ハイスクール・イマジネーション   作:秋宮 のん

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ともかく書いて、ともかく出した感じっ!
皆さんお久しぶりです! 二ヶ月ぶり? くらいかな?
添削どころか読み返しもする暇なく投稿!
あとがきは、後日に書き足す予定ですので、読んで下さる方はお忘れなく。

では、とりあえずどうぞ!

【添削済み】


一学期 第九試験 【決勝トーナメント前哨戦 エキシビジョン】

一学期 第九試験 【決勝トーナメント前哨戦 エキシビジョン】

 

 

 

 絶対に譲れない物がある。

 誰にも譲れず、誰にも明け渡さず、誰に(はばか)る事も無く、自分だけの特権にしておきたい物がある。

 

 絶対に譲れない物がある。

 自分の力だけで手に入れた物では無くても、それが大切だと思えたら、それは既に自分だけの特別だ。誰かにその場所を譲るなんて、考えたくもない。

 

 

≪絶対に、譲れない物がある……≫

 

≪その特権を、自分ではない誰かが有すると言うのなら……≫

 

 私は―――、

 

 俺は―――、

 

≪絶対に、負けたりなんかしない!≫

 

 

 1

 

 

『さあっ! 今年もやってきました! 新入生決勝トーナメント、前哨戦! 下界では編集後、PV映像として流される事で恒例のエキシビジョンマッチ!! 本日ここ、特設戦闘アリーナにて、間もなく開催されます!』

 

 響き渡る実況の声、沸き立つ新入生。更には、ギガフロートの市街地エリアより、一般観衆までも訪れ、大勢の人間が集い、僅かに残っていた肌寒ささえ押し退ける熱気を放っている。

 ここはイマジン粒子研究機関、浮遊島『ギガフロート』の中心に建つ、研究学園機関『柘榴染柱間学園』の校舎。その中心が某ロボットアニメの如く変形し、地下に存在していた『アリーナ』と呼ばれる訓練空間を全て繋ぎ合せて完成されたスタジアム。正に本物のアリーナ会場が、その存在を地下から晒していた。

 まさか、自分達が今までの三日間、試合をしていた空間が、全て合体して、地下から姿を表わす事で、決勝トーナメントの会場になるとは、と、新入生達は呆然とした表情で会場を眺めている。

 これだけの大舞台だ。ここで戦う事を許されたクラス代表を尊敬すると同時に羨み、今度は自分こそがあの地に立って見せると、既に闘争心が湧き立つ者までいる。

 そして今日、幸運にも、この地で戦う事を一番に許された二人に、羨望と、冗談混じりのやっかみが送られる中、生徒達は実況の声に耳を傾ける。

 

『今回のエキシビジョンマッチ解説役は、特別に来ていただきました! このお二人!』

 

『片翼としての誇りはあります。首輪は私にとって必須アイテム。朝宮(あさみや)刹菜(せつな)と―――』

 

『その首輪が掛けられている片割れ、ドナドナされた飼い犬、東雲(しののめ)神威(かむい)だ』

 

『人聞きの悪いこと言わないでください。今回は神威も賛成してくれたでしょ?』

 

『ウチの妹弟(いもおと)が出ると聞いて』

 

『解説役なんだから、あんまり依怙贔屓(えこひいき)はしないでよ?』

 

『さてな?』

 

『神威……?』

 

 ジャラジャラ……ッ!

 

『公私混同は控えさせてもらうさ!』

 

『相変わらず仲の良いお二人です! なお、実況は私、三年Eクラス、報道部新部長、篤胤(あつたね)舞子(まいこ)が御送りします』

 

 実況席の会話に笑いを誘われる観客。

 その観客席の一角で、空いている席を探していたカルラ・タケナカは、同級生が固まっているのを見つける。

「おや? 皆さんお揃いで?」

「やあ、カルちんさん、だったかい?」

「カルラ・タケナカです! 凛さんが勝手に呼んだ愛称を流行らせないでください!」

 開口一番にカルラからツッコミを引き出したのは、白い長髪をポニーテールにしている真紅の瞳の小柄な少女、浅蔵(あさくら)星琉(せいる)。カルラの反応に気を良くしてクスクスと笑みを漏らしつつ、手招きして自分達の話へと誘う。

 それに従いつつ、カルラは感心した様子で尋ねる。

「よく席を取れましたね? 一般来訪の方が優先されるはずなのに」

「ギガフロートの一般人は、大体イマジン研究の血縁者ばかりだ。家族ぐるみが殆どだから、皆固まった席を取る。結果的に集団と集団の間に、ちょっとしたスペースが出来ちゃったりするみたいだね?」

 カルラの質問に応えたのは、長い髪をツインテールにしている、女性のような顔立ちをしたゴスロリ姿の少年。水面(ミナモ)=N=彩夏(サイカ)。丁度カルラの座った席の前に座っていて、わざわざ振り返りながら話してくれている。

「なるほど。すると、このメンバーは偶然集まったわけですね」

「ああそうだよ。ちょうど、今の君の様にして皆集まったんだ。おかげで女子比率が高くて、少々肩身が狭い気がするよ」

 そう答えたのは彩夏の隣に座る桜庭(さくらば)啓一(けいいち)少年。

 彼の言葉に釣られ、カルラは周囲のメンバーを改めて見回してみる。

 彩夏の逆隣り、カルラから見て右側には、うっすら青がかった黒髪に、深緑の眼をした背が低めの少年、切城(きりぎ)(ちぎり)が、こちらに向かって手を振っている。

カルラの右隣に居る星琉の更に隣には、短髪黒髪の鋭い目つきをした少女、鋼城(こうじょう)カナミが、残った寒さなど歯牙にもかけないと言うかのように、タンクトップとカーゴパンツスタイルで、何故か自分の能力で使うセルを齧っている。

「それ、美味しいんですか?」

「割と」

(美味しいんだ……)

 意外な感想に苦い顔になってしまいながら、他のメンバーを見回す。

 カルラの逆隣りに座るのは、茶色の髪をサイドテールでまとめた少女、多田(ただ)美里(みさと)―――っと言うのだが、生憎カルラは見覚えがない相手で、これが初対面。互いに顔も名前も知らなかったので、軽く会釈し合うだけで、特段会話も発生しない。

(機会があれば話しかけてみましょう。人脈は大事です)

 美里の逆隣りでは、身長がおよそ150㎝前後と思われ、腰まで届く茶色がかった黒髪に、きつく吊り上がった黒い瞳が特徴的な少女、神永(かみなが)一純(いずみ)がいる。しかしこちらも初対面。視線が合ったが、こちらは会釈どころか笑い掛ける事も無く、ツンッ、と視線を背けてしまう。

(性格はキツ目。こちらも機会があればお話ししてみましょう)

 最後に自分の後ろ隣り、星琉の真後ろに位置する席に座っている相手からは、むしろ向こうから声を掛けてきた。

「始めまして、明菜理恵だ。以後宜しく頼む」

 短めの黒髪に黒い瞳。美里とは対照的に長身な少女は、自身で名乗った通り、Fクラスの明菜理恵だ。

 彼女は少し身を乗り出して、カルラに話しかけてくる。

「カルラ、頭良い方だよね? 試合中、解らない事あったら直接聞ける相手が欲しいと思ってたんだ。その時は質問して良いか?」

「まあ、構いませんよ。でも、私も試合見たいですから、ほどほどに」

「解った了解」

 ニッコリ笑って乗り出していた身を引っ込める。案外親しみやすい相手の様だ。Fクラスと言う事だが、試合内容の質問を求める辺り、勉強熱心でもあるらしい。

(この人とはすぐに仲良くなれそうかな?)

 大体、周囲の学友を把握したところで、カルラも実況の方へと意識を向ける事にする。そろそろ本格的に試合が始まる頃合いだ。

 

『ぶっちゃけた話、お二人はどちらが勝つと思われますか?』

 

『カグヤ』

 

『神威?』

 

『希望は入っているが、贔屓ではないぞ』

 

『っと、申しますと、何か根拠でも?』

 

『この試合は正式試合ではないからだ』

 

『はい?』

 

『エキシビジョンマッチは、あくまでエキシビジョン。“魅せ試合”なのよ。勝敗や戦い方こそ選手に委ねられているけど、基本的にはイマジンを使ってどう言うことができるかを実践して見せることが目的だから、試合内容は派手な演出を求められちゃうの』

 

『ほほう、つまりカグヤ選手はそう言うのが得意な方だと?』

 

『いや全然。むしろ苦手だぞ』

 

『あれ~~~?』

 

『だが、あいつはそう言ったごちゃごちゃしている状態の方が色々仕掛けられるタイプだ。上手い事嵌めれば、アイツに勝てる奴はそうそう出ないさ』

 

『刹奈さん、通訳お願いしま~~す』

 

『はいはい……。要するに、弟君は頭の切り替えが早いから、色々考えながら戦わないといけない試合では、自分でペースを掌握してしまうことができるから、独壇場で戦えるだろう、っと言っているのよ。もちろん実際はそんな簡単なことじゃないけど、神威の希望も含めての結論と言うことみたい』

 

『なるほど! 本当に来ていただいて助かりました。刹奈さん!』

 

『待って、もしかして私ってこのために連れて来られたのかしら?』

 

『当然だろう?』

 

『なんで神威が答えるのよっ⁉ 知ってたのっ⁉』

 

『まさか』

 

『じゃあなんで答えたのよ⁉』

 

『私の希望だ』

 

『ちょっと、地獄見に行こうか?』

 

『ひ……っ⁉ こ、この程度で怒るなよ! な? 試合始まる前からあんまり激しいのは……!』

 

『大丈夫です。いつもの折檻コースを一分内で終わらせるくらいだから』

 

『死んでしまうぞ私っ⁉』

 

『神威さん、若干目が輝いてませんか?』

 

『そう言って未だ死んだ人はいないわ』

 

『刹奈さん、他にも試した方がいらっしゃるんですか?』

 

 ジャラジャラ……ッ!

 

『ぐえ……っ!』

 

『それじゃあ舞子、私たち一分ほど外すけど、気にせず実況してて頂戴。一分後には静かに戻ってくるから』

 

『あ、はい、分かりました。若干、私もこのやり取りに慣れてきた気がします』

 

「……、おぉう……」

 思わずカルラは唸り声を上げてしまう。

 実況席で行われる漫才には、自分達のクラスなどで行われる日常の既視感を与えられる。三年生も嘗ては、自分達と同じ、一年生としての道を歩んできたのだと、変なところで実感してしまった。

 見ると、周囲の生徒達も似たり寄ったりの表情になっている。唯一、理恵だけが楽しそうに笑っていた。

 

『さて気を取り直して、丁度、選手入場のお時間です!』

 

 

 実況が舞台上に上がる選手二人を紹介している中、スタジアム観客席、外壁の天辺にて、試合を観察するつもりだった黒野(くろの)詠子(えいこ)は、そこで思わぬ客人が集っていることに、こっそりと打ち震えていた。

「ふんっ、愚物の類が考えそうなルールよな。しかし、その選手にAクラスを持ってくるのは良い。これで多少は見世物としても栄えると言う物だ」

 尊大に語るのは、腕組をした状態で仁王立ちしている銀髪碧眼の美少年、シオン・アーティアだ。黒いスーツ姿が大人びた印象を与え、整った顔立ちは美しい芸術のようにも映る。王様然とした不遜な態度にも様になっていて、どこか貫禄めいた物を感じさせている。

「シオンよ、そう言ってやるな。劣る物が存在しなければ、優れたる物も存在できぬ。だが、凡人の目には真に優れたる物を見分ける事さえ困難なのだ。故に、こう言った催しは必要な事。むしろ、せっかく組まれたカードにこそ、評価を述べるべきではないか?」

 シオンの言葉を宥める様にして提案するのは、黒い髪に焼けた肌、太陽を思わせる輝きを秘めた黄金の瞳を持つ、オジマンディアス2世。鍛え抜かれ、鋼のように引き締まった身体に、直接黒いジャケットを羽織っているので、季節的にちょっと寒そうなのだが、不思議と彼の周囲には太陽光が集まるような温かさを感じさせる。ただ、地面に片膝を立てて座っているだけだと言うのに、彼の周囲だけが暖かな草原となっているような幻覚さえ見えてきそうだ。

「ふふっ、まあそうよな。なかなかに似通った二人をぶつけた物よ? 能力の面では互いに切り札と思われる一手を隠し通し、決して負けたくないであろう相手に挑むこととなる。これは確かに『見物』ではあるな?」

 王様然としたシオンは、オジマンディアスに対しては普通に接して見せる。充分尊大なオジマディアスの態度も相まって、対等な王が二人して語り合っているかのような印象を与える。

「貴様はどう思う? その眼には愚物には見えぬ物が映っているはずであろう?」

 シオンが水を向けた相手は、地面に寝そべり、長い金の髪を絹のように地面に広げる少女、プリメーラ・ブリュンスタッドだ。オジマンディアスの瞳は太陽を思わせる金であるが、彼女の髪は、星の輝きのように目を惹かれる美しさ持っている。髪の長さに対し、身体つきが小さい所為か、寝転がってしまうと自分の髪で全身を隠してしまう。それがまた、彼女の愛らしい容姿と相まって黄金の妖精を思わせるのだから『ズルい』と表現したくなる美しさだ。

