ハイスクール・イマジネーション   作:秋宮 のん

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前の投稿から一ヶ月ちょい過ぎてしまいました。
とりあえず、なんとか書き進められてほっとしてます。
今回、やっと時間が進みました。E、Fクラスへ、スポットライトが当たります!

―――のはずでしたが、ちょっと他のクラスのキャラも出てます。
キャラが大量に出るので、皆さん、がんばってついて来て下さい!
一度、新入生最強が決まったら、メインキャラを絞って行こうかと思います……。
それでは、どうぞお楽しみください。

【添削完了】


一学期 第八試験 【新入生最強決定戦・準備期間】Ⅰ

【Fクラス戦・前篇】

 

 0

 

 

 Fクラス、只野(ただの)(じん)は驚愕していた。あまりの驚愕に絶句し、目の前の物を呆然と凝視している。

 場所は昇降口、掲示板前。そこには今期、新入生最初のクラス内交流戦の結果発表が張り出されていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【クラス内交流戦結果発表】

 

【Aクラス ベスト5】

1位…八束 菫

        総合獲得ポイント150/150  教師評価41/50

 

2位…プリメーラ・ブリュンスタッド

        総合獲得ポイント150/150  教師評価40/50

 

3位…サルナ・コンチェルト

        総合獲得ポイント150/150  教師評価34/50

 

4位…シオン・アーティア

        総合獲得ポイント150/150  教師評価30/50

 

5位…時川 未来

        総合獲得ポイント150/150  教師評価22/50

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【Bクラス ベスト5】

 

1位…ジーク東郷

        総合獲得ポイント150/150  教師評価30/50

 

2位…:比山 秀

        総合獲得ポイント121/150  教師評価22/50

 

3位…カルラ・タケナカ

        総合獲得ポイント100/150  教師評価36/50

 

4位…渡辺 遥(彼方)

        総合獲得ポイント119/150  教師評価16/50

 

5位…三神 信

        総合獲得ポイント108/150  教師評価19/50

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【Cクラス ベスト5】

 

1位…甘楽 弥生

        総合獲得ポイント142/150  教師評価39/50

 

2位…桜庭 啓一

        総合獲得ポイント150/150  教師評価23/50

 

3位…伊吹 金剛

        総合獲得ポイント150/150  教師評価22/50

 

4位…鋼城 カナミ

        総合獲得ポイント116/150  教師評価23/50

 

5位…黒玄 畔哉

        総合獲得ポイント121/150  教師評価17/50

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【Dクラス ベスト5】

 

1位…小金井 正純

        総合獲得ポイント150/150  教師評価30/50

 

2位…黒野 詠子

        総合獲得ポイント150/150  教師評価30/50

 

3位…桐島 美冬

        総合獲得ポイント150/150  教師評価23/50

 

4位…ユノ・H・サッバーハ

        総合獲得ポイント147/150  教師評価25/50

 

5位…氷室 凍冶

        総合獲得ポイント132/150  教師評価15/50

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【Eクラス ベスト5】

 

1位…七色 異音

        総合獲得ポイント130/150  教師評価33/50

 

2位…奏 ノノカ

        総合獲得ポイント130/150  教師評価30/50

 

3位…如月 芽衣

        総合獲得ポイント100/150  教師評価30/50

 

4位…九谷 光

        総合獲得ポイント100/150  教師評価29/50

 

5位…御飾音 カリナ

        総合獲得ポイント75/150  教師評価35/50

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【Fクラス ベスト5】

 

1位…長門 灰裏

        総合獲得ポイント80/150  教師評価15/50

 

2位…妖沢 龍馬

        総合獲得ポイント75/150  教師評価13/50

 

3位…叉多比 和樹

        総合獲得ポイント73/150  教師評価11/50

 

4位…只野 人

        総合獲得ポイント50/150  教師評価8/50

 

5位…御神楽 環奈

        総合獲得ポイント38/150  教師評価18/50

 

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【優秀者待遇】

 

八束 菫  ジーク東郷  甘楽 弥生

小金井 正純  七色 異音  長門 灰裏

 

   以上六名は、『スキルストック』を授与。新しいスキルを一つ追加できます。

 

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【学年別代表決定戦トーナメント】

八束 菫  ジーク東郷

甘楽 弥生  小金井 正純

 

    以上四名のトーナメント試合で今期新入生最強決定戦を行います。

    トーナメント表は当日発表となります。

    なお、E、Fクラスのトーナメント参加は、一学期のみ不参加となります。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【任意呼び出し】

 以下の者に任意呼び出し。内容は職員室にて。

 夕方六時を過ぎても来ない場合は、呼び出した内容を無かった物とする。

 

東雲カグヤ  レイチェル・ゲティングス

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【アルバイトの募集】

 

 イマスク生徒限定アルバイト。

 ギガフロート市街地、中央バス停にて、バイトを募集。

 調理、裏方、ウェイトレス、ウェイター、バイト内容は相談できます。

 是非、一度御連絡下さい。

             『市街地中央バス停前喫茶・えいんへりある』

 

 

 ギガフロート唯一のカードショップ。

 子供達に大人気。

 ギガフロート限定カードゲームもあります。

 スケジュール、時間割、御相談可能。

 是非、御連絡下さい。

           『市街地七番道路カードショップ・シャッフル』

 

 

 若い女性限定アルバイト。

 ギガフロート一の美味しく甘~いスイート店。

 可愛い制服で簡単な接客業。

 お菓子のまかないでます。

 是非、御一報下さい。

           『市街地四番道路スイート店・ドルチェ』

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 掲示板にはそんな内容が紙の上に印刷されている。

 こう言う正式な発表は、万能のイマスクでも、紙を用いる物らしい。

 只野人はもう一度目をこすって確認した。【学年別代表決定戦トーナメント】だ。そこに、彼には信じられない内容が記入されていたからだ。

 

 『なお、E、Fクラスのトーナメント参加は、一学期のみ不参加となります。』

 

「な、なんなんだよこれは~~~~~っ!!! ―――ですかっ!?」

 

 

 1

 

 感覚的には二年ぐらいの経過を感じさせた三日間の試合が無事終了し、各クラスの代表が明かされた。

 クラスの代表となった生徒は、そのまま四月二十六日に開催されるクラス代表戦、学年別代表決定戦トーナメントに向けて準備を進めていた。

「でやあああぁぁぁぁ~~~~~っっ!!」

 校舎中庭にて、立会人の二年生、朝宮(あわみや)龍斗(りゅうと)の頭上を跳び越え、甘楽(つづら)弥生(やよい)は二刀の剣を振るい抜く。

 彼女の決闘相手だった黒玄(くろぐろ)畔哉(くろや)は、空中のぶつかり合いで押し負け、反対側、校舎の壁に叩きつけられる。叩きつけられた衝撃でバウンドしかけた畔哉だが、それより早く投擲された剣が右脚ごと壁に突き刺さり、縫い止められてしまう。そのまま重力に任せると、右脚に刺さったまま固定された剣が、自重で体の上部に向けて深く刺さってしまう。

 畔哉は慌てて両手に『設置再現』を付与して壁をタッチ。そのままへばり付こうとする。―――っが、これが案外難しい再現技術で、少し気を抜くと手が滑ってしまいそうになる。

 そんな事に苦戦している隙に飛び込んだ弥生が、残った一本の剣を両手で掴み強力な一撃を見舞う。

「ベルセルク第二章……っ!」

「ぐえっ!?」

 『直感再現』が働くも、動けない畔哉にはどうする事も出来ない。

「『強襲(きょうしゅう)』ッ!!」

 

 ズガンッ!!

 

 純粋なパワーで振り降ろされた一撃が、畔哉が防御に使った武器ごとまとめて叩き伏せた。校舎の壁は粉砕され、校内にまで叩きつけられた畔哉。そのあまりの衝撃に、完全に伸びてしまっていた。

「そこまでっ! 勝者、甘楽弥生!」

 立会人をやってくれていた上級生の宣言を聞いて、弥生は剣を生徒手帳に仕舞いながらようやく息を吐いた。

「ふぅ~~……、こんなところかな? あと何人残ってるぅ~~?」

 伸びている畔哉をチラ見し、放っておいても大丈夫そうだと判断して、弥生は破壊された校舎から中庭のCクラスメンバーに声を掛ける。

 そこには結構な人数のCクラス生徒が死屍累々と言わんばかりに転がっていた。

 池の中で沈んでいるのは闘壊(トウカイ)狂介(キョウスケ)。能力により拡大した痛覚を押し付け、戦っていたが、弥生の『ベルセルク』が痛覚に対する耐性を強化し、最後は池に沈めて落とした。

 純粋なパワー勝負で殴り合いと斬り合いを演じて見せた伊吹(いぶき)金剛(こんごう)は、最終的に押し負け、怒涛の攻撃に曝され、校舎の壁に深くめり込んで昏倒していた。

 チェーンソーで戦い相手の身体を爆発させる能力を持っていた(くすのき)(かえで)は、武器の攻撃力差で一時は押したように見えたが、途中で弥生が『ベルセルク』の効果で会得した技術により、武器をその辺の石やコンクリート片。果てはこっそり逃げようとしていた本多(ほんだ)正勝(まさかつ)まで投擲武器として投げ寄越し、さすがの楓も虚をつかれた。トドメにリバーブローを御見舞いされ、地面に突っ伏した。

 兄の敵と闘壊響が『フェアリーエレメント』で属性攻撃を仕掛けたが根性で耐えて、正面から力任せにぶん殴られ屋上まで飛んで行った。

 雷化していれば物理攻撃は効かない筈と踏んでいた虎守(こもり)(つばさ)は、『ベルセルク』で得た技を持って、雷ごと斬られた。

 鋼城(こうじょう)カナミは、能力の源とも言えるパワードスーツを全て破壊された時点で、試しに逃走を計ったら、何か弥生の目が狩猟犬の如く輝き、かなり怖い思いをして逃げ回る事になった。最終的には草むらの影に押し倒され、何故か断末魔とは違う方向の悲鳴を上げたと言う。今は何故か半端に服が脱げている状態で汗だくになって気絶していた。

「よ、ようし……っ! また俺が相手してやるぜぇ~……っ!」

 倒れ伏した屍よりもズタボロ状態にある新谷(アラタニ)悠里(ユウリ)が決闘を受諾しようとする。だが、その満身創痍の姿は、とても戦えるようには見えない。それもそのはず、彼は既に弥生の練習相手を最初に始め、既に十戦以上を超えている。しかも一戦一戦が何気に長い。そしてその全てに敗北している。とてもではないが、まともに立つ事さえ困難な状況下にある。いい加減保健室に行って欲しいと立会人の龍斗はこっそり思っていた。

「え? 悠里? う、嬉しいけど……、さすがにもうやめたら?」

「だ、大丈夫だ! このくらい、弥生のためなら―――!」

「そうありがとうじゃあ行くよ!」

「へ?」

 ドカバキーーン!

