあ、初めてで良いや」

 僕の発言に、あっさり思い出す事を放棄した主。向こうも言葉を解するようになっていたらしく、その発言に頭の血管を何本も浮き上がらせていた。

「何処マデモ舐メ腐リヤガッテ!? アノ時ハ俺達モ『イマジネーター』ジャナカッタガ、今度ハ同ジダ! ダガ俺達ニハ、オ前ニハナイ戦場ノ経験ガアル! 実戦経験ノ差ッテ奴ヲ教エテヤルッ!」

 そう言って三人は縦一列になって真直ぐ走り寄ってくる。九曜は瞬時に反応して先手を取って叩き潰そうと身を低くする。それをカグヤは手で制した。

「待った。俺も完成させたイマジネートを試しておきたい」

 その一言に頷いた僕は、恭しく首を垂れて、主のために道を開ける。

 それを一笑に伏しながら、ミリタリー三人が銃を構える。

 銃口から火花が迸る前、無造作に右手を突き出したカグヤは、ただ一言で、“それ”を呼び出す。

「こい、軻遇突智(カグヅチ)

 刹那迸った紅蓮の大蛇、それは顎を開くと、あっさりミリタリー三人を呑み込み、黒焦げに変えてしまう。『リタイヤシステム』が無ければ、一発で消し済みになっていたかもしれない高温の炎蛇は、未だ完全に顕現している訳ではないらしく、大量の炎を身体から噴出し、縦横無尽に戦場でとぐろを巻きながら、己の形を固定していく。カグヤのイメージした軻遇突智になるためには、発動から完成までに時間がかかってしまっている。そのために、炎蛇は必死に体をくねらせ、己の形を作ろうとしているようなのだが………。

 その途中で軻遇突智が見つけたのは、地上に炎のブレスを吐き付け、一人の少年と戦っている西洋竜。何故か軻遇突智は、それが気に入らなかったらしく、目ざわりと言わんばかりに西洋竜“焔征竜ブラスター”を背後から強襲、未完成の己の身体事焼き尽くした。

「あ、やべ………っ」

 焦るカグヤ、そして迸る絶叫。

「ぎゃあああぁぁぁ~~~~~~っ!!? 僕様の焔征竜ブラスターが~~~~~っ!? 何処のどいつだっ!? こんな不意打ちしやがった奴わっ!?」

 不意打ちされて涙を流す、焔征竜ブラスターの主、切城(きりぎ)(ちぎり)は、ポケットから大量のカードを取り出し、中空へと投擲する。

召喚(コール)! 『クリボー』+『増殖』! 『ブラスターダーク』! 『母を想うフェイト』×3にクライマックス『ファランクスシフト』の大コンボじゃあぁぁ~~~~っ!!」

 妖怪土転びの様な、毛玉に目と手足が生えたようなサッカーボールサイズのモンスター、クリボーが、『増殖』と書かれた魔法カードの効果に従い、次々と無限に数を増やしていく。しかも何かに触れる度に起爆するおまけ付き。そのクリボーを切り裂き、己の力の糧とした黒き剣士が、次々とハイパワーで周囲の人間を切り裂いて行く。さらに黒き洋装の金髪ツインテールの少女が三人、空中で幾つもの雷球を創り出し、文字通り雨の如く、地上に戦火の砲撃を見舞っていく。正に地獄絵図の光景が広がる。

「切城くん!? ちょっと、これやり過ぎじゃない!? って言うかこれ全部を援護するのちょっときついんだけど………? あれ? 聞いてる? ねえ聞いてる~~?」

 彼の補助をしていた奏ノノカは大慌てで叫ぶが、本人は聞こえていない様子だった。

 それを確認したカグヤは、内心かなり慌てながら、表情には一切出さず、己の僕へと向き直る。

「九曜、お前隠密系とかできるか?」

「影か水場があれば紛れ込ませる事は出来ます」

「よしっ、俺は今ので合格条件を満たした! 後は時間まで隠れてやり過ごすぞっ!」

「御意」

 犯人である事がバレる前に、加害者は逃走を計った。

 戦火の真っただ中に追いやられた被害者達の怒声と悲鳴を背に、カグヤは心中合掌しながら隠れるのだった。

 

 

 一方、増殖した機雷モンスターの被害を受けている不幸な三人組が此処にいた。いや、正確には、先程から被害を受けまくって、未だにイマジンの発動にすらこぎつけていない面々だろうか?

「だ~~るまさんが~~こ~~ろん、だ! ………動いたら反則ですよ~~?」

「え? 止まるのがルール?」

「止まっちゃダメですよ!? 止まるわけないですよ!? そっちは止まって~~~!」

 車椅子の少女が一人で勝手にだるまさん転んだをして、無視され、『反則』と言う言葉に慌てて従おうとした少年が立ち止まり、それら全てにツッコミを送る細目の少年。

 最早言わずもがな、及川凉女と機霧(はたきり)神也(しんや)宍戸(ししど)瓜生(うりゅう)だ。

「では鬼ごっこで! タッチされれば今度は私達が追い回す番ですよね?」

「そうなのっ!?」

「やめてぇ~~っ!? 触った瞬間爆発するからぁ~~~っ!?」

 被害者はどう見ても瓜生一人だけにしか見えないが………。

「う~~~ん、でも、このままじゃ本当に何もできずに失格ですよね?」

 神也は少しだけ困った表情になると、足を止めて振り返るとクリボー集団に向けて右手を翳す。

「戦闘用プログラム、技術ノ創造主(テクノクリエイター)