 彼女は両手の肘を立て、上体だけを軽く上げ頬杖を付きながら眼下を見下ろし、退屈そうな表情に合った、退屈そうな声音で返答する。

「見えているとも……、過ぎた力を至らぬ力で(ぎょ)そうとする、滑稽な人間共の、危険な姿がな」

 表情は退屈そうなのに、その瞳だけは鋭く、これから行われる一部始終一切を見逃すまいとしているかのようであった。

「勝敗など我にはどうでも良い。我がなすは、人類の監視のみだ」

「星の輝きにとっては地上の営みも所詮は観察対象か……。余興を理解できぬとは、愚物ではなくともつまらぬことには違いないか」

「心を宿したというのなら、其方(そなた)も芸事の一つも楽しんでみればよい。存外、余達を楽しませてくれるぞ?」

 シオンとオジマンディアスがプリメーラに言うが、彼女も自分の意見を変えるつもりはなく、鼻を鳴らした。

「我の務めは変わらん。だが、我も生徒として最低限の発言を求められるというのなら―――、神も悪魔、その力の一端しか使えぬ分際で競い合うなど、分不相応にもほどがあるな」

 プリメーラはそうバッサリと切り捨て、視線を背後へとやりながら言葉を投げかける。

「貴様もそう思うであろう?」

「確かに、勝敗になんて興味ないわ」

 プリメーラに言葉に投げ返したのは、腰ほどにも届く黄金の髪を持つ少女、サルナ・コンチェルト。オジマンディアスの瞳が太陽、プリメーラが星と例えられるなら、彼女は髪は黄金を溶かしたかのような鮮やかな金だ。服装は薄暗い影をイメージさせられる黒のゴシックドレスで、若干詠子に似通っている。外壁部の突起を壁代わりにして背中を持たれ掛け、手を後ろ手に組んで瞼を半分閉じていた。僅かに開いている瞼の隙間から、柘榴のように真っ赤な瞳が試合会場を見るとはなしに見下ろす。

「勝敗も実力も、私にとっては些末な事柄よ。私にはそれ以上に、彼等の過程にこそ、意義があると感じられるもの」

「はっ! 過程など、結果を出すための在り方に過ぎぬ。決して蔑ろにできぬものではあれ、結果より優先されることとは到底思えんな」

 サルナの言葉を正面から切り捨てるように突っぱねるシオン。プリメーラも興味なさげに鼻を鳴らす。

「さて? 余には結果を上回る過程があるとは思える。しかし、この試合がそうであると果たして言えるのか?」

「知らないわ。だからこそ、私はそっちを見たいのじゃない」

 オジマンディアスの質問に、サルナは肩を竦めた。

「過程がなければ結果は出ない。必ずしも結果が出る物ではないとしても、だからこそ過程の重要性を意識するべき事よ。それができなくて、どうして結果を求められるというの? 結果在りき? いいえ違うわ。過程在りきの結果よ。過程が無いものに、結果を掴む権利なんてないのだから」

「ほう……、言うではないか」

 サルナの独白に、シオンは見直したように微かな笑みを作る。

「だが、結果を生み出さぬ過程もまた児戯。結果があってこそ過程は認められるものだ。奴らに果たして、貴様の在り方に応えられるだけの物があるかな?」

「どうかしらね。それがないならそれだけの話よ。私は彼等を擁護するつもりはないもの」

 よしここだ! 詠子は頃合いを感じ取り、外壁の端へ座り、足を組み直しながら、あたかも当然のように会話に参加する。

「いずれにせよ、宴は目前で披露される。しかと括目するとしようではないか? 願わくば、ここが『黄金劇場(ドムス・アウレア)』とならん事を!」

 魔王然とした態度で、高らかに告げる詠子に、オジマンディアスが笑いを漏らした。

「はははっ! ローマの黄金宮殿と例えるか? それ皮肉が効いているぞ」

「くくっ、もしそうなるなら、奴らはただの道化に等しかろう? いや良い。それで我を楽しませる事ができると言うのならな!」

 シオンまで哂いを強く出し話に乗る。

 プリメーラも何か思うところがあったのか、「はっ」と、短く嘲笑した。

「……それじゃあ、私達が落胆する側に回ってしまうのではないかしら?」

 サルナだけは、少々あきれ気味に溜息を吐いていた。

 だが、全員が話に乗った。全員が反応し、全員が詠子の存在を一つのグループの枠内と認めた。

 詠子は内心感動に打ち震える。

 正直、彼女が観客席ではなく、外壁部の頂上などと言う辺鄙な場所を選んだのは、こういった誰もいなさそうな高いところの方が“っぽい”と思えたからだ。中二っぽい属性をこよなく愛する彼女にとって、形から入ると言うのは重要な事柄だ。それがまさか、先客としてシオンとオジマンディアスが既に居座り、プリメーラに続いてサルナまでここに集った。しかも揃いも揃って“ただ者で無い感”を醸し出しているのだから堪らない。中二病全開を素直に楽しんでいる詠子にとって、このメンバーの内側に入れるなど、既にこれだけでご褒美状態である。

(イマジネーションスクール最高~~~~~~っっ!!!)

 外面は片手で顔の半分を隠し、不敵に笑いながら、内面では最高に浮かれて転がり回っている詠子であった。

 試合会場の端でそんなことが繰り広げられる中、ついに試合開始のカウントダウンが始まる。

 

 セミロングの黒髪をハーフポニーにまとめている、小柄で丸みを帯びた顔立ちをした少年、東雲カグヤは、実況による自己紹介を聞き流し、試合会場の床を軽く踏み鳴らしてみる。スニーカーから返ってくる感触で、大体の状態を確認しつつ生気のない瞳を何処とは無しに彷徨わせる。

 普通のシャツにジーンズ姿と、少年としては特徴の無い格好だが、どんな格好でも必ず袖を通す千早だけは、唯一にして十二分な特徴となっている。暗めの赤を基調とし、桜の散り様を刺繍された千早は、彼の可愛らしい顔立ちと相まって、和風少女としてほぼほぼ完成してしまっている。千早一つで雰囲気ががらりと変わってしまうあたり、彼にはそっち方面の魅力があるのだろう。本人としては不満ではあろうが……。

 彼の黒曜石を思わせる黒い瞳に映し出されるのは正面の少女。腰ほどにも届く長い黒髪は夜空を思わせ、赤い瞳は肌の白さに反して淀んだ存在感を称える。薄っすらと浮かぶ目のクマは、それだけで彼女に不穏なイメージを齎してしまう。黒を基調としたゴスロリドレスは、彼女を不吉な西洋人形を思わせる。

 レイチェル・ゲティングスは、赤く淀んだ瞳でカグヤの瞳を見つめ返し、互いの姿を焼き付けるように映し出す。

 口を……開きかけて、レイチェルはすぐに(つぐ)んだ。

 言葉を弄するような場面ではない―――事もなかったが、何となく、語る気分ではなかった。

 それはカグヤも同じようで、何事か言いたげな目をしていたが、言葉にするのを躊躇われている様子だ。

 不思議と二人は、互いの考えている事が分かった。

 互いに、こうして向き合い戦うことになった時、きっと舌戦を交し合ってから、満を持して勝負に挑むのだろうと思っていたし、そうありたいという期待もあった。

 しかし、実際こうして向き合うことになると、弄する言葉は口に出す前に空回りしてしまい、ただ息を吐くだけに終わってしまう。

 理由はすぐに理解できた。互いが真に決着をつける戦いの場はここではない。ここは、これから始まる長き因縁の前哨戦にすぎない。故に交わすべき言葉は、今は取っておこう。ここで思いの丈を伝えきってしまうのは惜しすぎる。この場で尽くすのは言葉ではなく、思いでもなく、ただ未熟な、己の実力だけで充分だ。

 同時に目を閉じ、スウゥ…、っと静かに息を吸い―――、

 

『―――それでは、試合……ッ、開始ですっ!!』

 

 実況の言葉と同時に、開戦の銅鑼が鳴らされた。

 

 

 2

 

 

 同時に見開かれる眼光。漆黒と深紅の視線が交差し、一瞬にして戦況を確認、エキシビジョンであることを想定した戦闘法を用い、勝利への道筋を組み立てて行く。

 思考一瞬、彼我の距離は約20メートル。地形はイマジンフィールドにより何もない荒野となっている。二人は同時に右手を掲げて炎を呼び出す。

「来たれっ! 七十二の軍団を率いる三十二番目の大いなる地獄の王!」

()けまくも(かしこ)き、火結神(ほむすびのかみ)()すことの良しを、(かしこ)(かしこ)みも(まを)す!」

 レイチェルの(もと)に現れた炎が渦巻き、妖艶な悪魔の女性を生み出す。

 カグヤの(もと)に集った炎が蜷局を巻き、六角柱を複数繋げたような体に角を持つ巨大な蛇が呼び出される。

「アスモデウス! Hell Flame(ヘル・フレイム)!!」

炎砲(えんほう)軻遇突智(カグヅチ)!!」

 両手に炎を集わせ、周囲を囲むように立ち昇らせる炎を集めるアスモデウスは、背に己のシンボルを輝かせながら、強烈な炎を撃ち出す。

 

【挿絵表示】

 

 同じく、ガラガラと六角柱の体を鳴らしながら、尻尾の辺りから頭に向かって、順に炎を溢れさせ、液体のようなに炎を口から溢れさせたと思ったら、次の瞬間には大口を開け、爆発でも起こったかのような迫力で、炎を撃ち出す。

 互いに、小さな小屋くらいなら一飲みにできてしまいそうな炎を撃ち出し、正面衝突させる。たちまち高熱量のエネルギー同士の接触に、空間を叩きつけるような衝撃を伴い爆発が起きる。接触していなかったはずの地面は、その衝撃に巻き込まれ大きく抉れ、大規模な爆発による衝撃にも関わらず、深紅に燃え上がる炎は一切消えず、土煙さえ焼き尽くす勢いで周囲へと広がる。試合会場は一瞬にして()一色に染め上げられた。

 

『な、な、な……っ⁉ なんと、試合開始早々、開幕砲撃! 互いに砲撃を撃ち合って、一瞬で会場が火の海ですっ! 試合会場はイマジンフィールドにより、既に異空間となっているため、観客席の皆様には影響はありませんが……っ! 一㎞四方に広げられた空間を、ほぼ火で埋め尽くす大胆な開幕! 正直、自分も長らくこの学園の生徒をしていなかったら、「え? 大丈夫これ? 死んだんじゃない?」っと心配になってしまうところでした!』

 

 実況が実況らしく興奮気味に語る中、爆風の衝撃が収まり、カグヤとレイチェルの姿が顕となる。

 互いにアスモデウスと軻遇突智を背に、最初の場所からは動いていない。

 

 

「あれ? 二人とも、なんで炎が晴れるまで待ってるのよ? 今なら視界が塞がっていい感じに不意打ちのチャンスだったのに?」

 客席で疑問を述べる美里に、「それはですね―――」とカルラがすかさず解説。

「これがエキシビジョンだからです。魅せることが重要とされる試合では、観客にも分かる様に試合を運ばなければなりません。開幕一番に派手な砲撃を放ったのも、演出の一環でしょうね」

「じゃあ、さっき二人が最初に唱えていた詠唱みたいなのも?」

 理恵の追加の質問にも、「そうです」と頷く。

「たぶん、普段は省略している『発動キー』を省略無しで使用したんでしょうね。その方がイマジンのイメージを強化できるので、演出効果としてはかなりの威力になったみたいです。まあ、お二人とも、その辺も計算した上でやっているのでしょうけどね」

 カルラの説明に美里と理恵が感心した様子で頷く中、更に試合が進み始める。

 

 

「カグラ!」

 カグヤが命令を出すと、角を持つ巨大な蛇の姿をしていた軻遇突智は、忽ち身体を炎にして分解、天女のような羽衣衣装に身を包む、幼き少女の姿に形を変えた。その属性が現すが如く、真っ赤な髪と眼を輝かせ、軻遇突智改め、カグラと呼ばれるようになった少女は、炎を操る。

「炎法―――!」

 

「「百花炎舞(ひゃっかえんぶ)!!」」

 

 主と声を揃え、術式(イマジネート)を組み上げ、発動。

 花のように開いた無数の炎弾。それらを一度に放出、飽和攻撃を仕掛ける。

「アスモデウス―――!」

 

「「Blast Hwat(ブラスト・ヒート)!!」」

 

