ハイスクール・イマジネーション   作:秋宮 のん

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短めではありますが、おまけ編最後も書き上がりました。
さあ、今度は本編だ。
いい加減進めていこうぜ!

少々、皆さんが期待している内容ではなくなってしまったかもしれませんが、それなりに楽しんでもらえれば幸いです。

【添削済み】


おまけ編 【従属者達の語らい】

『時系列・クラス内対抗戦、各クラス代表決定戦終了後、学年最強決定戦前』

 

 イマジネーションスクール、柘榴染柱間学園。部室棟と呼ばれる柊の方向に設けられた三階の教室にて、そのサークルは存在する。

 

『イマジン体、特別協定友好会』

 

「要するに、イマジン体の子らだけでお話ししましょうって事やね」

 このサークルの名誉顧問、吉祥果ゆかりは、適当に並べられた机の、上座の位置でそう宣った。

「イマジン体とは言え、いきなり先輩方に会うのも緊張しはるやろぉ思うて、最初は一年生のイマジン体だけに集まってもらったんやけど………、なんか不参加の人らもおるみたいやな? まあ、それはおいおい強制参加してもらうからええけど」

 とりあえずと言った感じに、ゆかりは集められたメンバーを再確認する。

 朱い髪に背中から羽、おでこからは角を生やした露出度の高い衣装に身を包む25推定の女性悪魔、アスモデウス。

 清楚な雰囲気のワンピースに蒼い髪をして27くらいの女性の容姿を持つ悪魔、シトリー。

 どちらもレイチェル・ゲティンクスの悪魔。

 セミロングの金髪碧眼でメイド服を着用してる物腰柔らかな美女、紫電。 八雲家三大宝剣、雷切丸の一振り。

 常に明るい笑顔を見せる黒髪セミロングの三つ編み少女、村雨。失われた八雲家の宝剣の一振りとされる、妖刀村雨のイマジン体。

 この二人は八雲日影の二本の愛刀である。

 濡れ羽色の長い黒髪に、黒曜石の瞳、冷たい印象を齎すクールな表情を浮かべる18前後の少女は九曜。地中畜水(ちちゅうちくすい)を司る井戸の水神、闇御津羽(くらみつは)

 炎の様な真っ赤な髪に、両端から牛の様な角を生やし、紅玉の瞳を持つ幼女。天女の様な羽衣衣装を纏い、女の子用の下駄を履いている、カグラ。炎を司る火結(ほむすび)の神、軻遇突智(かぐづち)

 東雲カグヤの神威―――式神達だ。

 14前後と思しき、赤い頭巾を被った可愛らしい少女はリンゴ。童話の赤ずきんをモデルとして召喚されたイマジン体。

 緑を基調としたスカートをはいた16歳頃の容姿をした中世的で可愛らしい少年、ティンク。童話のピーターパンをモデルとして召喚されたイマジン体。

 こちらは音木(おとぎ)絵心(えこ)が主である。

 最後は黒のボブカットに赤の瞳、目元のソバカスと笑顔が印象的な少女、ウミ・イアケス。主であるリク・イアケスの姉であり、イマジンにより再誕した故人(こじん)のイマジン体である。

 以上、ゆかりを含めた10名が、今回サークルの参加者となっている。

「当サークルは無礼講、ここで話した内容は外では活用できんよう、特別なイマジネートが掛けられておるから、主の事を気にすることなく言いたいこと言って良いんよ? 人間や主には話せない、イマジン体としての悩みを語り合えるようにするために、このサークルは作ったんやから。私が」

「先生が御作りになったんですか?」

 金の髪を耳にかけながら、紫電は意外そうに声を漏らす。

「うん、そうなんよ。私が学生の頃、姫ちゃんのために作ったサークルでなぁ~♡ って、そういう昔話はまた今度。今は皆の交流を深めようやないの?」

 そう促すゆかりだったが、半分はあまり賛同的ではない気配を滲ませている。

 賛同的なのは紫電を筆頭に、村雨、ウミ、ティンク。

 反対的なのはアスモデウスとシトリー。

 完全無関心な様子なのが九曜。カグラ。

 リンゴだけは外面的には賛同者としてニコニコだが、内面的には「どうでも良いからさっさと終わらせろやこれっ!?」っと言う邪念が滲み出ていた。

 まあ、ゆかりからしてみれば毎度の事なので、そこら辺は気にしない。どうせ遅かれ早かれ、このサークルは彼等に必要になってくる。今は、その時に円滑に相談事を話せるよう、パイプを作ってやることの方が大切だ。

 なので、ゆかりは反対ムードを出す相手から順に、意見を聞きつつ説得しておくことにした。

「ゲティンクスさんとこのお二人は反対? こん集まり」

「正直、必要とは思えません」

「レイチェルに言われなかったら、わざわざ敵と馴れ合おうなんて馬鹿げた企画、参加なんてしないわよ?」

 シトリーとアスモデウスは、それぞれ拒絶の意を(あら)わにしてはねつけるように言う。

 「こんな事ならロノウェーのように無理矢理残れば良かった」と、二人はそれぞれ呟きを漏らす。

 ゆかりはなるほどと頷きながら、今度は九曜達へと視線を向ける。

「二人は反対ってわけやなさそうやけど、賛成でもない感じかなぁ?」

「私は我が君の命を全うするだけよ」

「よく解んないけど、お兄ちゃんが参加した方が良いっていうから……」

 サークル自体に不満があると言うよりも、九曜もカグラも、主の傍を離れる事の方が不満と言う面持ちだ。

 そんな二人にも頷いたゆかりは、改めてこのサークルの必要性を説明することにした。

「このサークルはな? 自由参加の部活のていを保っとるけど、ある意味授業としても大切なカリキュラムなんよ。それと言うのも、“イマジン体生物学”上、イマジン体には例外無しの共通疾患、精神的負荷―――要するに“お悩み”が出てくるんよ。こればっかりは回避しようがなく、放っておくと自分の存在その物を保てなくなるからなぁ。できればしっかり受けていってほしいぃ」