「げふん……」

 速攻で飛び降りてきた弥生に、悠里は強襲を受けて倒れ伏した。

 普段なら遠慮が優先する弥生だが、今は『ベルセルク』のギアがだいぶ上がってきているため、少々戦闘狂の気が強くなっていた。

「次は誰~~♪」

「……(おれ)がするよ」

 つい最近、弥生をデートに誘って、「ごめんなさい」の一言で振られた悠里だったが、それでも諦めず猛アタックを続ける根気強い姿を見せていた。だが今は哀れな姿になって地面に倒れ伏している。それを不憫に思いながら桜庭(さくらば)啓一(けいいち)は挙手する。

 何気に、この男だけが、ずっと弥生と同等の実力者だ。現在、暴走系の能力を制御するため、イマジン操作系の能力を練習中であり、戦闘参加は控え気味だが、やはり彼もCクラスの生徒。戦闘訓練の魅力には抗えなかったらしく、こうして参加していた。

 悠里は良く粘った方である。惚れた相手のためとは言え、これまで一度もたじろぐ事無く勇敢にも挑戦を受け続けたのだから。

 隙あればすぐに口説きにこられ、その度に弥生は赤面して慌てだし、時には勢いで流されそうになったりもしているのだが、ギリギリのところで毎度回避されている。そして一度戦闘となれば、もはや純情可憐な乙女の姿は何処へやらだ。容赦無き猛攻を浴びせ、反撃の暇など与えず、あっと言う間に挑戦者は土の肥やしだ(「死んでねぇよ…」)。

「いいよ、じゃあやろう……!」

 弥生の目が爛々と輝き、新たな犠牲者を作ってやろうと息巻いている。

(これで暴走状態じゃないって言うんだから、実はCクラス(己達)の中で一番戦闘狂なんじゃないのか……?)

 呆れつつも啓一は抜刀、次の瞬間にはお預けされていたゲームを解禁された子供の様な眼をしていた。なんだかんだで彼もCクラス。自覚が有ろうと無かろうと、立派なバトルマニアなのだった。

 そんな一年生の姿に、立会人という立場で付き合わされる朝宮龍斗は呆れ半分の溜息を吐く。

 

 

 中庭で巻き起こる剣激の音が届かない柘榴染柱間学園の体育館。ここではAクラスの生徒が許可を貰って訓練中だ。めでたくクラス代表となった八束菫を中心に行われている訓練は、意外と周囲が協力的だっただけにとんとん拍子で組み上がり、訓練場所として、ここを確保できた。Cクラスの様に許可を取るのに出遅れ、特別に中庭を使わせてもらうなどと言う事も無く、こうして使い勝手の良い場所で効率の良い訓練を行っていた。

「ふは……っ!」

 僅かな呼吸をやっとの思いでしながら、菫は空中に配置した剣を蹴って空中を移動する。次の瞬間、菫がいた場所を全身武装の機霧(ハタキリ)神也(シンヤ)が通り過ぎる。飛行用バックパックのバーニアを吹かし、身体を回転させ、上下逆さまの状態で天井に脚を付く。脚部装甲が展開し、天井に杭を打ち込み体を固定すると、両腕に装着した二連装ガトリング一斉掃射。左右合わせて四つのガトリングが火を噴き、火の雨が降り注ぐ。

「んぅ……っ!」

 必死に剣を四本、『繰糸(マリオネット)』で個々に操り、自分に当たる銃弾のみを選んで斬り付ける。何発かは操りきれず体に受けてしまったが、ほぼほぼ根性で張った『強化再現』でなんとか耐えきって見せた。

 銃弾に当たって崩れたバランスを、空中に設置した剣を踏み台にする事で整えようとするが、こちらも操作を誤り、剣が菫の体重を支えきれずに一緒になって墜落してしまった。菫の使う能力では、空中に剣を配置しても、何か突発的な衝撃が加わると簡単に弾かれてしまう。なので、空中で踏み台にしたり、何か物を乗せようとすると、衝撃とは逆方向に剣を移動する様に働きかけないといけない。簡単に言うと、地面に張り付こうとするダンベルを持ち上げるのと同じで、重力に従おうとするダンベルとは逆の方向に力を入れなければ持ち上がる事はないと言う事だ。

 しかも、これを他にも何本の剣にも同じように命令を出し続けているのだからとんでもない難易度だ。Aクラスの菫が、実際こうして何度も失敗している。

 地面に落ちる前に、菫は手に持っている剣を操って空中を無理矢理飛ぶ。彼女の使う、この空中移動は『繰糸(マリオネット)』の能力で、剣を弾丸として打ち出す『剣弾操作(ソードバレット)』と、剣に決まった動きを与える『剣の繰り手(ダンスマカブル)』を細かく併用する事で疑似的に再現している物だ。どちらのスキルも剣を細かく操るのには向いていない。そもそも剣を自由自在に操る程高度な能力ではないのだ。

 だが、菫はそれをやろうとしていた。スキルがそこまでの効果を発揮しないなら、その一部分だけを使用して、自分の技術で同じ現象を起こしてやろうとしている訳だ。

「時間ですよっ!」

 背後からの声に気付いた菫が身体を無理矢理捻り上げて回避行動を取る。強烈な衝撃が過ぎ去り、彼女の紫の髪が数本持って行かれたが、なんとか無傷で凌ぐ。衝撃となって通り過ぎたのは身長は150推定の、黒髪ポニーテールに赤眼をした可愛らしい顔をした鏡刀也と言うクラスメイトだ。三日間の試合中はまるで接点がなかったが、訓練に誘ったら快く承諾してくれたのだ。

 刀也は『鬼神顕現』の能力で純粋なステータスアップ攻撃を仕掛けてくるタイプの能力者だ。だが、これがやってみると意外と厄介で、スピードでは劣り、攻撃力は防御を無視し、こちらの攻撃などどこ吹く風の防御力。しかもイマジネーションステータスも高いので、デバフ系も効果が薄い(菫は持ってないので試せてはいないが)。純粋にただ単純に強い相手と戦うのがこれほどに厄介だとは、やってみるまで気付けなかった。

「さあさあ! 今度は僕と十分間付き合ってもらいますよ!」

 そう言って空気を蹴って移動すると言う、少年誌でしかやらない様な芸当をリアルに再現して見せながら踊り掛ってくる。一方で神也は全武装をパージし、他のメンバーと合流している。これが今、菫が行っている訓練だ。

 十分毎に対戦相手が脈絡も無く入れ替わり続け、菫一人を襲う。菫は誰か一人でも時間内に倒せれば勝ち。他は、菫を倒せば勝ちだ。訓練とは言え、普通に菫が不利なルールである。

 めまぐるしく変わる対戦相手に、さすがの菫も焦燥の表情が色濃い。それでも、彼女は勝機を得るために慣れない空中戦を演じている。何しろ空中戦は全員がまだ慣れていない。この土俵で戦う限り、菫はなんとか負ける事無く二時間近くも戦い続けていられた。

 それでも、限界が近い。なんとかして勝利を掴みたいところだ。

「それに、してもさ……?」

「何ですっ!」

 刀也の拳を剣で受け止め、「何で切れないんだ?」っと突っ込みたくなる心境を堪え、彼女は半眼で呟く様にして疑問を口にする。

「ウチのクラス、女男、多すぎ……」

 そう、可愛らしい髪に艶のある長い髪、そして身長の低い身体と、整った顔立ち。これだけ美少女パーツを持っていながら、刀也は男なのである。

「ウチのクラス、だけで……、彩夏とカグヤとトーヤ、刀也も合わせ、て……、四人。陽頼も混ぜたら、五人……。多過ぎて、珍しくもねえ……」

「別に僕も望んでこんな顔してるわけじゃないですからねっ!?」

「希少性の、薄い…、男の娘……。普通………」

「弄られるのも嫌だけど、そこまで心底落胆したような表情されるとなんか傷付くっ!?」

 刀也のツッコミと攻撃を空中で回避しつつ、菫は攻撃の機会を窺う。既に残り時間を確認する余裕も無くなっている。なのでそこは諦めて、一人一人の対処法を考えるのに集中している。突発的な状況の変化に対しても、すぐに対応し、慌てる事無く冷静に攻略法を模索する。それがこの訓練の目的なのだから。

(そう言えば……)

 チラリッ、と、菫は視線を待機中で談笑しながら観戦しているAクラスメンバーへと視線を向ける。

(カグヤはなんでいないんだろう……?)

 何気に訊いた事はなんでも話してくれて、目に見えないところで気配りをしてくれる、都合の良い(「せめて優しいと言えっ!」)ルームメイトが何処にもいない。訓練を頼んだ時、真っ先に協力する事を「当然」と言ってくれた彼は今、一体何処に居るのだろうか?