 同じく、レイチェルもアスモデウスに命令を出し、息を合わせる事で素早く強力な術式(イマジネート)を完成させる。

 アスモデウスを中心に強力な熱波が広がり、飛来してきた炎弾を全て吹き飛ばしてしまう。

 それを確認するや素早く、レイチェルはアスモデウスに命令を出す。

「アスモデウス!」

 一言名を呼ばれただけで理解したアスモデウスは、翼を羽ばたかせ、一気に突進、自らが打って出る。

「カグラ!」

 応えるように合わせて指示を出すカグヤ。軻遇突智の人化―――現人神(あらひとがみ)カグラは、手に炎を集め、形と成し、赤い大槌を手に迎え撃つ。

 空をかける二つの(少女)、主二人の上空で紅い軌跡を幾条にも織り成し、衝突する度に火の花弁を咲かせ行く。

 アスモデウスが、所有しているスキル『焔』を用いて火炎放射を吹き出す。

 カグラは炎の槌を振り上げ、一撃のもとに粉砕させる。

 今度は複数の炎弾を撃ち出し、波状攻撃を仕掛ける。

 カグラは槌をプロペラの様に高速で回転させ、楯の役割を果たし、受けきると、今度は自分の番とばかりに術式を練り上げる。

「炎法―――!」

 槌を振り払い、複数の火の玉を自分の周囲に作り出す。片手で指示を出し、全ての火球をアスモデウスに向けて撃ち出す。火の蛇が如く紅い軌跡を伸ばし、逃げるアスモデウス追い掛け回す。火球は全てがカグラの意思に従い、操られ、アスモデウスの周囲を囲むように展開。アスモデウスを包囲し、動きを止めさせた。

 その瞬間を狙って、カグラが拳を握る。

「―――炎交尾籠(ほのつるびのかたま)!!」

 包囲していた炎が突然膨張、アスモデウスを中心に一柱の巨大な火柱が立ち上り、中央にいる存在を焼き尽くしながら動きを封じる。攻撃的な拘束術と言う、凶悪な呪術を見舞う。開幕砲撃に続くド派手な演出に観客が沸き上がったのも一瞬、空を駆け抜けるアスモデウスが、カグラの背後に姿を現す。

「―――っ⁉」

 気付いて槌を振りかざすも、アスモデウスの一撃の方が早く、炎が爆発する。爆炎の中から炎を吹き出し、視界を確保したカグラは、アスモデウスの手に、炎によって作られた爪があるのを確認する。

「器用な事するのね」

「威力はそっちの方が上みたいだけど、こう言うのは私の方が上よ」

 自慢げに告げるアスモデウスに対し、カグラは手を突き出し、呪術で応える。

「炎法―――!」

炎よ(Flamma)!」

 互いに炎を撃ち出し爆炎を上げる。空を飛翔し、火の粉を散らしてぶつかり合う。二人の戦いは炎と打撃斬撃による空中戦となっていく。

 すると、次第にアスモデウスの戦闘方法は空中戦闘技術(マニューバテクニック)に傾いていき、カグラの動きは止まり気味になっていった。アスモデウスの飛行能力にカグラの方がついていけなくなっているのだ。

 

 

 この様子を見ていた理恵はすかさずカルラに尋ねる。

「今、レイチェルのアスモデウスが有利になってるのに、なんか特別な理由ってある?」

 「ありますよ」っとカルラは視線を外さずに即答する。

「おそらく設定されている固有スキルの差です」

「『固有スキル』? 普通のスキルと何か違うのかい?」

 聞きなれない言葉に、思わず星琉が口を挟むと、カルラはこれにも即時対応して見せる。

「『固有スキル』はイマジン体が有しているスキルです。私たちイマジネーターと違って、イマジン体は能力を派生できませんから、彼らの持つスキルは、そのまま自身の存在を引き出す能力ともなります。あの二人は丁度良い例で、軻遇突智の固有スキルは、より軻遇突智としての神格を引き出すスキルであり、アスモデウスの固有スキルもまた、よりアスモデウスとしての神格を引き出すためのスキルを有していることになるんです。つまり『固有スキル』と言うのは、自身の存在を強調、もしくは主張するスキルのことを指すんです」

「へぇ~~」

「っで、それがどうして二人の差に繋がってるの?」

 脱線しかけた話を戻すように理恵が尋ね直す。

「カグヤさんの軻遇突智に対し、レイチェルさんのアスモデウスは、空中戦に有利な固有スキルを有しているのだろう―――っというのが結論です」

「脱線なかったらこんなに早い結論っ⁉」

 思わずツッコミを入れる理恵に、カルラと星琉は同時に苦笑いを浮かべる。

 

 

 カルラの言う通り、レイチェルのアスモデウスには『飛行』と言う、空中戦に有利になる固有スキルがあった。その効果は読んで字の如く、飛行するだけのものであるが、スキルとして設定されていることが重要なのである。

 すでに誰もが気付いているだろうが、カグヤの軻遇突智―――カグラも、空を自由に飛び回ることができているが、それはスキルに設定された効果ではなく、デフォルトで、そういうことができる存在だと定められているからだ。

 つまり、わざわざスキルで設定しなくても、飛び回るだけのことなら、それこそイマジネーターでも出来てしまえる(もちろん訓練は必要)。

 だが、それはあくまで個人で飛ぶ分には―――っということでもある。

 この二人で対比すれば、カグラは個人で飛ぶことはできるが、その速度は鳥が飛ぶ程度で、自分以外の他人を乗せて飛び回ることはできない。

 対するアスモデウスは、風より早く飛び、小回りも利く。おまけに他人を乗せて飛んでも飛行に影響は出ない。

 そんな二人が空中戦を行うとどうなるか? その答えが現状、カグラが次第に押され始めていると言う物だ。スキル設定の差とは、こういった具合に表れる。

「……んぅっ!」

 腕の辺りを薄く切られたカグラが、苦悶の声を漏らしながら炎を振り撒く。しかし、アスモデウスは既に射程外に逃げ、炎弾を放ち牽制してくる。

 カグラは空気が赤色に変色するほどの熱の壁を作り出し、これを弾くが、その時にはすでに、背後に回ったアスモデウスが炎の爪を振り翳していた。

 反応早く、カグラが槌を振るうが、火花を散らす交差の果てには、カグラの太ももにまた浅い傷が増えただけに終わる。

 何度となくこれを繰り返され、カグラの体は既に傷だらけで、体中から緑色のイマジン粒子をパラパラと漏らし、羽衣衣装はズタズタに切り裂かれていた。

「……カグラッ!」

 劣勢を覆せないと悟ったカグヤが己の僕を呼ぶ。

 カグラはその声に応え、イマジン体の特権、『召喚』を利用し、火の粉となって消滅、瞬時カグヤの下で再召喚されることで、一瞬のうちに主の下まで移動する。

 本来『再召喚』はイマジン体を形成するイマジンを、主が前以って練り上げておく必要があるため、イマジンを無駄に使用するだけになる場合が多い。しかし、現状は、どちらの主もイマジン体に戦いを任せていたため、イマジンを練り上げる十分な時間があった。そのためできた裏技である。

 本来なら、これをさせないために、主同士も戦うのだが、やはりそこはエキシビジョンであることを弁え、二人とも静観していたのだ。

 カグヤの正面に再召喚されたカグラは、その場で舞うように優雅に一回転する。

(これ)なる炎、一切の穢れを(みそ)(たま)う」

諸々(もろもろ)禍事(まがごと)、罪、穢れを、祓へ給ひ清め給へ」

 カグラの舞に合わせ、カグヤが唱和する。忽ち上る炎が周囲に広がり、薄い茜色の薙となって放たれる。

 これを『飛行』のスキルを駆使して何とか躱したアスモデスだったが、僅かに肩に掠めてしまう。すると、肩部分が一瞬で黒焦げになり、大量のイマジン粒子を吹き出し始めた。

「あ、熱……っ⁉」

 たまらず苦悶の声を漏らし自由落下するアスモデウス。そんな彼女の下に走り寄りながらレイチェルは驚愕する。

(炎の性質を持つ、地獄の悪魔たるアスモデスが熱がった⁉ あれはただの炎じゃないっ⁉)

 その事実を証明するかのように、茜色の焔を纏う、カグラとカグヤが、声を揃えて呪術(イマジネート)を発動させる。

「「『浄炎喝采(じょうえんかっさい)』!!」」

 破裂するかの如く吹き出す茜色の炎。夕日にも似たオレンジ色のフレアを纏い、薙となって襲い掛かる。

 軻遇突智の持つ浄化を司る炎。それは悪魔であるアスモデウスにとって、唯一天敵となる炎であった。

(さすがにここまでか……っ!)

 すべての手を使いつくしたわけではないが、それでもレイチェルは潮時だと判断する。アスモデウスを背後に下がらせつつ、腰のホルスターからカードを取り出し、そこに刻まれた魔方陣をイマジンにより展開する。

 

【挿絵表示】

 

 展開された魔方陣から飛び出したのは、清楚な雰囲気を醸し出すワンピースに、蒼い髪を靡かせる真面目そうな表情の怜悧な女性。

「シトリー―――!」

「「Aqua hastam(アクア・ハスタム)」」

 己が紋章を背に、大量の水を背負った悪魔、シトリーは、主と息を合わせたイマジネートを発動し、膨大な水流を操り、発射する。激流はその質量に見合わない勢いで押し出され、槍となって薙に突き刺さり、爆発するが如く轟音を鳴らして水蒸気の白煙を上げる。その上でなお勢いを衰えさせず突き進み、激流()の矛先がカグヤ達に迫る。

 目を見開き、慄くカグラ。次の瞬間激流が激突し、四方へと余波が飛び火する。

 ―――が、忽ち試算したはずの水が集い、カグヤとカグラの頭上で収束し、赤黒く変色する。

 レイチェルが内心舌打ちし、シトリーが忌々しそうに睨みつけた先、カグヤ達を守る様に、いつの間にか立っている黒衣の少女が、濡れ羽色の髪を風に遊ばせながら、黒曜石の瞳で睨み返す。

「返すわ」

 端的に言い捨て、髪を払う仕草で水流を操り、シトリーから奪った水流をそのまま球状の形に固定したまま跳ね返す。

 迫る水流が岩の硬さを誇るほどの勢いで迫る。

 シトリーは忌々しそうな表情を崩さず、両手を交差させ、更に背の紋章を激しく輝かせる。水流が激突すると同時に両手を払いのけ、爆発するが如く水弾を飛沫に霧散させた。

 飛び散った飛沫の殆どが雨となって、レイチェル達の背後で降り注ぐ中、その一部が再び集いシトリーの背後でいくつかの水弾となって待機する。

「あなただけはこの手で葬ると決めていました。出てきてくれたことに感謝を。東洋の水神」

 そう言いながらシトリーは両手を掲げ、固有スキル『蒼水』で背に待機させている水流を一部手に、更に両手から固有スキル『流水』を用いることで水を生み出し、形を作り出す。二つの固有スキルで作り出されたのは膨大な質量を圧縮して作り出した水の大鎌だ。その鎌は、相当な水量が込められているらしく、まるで深海の底を覗くかのように蒼黒く変色していた。

「私も、あなたとの因縁を、早めに切っておきたいと考えていたわ。官能の悪魔」

 井の底の神にして、水神、闇御津羽神(くらみつは)たる少女、九曜(くよう)は高圧的な視線で腕を組む。彼女の周囲には、黒曜石でできた柄、固有スキル『ユニット』が12本、空中に展開される。

「私は、アスモデウスと違って純情派よっ!」

 シトリーが飛び出し、水の鎌を振りぬく。

 九曜も素早く腰に携えていたユニットを掴み取り、赤黒く変色した水の刃を二刀構え、鎌の一撃を二刀で受け流す。

「あら? 頑なな淑女ですら、その秘密を暴き立て、衣服を脱がす逸話を持つ悪魔が純情を語るのかしら?」

「愛の営みを囁くのが、私の権能の一端。性欲に溺れ、貪ることが目的のアスモデウスとは雲泥の差です!」

 更に追撃の鎌を振りぬき、反論するシトリー。それに対して冷笑を浮かべながら躱し、受け流して見せる九曜に、視線を鋭くし、更に追撃を加えていく。

「だから女性の姿で顕現したのかしら? 官能の権能を持つが故に、主さえ劣情に駆り立てる。同性であればその影響も少ないとでも?」

「この姿はレイチェルが望んだが故の物! 元より、私はレイチェルの望みを断る気はありません! アスモデウスと違って、私は一途ですから!」

「それはそうみたいね?」

「ちょっとっ⁉ アンタ達、二人で喧嘩しているようで実は私に喧嘩売ってないっ⁉」

 背後でアスモデウスの抗議が上がるが、二人は華麗に無視する。

灌漑(かんがい)の神風情が……っ! 人の営みの上でしか存在を許されない脆弱な神格で、ソロモンの十二階位たる悪魔と渡り合えるとでもっ⁉」

「人の情欲に手を出す悪魔でありながら、水魔を気取る悪魔と比べれば、充分でしょう? それとも“官能の悪魔だからこその水魔”なのかしら?」

「あなたも主に似て卑猥な傾向がお好きなようですねっ!」

「我が君と違って私は一途よ」

「ちょっと九曜さ~~ん? さり気なく主をディスるのやめてくれませ~~ん? ってか、まるで俺が浮気性みたいに聞こえるのですけど?」

 苦笑い気味に苦言を漏らすカグヤに、シトリーと九曜は一瞥をくれる。

「っと言ってますが?」

「こちらに集中しなさいソロモンの悪魔。片手間で倒せるほど、易い水神ではないわ」

「なんでそこでフォローしないんだよっ⁉」

 最も信頼する僕に邪険に扱われ、結構なショックを受けるカグヤだが、その傍らのカグラは、呆れたように追い打ちをかける。

「え? お兄ちゃん、今の九曜はすっごい優しかったと思うけど?」

「お前までっ⁉」

 ダブルショックにちょっと本気で泣きそうになる。

 多少気の毒そうな雰囲気を察し、レイチェルはアスモデウスに指示を飛ばす。

「アスモデウス、やりなさい」

「OK! アレやっちゃえばいいのね!」

 そう言って羽ばたくアスモデウスは、カグヤに向けて急接近。身構えるカグラの射程一歩分外で待機し、官能的に足を持ち上げだす。

「うふふっ♡ さあ、私と一緒にいいことしなぁい♡」

 持ち上げられた足が服の隙間から覗き、魅惑の太ももが惜しげもなく晒される。その際どさは、かなりの物で、しかし一向に下着の一部すら見せない。それが逆に下着の有無を疑わせ、余計に官能的に映る。