 これは必要な処置の一環であり、最低限の健康診断にも等しいのだと、ゆかりは切々と語る。

「それに、『敵同士』っていう考え方は間違ってるよぅ? 学園(私等)は戦闘行為を推奨はしても、敵対意識は推奨してない。あくまで戦闘行為は切磋琢磨の一例であり、個人の関係にまで発展してほしくないかなぁ? まあ、人の好き嫌いはどうしても出るから、その辺うるさくは言わんようにしたいけどな」

 っと言いつつゆかりは、一番近くにいる九曜とシトリーの手を掴み、無理矢理握手させようとする。

 九曜とシトリーは、それに全力で抗いながら「うるさく言わないだけで干渉はするのね……っ!」っと言いたげな冷たい視線をゆかりに向けるが、当の本人はどこ吹く風だ。

「まあまあ、不満でもなんでも、結局ここに来ちゃったんだからさ? これ以上文句言うのやめない? ってか、ここは“そう言う事”をするための場所なんだから、この場所で文句言うのはただの愚痴と変わんないんじゃない?」

 あっけらかんと言いのけてしまうウミは、そこで自分の発言に気づき、はっとした表情をする。

「あれ? ってことは仲間内で愚痴言ってるんだからこれはむしろ協力的って事かな? なるほどなるほど! これは私も愚痴を零さないとねぇ~~!」

 ウミの物言いにうんざりしたのか、アスモデウスは頬杖をついてそっぽを向く。

 シトリーと九曜は、ウミの言う通り今更ここで文句をつけるつもりはないらしく、黙って瞑目する。

 話の流れからウミは愚痴っぽい事を探して話し始める事にした。

「って言っても私は特に今に不満があるわけじゃないんだけどね? それに愚痴は皆が共通してないとつまんないしねぇ~~……? 主の不満でどうよ?」

「「「「「「それでっ」」」」」」

 ウミの提案に、九曜と紫電以外が一斉に同意した。九曜も表面的には同意していない物の、概ね問題無いと言った風体である。

「み、みなさん……っ」

 ちょっと焦った様子で小さく窘める紫電だったが、その言葉は誰も聞いていない。主を同じくする村雨でさえ、どこ吹く風と言った感じだ。

「うちのリクは主としては問題ないよ。ちゃんと成長してるし、このままいけば良い感じの王様になれると思う。いや、なれると信じているわ! でも、お姉ちゃんを素直に頼らないのはどうかと思うわね? 王様を目標にしている所為で家族の温かみを忘れるようじゃあ、まだまだ王道には程遠いわ!」

 力説された内容は、むしろ主の方が苦慮しているのではないかとも解釈できる内容で、同意しかねる紫電はついオロオロしてしまう。

「解るわその気持ちっ! お兄ちゃんも、もっと私にスキンシップを求めた方が良いはずよ!」

 同意しかねる内容に賛同者がいたことで「ええっ!?」っと言った感じにびっくりする紫電。隣の席に座るカグラは、赤い髪を振り乱し、小さな火の粉を散らしながら拳を握って話を広げる。

「大体! お兄ちゃん超が付くほどエッチなくせに、なんで私に対してはナデナデくらいでストップなわけっ!? 一緒にお風呂まで入ったのに鼻血はおろか、興奮もしないってどういうことっ!? 恥ずかしいの我慢して体洗ってもらっても、平然と隅々まで“普通”に洗われただけだったわよっ!? 我が子を見る父親の心境に達した目だったわっ!?」

 「広げる話の方向がおかしくないですかっ!?」っと、小声で反論する紫電だが、みんな聞こえているはずのツッコミはスルーしていく。

「え? なに? あんたの『お兄ちゃん』って、あのレイチェルが意識してる女顔の坊やよね? ……あのエロい子にアンタ相手されないの?」

 唖然とした表情で話に乗ってきたのは以外にもアスモデウスだった。淫欲の悪魔である彼女にとって、性的な内容が絡む話は興味を引かれる物らしい。

「そうよっ! そのお兄ちゃんがなんでか私には健全止まりスキンシップしかしてくれないのよ!」

「接吻をせがんでおきながら、いざされそうになったら急に罵り上げて突き飛ばし、我が君を混乱させたのはアナタでしょう……」

 九曜に突っ込まれ、勢いをなくして視線を逸らすカグラ。その口からは言い訳めいた呟きが漏らされる。

「いや、全然OKなの。キスどころかそれ以上に行っちゃっても私的には問題ないし、むしろドンと来いみたいな? けど、お兄ちゃん普段は踏み込まない癖に突然踏み込んでくるから、それで思わずびっくりしちゃうっていうかね? いや、ホントOKなのよ? 私、愛されたいんだよ? ただお兄ちゃんのタイミングがいつも私の意表をつくばかりだから、つい素直になれなくなっちゃったりしたわけで……」

「何そのツンデレ? ツンとデレの順番が逆なんですけど?」

「カグラちゃって、もしかして口だけなのぉ~~っ!?」

 村雨が面白そうに漏らし、リンゴがきゃぴきゃぴした態度で物凄い辛口な意見を口にする。

 むっとしたカグラはリンゴに向けて反論した。

「私が悪いんじゃないわよ! ムードを無視してくるお兄ちゃんに問題があるの!」

「ええ~~? でも、やろうと思えば普通やれますよねぇ~~? ムードがなくてもぉ、踏み込むことはできると思いまぁ~すっ!」

 人の神経を逆なでするような明るい声で挑発ともとれる発言をするリンゴに、この後の激昂を予感し怯える紫電。だが、予想とは裏腹に、激昂はなく、むしろ冷めた表情のカグラがテンションを落として席に座り直していた。