 彼がそう呟いた瞬間、周囲に電流の様な物が迸り、透明な輪郭が浮き上がり始める。それは電流の迸りが激しくなるのに合わせ、より鮮明な物へと変わって行き、激しいスパークを放った。スパークの光が消えた後には、完全に姿を露わした、腕に装着する様な形の巨大な銃身があった。

「ファイアー」

 神也が呟き、銃身内のトリガーを引く。近代機械的なデザインを持つ銃は、トリガーが引かれた事により、内部の撃鉄を打ち付け、装填されていた十センチ砲弾を爆炎を上げて解き放つ。 その弾丸が一番近くのクリボーに命中し―――、次の瞬間、爆炎の放射光線が、直進十五メートル先まで貫き、強力な爆風を周囲に撒き散らした。

 暴力的なまでの砲弾の一撃。純粋な火薬による火力では説明のつかない被害に、一同は呆然としてしまった。周囲で生き残ったクリボー達も、増殖した互いを見合って「何が起きたの?」「やばくないアレ?」「アレに向かうの?」「え? マジ?」みたいな会話でもしていそうな戸惑いを表していた。

「パージ」

 腕を下ろし、その一言で腕の銃身を取り外し、地面に落とす神也。これだけの被害を創り出しておきながら、彼は舌打ち交じりに不満の表情を作った。

「チ………ッ、火力が全然足りない」

「ふざけろっ!!」

「まてまてまて!! どう考えても違うだろう!!」

「いや、ちょっ!? え? うわっ、む、無理! 色々無理だから止めてっ!?」

 恐ろしい一言を漏らす少年に、亜麻色、セミロングの髪をアップで纏めている、黒ぶちで大きなメガネをした少女が簡潔に抗議し、黒髪に黒目、背は長身のほうで、髪の長さは前髪が目にかかるほど、後ろ髪は首までのセミロングの少女が「リアルじゃねえ!」っと言わんばかりにかみつく。そしてもう一人は、身長160cmくらいの栗色セミロングをした可愛いタイプの少女がかなり焦った表情でオロオロしていた。

 つまるところ、誰もが彼に対して危機感を抱いていた。それはもう、『触るな危険』と書かれた爆発物でも見る様な目で。

「足りませんでした? でしたら………」

 しかし、ここに一人、まったく動揺していない少女が、車椅子から降りて(、、、、、、、、)、彼の隣まで歩むと、右手を掲げて厳かに―――、

創造(クリエイション)―――」

 能力発動の合言葉(コマンド)を呟き―――、

「『バスターカノン』リリース―――」

 新たな武装を呼び出す。

 彼女の足元に魔法陣の様な幾何学模様(きかがくもよう)が浮かび上がり、まるでそこから取り出すかのように巨大な砲身が飛び出す。

 先程神也が創り出した銃身が腕の延長線上に作られた大砲だとして、今度創り出されたのは、近未来的なデザインは一緒でも、その大きさを遥かに超えた“戦艦砲”だった。しかもデザインからして、肩から腕に掛けて人が(、、)装着して撃つようになっている。ゆうに十メートルに届きそうな巨大な砲身をだ。それを人が撃つ事を前提に創り出されている。

「あ、ありえない………」

 色んな意味を込めて呟いた瓜生の言葉を無視し、その戦艦砲を創り出した少女、凉女は、まるでお世話になっているおばあちゃんに蜜柑のお裾分けでもするかの様な笑顔で―――、

「はい、どうぞ♪」

 渡した。

「ありがとう凉女! ………よいっしょっ!」

 装着した。

 構えた。

「ふえ?」

「おい待て………」

「――――ッ!?」

 先程文句を言っていた三人の少女が、神也の向けた銃口の射線上に居る事に気付き、慌て始める。

 戦艦砲はビーム兵器らしく、内部の機械が動き始め、エネルギーを急速充電。僅か0.5秒で光を放ち始め、いつでも撃てる事を主に知らせる。

 慌てた誰かが必死に叫んだ。「止めてくれ」と。

 無視して神也は再び引き金を引いた。

 エネルギー砲故に反動はない。だが、圧縮されたエネルギーの解放により生じた急激な熱変化が、周囲に熱風を叩き付け、後ろにいた瓜生すらも吹き飛ばしてしまう。放たれた光の本流は、またたく間に参加者と増殖クリボーを一掃していき、空中で弾幕を続けていた黒服金髪の三人少女達をも一瞬で呑み込み―――、

「………え?」

 ―――その先でイマジン発動に苦戦している者達を守っていた大型ライオンロボットへと迫る。

「み、皆さん逃げてぇ~~~~~~~っ!!」

 慌てて少年はライオンロボットを変形させ、人型に変えると砲撃に背を向け、皆を庇うように膝を付かせる。それでもとても耐えられない。少年は自分の作りだしたロボットが粉砕される絶望を胸に過ぎらせた。