「はう……っ⁉」

 瞬間、カグヤは意味も分からず赤面し、勝手に高鳴る鼓動に押され、ふらふら魅惑の足を求めて足が動き始めてしまう。

「ちょっ⁉ お兄ちゃんっ⁉」

 エロに定評のある主の、しかし、それ故にありえない行動に、カグラはかなりのショックを受ける。

 セクハラ上等のカグヤだが、この少年が色仕掛けで惑わされることなどありえない。むしろ平気なふりをして挑発し、もっと官能的なポーズを取らせようと(はか)るはずだ。そういう事を全力でするのがこの男だ。目先の欲望に釣られて、ふらふら付いていくような間抜けではないはずなのだ。

 もちろん、理由はあった。そしてカグラもすぐに思い至った。

 情欲の悪魔であるアスモデウス。彼女がソロモンの悪魔として正しくその存在を顕現させられていると言うのなら、彼女の固有スキルには、間違いなくその性質がある。

 固有スキル『魅了』。異性を魅了し、惑わせるスキル。その力は嘗て、性欲と言う物を全く理解していない機械人間すら惑わしたほどに強力。エロに定評のある少年など、一瞬で虜にしてしまえる。

 

 

『おぉっとっ⁉ これはどうしたことだ? 東雲選手、ふらふらとゲティングス選手のイマジン体に接近しているぞっ⁉』

 

『………』

 

『神威、今叫んだら弟君、反則負けになっちゃうわよ?』

 

『解っている……(怒』

 

『あ、お二人とも本当にいつの間にか戻ってきてますね……』

 

『え~~っと、どうやらレイチェルさんのイマジン体、アスモデウスには「魅了」の固有スキルがあるみたいね? それで弟く―――カグヤ君も色香に惑わされてしまっているという事よ』

 

『ははぁ~~んっ! なるほど~! ……それでお姉(神威)さんは嫉妬してらっしゃると……』

 

『あの悪魔……、本気で潰してくれようか……?(怒』

 

『言っとくけど、試合中に手を出したりしないでよ?』

 

『するか。そもそもそんなことせずとも―――』

 

 実況席で神威がそこまで言葉を漏らした辺り、唐突にドボォッ!!! っという、結構生々しい音が響き渡った。

 

『―――カグヤが色香に惑わされることなどできるか』

 

 

 神威がそう吐き捨てる先、お腹を押さえて蹲るカグヤの正面には、今しがた主の鳩尾に、『ユニット』の柄頭を叩きこんだ九曜が、主を守る様に立っていた。

「目は覚めましたか?」

「あ、ああ……、サンキュー。でも、もっと優しく起こしてくれませんか?」

「あの程度の魅了に惑わされる我が君に落ち度があります」

「……、九曜さん? なんか怒ってません?」

「さて……?」

 九曜は主とは視線を合わせず、しかし冷ややかに目を細めていた。

「ちょっとぉっ⁉ 私程度とはどういうことよっ⁉ この私の魅力が性欲を駆り立てられない程度だって言うのっ⁉」

 性欲を象徴する悪魔である所為か、意地になったアスモデウスは、文句を口にしながら服の胸元を大きく広げて見せた。豊満な二つの果実が、際どい所まで晒され、やはり下着の有無は疑わせる。

「ほら見なさいよ! こっちに来て直接触ってみてもいいのよぉ♡」

「マジかっ⁉」

 再び発動した『魅了』に速攻でかかったカグヤが、またふらふらと接近しそうになる。

「……お兄ちゃん?」

 背後から冷たい熱気を感じたカグヤは一瞬で正気に戻った。

 振り返らなくても分かる。背後でカグラが病んだ瞳で見つめ、メラメラと嫉妬の炎を燃やしていることが。

「む、胸が大きいくらいで、俺が誘われると思ったら大間違いだぞっ! デカいだけの胸など所詮駄肉だねっ!」

「なんですってぇっ⁉」

 本心とは微妙に違ったが、カグヤは己の生存のために、必死にカグラが求めていそうな言葉を選んで叫ぶ。幸いカグラは大変機嫌を良くしたらしく、燃やしていた炎を収めてくれた。

「だ、駄肉ですってぇっ⁉ よりによって駄肉だなんて……っ⁉ いいわ! だったら大サービスで()()()()を見せてあげようじゃないっ!」

「MAZIかっ⁉」

 眼をむくほどに驚き、あっさり『魅了』に陥落したカグヤ。某有名な泥棒三世の如く突撃しそうになるが、一歩を踏み出すより先に、背筋を凍り付かせるような寒気を感じて動きが止まる。

「………」

 無言。無言だった。動かない。微動だにしていない。今もなお主を守らんと前に出て、赤黒く変色した水の刃を構える九曜は、しかしはっきりとした軽蔑のオーラを主に放っていた。

()()()()()?」

 普段とは違う呼び方。自分が主として認められる前にされていた呼び方に、カグヤの心は一発で陥落した。

「例え“中田氏(なかだし)”OKでも、全力で拒否するっ!! 俺の命を懸けてでもお前を否定してみせるっ!!(主に俺の平穏のために!)」

「な、なんですってぇ~~~~っっ⁉」

 力強く拳を握りしめ力説するカグヤ。

 アスモデウスはプライドを傷つけられ、盛大にショックを受けた。

(へぇ~~……。アスモデウスの『魅了』をあの程度で抑制できるってことは、カグヤの中で二人の存在がそれだけ大きいってことなんだ?)

 ショックを受ける僕を余所に、レイチェルはこっそりと感心する。

 イマジン体とは言えスキルスロット一つ分を消費して発動している『魅了』の力。普通はこの程度のギャグ展開でどうにかできる物ではない。九曜が最初にしたように物理的なショックによって正気を戻す方法は有効ではあるが、精神的な脅し程度は、そもそも他人の声が耳に届かない場合がほとんどなのだ。

 だが、今回カグヤは二人の気配と声だけで正気を取り戻してしまった。それだけカグヤの中で二人の存在は優先順位が高いということになるのだろう。その証拠に、実況席で解説役をやっている彼の義姉、東雲神威は迂闊に発言してカグヤの意識を取り戻してしまうような試合介入をしないように努めていたのだ。

(からめ手が効かないわけじゃないみたいだけど、こっちのからめ手の手札はこれだけ。何よりこれはエキシビジョンだから、あんまり難しいからめ手は良くないかな? 分かり易いからめ手ならじゃんじゃんやった方が見栄えはいいだろうけど……)

 瞬きの内に思考をまとめ、レイチェルは結論を出す。

(ならばここからは純粋な力技! イマジン体の純粋な力で勝負!)

「アスモデウス! Diabolus sigillum.(ディアボロス シギッルム)  Apertus(アペルトゥス)!」

 レイチェルのイマジネートにより、アスモデウスの抑え込まれていた力が解放される。

 血のように朱い髪に蝙蝠の翼を持つ少女の姿をしたアスモデウスが、急成長し、妖艶な女性の姿へと変わる。頭には二つの角が飛び出し、肢体は凹凸をはっきりさせた艶めかしい物へと変わる。その姿は美しくも、どこか恐ろしい雰囲気をまとった悪魔の姿。

 レイチェルの能力『ソロモンの悪魔』は、イマジン体を使役するイマジネーターすべての例にもれず、設定された力を完全には引き出せない。無理に出そうとすれば術者が設定した力に押しつぶされてしまうため、イマジンが自動的にセーブをかけている状態で発現する。

 だが、その抑えられた力すらも完全には使われていない。常に全力では、イマジン体の方が疲労ですぐに力尽きてしまうためだ。そのため、イマジン体使役タイプの主たちは、その力を開放する、『全力開放術式』を個人で作り出す必要がある。

 カグヤはこれをスキルスロットを一つ使用する『現神(あらかみ)』で成立させた。

 そしてレイチェルは、人の姿を象る、自分の悪魔達の本性―――真の姿を晒す呪文を詠唱することで成立させている。

 ただし、この全力開放は、レイチェル自身にも少なからず負荷がかかってしまうため、一度に発動できる相手は一体だけしかできないというのが現状の実力だ。

「さあ、実力の違いを見せてやりなさい!」

「女の恐ろしさ……! 魅了された方が何倍も幸いだったと思い知りなさいっ!!」

 『焔』を纏ったアスモデウスが疾走する。放たれた炎は先ほどまでとは比較にならないほど巨大で、真っ赤に発光していた。

 すぐに対応した九曜が、『ユニット』を動かし、自立射撃兵装の如く水弾を放つが、まったく衰える気配がない。瞬時にユニットを集め、前面に円を描くように配置。まるで花を連想されるような配置になり、水の膜で作ったバリアを展開して受け止める。―――が、それらも一瞬にして蒸発し、衝撃で『ユニット』が弾き飛ばされてしまう。

 一瞬、九曜も己の神格を開放するかどうか思案したが、これにはカグラの方が素早く応対した。

 全身に炎を纏い、固有スキルとしてセットされた『現神化』を用いて真の姿を開放。再び角を持つ大蛇の姿になると、その角の一振りで真っ赤な炎を弾き飛ばしてしまう。

 それを確認してすぐ、アスモデウスは『飛行』によって高速移動。再び空中戦で有利に立とうと接近戦を仕掛けるが、同じ手を二度受けるカグラ―――否、軻遇突智ではない。

 本来の姿、神、軻遇突智となったカグラは、大蛇の体を利用し、蜷局を巻いた状態で尻尾を振り払う。たったそれだけでアスモデウスは風圧に煽られ、接近を妨げられた。

 接近戦を挑むには、軻遇突智の体は巨大すぎる。質量が大きい分、その打撃は全てが致命傷に至る。いくら真の姿を開放したアスモデウスでも、条件が同じである以上、油断できない。

その(あぎと)、角、尻尾、巨大な図体その物が、軻遇突智にとって質量武装そのものなのだ。

「はああああぁぁぁぁっ!!」

 アスモデウスは全身に地獄の炎を纏い、純粋な神格勝負に打って出る。

「ゴアアアアアアアアァァァァーーーーーーッ!!」

 これに応えるように咆哮を上げた軻遇突智も、蜷局を巻き、体をひねりながら宙を昇り、アスモデウスに激突していく。

「こちらも行きますっ!」

 空で神魔の激突が行われている一方で、地上では水神と水魔が水の武具をもってぶつかり合う。

 シトリーは背後に控えさせた水で水弾を打ちながら牽制しつつ、自身は水の鎌や槍を武器にして接近戦を仕掛けていく。

 九曜も『ユニット』を背後に配置し、水弾を放ち、これを迎撃。両手に握った柄から水の刃を生み出し、二刀流で接近戦に応じる。互いに大量の水を、質量を振り回しているはずなのだが、その重さを全く意識させない素早く細かい動きで互いに切り結ぶ。

「はあっ!」

 シトリーが水の槍を両手に突き出す。二本の槍を片方の刃で受け止め、槍を自分の前で交差させるようにして止めて見せる九曜。空いた方の刃でシトリーに切りつけようと身構えるが、シトリーは瞬時に水の槍を交差部分で連結させ、巨大な鋏に変え、九曜を挟み込む。

 地面を蹴飛ばし、空中に逃れることで刃を躱した九曜。体を宙に逃がすことが目的だったため、下半身の勢いが付きすぎ、空中で上下が入れ替わってしまうが、空中で見事にバランスを取りながら両手の柄を合わせ、水の弓を作り出す。

「っ⁉」

 シトリーがそれを目撃し、危険を感じ取る。

 九曜が水で作った矢を(つが)え、引き絞る。弓の正面に神力で作り出されたターゲットサイトのような物が生じる。あれが矢の威力を更に増幅させる魔方陣の類と瞬時に読み取れた。

水よ(Aqua)……っ!」

 自分の正面に水の楯を形成しつつ飛び退く。

 瞬間、九曜が漆黒に染まる水の矢を放つ。

道開墨水(みちひらくぼくすい)