(後で、聞いて…、つまんない用だったら……、串刺し……)

 とりあえずお仕置き(処刑)方法だけ決めておき、菫は戦いに集中する事にした。

「……何か待ってるのメンドイ。長いし。もう、全員で掛ろう!」

 隅の方で出番を待っていた短い黒髪を、頭の高い所で結んでいる女の子容姿の武道(ぶどう)闘矢(とうや)がそんな事を言い出した。

「「「「「じゃあ、そうするか……」」」」」

 他に待っていたメンバーもそれぞれ、銃や刀、イマジン体を呼び出し、臨戦態勢に入る。

 さすがに青ざめる菫。

「解った……。女装趣味に、碌な奴は、いない……っ!」

 結論付ける菫に、刀也と闘矢(とうや)ははっきりと否定する。

「「別に女装じゃないっ!」」

「こんな半端連中と一緒にしないでくれっ! 私は女装(趣味)と本気で向き合っているっ!!」

 何故かツインテールにしている黒髪を逆立てるほど、猛烈に遺憾の意を示した水面(ミナモ)=N(エヌ)=彩夏(サイカ)。むしろお前と一緒にするなとショックを受ける刀也達だが、菫は片手で他の生徒に一旦待ったをかけ、深々と彩夏に頭を下げた。

「ごめん」

「いや、解ってくれればいいんだ」

「「ちょっ!? なんでそこ丸く収まってんのっ!?」」

 しかし、菫と彩夏の間では何か通じ合う物があったのか、完全に二人の事を無視している。

 なんせ、菫からしたらもう女顔は見飽きていてうざい程だ。ただでさえ、自分のルームメイトが、寝起きで着崩れしている姿を見て、自分より女っぽい色気があると、内心傷つく毎朝だと言うのに、他のクラスでも見た目は完全に女で、実は男なキャラを何度か見受けている。こう言う属性は希少だからこそのステータスだろうに、この作品はそう言うキャラばかりで統一して行くつもりなのか? っと怒り半分で問いかけたくなるほどだ。しかも、そのほぼ全員が『女っぽいだけで男ですから』スタイル、せめて三人までに抑えろよ! っと当人達にはどうしようもないと解っていながら、突っ込まずにはいられない。

 そこに対し、彩夏は完全趣味で開き直って女装している。こっちの方が潔くて菫としては安心できる。ガサツでエロイ喋り方をするくせに、一々品の良さが女っぽく見えるカグヤを毎日見せつけられ、自分の方が女子力が低いのではと、気にしていない筈の事で苦悩するくらいなら、彩夏のオカマスタイルの方が好感が持てると言う物だ。

 菫は彩夏と両手で握り合う握手を交わして、互いにうんうんと頷き合ってから改めて距離を取る。

「お待た、せ…。始める」

 菫の合図に、他のメンバー達が、何かを察したように薄い笑みを漏らす。そして一つ頷いてから彼等は改めて型破りの訓練へと戻る。

「「この除け者感っ! 何か納得いかないっ!!」」

 刀也と闘矢(とうや)は叫び訴えるが誰も聞く耳を傾ける事はなかった。

 故に、二人は自然とここに居ない、自分達と同じ立場のはずの人物へと逆恨みを抱く。

 東雲カグヤ(あの同類)何処行ったッ!? っと………。

 

 

「うお……っ!?」

 突然の悪寒を感じた東雲カグヤは、自分の体を抱きしめてぶるりと震えあがった。

「な、なんだ……? 今物凄く理不尽な気配を感じたんだが……?」

 幼少のころから規格外の義姉、東雲(しののめ)神威(かむい)に育てられてきたカグヤは、その義姉が放つ悪巧みの予兆をなんとなく虫の知らせ的に感じ取る事が出来る様になっていた。だがそれは、とてつもない不安感を抱かせるだけで、今まで一度も回避できたためしがない。残酷な未来の啓示(けいじ)を受けたかのごとくブルーな気分になりながら、自分の役目を果たすために歩を進める。

 カグヤは今いる所は学生寮、そのとある一室、ここに依頼を受けて欲しい人物がいた。そのための交渉材料もしっかり手に入れて在る。これでほぼ五割は上手くいく事だろう。

(この交渉材料手に入れるのに、義姉様からアレこれ要求されてしまったが……、個人的にはむしろ御褒美ですっ!)

 基本的に義姉至上主義に()()()()()カグヤにとって、義姉に要求される事は幸福でしかない。頼られれば頼られただけ嬉しい物だ。

(さすがに、振袖姿で給仕してくれって言うのはうんざりするけどな……、ってか、なんで刹菜御姉様まで一緒なんだよ……っ!)

 思い出して拳を握ってしまうカグヤだが、それでも素直に実行してしまう辺り、神威の教育(調教)は行き届いていると言う事なのだろう。

 苦かった過去の過程を振り払い、カグヤは部屋の扉を四回ノックする。それは大きすぎず控え目に、だが、中の人にちゃんと聞こえるよう、絶妙な力加減を無意識に行う。

 「はい」っと言う返事の後、一拍の間をおいてから部屋の主が現れる。

 背中まで伸びた長い黒髪に冷たい印象を与える鋭い目付きをしている少女、カルラ・タケナカだ。カグヤとは初対面のため、出迎え早々、怪訝な表情を見せる。カルラが何事かを言う前に、カグヤは先に言葉を紡ぐ。

「誰?」

「尋ねてきたのアナタよねっ!?」

 開口一番、ツッコミを引き出したカグヤは、真顔のまま連撃を試みる。

「バストサイズ83……、ギリギリDか」

「さっそく何処に目を向けてるのよっ! バカなのっ!?」

「エロだろ」

「通報しますっ!」

「御呼ばれします」

「なんで受け入れたのっ!?」

「警察の人とD談義でも交わそうかと?」

「この場で粛清してほしいのねっ!? そうなのよねっ!?」

 赤面したり、胸を庇ったり、携帯端末を取り出したかと思えば、今度は驚愕して固まり、挙句には顔を近づけ真っ赤な顔で凄んで来る。

(ヤベェ……、コイツ、もろタイプ(獲物)だ……)

 カグヤの内で義姉に鍛えられた嗜虐心(しぎゃくしん)が煽られ、ここから思い切ってコンボを繋げてみようと試みる。絶対演技でしかやらない様な女の子らしさをイメージした満面ニコニコフェイスを浮かべる。さあ、チャレンジ!

「ごめんなさい。実は罰ゲーム中でした」

「傍迷惑な遊びしないでくださいっ! まったく、アナタも災難かもしれませんが、こう言う何も知らない他人を巻き込み迷惑を掛ける様な遊びはしないよう―――」

「見知らぬ相手に尋ねられ、おちょくられると言う罰ゲームです」

「罰ゲーム私だったっ!? って、そんな訳無いでしょうっ!?」

「もちろん冗談です。本当は道に迷って藁にもすがる思いでお尋ねしました」

「な、なんだ、そうでしたか……、相当性格の悪い方向音痴の様ですが、道なら生徒手帳でマップがあったはず―――」

「実は人生という道に迷っていて……」

「そっちっ!? そっちの道を相談しに来たのっ!?」

「一人出て行って音信不通だった母が、十年振りに、一度顔を見たいと便りを寄越して来て……、私はどうしたらいいでしょう?(笑)」

「重いっ! 想像以上に重いっ! そんな話私に振らないでっ! そもそもなんで私に尋ねる必要がっ!?」

「『こう言った相談はお隣に……』っと言われて」

「隣の部屋は確か……二能(にのう)類丈(るいじょう)さんと、リヴィナ・シエル・カーテシーさんの部屋だったはず……。お二人の知り合いですか?」

「いいえ全く無関係です」

「なんで尋ねたっ!?」

「かれこれ四十六部屋くらい同じ事が続いて」

(たらい)回しだったっ!? こんな所までめげずに回されてきたのっ!?」

「もちろん冗談ですよ。まさかそんな訳がない」

「冗談二度目っ!?」

「本当は通りすがりの幽霊先生からのおすすめで」

「ゆかり先生ならやりそうっ!? でも、それなら先生が答えてあげて欲しいっ!」

「冗談です。本当は下着の御相談でした」

「冗談三度目っ!? しかも真実がそれってやっぱりバカなのっ!?」

「実はブラジャーもパンティーも着用した事が無いので、良く解らなくて……」

「さらりととんでもないカミングアウトッ!?」

「さしあたって、試しにアナタの今穿いてる下着を確認させてくれませんか?」

「い、今穿いているのを……っ!? 下着だけじゃダメなんですか!?」

「柄とか色合いとか、穿いているのを見ないと参考にならないので。もちろん、見せていただくのは部屋の中で構いませんよ?」

「ま、まあ、部屋の中でしたら……、………はっ!?」

 部屋に招き掛けたカルラは、途中で何かに気付いた様にはっとした顔になると、慌ててカグヤを両手で押しやった。

「お、思い出しましたっ! アナタ、初日に決闘騒ぎを起こしたAクラスの東雲カグヤねっ! 確かアナタ男性だったはずっ!」

「そう、見えますか?」

 小首を傾げ、とぼけつつ、僅かに眉を下げて『内心では結構傷ついてます』アピール。

「うぐ……っ!」

 効果は抜群だ。

「だ、騙されません! 惑わされません!」

「では、ここで脱いで確かめてみますか……?」

「へ……?」

 頬を染めながら、羽織っているだけの千早を肩からずらすカグヤ。下は普通にシャツを着ているので素肌が見えると言う事はないのだが、脱ぎつつも必死で胸だけは隠そうとする素振りに、本当は恥じらっていると言わんばかりに視線を逸らしつつ頬を染める姿に、どう考えても男性とは思えなかった。人の悪い冗談が好きなだけの、だが、勢いで言ってしまった脱ぐ行為に今更になって羞恥心を覚えて戸惑っているドジっ子加減が、もうどうあっても普通の女の子より女の子っぽく映った。

 苦悩。

「し、しかし……、私が集めた情報に間違いがあったとも思えないし……」

 誤情報は在る物だ。それは認める。だが果たして、性別程度を間違えるほど、自分は情報力が弱かっただろうか? それはあまりにも“現実的”ではないと判断できる。

 だがやはり、潤んだ瞳を伏せ、羞恥に頬を染める眼前の相手が男性とは思えない。自分は何を信じれば良いのかと迷ってしまう。

「では、手っ取り早く胸を触ってみましょうか?」

 などと言ってカグヤは可笑しそうな表情でカルラの手を取ると自分の胸に押し当てた。

「へひゃぁ……っ!?」

 あまりに自然な動作で導かれ、気付いた時には既にカグヤの胸を触っていたため、カルラの口から変な声が漏れてしまった。

 胸に押し当てられたカルラの手。その手の平には服越しとは言え、確かな感触が伝わってくる。男女の判別くらいいけそうな気がした。

「…ん? …! つ、着けてないっ!? ―――いや、男性なら当然……? え、でも、これは……」

 カルラは自分の置かれている状況も忘れて手の平に返ってくる感触を確かめる様に撫で、軽く揉みしだいてみたり、ともかくその感触を堪能する。なだらかでいて、凹凸の乏しいそれは、一見すれば男性だと即答できなくもない。だが、手の平に返ってくるその柔らかな感触は、男性の胸板特有の筋や固さが感じられない。もちろん、カルラは実際に男性の胸を触った経験は、小さい頃に父親の胸板を触ったくらいの物だ。後はなんやかんやでいつの間にか身に付いた知識の中にある程度。それでも、それでもだ。今カルラが触っている柔らかな感触は、僅かだが、そこに膨らみが存在している様な気配すらある。男子がAAが当然と考えると、これはギリギリAカップと言えなくもない様な気がする。触っていると何だか癖になりそうな、餅ともグミとも例えようの無い感触はカルラには女性の胸部としてすら至上の物ではないかと疑わせる。