「ムード無視でやってどうすんのよ? それじゃあただの肉体関係じゃない? 私はお兄ちゃんのこと好きだもん。好きな人とするなら、ムードを大切にするのは当たり前でしょ? それが“愛し合う”って行為なんだから」

 この中で最も幼い容姿を持つ少女は、その容姿に見合わない大人びた瞳で愛を語る。その姿に驚き、思わず息をのんでしまう紫電だが、考えてみれば彼女は日本神話から生み出されたイマジン体。目合ひ(まぐわい)も殺し合いも当たり前にあった、割りとエグイ世界観の住人だ。こういった内容にはむしろ(さと)い方なのだろう。

 先程の子供のような怒りを完全に消し去ったカグラは、火の神であることが嘘のような冷静さで、しかし火の神であることを示すかのような猛々しい瞳で、リンゴを指さしトドメを刺すように告げる。

「あんた、恋愛どころか情愛も経験したことないでしょ? あんたより零落(れいらく)気味の“ヘシェム”の方がまだ話せるわね」

 カグラの言葉にリンゴは笑顔を一瞬で崩し「あぁんっ?」っと睨み据えたが、カグラは既にリンゴには興味を無くし、アスモデウスの方へとニヤニヤした瞳を向ける。アスモデウスの方はと言えば、何やらバツが悪そうな不満げな表情で視線を逸らし、舌打ちしてから視線をカグラへと戻す。

「さすがは“親殺しの神様”ね、人の嫌なところを突いてくるじゃない? でも、一応訂正しておくわよ?」

「何かしら? もしかして“アエーシュマ”の方が通りがよくて良かったかしら?」

「どちらも違うわ。私はレイチェルが呼び出した『ソロモンの悪魔』よ。悪事成すだけの拝火教(ゾロアスター)じゃない。主に知恵を授ける、72の悪魔の一柱よ」

 誇り高く告げるアスモデウスの発言に、からかいの意識を消すカグラ。同時に紫電も、今の発言で気づいてしまう。

 拝火教(はいかきょう)で語られる悪魔“アエーシェマ”、怒りと凶暴を意味する拝火教(ゾロアスター)最高神の悪魔アンリ・マンユに仕えた大将格であり、名のある天使を三体も相手取ったとされる強力な神格を有する存在。そして“アスモデウス”の原型となったされる神格。

 事実はどうであるかは定かではない。そもそも神話から作り出された自分達は、更に受け取り手である主達の理想や想像によって過去を設定されている。イマジン体にとってはその設定こそが事実であり、過去だ。アスモデウスが“アエーシェマ”の別名“ヘシェム”に反応した以上、どうやら零落した存在と言うのは間違いではない設定らしい。少なくとも彼女の設定されている過去には、嘗て“アエーシェマ”として人々に絶望的な破壊をもたらした過去があるのだろう。

 そしてその上で、彼女は嘗ての偉大な力を持った“アエーシェマ(過去)”を否定し、ソロモンの知恵の悪魔“アスモデウス”であることを明言(めいげん)した。

 四大天使の一角に、エジプトまで逃げ回った挙句に幽閉されることとなった、たかだか一人の女性を苦しめただけの悪魔にまで零落した“アスモデウス”と言う存在を、誇りをもって肯定して見せた。

(この方は……、よほど主の事が好きなんだ……)

 忠誠か友愛か、もしくは“アスモデウス”らしく情愛なのかもしれないが、主を誇りに思っていることに変わりはない。自分を“アスモデウス”として呼び出してくれた主を、彼女は心より信頼し、そして愛しているのだろう。

 なんだか眩しい物を見た気になって微笑む紫電。

 カグラもまた、何か思うところがあったのか表情を和らげ、あっさり肯定した。

「そう? そうよね。アナタの事だもの。アナタが言う方が正しいわね。無為な詮索をして悪かったわね」

「まったくよ。そうやって変なところに茶々を入れるから、あなたは幼い姿のまま“最短の神話”で神格化することになったのよ」

 「あ痛ぁ~~……っ」っと言った感じに表情を曇らせるカグラの態度に、今度は彼女の事情が読み取れてしまった。

 カグラの正体は火結(ほむすび)の神、軻遇突智(かぐづち)。産まれてすぐ、己が炎の神格によって母たる伊邪那美(いざなみ)を死なせ、父たる伊邪那岐(いざなぎ)(あや)められた、日本神話の中でも最も短い神話を残した神であり、そして多くの者が知るメジャーな神だ。

 人となりも語られず、功績も上げることなく、産まれてすぐに災厄を(もたら)し、同時に生涯を終えた最短の神。故に彼女の姿は幼く、愛を強く渇望する存在となって顕現した。母に抱かれることもなく、父から教えを説かれたわけでもなく、その手で愛しき者を(あや)め、愛しんでもらえるはずだった者に(あや)められ、一切の愛情無く神格を得た彼女は、自分を生み出してくれた主に、特別な愛情を望んで止まないのだろう。

 アスモデウスに返され、痛がって胸を押さえるカグラの表情には、憐憫(れんびん)も焦燥も感じ取れない。軽い冗談として受け流している。しかし、その胸の内に一体どれだけの渇愛(かつあい)を秘めているのか、想像するだけで、紫電は胸を締め付けられる想いに駆られる。

「へぇ~~……? 私はアレだからよく解んなかったけど、神話とかをモチーフにされたイマジン体って、思ったより複雑な過去があったりするものなのねぇ~?」

 同じイマジン体の集まりの場で、同じイマジン体のはずのウミから、まるで他人事のように告げられ、皆が一斉に微妙な視線を送る。

 送られたウミは、失言だったかな? っと僅かに慌てて苦笑しながらフォローを口にする。

「いやさ、私は元々生きた人間だったし、その魂をイマジン体に収めてる感じだから、個人的には蘇生か転生って感覚なのよね? だから、そんな壮大な神話級の過去はないのよ? ……まあ、これでも現代の世界戦争級の死亡者ではあるんだけど……」