 そして、彼以外にもそれに巻き込まれる者は多く存在し、慌てて対処を試みる。

「ご、『金時計:黄金への時間(ゴールデンタイム)』………ッ!!」

「アーミーズ! 私を守れっ!!」

「幻想曲第二楽章:≪幻迷の森≫………っ!!」

「水面に映る私の檻! 水面故に干渉できぬが、故に封じ込める………。錬成『ミナモノオリ』!」

「我と契約し天を司りし二匹の龍よ! 我が身に宿りその力を我に貸し与えよ! 白き龍皇アルビオン!」

「ってうお………!? こっちに来た!? 九曜! 神実(かんざね)!」

「御意!」

「く………っ!? なんてとばっちりだ!?  天之狭霧神(あめのさぎり)!!」

発動(コール)! トラップカード『攻撃の無力化』+『聖なるバリアミラーフォース』+『閃光の盾、イゾルデ』で完全ガード!!」

 運悪く、偶然にも射線上に残ってしまった者達が、次々と(イマジネート)を発動し、砲撃から逃れようとする。放たれた破壊の光は遠くなればなるほど拡散していき、広範囲へと攻撃が及ぶ。しかし、いくら広い会場とは言え、遮蔽物の存在しない、距離に限界のある室内。拡散した光線は高い天井まで覆い尽くし、壁向こうまで着弾。砲撃の嵐に、対抗手段を行った者達をも、まとめて呑み込んでしまった。高熱量光線が床や壁、天井を急激に焼き尽くし、急激な温度変化と物質崩壊に合わせ、会場全てを呑み込む大爆発が轟いた。

 吹き荒れる風圧、立ち込める爆煙。長く落ちる静寂。

 射線外に居て、なおも風圧で吹き飛ばされた者達が、煙の間から零れる『リタイヤシステム』によって転移する光の粉を、呆然と見つめ、誰も行動が起こせなくなっていた。

「うんっ!! 大満足の大火力っ!! 今度は天井を貫くくらいの威力を希望!!」

「圧縮率が悪かったかしら? もう少し勉強しませんとぉ………。次は満足いく物を作りますねぇ♪」

 笑い合う神也()凉女(金棒)

 誰もがこの二人を見て思った。

 

(((((ま“混ぜるな危険”ッッッ!!!?))))

 

 知っておかないと危ない生活の知恵にしては、暴力的な被害ではある。

 なんて恐ろしい二人組だ。瓜生が呆然と二人を見つめる中、もっと驚愕の出来事が目の前に広がった。煙が晴れ、床が焼け爛れた地獄絵図に、立っている者達が居たのだ。

「あ、ははは………、生きてる? 生きてる! 時間の力って素晴らしい!!」

 両手に金と銀の時計を握った亜麻色の髪をした黒ぶち眼鏡の少女、ルーシア・ルーベルンが、光線の射程ギリギリ外で、座り込んで泣き笑いを―――、

「………お?」

「無事かなお嬢さん?」

 カーネル・オブ・アーミーズ(Kernel Of Armys)を全て吹き飛ばされ、床に転がっていたオルガ・アンドリアノフを庇うようにして立っていた、金髪碧眼の両手持ち用の丈夫な剣を持つ男、ジーク東郷がオルガに笑い掛け―――、

「切城くん~~~っ!? 生きてる! 生きてるよ私達~~~っ!?」

「うおおおおぉぉぉ~~~っ!? ホント、ダメと思ったよマジでぇ~~~ッ!?」

 互いに手を取り合って涙ながらに生還を喜ぶ奏ノノカと切城契―――、

「アレだけ半減したのにこの威力とは恐ろしい………」

「まあ、防いだからよしだな」

 白き龍皇を呼び出し、光線の威力を削いでいた浅蔵星琉と、偶然近くにいたので、彼女ごと空間を断絶する壁に囲んで防御した、おそらくあの攻撃に曝され、最も余裕を持っていた水面=N=彩夏が星流を気遣い―――、

「た、助かった………! ありがとう………!」

「いや、俺達じゃないだろう? 半分はお前が何かしてなかったか? まあ、聞かないけど………」

 何故か、そこだけが攻撃に曝されなかったかのように、真新しい床が放射線状に残っている場所で、胸に手を当て礼を言う明菜理恵と、完全に偶然彼女を庇う位置に立っていた黒い刃の刀を握った東雲カグヤが、疲れた表情を見せ―――

「やれやれ、こんなとばっちりは二度とごめんにしてもらいたいな………」

「ひっく、ひっく………、あ、ありが、ありが………っ! ひっく………」

 カグヤ達と同じように、真新しい床の上で溜息を吐く遊間零時と、そんな彼に庇われるように抱きしめられ、お礼も言えないほどテンパって泣いている少女、雪白(ゆきしろ)静香(しずか)が―――、

「み、皆さん~~………? 無事ですかぁ~~………?」

 皆を庇ってロボットを操っていた子供、相原勇輝が、何とか庇った腰を抜かしている受験生へと震えた声で呼びかけている光景があった。

 中には、残骸の中から復活してくる者や、次元の壁が割れて、避難していた者が現れたりと、意外なほどに多い生存者の姿がドンドン溢れていく。

 その光景を見たある者は、顎を落とし、ある者は神や英雄を見たかのように跪き、ある者はもう笑うしかないと壊れた様に笑い声を上げていた。

 瓜生もまた、その光景に呆然とするしかなかった一人だ。

 

 ズバッ!

