ハイスクール・イマジネーション   作:秋宮 のん

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めっさ時間かかりました!
毎度のことですね。

とりあえずお待たせしました皆様!
待望のDクラス編、前篇です!
今回はお待たせしてしまったこともあって、結構濃密な物に仕上げて来たつもりです!
それと、お詫びの意味も持込めて、三年生の方もちょっと濃く書いて置きました。
後々一年生の戦闘が見劣りしてつまらないと言われないかが超不安です………。

添削まだしていないので、誤字脱字が多いかもしれませんが、そこはちょいと勘弁してください!
それではお楽しみください!

【添削終了しました】


一学期 第七試験 【クラス内交流戦】Ⅶ

一学期 第七試験 【クラス内交流戦】Ⅶ

 

Dクラス編前篇

 

 00

 

「なあ神威? お前イマジン宇宙学って知ってるか?」

 嘗て、この学園に居た男。石動(いするぎ)十真(とおま)に尋ねられた二年生頃の神威は、肩を竦めながら呆れ顔で夜空を見上げた。

「知らん。そもそも興味も無い。今更イマジンで宇宙(ソラ)まで自由に行ったと言われても驚く事でもないだろう?」

 寮の屋上、その給水塔の上に座り、二人は肩を並べて話し合っている。

 十真は神威の反応に「そりゃそうだろうなぁ」と同じように肩を竦めた。

「じゃあ逆に、“イマジンじゃ宇宙に行けない”って言ったらどうよ?」

 無駄にドヤ顔して見せる十真に、神威はポカンッとした表情を返してしまった。

「え? 無理なのか?」

「正確には楽勝で行ける。行ったら死ぬがな」

「死ぬのか………っ!?」

 意外そうな表情をする神威が面白いのか、十真はますます調子に乗った口調で説明を始める。

「まず、宇宙空間ってのは完全な無の世界だ。空気はねえ、重力はねえ、紫外線直射で細胞がやられ、光は諸に熱となって身体と眼を焼く。影に入りゃ極寒地獄。距離感なんて人間の範疇を完全に超えて認識すらできねぇ。何もない空間で止まっちまえば、どんなに踠いても動けやしねえ。それらをなんとかしても食料がねえ。生きられる保証が正真正銘の皆無なんだ」

「だが、どれもイマジンの基礎能力を全て網羅すれば………ギリギリ行けそうじゃないか?」

「イケる」

 神威の疑問に十真は即答した。

 またポカンッとした表情を作るので十真はドヤ顔になって説明を続ける。

「そして一瞬でイマジン使い果たして死ぬ」

「要するにイマジン不足で環境に適応できないって事が言いたいんだな?」

 単純な答えに呆れ、失望したように神威が肩を竦める。

「いや、イマジン発生炉を抱えて行ったとしても即死する」

 開いた口をわなわなさせて地味に驚く神威。

 心底嬉しそうにドヤ顔全開の十真。

「例えイマジンでロケット作ろうとも、宇宙空間の絶死環境に堪えられなくて、あっと言う間にイマジンが尽きるんだとよ? イマジン全く役に立たねえ」

「深海をいくらでも潜れると言われたイマジンが宇宙に破れるのか………?」

「いや、単に人間のイマジン吸収率ではどんなに準備をした上でも宇宙環境に粒子を削り取られて間に合わないって事らしい。数十人がかりの不眠不休で精製し続ければ何とかなるだろうが、普通の宇宙開発よりコストが高くなっちまうな」

「イマジンにも意外な弱点―――いや、イマジンが“粒子エネルギー”だと言う事実を考えれば当たり前であると言う事を失念していたが故の穴か? 中々に面白い」

「ついでに言うと、深海でも最深部までは辿り着けんぞ?」

 わなわな顔に、今度は十真の肩辺りの服を掴んで軽く引っ張るアクションが付いた。

 十真ドヤ顔フルコース大盤振る舞い。

「アナタ達………、星を見に来てるんだから、もう少しロマンチックな話できないの?」

 給水塔の下、屋上庭園で望遠鏡を覗きながら朝宮刹菜は呆れた声を漏らした。

「二人はいつもああ言う会話しかせんな。石動が話のネタを振って、東雲の反応を確かめる。東雲が驚いたら石動の勝ち。………これでどうだ?」

 刹菜の隣で、こちらも肩を寄せ合い、望遠鏡の倍率を調整する飛馬(ひゅうま)誠一(せいいち)の認識に、刹菜は望遠鏡を覗いたまま複雑そうな表情を作る。

「いつの間にか成立してるわよね、それ? ―――あ、そこ! そこでストップ! ちょっとだけ戻して。………うん、バッチリ! 月が良く見える!」

 楽しそうにはしゃぐ刹奈に、その横顔を見て満足そうに微笑む誠一。

 その姿を後ろから眺めていた八雲(やくも)赳流(たける)は、ベンチの背に座り、足をぶらぶらさせながらリンゴを一口齧った。

「って言うかなんで天体観測する事になったんだっけ? 俺ら? ………誰かリンゴ食べる?」

「あ、私欲しい」

 給水塔の影で、背を預けて座っていた夜徒神(やとがみ)留依(るい)が手を上げると、赳流は手に持っていたリンゴを投げて寄越す。受け取った留依はリンゴに齧り付きながら彼の質問に答える。

「ヘルメスが星見をしてほしいって言い出したのが始まりだったけど、占いの内容がプライバシーっぽいからって離れたところに居る事になって、そうしてるだけなのも暇だからって、いつの間にか天体観測になった―――んじゃなかった?」

 屋上端で固まり、ほんのり頬を染めてヒソヒソ話をしている二人の少女に視線を向ける留依。一人は銀色の髪に碧眼、モデル体型顔負けのルックスを持った美少女、ヘルメス・オリンピア。もう一人は星見役を仰せつかった浅蔵(あさくら)幽璃(ゆうり)だ。

「え? そうだったかな? 私、普通に星を見に来たんだと思ってた………。望遠鏡もあったし」

 ジト汗を軽く流しながら、刹菜がぼやく。それに続き誠一は―――、

「俺は星見だと聞いたので、普通に天体観測だと思った」

「私は刹菜と石動が行くと言うから来た」

「俺はとりあえず付いて来た」

 誠一に続いて神威、石動が答えると留依は首を捻った。

「あれ? 私より先に居たのって赳流じゃ?」

「赳流様が一番でしたね。私は最初から屋上に居ましたが」

 赳流の隣で椅子に座っていた少女、ブラッディ・マリアが最後に答えると、赳流は「あれ?」っと言う表情をして、いつの間にか持っていた新しいリンゴを齧った。

「ああ、俺が言いふらしたんだった? ………リンゴ食べる?」

「神威、やって良いわよ。私が許します」

 静かに告げられた刹菜の言葉に、神威は眼を爛々と輝かせた。

「刹菜から許しが出たっ!? いよっしゃあぁぁーーーっ!!」

 手を頭上に掲げ、イマジンを集め出す僅か一秒。皆はそれぞれ防衛対策(赳流から離れる。余波の発生を抑える。赳流以外を完全防御)を施す。そのタイミングを狙ったかのように、赳流の頭上に超極小の嵐が打ち下ろされた。

「『虎嵐(こらん)』!!」

 

「バオオオオオオオウウウウゥゥゥゥ!!!」

 

 吠え声を上げて出現した雷の虎。それが嵐となって赳流を襲う。

「うわっ!? ちょっとこれ加減されて―――『天之羽々斬』!」

 さすがに危機感を感じて赳流が切れ得ぬ物を切り裂く剣を抜き放つが―――、

「凍結・対象『天之羽々斬』効果」

「透過・虎嵐」

「『串刺し(シュラスコ)』」

神譴(しんけん)、此処に下り給え」

不動明王(ふどうみょうおう)(ばく)

 飛馬が赳流の剣の効果を一時的に凍結、無効化。留依が虎嵐に貫通の効果を与え、ブラッディ・マリアが赳流の体内の血を操作し、内側から串刺しにしようと仕掛け、集中を乱す。そこに刹菜による罪を犯した者を対象に発動する神罰を発動。トドメに石動が彼の動きを封じ込め―――、

「いや、これはちょっとひどくない?」

 ―――赳流の一言を残し、全ては光と騒音によって掻き消された。後に残っているのは、こんがりいい感じに焼け焦げた赳流と、焼きリンゴだけだった。何気に周囲への被害が全く見られない辺り、実に怖い光景だ。

「名付けて『タケル トイキクキク(赳流をリンチにする)』!」

 満足気に名付ける神威に、さすがにやり過ぎたかと思う刹菜だったが、誰も気にしていない様子なので自分も納得しておく事にした。

「それで? 結局石動君は何が言いたかったのかしら? ただ神威を驚かせたかっただけ?」

「もちろんそれもあるが、俺が言いたかったのは『イマジンにもまだ不可能と言われている所がある』って事だ」

「今更言うまでも無い所だな? 入学当初に学園長が言っていただろう? 『イマジンは万能でも、人は万能にはなれない』正にこの事だ」

「誠一の言いたい事は解る。だが、俺が言ってるのはそいう事じゃねえよ。創立からまだまだ新しいこの学園は、沢山の“世界初”が眠ってるって事だ!」

「十真、何かする気なの?」

 留依が尋ねると、十真は悪戯を考えた子供の様に笑う。

「俺が将来の事を考えてアメリカ留学するって言うのはもう知ってるよな? これはその前にやってみたいと思った事なんだが―――」

「待て、初耳だ」

「私も初耳!?」

「私も」

「私と赳流様もですね」

 誠一の待ったに、刹菜、留依、ブラッディ・マリアが同意する。

「知ってる」

 そんな中、平然と知ってた発言をするのは神威ただ一人である。

「あれ? 神威にしか話してなかったか?」

「そのようだな?」

「お前に話すと、全員に話した気になってたぜ!」

「はっはっはっ! 石動もおっちょこちょいだ!」

「あ~~………、はいはい………、いつもの惚気は良いのでお話続けて………」

 刹菜が額に手を当てながら話を促すと、石動は「ウムッ」と、何故か偉そうに頷いた。

「おいお前ら? ちょっと世界初の上級生破りって言うのに挑戦してみないか?」

「「「「「ああ、ふ~~~ん………。そうなんだ」」」」」」

「意外と反応薄いなおいっ!?」

 いつの間にか復活してブラディ・マリアに膝枕してもらいながらリンゴを齧っている赳流にまで軽く流され、がっくりくる十真。

「別に嫌とは言ってないけど………、何か石動君の発言にしては大した事無かったから」

「どうせ言われなくてもやる気ある奴ばっかだしね? 俺ら以外にも狙ってるでしょう? ………焼きリンゴ食べる?」

 刹菜、赳流にそう返されては、十真としても項垂れるしかない。何しろ「協力しても良い」っと、言外には言っているので、これ以上求めようがないのである。むしろ、これ以上過剰なテンションアップを要求したら、全員白けて止めると言いかねない。

 しかし、胸に生まれたもやもやが消えるわけではないので十真は仕方なく神威の肩を借りて嘘泣きする事にした。つまり構ってくれと訴えた。

「お~いおいおいっ!」

「おいこらっ、泣き真似(マネ)下手過ぎるぞ。もっと上手く泣け」

 ツッコミ入れつつ神威は優しく十真の頭を撫でていた。なんだかんだで構ってあげている。

「ところで飛馬くん? そんなに腰支えてくれなくてもちゃんと見えてるから気を使わなくて良いわよ? こんな抱くみたいにしてたら飛馬くんの方が疲れるでしょ?」

「………いや、これは、ここまですればさすがに気付くかと思って」

「何に?」

「………。そうか、これでも無理か………。結構頑張ったつもりだったんだが………。さすがにこれ以上は踏み込めないな………」

「?」

 視線を逸らしてメガネを直す飛馬に、刹菜は首を傾げる。

 そんな三組を見て、留依は空を見上げながらぽつりと呟く。

「もしかして、来るの間違えたのって、私だけ………?」

 

 

 01

 

 

 三日間の間、行ったり来たりを繰り返す事三回目。戦闘部門最後のクラス、Dクラスの一日目の様子となる。このクラスにおける特徴は、皆が計算高く、術技などの間接攻撃を得意としていることだ。中にはとてもトリッキーな手段に出てくる者もいて、総合的に理数系の生徒が多い傾向にあると言える。

 Cクラスを戦闘(、、)特化と捉えるなら、Dクラスは戦術(、、)特化と言い表すところだろう。故に、力押しの火力系も当然戦術の一つとして入っている。オールラウンダー+トリッキーな彼等は、クラス順位が上のCクラスでも、とても苦手とするタイプだと言える。

 そんな彼らの戦闘だが、案外これがあっさり終わる。頭の回転が早く、大抵のイマジン技術は簡単にこなせる彼らには、頭を使った面倒なタスクは、ただの指相撲程度の難易度でしかない。そのため、彼らに当てられたタスクはやたらと運動バカと言いたくなるような、力押し系が多い。そうなると自然、彼等は対戦相手と戦う方が性に合ってくるので、Cクラス同様に戦闘に興じる物ばかりになっていくのだ。

 っとは言っても例外はもちろんある。特にDクラス以下になると、非戦闘系の能力者も増えてくる。直接当てる系の攻撃より、間接的な呪いやデバフ系の攻撃を得意とするような者達だ。こう言った人材には、そもそも戦闘する手段がないので戦うだけ無意味だ。ただ自分を不利に追いやるだけでしかない。E、Fクラスに至っては、この三日の試合が自由参加扱いになっているほどだ。

 夏目梨花(ナツメリカ)VS音木(おとぎ)絵心(えこ)の試合では、おとぎ話の登場人物(とてもメルヘンな存在ではないのだが)をイマジン体として呼び出すことのできる絵心に対して、基本猫を呼び出し、回復させるのが主流の梨花は、『スキップした移動距離、合計二㎞を達成せよ』っと言うひたすらに疲れるだけになりそうなタスクを見事にクリアし、勝利を掴んでいたりした。(ついでに言っておくと、このタスクではイマジン基礎技術の一つ『基礎再現』と言われる、ちょっと練習すれば誰でもできる技術を、一瞬で習得する学習能力系の技術を身につけるための物だ)

 また、性格的にも能力的にもCクラスタイプの膝丸(ひざまる)(あきら)は、なぜかDクラスとなってしまい、対戦相手の桐島美冬にコテンパンにされてしまうと言う悲しい結果を背負う事となってしまった。詳しい試合内容は気の毒すぎて語るのが躊躇われる………。

 ここまでクラスが下位になると、専門分野に長ける者が集中しがちとなり、大体の決着は相性の差で決まってしまっているというのが事実だ。

 相原(あいはら)勇輝(ゆうき)VS加島(かしま)理々(りり)の戦いでも、巨大なスーパーロボットを操る勇輝の攻撃を理々が『神格武装:アイギスの盾』により攻撃を完全に封殺した理々が勝ちを捥ぎ取った。攻撃手段こそないに等しかったが、絶対的な防御力で攻撃を完封しつつ、小さいダメージで確実にポイントを獲得したことが結果として勝利を導くこととなった。

 さて、こんな状況下のDクラスで、それなりに見応えがあるカードと言えば、この試合だろうか………?