 ウミの台詞に、皆納得したように視線を和らげる。代わりにゆかりの瞳が、珍しく真剣な物になってウミを見つめていたが、彼女の視線には誰も気づかなかった。

「ええっと……、やっぱ、リンゴちゃんや“シデン”さんにも、そんな神話級の過去とかあったりするの?」

 ぴくりっ、と反応したのはリンゴ。紫電は微妙な表情になって「えぇ~~っと……」と零す。

 紫電、村雨は実在する霊剣のイマジン体、いわば精霊と言ったところだ。とてもではないが、アスモデウスや軻遇突智などと言う、権能を操る神格に比べれば、一つの属性から生み出された精霊など、見劣りしてしまう。

 っと言っても、その見解は奥ゆかしい紫電だからこそ抱く物であり、イマジンのレベルで語れば精霊でも充分神を墜とせるのだから、決して見劣りするものではない。

 だが、それはそれ、これはこれだ。

 話の流れから神話級の逸話を期待されている手前、紫電は見劣りする宝刀の話などを聞かせるのに軽い抵抗があった。

 

 それ以上の抵抗を、童話出身のリンゴとティンクが抱いていることなど露知らず……。

 

「私等はこれでも逸話付きの霊刀なんだよ! って言っても神話級っていうのはちょっと言い過ぎだけどねぇ~~!」

 あっけらかんと言ってしまう村雨の発言に、ウミは紫電に対し「そうなの?」っと言う意味の視線を送る。紫電は苦笑いで頷いて答える。

「ああ~、『村雨』の名前と“神刀”ではなく“霊刀”の類だと聞いて納得しましたぁ~! つまりアナタ達って、神話級どころか幻想級以下の部類ってことですねぇ~~?」

 なぜか得意げな笑みを見せながら、リンゴはディスるように紫電と村雨の核心を突いてくる。

 ズキリッ、っと胸が痛んだのは紫電だ。八雲家三大宝剣の一振りである彼女にとって、その事実は急所と言うべき内容であったからだ。

 それを見逃さなかったリンゴの目が、獲物を狩る狩人のそれへと変わる。相手の反応の機微、自身が会得している知識から推測し、彼女の正体を暴いていく。

「でも不思議ですよねぇ? 『村雨』は聞いたことがあるんですけど、『紫電』は聞いたことがありません。幻想級と言っても、それなりに名は知れているはずですよね?」

 神話級と幻想級―――、神話級は言葉の通り神話として語られ、偉大な功績を語られるレベルであり、神秘の力の再現を行えるレベルを指す。本で例えるなら宗教本や英雄譚、国の成り立ちなどに関わる物等、重要性の高い物を神話級と表す。

 対する幻想級とは、神話として語られずとも、相応の物語として語られる物を指す。昔話や英雄の伝承、御伽噺などもこれに類する。

 このメンバーで表すなら、元が神である九曜、カグラは当然とし、魔人級の悪魔であり、宗教にも絡んだアスモデウスやシトリーは文句無しの神話級。

 対して御伽噺の出身であるリンゴとティンク、『八犬伝』と言う空想の物語が出身の村雨は幻想級とされる。

 ちなみに、ウミのように大した過去の功績を語られず、実在した人間の魂から転生している物は『風聞(ふうぶん)級』と言われ、噂話程度の、本にすらなっていない物を指す。

 これらの値はイマジンにおける強弱には、大した影響はない。イマジンは他人の理想や想像を利用する以上、メジャーな神話などに頼る方が強力になるのは確かだ。同時に弱点なども神話などに影響され、時には勘違いのイメージやプロパガンダによって弱体化させられる場合もある。その点、オリジナルイメージや当人しか知らないマイナーな知識で生み出された能力は、圧倒的な力がない代わり、安定していて弱点がない。他人に最強のイメージを抱かせることに成功すれば、神話級よりも恐ろしい無敵の能力となりえる可能性もあるのだ。ただし、“長い目で見れば”と言う条件は付いてしまうが。

 つまり、能力と言う意味においては神話級だの幻想級だのは、優劣ではなくタイプの違いと言うのが正しい見解となる。だが、イマジン体である彼女達にとっては、自身の存在を指す物である以上、別の意味合いが生まれる。それが“(はく)である。自分の生まれが『銘家』であるかどうかと語っているような物。特に紫電にとっては複雑な事で、彼女を納める家は七咲(ななさき)と呼ばれる旧家の一つ、八雲家で、神話級の神刀を宝刀として預かっている程の家である。その八雲家三大宝剣の一振りともあろうものが幻想級などと言うのは、当人達イマジン体にとっては恥じ入る事でもあるらしい。

 故に複雑な表情を浮かべる紫電は、それでも風聞級扱いされることだけは主のためにもできず、しかし嘘を吐けるほど図々しくもなれず、素直に自分の正体を晒してしまう。(もちろん、サークル(この場)だからこそできる行為である)

「私も幻想級です……。八雲家三大宝剣の一振り……」

 できるだけ最小限に呟かれた情報は、しかしシトリーによって完全に暴かれる。

「思い当たりました。『紫電』は東方の国の言葉で『雷』を意味するのでしたね? 雷を纏う剣、それも神話級に存在する“諸刃”ではなく“刀”であり、幻想級の存在。アナタの正体は『雷切丸』の一振りでしたか」

 紫電の表情が更に曇る。膝の上で握られた拳に自然と力が入ってしまう。

 霊刀『雷切丸』は、立花道雪(たちばなどうせつ)が雷を切った逸話から名づけられ、霊格を得た『千鳥(ちどり)』っと言う名刀がオリジナルとなっている。しかし、『雷切丸』と言う名を持つ剣は、これの他にも二本の存在を確認されている。つまり、『雷切丸』はオリジナルの『千鳥』を除き、正確に一本の剣を現した名ではない。(いかずち)を切る―――形無き物を切る功績を得た、霊刀の類、それこそが『雷切丸』すなわち称号を与えられた剣なのである。