 

 故に彼は、背中に走った熱い感触の意味を知るのに、しばしの時間を有した………。

 

「え………?」

 振り返った彼が見たのは、いつの間にか自分の後ろに立っていた黒い剣士が、身の丈ほどの巨大な剣を振りきっている姿。そして、一拍遅れて飛び散る鮮血。更に遅れて迸ったのは、背中への激痛。

「主の攻撃命令がまだ終わっていなかったのでな」

 黒い剣士はそう言って剣を払った。

 此処に来てやっと、自分が斬られた事を自覚した瓜生。背中を袈裟掛けに切られ、あまりの痛みに膝を付く。

 少しずつ、少しずつではあるが、次第に身体が光の粉に覆われていく。自分が『リタイヤシステム』により、この場所から追い出されようとしているのが解る。

(そんな………!? もう終わり………? 何もしていない内から、終わりだって言うの………?)

 こんな終わりがあるだろうか? せっかくここまで生き残ったのに、一次審査を合格できる力は確かに感じているのに、そこに辿り着く事も出来ず終わってしまうと言うのだろうか?

(そんなの………、そんなの認めたくない………! 認められない………っ!!)

 終わりたくない。終わらせたくない。そんな気持ちが彼を突き動かす。

 そうだ、どうせ終わってしまうと言うのなら、最後まで足掻いて見せなくてどうするのかっ!?

 胸に弾ける想いのまま、彼は振り返り、黒い剣士に飛び付くと、その腕へと齧り付き―――“血を啜った”。

「!? 何のつもりだ!」

 黒い剣士は瓜生を突き飛ばし、その心臓目がけて剣を突き刺し、貫いた。

 血反吐を吐き、脱力した少年を地面に叩き付け、黒い剣士、ブラスターダークは訝しそうに見下ろす。

 “何故、『リタイヤシステム』の光が消えているのだろう?”っと………。

 

「………ったく、こんな時ばっかり、いつも呼び出しやがって………」

 

 呟き。

 起き上る瓜生。

 驚愕しながらも、ブラスターダークは、今一度剣を振り被り、瓜生へと叩き付ける。しかし、切り裂かれた瞬間、瓜生の身体は霧となってすり抜ける。霧はブラスターダークを通り過ぎ、背後で再び瓜生の姿へと変わる。ただし、最初の瓜生とは姿が違っていた。黒髪黒目の典型的な日本人男性だった彼は、その髪を金色に染め、瞳も怪しいほどに赤く染まっていた。ニタリと笑った口から覗く犬歯は、まるで獣の様に鋭く尖っている。

「き、貴様―――ッ!?」

 言い掛け、ブラスターダークは言葉を止めた。

 正確には発せられなかった。気付いた時、彼の胸を、瓜生の右腕が貫き、イマジン体を形成している核(純度の高いイマジンの集合した球体。人間で言うところの心臓)を握り潰していた。

 核を失い身体を維持できなくなったブラスターダークは、イマジン粒子へと爆散させ、主の元へ戻って行った。

「けっ! 人間相手じゃねえと少し物足りねえな………。まあいい、せっかく変わったんだ、少し楽しんで行くか?」

 瓜生は笑いながら周囲を見回し、次の目標を探る。

 ―――っと、そこで目に付いたのは、先程とんでもない破壊行動をした二人組だった。

「せっかくの火力なのに生き残り多過ぎだっ!? どうして!? 計算できない………っ!? はっ!? 火力が足りなかった………っっ!? 凉女! もう一発お願い!」

「へ? 二門(、、)ですか? わかりました。もう一門出しますね♪」

 危険物が大量に混ざり合う、化学反応を見せていた………。

 聞き付けた周囲の者達が、我先へと逃げていく中、瓜生は面白そうに顔を歪めた。

「まずはアイツ等から潰すか………っ!」

 あの二人が、誰の友人であったかを想像し、楽しそうに顔を歪める。

 彼が、一歩踏み出し、先程ブラスターダークから奪った力を使おうとした時―――突然、凉女の創り出した二門の戦艦砲がバラバラに切り裂かれた。

「きゃ………っ?」

「な、なにっ!?」

 驚く二人を余所に、今度は別の場所で悲鳴が上がる。悲鳴は続き、一人、また一人と、身体を切り刻まれて倒れて行く。

 武器を破壊され、身体を切り裂かれ、巨大物体を押しつぶされ、謎の現象が受験生を次々と失格に追いやって行く。

 瓜生は辛うじて捉える事が出来た。僅かに残った爆煙の隙間を縫うようにして、何者かの影が奔っている姿を………。

「くそ………っ!?」

 二匹の大型狼を使役していた男が命令を出して影を捕らえさせようとする。主の命に従い、影に飛びかかった狼は―――空中に居る一瞬で切り裂かれ、その身からイマジン粒子を鮮血の如く噴出させた。

 驚く間もなく、狼の主は影の疾走に巻き込まれ、その身を傷だらけにしてリタイヤした。

 走り抜ける影を見て、その正体を知っている二人が、呆然と呟く。

「暴れ出したか………、あのバトルマニア………」

「こんな乱戦状態………、今まで大人しくしてた方が不思議なくらいです………!」

 東雲カグヤと相原勇輝は、塾生時代を思い出しながら、その影に対し軽い畏怖―――っの様に見える呆れを表情に浮かべる。

 影の疾走は止まらず、次の標的としたのは、カソックを着た神父めいた格好をしている金髪の少年だった。

「? おや、私を御所望ですか? しかし、暴れん坊なアナタを相手にするのは些か―――」

 言いつつ彼は十字を切った。

 瞬間、彼に飛びかかってきた影が、目測を誤った様に通過し、地面を転がった。

「おやおや? 暴れ馬の正体は何とも可愛らしいお嬢さんでしたか?」

 皮肉気に彼が言う先、影として疾走していた者の正体、一人の少女を見降ろす。黒く艶のある長い髪を、うなじの辺りで纏めているオニキスの様な黒い瞳をした少女。両手には両刃の剣が握られている。