 

 

 小金井(こがねい)正純 (まさずみ)VSリク・イアケス。

 二人の戦場となったのは深い森だった。木漏れ日の光に照らされ、適度な明るさを持つ物の、それが逆に人の目を暗闇に慣れさせず、少し暗い場所でも、誰かが隠れていることに気づけない。緑はよく生い茂っており、人の手が全く触れていないことが見て取れる。自然に生きる生物の楽園と言える光景だろう。残念ながら、虫や動物の再現まではされていないため、妙に違和感のある森となってしまっている。まるでフルダイブ機能を持つゲームで、森のフィールドにやってきたかのような不自然な自然と言った具合だ。

 そんな森に轟音が鳴り響き、一本の巨大な木が横倒しに倒れる。

 木を倒した衝撃から逃れた二人が、それぞれ背の高い木の枝へと着地した。

 片方が、褐色の肌、短い黒髪に切れ長の赤い瞳を持つ東南アジア系の少年、リク・イアケス。

 もう片方が紫色の髪をポニーテールにまとめたクールビューティー風の少年、小金井(こがねい)正純 (まさずみ)だ。

「『山羊』!」

 正純は、己の能力『黄道十二宮招来』により『星霊魔術』を行使、十二星座の一つ、『山羊座』の星霊魔術で脚力を強化。足場にしていた木の枝を吹き飛ばす勢いで飛び出し、リクへと肉薄する。

「『牡牛』!」

 今度は『牡牛』の星霊魔術により極端な怪力を得る。その怪力任せの突き出した手は、リクには避けられたものの、代わりに掴まれた五十センチ程の太さを持つ木を、あっさり叩き折ってしまった。

 正純の攻撃を避けたリクも、別の木の枝に着地すると、己の能力『英霊使い(ヒーローマスター)』を発動し、『英霊召喚』を行う。

「ヒュスノー! 頼む!」

 名を呼ばれ、現れたのは異国風の古めかしい軍服に、簡素な鎧が肩や胸などに申し訳程度に装着している兵士の男だ。恰好からして一世代かニ世代くらい昔の人間にも見えるが、軍服の種類は見慣れたものではない。迷彩色がメジャーな現代、軍服と言うより鎧を着こむ方がメジャーだった過去、その中間的な格好をした男の姿は、どうも時代設定を想起し辛い中途半端な格好だ。過去にこんな格好をした兵士がいただろうかとつい首を傾げてしまいたくなる。外国によっては未だに弓矢による戦争をしている国もあると聞くので、もしかしたらこの兵士も割と最近の兵士なのかもしれないと正純は考える。

 ヒュスノーと呼ばれたイマジン体の兵士は、リクの命令に従い木の枝を飛び移りながら正純に接近。イマジン体としての能力なのか、自身に与えられたイマジンを消費し、反りの強いシャムシールのような短剣を作り出し、襲い掛かってくる。

 正純は攻撃を避けつつ反撃を試みようとするが、そんな隙は全くない。僅か二回の攻撃を避けるだけで足を滑らせ地面へと着地することになった。

(くそっ! この生い茂った森では下からだと周りが見にくいからわざわざ上に上ったのに………っ!)

 歯噛みしながらも、追い掛けてきた兵士の攻撃を避けるのに集中せざる終えず、中々思うようにいかせてもらえない。

 それもそのはず、彼等Dクラスに、Cクラス並みの接近戦闘技術は皆無なのだ。イマジン体とは言え、戦いなれた兵士相手にリーチで勝る剣を振り回されればそれを避けるので精一杯になってしまう。例え怪力と俊脚を持っていても、それを使わせないように意識された技を、打ち破る手段がない。精々攻撃を避け続けるのが関の山だ。そもそも彼等Dクラスの学術的成績は、近接戦がまともにできればBクラス入りしていてもおかしくないレベル。彼等がDクラスなのは戦闘に於いて、得意不得意の高低差が激しいことが原因と言える。

 苦戦している正純の元に、リクが更に援軍を召喚したのか、四体のイマジン体を木の上から飛び降りてきた。

「せいっ!」

 正純は『山羊』の俊脚で無理矢理後方へと飛び退き、イマジン体と距離を取る。追い掛けてくる敵に対して、すぐさま新たな『星霊魔術』を行使する。

「『獅子』!」

 『獅子座』の星霊魔術を行使、突き出した手から獅子座御マーク『♌』が出現し、それがゲートとなり全長二メートルに及ぶ金色の獅子が現れた。イマジン体として呼び出された獅子は、猛獣の雄叫びを上げると、主の命に従い、迫りくる敵兵へと突進する。

 飛び出した勢いそのままの体当たり一発で、一人の兵士が簡単に吹き飛ばされる。吹き飛ばされた兵士の行方を確認する間もなく、獅子はすぐ傍にいたもう一人へと飛びかかり、薙いだ前足で容易に二人目の兵士を跳ね飛ばし、近くの木に叩きつけた。すぐさま踵を返した獅子は、切り返しの間を全く感じさせない迅速さで三人目に襲い掛かり、その咢をもって肩事腕を噛み砕いてしまった。

 この時になってやっと反応できた四人目の兵士が槍を作り出し、獅子に向けて突き刺すが、その矛先は全く歯が立たず、甲高い音を立てて刃が折れてしまった。狼狽える兵士の脇を潜り、最後の兵士が振り被った巨大な斧を叩き下ろす。しかし、その斧も全く通じず、まるで巨大な岩石にぶつかったかのような鈍い音を鳴らして弾かれてしまう。

 これにはさすがに狼狽を通り越して恐怖を抱いた二人の兵士が、どうする事もできず後ずさる。その恐怖を感じ取ったのか、獅子は大気を震わす咆哮を上げ、その衝撃波だけで兵士を地面に転がし、その隙をついて飛びかかる。すれ違いざまの一閃。牙を使ったのか爪を使ったのかも定かではない一瞬の出来事。二人の兵士は頸動脈のあたりをぱっくりと切り裂かれ、イマジン粒子を噴水のように吹き出しながら消滅していった。

 勝利の雄叫びの如く吼える獅子に、リクは苦虫を噛み潰したような表情を作る。獅子はリクの乗っている木へと体当たりし、容易く叩き折ってしまう。振り落とされたリクは地面に着地しながら獅子に対して分析する。

(なんてこった………、さすがにこの獅子を見れば何の能力を使っているのかは大体予想は付く。だけどまさか『獅子宮』とは………)

 リクは初め、正純の能力が一体何なのかさっぱりわからなかった。相手の能力分析について、一番最初にヒントになるのがクラス分けだ。Aクラスである場合、想像するのは少しばかり難しいが性格面が如実に出るタイプが多い。自身の能力に自信のないカグヤはイマジン体を使役する方向に、個人と言うもをベースに思考するタイプの菫は自分の手足の延長線上に繋がる能力、つまりは操作系の能力を得る。神也に至っては存在そのものが能力と直結してしまっている。このように、クラスの傾向からいかなる能力を身に着けているかのヒントを戦う前から予想することができるのだが………。

 正純は、Dクラスの傾向から考えると、魔術的、もしくは間接的な攻撃手段を持つと考えられたのだが、彼が使ていたのは『怪力』と『脚力強化』だけ、どちらも身体強化系でDクラスらしくない能力だ。ならば一体どんな系統の能力を行使しているのだろうと、ずっと思考を巡らせていたのだが、その答えが今やっと、獅子を見ることで確信に至った。

()の獅子に対して刃物は全く効果がなかった。その上、俊敏で獰猛な獣の癖に、効かないと分かった攻撃は躱そうともしなかった。イマジン体に複雑な思考能力を得られる設定をしていないにも拘らず、獣らしからぬ傲慢な対応。それが『ヘラクレスの十二の試練』でも有名な『獅子宮』の獅子だと教えてくれた………)

 もちろんリクは、この時点で正純の使う獅子が『ヘラクレス』に関連する能力だと勘違いしたりはしない。先に使っている二つの能力が、それぞれ『牡牛』と『山羊』であることは、既に『見鬼』を使って感じ取っていた。だから三つの獣と、それらを全て一つの線で結ぶ伝承、それも魔術的なイメージを取れるものと言えば、もはや一つしかない。

(『黄道十二星座』………。まだ能力としての範囲までは解らないけど、それぞれの能力のレベルから(かんが)みて、おそらくは各星座一つにスキルスロットを一つ分消費していると考えていいだろう。一年生が初期段階で与えられているスキルストックは三つ。もう彼は『牡牛』『山羊』『獅子』で三つのスキルスロット埋めたことになるはず………!)

 底が見えた。そう判断したリクは密かに勝利を確信する。少々初期段階で覚えるスキルの組み合わせに疑問が残ったが、今は端に置いておくことにした。

(当面の問題は、この目の前の獅子さえ何とかしてしまえば、こちらが圧倒的有利に立てるはず。そのためにはこちらも質を上げる必要がある。なら―――)

「私がやるしかないでしょう?」

 何もないところから唐突に声が発せられ、リクの傍らに黒のボブカットに赤い瞳をした、ソバカスと笑顔が印象的な少女が音もなく現れる。

 ウミ・イアケス。リクが唯一イマジン体に細かい設定を加え、自己主張のできる存在。そして、嘗てリクの姉であった少女。

「姉さん、頼んでもいいかい?」

「任せなさいよ! 弟のために一肌脱ぐのは、お姉ちゃんの役目! たっぷり甘えていいのよ!」

「あんまり甘えてばっかりもいられないんだけどね………。単体で行けるの?」

「ん~~………、さすがに無理かな? 四人(、、)ほど追加でくれる?」

 リクは頷くと手を翳し、自身の使役する英霊の魂を、『英霊使い(ヒーローマスター)』の能力により『英霊召喚』ウミに向けて集中的に発動する。

 ウミの出現で警戒して様子を窺って正純も、危険を感じ獅子を急かす。

「獅子!」

 命令に応じて飛び出す獅子。だが、(かの)獣が飛びかかった時には既に準備は完了していた。

 ウミは自身のイマジンを消費し、とびっきり強固な薙刀を作り出すと、襲い掛かってきた獅子の胴体目掛け、力の限り振り払った。

「うりゃああぁぁっ!!」

 気合いの乗った掛け声とともに放たれた一撃は、空中に飛び出していた獅子に直撃し、「グオンッ!?」っと言うくぐもった唸り声を上げさせながら後方へと弾き飛ばした。空中で態勢を整え着地した獅子は、間髪入れずに襲い掛かるが、ウミも地面を蹴って迎え撃つ。

 イマジン体同士の戦闘は、イマジネーター同士の戦いと違い、“リアルイメージ”が優先される。

 火の能力者と水の能力者戦う場合、火の能力者の方が不利に感じられるが、イマジネーターのイメージ力、理想的イメージで、『水すら焼き尽くす炎』をイメージすれば、火が本当に水を焼き払うことだってできてしまう。

 だが、イマジン体同士の戦いでは“リアルイメージ”、“現実的なイメージ”が効果を優先する。

 火の能力を持つイマジン体は、水の能力を持つイマジン体に圧倒的不利になる。

 猫のイマジン体は鼠に対して有利な戦闘力を有する。

 鹿のイマジン体は虎のイマジン体を天敵とする。

 これら現実的なイメージが、彼らの愛称をそのまま(かたど)っていると言っていい。

 ならば人間と獅子ならどうか? そんな物の答えはもはや考えるまでもない。銃を持っている猟師でも、獅子を相手に正面から戦うようなことはしない。否、できない。それほどまでに実力の差が存在しているからだ。ましてや薙刀程度の武器しかもっていない少女のイマジン体が、獅子に敵うなどあるのだろうか?

 

「うりゃああああぁぁぁぁぁーーーーっっっ!!!」

「ガウンっ!?」

 突き出された薙刀の矛先が、獅子の額に命中し、またしても獅子は威容(いよう)に似合わないくぐもった声を上げながら数歩後ろに下がってしまう。

 

 答えは『絶対に無理』っである。

 実際イマジン体同士の戦いには、どんなに戦術や戦略を巡らせても、実力の差を覆すのは難しい。余程有利な条件が揃っていない限りは、逆転など不可能だ。イマジンなしでライオンを殺しに行ってみろ言われているようなもの。普通の人間には絶対に不可能だ。

 だが、この場面においては『例外』が適用する場面だと言える。

 確かにイマジン体の戦力差は“リアルイメージ”に依存するが、そこにイマジネーターが間接的にでも関わっていた場合、その時点で既にイマジネーター同士の戦いに状況が変化しているも同然となる。結果、“リアルイメージ”より、“理想(アイデュアル)イメージ”が優先され―――、英霊五人分の力を与えられた人型イマジン体(ウミ・イアケス)は、正純の獣型イマジン体(獅子)と渡り合うだけの力を発揮できる。

「これで―――っ! 大人しくしなさいっ!!」

 迫りくる前足を薙刀で弾き飛ばし、その勢いのまま体を捻り獅子の側頭部辺りに踵を叩きつける。間髪入れずに軸足も跳ね上げ、獅子の首に引っ掛け、両足を使って首を締めあげるようにホールドする。ヘラクレスの逸話上に存在する、獅子の弱点を再現しようとした。

「やらせるなっ!」

 正純は命令を発しながらイマジンを送り込み、獅子を強化。神話と同じ(てつ)を踏むまいと、獅子は体を猛然と振り乱し、地面を転がるようにしてウミを無理矢理引っ剥がした。

「あいたた………っ! かなり強引に振り解いてきたじゃない」

 地面を転がり体勢を立て直したウミが余裕たっぷりの笑みで呟く。

 正純は近場にあった大木を『牡牛』の怪力任せに片手で引っこ抜くと、それをウミに向けて破城槌のように投げつける。

 だが、ウミはそれを無視して突進。木をすり抜け、真っすぐ正純の額目掛けて薙刀を突き出してくる。

「おい待てっ!? なんだそれっ!?」

 慌てて飛び退くが間に合わない。額を貫こうとした刃は、しかし、寸でのところで止められた。間一髪、獅子が主を守るために薙刀の刃に噛みついて止めたのだ。

「やるね………!」

「グルル………ッ!」

 挑戦的な笑みを向けるウミに、獅子は威嚇めいた唸り声を漏らす。

 一旦ステップで距離を取った正純は、素早く敵の正体について分析する。

(だあ~~~っ! 畜生! こいつ等ただのイマジン体じゃなくて、『霊体』設定かよっ! 向こうからも攻撃できるってことは、実体化することもできるみたいだから、攻撃のカウンターを狙えば物理攻撃も有効なんだろうな………! まあ、俺に限ってはそんなに面倒な話じゃないけどよ。俺の能力は殆どが魔術系。『獅子座』の攻撃が普通に有効ってことは、ある程度『霊格』や『魔術的要素』が加わっている物は素通りできないってことみたいだし、たぶん『牡牛座』の怪力でも直接攻撃すれば有効だろう。さっきみたいな間接攻撃も―――)

 正純はまた大木を片手で捥ぎ取ると、今度はリクを狙って、横薙ぎに回転するように放り投げる。

 すると、ウミは獅子から無理矢理薙刀を振り解くと、リクと大木の間に割って入り、薙刀の一撃で大木を粉砕して見せた。

(やっぱりなっ! リク()自身は霊体化できるわけじゃねえ。物理攻撃もリクを狙えば見過ごすことはできない!)