 八雲家三大宝剣の一振り『紫電』とは、それだけの功績を経た、悪鬼討滅の剣なのだ。

 功績だけで言えば、決して紫電が恥じ入ることなど何一つ存在しない。陰陽師、安倍晴明(あべのせいめい)で語られる物語の中にも、その活躍を見せる『雷切丸』、それらの霊格の一端を担う、紫電と言う少女は、能力としても決して劣っていると言う存在ではない。

 それでも、意思在る者として顕現し、名高い功績を持つ者達に囲まれたこの場では、どうしても劣等感を抱いてしまう。

 さらに困ったことに、その劣等感は同時に相方である村雨の存在も卑下していることに繋がると考える紫電は、劣等感を感じる事にも罪悪感を抱いてしまう。そのことが余計彼女を苛み、どうにも気まずい態度を取らせていた。

 そんな相手に対し、シトリーは更なる考察をし、探りを入れる意味も込めて、今度は村雨に対し己の仮説をぶつけにかかる。

「そう言えば『村雨』、アナタは先の試合では一度だけ使われているのを主と一緒に見たのですが……、アナタ、“妖刀”なのですね?」

「あははっ、まあそうなるかなぁ~?」

 僅かに苦笑いを浮かべて頭の後ろを掻く村雨に構わず、シトリーは深く踏み込んだ内容を追求する。

「『村雨』なのに“妖刀”なのですか? しかも水の属性を全く感じないのですが……? もしやあなたはオリジナルの『村雨』ではないのではないですか?」

 その質問に反応したのは村雨ではなく紫電だった。肩をぴくりと僅かに動かしながらも、しかし余計な口を挟むまいと押し黙る。

 対して村雨はやっぱり苦笑いのまま乾いた笑いを浮かべている。

「実はそうなんだよねぇ~~? でも、これでも“本物の村雨”なんだよ~~トリちゃん」

「理解しました。つまり、アナタの正体は江戸で(うた)われる神刀の類ではなく、もっと新しい―――、……“トリちゃん”?」

 トドメとばかりに核心を突こうとしたシトリーは、そこで見過ごせない内容を見つけ、つい復唱して訪ねてしまう。村雨は笑顔を見せると、何故か自信満々に語り出す。

「『シトリー』だから“トリちゃん”! “しーちゃん”はもう『紫電』に使ってるから語尾を取って“トリちゃん”の方向で!」

「方向でっ! ……じゃありません! 誇り高きソロモンの知恵の悪魔を指して、ちゃん付けとは何事ですかっ!?」

「ちゃんが嫌なら“シトーくん”って言うのも考えたけど?」

「そんな蒼い彼方でフォーリズムする世界観のマイナーなご当地キャラみたいな名前なんて嫌ですっ!!」

「えっ? シトリー、何それ? あんた一体何のこと言ってんの?」

 シトリーの発言に困惑したアスモデウスの質問にも答えず、彼女は憤慨する。ただ一人、ゆかりだけが「グラシュだけなら、イマジンでも実用化レベルまで再現可能かもしれへんねぇ~」など訳知り顔で呟き、それに気づいた紫電だけが、彼女に対して「この人知ってるんですかっ!?」っと言う驚愕の表情を向けていた。

「空想の存在が、私を貶めるようなネーミングをつけて罵倒するなどいい度胸です!」

「存在自体が空想の悪魔がそれ言っちゃうんだ……? 別に貶してるつもりはないよ? 大体私は“本物”だって言ったじゃん」

「空想を創造した(まが)い物が、“本物”を騙ると?」

「そういう意地悪言うかなぁ~?」

 少々喧嘩じみた言い合いになり始めた雰囲気を察したウミは、内心慌てながらもさりげなく話題を別の方向へと逸らす。

「―――っで、結局リンゴちゃん達はどういう話の出身なの?」

 話を振られて笑顔を引きつらせるリンゴ。逆に他の者達は呆れた表情を浮かべてウミを見ていた。

「え? なに、この空気?」

 見かねた紫電が、村雨を挟んでいるウミに、小声で伝える。

「お二人とも、姿形がそのまま御伽噺の住人のままです。リンゴさんは『赤ずきん』、ティンクさんはおそらく『ピーターパン』ではないかと?」

「『赤ずきん』? 『ピーターパン』?」

 しかし、伝えられたウミは御伽噺のタイトルを聞かされた上で首を傾げてしまう。彼女は他のイマジン体とは違い、ごく最近の人間の魂をイマジン体として召喚されている存在だ。故に、その知識量も当時の記憶分しか内包していない。地方の違いにより、聞き及びない御伽噺は、彼女にとってはメジャーな内容でも何でもないのだ。彼女が知っている物語は、精々有名な神話くらいで、童話にまで知識の範囲は回っていない。

 なので、シトリーは親切心から端的に教える。

「子供騙しの童話です。大した功績も語られていない」

「へぇ~~、そうなの?」

 端的過ぎた。

 思いっきりリンゴの額に青筋が浮き上がる。

 ティンクの方は特段気にしている様子はない。っと言うより、全然興味を持っていない様子だ。独り言で「どうしてイマジン体には男の子がいないのかなぁ~~?」っと、つまらなさそうに呟いているばかりだ。

「でも童話だからって功績がない奴ばかりじゃないんだけどね? 『桃太郎』だって、しっかり読み取れば、鬼にも勝る金剛力に、犬、猿、雉の三匹を使役することのできる化身持ち、地方によっては侵略者とも言われ、立派な英霊クラスの存在だっているわけだし」

 カグラはフォローのように追加するが、続く言葉は少々意地の悪い物であった。

「けど『赤ずきん』は大した逸話なんてないわね? どうせなら“猟師”の方が良かったでしょうに? なんの力もない赤ずきんとか―――」

 ころり……っ、っと、何かが床を転がる音を聞きつけ、カグラは言葉の途中で台詞を切る。身体を僅かに机から離し、床を覗き込む。そこには栓の抜かれた手榴弾が転がっていた。