 漆黒の水砲。それは激流と言うにはあまりにも暴力的。もはやエネルギー波と何の変りもない衝撃がシトリーを水の楯ごと吹き飛ばす。

「きゃああ……っ!」

 短い悲鳴を上げながら空中に投げ出されるシトリー。懸命にバランスを取り、何とか地面に着地。地に手を付き、『流水』を発動。大地に打ち込まれたイマジネートが、九曜の真下の大地を吹き飛ばし、間欠泉(かんけつせん)の如き水柱を上げる。水柱に飲まれた九曜を確認し、ほくそ笑むシトリー。だが、その表情はすぐに驚愕の物へと変わる。

地中蓄水(ちちゅうちくすい)の神を相手に、大地から吹き上げた水で挑むなど……!」

 静かに、しかしはっきりとした覇気のある声が、水柱を割り、二刀の水の大剣を携える者から発せられ―――、次の瞬間、振り被った二刀が、赤黒い滝の如く叩きつけられた。

「身の程を知りなさい……っ!」

 破砕音。

 先と変わりない衝撃に吹き飛ばされ、さすがのシトリーも無防備に地面を転がる。

 一気に解き放たれた水は、まだ水量を出しきれていないのか、打ち付けられた所から山なりに膨れ上がり水を噴き出し続けている。地面一杯に水が広がり、その先端がシトリーに触れる。

 それで目を覚ました彼女だが、全員が砂ぼこりに汚れ、付いた泥を洗い流す事もせず、震える体を叱咤し、なんとか膝を付いた状態まで体を起こす。しかし、そこまで、すぐに反撃に転ずる事も出来ず、荒い息を漏らし、全身からイマジン粒子を零す様に漏らし始めている。相当のダメージを受け、イマジン体を維持するのが困難になっている様子だった。

「……これは、さすがに異常ね」

 カグヤの式神、九曜は同じ式神のカグラに比べて強過ぎる印象があるのは、これまで何度も実感していた事だ。ここまで差を付けて押し切られる事さえ不思議ではないと感じる。もはやこれは確信だ。九曜は通常のカグヤの式神ではない。何かズル(、、)をしているに違いなかった。

(まあ、ルール上は問題無いんでしょうけど……、それでも不公平を感じずにはいられないわね)

 内心ぼやきながらシトリーの様子を見る。

 イマジンを送り込んだおかげか、漏れ出していた粒子は収まりつつあるようだが、実際本人が受けたダメージが回復したわけではない。限界が近いのは隠しようがなさそうだ。

「ガアゥ……っ! この……っ!」

 視界の端では、アスモデウスが軻遇突智相手に劣勢を強いられていた。力は拮抗しているようだが、いかんせん相性が悪い。浄化の炎を纏った軻遇突智相手では、悪魔のアスモデウスの方が蓄積するダメージがどうしても多くなってしまう。次第に防戦に回り始め、一方的な展開になる前に距離を取ったところの様だ。

 レイチェルは瞬時に決断し、思わず溜息を吐いた。

「できれば、カグヤに出させてからと思っていたのだけど……、仕方ないか」

 表情を改めたレイチェルは、腰のホルスターからカードを三種類目のカードを取り出す。

 

【挿絵表示】

 

 カードに描かれたシンボルが輝き、レイチェル三体目のイマジン体が召喚される。

「来たれっ! 十九の軍団を率いる二十七番目の侯爵にして、偉大なる伯爵!」

 シンボルから現れたのは、執事風の衣装に身を纏った27くらいの男性。髪を後ろで束ね、右側のこめかみから角が生やす、新たなソロモンの悪魔にして、レイチェルが最も信頼を寄せるパートナー。言うならば、カグヤにとっての九曜的存在。

 警戒するカグヤと九曜。

 レイチェルは二人が行動を起こす前に先手を打つ。

「出し惜しみ無し! 憑依!」

 ロノウェのシンボルが輝きを大きくし、レイチェルとロノウェを纏めて包み込む。次の瞬間、光はより強く輝き、瞬きの間に二人を一人の存在へと融合させた。

 光が収まった後、そこにいたのは、燕尾服に身を包み髪を後ろで束ね、右のこめかみ辺りから一本の角を生やしたレイチェル・ゲティングスの姿だった。

「―――!」

 レイチェルの姿に、カグヤは一瞬の内に思考する。

(イマジン体使いは大きく分けて三つの戦闘スタイルを持つ。一つは召喚したイマジン体に付属効果を与える事で、徹底的に戦わせるタイプ。もう一つはイマジン体を武器化する事で己自身が戦う事が出来るようにするスタイル。そしてもう一つが……)

 僅かに後ろ脚を引き、瞬時に即応できるよう身構えるカグヤ。

(自身にイマジン体を憑依させる事で、その戦闘力を自身媒介に使用するスタイル。この方がイマジン体―――特に神話などをモチーフにしたタイプの能力を引き出すのに、最も効率が良い)

 正確にレイチェルの脅威性を認識する。言葉は発せず、九曜と軻遇突智に警戒する様に伝え、カグヤは―――、

 

 眼前にレイチェルの姿が迫っていた。

 

「……っ!? ―――ぐおっ!」

 直前の思考を中断し、咄嗟に仰け反る。瞬間、目の前を靴底が通り過ぎ、鼻先をかすめる。

「ああ―――っ!」

 遅れて発動した『直感再現』に従い、不安定な姿勢から無理矢理身体を捻り、相手のこめかみがあるであろう場所に向かって蹴りを放つ。

 しかし、蹴りは虚しく空を切る。既に蹴り脚を戻していたレイチェルは、半歩下がる事でカグヤの蹴りを回避。続いて一瞬で抜かれた事に気付いた九曜が背中目がけて剣を振るうのに合わせサイドステップ。回し蹴りの反撃まで見舞ってきた。

 九曜は剣を盾にして受け止めた後、瞬時に左右の水剣で連撃を放つ。

 レイチェルは腕の耐久に『強化再現』掛け、その剣を迎え撃つ。

 剣激を捌き、抜き手や手刀で反撃する。九曜は更に速度を上げ、抜き手や手刀をいなしながら滑らせるように刃を奔らせる。

 水剣故、火花こそ散らぬ物の、激しい攻防に空気が切り裂かれる音と鋭い衝撃波が飛び火する。

 地面を転がったカグヤが瞬時に起き上った時、まるでタイミングを見計らったかのように九曜は一歩分飛び退く。『ユニット』を一本の柄上に集め、水の大剣創り出し、それを片手で横に薙ぐ。

「―――っ!」

 呼気だけの気合いを乗せ放たれた一撃を、レイチェルは脚をはね上げ、肘と膝の間に挟み込むようにして受け止める。衝撃を完全に殺したところで刃を解放し、瞬転―――側頭部目がけての回し蹴りを放つ。

 九曜はユニットの一つを左腕に装着させ、バリア上に水壁を展開。蹴りを受け止める。

 

 ザバンッ!

 

「ぐ……っ!」

 あまりに重い一撃。その蹴りは易々と水の障壁を粉砕し、九曜のガードした左腕ごと本人を吹き飛ばす。

 軽く宙を浮いた九曜だったが空中で体勢を立て直し、見事に着地―――したところを背後からシトリーに襲いかかられる。幾重にも放たれる水弾を振り向き様に斬り伏せ、躱し、『ユニット』から水弾を撃って反撃―――する前に叩き落とされた。神速で移動するレイチェルが、全ての『ユニット』を弾き飛ばし、更に九曜へと迫る。

「―――! ……あぁっ!」

 言葉を発する暇も無く残った二本の『ユニット』から水剣を作り出し迎え撃つ。交差する様に放たれた水剣は―――しかし、虚しく空を切り、レイチェルはそのまま九曜を素通りして行った。狙いはアスモデウスと戦闘中の軻遇突智。

 まずいと思った時に既にシトリーが回り込み、九曜の道を妨げるように水の大鎌を振り抜く。これに対し水の鞭を作り出した九曜は、鞭で鎌を絡め取り、攻撃を逸らしただけでなく、そのまま大鎌を形成していたシトリーの水を侵食、奪い取り、獲得した大量の水を、そのまま激流として放った。

 九曜が支配した事で赤黒い色に変色し、濁流の様になった水圧を大きく飛び退いて躱すシトリー。これで道を阻む物は無くなった。が―――、

 

 ボバアンッ!

 

 盛大な爆発音に目を向ければ、レイチェルの蹴りで胴を薙がれた軻遇突智が、身体を大きくくの字に曲げ―――、続いて顎を打たれ、こめかみの辺りを砕かれ、最後には角を拳で叩き折られた。

 全身を炎として爆散した軻遇突智は、辛うじて消滅を間逃れたのか、人型のカグラの姿になって地面に墜落した。

 だが、それで攻撃は止まず、更に追撃とばかりにレイチェルの踵落としが、高高度から叩き落とされる。

 九曜が走る。そこをアスモデウスの炎が阻む。

 水の大剣で無理矢理薙ぐが、背後に回ったシトリーが九曜の足元に向けて幾つもの水の槍を投擲、水圧により、地面を爆発させる間接攻撃で水を吸収させない戦法に出る。逸早く真上に跳び、爆発した地面を大剣で叩き伏せ、難を逃れる九曜だが、完全に足止めを食らう。もうカグラの救出は間に合わない。

「ち……っ!」

 舌打ちしたのはカグヤ。イマジン操作で無理矢理カグラを引き寄せ、間一髪のところで攻撃を回避。カグラを抱き止め、急いで距離を取ろうとする。

 レイチェルはカグヤを追わない。代わりに孤立した九曜に向け、今度はアスモデウス、シトリー、ロノウェ憑依の自分と、三人がかりで囲む。

 九曜は慌てることなく『ユニット』を自分の周囲に展開。全ての『ユニット』に水剣を形成させ、構える。

 シトリーの水鎌、アスモデウスの炎の爪、レイチェルの手刀、それら全てを左右の剣と、周囲に展開する水剣を巧みに操る事で対応して見せる。

 やはり別格。闇御津羽の式神、九曜は三対一でも防御に徹すれば抜かれないだけの実力を有していた。

「……けど、アナタの負けよ」

「―――!」

 レイチェルの言葉に気付き、目を見張る九曜。

 いつの間にか憑依を解いていたレイチェルは、アスモデウスの紋章を輝かせ、別の悪魔を憑依させていた。憑依の切り替え。露出度の高い衣装に、朱い髪、背中から羽を、額からから角が生やした艶やかも恐ろしい悪魔の姿に変わっていた。

「『砲火(אֵשׁ יֶרִי)!!』」

 アスモデウスと一体になった声が放たれ、編まれた術式(イマジネート)が巨大な炎となって放たれる。九曜の身体をすっぽり覆ってしまってもまだ余りある程の炎の弾が迫り、咄嗟に九曜は瞬時に作れる水を総動員して水の障壁を作り出すが―――、

 

 バゴオオォォンッッ!!

 

 強烈な爆発。

 水はあっさり蒸発し、地面に接触するや辺り一面を衝撃波と共に炎が包み込み、受け身も姿勢制御も、全てを奪い去って九曜を吹き飛ばす。

 全身を炎に焼かれ、服の大部分が焼け落ち、露出する肌は火傷を負ってしまったのか、淡い緑色のイマジン粒子で溢れ、薄っすらと輝いている。衝撃が和らぎ、宙を舞っていた九曜の身体が、やっと重力を思い出した時、彼女は既に頭上を押さえていた。

「お返しよ」

 シトリーは蓄えておいたプールサイズの水を手の平に集め、野球ボールサイズに圧縮、そのまま痺れて動けない九曜の腹部に押し当て―――破裂させた。

 炎の爆発に続き、水の爆発が宙で弾ける。

 まともに食らった九曜は、吹き飛ばされた勢いを殺す事も出来ず地面に直撃。地を割ってなお留まらぬ勢いに押されバウンド。地面を凄まじい勢いで転がって行く途中、カグヤの手によって抱き止められる。

 カグヤはカグラを左腕に抱いているので、右手一本で九曜を抱き止める結果になり、自然と両腕に女の子を抱く形になってしまう。

「……っ、申し訳ありません……、我が君……っ」

 傷だらけになった姿で、苦悶の表情を浮かべながら、九曜は謝罪を述べた。

 追撃を気にしていたカグヤであったが、そこはエキシビジョンの形式に助けられた。優勢を得たレイチェルは、一先(ひとま)ず手を止め、こちらの様子を窺っている。互いに見せ場を作った事で、最初の劣勢の意趣返しのつもりだったのかもしれない。

(だとしたら、見事に食らわされたもんだよな……)

 絶対的に優勢を崩さなかった九曜の存在を、たった一手で覆されてしまったのだ。ぐうの音も出ない程に見事な意趣返しとしか言いようがない。

(それに、この待ちは……、やっぱり誘ってやがるんだろうな……)

 カグヤは彼女と初めて出会った時の事を思い出していた。

 クラス内交流戦一日目終了のすぐ後、彼は彼女と偶然遭遇、宣戦布告を叩き付けられていた。

 

『アナタの“三体目”の式神は、必ず私が引きずり出す』

 

(……、うぬれ……)