 知能が高いイマジン体は、一個体のイマジン体としての情報を設定しておく必要がある。リクの能力が多くの英霊(イマジン体)を呼び出すものである以上、その強力さに反比例し、個々のイマジン体全てに知能の高い設定はつけられなかったはず。できて精々三体、それ以上は何かしらの制約がかかる。だが、ウミはの召喚、運用に、リクが何かしらの制限を受けている様子は窺えない。ならば、制限を受けないレベルで止められていると考えるべきだろう。

 正純はそこまで推測し、素早く獅子に命令を出し、ウミを引き付けるように促す。

 命令に応えた獅子がウミに襲い掛かり、なるべくリクから遠ざけようと動く。

 だが、ウミも獅子に惑わされず、リクを庇う位置をキープしつつ、隙あらば獅子を倒してしまおうと画策する。

(これじゃあ千日手もいいとこだな………)

 イマジン体の知能の差は、やはり設定されているだけにウミの方が上だ。逆に獅子はイマジン体設定が無いので、どうしても獣としての戦い方しかできず、細かいフェイントなどの駆け引きはできない。

 かと言って、『獅子宮』としての特性を持つ『獅子座』のイマジン体は、物理攻撃に対してジーク並みの防御性能を持つ。物理攻撃が主な戦闘手段であるリクのイマジン体(英霊)達では、ヒットアンドウェイに徹する獅子に致命打を与えることができない。つまりこのままで決着がつけられないという状況だ。

 歯噛みする正純は、せめて一日目はできるだけ能力を隠しておきたかったという考えを捨てることにした。あまり長引かせても意味はない。そう決断する正純だったが、この時、その決断力の差がリクに先手を打たせてしまった。

「来てくれっ!!」

 リクが天に手を翳して読んだのは一等の軍馬だ。漆黒の毛並みに遠目でも解るほどに発達した筋肉を持ち、馬用の鎧を纏ったその馬は、前足を上げて大きく(いなな)くと、その背を主であるリクに向け、背に乗りやすく促す。

 リクは軍馬に飛び乗ると同時にウミに対して、二体分の英霊を追加。更に『英霊憑依』を行い、自分の体に二体分の英霊の力を付与する。

 馬が勢いよく駆け出すと同時に、ウミが獅子に飛びつき、その行動を遮る。英霊二体分が追加されたウミの力は、片手で振るった薙刀の一撃で、周囲の木が次々と薙ぎ倒されていくほどであったが、しっかりと足を踏ん張って頭で受け止めて見せた獅子を吹き飛ばすには至らなかった。イマジン体の質で劣っていても『獅子座』の『星霊魔術』で呼び出された霊獣、隙をつかれなければ易々と無様を晒したりなどはしない。

 だが、ウミとしてはそれで十分だ。獅子を自分が足止めしている内に、リク()正純()に向かうことができるのだから。

 正純は軍馬に乗って急接近してくるリクに対し、急いで引っこ抜いた大木を投げつけ迎撃する。

 リクは素早く『英霊召喚』を行使し英霊一人分が生成する武具、薙刀を召喚する。薙刀を巧みに操り、飛来してきた大木に一当てし、その軌道を直撃コースから外して見せる。

「はっ!」

 大木を退(しりぞ)け、すぐさま手綱を打ち鳴らし、馬を加速させるリク。同時に、もう一頭の軍馬を呼び出し、ウミへと送る。ウミは駆けてくる馬に飛び乗り、獅子が襲い掛かる暇もなく颯爽と立ち去っていく。

 さすがに形勢不利と悟り、正純は『山羊座』の俊脚で逃走を図るが、山羊と馬では文字通り馬力が違う。距離は縮まる一方で逃げ切るのは難しそうだ。

「くそっ! 『射手』!」

「ええっ!?」

 正純は体を反転させ、後ろ向きに後退しながら、『星霊魔術』の『射手座』を発動。♐の光が手の中に生まれ、やがてそれは一つの弓矢となる。形状は弓矢だが性能は別物らしい、驚くリクに向けて弦を引き、放った一発で、マシンガンの様な連射で五発の光球が矢となって放たれる。

「いや―――っ!!」

 素早くリクの前に飛び出たウミが馬上で槍を振るい、三つの光球を弾き返し、残った二つを刃で両断して見せる。すると、弾かれたはずの光球三つが旋回し、再び陸の背後から襲い掛かってくる。前に出たウミは、それに気づいたが位置的に対処ができない。リクは『直感再現』と、憑依している英霊の才覚を借り、槍を剣に変更し、なんとか三つ全てを叩き落とす。

 正純は舌打ちしながらも、僅かながら稼げた時間を使って距離を放す。

「『獅子』! 戻ってこい!」

 正純の命令が放たれ、獅子は♌の形をした光を額から放ち、自身をその紋章の中に取り込む。♌の紋章は、スピードを感じさせない緩やかな動きで、だが、数秒もしない内に正純の手元にまで戻る。紋章はそのまま消えることなく彼の手元で光り続けていた。

「リク、どうやらさっきの獅子、普通のイマジン体とちょっと事情が違うっぽいよ?」

「ああ、出し入れ自由っていうのは一緒みたいだけど、獅子を吸収した紋章が消えずに残っているってことは、その能力を『使用中』の状態にしていると考えていいと思う。それとアイツ、四つ目のスキルを使ってきた」

「一年生の与えられているスキルスロットは三つのはずよね? なんかの理由でストックをもう一つ持ってるってこと?」

「いや、違う。そんなチート設定はこの学園では許されてないはずだ」

「能力が既にチートじゃないかしら~~………?」

「お、おほん………っ!」

 姉の尤もな発言に咳払い一つで誤魔化しつつ、リクは推測の続きを話す。

「たぶん一つのスキルで複数の効果を発揮できるタイプなんだと思う。厄介な特性ではあるけど、それだけに何らかの制約は避けられなかったはずだ。それに、黄道十二星座が関係した能力なのは既に解った。四つ目のスキルが出せる時点で、相手の手札が十二枚ある事も、その内容も想像できる。さっきの射手座は追尾効果があるのも解ったし、………大丈夫! この勝負は勝てる!」

 相手の能力の大半を見抜いたリクは一気に勝負をかける。自分の周囲に軍馬に騎乗した騎士を一度に五騎召喚する。彼の能力は、最大百体の英霊を同時召喚可能なのだが、それほど破格な能力故に自動発生する制約が存在する。その一つが英霊を呼び出す際に、英霊一体分のイマジンを練り上げておく必要があると言う事だ。

 通常、イマジンは学園からの無制限支給により学生手帳から自動供給され続けているのだが、それですぐにイマジンを使えるのかと言うとそうではない。体内に吸収されたイマジンは、一度、臍下丹田に収め、そこで個人の尤も扱いやすいエネルギーへと変換させる必要がある。この工程を飛ばすと、能力は発動しないし、仮に何らかの方法で発動させても、設定よりも軟弱な出来になってしまう。学生手帳に備え付けられている『リタイヤシステム』もこれと同じで、自動設定が可能な代わり、桜庭(さくらば)啓一(けいいち)の例のように、うっかり破壊されてしまう事もあるのだ。(それでも『リタイヤシステム』は破壊されないように最大限の工夫がなされたものではある)

 リクは、英霊一体を召喚するのに、吸収したイマジンを臍下丹田内で最適化する工程『練り上げ』をしなければならないのだが………、実を言うとこれがかなり大変な工程だったりする。

 廿楽(つづら)弥生(やよい)伊吹(いぶき)金剛(こんごう)のような、肉体強化型は、練り上げた力を、体内、もしくは体に纏うように展開することで発動している。必要とあれば練り上げた力を練り上げた一方から注ぎ込む事ができるストレートなタイプだ。

 闘壊響や虎守(こもり)(つばさ)のような放出型は練り上げる量を自由に調節できる。少ない量で放出し、威力や規模を抑えたり、逆に練り上げる量を増やし、大規模破壊攻撃を敢行したりできる。咄嗟の事態に、最悪目くらまし程度の効果を瞬時に発揮できるなどの利点がある。

 対して、東雲(しののめ)カグヤやレイチェル・ゲティングス、そしてリクのような使役型は、召喚するイマジン体の肉体を生成する際に、定められた一定量のイマジンを練り上げなければならない。そうしなければ彼等の肉体を生成できず、完成する前にイマジン粒子が霧散してしまうからだ。これらの弱点を克服するため、使役型の能力者はあらゆる工夫を凝らしてはいる。カグヤの場合は常に一定量のイマジンを練り上げておくことでストックを作って置き、召喚中は肉体が完全に破壊される前にイマジン粒子を送り修復する。レイチェルの場合は、召喚に使用している紋章に、前以て必要な分のイマジンを送り込んでいたりする。

 だが、リクの場合、この弱点を克服する手段が、実は存在していない。

 彼の能力は大量のイマジン体を生成する物で、その都度一定量のイマジンを練り上げる工程が必要になる。そのため、常に練り上げるイマジンが枯渇した状態にあるのだ。最大百体を召喚できるリクの『英霊使い(ヒーローマスター)』には、練り上げるイマジン量と言う最大の弱点が存在することになる。

 おまけに彼が今召喚している軍馬もまた、英霊一体分として換算されてしまう。それを五騎、計十体分も召喚したとなる、リクの中のイマジンは再びすっからかん状態になってしまう。

(この後、確実に仕留めるためにも大規模召喚をしたい………。相手を上手く誘導して追い込み、逃げ道の無くなったところで四方を囲んで叩く! そのためにも、今はイマジンを練り上げる時間がほしい!)

「皆! 頼んだ!」

 リク()の命令に従い、兵士達は(とき)の声を上げながらリクを中心に陣形を組み始める。逃げる正純を自分の思惑通りに追い詰めるためだ。

 正純は『山羊座』の魔術で脚力を強化し、かなりの速度で走れるのだが、それはあくまで山羊の恩恵、馬の脚に比べた場合のスピードイメージでは分が悪い。徐々に距離を詰められつつあった。

(一応『強化再現』も使ってるんだがな………、向こうの(イマジン体)も、主が術式を組めば、自分のイマジンを消費する形で強化可能みたいだな、全く距離が開かない)

 誘導されていることにも気づいて歯噛みする正純。肩越しに背後を確認しつつ思考する。

(見たとこ、あの女以外は深い設定で作られたイマジン体じゃないみたいだな? 他のイマジン体には意思はあるようだが、どこか臨機応変さに欠ける気がする………)

 設定の浅いイマジン体には、設定の深いイマジン体に比べ、どうしても拭えない特徴が存在する。解り易く言うと、オンラインゲームのPC(プレイヤーキャラ)と、RPGのNPCくらいの違いだ。設定の深いイマジン体はPCとしてセーブデータを持ち、レベルアップし続けることでほぼ際限なく強くなっていける。対する設定の浅いイマジン体は、意思を持っていたとしてもそれはどこか作り物めいた存在になってしまう。

 勘違いの無いように言っておくと、設定の浅いイマジン体の意思には自我がと言えるものが存在しないわけではない。彼等にはしっかりと自我が存在し、感情もしっかりと有しているのだ。だだそれらを表現する方法が解っていないだけだ。

 全てのイマジン体に共通することだが、彼等は作られた瞬間に生まているのだ。それは何も知らない赤子同然だ。いや、ある意味においてはそれ以下とも言える。通常生まれたばかりの赤子は本能として、最初に『泣く』と言う『意思表現』を本能に与えられている。対するイマジン体は本能ではなく与えられた『設定』によって『意思表現』を行う。故に、設定の浅いイマジン体は、そもそも『表現方法』を持ち合わせていないのと同じ状態にあるのだ。それが違和感として映る原因である。

 設定の深いイマジン体は、『意思の表現法』を理解することによって与えられた設定に己の感情を兼ね合わせて考え、それを行動に起こすことができる。時にイマジン体が主に逆らったり、気軽にからかってみせたりする事ができるのも、これらの恩恵だと言える。

(意思を表現できるイマジン体は、時に主の命令に逆らって、予想の付かない動きをする時だってある。こっちは既に()()も使ってることだし、万が一にも邪魔されたくないっ)

 一瞬だけ正面に向き直った正純は、木々を躱しながら素早く決断する。

(追い込まれる前に勝負をつける! まずは何が何でもあの女だけは引きはがす!)