「ま、さか……! 着けていないだけで、本当に女性……っ!?」

 まるで『色』を完全に排除した『女の美』を体現した姿を見るかのように、カルラの表情が畏怖に歪ませ、羨望に頬を染め、畏敬に瞳を潤ませる。

「そうか、そう感じるのか……俺、()なんだけどな?」

「むしろその方が理不尽だ~~~~~っ!!!」

 ばしぃ~~~~んっ!! ついに感極まったらしいカルラのビンタがカグヤの顔を狙って―――途中で軌道修正されて胸への掌打に変わった。整ったカグヤの顔は、さすがに女性として殴れなかったようだ。

「……し、心臓が……、止ま……っ!!」

「そこまで強く叩いてない筈―――ええぇ~~~~っ!?」

 胸に手を当てがっくりと跪く、苦渋の表情のカグヤ。どうやら胸の掌打で本気で死にかけているらしい。

「戦闘力の無い私のビンタで、何で死に掛けてるのよっ! ほら、しっかり!」

「うぐっふ……!」

 横になったカグヤに心臓マッサージを施し、なんとか鼓動は取り戻された。

 再び立ち上がった二人。片方はげっそりと、片方は一安心と胸をなでおろして、とりあえず一息吐く。

「いや~~、意識のあるまま死にかけるなんて初めての体験だった。大体いつもは気絶してるから、貴重な体験だったな!」

「あっけらかんと、また恐ろしい事言ったわよね? アナタは“いつも”死にかける程気絶することが頻繁に在るのかしら?」

「…? 割と幼少からずっと」

「やめてもう……、私の常識が音を立てて削られて行く……」

 ついに屈服する様に座り込んでしまうカルラに、カグヤはこっそり拳を握って勝利に酔った。

 コンボ一発で陥落させてやった! ふっ! っ的な優越感に……。

「ぷ、ぷあ~はっはっはっはっはっはっ!」

 堪え切れないと言わんばかりの笑い声がカルラの背中へとぶつかる。室内からした声にカグヤが視線を向けると、死角になって見えない部屋の奥から、どったんばったんと、転げまわりながら大笑いする女性の気配が感じ取れた。

 声の主はヒィヒィ言いながらお腹を押さえ、浮かぶ涙を人差し指で払い、床をはいずる様にして出てくる。ある程度笑いが収まったところでカグヤへと視線を向ける。

「あ~、あ~……! 可笑し過ぎて笑いが止まんないよ! もしかしてアタシに用事かい? 入んなよ。面白可笑しいの見せてくれたお礼に話だけなら聞いてやるよ?」

「ならちゃんと聞いておこうか? お前が火元(ヒノモト)(ツカサ)か?」

「そうさね。やっぱりアタシに用事だったみたいだね」

 軽く笑い合う二人。カルラはそんな二人を眺め、酷いとばっちりを受けた物だと溜息を―――吐こうとしたら、突然カグヤに抱きかかえられた。

「これ、どうしたらもらえますかっ!?(キラキラッ」

「おおっと、そいつは値が張るよっ!?(ケラケラッ」

「勝手に人身売買するなぁ~~~っ!!(ドカーンッ」

 

 

 Bクラス切っての頭脳派、カルラ・タケナカに知恵熱を起こさせ、ベットで突っ伏させる所まで言った東雲カグヤは、彼女達の部屋で、テーブルを挟み火元司と向き合う形になっていた。

「まずは用件から、剣が欲しい。最低一本、可能なら八―――いや、九本」

「断るね。アンタに打ってやる剣は無い」

 バッサリと、司は何の迷いも無くカグヤの依頼を断ち切った。

「いや、確かに私は作る相手を選ぶ方だけどね? それでもアンタは論外中の論外だろ?」

 言いつつ、司は懐に持っていた短刀を取り出す。試作で作った一本で、単なるナイフ程度の用途しか持たせていない。おまけに素材はその辺の石ころと言う雑さ。最低限鉄すら使っていない石刀を投げ寄越され、とりあえず受け取ってみるカグヤ。

「……やっぱダメだな。アタシには武器を持ってる奴を見れば、その武器と使い手の“実力差”が解る。そう言う能力なんだ。でも、アンタにはまったく剣の才能がねぇ。それどころか『どう言う事だ?』ってこっちが質問したくなっちまうねぇ? そのできそこないでさえ、()()()()()()()()()()だって判断出来たぞ? はっきり言って、『非才能の才能』があるんじゃないかって疑っちまったよ」

 言われたカグヤは溜息を吐きたくなった。幼少から散々義姉に不思議がられた内容だけに、他人にまで言われると多少傷つく。実際、カグヤに東雲家の護法剣、姫咲(ひめさき)流を教えてくれた師でさへ、「剣技を全て覚える事は出来ても、アナタに剣術を身に付けさせることは不可能です」なんて言われてしまった。他にもあらゆる武器を使える様に仕込まれたが、一つとして極めれた物はない。浅く広くがカグヤの習得できる限界だった。

 それを見抜いた司は話は終わりだと言わんばかりに手をひらひらと振る。

「そんな訳で論外だ。その石刀置いて、帰えんな」

「そうです、一刻も早く帰りやがってください……」

 熱暴走中のカルラにまで急かされ、いよいよカグヤは溜息を吐いた。

「話は最後まで聞けよ。使うのは俺じゃない。俺は依頼しに来ただけだ」

「なら、そいつ本人を連れてきな。話はそれからだよ」

 すっぱりと切り返した司に、カグヤは内心「本格的に交渉術使ってやろうかコイツ?」っと呆れながらも続ける。

「お前の目利きが本物なのは今解った。だからそいつは省略だ。ただ手間がかかるだけの事なんかできるかよ」

「最低限の誠意って言うのは必要だろう?」

 ああ、なるほど…。っと、カグヤは理解する。要するに舐められているのだ。交渉人としてやってきた東雲カグヤが、あまりにも貧弱故に、その使い手も大した事はないだろうと判断されたのだろう。他にも、他人を使いぱしって欲しい物を調達しようとする王様気取りな奴が相手かもとも思ったのだろう。

 やれやれ面倒だ。口には出さずそう判断したカグヤは、面倒なのでさっさと『交渉術』に移行する。

「あんまりデカイ口叩くなよ? 三下がよぉ?」

 突然の喧嘩腰。驚いたカルラが視線だけをカグヤにやる。

「お前のポリシーが何ぼのもんだろうと、テメエが思い上がれる程腕は付いて来ちゃいねえんだ。偉ぶるのはそれなりの功績を残してからにしな」

「はっ!」

 急に言葉使いを荒げたカグヤに対し、司はむしろ可笑しそうに笑い飛ばした。その顔は何処か自慢げで、「正体見たり」と言いたげに歪められていた。

「アンタがどう言うおうが答えは変わんねえ。そもそも脅して何かが手に入ると思ってんなら大きな間違いだぜ?」

「バカげたことを言い出すな。脅す? 何故俺がお前ごときの剣を脅して取る必要性がある?」

「私、“ごとき”だと?」

 ああ、そこか……。っとカグヤは表情には出さず、理解する。

「何か不満でもあったか? 正直俺は事実だけしか言っていない筈だが? それともその事実がお気に召さないと?」

「アタシの剣を依頼しておいて、アタシの剣を“ごとき”扱い、テメエはアタシを怒らせて何がしたいんだい?」

 今すぐにでも飛び掛かりそうなほどの怒気を言葉に乗せて睨みつけて来る。

 正直、本気で飛びかかられたら、相手がEクラスでもたぶん負けるんだろうなぁ~、っとカグヤは達観したように感じ取っていた。しかし、恐怖は無い。それは相手を脅威と認識できないからだ。

(って言っても、別に俺なら対処できるってわけじゃないんだよなぁ~……)

 カグヤの義姉、神威はイマジンの存在がなければ、間違いなく人類最強―――否、世界最強の生物であった。それが放つ殺気や怒気は、次元が違い過ぎ、まともに感じ取れた物が一人として存在しなかった。そんな物を毎日、気まぐれや訓練込みで散々ぶつけられたカグヤの感覚はマヒしてしまい、相手の殺気に反応が鈍くなってしまったところがある。もちろんカグヤにも恐怖は在る。危機感もある。ただ、それが少なくとも自分にとっての常識に収まる範疇であるのなら、他人事のようにスルーしてしまうと言うだけだ。

(恐怖しない(、、、)んじゃなくて、()()()()って言うのは問題だよな……)

 などと脱線気味の思考を並列思考で考えながら、意識はしっかりと司に対して向ける。

「怒らせる? お前は何を言っているんだ? さすがの俺もそこまで思い上がりが激しいと見込み違いだったかと疑いたくなるぞ?」

「まともに会話する気があんのかアンタ? 挑発しかできないならさっさと帰んな? アタシが剣を打たないと困んのはアンタの方だろ?」

「さっきからお前は勘違いが酷いな。解ったよ。失礼極まりない奴だが仕方ない。俺も会話をしたい。だから俺が話を戻してやる。その眠らせてる脳みそをしっかり起こしておけ」

 そこまで完全に挑発としか取れない物言いで、カグヤは続けて言葉の槍を突き刺して行く。

「そもそも、テメエは交渉のテーブルに着いちゃいねえだろ? “誠意を見せろ”? お前のそれはなんだ? 客に茶の一つも出さず、話を聞くと言いながら気に入らない事はさっさと切り捨て、ただ追い返そうとしているだけだ。はっきり言って、テメエには“誠意”なんて無い。そんなお前に俺がわざわざ“誠意”を示せ? お門違いも(はなは)だしい」