 どうやら宣言通りに事を運ばれたらしいと悟り、カグヤは渋面になった。しかし、すぐに溜息一つで切り替えると、九曜とカグラの肩を抱き寄せ、二人に耳打ちする。

「二人とも、怪我の方はどうだ?」

「ちょっと、まだキツイ……。でも、お兄ちゃんが命令してくれるならやるわよ!」

 頼もしく即答したのはカグラだ。身体から粒子光を放つ事は無くなっているが、神格を随分と削られたのか、多少迫力が落ちている印象を残す。それでも最後まで戦う姿勢を崩す気は無いらしい。

「我が君の意のままに」

 ぶれない下僕姿勢の九曜はただそう告げるだけだ。だが、彼女が「大丈夫」と口にしなかった以上、万全ではないのだろうとすぐに悟れた。それだけに二人の付き合いは長い。

 カグヤはレイチェルを見据え、一瞬逡巡―――、決意して僅かに俯くと二人に耳打ちする。

「“三体目”を使う。時間稼ぎを頼んだぞ」

「…! うん!」

「承りました」

 強く頷く二人。

 同時に、準備が整ったと感じ取ったらしいレイチェルが攻撃に移る。憑依はアスモデウスから再びロノウェに変え、三体で同時に仕掛ける。

 迎え撃つ二人は、九曜を前衛、カグラを後衛に隊列を組み、互いをカバーし合う様に道を阻む。

 同時に、『強化再現』の全力で後方に飛び退くカグヤ。本人も試した事がなかったので多少驚く事になったが、単純な『強化再現』でも、跳躍を限定に全力を振り絞れば、一度の跳躍で五十メートルも飛び退く事が出来てしまえた。

 それでも、ロノウェ憑依のレイチェル相手では一瞬で詰められてしまう距離。カグヤは急ぎ『祝詞』を始める。

 

「 輝夜(かぐや)神子(みこ)たる 東雲の(かんなぎ)が願い奉る 」

 

 朗々とした声。それは今までの術で発動した物とは明らかに違い、その言葉自身が力を宿している事を、はっきりと感じさせる。

 この詠唱は術を強化するための“詠唱”ではない。レイチェルはすぐにその真実に気付き、僅かな焦りを感じ取る。今、彼女の脳内では『直感再現』が全力で警報を鳴り響かせ、「断固阻止せよ!」と悲鳴を上げていた。

 エキシビジョンであるなら、むしろここは出させる事がセオリー。だが、負けてやる気がないレイチェルは、この警告に従い、無理矢理九曜を蹴飛ばし、前に出ようとする。

「させないわっ!」

 瞬間、九曜が懐から小さな小太刀を抜き放つ。その刃は翡翠の様な透明感を持つ緑色をしていて、あまり丈夫そうに見えない。しかし、濃い口を切って、その刃を視界に映した瞬間、レイチェルは新たな危険を『直感』した。この刃はまずいっ!

 抜き放たれた小太刀。刃渡り十五センチ程度の短い刃が振り抜かれ、寸前で躱したレイチェルは、その驚異を目撃した。

 刃が、イマジン粒子の結合を易々と切り裂き、解いて見せたのだ。つまり、術式その物が斬り飛ばされ、イマジンを粒子片へと霧散させたのだ。

「粒子切断っ!? そんなの、無効化能力でも覚えないとできない筈―――!」

 言い掛けて思い至る。そう言えば、無効化能力以外にも、イマジン能力が天敵とする力が、もっと身近に、手っ取り早く手に入る方法があったはずだ。それこそ授業内容で聞かされる程度の簡単な知識の中に―――、

「イマジン物質生成! Eクラス産のアイテムかっ!?」

「刀匠は、火元(ヒノモト)(ツカサ)です」

 Eクラスの武器を使用する上の礼儀として、制作者の名を口にする九曜。刃を逆手に構えながら、主を守るため立ちはだかる。

 

「 月下の神桜(しんおう) 朔夜(さくや)の深淵 」

 

 レイチェルは焦りを感じながらも、必死にカグヤの詠唱を妨げようと突進を繰り返す。九曜の刃を一撃でも受ければ、イマジン体にとっては甚大なダメージを受けると解っていても、前に出る事を止める事が出来ない。

 レイチェルは気付いているからだ。

 紡がれる言霊は『起動キー』などではない。言葉その物が術式であり、力その物。それは、神道に於いて云われる、言霊の概念と同じ、“力ある言葉”の概念。神の業績を謳った祝詞に他ならない。

 

「 月読の加護持ちて 我に禍事(まがごと)を討ち払う力を授け給え 」

 

 攻める、攻める、攻める……。多少無理矢理にでも、数と質の差で押して、一気に畳み掛ける。既に消耗しているカグラと九曜には、これを止め切る力は残されてない。だからカグラはともかく派手な炎で牽制し、九曜は短期決戦覚悟で小太刀を振り回し、互いに防衛線を後退させながら時間稼ぎにのみ全力を尽くした。

「この……っ!」

 後退する防衛線。レイチェルの腕が届きうる範囲に入った瞬間、彼女は負傷する恐れも(かえり)みず、一気に飛び込み拳を振るう。

 あと僅かで届くと言う距離で、しかし、九曜が身を呈してカグヤを庇い、左肩を引き換えに、最後の条文を無事に唱えさせた。

 刹那に眩く閃光。カグヤを中心に放たれる黄金の輝き。危険を感じて飛び退くレイチェル陣営。そのタイミングに合わせるように、九曜は手にしていた小太刀をカグヤの方へと投げてよこす。

 小太刀を受け取ったカグヤは、高らかに告げる。

「これなる宝を奉納し、降りませ―――!」

 小太刀が粒子と散り、天から黄金の輝きが降り注ぐ。光に包まれたカグヤは、あまりの輝きに誰も直視する事が出来ない。光が溢れる中、カグラと九曜もまた、粒子となって霧散する。二人の姿は完全に消え黄金の輝きが世界を満たした。

 満たされた光は一瞬。思わず手で視界を庇っていたレイチェル陣営は、恐る恐るといった具合に視界を開き―――そして目にする。淡く、黄金の粒子を残り火の様に纏った、“絶生の美少女の姿”を。

 艶やかな黒髪は、濡れ羽色の輝きを反射し、質の良さを称えている。さり気無くされたハーフポニーの髪型さえ、素朴にしてこれ以上ない程の清純さを物語り、全身を覆う様に流れる。髪に差された鮮やかな華の髪飾りも、素朴に見える彼女にまったく見劣りしていない。元々丸みを帯びていたカグヤの顔立ちは、もはや見間違いようの無い女性のそれとなり、見た目だけで肌の柔らかさと瑞々しさが窺える。ほんのり朱に染まった頬などは、色気よりも愛らしさが強く、老若男女を魅了する。

 薄く開かれた瞼から覗く黒曜石の瞳は、その潤みによって反射する光を瑠璃色に輝かせている様に幻視させ、まるで濡れた玻璃(はり)の様だ。

 纏っている衣は、十二単と見紛う艶やかな重ね着で、月、鳥、桜の意匠が散りばめられている。実際はそんなに多く重ねられていないらしく、意外と体の線は窺える。そのため手が袖に隠れ、脚すら露出していない様な姿でも、その身が華奢な少女の物である事が何とはなしに窺え、まるで日本人形の様だ。腰には帯を巻いているらしく、その胸の膨らみは、控え目ながらもはっきりと存在を主張していた。

 カーディガンの様に両の袖に掛けられた羽衣は、月夜をイメージしたかの様な、青みがかった薄い黒色をしていた。

映姿(うつしすがた)迦具夜比売(かぐやひめ)

 カグヤとは違う、最も女性らしい愛らしさを持つ高い声で、“彼女”、『迦具夜(カグヤ)』は己の権能を口にした。

「……っ! イマジン体召喚で戦う者は、必ず三つのパターンに分かれる。単純に数を増やし数で攻めるか、武器化させる事でイマジン体を構成しているリソースを全て一点に集中させるか、あるいは自身に憑依させイマジン体の能力を自分に有するか……。私は、三つ目の、手段を選ぶ事で、能力の制限を超える方法を選んだ。てっきりお前は二つ目かと思っていたんだが……」

 レイチェルは苦虫を噛み潰したような表情で迦具夜(カグヤ)を睨みつける。

「お前は両方選んでたって事か……っ!」

「………」

 迦具夜は微笑むだけで応え、胸の前で軽く手を翳す。その行動を何らかの攻撃と捉えたレイチェルは、素早く先手を打つ。

 ロノウェ憑依の状態で突進。瞬時、迦具夜の眼前に移動したところで間髪いれずその胸を蹴り上げ、宙に浮かす。軸足で地面を蹴りつつ縦に回転し、浮き上がった迦具夜の後頭部目がけ踵を落とし、地面に叩きつける。

 ボンッ! と、地面が爆発する様な音をたてて小さなクレーターを形成。それを確認する暇も無く、レイチェルはアスモデウスの紋章が描かれたカードを取り出す。レイチェルのイマジン体は紋章を描く事で召喚が可能となる。それは、紋章さえあれば、距離を無視して移動も可能と言う事であり、距離を無視できると言う事は、憑依の切り替えも瞬時に可能と言う事であった。

 アスモデウスの紋章(シンボル)が輝き、レイチェルの憑依がアスモデウスへと変わる。翼をはためかせ、空中で姿勢を整えつつ、両手を掲げ、強力な業火を迦具夜に向けて叩きつける。

 紛うことなき大爆発が起き、世界を深紅に染め上げる。直径十メートルはあろうかと言う真っ赤な火柱の中心に、僅かな黒い影が存在し、それが迦具夜であると解る。

 まだ形がある。それを刹那に認めたレイチェルは新たにシトリーの紋章が刻まれたカードを取り出す。

 憑依が入れ替わる。

 青い髪に清楚なワンピース姿の水の悪魔へと変わる。

 飛行能力を失い、自由落下する中、彼女が片手を掲げるだけで大量の水が集い、火柱の周囲を包み込む様にドーム状に展開される。

 グッ、と拳を握った瞬間、水は一瞬で火柱を中心に圧縮され、瞬時に水と炎が混ざり合う。結果起きたのは高熱で大量の水が気泡へと変わる事で起きる水蒸気爆発。今度は飛沫と霧で世界が真っ白に染まってしまう。

 物理的な破壊による疑似爆発。炎による爆炎焼却。水をかけ合わせる水蒸気爆発。計三回の爆発を披露してみせたレイチェルは、地面に着地すると再びロノウェへと憑依を変える。今度はアスモデウスとシトリーも傍らに侍らせ、炎と水の砲撃を準備している。

「……ああぁっ!」

 短い掛け声と共に飛び出す。同時に炎と水の砲弾が槍の如く発射される。その槍を両手に捕まえ、ロノウェの膂力で一気に突っ込む。濃霧となった水蒸気を突き破り、物理的にはほぼ限界を超えた一撃が叩き込まれた。

 空気が砕かれ、花火が打ち上がった様な轟音が炸裂する。視界を塞ぐ濃霧は一瞬で消し飛ばされ、視界はとてもクリーンだ。

 故に、誰もが驚愕した事だろう。これだけの超攻撃を連発して見せ、最後には直接攻撃まで仕掛けたレイチェルの脅威。その全てを受けてなお―――、対して汚れてすらいない迦具夜比売の姿がそこにあったのだから。

 驚愕に目を見開くレイチェルに対し、迦具夜は穏やかな表情を浮かべつつ、水の槍を脇に通し、火の槍を軽く翳しただけの手の平で受け止めきって見せていた。

「『燕の産んだ子安貝(甲斐無し)』」

 呟いた言葉が、使用されている能力だと悟る。

 飛び退き距離を取ったレイチェルは、素早く思考し、今の能力の正体を看破する。

(『燕の産んだ子安貝』は竹取物語の迦具夜比売(かぐやひめ)が求婚してきた帝に条件として出した物の一つだったはず。これは後に失敗した光景を元に『甲斐無し』の言葉の由来ともなったと聞く……。良く解らんが『甲斐が無い』、つまりは、思ったほどの成果が見込めないと言う事だろう? どう言った原理で発動してるのかは解らんが、ともかくアレが発動中は、攻撃しても成果は見込めないって事だな……。なんだそれっ!? 無敵じゃんっ!?)

 理不尽な能力に対し、自分で自分の思考にツッコミを入れてしまう。

(いや、いくらなんでも『無敵の属性』なんてあり得ない。仮にあり得ても、あらゆる権能には付け入る隙がちゃんとある。相手の能力が竹取物語の迦具夜比売なのは既に予想出来ている。そこから予測立てて行けば理解できるはず)

 単純な攻撃力は通じない。その仕組みには必ず弱点となる個所もあるはずだと、レイチェルは必死に思考を巡らせ―――、

(………ッ!)

 ―――ふと、強烈な違和感を抱く。

 何が違和感として感じるのかは解らない。ただ、自分が目の前にしている人物に対しての対応が、間違っている様な気はした。

 少女は微笑む。微笑むだけで何かしらのアクションは起こそうとしていない。

 レイチェルは被りを振る。気を強く持って行動を開始する。

(何かしらの幻術でも仕掛けられてるのか? ともかく行動しなければ!)