 少女は先程までの疾走が嘘のように動きを止め、しきりに自分の目の前で手を振っていた。まるで目でも見えなくなったかのように(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)

目を失いましたか(、、、、、、、、)? 何とも運の悪い御方ですね?」

 そう語る神父に、はっきりと視線を向けた少女は………心底楽しそうに笑みを浮かべた。少女らしい愛らしさのある、しかし獣の様な爛々と輝く瞳で、彼女は地面を蹴り潰す勢いで奔り、両の剣で神父に襲い掛かる。

増加したのは欲望ですか(、、、、、、、、、、、)? つくづく運の悪い御方だ………」

 そう言って神父が再び十字を切ると―――、ガクンッ! っと、少女の身体が傾げ、踏み外したように地面を転がる。瞬時に立ち上がろうとするが、彼女の右足が言う事を聞かず、まったく動かない。怪我をしたと言うよりも、足その物が“動く”っと言う動作をしない物へと変わったかのように、完全に脱力しきっている。

「今度は脚ですか? 相当運の悪い御方ですね? これでアナタは先程のような俊足は出来なくなりました」

 暗に終わりだと告げた神父は、再び十字を切りながら、人の悪そうな笑みを向けて名乗る。

「クライドと申します。短い間かもしれませんが、お見知りおきを」

 そう言ってお辞儀するクライドに対して―――、ガツンッ! 床に剣を突き立て、片足で立ち上がった少女が、見えぬはずの目でしっかりと神父を捉え、名乗り返す。

甘楽(つづら)弥生(やよい)です。きっと長いお付き合いになります」

 そしてまた笑う。

 爆発。

 片足一つの力で跳躍した弥生は、床を破壊しながら物凄い速度でクライドへと迫る。

 慌てる事無く躱したクライド。剣は虚しく空を切り、前のめりの姿勢だった弥生は顔面から床に向かって疾走―――もう片方の腕が巧みに剣を操り、床に切っ先を突き立てる。床に固定された剣を中心に振り回される身体を巧みに操り、一回転、再び独楽の様に回転しながら神父に横切りを放つ。

 これも慌てず躱した神父。だが、今度は脚で床を捉えた弥生は、恐るべき俊足で瞬時クライドへと迫る。両手から繰り出される剣激をなんとか避け、左右に身体をずらして翻弄しようとする。

 だが追ってくる。それでも弥生は剣を、重心を、片足を、巧みに使って先程と変わりない速度でクライドを追い詰めていく。

 まるで右足が動かないのは、最初からそう言う生物だったからのように、振り回される右足を見事にバランスを取るための道具として扱いながら、揺れる髪の毛を獣の尻尾に見立て、“三本脚”の獣が神父を追い詰めていく。

 見えぬはずの目で、動かぬ足を一本引きずって、それでもなお、少女は狩る側()であった。

「く………っ! アナタは珍生物か何かですか………っ!?」

「普段なら文句言うところだけど………何だか今はそれでも良いかもっ!!」

「強欲を強めたのは裏目の相手だったかもしれませんね………ッ!!」

 歯噛みする神父は気付いていない。自分と戦いながらも弥生は隙を見つけては周囲の受験生達を攻撃し、確実に数を減らしている。それも、相手は必ず一次試験を通過している物に限りだ。まるで強者を求めるかのように、少女は攻撃の手を緩めず、しかし此処に至って未だに優雅さを損なう事無く、それでいて獣の如く邁進していく。

「………面白ぇ」

 瓜生は口の端を歪めた。

 此処にいるのは、誰一人として一筋縄ではいかない様な強敵ばかりだ。そんな相手を、もし自分が叩きのめす事が出来たら? そんな事を考えると、堪らなく楽しくて、居てもたってもいられなかった。

「俺にもやらせろ~~~~~っっ!!!」

 叫び飛び出した瓜生はが神父と獣少女を同時に攻撃する。いつの間にか握っていた、ブラスターダークの黒い剣を振り降ろし。

 同時に離れるクライドと弥生。床を切り裂き衝撃波が起こる。

 瓜生は楽しそうに剣を掲げ、誰から切り裂くかと吟味する。

 突然の乱入者に苦い顔をするクライドとは対照的に、弥生はますます表情を輝かせていく。

 ―――っと、その時、突然勝負は終わりを迎えた。

 

「タイムアップ!!! 全員戦闘中止!! 今現在の生き残りを二次試験通過者とする!!!」

 