「客? テメエこそ何言ってやがる? 客かどうかはアタシが決める。少なくともアンタは代理人だ。本人じゃねえなら客じゃねえ」

「当然だな。だってお前は“店主”じゃない」

 「ああん?」っと言う声が司の口から洩れた。意外な事に彼女としてはあまり使わない言葉だったが、この時は適切な言葉が見つからず、勝手に口に出た。

 そしてカグヤは『交渉術』を始めた。

「ここは何処だ? 学生寮だ。そしてお前達の自室で部屋だ。お前の店は存在しない。店の看板もありゃあしない。尋ねてきたからと言ってそれで客扱いしてるわけでもねえらしいしな? だとしたら、俺がお前を敬う必要性が何処にある?」

「屁理屈こねてんじゃねえよ。お前がアタシに剣の依頼をしている以上、“誠意”を見せるのはお前の方で在るべきだろ? そう言うのがねえからアタシも客扱いはしねえと―――」

「だからそこが烏滸(おこ)がましいと言ってんだよ」

 一陣、斬り込んだとカグヤは判断する。

 脇の方で、僅かにカルラが眼を細めるが、口は挟まない。

「俺を客扱いする権利なんてお前には無い。ただのクラスメイトや訪ね人だって扱いなら客として迎えられるがな、俺は依頼をしに来た。そしてテメエは客として扱わないと言ったんだ。その時点で次元がズレてるってどうして気付かない?」

「?」

 首を捻る司。

 少々難解、っと感じ、それが狙いなのだろうと理解するカルラ。

 二陣に斬り込むため、カグヤは休まず続ける。

「解り易くしてやるよ。英雄は何を持って英雄と呼ばれると思う?」

「は?」

 まったく関係無い話を持ち出され、もはや司は呆けるしかない。

「英雄はその功績を認められて『英雄』と呼ぶんだよ。神話の神々と違って、『英雄』は何かを成し遂げねば『英雄』にはなれない」

 戦国の世を戦いぬいた武将、神話級の化け物を討伐した勇者、人が成せなかった事を成し遂げた功労者。その人物について語れるだけの逸話、功績があってこそ『英雄』は称えられ、尊ばれる言葉として扱われてきた。ただ英雄と言うだけで、その人物が功績を成し遂げた物だと簡単に理解できる。

「それで? 今のお前は何者だ? 刀鍛冶? まともな刀一本も出来ていない奴が? まともに店も作れていない奴がか? 笑わせる。お前はただ一人の女子高生。それ以上の称号など分不相応。なのにその扱いを求める。だから言ったんだよ“烏滸がましい”とな」

 『英雄』ならざる者が『英雄』の扱いを求めるな。そう断じたカグヤは二陣が開くのを待ち、相手の言葉を待つ。

「言ってくれるじゃねえか? ……だがそれがどうした? 仮にアタシが不遜だったとして、それがどうした? それでアタシが『すみませんでした』って言って剣を打ってやると思ってんのか?」

「俺は話の論点を戻したつもりだったんだがな……、“ズレてる”って言った事の意味がまだ解らないらしい」

 二陣に斬り込んだ。カグヤは確信する。残る一つを貫けば自分の勝ちだ。

「剣を打てとか以前の問題の話をしてんだよ。テメエにはそもそも、他人にくれてやる剣なんて持ち合わせちゃいねえ。それだけの価値ある物を持ってねえ。そんな奴が客を自分で選べると持ってるのか? そもそも客引きすらしてねえ奴が、他人を客扱いなんて出来るわけねえだろ?」

「意味が解らねえなぁ? アンタは結局アタシに何をさせたいんだい?」

 うわ……っ、そんな声が漏れそうになったのはカルラだ。カルラにもカグヤの真意は解らなかったが、それでも、この場面でそれをカグヤに尋ねるのは悪手だとは解った。カグヤに話の主導権を渡しっぱなしなのだ。これでは相手に思い通りに動かされるだけだ。

 だが、っと、カルラは内心で小首を傾げる。果たしてカグヤは何がしたいのだろう? この口論の先、その結末をなんとなく読み切ったカルラは、その行きつく結果に首を傾げてしまう。

「何をさせたい? それ以前の問題だ。俺はお前に剣を打ってもらいたい。だが、その話をする前に、まずはテメエのその勘違いを正しておかねえと、こっちも安心して『交渉』できないんだよ。がんばって交渉した結果、手に入れたのが(なまくら)だった、なんて話にならないからな」

「だぁから! 結局アンタはアタシに剣を打たせたいんだろ? それが何でこんなややこしい―――」

「鈍しか作れねえ奴に用はねえよ」

 はい、三陣突入……。カグヤは確信して言葉の槍を突き刺す。

「アタシの剣を、全部鈍だって言いたいのか……?」

 さすがに聞き捨てならなかったのか、形相を変え、怒気を殺気に変えて睨み据える。僅かに身体から(くろがね)色のオーラが見て取れる所から、思いの外イマジン技術を会得しているらしい事が感じ取れた。

 だが、だからこそ、カグヤは惜しいと言う思いを込めて「バカバカしい」と吐き捨てたくなった。

 Eクラスの試合内容はともかく客引きと評判だ。より多くの客を呼ぶか、少ない客でも、その満足度次第で上位に食い込む事が出来る競技内容だった。偶然、司が外で剣の試し打ちをしている姿を確認したカグヤは、その時、とてつもない戦慄を感じる程、その才能に驚かされた。魅せられた、っと(しょう)しても良いそれは、間違いなく、ベスト5以内なら、何処かに名前が上がっていても可笑しくない逸材だった。………なのに名前がない。無かったのだ。

 だから調べた。すぐに調べた。クラス内交流戦の間も、これが終わったら必ずアポを取ろうと考えていた相手だけに、必ず自分が客一号になってやると意気込んでいただけに、その内容は、呆気にとられる物だった。

「鈍さ。一つ残らず、アンタの全ては鈍なのさ。アンタ自身の才能なんて意味がない。功績を一つも上げる事の出来ない、根っこから腐った鈍ばかりなんだ」

 ここに来て初めて、カグヤが心から言葉を紡ぎ、ぶつける。

 それ故に立ち上がった司は、本格的な怒りを示していた。

「アタシの剣が鈍かどうかっ!! 試してみるかっ!? アタシの剣の何処が悪いか、言って見やがれよっ!! さあ言え! すぐ言えっ!!」

 三陣深く食い込んだ。突破目前。

 安易だった(ちょろかった)な、と感じながら、相手の怒りに合わせて、カグヤも激しく立ち上がり、渡されていた石刀を抜くと、それを真直ぐテーブルの中心に突き刺した。

「なら証明してもらおうじゃねえか! テメエの御自慢の剣で! テメエが“出来損ない”と称したこの石刀を、テメエの“傑作”で打ち砕いてみやがれっ!!」

 言いながらカグヤは石刀に『強化再現』を掛けて見せる。それを見て司も何をさせたいのかを理解する。

 つまりは純粋な力比べだ。司が出来損ないの烙印を押した石刀を、司が現在最強と思える最高傑作で斬りつける。石刀にはカグヤが、つまりはこの学園で司の剣が相手しなければいけない敵の力で強化が施される。この力を切れなければ、司の負け。自分の剣を鈍と認めるしかない。だが、石刀が折れれば司の勝ち。能力者を相手にしても充分に使える物、鈍ではない事が証明されるっと言うわけだ。

「面しれぇ……!」

 司は純粋にそう思った。だから話に乗った。実のところ、司もそれは試した事がなくて不安だった事柄だ。Eクラスは戦闘が無い。Fクラスには訓練じみた戦闘試合があったが、Eクラスは皆無だ。なので試せた憶えがない。果たして、自分が現状最高と思われる剣は、能力者だらけのこの世界でやっていける物なのか? 確かめておきたかった。確かめねばならなかった。

 司は棚に向かい、そこから一本、両刃(もろは)の西洋剣を取り出す。銘はない。まだ与えられるだけの物として納得していない。だが、それでも鈍の石刀に比べれば圧倒的な品質と技量で作られた逸品だ。とても打ち負けるとは思えない。

(素材は鋼鉄。だけど、購買部で売っていた玉鋼(たまはがね)を使用した唯一の一品。作るまでの過程も考えれば、やっぱり雲泥の差……)

 自信はあった。自分の傑作が、適当に作っただけの石刀に、簡単な『強化再現』を行っただけの刃に劣るわけがない。

 剣を構える。何の装飾もされていない無骨な剣。イマジンでは装飾も剣のスペックを上げる要因の一つとなり得るが、今は関係無い。そもそも、まだ一年生の序盤で打った剣だ。最初っから満足行く一品が作れるなどとは思い上がってはいない。

 剣の心得はなかったが、この勝負に剣術はいらない。テーブルに刺さった石刀の刃に向けて、こちらの剣を斬りつけるだけで良い。細かい軌道修正くらいならイマジンが補正してくれる。まず、外すと言う事だけはないだろう。

 だから司は、何の迷い無く、全力フルスイングで剣を振り抜いた。

 

 ベギンッ!!