「ロノウェ!」

 レイチェルはロノウェに命じ自身に憑依させる。

 再び執事服の麗人となり地を蹴って飛び出す。

「はあっ!」

 効果が無いと解りつつ、何か糸口を見つけるために攻撃を繰り出す。

 突き出した拳は軽く持ち上げられた袖に阻まれ容易に受け止められる。腕にはまったく力が入っている様子は無いのに、ぶつかった拳は分厚いゴムを殴ったかのような感触を覚える。

「はあああっ!」

 構わず拳の乱打を見舞うが、迦具夜は涼しい顔で攻撃を受け流す。片手の袖で口元を隠し、もう片方の手だけで柔らかく払いのける。その動きも決して速くは無いはずなのに、的確に攻撃を捌き、視線すら合わせる事無く的確に攻撃を防いでいく。

(攻撃を防げる理屈は解らないが、防御していると言う事は無条件にダメージを消している訳じゃない。ジークの不滅の権能に比べれば脆弱な方なのか?)

 だとすれば攻撃その物は効果がある事になる。先程の無傷状態も、“こちらが予想していた程度の効果を発揮しない”と言うだけなら、より強力な攻撃を当てれば目に見えた効果が発揮されると言う事になる。

(そうでなくてもダメージを無効化できていないのなら、小さいダメージを蓄積させてやれば、いずれは崩れる。アスモデウスとシトリーで熱の変動を常に一定にさせずに維持し、打撃でダメージを蓄積させればいずれは崩れるか?)

 悠長な戦い方な気もしたが、今のところ他に有効な戦術も思い付かない。とりあえず状況を変化させていき、様子を見るしかない。

 一旦ラッシュを止め、数歩下がってから彼女は命じる。

「アスモデウス! シトリー!」

 イマジン体は主に名を呼ばれるだけでも充分にその意図を理解する事が出来る。故にこれまでも緻密な作戦を簡単な指示だけで行う事が出来ていた。

 だと言うのに、今回ばかりは二体のイマジン体はすぐに行動を開始しない。この対応の遅さに思わず振り返って確認してしまうレイチェル。そこには困惑顔で顔を見合わせるアスモデウスとシトリーの姿があるだけで、特段何か妨害を受けている様子は無い。

「何してる!」

 二人を叱責すると、二対のイマジン体はビクリッと肩をはね上げ、今頃指示に気付いたかのように行動を開始する。

(二人の様子がおかしい? やっぱり何かされて―――!)

 ガクリッ、と、一瞬だけ動きが阻害される。それが憑依中のロノウェが、戦闘を継続する意思が削がれたのだと知り、驚愕する。

(まさか……! 戦意を削がれている……っ!?)

 もしもそれが本当なら、これほど厄介な能力は無い。

 天を貫く聖剣も、地を焼き払う魔槍も、例え破滅を呼ぶ結界であったとしても、この能力の前では無意味になる。何しろ、戦う意思その物を奪い取られてしまうのだから、以下に強力な力も使い様が無くなってしまう。

「! シトリー! すべてをさらけ出してやりなさい!」

 時間を掛けるわけにはいかないと判断し、レイチェルはシトリーに命じる。

 その焦りが通じているのか、シトリーも焦燥感漂う強張った表情で固有スキルを発動する。

 手の中に円盤状の水を展開し、その表面を綺麗に磨き上げた鏡の様に磨き上げる。出現したのは水鏡。シトリーの三つ目のスキル、相手の感情や思考、その本性すら写し取る水の鏡『写し鏡』である。

「その正体を表しなさい!」

 水鏡を迦具夜に向け、彼女は不安を押しのけるように叫ぶ。鏡を向けられた迦具夜は、やはり微笑みを浮かべ、むしろカメラに目線を向けるような仕草で笑い掛けてくる。

 何故かその笑みに怯えを感じながら、シトリーは表情を強張らせながら水鏡にその正体を映し出す。

 果たして現れたのは―――、何も変わり映えのしない、月の様に美しい少女が微笑んでいる姿だった。

「そう恐れないでください。私は決してあなた方を傷つけたりはいたしません」

 読み取った思考と同じ言葉を口にし、迦具夜比売は微笑み続ける。

「あ……っ」

 途端、微笑みを投げかけられたシトリーが赤面し、何かに怯えるように視線を逸らす。

 レイチェルはこの様子に愕然とするしかない。

 『写し鏡』が読み取った思考と姿、それらから推測される答えに、彼女は恐怖に似た感情すら抱いていた。

 現在、東雲カグヤは迦具夜比売を召喚し、自身へと憑依させている状態のはずである。ならば、『写し鏡』に映るのは、紛れも無く“東雲カグヤと言う少年”でなければならない。それがどうした事か、鏡に映っているのは迦具夜比売の方であった。それはつまり―――、

「あそこにいるのは、カグヤの身体を借りて降りた、“迦具夜比売本体”かっ!?」

 

 

「え? どう言う事?」

 レイチェルの驚愕の意味についていけなかった桜庭(さくらば)啓一(けいいち)が観客席側で疑問を述べる。

 しかし、その質問にカルラが答えるより先に、思わず立ち上がってしまう程に驚いた少女がいた。茶色の髪をサイドテールでまとめた少女、多田(ただ)美里(みさと)だった。

「な、なんて無茶苦茶なっ!? 神降ろしですって!? 全ての巫女の切り札じゃないっ!?」

「な……っ!? まさか、神憑(かみがか)りしてるって事っ!? そんなの“憑依”のレベルじゃないじゃないっ!?」

 美里の台詞に理解に至ったのか、今度はキツイつり上がった黒瞳が特徴的の神永(かみなが)一純(いずみ)が驚愕する。

 おかげで余計混乱してしまった啓一が助けを求めるような表情でカルラに視線を送る。

「ちょっと可愛い顔しないでください。ちゃんと説明しますから―――。ええっと、そもそもイマジン体にいくつもの種類が存在しまして、一から説明すると長くなってしまうのでお二人の比較だけに留めますが……、お二人の召喚しているイマジン体は、神と悪魔と言う違いがあるだけで、実はまったく同じ『神話級』の存在で、語られる神話の力を振るう事が出来る強力な物なんです。っと言っても、私達は一年生ですし、設定されている力を完全には扱えないのですが……」

「ああ、だから神様の割には力が弱いと思った」

 カルラの発言に納得の声を出したのは浅蔵星琉。彼女も実家が神社だけあってか、神に対する知識はそれなりに有しているらしい。

 カルラはそれに「はい」と頷いてから続ける。

「そのため、イマジン体使いは、その能力を可能な限り引きだす為、あらゆる方法を取ります。一つは数を作る事で純粋な物量で攻める方法。もう一つは武器化する事で、一体が有している神格を、限定的な物に集中させて扱う方法。最後に自分の体に憑依させる事で、イマジン体の制限を無視して力を行使する方法です。まあ、どれも負荷が零になるわけではないのですけど」

 そこで一旦言葉を斬るカルラに続き、話を引き継いだのは美里であった。

「でも、今あの東雲が使ったのは“憑依”なんて生易しい物じゃない。更にその上の“神憑り”」

 真剣な表情で告げられたが、啓一にはその違いが解らない。その疑問は明菜理恵も同じだったらしく、困ったような表情でカルラに説明の続きを求めた。

「どう違うん?」

「憑依は言葉の通り自身の身体に霊格を宿すだけです。ですが神憑りはその限りではありません。アレは自分の体を器にして、神その物を丸ごと降ろしているんです。それはイマジン体などと言う枠組みのレベルではなく、正真正銘、“神様”が目の前に降臨していると言う事」

「わ、解り難い……!」

 何気に話を聞いていたらしい鋼城カナミが渋面になって呟くと、それを聞きつけた水面=N=彩夏が解り易く噛み砕く。

「普段使っているイマジン体が、1~5%くらいだとすると、神格武装は5%確定状態を維持する物。憑依は5%を超えられる代わりに、超過1%毎に強烈な負荷が主に掛るわけだ。それらに対して“神憑り”は突然100%分の力を引っ張り出してくるわけだ。ね? もうこれだけでどんだけって話?」

 説明され、理解した瞬間、啓一にもその異常さがやっと理解出来た。理解できただけに、その反則級の技に不安を覚える。

「それって……、リスクはどうなるんだ?」

 カルラは即答せず、僅かに逡巡する。代わりに答えたのは美里だった。

「“巫女”の属性で考えれば、不可能な技術じゃないわ。呼び出すだけでも相当な対価を支払う事になる。その上、自分の体を生贄に捧げている様な物だもの。リスクなんて、想像できるだけでもあり過ぎて解らないくらい……!」

 その言葉に戦慄を覚えたのは、啓一だけではない。

 

 

「フンッ、アレだけの切り札を持ち得ながらこの頂には遠く及ばなかったか……。持ち腐れた宝を、この様な場所で見世物にするとは……、愚物らしい哀れさよな?」

 シオン・アーティアが呆れたように呟きながら、せっかくの宝物をドブ川で見つけた様な醒めた視線で見つめていた。

 対してオジマンディアスは、宿敵を見る様な目で、むしろ興味深そうに笑っていた。

「くく……っ、よもや月の神に仕える仙女(せんにょ)を降ろすか? これは我との因縁を感じて良いのかな?」

 今だ寝そべっているプリメーラは、何処か懐かしい物を見る様な目を向け、サルナは変わらず冷やかな視線を送るだけ。そして詠子は―――、

(今は沈黙! でも訳知り顔にダークな笑みで行こう! 何かそれっぽい雰囲気に混ざってて超最高~~~っ!)

 ダークな笑み浮かべる内心で、自分でもどうしようもないほどハッスルしていらっしゃった……。

 

 

 レイチェルは必死に攻撃を繰り出し続けていた。

 ロノウェによる打撃は、如何なる『イマジン再現』を行っても効果が発揮されない。もはや物理攻撃では効果的な手段は無いのだろうと理解する。

「ならっ!」

 カードを取り出し憑依を変更。シトリーを憑依させると幾つもの水球を作り出し、迦具夜の顔めがけて放出して行く。

(いくら神憑りと言っても、ベースは人間! 水で呼吸を封じてやれば、呼吸できなくなって、肉体が先に死ぬはず!)

 いくらダメージを緩和する能力を持っていても、これなら関係無い。そう判断しての攻撃であった。

 攻撃に曝された迦具夜は、袖の中から一つの枝を取り出す。

「『蓬莱の玉の枝』」

 その呟きと共に、迦具夜の姿に靄がかかる。

「これは……っ!?」

 それは迦具夜の周囲で何かが起きたと言うわけではないようだった。いわゆる気配遮断の一種らしく、そこに存在しているのに、その存在を認識する事が困難になっている。

 素早く『写し鏡』で相手を見つけようとするレイチェルだが、どうしてもその存在を希薄にしか捉える事が出来ない。おかげで攻撃は狙いが定まらず散発的になってしまい、容易に回避されてしまった。

(これは、完全に気配を消さない代わり、完全に見破る事の出来ない気配遮断と言う事っ!? 目の前にいるのに認識がぼやかされるなんてっ!)

 歯噛みしつつ手段を変える。

 今度はアスモデウスに憑依を移し、周囲一帯を炎で包む、大掛かりな術を発動する。

(普通に攻撃しても効果は得られない……! なら、周囲一帯を炎で覆い尽くして酸素を根こそぎ奪えばっ!)

「『火鼠の(かわごろも)』」

 炎に包まれる最中、迦具夜は袖に枝をしまってから新たに赤茶色の衣を取り出し、それを肩に掛けるようにして羽織った。

(『火鼠の(かわごろも)』? アレは伝承では炎に対して絶対的な耐性がある宝具だと聞いてるけど……?)

 レイチェルは困惑する。確かに火鼠の(かわごろも)は耐熱性としては最高級の武具だろう。だが、レイチェルが狙っているのは炎熱ではなく、酸素の消耗だ。ここで耐熱属性を付与する意味は無い。そもそも、彼女には受けたダメージがこちらの予想以下になる権能を有しているのだ。既に防御力を上げる必要性は皆無だ。ならば何故そんな事をしたのか? その答えはすぐに現れた。

「な……っ!?」

 それは突然。周囲に展開していた炎が、全て弾けて消え去ったのだ。

(衝撃か何かで消されたんじゃないっ!? 術式(イマジネート)その物を打ち消されたっ!?)