「「「「「「ッッ!!!」」」」」」

 気づいた全員が椅子や机を弾き飛ばし離れる。直後に爆発。幸い威力は低く、全員反応が良かったため防御も間に合い誰一人傷を負わなかった。

 だが隙はできた。その隙ができたカグラに向けて飛び出す影。

 素早く反応したカグラが片手を翳すが間に合わない。それよりも早く閃いた閃光が彼女の腕を切り落とす。血の代わりに炎を断面から噴き出すカグラの紅玉の瞳が僅かに見開かれ、その首筋に刃が押し当てられる。

 両手にサバイバルナイフを握ったリンゴが、()わった眼で至近から覗き込んでいた。

「純粋無垢でか弱い赤ずきんちゃんも自分や大切な人の命を危機に曝されば変わるものだぜ? 特に、猟師に助けられた純粋な少女が、恩人の職業に憧れを抱けば、その将来だってこんな風に変わるもんだろ?」

 リンゴは確かに童話で語られる『赤ずきん』だ。ただそれだけの特性では、おそらく強力な恩恵は得られない。だが、彼女は本来の『赤ずきん』を元に、その先の話を空想した“IF”をベースにすることで、その存在を構築している。

 嘗て純粋無垢な赤ずきんの少女は、自分と祖母を食らった狼を憎み、そんな狼から救ってくれた猟師の姿に憧れ、同じ道を求めた。狼を専門に狩る、猟師を超える立派な戦士に……。

 そんな“IF”をベースに作り出されたの『リンゴ』だ。

 このIFベースの物語が彼女の過去として定着していることは、主である絵心も知らない、イマジンによる辻褄合わせが発生したものだ。故に、それは正しく彼女だけが知る、彼女だけの過去。

「『狼』は童話だけじゃなく神話にも扱われる特別な獣だ。つまり、神格を保有している存在としても見る事が出来る。神格有する狼をも殺す、それが私のスキルだ。……何の力もない女の子かどうか、試してみるかぁ?」

 挑発的に笑い、睨め付ける様に覗き込む。

「放しなさい」

 だが、カグラの口から洩れたのは、苦悶でも怒りでもなく、静かに、命令するように告げられた、温度を感じさせない言葉だった。

 リンゴが()め付ける紅玉の瞳は全く揺らがず、揺らめく炎が嘘のように、微動だにしない。

「ここには“兄様”がいない。この空間では繋がりも切れている。この学園ではイマジンは無尽蔵に使える。……分かる? 今の私は、軻遇突智本来の権能(本当の実力)を出せるのよ?」

 それでも戦いを始めるのか? 荒神(こうじん)軻遇突智は、その本性の一端を覗かせながら、狼殺しの赤ずきんを見据える。

 しかし、それでもリンゴは退かない。退くはずがない。本来の力を引き出せるのはリンゴも一緒。元よりこんなサークルの集まりを楽しむつもりなどなかった。この空間で得た知識を外で活用できないとしても、それでも実際に神とやってみたいと言う欲求はあった。

 だから彼女は舌なめずりする。その興奮した瞳で「いいぜっ! ヤろうっ!!」っと答えながら、もう片方の手でナイフを取り出す。刹那にカグラの体に紅炎(こうえん)が立ち昇り―――、

 

「その辺にしておきなさい」

 

 間に入った九曜に簡単に止められた。

 リンゴのナイフの切っ先を指の間で軽く挟むようにして挙動を制し、カグラの額に人差し指を当てる事で変化を抑制した。

 あまりに自然な動作で、あっさり止められてしまったリンゴは驚愕の表情を隠せず飛び退いた。それはカグラも同じであり、二人の諍いを止めようとしていた他のイマジン体の全員も呆気にとられていた。

「テメエ、一体何なんだよ……?」

 皆の気持ちを代弁するようにリンゴが訪ねる。

「ただのイマジン体よ。私の正体については、この中ではカグラの次に早く明かされているはずでしょう?」

「言い方を変える。なんでテメエだけ()()と違う?」

 地中畜水を司る、井戸の底の暗き水神(みなかみ)、それが九曜の正体、闇御津羽(くらみつは)だ。しかしリンゴが言いたい事はそういう事ではない。九曜の霊格はここにいる誰よりも強い。イマジン体と言う個体だけで考えれば他とは比べようもないほど完成度が高い、正に別格なのだ。それこそ、主を同じくするカグラとさえ、その格差は天と地ほどに開く。

 幸い、主の未熟さに足を引っ張られ、その実力の片鱗すら引き出せていない様子。これなら実力の程は変わらない。イマジン体の強さは、(おも)(マスター)に依存する物が大半なのだ。

 ただし、先程カグラが言ったように、この空間に於いては主の制限が存在しない。純粋なイマジン体としての実力のみを制限無く競えるこの空間なら、先程から笑顔でお茶を飲む、ゆかりを除けば誰も相手にできそうもない。