 正純は懐から(獅子座)の紋章を掴み取ると、それをリクに向けて投げつける。主の命令を受け、♌の紋章から再び姿を現した獅子が、リク目掛けて襲い掛かろうとする。

 気づいたリクが視線を姉に向けて指示を飛ばすと、ウミはそれを理解した上で溜息を吐いた。

「リクぅ~? 何をして欲しいのかは解るけど、そこはちゃんと『お姉ちゃん、お願い』って素直に甘えられないものなの?」

「こんな時に子ども扱いでふざけないでくれるかっ!?」

 リクのツッコミに「はいはい」っとおざなりに答えながら、ウミは薙刀を振るい翳し、獅子の足を無理矢理止めさせる。獅子の方も獅子の方で、ウミの一撃を頑丈な体で受け止めながら、リクに固執することなくウミに向けて唸りながら威嚇する。

(姉さんを引きはがしにかかったか………。でも、これでそっちも『獅子座』を使えなくなっただろ?)

 リクは今までの戦闘で、正純の使う獅子座についてある程度の予想がついていた。あの獅子座にはイマジン体としての設定は存在していない。だが、設定の浅いイマジン体特有の違和感は感じ取れない。つまり、元々そう言う設定上の存在なのだろう。イマジン体を作り出し使役する能力ではなく、あくまで『魔術の一種』として獅子を召喚しているだけだ。そのためイマジン体固有の成長能力は持たないが、設定の浅いイマジン体に比べるとかなり上等な存在として作られている。なんせ相手は『召喚獣』の類ではなく、『魔法』そのものと同じ。ただ単に獣の姿をしているだけだ。ならば、その実力は主の実力が如実に反映される存在なのだろう。

(普通に考えればチョイと厄介かもしれないが、でも、イマジン体としての実力は設定の深い姉さんの方が上だ)

 イマジン体は肉体が消滅しても、核は一瞬で主の元に戻るため、その存在が消滅、死亡することはない。肉体を破壊されたショックは核にも残るため、再構築には必ずタイムラグが発生してしまうのは避けられないが………。

 正純の『獅子座』は魔術的存在だと言うのなら、他のイマジン体とは事情が異なる。肉体を消滅させれば一瞬で主の元に戻れるイマジン体と違い、魔術である『獅子座』は、その場で消滅してしまう事だろう。♌の紋章が出現し、一体ずつしか出せないところからも、あくまで単発の魔法と言う認識なのだろう。ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ならば、ウミを引きはがすことを優先したいと考えている正純は、不用意にウミを倒すことは命令できない。時間を稼ぐように命令するはずだ。

(途中で呼び戻すこともできるみたいだけど、戻る速度はそれほど速くはないみたいだしね。不用意に紋章化して手元に戻そうとすれば、姉さんが素早く対応して紋章事消し去るはずだ)

 獅子座の消滅を認識できない以上、正純は獅子座を途中で手元に戻すようなことはしないはずだ。ここは互いに手札を一枚ずつ捨てることになったと考えていいだろう。

(それで自分が有利になったと思ってるなら勘違いだ! こっちは憑依させている英霊に智将を交えた。小細工は通じないぞ!)

 策を弄したとしても見破って見せる。そう息巻いて敵の背をにらみつけるリク。その時、正純の体が反転し、速度を落とさず『射手座』の弓を構えた。狙いは上空、数は十を超える。放たれた矢の大軍は、空中に飛び出した後、追尾の効果が働き、リク目掛けて雨となり殺到した。

「頼むっ!」

 リクが素早く指示を出すと、周囲にいた兵士達が剣を構え、次々と迫りくる矢の雨を叩き伏せていく。追尾がリクに対してかかっている分、狙いが集中し、迎え撃つには容易い状況となっていた。

 それを確認した正純は素早く体を捻り、正面を向く。同時に弓の狙いを今度は地面へと向けた。

 再び放たれる十の矢、地面に衝突し、小さな土煙が舞う。

「っ! 飛べっ!!」

 逸早くその危機を感じ取ったリクが手綱を()り、配下達に命令する。土煙を飛び越え、無事着地したリクは、速度を落とさず背後を確認する。そこではリクの指示が間に合わなかった半数の兵士が足を取られ、落馬していた。土煙の晴れた地面は、無数の穴が穿たれ、でこぼこ道になっている。

「地面を矢で撃って足場を崩したんだな。先に上空に向けて矢を撃ったのは、意識を地面から外させるためだったわけか」

 リクの召喚している英霊達は霊体であるため、本来なら物理攻撃は通用しない。壁をすり抜けたり、水中を息継ぎせずに潜り続けたり、それこそ地面の中にだって潜れる。ならば足場を崩されてもこけたりするはずがないのではと疑問に思うかもしれない。しかし、これがそう簡単にはいかない。何故なら、彼等は人型であり、地面を蹴って移動しているからだ。霊体とは言え、浮遊し、飛行する能力を持っているわけではない彼等には、物理現象の全てをすり抜けているままでは移動する手段を持ち合わせていない。つまり動けないのである。無重力で宇宙遊泳しているのとまったく同じ状況だ。それでは戦うことができない。リクがイマジン操作に集中していれば自由飛行も可能になるかもしれないが、それはあくまで“霊体状態”である間だけだ。攻撃時など、実体化した瞬間は物理法則に逆らえず、墜落してしまう。仮に霊体としての飛行能力を持たせたとしても、リクの使用するイマジン体の殆どは設定が未熟なイマジン体達だ。かつて実在した人間の魂を宿していたとしても、現在はイマジン体。自由飛行なんて経験があるわけもないし、慣れようにも経験(セーブデータ)を残すことのできない彼等は、召喚されるたびに経験をリセットされる。とてもなれるなど無理な話だ。

 その辺の折り合いをつけるため、リクは無意識の内に、彼等に地面の上で戦闘するためのプロセスをイマジンによって再現させていた。それが、『地面の上を走ることで移動する』っと言う“手段”の肯定である。これは一種の『肯定再現』なのだが、詳しくは省く。ともかく彼等は地面の上を走ることを『肯定再現』によって可能にすることで移動することができていると言うわけだ。―――っとなると、やはり彼等は地面の有無に左右されてしまうため、足場を崩されるとまともに歩いたりできなくなってしまうと言うわけだ。

(上手い事こちの弱点を突かれたけど、でも、今ので失ったのは半数程度だ。なにより、決めるつもりだったのなら、足場を崩したとき、土煙に紛れさせて、さらに複数の矢を放つべきだった!)

 リクが心の中でそう断じた時、正純の視界が突然開ける。どうやら森を抜けたらしいと思ったのだが、すぐ正面が壁になっていることに気づいて急停止する。どうやらここは半円状にできた崖になっているらしく、袋小路になっているらしい。崖の僅かな足場を(つた)って、崖上まで登ろうかと考えたが、それはすぐに諦めた。崖の上ではイマジン粒子が集い、十を超える弓兵達が出現していたからだ。

(追い込まれたか………)

 半ば諦めにも似た思考で振り返ると、そこにはリクの能力によって新たに生み出された三十の軍勢が剣や盾、槍等を構えて立ち塞がっていた。逃げ道はなく、さすがの正純も、この軍勢を『射手座』だけで押し切れる自信はない。それでも弓を構え、戦闘の意思を示す。

 呼応(こおう)するように剣を掲げたリクは、突撃を命じるため剣を振り下ろし合図を送る。

「突撃----っ!!」

 リクの合図に従い、三十の軍勢が一気に正純一人に殺到する。

 正純は臆することなく矢を番え、軍勢を無視するようにやや上方に向けて―――、

「将を射んとすれば―――」

 ―――放つ。

 矢が空へと舞い上がり、弧を描くようにしてリク一人へと向けて飛んでゆく。

 なんのてらいもない、真っすぐ飛んでくる一本の矢に、(いぶか)しく思いながらも、リクは剣で矢を払おうとして―――ボンッ! バシュンッ! っと言う音に続き、己の馬が突然悲鳴を上げながら体を仰け反らせた。

「―――まず、馬を射よってな?」

 突然の事態に対応できずスローモーションに見える視界の中で、リクは何が起きたのかを理解していく。

 自分の乗っていた馬が、無数の光の矢によって射抜かれ、イマジン粒子となって消滅していく。馬を貫いた光の矢の出どころは地面だ。地中に潜っていた光の矢が、背後から放たれ、リクの馬を強襲したのだ。

 しかし、この矢はいつの間に配置されていた? 間違いなくこの矢は正純の『射手座』である事は間違いない。だが、こんな罠を張る時間などどこにあったと言うのか? その疑問の答えを、リクは高速で回転する記憶の中から瞬時に見つけ出した。

(あの時、足場を崩した時の矢―――っ!? あれは足場を崩すと見せかけて、矢を地面に忍ばせていたのかっ!?)

 ならば、このタイミングで正純を追い詰めたのにも納得がいった。

 正純はこのタイミングすらも計算して矢を地面に放っていたのだ。正純の『射手座』は追尾の効果はあるが、おそらくまだ自由自在に操れるわけではないのだろう。そのため、矢を待機させておくことはできない。だから正純はリクが足を止めるタイミング―――、つまり、自分を追い詰めるタイミングを狙って矢を放ったのだ。『射手座』は放たれた瞬間は射出時の勢いで真っすぐ飛ぶ。そこを利用し地面に潜っているタイムラグを作り、勢いを失ったところで『追尾』に移行、矢を追い抜いたリクの背後から地面を穿って強襲させたと言う事だ。

(それだけじゃない………っ! こいつ、敢えて俺じゃなくて馬を狙うことで、俺に『直感再現』を発動させなかったんだっ!)

 『直感再現』はあくまで自身に対する危機にのみ発動する物で、自分以外の物に対しては発揮されない。例えそれが自身が跨っている馬であったとしても、例外にはなりえない。

 結果、落馬状態にあるリクは、正純が放っていた上空からの矢を回避することも弾き返すこともできない。配下に頼もうにも、突撃の命令に従い、彼等は正純に殺到している最中だ。とても間に合うはずがない。

(自分すら囮に使ってチェックメイトを取りに来たのか………。今度、チェスでも誘ってみたら面白いかな?)

 薄く笑みを浮かべながら、リクは迫ってくる光の矢を見つめ―――ゆっくりと目を閉じた。

 

『リク・イアケスのリタイヤを確認。勝者小金井(こがねい)正純 (まさずみ)

 

 教師のアナウンス、リタイヤシステムと主を失い光の粒子となって消えた軍勢たちの輝きの中で、正純は一人、勝利にほくそ笑んだ。

 

 

 02

 

 

 小金井正純とリク・イアケスの試合はDクラスの中では最も長い試合であった。そのため他の試合はほとんど終わっているに等しい状況だ。そして、最初の方で説明した通り、Dクラスともなると、戦闘の結果は相性による一方的な試合が多い。その模様を振り返ると、こんな感じだろうか?

 

 

 白宮(しろみや)歌音(かのん)VSクライド戦。

 

「白宮さん? あまり女性が地面に寝転がらない方がいいですよ? ………ああ、すみません。言われても何もできないんでしたね?」

 カソックを着た神父めいた格好をしている金髪の少年、クライドは地面に蹲っている白髪碧眼の丸々とした肥満体質少女を見下ろしながら、サディスティックな笑みを浮かべていた。

(絶対笑ってる! とっても厭らしい笑みで絶対笑ってるよこの人っ! ()()()()()()()!!)

 地面に蹲っている白宮(しろみや)歌音(かのん)は、現在クライドの多数の能力を受けて、既に戦闘不能状態に陥っていた。

 ―――っと言うか、そもそもまともに戦わせてもらってすらいない。

 試合が始まってからすぐ「バカなの死ぬの?」っと問いかけたくなる体育会系タスクを速攻で無視して、クライドを『探知再現』で見つけ、遭遇してからすぐ、彼女はこんな状態に陥ってそのままなのである。

(なんなのさぁ~っ! この能力………っ! 相性完全に悪すぎるんですけどぉ~~~っ!?)

 能力の相性差を理解するのに長い時間は必要としなかった。

 歌音の能力『蓄積』はあらゆる現象から引き起こされるエネルギー(運動エネルギーなどを含む)を文字通り蓄積し、派生能力『開放』によって逆利用するタイプの物だ。大抵の場合、歌音は相手が放出してくるエネルギーを『蓄積』の能力『静寂の黒』にて吸収し、『解放』の派生能力『激動の白』にてやり返すと言うのが主流だ(っと言っても実際は入学試験時の一回しか経験していないのだが…)。

 対するクライドがどんな攻撃をしてこようが、そのエネルギーを吸収し、余裕を見せることで攻撃を誘発。たっぷりエネルギーが溜まったところで相手の対応力を超えた一撃を放って一気に終わらせる。そういう作戦だった。

 

 そしたらクライドが十字を切った瞬間に視界を失って何も見えなくなった。

 

 慌てて冷静さを保とうとしながら『感知再現』を使って相手の位置を確認しようとしたのだが、今度は急激な空腹に見舞われ、その場に倒れ伏した。

 何らかの攻撃を受けていると気づいて対応策を練ろうとするが、この空腹感がバカにできない。思考を巡らせようとすると糖分不足を脳に訴えられたかの如く、甘い物が食べたくなり、身体を動かして誤魔化そうとすると、肉や骨が栄養不足を訴えるかのように空腹に拍車をかける。ともかく動きたくない。何かが食べたい! 今はそれ以外の事を考えている余裕がない! 思考の全てがそれに統一され、頭の片隅にも冷静な自分が存在していない。飢餓寸前の人間とはこういう状況なのだろうかと考えたのは、この試合が終わった後のことだ。

 それでも何とかポケットに入れていた生徒手帳をタップして、念のために入れておいたおやつのグミを口の中に放り込んだ時は、僅かに空腹感が抑えられた。この程度で痩せ我慢できるような甘っちょろい欲求ではなかったが、そこはイマジネーターとしての“根性力”でギリギリねじ伏せた。

 「よし、これで何とか反撃してやる!」と息巻いたのも束の間、今度は突然体が重くなった。それどころか明らかに体の体積が大きくなって肥満体質状態の如く肥大化してしまっていたのだ。

 視力を完全に奪われ、思考力と気力を空腹で抑えられ、体の自由を肥大化によって制限されてしまった歌音に、もはや逆転の手はなかった。

 幸いなことがあったとすれば一つくらい、自分の肥大化した体を見なくて済むと言う皮肉くらいだろうか?

(何にも救われないんだけどねぇ~~~~っっ!!)