 

 そしてあっさりと、思わず呆けてしまう程に……、司の持つ剣は容易く折れてしまった。

「……え?」

 呆ける司に、興味深そうに見つめるカルラ。そして、何故か悲しそうな表情のカグヤが司を見つめる。

 思考が停止してしまっている司に代わり、初めてカルラが話に割り込む。

「単なる『強化再現』ではなかったみたいですね? でも強化系の能力でも無かったように思えますが?」

「正解。『特化型強化再現』って言う、強化範囲を絞る事で効果を倍増させる技術だ。俺はその中の派生で『特権強化』って言うのを実行した」

「それはどんな代物ですか?」

「別に珍しい手じゃない。俺にはイマジン変色体ステータスに『霊力85』と『神格70』が存在する。つまり、霊的な強化と、権能的強化を行う事が出来る“特権”があるわけだ」

 イマジン変色体ステータスは、時として、その人個人にしか備わっていない様なステータスが存在する。そのステータスを利用した『強化再現』を、『特権強化』と呼ぶ。『強化再現』の派生形技術として知られている。

「能力者同士のバトルだと、一々こんな事で強化したところで、そもそも『防御不能』とか、『強制パリィ』とか、そう言う系の能力撃たれる場合もあるからな。あまり使いどころがない技術だ。でも……」

 そう、大してすごい技術でも無ければ特別と言うだけの大した事の無い力。それでも、そんな程度の力でも、現状の司が作り出せる最高傑作(限界)は遠く及ばないのだ。断言された。司の剣は、イマジネーターの戦いでは役に立たないのだと。

 “今はまだ”っと言う但し書きこそ入る物の、司本人してみれば相当ショックなことであった。

 カグヤは思う。別にこんな事は悩む必要はない。むしろこの程度も覆せない能力者は、イマジネーターを名乗れないのだから。むしろ司が悩むべき所はそこではないと、“惜しむ”。

 司が上位入賞できなかった理由。それが、司の御眼鏡に適う相手が現れず、客を全員突っぱねてしまったと言う事だ。

(触れてみれば解る。あの石刀だって充分良い出来栄えだった。ただ、洗練されてないだけだ)

 剣は鍛冶師の力だけでは作り上げる事は出来ない。その担い手がいて初めて、剣は大成できる。だが、司はその機会を、己の鋭すぎる目利きで、全て無為にしてしまっていたのだ。

 こんなに惜しい事はない。

「さて……、今のままじゃ、お前の剣は鈍だって事は解っただろ」

 座りなおしたカグヤが、追い打ちをかける様に言ってから、斬り込む。最後の一手、『交渉術』の終了(、、)

「じゃあ、そろそろ交渉(、、)に入ろうか?」

「……は?」

「いや、『は?』じゃないだろ?」

 カグヤの『交渉術』は他者を屈服させ、絶望させる物だ。故に尊大な態度を持って当たり、屁理屈を立てて相手を攻撃する。例えそれがどんな屁理屈で在ろうと、最終的に決定的な“事実”を見せつければ、全てを証明するに至る。証明されてしまえば“理屈”に変えてしまえる。そうなれば後はこっちの物、後は言いたい放題難癖付けて、こちらの要求を全て通させる事が出来る。

 だからかカグヤは『交渉術』を止め、普通に一人の学生として司と接する方向に戻した。

「俺は、お前が客を選べる立場じゃねえって教えただけだ。だからってそれで俺の依頼を受けるか受けないかはアンタが決める事だ」

「………は? いや、待てよ……。じゃあ今の口論とか実演とか一体何だったんだ? 何の意味があったんだ?」

「意味も何も……、お前が“交渉の席”につかず、一方的な理由で追い返そうとしたから、そこを修正しただけだろ? 『話を聞くって言ったんだから、ちゃんと会話をしやがれ』って……」

「……、あ、ああ……」

 ここに来て、司と、カルラもまた同時に理解した。

 つまりこの男、カグヤは何が目的で交渉術を使っていたのか……。それはつまり……。

((デカイ態度で追い払われるのが腹が立つから、口喧嘩で勝って、いい気になるなって言いたかったのか………))

 何とも子供っぽい―――いや、完全に子供じみた理由で、カグヤは巧みな交渉術を無駄に披露したと言う事になる。技術はすごいが、凄いだけに、使い方がまったく理解できない。まるで大人の技術を完全に習得した子供が、余り物のおやつを獲得するために、全力を出すかの如く、無駄遣いだ。

 解ったら頭が痛くなってきた司は、もう色々面倒になって机に突っ伏した。

 一方でカルラだけが、何気に全て納得した感じになっている。

(さすがAクラス……、これが“天才”の集まるクラスで在りながら“変人”と称されるクラスの正体ですか……)

 真面目に使えば世界的革命に繋がる力を、心底どうでもいい事に全力を尽くす“バカな天才”達。Bクラスの自分は、Aになれなくても良いかもしれないと、カルラは本気で引いていた。

「ああ、もういいよ……、受けてやるよ……。ここで依頼断っても、なんかただの腹癒(はらい)せみたいで格好悪いし……。でもよ、現状アタシが打てる剣は、今折れたのが本当に最高品だぜ? アンタが欲しがる剣は、残念だが技術的に不可能って事にならないか?」

 創作者としては、何とも情けない話だとも思いながら、まだまだ発展途上にあるという自覚もある。この先、経験を積めば変わってくるはずではあるが、正直今の段階で急かされても、満足に行く剣は作れない。

「いや、お前の技術はまあまあそこそこ行ってると思うよ。上級生の精製品を見た俺の目から見ても、一年生じゃ群を抜いてると思うぞ。だが、圧倒的に足りない物が二つある。だからお前は上位に入れなかった」

「足りない物? アタシから見ても、足りない物だらけだと思うんだが……」

「そりゃあ、質を求めたら切がないだろうけどよ……。そうじゃなくて、今の時点で、お前が全ての技術を積み込むには、どうしても素材の品質を求められるんだよ。だが、高品質の素材は、新入生には入手しろって方が無理だ。だから火元は上位を落とした。……いやまあ、それでも“接客業”を疎かにしなければ、5位は固かっただけに、本気で惜しいけどな……」

 試合ルールが『集客』ではなく、純粋な『品評会』であったなら余裕だっただろうに、と、カグヤは内心呆れつつも、懐からソレ(、、)を取り出す。

「コイツは義姉様の趣味でやってる農園から取れた物でな。色々(、、)交渉して分けてもらった。『鋼草(はがねそう)』って言う物だ」

 取り出したのは色の強いガラス細工の様な緑色の草だった。見た目はガラス細工にも見えるが、草である事を主張するかのように僅かな力で簡単に(しな)る。固まる前の熱した飴細工の様な柔らかい草。それを根っこから綺麗に採取され、一房分を紐で纏められていた。

「こ、これは……っ!? マジか……?」

 司は思わず身を乗り出し訊ねてしまう。

 司は鍛冶師として、ギガフロートで入手できる品種をちゃんと調べてある。ギガフロートで品質は五段階評価で分けられる。

 その辺の石から、鋼鉄などの鋼を『劣等品』。

 宝石や金剛石(ダイヤ)などを『下級品』。

 オリハルコンやミスリルなど、ここでしか取れない物を『中級品』。

 神木など、材質ではなく、力を宿した物を『上級品』。

 最後にギガフロートでも侵入不可領域の最奥でしか手に入らない、教師すら入手が困難とされている物を『至宝品』と称している。

 『鋼草』は、土ではなく、鉄粉などの鉄素材を多く混ぜた土から栄養を採取する雑草(、、)系の植物だ。だが、生息域が限られており、見つければ大量に入手できるが、無い所には一切生えないと言う希少と言えなくもない金属製の草である。

 だが、絶対にギガフロートでしか入手できない。そして新入生が求める品質としては、あまりに規格外の一品、『中級品』に当たる。

「一応生徒手帳に、あと三十房ほど入ってる。量はこれで足りるだろ? 必要なら追加発注する準備はある。どうだ? これで剣は作れそうか?」

 カグヤの言葉を吟味し、『鋼草』を手にとってじっくり見聞してみる。余計な土は完全に洗い取られ、根や葉に傷らしい傷も全く付いてない。上級生にとってはそれこそ雑草と変わりない扱いであろう品が、ここまで良質な状態で採取されているのは珍しい。

 頷いた司は『鋼草』を机の上に戻すと神妙な顔立ちになる。

「可能だな。こんな物を出されて、アタシも打てないとはさすがに言えん。依頼は引き受ける。だが、生半可な仕事はしたくない。期日と相手次第だが、それでもすぐに用意できるのは一本が限界だ。材料から見ても数は増やせない。ってか、誰の剣を打てって言うんだ? それが解らん事には打ちようがない」

「ああ、そうだったな」

 忘れていた言わんばかりに軽い会釈と片手を立てる事で謝意を表わしてから、カグヤは生徒手帳を取り出し、とある試合の映像記録を呼び出す。

「コイツの剣を作ってほしいんだ。実は此処には内緒で来てるんだが、ちょっとコイツを驚かせてやりたくてな」

 そう悪戯っぽく語るカグヤが見せた映像記録。それを見た司は面白そうだとニヤリと笑う。

「そう言う事なら任せな! コイツの剣! アタシが立派なのを作ってやろうじゃないかっ!」

 

 

 2

 

 

「ぐわああああぁぁぁっ!!」

 クラス内交流戦でもお世話になった十五メートル四方の白い部屋、アリーナにて、紫色の髪をポニーテールにまとめたクールビューティータイプの男子、小金井(こがねい)正純(まさずみ)が床を転がり、壁に激突して止まる。その全身には、星霊魔術を過半数以上使用する事で浮き上がる『星の痣』が浮き上がっていた。瞳を煌々と金色に輝き、彼が今の瞬間まで最大まで能力を使用していた事が窺える。

 だが、彼が床に転がっている姿から察する通り、彼はどうも敗北した様子だった。現在、Dクラスの代表となった彼を負かす相手など、それこそ想像に難くないだろう。

「まったく無謀の極み。…とは言え、もう少し私を楽しませる事は出来ないものか? この程度で一方的に負けていては、いずれ待ち受けし戦争(ベルムム)で勝者となる事は不可能ぞ」

 そう言いながら床を靴で踏みならした、髪も眼も黒く、黒いフリルドレスに身を包む、魔王然とした少女、黒野(くろの)詠子(えいこ)は倒れて動けない正純を見下すようにしながら告げる。

 彼女は正純の訓練に付き合い、五〇戦近くを全勝している最中だ。

 恐らく、想像通りだと思った者もいるだろう。“こっち”だったかと思った者もいるだろう。そんな方々にこの言葉を贈ろう。甘い。その考えは甘すぎる!