 術式その物を破壊された事で、イマジンで作り出されていた炎が消滅した。それを悟った瞬間、レイチェルは迦具夜が行った物の正体を知った。

「大掛かりな術式を失敗させる宝具……っ! それが『火鼠の(かわごろも)』の力って事っ!?」

「どれも副次効果です。本来、これらの宝具が宿す力は別の物です。ですが、神話の伝承により、神々がその権能を多種多様に獲得する様に……、その功績から英雄が神に匹敵知る恩恵を授かる様に……、これら宝具もまた、後の世に語られる逸話を持って、新たな権能を有する事になった、神宝宝具の類なのです」

 レイチェルは再び歯噛みする。

 『宝具』と言われのは、イマジンに於いては神や英雄がその功績を立てる切欠、もしくは報酬として与えられる、“価値ある宝”である。それらは全て、権能に匹敵する力を有し、個体の名を与えられるほど強力無比な物として認識される。神格武装や霊剣、宝刀、神器もこれらの内に入り、生産系能力者の多いEクラスが、いつかそこに辿り着く武具を作る事が目標とされる位である。

 しかし、これらはイマジンのみで作り出しても、それほどの効果を発揮できない。それはカグヤの神格武装を見れば解る通り、結局は術者個人の技量に左右されてしまうからだ。そうでなければ、既にEクラスは神話級の武器を作りたい放題だ。故に、本来はここまで威力のある宝具を幾つも使う事は出来ない。

 だが、そこにいるのは宝具を所有する主である、迦具夜比売本体。つまり、宝具の類も彼女の所有する一部として同じく顕現している事になる。

「つまるところお前は、それらの宝具を所有している事が前提で一柱の神と言う事かっ!?」

 竹取物語の迦具夜比売は、本来神話で語られる神ではない。だが、カグヤの使う能力は神道における正しい神しか召喚できない。ならば、迦具夜比売を神として認めるだけの神格を有(辻褄合わせを)する必要がある。それが、権能を有する神宝宝具の所持者と言う事なのだろう。―――っと、レイチェルは判断したのだが、それは緩やかに首を振られる事で否定された。

「いいえ、私は真実、神道における神です。月の支配者たる月読の神に御仕えるする、因幡の一族に比肩する仙女。それが私の正体、神に仕える仙女の巫女にして、葦原の人々からは、“力強き者”として称えられる、神の末席、その一柱でございます。……これらの宝具は私が所有する物ではなく、私の逸話で有名な物として、“加護の一部”として与えられた物に過ぎません」

「な……っ!?」

 驚愕。

 迦具夜の言葉の意味を正しく理解したレイチェルは、もはや言葉も無く、呆然のその存在を眺めることしかできない。

 神道に於いて“神”とは、西洋神話の様に圧倒的な力を有する物ではなく、単に強いと言う象徴として使われていた。八百万の神を信仰する神道に於いて、神とはピンからキリまで存在し、中には人の知恵に屈した神もいれば、そもそも人相手にも太刀打ちできない神もいる。かと思えば、人にはどうあっても太刀打ちできない天災級の存在までいたりする。それが神道における神と言う存在なのだ。

 迦具夜比売とはそう言った存在で、神と崇められる“程度”には、神格を有する存在なのだ。そして、元々神格を有していると言う事は―――“彼女が宝具を有するかどうかは、彼女の神格とは全く関係無いと言う事だ”。

 それはつまり……、彼女は今現在を持って未だ、その力の一端を一つも使用していないに等しいと言う事なる。

「う……ぁ……っ」

 ぐらりと身体が傾く。ショックから来た立ちくらみではない。自然と身体から力が抜け始めているのだ。

 突然襲われる違和感。何故自分はこんな所で戦闘態勢になっているのだろうか? “戦う者などいない筈なのに?”

 そんな疑問を抱いてしまった時点で我に返る。(かぶり)を振って自身を繋ぎ止め、迦具夜を睨めつける。

「この戦意を削いでいるのも、お前の権能ではないと言うのかっ!?」

 もはやなりふり構っていられないと判断し、なんでもいいから情報を得ようとするレイチェルに、迦具夜は微笑みながら、やっぱり否定した。

「これは月の仙女が有する“特性”。地上にある物は全て、私達と戦う事、叶いません。月の住人全てが持ち得る特性であり、“権能でさえ無い”。私達にとっては呼吸と同じ物であり、自分で止める事も出来ない物です」

「なぁ……っ!?」

 神で在りながらその権能を一切振るわず、人を下す。それが地上に降りた神本体と戦うと言う事だと突きつけられ、もはやレイチェルに言葉は無い。

 嘗て、迦具夜姫を迎えに来た月の住人を相手にした帝の兵士達も、きっとこんな気持ちだったに違いない。“何もさせてもらえない”っと言う無力感に……。そう思い知らされる。

「アスモデウス! シトリー! ロノウェ!」

 それでも、カグヤに対する対抗心でギリギリ踏ん張り、彼女はカードを投げ、悪魔を召喚。戦いを継続しようとする。

 しかし、呼び出された悪魔達は、困惑した様子で誰も戦おうとしない。それを何故? とはは思わない。既に答えはレイチェル自身が身にしみている。何しろ命令した自分自身が、何故そんな命令をしたのかが解らなくなってきているのだから。

 迦具夜比売は歩み寄る。もはや棒立ち状態になってしまう悪魔達を通り過ぎ、戦わなければならないという義務感と、喪失された戦意に板挟みになって、途方にくれるレイチェルの前までやってくる。

 迦具夜比売は手を差しだし、その頬に袖越しに触れる。

「残念ながら、私には“戦う権能”は持ち合わせていません。ですから、私の“力”で終わらせる事は出来ないのです。……もう、降参してくださいますか?」

「は、はい……」

 殆ど反射的にレイチェルは呟いてしまっていた。それを自覚しながら、それでも否定する事は、もうできそうになかった。戦意を削がれる。それがこれほど圧倒的にチートな能力なのだと思い知らされながら、彼女は敗北宣言をさせられてしまうのだった。

 

『レイチェル・ゲティングスの降参(リザイン)を確認! この勝負、東雲カグヤの勝利としますッ!!』

 

『っしゃぁーーーーっ!!』

 

 アナウンスの勝利宣言が告げられ、カグヤの義姉が立場を弁えず歓声を上げたところで、エキシビジョンマッチは終了した。

 そして、一年生の殆どは、今日この日に思い知る事となった。戦意を削ぎ、戦わずにして勝利してしまったAクラスの東雲カグヤ。彼をしても、上位に五名にすら名を連ねる事が出来なかった。それほどの力の持ち主達が、各クラスのトップとなり、明日、雌雄を決する。それは一体、どれほどの頂きだと言うのだろうか?

 

 

「おい東雲」

「あら? 司さん」

 控室に戻る途中だった迦具夜は、その途中で火元(ヒノモト)(ツカサ)に声を掛けられた。

「どうかなさいましたか?」

「なさいましたか? じゃねえ。……前以て話を聞いてたとは言え、一言くらい文句言わせろや」

「……。ああ~……、『剣』の事ですか?」

「神様に献上する物だとは言われていたから、お蔵入りくらいは覚悟してたがよ? まさか、迦具夜比売の代償に使われるとはな……」

「ふふふっ、ごめんなさいね? 神と言うのは自分が神として扱われなければ、その力を正しく下賜(かし)できないのです。ですから、単純な金銭だけではあまりにも法外な値段を要求する事になってしまいますから。その点では、司さんの剣は一本で十二分にたりましたよ」

「そう言って、価値を認めてくれるのは嬉しいがね……。まあいい。文句は言わせてもらったから『真打ち』の事は収めといてやるよ。……ところでもう一つ聞いて良いか?」

「なんでしょう? ……なんとなく想像できるのですがぁ」

「お前さん、なんでまだ“女”になってるんだい?」

「ええっと……、迦具夜比売が月に帰る伝承は、本人の意思とは全く関係ありませんよね?」

「つまり自分の意思では戻れねえって事か?」

 途端に面白そうに破顔(はがん)する司に、迦具夜は苦笑いを浮かべる。

「んで? それいつ戻るん?」

「さ、さあ……? 私にもいつになるのか……? 悪くすると数日はこのままです」

 その発言に、司は面白いネタを見つけたと言わんばかりに笑い飛ばすのだった。

 

 そして、ついに前哨戦は終了。これから始まるのは、正真正銘一年生達の頂上決戦の舞台である。

 




東雲カグヤ三体目の式神
迦具夜比売の開示

保護責任者:のん
名前:迦具夜比売(かぐやひめ)  :
年齢:20(の容姿)     性別:♀      カグヤの式神
性格:お淑やかで気品があり、誰に対しても愛情深く接する

喋り方:お淑やか
自己紹介  「竹取の翁の子にして、月読の仙女。迦具夜比売と申します」
求婚対応  「私は泡沫の幻にすぎません。それでもと仰るのでしたら、世界の何処かにあると言われる宝をお持ちくださいませ」
他人対応  「どうぞ、よしなに。仲良くしてくださいませ」
戦闘時   「私は戦いを得意とする神霊ではないのですけど……」

戦闘スタイル:数多の宝によってともかく戦闘を避け、最終的には相手の戦意を削ぎ、戦わずに勝利する。

身体能力3     イマジネーション3
物理攻撃力3    属性攻撃力3
物理耐久力3    属性耐久力3

能力:『月の仙女』

技能
各能力概要
・『カグヤの宝物』
≪月の仙女が所有する数多くの宝具を収めた蔵。その全容は彼女にも知り得ないほどだが、あくまで彼女は宝物を預かる身なので、そのほとんどを使用する権利を持たない。使用できるのは『かぐや姫』の有名な逸話、求婚した男達に条件として求めた物だけであり、それぞれ『仏の御石の鉢』(恥を捨てるの言葉の由来から、敵の加護による条件防御を何かを捨てることで無効化する)『蓬莱の玉の枝』(「偶(たま)さかに」稀にの言葉の由来から、完全に気配は消せないが、完全に見破られない気配遮断の能力)『火鼠の裘(かわごろも)』(敢え無くの言葉の由来から、大掛かりな条件を満たす術式を必ず失敗させる)『龍の首の珠』(堪え難いの言葉の由来から、理に反する力を受け付けない)『燕の産んだ子安貝』(甲斐無しの言葉の由来から、呪いや攻撃を受けても、相手が期待する程の効果を見込めないようにする)などの効果を持つ。しかし、これらはあくまで彼女が所有する道具の一部である≫

・『仙女』
≪スキルと言うより特性。彼女を前にする、彼女より霊格の劣る者は全て、彼女に対する戦意を失っていく。また、この特性は上限が無いため、あまり効果を中て過ぎると、相手をどうしようもないほど魅了してしまう事もある。しかし、生まれ持っての特性と同じなので、本人にはどうする事も出来ない≫

・『輝夜(かぐや)
≪本来の迦具夜比売の権能。夜なお明るき月光の領域を展開する天をひっくり返す力。例え真昼間でも空を侵食し、夜に変えてしまう。月の神月読の領域を広げる事。それが彼女の権能。しかし、それ以上の力は特にない。本来ならここで月読の神を降ろしたり、月の軍勢を呼び出すのだが、それは迦具夜比売の権能ではないので、彼女単体では使用できない。つまり夜にするだけの権能である。ついでに言うと、文明の光は力を著しく損なわれる位の効果はある。あと、迦具夜は自分の領域内では光となって移動も可能≫
(余剰数値:0)

人物概要:【神降ろしの儀によって、自らの身体に降ろしたカグヤ三体目の神、迦具夜比売。呼び出す祝詞は『 輝夜の神子たる 東雲の巫が願い奉る。 月下の神桜 朔夜の深淵 月読の加護持ちて 我に禍事を討ち払う力を授け給え 』となり、神聖視した上で高価な物を奉納し、自らの体を生贄に捧げる事で、神憑りを成立させている。この時、カグヤの刻印名が一時的に『迦具夜比売』とする事で、戻る時に刻印名ごと存在を破棄する事で疑似的な代償再現とし、戻ってくる事を成立させている。なので、カグヤと迦具夜比売は、同一人物として存在を確定されている。艶やかな濡れ羽色の黒髪、髪型はハーフポニーで鮮やかな花飾りを差している。長さは腰ほどにまで届く。玻璃の様に輝く黒曜石の瞳を持ち、カグヤよりも僅かに背が低くなっている。纏っている衣は薄手の着物を何枚も重ねているものだが十二単とまでは重ねていない。月、鳥、桜の意匠が施されていて、特に桜の衣装が強調されている。月夜をイメージする青みのある薄黒い羽衣は、彼女が仙女であることの証であり、これも神格の一部であったりする。羽衣が無くなると、途端に神格が落ちるのは、全ての仙女の共通した弱点である。迦具夜比売の場合はあくまで象徴なので、身体を離れると粒子となって消滅し、また新しく生成される。性格は御淑やかで柔和だが、どうもこの迦具夜比売の性格は、月の仙女としての物ではなく、媒介となっている東雲カグヤを元にして作られているらしい。性格や態度、趣味嗜好の全てが、東雲カグヤの深層意識をベースに作られているため、当人から大きく違った人格にはならないのだと言う。カグヤはこれについて赤面しながら断固否定している。東雲カグヤは、いずれ戦う事になる義姉、東雲神威と戦うための手段として考えられた一つ目の切り札だが、今回の手応えから、神威に対しては有効な力にはなりえないと判断。その能力故に、対人戦最強の切り札に思えるが、神格を一定水準を超えている者に対しては効果が極端に薄く、ギブアップさせるほどには至れない。レイチェル戦に於いても、レイチェルが悪魔の神格を完全解放できていれば、逆転勝利する事すらできたほどだ。また、召喚に対して前以て用意しなければならない宝が、あまりにも莫大で、一年生の内に何度も使えないと言う弱点も、現状で彼がトップクラスに入れない理由でもある。ちなみに、レイチェル戦後のカグヤは、自宅から両替した貯金が、“-”表記に変わっている事に絶句する事になる】

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