 あまりの悲しさに涙が溢れる。そして涙を流した分だけ訪れる喉の渇きは水分欲求を際限なく煽ってくれるので悪循環この上ない。

 後になって冷静に考えれば、全く手がないわけではなかった。後に歌音はそう語ったのだが、それでも同じ状況になったとすれば、きっと同じように何もできなくなっていただろうと、不服そうに結論付けていた。 

 クライドの能力は、Dクラス特有と言う意味において、Dクラスらしい能力であった。強力な火力砲や、追尾や自立操作など、直接的な攻撃なら、Dクラスでなくとも―――それこそFクラスの生徒にだって使えるのだ。Dクラス能力者としてもっとも代表的であり、最も恐ろしいとされているのが、今まさにクライドが使っている『呪い系』の能力、つまりは『デバフ』である。

 この呪い系の能力の恐ろしいところは、まず第一に能力の正体が解らない。与えるデバフの順番や種類次第では、Aクラスをもってしても瞬時に看破されると言うことはまずない。能力の正体が解らなければ、対応能力でも持っていない限りは脱出不可能、ほぼこの時点で詰んでしまう恐れもある。第二に、完封率の高さだ。今の歌音のように、戦う前に完全に封じ込められてしまうなどと言う、とんでもな状況に追い込まれてしまう可能性だってある。こうなってはもはや戦う戦わないどころの話ではない。完全なワンサイドゲームになり下がってしまう。そして第三に、ほぼ確実に初見殺しが確定していると言う事。無論、能力によっては対処すること自体はできるかもしれない。だが、直接戦闘系の能力者がほとんどのイマスクでは、こう言った間接攻撃タイプへの対処など皆無に等しい。先手を打たれれば、間違いなく後手に回り続けることになり、そのままワンサイドゲームにウェルカムだ。はっきり言ってチートだらけのイマスクで『チーター』呼ばわりされるレベルの強力な能力者だ。

 クライドの便宜のため、念のために追記しておくが、こういった能力者の相手をする際、二年生曰く「撃たせる前にやれれば上等。撃たれてもしっかり対処できれば一人前」。三年生曰く「初見殺し級の能力者なんてイマスクには腐るほどいるし、初見殺し()()とかやる異常な奴らも腐るほどいるぞ?」などと言うのが常識となっている。つまるところあれだ。例えワンサイドゲームになったとしても運営側からこう通達されるわけだ。

 

『不正なプログラムは使用されておりません。正規のルールに則った、()()のコンボ技です』

 

 (まった)くもって、涙無しでは学生などやっていけない学園である。

(ってか、このままで終わるなんてさすがに嫌だぁ~~~~っ!! いきなり奥の手を見せるのは嫌だったけど………、仕方ない!)

 歌音は『夢色の金』と言う奥の手ともいえるスキルを発動しようと、右手を開くのだが―――、イマジンに意識を集中し、手の平に粒子を集め、発動した瞬間、それは突然訪れた。

 

 パキンッ! Failure(フェアーユ)!!

 

「「ッ!?」」

 何が起きたのか解らなかったのは、クライドも同じだった。歌音の目には見えていなかったが、彼は何かの能力を発動されたのかと警戒していたのだが、歌音がもう一度能力の発動を試み、同じ結果に至っている姿を見て、ようやく予期せぬ異常が起きていると悟った。

 歌音の能力は、手の平で発動された瞬間、粒子が音を立てて霧散し、学園のシステムによって音声が発せられた。Failure(フェアーユ)、『不成立』と………。

(え? なに? これどういうこと?)

 混乱する歌音、そして冷静に見守るクライドも、何が起きているかなど解るはずもなかった。

 唯一現状を理解しているであろう、審判役の教師だけが、二人を監視する別の空間で「あちゃぁ~~~………っ」っと、額に手を当てて呆れていた。

 イマジンは万能の力だ。だが、それは万能すぎるとも言える。とても初心者が使いこなせるような代物ではないし、簡単に託せる物でもない。だから学園側は、イマジンの万能さに制限を設けている。それが『能力』っと言う名の範囲制限だ。

 学園入学の際、誰もが夢の力であるイマジンを使い、あらゆる能力を想像し、試験に挑んだことだろう。だが、入学案内にも注意書きがされているにも拘らず、イマジンの万能さに目がくらみ、失念してしまう生徒は、未だに後を絶たない。

 

 それが『能力制限内有効能力設定』である。

 

 端的に言えば設定ミスだ。

 単なる設定ミスなら、イマジンが辻褄合わせを図るため、粒子自体が意思を持っているかのように働くのだが、どうしても無視できない制限が存在する。

 それは例えば『能力と派生能力の関連性無視』『刻印名逸脱能力の習得』そして今起きているFailure(不成立)が『発動スキルの能力原不明』である。

 イマジネーターの能力は『能力』単体で発動させることはできない。『能力』は言わば家庭電源であり、コンセントだ。そして電化製品が能力技能(スキル)コンセント(能力)にプラグを刺すことで、それぞれの電化製品(スキル)が使えるようになると言う仕組みだ。

 だが、これが厄介なことに、所有する能力、派生能力はそれぞれ全てが電力(ワット数)が違うため、どんな電化製品でも対応できると言うわけではない。

 海外旅行に行ったことのある者なら経験はないだろうか? もしくは話くらいなら聞いたことがあるかもしれない。日本のドライヤーを持って行き、外国のホテルで使用ししたらブレイカーが突然落ちたという話だ。あれは外国と日本では、共通する電力(ワット数)が違うためオーバーヒートを起こさないようブレイカー(安全装置)が発動して起きる現象だ。

 いわば、今の歌音はそれと同じ状況にある。

 彼女の設定した技能(スキル)『夢色の金』はその設定上、発動不可能な物ではない。だから彼女は発動しようとするところまではできた。ただ、足りなかったのだ。この技能は設定上、能力『蓄積』か、派生能力『解放』、どちらの物として扱うべきなのかが設定されていなかった。

 コンセントは用意されていた。電力(ワット数)に対応できる電化製品でもあった。だが、肝心のプラグが存在しない。コードが切れたドライヤーと同じ、壊れていないのに電力を供給できず、使用することができないのだ。

 さらに厄介なことに、歌音のこの技能は『能力』と『派生能力』、設定上はどちらでも発動可能と言う、イマジンの辻褄合わせの際に、迷わされる設定であったのもエラーの原因だった。どちらの能力でも使える技能設定でありながら、どちらの能力とも明記されていない。辻褄を合わせようとするイマジンも、これには首を傾げるしかない。「どちらでも良いのに()()()()()|設定していな意図はなんだ?」多種多様の設定が存在するイマジネーターに合わせようとするイマジンは、こう言うどっち付かずの設定に対し、「何か意味があるのでは?」と深読みし、下手に弄るような事を避けてしまう。結果手つかず状態となり、不成立状態のまま放置された能力は、学園の制限によって、不測の事態を避けるために消滅するようにプログラムされていると言うわけだ。

 そうとは知らない歌音は、何故能力が発動できないのかと焦ってしまい、何度も発動しない能力を連射してしまう。ただでさえ異常な空腹で頭が回らない所に不測の事態が起きたのだ、もはや彼女に冷静な判断などできるはずもない。

 この光景を見ていた教師は、苦笑いを浮かべながら、後でちゃんと教えてやらなければと、軽く肩を揺らした。

 そして、同じく何が起きているのかさっぱりのクライドは―――、

「………」

 ぐしゃりっ! っと、容赦無く歌音の背中を踏みつけた。

「んぶぅ~~~~~~っっ!?」

 肥大化した喉の脂肪の所為で上手く声を上げられない歌音が、何か悲鳴めいた呻き声で抗議するが、クライドはニッコリと笑顔を浮かべ―――、

「すみません。何か異常が起きていらっしゃるみたいですが、これ一応試合なので決着をつけさせてもらいますね? っとは言え、私には攻撃系の能力がありませんので、我ながら趣味が悪いとは思いますが、足で蹴ってポイント稼がせてもらいますね? ああ、ご心配なく。さすがに可哀想なので、軽く踏みつける程度で地道にポイント稼がせてもらいますから♪」

(それってつまり、一番踏みつける回数が多い手段ってことじゃないの~~~~っっ!?)

 残念ながら歌音の悲鳴は、誰にも届くことはなく、クライドが50ポイントを獲得するまで延々と続けられた。

 

 

 赤いカチューシャを付けた、黒髪黒目の齢八歳の少女、原染(はらぞめ)キキは『超再生』の能力『自然治癒』は異常なほどの再生能力を持つ。例え腕の骨を複雑に折られたとしても、三分もあれば 完治してしまうほどの回復能力だ。緋浪(ひなみ)陽頼(ひより)ほど常識外れではなしジーク東郷のような不滅の肉体でもないが、一撃必殺でないのなら、ほぼ確実に生還することのできる強力な回復能力だと言えよう。更に刻印名を持つ彼女の回復能力は、例え呪い系の能力であったとしても“回復しない”などと言う現象は起きえなかったことだろう。

「も、もう降参………っ! ひっく………っ! もう帰りたいよぅ~~~………っ!!」

 だが、キキは地面にへたり込み、今は失われた再生中の左腕を庇って、年相応の子供のように泣き叫んでいた。

 そんな彼女を見下ろすは、腰ほどにまで伸びる銀の髪を揺らす獣の瞳を持つ少女。身長は小柄で、150㎝ほどだが、比較対象がキキしかいないため、それでも大きく見えてしまう。頭頂部には三角形に飛び出た犬耳が存在し、お尻には、獣の尻尾が揺れている。

 ユノ・H・サッバーハ、異世界出身の亜人の少女だで。現代でこそ、異世界人と言うのは、存在自体はよく知られるようになっているが、イマジンによる異世界間の交流門、ゲートの類がある場所近辺までしか自由が許されていないため、現在でもギガフロートで以外は滅多に見ることのできない存在だ。

 ユノは二本のナイフを両手に持ち、座り込んでしまったキキを見下ろし、僅かに微笑んだ。

 その笑みに、僅かな希望を抱きながらつられるように笑みを作るキキ。

 

 トスンッ。

 

「………ふえ?」

「ウチは元の世界で暗殺を家業にしてた。でも、たった一度のミスでこっちの世界に飛ばされてしまった。だから………」

 ユノは、あまりにも自然な動作で危機の胸に突き刺していたナイフを、静かに抜き取ると、油断のない瞳で吹き上がる鮮血を観察し続ける。

「だから、勝つまでもう、油断したりしない」

 心臓を貫かれ、致命傷を受けたキキは、その場にゆっくりと倒れ伏すとピクリとも動かなくなった。

 やがてポイント獲得により、ユノが勝利したことを告げるアナウンスが告げられ、どこかの森の様だった世界は、ただの白い壁の世界へと戻り、僅かな静寂が過ぎ去る。

「ふ………、ふええぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~んっっっ!!!!」

 静寂は数分で打ち消され、少女の鳴き声が室内に響き渡る。ナイフの血を布で拭き取ったユノは、そのナイフを太腿に巻き付けたホルスターに仕舞い、鳴き声を上げる少女の頭を軽く撫でてあやし始める。

「はいはい、もう泣かないのキキちゃん? もう終わったから乱暴しないよ~~?」

「嘘だ~~~っっ!! 降参したのにトドメさしたもん~~~~っっ!!」

「不意打ちされる可能性もあったし?(てへぺろっ♪」

「そんな余裕なかったもん~~~~っっ!! うわあぁ~~~~~~んっっ!!! おうち帰りたいよぅ~~~~~っっ!!」

「お~~、よしよしっ、怖かったねぇ~~? もう大丈夫だよぅ~~? 授業が終わったら皆お友達だよぅ~~~?」

「ぐす………っ、本当に………?」

「ホントホント」

「もう怖いことしない………?」

「しないしない」

「また授業始まったら………?」

「………ふっ」←(暗殺者の微笑)

「やっぱりそうなんだぁ~~~~~~~~~~~~~っっっ!!? うわあぁ~~~~~~~んっっ!! やっぱり”いますく”怖いよぉ~~~~っっ!! おうち帰りたいよぉ~~~~~~~っっ!! お父さん、お母さん~~~~~~~っっ!!!」

 能力で完全回復したキキは、部屋を飛び出し「理々おねーちゃ~~~~~んっ!!」っと叫びながらルームメイトの加島(かしま)理々(りり)の元へと駆け出して行った。いくらイマジネーターと言えど未だ八歳の女の子、この学園の授業は十分にトラウマレベルの内容だったろう。

 子供丸出しで逃げていく背中を見送ったユノは、微笑ましそうに笑みを漏らした。

「いやはぁ~、あんまり可愛すぎてついつい、からかい過ぎちゃったなぁ~~? 後でちゃんと謝らないとねぇ~~」

 それにしても………、っとユノは試合内容を思い出して頭を掻く。

(あれだけ一方的に追い回して何度も殺したのに、一回も死なないとか………、ポイント制の試合じゃなかったら、どうやって倒せばよかったのか………?)

 身体を六十四のパーツに分解しても、頭部や心臓など、致命傷となる急所も何度となく傷つけた。それでもしばらくすれば彼女は起き上がってきてしまい、リタイヤシステムの発動する気配すら見せなかった。

(しかも心が折れて降伏しておきながら、殺した本人に頭撫でられても怯えて逃げ出したりしなかったし、………あの子、案外図太いじゃないのかな?)

 齢八歳の臆病者のイマジネーター。その実力はまだ実る前の果実の如く、予想が付かなかった。

 

 

 ナナセ・シュルム=カッツェは地面に倒れ伏し、荒野となった世界が白い部屋へと戻っていくのを見つめる。

 消えていく荒野は、嘗て荒野などではなかった。自分達の能力のぶつかり合いが生み出した結果が荒野となったのだ。だが………、っと、ナナセは歯を食いしばり、猫耳をピンッと立てる。

(ボクの力だけであの光景を作ったわけじゃないっ! それどころか、僕は殆ど防戦一方だった………っ!)