 刹那、会場全体に襲い来る気配。例えるなら、広がってきた結界に閉じ込められたような、そんな感覚が受験生達を襲い、全てのイマジンが消滅する。

「九曜………!」

「大丈夫です、我が君」

 一瞬、イマジン体である九曜も消えてしまった事に焦るも、瞬時に現れた九曜が無事を知らせる。

「焦った………、消されたの形だけか………。これが噂の無効化能力一種『キャンセラー』か………、まあ、考えて見たら『イレイザー』の方なんか使ってきたりしないよな?」

 カグヤが一人で納得している中、バルコニーから受験生を見降ろす、学園長斎紫(いつむらさき)海弖(うみて)は、呆然とする受験生達を見降ろしながら告げる。

「これより君達は別室にて、三次試験を受けてもらう事になるが………、はっきり言ってしまおう。三次試験を通過できなかった者は、未だ嘗て、過去に一度の例もない! つまり、実質的に、ここに残った君達は、全員合格したと言う事になる! それは我々、試験管を務めた教師一同からも否の無い物となっている」

 海弖の言葉に、皆は呆然実施したまま、ポカンと口を開けた。

 合格? 二次試験終了と共に? アレだけの激戦を潜り抜けた結果、もうこれで合格?

 拍子抜けするような事実に、誰もが反応に困る中、海弖は続ける。

「三次試験を受ける前に、私から皆に伝えなければならない事がある。これは最終試験を合格できるか否かに関わる重要な事柄でもあり、未だ嘗て、誰もが本能的に理解していた内容だ」

 一拍の間を置き、生徒達が耳を傾けるのを待ってから、彼は始める。

「『イマジン』それは元々は自然界に発生する、極小規模な超常現象を引き起こす、“幻覚”の一種に過ぎなかった。この力が“万能”とされるようになったのは、この学園が設立される少し前、『イマジン』の人工精製が可能になってからだ。それは、皆も知っている通り、『イマジン』が万能足り得る力を発揮するためには、人工的に作られた純度の高い『イマジン』と、そのエネルギーの莫大な質量を要したからだ。そのため、未だ嘗て、自然発生で生まれた『イマジネーター』は存在していない。この学園の卒業生以外に、『イマジネーター』は存在していないのだ」

 海弖の言葉に、カグヤは姉から教えられた事を思い出す。

 イマジンが外部に流出しない原因の一つとして、あまりの需要の無さが存在する。いくら万能の力と呼ばれていても、その万能を振るうためには大質量エネルギーを要する。故に、実際にはギガフロートやイマジン塾から裏ルートで取り寄せるよりも、普通に弾薬を作った方が圧倒的に安価なのだ。また、イマジンを人工的に製造するには、それを可能にした『イマジネート』術式が必要となるため、結局のところで、イマジンと言うエネルギー頼みなのだ。無理してイマジンエネルギーを手に入れても、使えるかどうかも解らない人間に、本当に一瞬だけ夢を見せるのが精一杯。とても実用的ではないと言える。

 一般人にイマジンの事を良く解っていないのも、一般家庭にイマジネーターが存在できない事が由来している。

「故に、君達は理解してもらわなければならない。この言葉の意味を―――」

 海弖は一度息を吐き、もう一度息を吸って、受験生全員に届く様に声を張る。

 

「“イマジンは万能なれど、決して人は万能ではない”!!」

 

 その言葉に、誰もが固まって頭の中で反芻させた。

 イマジネーターになったが故に、活性化された彼等の理解力が、その言葉の真意を正確に読み取る。

 そう、イマジンは確かに万能の力だ。人の想像一つであらゆる力を引き出し、あらゆる建造物を創造し、あらゆる神秘を再現し、あらゆる生命を生み出す。正に万能、神の力。それを振るう事、すなわち神と見紛う力。

 だがそれでも、人は神には至れない。

 イマジンは万能であり、それは神の力と言っても相違はない。だが、それは人が万能と言う事には結びつかない。例え、万能に等しき力を振りまわしても、それは人が万能であることの証ではない。

 イマジンは万能だ。だが、元々不完全な存在たる人は、不完全故に不完全の領域までしかイマジンを使う事はできない。故に人は、万能たる神には届かないのだ。

 皆がその事実に行きついたであろうタイミングを見計らい、海弖はニヤリと口の端を笑ませる。

「さあ、正面の扉が開いた。その先に進み、祭壇に手を翳したまえ! それが君達の最後の試験、三次試験………『刻印の儀』だ!」

 海弖のいるバルコニーの下、受験生達の正面の壁が大きく口を開け、通路となる。

 一拍、戸惑う様な間を開けてから、彼等は自分達の足で歩み始める。

 約百八十人の受験生達は、暗い通路を通り、自分達が何故この学園に来たのかを思い出す。

 信念と覚悟、夢に希望、願いと悲願。もしくは特に何もなく、だが期待と不安を―――。

 あらゆる想いを胸に、彼等が辿り着いたのは、巨大な祭壇であった。赤塗りの和風式で作られた、近代的なデザインで作られた球体上のドーム。入口付近から壁沿いに、ズラリと並ぶのは、人一人が入れるスペースの小さい囲いがされたコンソールの様な物が窺える。腰ぐらいの高さに水晶らしき何故の球体が存在し、それが台座の上に嵌めこまれている。球体はバスケットボールくらいの大きさで、中で光の粒が蛍の大群のように動き回っている。受験生の一人が試しに軽く手を翳してみると、光の粒が慌ただしく動き始め、何やら文字らしき物が浮かんでいる様にも見える。知っている言葉としてはコンソールと以外表わすのが難しい。

 身も蓋もない言い方だと、デパートなどで見かける子供向けカードゲームの筐体だろうか?