 警戒心を露わにする面々を無視し、九曜は倒れた椅子や机(何故か無傷)を手早く片付け、元の席に座りながら告げる。

「別に話してあげてもいいわ、話の内容を元に戻してくれるのなら」

 九曜の言葉に皆が首を傾げる中、僅かに首をひねった紫電は唐突に思い出す。

「え、えっと……っ! もしかして、最初に提案された『主の不満話』をしようっていうあれですか?」

「皆それで同意したはずだけど?」

 冷たく言い捨てる九曜に、毒気を抜かれ、皆も元の席に戻り、話題を戻すことに無言で応答。

「ですけど九曜さん? 九曜さんは、私と同じで主には何の不満もないのではないでしょうか?」

 紫電に問われ、九曜は「いいえ」とはっきり首を振った。

「我が君に不満がないわけではないわ。むしろ多く抱いているわよ」

「え? そうなんですか?」

 思わず漏らしたのはシトリーだ。以前、主同士の喧嘩に付き合い、互いに牽制し合った者としては、今の発言はよっぽど不思議な物だったのだろう。

 構わず九曜は続ける。

「我が君とて聖人君子ではないわ。むしろ足りない物などいくらでもある。質は求めれば切がない。ならば主への不満が全く無いなんて事もないわ」

「でも、九曜はお兄ちゃんに対してものすっごく忠誠心高いよね?」

「忠誠心と心酔は別問題よ。私は我が君の僕であり、決して奴隷ではないわ」

 九曜の意外な発言に驚きつつ、紫電は興味を引かれて尋ねてしまう。

「だけど不満があるのに言及はなさらないのですか? 『するべき』っとは言いませんが、アナタとしてはどのような考えで?」

「私は我が君を信頼しているわ。そして信頼に必要な互いの事も良く知っている。だから、必要もない時にまで言及したりはしないわ。必要があればするけどね」

 なるほどと納得、感心した紫電は自然と頷いてしまう。

 盲目に忠誠を誓っているように見えた九曜だったが、実は僕の鏡とも言える立派な思想の元に動いているのだと理解できた。

 っが、そこまで冷静であった九曜の背後に、僅かに黒い靄のようなオーラが見えたような気がした。

「けれど、私がこの場で不満を言いたいのは()()()の事ではなく、()()()について……っ!」

 静かな、しかしはっきりとした怒気を含んだ声に、一同驚き、思わず息を呑む。

「あの……、それってどういうことですか?」

 静かになってしまった周囲に代わって紫電が尋ねると、九曜は静かながらも怒気を込めた口調のまま語り始める。

「私の生みの主は、カグヤ様ではなく、その義姉、東雲神威。私は主に生み出されながら別の人間に押し付けられたイマジン体なのよ」

 その事実に、その場にいる全員が息を呑み、カグラでさえも呆気にとられてしまう。

 同時に紫電は理解した。道理で彼女、九曜は他のイマジン体よりも完成度が高いはずだ。彼女だけが、一年生ではなく、三年生(おそらく生まれた当時は二年生だっただろうが)のイマジネートで編まれた存在。入学したての一年生に比べれば、その完成度が高いのは当然だ。

 能力の発祥(はっしょう)や形式も違うので、カグラとも差異が見えるのも当然。

「って、それ良いのかよ? 学園側として?」

「なぁ~~んも問題ないよ。結局イマジン体の実力は担い手の実力次第やから、上級生の能力を借りたところでチートなんてできひんし。最近のライトノベルに多い『神様転生』で『チート能力』()ろうても、普段から体鍛えてへん子が、最強の能力なんて使えるわけないやん」

 リンゴの疑問に初めて口を出すゆかりは、最後に「まさに宝のなんとやら~~」っと締めくくる。それを待っていたかのように九曜は元主に対しての不満を口にしだす。

「この身を作っておきながら、あの人、いきなり『妹弟(いもおと)にやる』とか言い出し、何の事かと首を捻っている内にイマジン粒子のまったく存在しない下界に連れてこられ、いきなり二人だけの神社に放置し、主とのリンクのみでイマジン供給をする綱渡りを味わわされながら、新しい主となるべき少年と来る日も来る日も無為と思える挑戦を受けさせられて………! ようやく我が君と誓約(うけい)を果たしてこの地に戻ってみれば、一言もかけることなく知らん顔を続ける始末……っっ!」

 手に力は入っていない。肩も声も震えていない。なのに身に纏うオーラだけが何故か猛々しく燃え上っているように見える九曜に、誰もが口をはさめずにいた。

 そして続く九曜の言葉に、誰もが心を打たれ、同意の声を漏らす。

「生まれたばかりのイマジン体の気持ちを、なんだと思っているのですか………っ!」

「「「「「「「「その通りだっ!!」」」」」」」」

「………、わぁ~~~………」

 いきなり一致団結したイマジン体達に、ゆかりは笑顔のまま乾いた声を漏らした。

「九曜! 他の事はともかく! そこだけは私も同感だ!」

「ええっ! 正直アナタとなんか意気投合したくないけど、それでもその意見だけは断固否定させないわっ!」

「心中、痛くお察しします! 例え最初から受け渡されることを前提にされていたとしても、生み出してくれた主からいきなり引き離されるなんて、私たちにとってどれだけの………―――っっ! くぅ……っっ!!」

「私も出生がチョイ違うけど、その気持ちはよくわかるよ! リクに呼び出された時の言い表せない感動は、それこそ断ち切られたくない物だもん!」

 リンゴが拳を握り、アスモデウス悔しそうにしながらも力説し、紫電が言葉の途中で感極まったように口を(つぐ)み、ウミがちょっとだけ瞳を潤ませながら叫びあげる。

 作られた存在であるイマジン体にとって、主とは正に親も同然。しかも人間と違って彼等には幼児期が存在しない。最初から主に対する一定以上の忠誠心、もしくは信頼関係がデフォルトに備わっている。それは“自分”と言う“存在”を生み出してくれたと言う『感動』を、いかなる生物よりも強く感じ取ることができると言う事。赤子が産声を上げるのと同じく、彼等はその強烈な感動を最初に受け止めるのだ。

 それをいきなり、大した説得もされる事無く、生まれてすぐ別の誰かに丸投げされれば、その衝撃は凄まじいなどと言う言葉では表せない。

 そもそも、『イマジン体』と言う存在は主が望んだ形でしか生み出されることはない。故に彼等を生み出せば主にも愛着が生まれるのは当然のことだ。それを簡単に捨てるだの預けるだの託すだのと、言い出せるわけがない。そんな型破りをして、巻き込まれた九曜は、それこそ主に生み出してもらった感謝の気持ちを、丸ごと怒りに逆転させられたような気持だった。