 彼女の能力は全イマジネーターで見ても数少ない稀有な才能を持っていたのだが、戦う相手が悪かった。実力が拮抗したのは最初だけ、後半になるにつれ、ナナセは相手の多彩な戦術に付いていくことが出来ず、ついに突き放されてしまった。

 真っ白に染まった空間の中で、勝者たる黒髪の少女が、魔王然とした笑みを称え悠然と立ちはだかっていた。

 身長はおよそ140cmと、小柄なユノよりも小さく、それこそ小学生と間違われてもおかしくない幼児体系。だが、纏っているゴスロリドレスに埃一つ付いていない姿は、圧倒的な実力をもって勝利した事実を如実に語り、異様な存在感を抱かせる黒野(くろの)詠子(えいこ)の姿があった。

「ふっ、この≪ブラックグリモワール≫を相手によくぞ戦い抜いた。貴様の颶風、中々の神秘であった。しかしっ! 我がグリモワールを前にあの程度の風、そよ風にも等しい! 次に(まみ)える時は、碧天を貫く程度にはその風を(ぎょ)すが良い。悠久の果てで、再び因果が交差する時にこそ、再び(まみ)えようぞ!」

 大仰な動作で腕を振り翳し、魔王然とした少女は、異界の亜人少女を睥睨(へいげい)する。

 同学年でありながら圧倒的な実力差を見せつけた少女に対し、畏怖にも似た感情を抱いたナナセは、その少女にとある人物を幻視した。それは嘗て、伝説上でしか語られず、彼女の世界で名をはせたとされる誇り高き、そして畏れ多き『魔王』の壁画、その人物とそっくりであった。

(この子は、もしかしてこの世界の“魔王”なの………っ!?)

 恐れ戦き、見開いた眼で見上げる詠子の姿に、ナナセは何事かを言いかけた時―――。

「それはそうと、カッツェはお前と違って怪我してんだから、ちゃんと治療してやれよ~~?」

 声をかけたのはアリエラ・マリエル女教師、銀の長髪、ぱっちりとした黄色の瞳に大人とは思えない童顔の持ち主。身長が僅か150㎝ほどしかないため、詠子と二人で並んでしまうと、この学園が初等部、良くて中等部なのではないかと勘違いしてしまいそうになる。実際、イマスクは若い分ならどんなに若くても入学可能だ(十八歳以上でも試験に合格できれば一応入学はできる。その前例がないだけ)。実はここにいる二人がナナセより年下だと言われたとしても、きっと彼女は信じてしまっていたことだろう。

「あ、はい。治療するからじっとしててね?」

「ん?」

 急に態度が一変した詠子に違和感を覚えるナナセ。そんな彼女の視線に気づいたのか、はっとした詠子は再び大仰な態度で片手で片目を隠しながら決めポーズを作って見せる。

「この私が直々に治療してやることをありがたく思うがいい! 我が手で治療されることは、ミューズの調べを聞くに等しいことジョ()!」

ジョ()?」

「だ、黙れっ! 私の治療はグリモワールにおける手荒な物! 闇の治療が凡庸な治癒魔法と同じように癒されるなどとは思わぬことだっ!!」

「いや、癒されなかったらそれもう治癒魔法じゃない………」

 ツッコミを受け、何やら不機嫌な顔になる詠子だが、治療行為自体はせっせと真面目に取り組まれた。

「………闇の治療どこ行った?」

「にゅあっ!?」

 

 何はともあれ、Dクラスの初日はこれで全て終了した。

 

 

 03

 

 

 東雲神威は三年生の初期試合を単独で受けるつもりだった。いくら最強の名を持つ彼女でも、三年生のレベルで単独突破は非常に困難な内容であったが、その方が非常に楽しめることもあって積極的にそうしようと心掛けていた。しかし、浅蔵(あさくら)幽璃(ゆうり)にしつこく勧誘され、友人の留依や、親友の刹奈にまで説得されては断る労力の方が大きくなると言うものだ。仕方なく付き合うことにした神威だったが、だからと言って『チーム(かんなぎ)』の言う通りに動く機など全くない。

 なので、彼女は何も考えずに真っすぐ歩き、適当に相手してくれる相手を探した。

「まあ、そんなことしてたら阿吾(あご)か、もしくはお前に当たるよなぁ? 選択し間違えたか? 『勇猛なる英雄(ブレイブヒーロー)』?」

 呼ばれた少年、剣岳(つるぎだけ)正義(まさよし)は、世紀末とも言える廃墟の中、腰かけていた瓦礫から立ち上がると、ビジネススーツの裾を翻す。腰に装着された 『勇猛なる英雄(ブレイブヒーロー)』の刻印名を持つ実力者だ。吹き付ける乾いた風に高いところでまとめ、尻尾のようになっている髪を揺らしながら、正義はベルトに片手を宛がう。

「常々、お前相手には負けたくないと思っていた。いい加減勝たせてもらうぞ?」

 細められた目で見据えられ、神威は寒気のようなものを一瞬だけ感じる。整った顔立ちの正義は、それだけでもクールな印象を与える。それが真剣になっていると余計にその印象が強く出る。

 神威は溜息を一つ付くと、腰に手を当て呆れかえる。

「私が“悪役ポジション”だからって、あまりしつこくされるのは好きじゃないんだ………」

「なら諦めろ。私がしつこいのは家業だ」

 冗談めかして呟いた正義は、次いで定番の文句を口にする。

「変身………ッ!!」

 正義のベルトが、命令に応えるかの如く光り輝き、彼の髪の色と同じく真っ白な鎧となって身を包む。

 彼の能力『英雄の装備(ヒーローズ・アームズ)』により作り出された身体能力を飛躍的に向上させる鎧『英雄の鎧』だ。

 戦闘準備が整った正義は、神威が「やれやれ」と言いたげに肩を竦めるのを確認してから瞬時に突撃、己の疾走こそが開戦の鐘と言わんばかりに拳を打ち放つ。

「『神佑(しんゆう)』」

 神威が一言呟いた瞬間、名を呼ばれた式神が、彼女の助けとなるべく姿を現す。人の体を二回りも大きくしたような巨大な熊が現れ、正義の拳を易々と受け止める。構わず連打を繰り出す正義だが、そのこと如くを『神佑』の名を持つ熊の式神は前足を器用に使い受けきってしまう。

「だああぁぁぁっ!!」

 それでも正義は連打を続け、一瞬の隙をついてフェイントを交えた一撃を放つ。あまりに愚直な力押しの連打に紛れ込ませた一撃は神佑の懐に命中し、その体を形成しているイマジン粒子の光を大量に噴出した。

「押さえろ」

 端的な神威の命令に神佑は素早く従う。前足を二本とも正義の肩に乗せると、超重量を誇る己の体重と、イマジネーターの筋力すら圧倒する怪力を要し動けないように押さえつける。

 正義は、視界の全てを神佑の巨体に覆われながらも、その奥で神威が手の平に新たなイマジネートを施していることに気づく。

「が………っ!!」

 悪態を吐く暇もなく、両足に渾身の力を込め、『強化再現』『瞬間爆発再現(インパクト)』を同時に発動、一瞬だけ得た一点集中強化の脚力で無理矢理跳躍、親友の前足を押しのけ、飛び上がる。

「『霊鳥』『矢鳴(やなり)』」

 刹那に神佑の腹部を背中から打ち抜く光の柱。悲鳴を上げて大量のイマジン粒子となって爆散させる神佑。神威が手の平から撃った光の鳥を模した式神、その形態変換が施された光の矢が、神佑諸共正義を撃ち抜こうとしたのだ。

 地面に着地した正義は、鎧の兜に覆われた奥の顔を歪める。

「相変わらず好きになれそうにない戦い方だ!」

 叫び、地面を蹴り飛ばしながら正義は次々と拳を打ち放っていく。

「別に死ぬわけでもあるまいっ! 『鷹狩(たかがり)』!」

 言葉に対しても応戦し、神威は鷹の爪を模した式神を両手に召喚し、正義の拳と打ち合わせる。拳と爪が激突する度に半透明な鷹の羽が飛び散り、それはすぐに粒子片となって消えていく。

 三十、四十、六十! 凄まじい交差が繰り返され、しかしどちらも一歩も引かない。拮抗した力のバランスを崩したのは正義だ。打ち出した拳をわざと側面にずらし、相手の外側に弾かれる。その勢いのまますり抜け神威の背後へと滑り込む。振返る勢いを利用し上段蹴りを放つ。神威は反応が遅れ振り返りざまに防御しようと手を伸ばすが、間に合わない。命中する確信を得た正義だったが、『直感再現』が働き、瞬時に蹴りの軌道を調整。蹴りが神威を外すと同時、全く同タイミングで横合いから飛来してきた透明な刃が二人の間を通り過ぎる。

 空ぶった蹴りの勢いで態勢を崩してしまいながらも軸足で地面を蹴って後退。なんとか臨戦態勢を整える。

「封印式『絶刀(ぜっとう)』………だったかな? そいつに刺されたらどんな概念だろうと能力だろうと強制的に封印される。そればっかりは受けるわけにはいかないな」

「そうか、なら精々遠くで逃げ回っていろ」

 軽く、神威が手を横に薙ぐ。まるで目の前にいる知り合いを横にどかすような緩やかな動作。その所作に合わせて出現したのは先ほどの透明な刃の式神『絶刀』。ただし、先程の物より圧倒的に大きい。神威の背丈程もある太く厚い(ダイヤ)型の刃が八つ、神威の周囲を守るように配置される。

「『絶刀』『防衛陣』」

 厳かに告げる神威に対し、苦虫を噛み潰したい心境に陥る正義。神威の周囲を走りながら『英雄の装備(ヒーローズ・アームズ)』を発動。

「『英雄の武器』!」

 声に出して技能を発動。手に作り出したレーザーガンの引き金を引き、次々と神威にレーザーを照射する。

 神威は視線だけ正義に合わせつつ体は下手に動かさない。代わりに回転するように動く八本の絶刀が、次々とレーザーを打ち払ってしまう。

 下級生であるならここはしばらく様子見で撃ち合いになるような状況だ。しかし、上級生はこの程度で様子見などしない。いや、意味がない。なにしろ相手はこの二年間、何度となく、数え切れないほどに争ってきた相手だ。能力は殆ど承知しているし、次に相手がどう動くかなど殆ど全て予想できている。

 だから、神威は状況が膠着する前に先手を打つ。

「『絶刀』『打金(うちがね)』」

 新たな『絶刀』を複数召喚、それらをまた形態変化を行い、長細いニードル状に形を変換する。それを右手に巻き付けるように配置、右手を銃身代わりに狙いを定めつつ、左手を添えて右手がぶれないように支える。手の平を上向きに、デコピンでもするように中指を弾くアクションで絶刀(ニードル)を発射していく。

 デコピンのアクションで打ち出すなどと表現したが、発射される絶刀(ニードル)の数は秒間約百発。マシンガンを圧倒的に超え、もはやレーザーガンと変わりない。そのくせ発射の際に衝撃がなく、使用者の腕も半端じゃない。正確無比のスナイパーの腕でガトリングガンを使用するかの如く、圧倒的な波状攻撃を敢行する。

 だが、正義もそれに後れを取らない。『英雄の装備(ヒーローズ・アームズ)』に『英雄の武器』を発動し、足にブースト、両腕に盾、空いている片手には剣を、胸部や腹部、両脇脇には装着型のミサイルランチャーなどを次々と作り出し、デフォルト装備の腰の翼を使い飛行、三次元移動を縦横無尽に駆け巡り、絶刀の刃を躱し、時にはミサイルなどで撃ち落としていく。

 腰や背部に新たな加速器を追加しながら、速度を上げ、マニューバを精密にしていく、さすがに躱しきれない攻撃が大量に存在する。そのたびに剣や盾で受け止めるが、『絶刀』本来の『封印』の効果が働き、接触した装備は次々と封印され、無理矢理剥がされてしまう。そのたびに新たな武器を作り出し、正義は一気に神威との距離を詰めていく。

「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」

 残り距離五メートルと言うところまで入った正義は一気に速度を上げ突撃していく。

 神威も対応が遅れると判断し、絶刀を打ち出すのを止め、防衛に使っていた八つの絶刀を正面に配置する。

 雄叫びを上げたまま突撃する正義。『英雄の武器』で作り出せる武器の中でも神話級の物を惜しみなく十六個呼び出し、その全てを絶刀にぶつける。絶刀はその特性に従い、ぶつけられた武器を封印するために効果が働き、神話級武装を十六個すべて飲み込む。途端に透明だった絶刀の色が目で捉えられるほどに色づく。変わらず透明ではあるがその透過が減少し、濁って見えるのだ。これは絶刀が封印できる許容量に達したことの証だ。

「だああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」

 迷わず地面に踏み込み、地を蹴って更に加速。追加された勢いを乗せた拳が八つの絶刀を吹き飛ばす。

「『玄亀(くろがめ)』」

 神威も瞬時に対応する。僅か二メートルの距離で一秒とも満たない刹那の中で、二人の攻防が次々と繰り広げられている。

 双蛇の尾を持つ亀の式神が現れ、手足を甲羅の中に閉まった状態で地面に壁の如く突き刺さる。

 正義は打ち出した拳が甲羅の壁に激突する前に刃を持つ鉄鋼を装着。拳の延長線上に伸びる刃の切っ先が甲羅に突き立つ。

 瞬時に神威が式神の耐久力に『強化再現』を施す。

 させまいと正義は『瞬間爆発再現(インパクト)』を発動し、全パワーを一点に向けて解き放つ。刃は甲羅の壁を打ち破り、神威の顔の横を通り過ぎる。

 目を見開く刹那を経て、神威は『鷹狩』を呼び出しながら残り一メートルの距離を自ら詰める。

 正義も『玄亀』と刃の付いた鉄鋼をイマジン粒子へと爆散させ、拳を打ち出す。

 ガツンッ!! クロスカウンター気味に互いに激突。しかし、正義の拳は神威の逆の手で受け止められで、その体は『鷹狩』の巨大な爪が食い込み完全に掴まってしまう。元々『鷹狩』は攻撃的捕獲用の式神なのだ。一度掴まればそう簡単には外すことができない。だが―――、

 

 ドゴオォォォンッ!!!