「詠子さん、さすがにそれは酷という物ですよ? 正純君一人で、私達()()()()()()()()()()()()んですよ?」

 なめらかなストレートヘアーを揺らし、白衣に緋袴の巫女姿で、カラコロと下駄を鳴らしながら現れたのは、桐島美冬。眼や髪の色は詠子と同じだが、魔王然としている詠子とは対照的に、巫女らしく神聖で楚々とした(たたず)まいは、上品を通り越して、神々しくもある。

 魔王と巫女、対照的な二人は、『トップウィザード』の称号を、晴れて授かったDクラストップ2と3だ。そんな二人を相手に、ナンバー1の男が挑み、ここまでに至るまで大敗を何度も味わっていた。

 訓練である以上、手を抜かなかった美冬だが、さすがにここまで一方的に魔術の袋叩きを演じては、申し訳ない気持ちが湧きあがってくる。膝を折り、長い髪を手で耳に後ろにどかしながら、美冬は心配そうに正純の事を覗き込む。

「正純さん、大丈夫ですか? やっぱり二人を同時に相手するのは無理があったのではないでしょうか?」

 このままでは訓練にならないのではないか? そう危惧して尋ねる美冬に、未だに起き上れない正純は、なんとかと言った感じに返す。

「いや……、このまま続けないとだめなんだ……、普通のやり方じゃ、どうしたって俺は勝てないんだから」

「確かにDクラスは戦闘系のクラスとしては最下位ですけど、ここまで無茶をしなくても……?」

「違うんだ美冬。この訓練は、俺だからやってる無茶なんだ」

「……どう言う事でしょう?」

 尋ねる美冬に、正純は『星の痣』で失った視覚が戻るのを待ちながら、自分の考えを語る。

「Dクラスの二人の試合見たよ……。スッゲェー圧倒的で、正直、俺なんかじゃ比べ物にならなかった……。先生達も噂してたよ、『この試合カードはここでやるのは勿体無い』って……。せめて俺が二人の内どっちかと戦った経緯があれば話は別だったかもしれないけど、完全に二人が引き分けたおかげで繰り上がっただけだもんな。さすがにこれで胸張ってDクラスの代表なんて言えねえよ」

「そんな……、卑屈にならなくても……」

 正純の言わんとしている事を解りながらも、それでも代表に選ばれたのは正純であり、“引き分け”っと言う結果を引いてしまったのは自分達だ。だから正純がそこまで卑屈になる必要はないと伝えようとした美冬だったが、それより早く、正純は表情を改めて告げる。

「だけど、泣いても笑っても代表になったのは俺だ。だったら、お前ら二人にも、クラスの皆にも、恥ずかしくない試合がしたいじゃないか。そのためには、他のクラスと差を付けられるような特訓をしないといけないって思ったんだ」

「それが二対一の訓練ですか?」

「皆、ここまでの試合で一対一(サシ)の勝負には慣れてきてるけど、イマジネーター二人を同時に相手にする事は想定してない。実際やってみた俺が体験した事だが、かなり大変だ。でも、確実に俺の中で成長できているのを感じるんだ。俺は他のクラスに負けない為にも、一歩先を行く訓練をした方が良いと考えたんだよ」

 それでも無茶は無茶だなぁ~、っと感じつつも、美冬は微笑み受け入れた。無茶を押し通そうとする正純の姿が男の子だなぁ~っと、感じたからかもしれない。

「ふっ、ならば続きを再開しよう! 貴様にこのブラック・グリモワールの試練を超え、我が英知の一部を見事に勝ち取るがいい!」

「え、ええっと……?」

「ようするに、訓練に付き合ってくれると言う事です」

 困惑する正純に、苦笑いを浮かべた美冬が通訳する。通訳と言っても美冬にも詠子の言葉を全て理解できている訳ではなく、なんとなくそう言う意味ではないかと察しているだけだ。正しく詠子の言葉を翻訳できるわけではないので、細かい部分はまるで解らない。

「さあ、そろそろ『星の痣』も消えたみたいですし、続きをしましょう」

 美冬に誘われ、正純も立ち上がる。

 取り戻した視界の調子を確かめ、問題無い事を確認してから、しっかりと二人を見据える。

「ああ、それじゃあ、そろそろ再開と行こうぜっ!」

 強く答え、正純は出し惜しみ無しに『星霊魔術』の十二星座を全て展開、一気に二人目がけて力を解放する。

 それに対し、美冬が凍土を、詠子が風と土の魔術をそれぞれ展開。正純を迎え撃つのだった。

 

 

 明菜理恵は学生寮一階食堂と繋がっている二階エントランスで、他のFクラス勢と共に御茶をしながら、少しばかり悩んでいた。セミロングの黒髪に黒い瞳、多少長身の方で在るというだけで、何処にでもいそうな平均的日本人女性。日本人は見た目の個性が少ないと言われるが、この世界でもそうなんだなぁ~、っと、周囲を見ながらどうでもいい事を考えてしまう。

 しかし、彼女が悩んでいるのは、もちろん、そんなどうでもいい事ではない。彼女は知っているのだ。この後、とある少年が飛び込んで来て、E、Fクラスが話題にしている内容を爆発させ、ちょっとしたイベントを発生させてくれるのだと言う事を。

(私はどうしよう? このイベント参加しようかなぁ~?)

 彼女が悩んでいるのは正にその事だ。これから起きるイベントは、Fクラスの彼女としては、体験できる少ないイベントの一つ。できる事なら参加しておきたいが、いかんせん、このイベントは自分にとって楽しいとは言い難い。それが解っているだけに、どうしたものかと悩んでしまう。

(いや、そもそも、私の知ってる内容とちょっと細部違うんだよね……? キャラなんて、全然違う人結構多いし……)

 彼女は、自分が知る相手と、実際の相手に対して存在する齟齬について考える。

(東雲カグヤって、もっと完全に男の娘路線突っ切ってなかったっけ? 基本的に敬語で、仏頂面、一人称が名前呼びの、男である事の方がおかしいみたいな感じだったと思ったんだけど……、なんか外面だけ女で、中身は完全に男になってるよね?)

 一口、コーヒーを口の中に含み、別の人物についても考える。

(甘楽弥生は、齟齬が大きいよね? 私の知ってるあの子は、陰陽術系の能力者で、いつも微笑を浮かべてて、掴み所を感じさせないミステリアス系の子だったのに……、何がどうしてあんな可愛い系の、バトルジャンキーに?)

 額からジト汗を流しつつ、含んだコーヒーを呑み込み、意味もなく溜息を吐いてしまう。

 他にも、彼女にとっては人物やルールに多少の齟齬が見られ、少しばかり戸惑ってしまっている。それでも、彼女が知る限りでは、イベント自体は変化していない。日にちや内容が多少異なるだけで、大きく間違ってはいなかった。

(だとしたら、やっぱ次のイベントも重要な結果は変わらないかな? ん~~……、ソレだと知ってる私は、あんまり出る意味無いよね~? 今回はパスして……、ああ、でもFクラスのイベント極端に少ないからなぁ~~、どうしようかなぁ~~?)

「『どうしたんだい?』『何だか』『難しい顔してるけど?』」

 正面からクラスメイトに尋ねられ、理恵はうんざりした気分になる。

(そう言えば、まったく変わってない奴もいたか……。むしろコイツは変わっていてほしかったな……)

 そんな思考を巡らせながら、いつの間にか正面に座っている少女に視線を向ける。黒短髪に淀んだ様な真っ黒の瞳を持つ童顔の女性は、何処かの漫画でそっくりな人物を見た事があった。ただ、彼は男キャラだったが、こちらは容姿が完全に似ているだけの女性だ。名前は球川(たまがわ)(くさび)と言う。

「『くすくすっ』『そんなに』『眉間に皺を』『寄せて』『何か悩み事かい?』」

 そう言いつつ、他人の眉間を人差し指で突っついてくる楔。その時、チリリッ、静電気が走ったみたいな感触を感じた理恵は、更に渋面になって手を払う。

「あのさ、いくら私には効かないからって、冗談交じりにポンポンと能力ぶつけてくるの止めてくれない?」

「『いやぁ~』『君の能力に』『対抗できないかと』『ボクなりの』『研鑽だよ?』」

「ってか、その喋りネタなんだから普通(フツー)に喋ってよ」

「ええ? せっかく真似してるのに、君は酷い人だね~? ボクの唯一のパーソナリティーを奪うって言うのかい? これがないとボクのキャラが弱くなっちゃうじゃないか?」

 「作者の都合とか、著作権とか考えてやれよ!」っと言う台詞が喉から出かけたが、なんとか口を噤んだ。そんな台詞を彼女に言っても意味が通じず首を傾げられるだけだ。

「え? なんですかぁ? 気持ち良い事ですかぁ? 私も混ぜてくださいぃ。いえ、是非、殴りつけてくださいぃ! 踏んでも構いませんよぉ!」

 「ぎゃあああああぁぁぁぁ~~~~~~っ!」っと、思わず叫びそうになった理恵は、ギリギリで口だけは閉ざした。身体だけは全力で反応してしまったが、声だけは根性で堪えきった。

 唐突に現れたのは美海(みうみ)美砂(みさ)。発した台詞から察せられる通りの(マゾヒスト)である。

 理恵は、どうして自分の周囲にこんな濃い人物ばかり集まってくるのかと、内心怯えながら、とりあえず軽く距離を取る様に心がける。

「あらぁ? 理恵さん? どうして逃げるんですかぁ? 怖い事なんてありませんよ? 何も怯えなくて良いんですよぉ? 私の事を殴り飛ばして、それで悦に浸っていれば何も問題ありませんからぁ~?」

「お前の言うとおりにしてたら、私と言う存在に問題があるわっ!」

 はっきりきっぱり言い切り、何故かすり寄ってこようとする美砂の額を片手で押し返す。

「あはぁあっ♪ 愛を感じますぅ♡」

「怖い怖い……っ!!」

 邪険に扱えば扱う程、喜色満面になっていくので、あまり関わり合いになりたい相手ではない。それでも、とある事情で、一方的に彼女の過去を知っている理恵には、彼女が喜ぶと解っていても殴り飛ばしたいとはとても思えなかった。

「ってか、そんな話してないから! ただちょっと、考えてただけ。例の掲示板に載ってたE、Fクラスの扱い」

 そこまで言うと、ようやく要点を理解したらしい二人は、「ああ」っと、納得の声を漏らした。

 同時に、丁度通り掛ったクラスメイトも反応し、声を掛けてくる。

「E、Fクラスは最終トーナメントには参加できないと言うあれですよね? 一学期だけの限定とは言え、確かにちょっと驚いてしまいましたね」

 茶色い瞳に、黒のロングストレートヘアーを背中まで伸ばした平均的な日本少女の様なクラスメイト。名前を御神楽(みかぐら)環奈(かんな)。Bクラスの天笠(あまがさ)(ゆき)を大和撫子とするなら、彼女は秋田小町だろうか? っと言った日本人女性特有の可愛らしさがある。ただ、惜しむべきは、雪や美冬のように美少女と言った感じではなく、平均的な意味での可愛い系の少女と言う事だろうか? 漫画の世界かとツッコミたくなるような、美少女揃いの学園で、平均女性を“惜しむ”と言い表わすのは、ハードルが高すぎるかもしれないが……。