 正面奥、高い壁に唯一ある広い階段が存在し、その上から何者かが下りてくる。現れたのは着物に身を包んだ半透明の女性。

「こんにちは~、皆さん、二次試験通過おめでとうございますぅ。私は吉祥果ゆかり言います。君等の教師になるんよ? 三次試験最後の説明をしたるから、よう聞いとってな?」

 ゆかりは柔和(にゅうわ)な表情で小首を傾げて笑う。

「っと言っても難しい事なんてなんもあらへんのよ? 受験生一人に付き一人、目の前にズラッと並んどる水晶玉、一応『魂祭殿(こんさいでん)』言うんやけどね? そこに立ってもらって、私が合図したら己の信念を強く心に抱きながら水晶に手を触れてくれればええ。もし水晶が全く反応せんかったら失格やけど、たぶん大丈夫やろう。信念に思い当たらん子は、ただ自分の中で強く引き出せる感情を引っ張ってくれればええからね? その心に善も悪も関係無いよ。ただ反応させられれば合格」

 言われた受験生達は、適当にバラつき、水晶、『魂祭殿』の前に立つ。隣とは壁で敷居がされていて、隣の様子すら窺えない。

「皆準備ええみたいやね? ………ほな、そのまま手を水晶に乗せ、心を込めて」

 言われた受験生達は、水晶に手を翳し、己の信念を心に強く抱く。

 

 及川凉女は強く望む。

(此処にいる限り、私は眼を覚ましていられる………。家族を、皆を心配させないためにも、私は此処に居たいです………)

 水晶は青く輝き、青い光の粒を渦巻く様にして巻き上げた。

 

 奏ノノカは望む。

(二度と動かないと言われた手が、ちゃんと動いた! またバイオリンが弾けた! だから………! これからも弾き続けさせて………!!)

 水晶の光が青く輝き、まるで旋律のように光の粒が渦巻く。

 

 相原勇輝は誓う。

(父さんとの約束を守るために、父さんの言葉を証明するために………! 僕は、正義の味方になる!)

 水晶から、僅かに赤みを帯びた光が溢れ、光の粒を真上へと吹き上げる。

 

 機霧神也は誓う。

(僕を作ってくれた皆の願い、本物の『デウス・エクス・マキナ』になるために、、ここで全てを学んで見せる)

 水晶から僅かに鋼色の光を帯び、幾条にも分かれた光の線が天へと延びる。

 

 ジーク東郷は望む。

(ここでならきっと、俺のブリュンヒルデと出会えるはずだ。必ず見つけて見せるぜ………!)

 水晶から僅かに赤みを帯びた光が溢れ、幾条もの光が天へと延びる。

 

 東雲カグヤは決意する。

「九曜」

「はい、私達の望みは、ただ一つ………」

 二人手を重ね、同時に声に出して表明する。

「「東雲神威を、この手で―――ッ!!」」

 水晶から激しく光が迸り、桜色の粒となって舞い上がる。さながら桜吹雪のように溢れる光の中、二人は重ねた手を強く握り合い、水晶の奥、目標とする者を強く睨みつけて。

 

 多くの光が湧きあがる中、ゆかりは着物の袖で口元を隠しながら上品に笑みを浮かべていた。

(桜色が三つ、『人柱候補』三人か………、ホンマに今年は豊作やね………。それに、他にも面白い光り方しとる子が居るねぇ?)

 クスクスッ、と笑いながらゆかりは袖を放し、高らかに受験生達へと告げる。

 

「これを持ってっ! この場にいる受験生全員を、合格と見なしますぅっ!!! おめでとう! そしてようこそっ! 柘榴染柱間学園へ!!」

 

 ハイスクールイマジネーションの物語は、こうして始まった。




あとがき

ゆかり「入学試験、無事終了したなぁ~~♪」

美鐘「ええ、こちらも難なく終了しました」

ゆかり「あれ? 美鐘ちゃん、今まで何してたん?」

美鐘「なんで知らないように言ってるんです! イマジネーションスクールの入学試験は外部の人間が容易く入り込める絶好の機会です。未だに各国の、特にギガフロートを有していない国のスパイが、イマジンエネルギーの情報、もしくはそれその物を得るため、学生に紛れてスパイを送り込む事が多いのです。それらを始末するのが、私達試験管役の教師の仕事だと教えてくれたのはゆかり様ですよ?」

ゆかり「そうやった? ごめんなぁ~? 長い事生きとると、物忘れする事が多くてなぁ~?」

美鐘「イマジンで再現されているとはいえ、幽霊って生きてるって言うんですか?」

ゆかり「なんや他にも忘れてる事あるかもぉ? ちょっと今回の試験についてお浚いしよか?」

美鐘「はあ、いいですけど………?」

ゆかり「ほなまず基本から………、なして一次試験と二次試験は同時に行われるんやった?」

美鐘「一次試験の内容は『イマジンを発動させること』です。このイマジンを発動させるための条件は、会場内に充満させておいたイマジンを呼吸によって取り込み、臍下丹田に吸収させる事で、イマジンエネルギーを術式、つまり『イマジネート』へ変える事が出来ます。そして、発動のキー、トリガーとなる部分は、追い詰められた状況と言うのが一番効果的であり、手っ取り早い。だから二次試験のバトルロイヤルを同時に行っているんです」