 

 刹那に放たれた砲撃。

 神威はギリギリで『鷹狩』を外して躱した。

 正義の腹部装甲が別の物に変わっていて、ビーム砲のような物を発射できるようになっていたらしい。そこから放たれた光線は一撃で周囲のビル群を吹き飛ばし、遠くの山まで削り取ってなお空の彼方に消え去っていった。

 光線の余波に煽られ僅かにバランスを崩した神威に向けて正義の渾身の拳が放たれる。

 拳は深く神威の腹部に突き刺さり、防御に使っていたイマジネートが砕け散る音が幾つも鳴り響く。拳が柔らかい肉の感触を捉え、本当の意味で一撃が入ったことを確信させる。

「『(さい)』………っ!」

 メシャリ………ッ! っと、犀型の式神を足に装備した神威の膝が、正義の側頭部に食い込む。

 拳が勢いを殺すことなく深くめり込んでいく最中に、神威はカウンター気味に膝を打ち放ち、更にその速度を超えて正義を押しのける。『英雄の装備(ヒーローズ・アームズ)』の兜が砕け、頭蓋にめり込む式神武装に覆われた膝。そのまま足を跳ね上げながら横薙ぎに蹴り払う神威。吹き飛ばされた正義の体がビルを貫通していき、複数のビルを倒壊させていく。

「ぐ………っ! がふ………っ!」

 お腹を片手で抑え、神威は咳き込む。内臓深くまで貫かれた痛みで血が裏返り口の中を溢れる。咳と共に吐き出しつつ、巫女服の袖で口の端に残った血を拭う。

「やれやれ、雑な殺し方をしてしまった………」

 打ち勝ったのは神威の方だと言うのに、その表情はむしろ苦渋に満ちたものとなっていた。その理由はすぐに明らかになった。

 倒壊したビルの一つが爆発し、そこから鎧を身に纏った正義が再び姿を現したのだ。ただし、その鎧は白から深紅へと染まり、まるでフェニックスを思わせるデザインへと変わっていた。

「『英雄の復活』っとか言うのだったか? 派生能力『英雄の心得(ブレイブハート)』の力だったな? まったく、鎧着用状態である限り何度死んでも復活できる上に回数制限がないとは、実に厄介だな」

 僅かに瞳の奥から喜びの感情が沸き上がり始めながら、神威は溜息を吐いて呆れた風を装う。

「だが、何よりも厄介なのは―――」

 言いかけた神威は、瞬時に横合いへと飛び退く。まるでその後を追うかの如く、急接近していた正義の拳が通り抜ける。

 『砕』の脚で蹴りを放つが、全く速度が間に合っておらず、圧倒言う間に背後に回られ、逆に足刀を袈裟懸けに叩きこまれ、血飛沫が舞う。

 苦悶の表情を浮かべる神威に、正義の拳が放たれる。すかさず巨大な『絶刀』を壁の如く配置するがお構いなしに叩きこまれる。『否定再現』を付与した拳が式神を打ち抜き、神威の胸部を襲う。交差させた神威の腕が阻むものの、確実に骨が折れる()()()()感触を捉えた。

 その威力を利用して後方に飛び退く神威。足が地面に付く動作を利用し、新たな式神を呼ぶ。

「『虎嵐(こらん)』!!」

「バオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」

 虎の形を象った式神が現れ、神威を中心に大嵐を呼ぶ。更には雄叫びのように轟音を鳴らす轟雷を風に纏わせ近づく物全てを砕き伏せようとする。『虎嵐』は元々虎の形をしているだけの雷嵐の式神。本気を出せば一国を破壊できるほどの権能を有している。

 だが、正義は止まらない。地面を蹴り、フェニックスの如く舞い上がり、獲物を借るが如く神威に向けて飛翔。空気の壁をぶち抜き、無音の世界に入った勢いをそのままに放たれる飛び蹴りは、嵐の権能をいとも容易く突破。その中心にいる神威の胸を真っすぐ貫いた。

「―――厄介なのは、復活する度に際限なく強くなることだな」

 がっしりと、首を掴まれた正義は、そこで初めて神威が自分の正面にいることに気づく。正義の視線が正面の神威を捉え、次に自分が蹴り抜いた神威を捉え、その奥で光り輝いている孔雀の存在を捉えた。

「『虎嵐』は防御のためでも時間稼ぎのためでもない。『七色(なないろ)』の幻光を隠すための物だ」

 孔雀型の式神『七色』。広げられた翼から放たれる光を目にしてしまうと強制的に幻術を掛けられる、使いどころ次第では強力な式神だ。そう、例えばこうしたタイミングで自身の幻影など作られれば、目測を誤り大ピンチに陥ってしまうほどに。

「悉く滅ぼせ『麒麟』っ!!!」

 叫び、首を掴んだ手から直接召喚したのは馬の姿にも似たオレンジ色に輝く毛並みを持つ神獣。その名の通り、雷と炎を操る四聖獣の中央を司る神格を有する式神、『麒麟』だ。

 轟炎と轟雷。物理法則上は絶対に両立しえない二つのエネルギーは、まるで物理法則の方をこそ破壊せんと言う勢いで膨れ上がり、フェニックスを象る正義の鎧を粉砕していく。

「はああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーー………っっっ!!!!」

「ぐっ、おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーっっっ!!!!」

 制限無く強化復活を繰り返す正義を倒す方法はただ一つ、鎧事粉砕することだ。麒麟の炎雷曝され、既に正義は何度となく死の淵に叩き込まれていた。それでも『英雄の復活』の効果で何度となく復活を繰り返し、炎雷の権能に堪え続けていた。強力な権能に鎧は次々と砕けていく。だが、僅かでも鎧としての特性を残せる部分がある限り、復活の効果は消えない。これは神威が鎧を粉砕しきれるかどうかの賭けだった。

 神威はどんどんイマジンを注ぎ込み、イメージを追加し、思いつく限りのあらゆるイマジネートを叩き込んで正義の鎧を粉砕しようとする。

 正義もそれをさせまいと防御態勢を取りつつ、同じだけイマジネートを叩き返す。

 やがて空間の許容量が限界を超え、飽和状態となったエネルギーが大爆発を起こした。廃墟となっていた一都市を跡形もなく粉砕していき、爆発が収まった後には巨大隕石でも落下したのではないかと言うほどの巨大なクレーターしか残らなかった。核爆弾が爆発したところでこれ程の傷跡を残すことはできないだろう。まして、そこに廃墟となった都市が存在したなどと、もはや歴史上に残る事さえない。これが仮想の世界である事がむしろ安心を覚えるほどだ。

()つ………、『呪樹(じゅじゅ)』、ついさっきで悪いが、また回復しておいてくれるか?」

 焼け爛れた地面がマグマとなって赤く燃え上がる中、『浮力再現』と『拒絶再現』を同時に発動することで火傷を防いでいた神威は、頭に小さな木を生やした幼女の姿をした式神『呪樹』を呼び出す。彼女は植物の蔦となっている緑色の髪の毛を伸ばし、神威の体に巻き付ける。その()を通して傷を吸収し、代わりに自分の頭に生えている木の葉を枯らせることで治療する。

 式神『呪樹』は、ダメージや呪いを吸収し、代わりに請け負ってくれる植物の式神なのだ。正義拳で折られた両腕も、これで治したのだ。

「さて………、これはさすがに………、どうしたものかなぁ~?」

 治療を終えた神威は、立ち上がると腕組をし、正面の相手を見据え唸り声を漏らす。しかし、その瞳の奥には抑えきれないほどの喜悦が滲み出ている。

 焼け爛れ、オレンジ色に輝く大地を踏み荒らし、何の防御手段も使用していない剣岳(つるぎだけ)正義(まさよし)が悠然とこちらに向けて歩み寄っている。

「まだ一日目の初戦だっていうのに………、やれやれ素で『神霊クラス』まで行ったのか?」

「ああ、今の俺なら拳で神様と殴り合えるぞ」

 どれだけだ。っと、声に出さずに引き攣った笑みで肩を竦める。

 

 次の瞬間には既に正義の拳が正面にあった。

 

「不意打ちはしない。だから答えは解っているが問いかけるよ。降伏する気はないか?」

「『健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)』!」

 返答に使ったのは新たな式神。神威の全身を蒼い炎が纏い、巨大な甲冑に似た腕が二つ出現。右腕には巨大な剣が握られている。神威の纏う形で使用できる武装系式神、それが『健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)』だ。この式神もまた神格を有するのだが―――、

 

 ドゴガンッ!!!

 

 まったく反応できなかった神威の腹部を強烈な拳が打ち抜き、遥か後方へと吹き飛ばされる。反応するより早く、追いついた正義が次々と神威の全身に向けて四方八方から打撃を撃ち込んでいく。そのたびに神威の体は面白いように跳ね上がり、冗談のように空間を行ったり来たりと飛ばされていく。今自分がどのあたりの空間を飛び跳ねているのかも理解できなくなるほどに弄ばれ、神威の口の端が笑みの形に吊り上がっていく。

 トドメと言わんばかりに地面に叩きつけられ、地下深くにまで押し込まれてしまう。『健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)』を全力で防御に限定して『神格完全開放』を行っていたからこそ無事だったが、さすがに体中から打ち身のような痛みを感じる。

 さて地中深く潜ったこの体をどうしたものかと考える暇もなく、世界が深紅に彩られ、刹那の内に高熱の爆発に包まれた。

 爆破が止み、『健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)』を貫通してきたダメージによろめきながら、神威は上空に悠然と浮かぶ正義を見据える。

「おいこらっ、イマジン質量を撃つだけで攻撃になるってなんだそれは………」

 イマジンを集めて放つ。正義がやったのはそれだけのことだ。本来それはイマジンを吹き付けられるだけなので痛くもかゆくもない。むしろイマジンを供給しただけとも言える。だが、今の正義はどうやらその程度では収まらない領域に達しているらしい。理屈を無視して攻撃の意思在る物は全て攻撃へと変換される。正義はそれができてしまえる領域にあるらしい。

「まあ、だから健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)先手(、、)にしたんだがな………」

 呟き、すぐさま神威は能力を発動する。

「『サマイクル』時間を稼げ」

「我が主の仰せのままに」

 神威の命令で出現したのはイマジン体だ。それも設定が深く掘り下げられている自立型であり、アイヌの英雄神『サマイクルカムイ』の名を持つ、歴戦の戦士を思わせる青年。

 それに気づいた正義は危機感を感じ瞬時に飛び出す。だが、それを『神格完全開放』を施したサマイクルが抜き放った剣で妨げる。その隙に神威は『健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)』を再び防御に全開しつつ、新たな術式(イマジネート)を組み上げる。

朔夜(さくや)の神子たる 東雲の媛巫女が 願い奉る」

 厳かに告げられる力を持った言霊。それの意味を知るからこそ、正義は必死に阻止しようとする。しかし、それをサマイクルが自身の身を盾にしてでも妨げ、なんとかそれを抜けても『健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)』がバリアの役目を働かせ、神威に触れさせない。

「月光一輪 暗雲冬雪(とうせつ)  風穴(ふうけつ)の加護を持ちて 我を禍く貶め給え」

 正義がアマイクルと『健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)』を打ち破った時、既に神威は術式を完成させ新たな段階へと入っていた。もはや間に合わないと悟った正義は足を止め、代わりに己を最後の切り札を切る覚悟をする。

 地より沸き上がった禍々しい黒き風が神威を包む。その風はやがて形を成し、靄のように神威の体に纏わりつく。神威の装いが黒い着物へと変わり、荘厳にして禍々しき神を彷彿とさせる装いへと変貌した。心無し僅かに成長しているらしく、露出の少ない和服でも体の凹凸がはっきりし、何もしていないのに艶めかしい魅力を感じさせる。しかし、それは決して魅力などと言える代物ではなかった。その艶めかしさには毒々しい花の美しさと同義だ。その花に触れれば一瞬で死に絶え、決してその美しさの神髄を知ることは叶わない。それほどに危険な妖艶さが漂っている。

巫覡(ふげき)禍津日神(まがつひのかみ)

 神威の切り札の一つ、神を直接己へと降ろす、巫女にだけ許された秘術、神憑(かみがか)りである。

「これを相手にするのは、私は初めてだよ。その状態の君と戦った誰もが口を揃えて言ってることがあるらしいな。………私は、さてどうなるかな?」

 さすがの正義も過去にここまで強くなるほど死と蘇生を繰り返したことはなかった。おそらく今は、過去最大クラスの強化が行われているはずだ。

 もしここで、己の切り札を切ったら、どうなってしまうのか? 僅かな恐怖と期待が逡巡の間を作り―――その時間を()()()()()()()と言う事に気づき、躊躇いを振り払った。

「………わざわざ待ってもらっておいて、ここで引いたら男じゃないな。でもな私は負けるわけにはいかないんだ。これで決着をつけさせてもらう! 完全開放っ!!」

 正勝がキーワードを口にした瞬間、鎧がスライドし、生まれた隙間から炎の如くオーラが噴き出す。それは今まで彼が受けてきたダメージの全てであり、それをエネルギーに変換したものだ。正義の切り札『英雄の心得(ブレイブハート)』の技能(スキル)『英雄の本領』。その効果は、受けたダメージの全てを自身のステータス向上に変換、更に能力の効果を倍増させる。破格のパワーアップだ。

 もちろんリスクもある。この技能(スキル)を発動していられるのは僅か三分間であり、それを過ぎると鎧は強制解除され、自分が受けているダメージが倍の状態になって返ってくる正に諸刃の剣だ。それでも正義は今更後悔はしない。そもそも現状神威に本気を出させ、これを使わずにいれば、間違いなく鎧事まとめて殺されることは避けられないのだから。

 燃え上がるが如き深紅に輝く正義からは神格保持者が発揮することの許された権能の輝きを全身から放っていた。神威の闇が危険な妖艶さなら、正義の輝きは希望に満ち溢れた威光そのものだ。誰もがその光に憧れ、その光に勇気をもらう。奪う事しかできない神威の闇を打ち消す、希望の光だ。

「行くぞ神威。私の(希望)をもって、お前の(絶望)を打ち破る」

 静かに、しかし力強く告げられた言葉に、神威は妖艶な冷笑を浮かべつつ、やはり瞳の奥に無邪気な喜びをチラつかせる。

 一瞬の静寂。

 互いに息を合わせる間をもって―――、空間がはじけ飛んだ。

 互いに蹴ったのは地ではない。イマジンによる再現でもなく、己が有した神格をもって、全く別次元の方法で『移動』している。浮けることも飛べることも当たり前、ならば移動する際に物理法則を無視するくらいなど容易いことであった。

 互いに正面から常闇と深紅の輝きをもってぶつかり、強烈なエネルギーの反発が衝撃となって吹き荒れる。しかし、明らかに今まで以上の火力を持つエネルギーなのに、周囲に与える影響は、むしろ少なくなっている。理由は簡単だ。今までは世界の力を移動させて衝撃をぶつけ合っていた。故に耐え切れなくなった周囲の空間は爆発し続けていた。だが今は、世界の法則を己の権能によって捻じ曲げて使用している。海の上で大津波が起きても大した被害が起きないように、起きている災害そのものが世界の一つとして同化しているのだ。周囲に飛び散る衝撃波は無駄なく使用され、被害も最小に抑えられていると言う事だ。

 だが、その対象として向けられている相手は完全に例外である。今まで起こしてきた壮絶な火力が無駄なく一人に向けて直接叩き込まれているのだ。普通の人間であれば一瞬で蒸発し、その脅威の片鱗を感じる事さえできないだろう。

 それほどの高密度の権能を向け合い、二人は壮絶な空中戦を演じ続けていた。

 神威が常闇を爪にして振り翳せば、正義も深紅の光輝を纏った拳で対抗する。互いに爪と拳を撃ち合い、空間を飛び回り隙を伺い、時には力勝負を挑み、それでも完全に実力は拮抗する。

 正義のタイムリミット三分間。今までこの三分間がとても口惜しかった。かつて戦った多くの強者の殆どが、この三分間のタイムリミットによって敗北してきた。この三分間を短いと感じた事が何度あったことか………。

 だが、今は違う。未だ一分もたっていないと言うのに、既に一時間は戦ったのではないかと言うほど長く濃密な戦闘を演じている。これなら今までのような時間切れには陥らない。この三分間に、全てを費やすことができる。

 自分が生まれ育った孤児院を思い出す。虐めを受け、生きる希望を失っていた彼らの希望となるため今まで頑張ってきたことを思い出す。

(見ててくれ皆………! デカい試合じゃないのは残念だが、私は今、本物の希望となるっ!!)