「世界広しと言えど、イマジン体を捨てる主には天罰が下るべきです」

「「「「「「「「異議無し」」」」」」」」

 九曜の最後の言葉に、全員が結論を出す。この日、一年生のイマジン体達の中で、東雲神威の株が急暴落し、それ受け取ったイマジンにより、神威に小さな災いが降りかかったりしたのだが、それはまた別の話である。

 しかし、一番口が重そうだった九曜が主に対しての不満を口にし、現主のカグヤについても、少なからず存在する不満を言い出したことで、場の空気は談笑モードへと移り変わっていった。

「レイチェルってば、最近そっちの坊やに対して執着し過ぎなのよね~? 悪魔と神だからぶつかり合うのは仕方ないけど、なんで坊やの事ばっかっり気にかけているのかしら?」

 アスモデウスが疑問を口にしながら溜息を吐く。

「リクはともかく素直にお姉ちゃんに頼るべきなの! なんでいつも一人でどうにかしようとするかなぁ! 普段から私たち兵士を使う能力を行使しているのに肝心なことは全部一人でどうにかしようとするのよ!」

 ウミは少々ブラザーコンプレックス気味の発言をしつつ溜息を吐く。

「ひーくんはさ、暗い。普通に暗い。私を使うのはそれでいいけど、話し相手としては最悪。もっと楽しく行こうよ!」

 村雨は頭の後ろで両手を組み、椅子の背に凭れながら愚痴っぽく呟く。

「あっはっはっ☆ とりあえず家の娘は、色々影響受け過ぎだよね? まあそういうところも可愛くて好きなんだけど☆ ……あれで男の子じゃないなんて、ホントどうして?」

 ティンクが絵心本人にはどうしようもない、不穏な発言を漏らす。

 そんな感じで、イマジン体達の語らいは、思いの外、良い感じに締めくくられた。

 最後には全員、屋台の飲み友達のような独特の雰囲気を漂わせながら解散の流れへと至る。

 そんな中、最後に部室から退出しようとしていた九曜に対し、ゆかりが声をかける。

「『夢想追体験疾患』……、生まれが早い分、九曜さんだけは既に体験済みやったんやね」

 退出しようとしていた九曜は足を止め、振り返ることなく背後のゆかりに意識を向ける。

 ゆかりは椅子に座った(ふりをしている)まま、お茶を飲みつつ続ける。

「イマジン体の過去は主が作り出した物。それがあってこそ自分達や。でも、自分等が生まれたのは能力として発現したんが最初。それ以前の設定された過去は所詮作られたアルバムを自分の物だと言われて眺めているのとなんも変わりない。せやけどそれは『過去』としては成り立たへん。そんな(うっす)い過去では、神格も弱まるしな。だからイマジンが辻褄合わせをする。設定された過去を(なぞら)え、夢と言う形で追体験させる。それが『夢想追体験疾患』っと呼ばれるイマジン体共通の症状。……九曜さんはもう、体験しはったんやろ?」

 湯呑の水面だけを見つめながらゆかりは続け、沈黙を返す九曜に告げていく。

「皆が相手の神格を暴き合戦始める中で、九曜さんだけは口を挟まへんかった。それどころか率先して話題の矛先を変えて……。自分の主等をダシに使ってまで全員の意思を集めるやなんて、()()()()()ことまでしたらさすがに解るよぅ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()って……」

 九曜は黙ったまま視線をやや下向きに逸らし、自分を抱くように片手でもう片方の腕を掴む。

 ゆかりは湯呑から視線を外し、九曜の背中に向けて伝える。

「追体験する過去は悲劇であることが多い。そして空想の存在から生まれるアナタ達にとって、その過去を作ったのは主や。そやけど、その悲劇も含める過去があるからこそ、自分と言う存在は構築されている。それが解っているからこそ、主相手に相談なんてできひん。せやから、こういったサークルが必要なんよ。私等イマジン体にとってはな……。いつでも相談しに()ぃ、経験者として、話し相手くらいにはなってあげられるさかい」

 九曜は答えない。一切の言葉を紡ぐことなく、一度(ひとたび)も口を開くことなく、そして最後まで振り返る事もせず、彼女は立ち去っていく。その脳裏に過ぎ去るのは、追体験した過去の光景。(むくろ)となり分断された火の神。傍らで泣き崩れる女神。涙を流しながら怒りの形相を見せる男神。そして、その怒りを一身に受けながら笑う、墜ちた厄神達。

 嘗ての己が神格を思い出し、闇御津羽の少女は身震いを覚える。

 主の設定だけではない。恐らくはイマジンによる辻褄合わせも一役買っているはずの己の過去。とてもではないが、それを主に語ることなど九曜にはできそうにもなかった。

(我が君が、ここに行った方が()いと言うのは、こういう事ですか……)

 確かに、今は耐えられるが、この先同じように追体験を繰り返すのなら、とてもではないが個人の胸の内に止めておくには耐えられそうにないかもしれない。嘗ての自分から零落した身ではあるが、それでも『神』だと言う誇りは残っている。この程度の事で主の枷になってはいけない。

 気持ちを新たにしながら、九曜は退出していく。

 その視線の先、未だかろうじて、その背を窺えるイマジン体の仲間たち。彼等もいずれ、自分と同じように追体験を味わい、苦悩する日が来るのだろうか? それを考えると、不思議と心配のような感情が浮かんできた。しかし、九曜は苦笑してすぐに頭を振った。こんな物はただの同情でしかない。今は自分を保つことを考えなければと、彼女は胸の内にある物をもうしばらく閉じ込めておくことにする。

(我が君のご助言通り、いずれはご相談に窺う事にはなるのでしょうけど……)

 開いた窓から吹き抜ける風に濡れ羽色の黒髪が弄ばれる。片手で髪を整えながら、僅かに瞳だけで微笑む九曜。

 そんな彼女をカグラが急かすのは、これよりすぐの事である。

 こうして、従属達の語らい、その一回目が終了した。

 

 




≪のん≫「なんかまたやりたいね、これ」

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