ゆかり「うん、その通り☆ ほな、学園側としては、被験者であり、研究対象でもある入学生を故意に削る様な試験内容な理由はなに?」

美鐘「この程度を生き残れなければ、イマジネーターとしての適性が無いからです」

美鐘「そもそも『イマジネーター』は、戦闘状況に於いて、勝利するための方法を本能的に直感します。それ故に、つい最近まで素人だった人間が、プロの軍人にさえ圧勝してしまえる能力を有するのです。ですが、イマジネートに至れた者がイマジネーターなのかと言えば、これは大きく勘違いです」

美鐘「ただイマジネートできる人間は、実は人類のほぼ100%が可能です。中には発動に戸惑う方もいるでしょうが例外はいません。万能な力故に、望めば望んだままに力を与える。それがイマジンですから。ですがそれ故に、イマジンは個人の想像力に大きく左右されてしまいます。この世界の多くの“現実”を目にしてきた者は、その“現実”に“想像”までもが浸食されてしまいます。その結果、イマジンはより“現実的にありえる力”として発動してしまう。そんな枠に嵌る程度の力が、常軌を逸した者同士の戦い、つまり『イマジネーター』同士の戦いに勝ち上がれるはずもありません故に、あの限られた時間内で生き残る事も出来なかった者達を合格者として認めるわけにはいかないからです」

美鐘「勝利への細い道筋を、刹那の直感で捉え、行動に移す。それが出来て初めて一人前の『イマジネーター』だと言えるでしょう」

ゆかり「はい、よく出来ました。ほな最後に質問? 三次試験は一体何のために行われてる?」

美鐘「アレはイマジネーターの特性を判断するための物であり、同時に『刻印名』を刻む儀式でもあります。あの時点で大体クラス、寮の部屋割りなどを決めているらしいですね? あの試験に不合格になるには………、どうすればいいんでしょうね?」

ゆかり「実はちゃんと不合格対象もいるんやけどね? あの儀式は、異世界から来た人等なんかも判別してるんよ?」

美鐘「私が学生時代の時もいましたね? チート転生をしてきたと語っていた少年が? 全然チートじゃなかったんですけど………」

ゆかり「この学園じゃ、皆が皆チートみたいなもんやしね~♪」

ゆかり「でも、そん中には、時たま悪い事考えてこの学校に来てる子もいるんよ? そう言う子は、あの儀式でまったく光を出す事が出来ず、その場で凄惨な最期を送る事になってもらうんやけど………、未だに一度も見た事無いわぁ~~☆」

美鐘「何よりです」

ゆかり「………うん、特に忘れてる事はないみたいやし、お浚いはここまでにしよか?」

美鐘「はい」

ゆかり「ほな、私は学園長に晩御飯呼ばれてるから~~♪」

美鐘「ちょっ!? それっ! 例のウナギですかっ!?  カニですかっ!? わ、私にも分けてよぉ~~~っ!」





弥生「カグヤ久しぶり~~~! 塾以来だから………一月ぶり?」

カグヤ「俺は途中で辞めたから二ヶ月半だ。入学試験まで半年しかなかったからな」

弥生「なんで最後まで塾にいなかったの? 僕、一度カグヤとやってみたかったのに?」

カグヤ「当時、塾生最強の名を欲しい侭にしていたお前に挑まれたら、俺は真っ先に逃げてたよ………。ってか、イマジン塾って、長く通う意味ないしな」

弥生「え? そうなの?」

カグヤ「『イマジネート』“発動の仕方”さえ、ちゃんと覚えれば殆ど問題はない。俺は九曜を維持するためのイマジン欲しさに通ってただけだ。あと、自分のイマジネートを完成させるための練習場としてかな? 一般でイマジンを手に入れるには塾に通うしかなかったからな」

弥生「あれ? じゃあ、九曜さんのために塾には最後まで通ってた方が良かったんじゃないの? なんで途中でやめちゃったのさ?」

カグヤ「いや………、単純に………金がなかった………」

弥生「おおぅ………」

カグヤ「ギガフロートは一応外国扱い、通貨もギガフロート仕様の電子マネー。だが、何処の国で課金しても、数字のままの額で交換できる最高のマネーだ! 入学しちまえば、生徒は研究協力者扱いで毎月お小遣いが入るからな。そんなにお金に困ったりはしないんだが………」

弥生「ああ、そう言えば入学試験だけは日本通貨で有料だったね? まさか空港で払わされるとは思わなかったけど………」

カグヤ「飛行機代と合わせて一体いくらすると思ってんだよ! 二月半の間、俺が一体どれだけ辛いバイトをしたと思ってんだっ!?」

弥生「参考までに、どんなバイトしたの?」

カグヤ「和風喫茶―――っと言う名で売ってる、和服少女のキャバ。俺はロリ少女の役だった」

弥生「………ぶふぅっ!」

カグヤ「噴き出すなっ!」

弥生「………見て見たかった!」

カグヤ「はあ………、まあ、お互い無事に入学できたわけだし、これから一層頑張らないとだな?」

弥生「うん、また勝負しようね………! お料理対決! 今度はリベンジだよ!」

カグヤ「俺は料理嫌いなんだよっ。もうやらねえ!」

九曜「(我が君の料理は特別美味しいのに、神威以外には作らない理由が料理嫌いだったとは………? 本当に美味しいのですけど………)」

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