 我武者羅に繰り出す拳の連打。それを迎え撃つ常闇の爪を押し退け、僅かずつ正義が肉薄する。

「ぐおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!!!」

 全身全霊を振り絞る雄叫びを上げ、正義の拳がついに常闇の爪を撃ち抜いた。拳は神威の顔の横を通り過ぎる。続いて放つ拳は爪に受け止められるが、更に続く拳は爪を弾き飛ばし、その次に続く拳は爪に防御の形を取らせた。攻撃の打ち合いで防御に回ればもうお終いだ。連射速度で勝った正義の拳が次々と叩き込まれ、次第に神威は防戦一方になっていく。しかし防御に徹すればそれは綻び始め、隙間ができ始める。その僅かな隙間目掛け、正義の拳が寸分違わず突き刺さる。

 

 ザクンッ!!

 

 まるで果実にフォークを突き立てたような感触が拳に伝わる。神威の表情が明らかに苦悶の物へと変わり体が折れる。神格を宿しているが故に、見た目通りの強度と言うわけではないだろう。だが、神格を宿しているのは自分も同じ、そして攻撃は確かに効いている!

 その好機を逃すことなく次なる拳を打ち付けようとした正義。っと、そこで異変に気付く。突き刺した拳が引き抜けない。よく見れば神威の腕がありえない怪力を発揮し、正義の腕を掴んでいる。神格の輝きを宿した籠手は、神威の握力に屈して罅が入り、細い指が食い込んでいた。

 常闇の爪が伸びる。

 もう片方の拳で迎撃する。そのまま肘を落として神威の頭部を叩き伏せる。

 僅かに腕の力が緩んだすきを逃さず拳を引き抜く。掴まれていた籠手を砕かれながらも脱出成功。鎧は神格の輝きによって瞬時に修復される。

 常闇の爪が複数伸び、正義の体を鎧事削っていく。

 連射速度で劣るなら数で圧倒するつもりらしい。

 ならば自分は究極の一をもって貫くまで!

 突貫する正義。常闇の爪が次々と体を引き裂いていくが、致命傷の身を避け、体当たりするつもりで突撃する。

 一入(ひとしお)巨大な常闇の爪が行く手を阻む。

「阻まれるものかぁーーーーーーっっっっ!!!!」

 深紅の光輝を炎の如く燃え上がらせ、構わず突撃。僅かな拮抗をもって闇と光輝が相殺。しかし、正義の勢いは止まらない。

 ガツンッ! 兜に覆われた正義の頭と神威の頭がぶつかり合う。正義の兜が砕けるほどの衝撃に、さすがの神威もよろめいた。この大きな隙が、決め手となる。

 炎と見紛う光輝を放ち、それを神威の周囲に円状に取り囲む。円状に配置された光輝の輝きが神威の闇を払いのけ、彼女の動きを制限する。

 一度飛び退いた正義は自信に残された全ての光輝を魂の底から絞り出し、右手一本に集中する。

 未だ動けず悶える神威目掛け、正真正銘全てを注ぎ込んだ最強の一撃を手に突撃する。

 全身の光輝が炎となって燃え広がり、まるでフェニックスの様相を(かたど)り、圧縮された光輝の一撃をお見舞いした。

 本来音を発することのない光のエネルギーの衝撃は、その凄まじすぎる衝撃に空気が押し退けられ世界を揺るがすほどの爆音となって鳴り響く。

 吹き荒れる光は、まるで第二の太陽と見紛う威光の輝きであった。

 光が収まり、静寂が訪れる。

 光が消えた先では、ぐったりとした神威が正義に胸を叩かれた状態のまま制止している。

 あれだけ吹き上がっていた闇はどこにもなく、神威からは闇の気配を僅かにも感じない。

(や、やった………! 私が、神威を―――最強の一角を倒した………っ!?)

 期待が胸を突き、しかし油断はせず、ゆっくりと拳を引いて確認しようとした時だ。

「終わりか?」

 腕が捕まれ、何の気なしに問いかけがぶつけられた。

 戦慄しながらも正順はもう片方の拳を神威に向かってぶつける。全て出し尽くした光輝の輝きもすでに回復している。ほぼ全力と言える一撃が神威の顔面に激突する。が、手応えがない。まるで熱い鉄板を叩いたかのような硬い感触だ。

 一体何が起こったのかと拳をどけて見た物は、黒い板のような物だった。それが正義の拳を阻み、攻撃を無効化した。

「これは………っ! 闇を圧縮したものかっ!?」

「御明察。お前の全力と私の全力。綺麗に相殺させてもらったぞ」

 先ほどの一撃もどうやらこれで防がれていたらしい。動きを封じられたあの一瞬、神威は瞬時に考えたのだ。力自体は拮抗しているのなら、攻撃が当たる個所を完全に予測し、その一点に全ての力を集中すれば、完全に攻撃を相殺できるはずだと。そしてそれは完全にはまった。正義の渾身の一撃は封殺されてしまった。

(いやっ! まだだっ! まだ一分残っているっ!!)

 残りの時間を費やせば、もう一度逆転の一手を取れるはずだ! 己を鼓舞し、正義は神威の手から逃れようとし―――、突然神威がゆるりとした動作で抱き着いてきた。

 思考が追い付かなかった。行動の意味が理解できなかったのそうだが、神格化している自分が、この状況にすぐさま対処できない異常にも理解が及ばなかった。

 首に軽く手を回した神威は、とてもつまらなさそうな表情を正義の至近まで近づけ、ぽそりと忠告してきた。

「お前はまだ、神々の戦いに慣れていない」

 その一言で全てを理解した。神威は今、『禍津日神』の権能を使っている。その権能が何かまでは解らない。解らないがそれが権能なら対処はできる。自分も内側に向けて光輝を高めれば打ち消すことができるはずだ。

 だがもう遅い。圧倒的に遅い。さっきとは逆の状態だ。神威をよろめかせて大きな隙を作り、それが致命的な隙になったように、今度は自分が致命的な隙を作ってしまった。

 常闇の爪が神威の背より無数に伸び、正義の事を握りつぶすように殺到した。爪は球体となり、正義を封じる。暗闇の中、神威の権能から解かれた正義が慌てて光輝を高めるが闇を払い切ることができない。それより早く、神威が徐に翳した手から、冷たく黒い、禍々しい風が吹き抜ける。

「『八十禍津(やどまがつ)』」

 

 パンッ!!

 

 弾け飛んだ。自分の体が、肉が、血管が、内臓が、風が触れた瞬間、鎧を一切傷つけることなく、肉体のみを風船が破裂するように弾き飛ばされた。

 鎧の中が自分の血で溢れかえり、息をするのも辛い。視界も真っ赤に閉まってしまい、身体を動かせば鎧に溜まった血がたぽたぽと揺れる感触が全身で解る。気が遠くなりそうになるのを必死に堪え、神格を内より高め、瞬時に傷を癒す。だが、痛みが引かない。身体が弾け飛ぶと言う異様な感触が体から引いてくれない。それどころか魂その物か傷ついたかのように気力がそがれていく。一体自分はどうしたと言うのか?

 その疑問はすぐに思い至った。何しろ自分はこれに似たことを何度も経験しているのだから。

 自分は今、死んだのだ。強制的に殺されたのだ。彼女が放った風は触れた者を強制的に死に追い遣る権能だったのだろう。だから死の概念を持たない鎧は無傷で、自分の肉体だけがはじけ飛んだのだ。ただ死ぬのではなく、身体が弾けたのは、神格を保持していたため、その効果に抗おうとした結果だったのかもしれない。それでもおそらく数十回はまともに死んだと見てもおかしくない。それほどの衝撃が体感で解る。解るほどに鮮明な感触が全身を、魂を駆け巡っている。

 これ以上はマズイッ!

 遮二無二に飛び出す正義。

 もはやこれしかなかった。今の一撃はかなりの致命傷だ。残りのタイムリミットも三十秒。そしてこれ以上神威に先手を取らせれば確実に自分は負ける。今は無理矢理にでも前に出て、最後の攻撃を試みるしかない。

 神威は右手に常闇の爪を集中する。敢えて正義の最後の一撃に付き合う姿勢を見せる。

 残りの全てを賭け、正義は今一度魂を燃やし、神格の輝きを集める。全ての力をただ“一身”に集め、光輝の一撃となって全身で突撃する。正真正銘、全身全霊の一撃だ。

 神威はそれを見て、笑うことなく、全力で右腕を振り被り、ただ馬鹿正直正面から受けて立つ。

「うおおおおおぉぉぉぉーーーーーーーっっっ!!! 全身全霊の一撃(ブレイブ・エンド)ォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!!」

 正義が吼え、神威の眼光が鋭く光る。

 正面衝突、刹那に交差―――ッ!

 

「私を殺したければ、せめて朝宮刹奈でも連れてこいっ!!」

 

 バァアンッ!!!!!

 飛び散る鮮血。砕かれる鎧。綻び霞んで行く光の残滓。

 真正面からぶつかり、真正面から叩き伏せられた。

 「お前はまだここに立つには早すぎた」まるでそう語るかのように、東雲神威はただ背中だけを正義に見せ、その眼光はただ遠くへと向けられ続けていた。

 敗北を突きつけられた刹那の中で、正義は悔しさから強く歯を食いしばる。

 神威と戦った誰もが口にしていた。最強となった彼女に誰もがその台詞を口にするようになった。どうやら自分もその仲間入りを果たす時が来たらしい。悔しいなぁ、だが仕方ない。ああ、仕方ないさ。認めるしかないだろう? だって私は、少なくともここまで辿り着いたと言う事なのだから。認めないわけにはいかないさ………。

 

「刹奈の奴、どうやってこの神威と渡り合っている………?」

 

 リタイヤシステムの光に包まれ、退場する最中、正義は心の底からその疑問を呟いた。

 だが、胸の内はどこか晴れやかな気持ちでいっぱいだった。

 

 




≪あとがき≫

≪歌音≫「は、恥ずかしい目にあった………いろんな意味で」

≪絵心≫「うぅ、私も戦ってももらえませんでした………」

≪歌音≫「なんか今回、悲惨な目に合ってる子が多いと思う! せっかくの異世界出身者が、その辺まったく掘り下げてもらえずに敗北シーンの詰め合わせとかおかしいんじゃないのっ!?」

≪絵心≫「そうだ~~~! いくらスキップで負けたからって、もう少し掘り下げてくれてもいいじゃないか~~~!」

≪理々≫「そ、そうよね! 私だってせっかく完封勝利したんだから、その辺をもっと掘り下げてもらいたかった! 能力使えずに惨めにやられたのとはわけが違うんだし!」

≪歌音≫「ぎゃふん………」

≪絵心≫「私、これでもいろいろやってたもん! 色々作戦立てたり妨害しようとしたり頑張ってたもん! 能力設定ミスとかしてないもんっ!!」

≪歌音≫「ぎゃふん………」

≪美冬≫「『ぎゃふん』って、あんまり聞きませんよね?」

≪歌音≫「く、くぅ………っ! みんな仲間だと思ってたのに! もういいもん! 私は次回、美冬ちゃんとお互いの傷をなめ合って二人で寂しく生きていくも~~~んっっっ!!」

≪美冬≫「ええっ!? なんですかその意味深な発言はっ!? 不安になるじゃないですかっ!?」





≪正義≫「いいかい刹奈? ちょっと聞きたいことがあるんだ?」

≪刹奈≫「あらあら正義さん? 私に何か御用ですか?」

≪正義≫「刹奈は一体どうやって神威と渡り合っているんだい?」

≪刹奈≫「ま、またその話ですか? 神威と戦った人からは必ず問われるんですけど………、一応私も最強クラスですし? 私単純に強いのではないですか?」

≪正義≫「でも、刹奈は他の同級生に負けてるときあるよね?」

≪刹奈≫「まあ、私も万能ではありませんから、得手不得手は~~………(汗」

≪正義≫「なのに、神威は刹奈以外に負けてるところ、二年生になってから一度も見たことがない。これってどういうことかな?」

≪刹奈≫「さあ? でもあの子ってそんなに勝ち難い相手かしら? 私はそんな風に感じた事ないのだけれど?」

≪正義≫「やはり、秘密は全て刹奈が握っていると言う事か………(闇」

≪刹奈≫「な、なんでそんなことに? あ、あの? 正義さん? ちょっと目が怖いんですけど………?(汗」

≪カグヤ≫「俺も気になるなぁ~~? どうして義姉様は、刹奈御姉さまにだけは負けることがあるんでしょうね~~?」

≪刹奈≫「お、弟くんっ!? 一体どこから………っ!?」

≪龍斗≫「ああ、そこは俺も気になってた………(キラリーン」

≪刹奈≫「龍斗っ!? ちょっ、ちょっと貴方達っ!? みんな揃って一体どこから―――え? 待って? 三人とも怖い、やだ、お願いだから無言で迫ってくるのやめて! やだやだ、本気で怖いってば! やめなさ~~~~いっ!!!」


パリン、パリン、パリ~~~ンッ!

≪アナウンス≫「リタイヤシステム起動者、三名を確認。至急、医療班を回してください」



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