 環奈が「ここいいですか?」と、最後に空いている席を指差すので、理恵は「どうぞ」と普通に譲った。環奈が感謝の意を示してから座ったところで、会話を再開する。

「Eクラスの人達はさ、どっちかって言うと芸術系とか創作系の人らだから、別にトーナメントに出られなくても良いですよ? みたいな感じの人が多いけど、Fクラスの皆はどんな感じかなぁ~、って……?」

 理恵の質問に「そうですね~?」っと、律義に考え込む環奈。うん、と頷いてから返答する。

「別に、この先ずっと縛られる訳ではない様ですし。こう言ったルールが()かれるのにも何か理由があると思うんです。バトルだけが学園へのアピールではありませんし、私は特に何もないですかね」

 優等生っぽい発言ではあるが、彼女も成績下位のFクラス。身の程を弁えていると言う方が正しい見解とも見える。しかし、そんな事を考えてしまうのは、ただの邪推の様な気がしてしまう理恵。小さく頭(かぶり)を振って「なるほどね」と笑顔で誤魔化し、視線で楔へと問いかける。

「個人的には是非ともやりたかったけど、ボクも刹那的な欲求に従って生きている訳じゃないから。次の機会を待つよ」

 意外と殊勝な発言だと思い頷いてしまう理恵だったが、続く理由の補足には納得してしまった。

「それに、順位が決まった後の方が高い人が出来るでしょ? 高い所から堕とされるって、どんな気持ちなんだろうね……」

 薄ら笑いを浮かべて言うのだから勘弁してもらいたい。基本的に一般人の理恵には、付き合い難い事この上ない相手である。

「私はもちろん―――!」

「イヤ良いよ。やりたかった事くらい聞かなくても解るから」

 次は自分の番と勢い込んだ美砂を、理恵はバッサリと切り落とした。

「素敵な扱いっ! でも、もっと肉体的に来る事をしてほしいですぅ!」

 逆に喜ぶ美砂に、理恵は頭痛を覚え、眉間を摘まんでマッサージする。

 理恵に同情的な苦笑を洩らしながら、助け船のつもりで環奈は問う。

「理恵さんは、どう思っていらっしゃるんですか?」

「私はなんとなく理由が予想出来てるから、文句を言うつもりはないかな? でも、仮にもし、機会があったとしたら、その時はどうしたのかなぁ~? って考えちゃって」

「機会ですか? ……確かに、もしそんな機会が頂けるのでしたら、やっぱり挑戦してみたいと言う気持ちはありますね」

 頷く環奈。同意する楔。美砂は「私は一つでも多く、皆さんに一方的に殴られたいだけですぅ♪」などと言って、まだ抱きついてくる。どうしてコイツは私にこんな過剰なスキンシップを求めて来るんだ? っと、疑問と苛立ちを覚えつつ、美砂の額を指で突いて押し返す。

「まあ、そんな機会があったとしても、参加できるかどうかって話もあるし、あんまり深く考えすぎない方が良いかもね」

 っと言いつつ、理恵は「そろそろタイミングだろうか?」っと思っていた。そして正にその通り、食堂からエントランスの階段を上がってきた少年が、E、Fクラスの生徒がここに集まっているのを確認して、急に叫び出す。

「皆! 掲示板を見たかよっ!」

 現れた少年は2m20cmの体格に七三分けの髪型がシュールな只野(ただの)(じん)と言う名の少年だ。彼が来る事を解っていた理恵は、「このイベントはそのまんまか……」と漠然とした思考を抱いていた。

 (じん)は、それなりに交流のある男子メンバーの元に向かいつつ、E、Fクラス全員に話しかける様に言う。

「一学期の新入生の最強決定戦! 俺達E、Fクラスは参加できないって事になってる! ―――なってます! さすがにこれは、俺達に対する扱いが酷いと思わねぇかっ!? ―――思いませんかっ!?」

「あは~♪ とりあえず、もうちょっと上手く敬語使える様に心がけよう~♪」

 下手くそな敬語に応えたのは、銀褐色の髪に鳶色の瞳を持つ少年。バーボン・ラックス。

「おーおー、とっくに皆知ってるよ? それで何? なんか在るの?」

 続いて応えたのは黒髪の黒目の少年、妖沢(あやざわ)龍馬(りょうま)。それだけの説明だと、何処にでもいる普通の少年の様だが、その人相だけは、何処かに居そうな不良風のいかめしい物であった。

「……只野(ただの)、食事の場であまり騒ぐのは感心しない」

 静かに注意を促したのは、やや童顔でジト目がデフォルトをしている、紫の髪を少しだらしなく伸ばした少年。ランスロット・モルディカイ。着ている服は、以前の学校の物か、戦闘時にも好んで着用している、学ランにマフラーで口元を隠しているというスタイルだ。

 三人ともFクラスの生徒であり、(じん)とは、それなりに親しい間柄である。

「これが落ち着いてられるかよっ! ―――られますかっ!?」

「ちょっと日本語おかしい~♪」

 バーボンがちゃちゃを入れるが、無視される。

「俺達だって、確かに成績は悪いが、それでも今まで必死こいて戦ってきた! そりゃあ、まだ一月だし! そんなに成果が出るわけじゃねえだろうけどよ!? ―――じゃないでしょうがっ!? それでも、実力を示せる機会まで奪われたんじゃ、堪ったもんじゃねえよ! ―――ないですよっ!」

「日本語おかしいって……」

 龍馬まで苦笑いしてツッコミ入れるが、これも無視される。そんな事よりも、(じん)はどうしても言いたい事が、やりたい事があるのだ。

「他のクラスは、この三日間! 本当に試合形式で本格的にぶつかってやがった! でも、俺達は違う! Eクラスは基本接客、Fクラスは戦闘訓練みたいな小さい模擬戦を小刻みにやっただけだ! ―――でしたっ! こんなのじゃ、他のクラスと差がついちまう一方だ! ―――一方です! そこで提案だ! 今から俺は職員室に直談判に行く! 他に賛同者はいるかっ!? ―――いますかっ!? 不当な学園側のルールを、一生に変えようって言う、根性のある奴はいるかっ!? いらっしゃいますかっ!?」

 (じん)の言葉を受け、Eクラスは少々戸惑いの方が強い印象だったが、Fクラスから賛同の雰囲気を出す者もそれなりに居た。

バーボン、龍馬、ランスロットの三人も(じん)に応える様に立ち上がる。

「お前ら……!」

 多少、感動的な雰囲気を醸し出す(じん)に対し、皆の代表をする様にランスロットが口を開く。

「……只野よ。言いたい事は解ったが、……まずは二階エントランスとは言え、食堂で少し騒ぎすぎた事を、水無月教諭に謝罪することを勧める」

 ランスロットに言われて振り返ると、そこには青髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ、三角巾にエプロン姿の二十代後半の男性、補食喰者(イーティングイーター)の刻印名を持つ、水無月(みなづき)秋尋(あきひろ)教諭が笑顔で額に青筋を立てていらっしゃった。

「君達……? 別に意義申し立てで燃えるのは構わないけど、この時間のエントランスは、出来る限り静かにしましょうって言う『サイレントタイム』だって解ってるのかい?」

 秋尋の背後では、『食々々(イートイートイート)』によって呼び出された『章顎(しょうあご)』の黒い口達が威嚇する様に顎を鳴らしている。

 只野人は、速やかに腰を折って謝罪した。

 その光景を眺めつつ、理恵はもう一度考える。さてこのイベント。自分は乗るべきか? 乗らざるべきか? 悩まされる。

(とりあえず、この後の展開で待っているのは、戦闘能力を持った一部のEクラスと、血気盛んな一部のFクラスによる、他のクラスとの正式試合なんだけど……)

 嘗て、自分が知る事となった物語では、それがどんな結果に至ったのかを知っているだけに、理恵は何度となく悩んでしまうのだった。




~あとがき~

≪異音≫「うわ~~! 私、Eクラスで一位貰っちゃった!? しかも、生徒手帳にすごい量の金額が支給されてるんだけど~~っ♪」

≪太郎≫「すごいよね。上位五名は、皆報奨金を貰っているらしいけど、どれぐらいもらう物なのかな?」

≪ノノカ≫「一位は百万クレジット、二位で五十万、三位は三十万、四位は二十万、五位でも十万クレジットは入金されるみたいだよ?」

≪異音≫「六位以下でも、ベスト10に入るメンバーは、全員五万クレジットの支給があったみたいよ☆ この学園、結構太っ腹よね♪」

≪太郎≫「うん。でも何より凄いのは一位入賞者に与えられる『スキルストック』だよね。一位入賞者達は、決勝に備えて、新しいスキルを習得できるし、隠し玉みたいなのまで披露してくれるかもしれないよね? 自然と決勝トーナメントにも期待を抱いてしまうよ」

≪ノノカ≫「それだけに、異音は残念だったね。一学期中は、Eクラスは決勝トーナメントに参加できないみたいで……?」

≪異音≫「ナンのナンの♪ 少ない機会でも輝いて見せてのエンターテイナー♪ やれと言われれば、今からバースト・ストリームだって口から出して見せるよ☆」

≪太郎≫「あ、それ、ちょっと見たいかも?」

≪ノノカ≫「見なくて良いから……。異音もやろうとかしないで―――」

≪異音≫「粉砕☆ 玉砕★ 大喝采~♪ ぶわ~~~~っ♪」

≪ノノカ≫「本当に出したっ!? 今の台詞も歌口調でしただけで能力発動できるのっ!? 異音……、本当になんでもやるね……」

≪太郎≫「わ~~」

≪異音≫「皆が笑ってくれるなら、私はなんでも出来ちゃうぞっ☆♪」

≪ノノカ≫「うん……、異音は本当にすごいよね。でも私は、純粋なバイオリニストだから、ちょっとジャンル違うかな?」

≪異音≫「ノノカのバイオリンも、人を笑顔にする☆ やり方が違うだけで、やってる事は同じよ♪ My best friend♡」

≪ノノカ≫「こ、異音……/////」

≪異音≫「もう~☆ ノノカったら可愛い~~♪」

≪太郎≫「………」

≪太郎≫(空気がとってもピンクで……、男としては居心地が……)

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