ハイスクール・イマジネーション   作:秋宮 のん

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Bクラス編書き上げっ!!
明日も朝五時半起床なのに大丈夫か私っ!?
そしてトコトン書き難いなBクラス編!

なんとかBクラス全員を登場させられたと思うのですが、ちょっと日常編が足りないかも? 不完全燃焼。
ちょっと誤字脱字が気になってはいますが、その辺はまた『ぬおー』さんに期待しましょう。

それではお楽しみください。


一学期 第五試験 【クラス内交流戦】Ⅳ

一学期 第五試験 【クラス内交流戦】Ⅳ

 

 

 0

 

 

 クラス内交流戦二日目、早朝。

 目が覚めたその人物は、ベットから上体を起こし、悩ましげに髪を掻きあげ、頭が覚醒するのをしばらく待つ。

 部屋の中では、まだ眠りにあるらしい同室の友人の寝息が聞こえてくる。

 頭だけ動かし、ベットで眠る友人の健やかな顔を確認すると、何故かおかしくなって小さく笑みが漏れた。

 そのままベットから降りると、真直ぐ浴室へと向かう。特に寝汗をかいている訳でもなかったが、それなりに美容には気を使っている。生まれが生まれだけに、あまり見苦しい姿にはなりたくない。朝から温めのシャワーを浴びて、さっぱりした気分になると、寝ぼけていた頭もクリアになっていく。

 風呂から上がりタオルを掴み取ると、下着だけを穿いた状態でベランダに出る。窓を全開に開くと、清々しい清涼な風が吹き込んで来る。ここ、ギガフロートは雲の上に達する高さだ。早朝の風は相当に低い気温になるはずなのだが、イマジンによる制御が整えられているのか、何処かの霊山で浴びる様な清らかな空気に、寒すぎない程度の気温だった。

 下着だけの格好でベランダに出ると、さすがに少し肌寒い。だがそれ以上の気持ちの良さを堪能しながら、濡れた髪をタオルで拭き取り、艶めかしい吐息が零れ落ちた。

「ふぅ~~~………。やはり、ギガフロートの早朝の風は最高だぜ!」

 ジーク東郷はとても晴れやかな表情で髪の毛の水滴を払った。その姿は、近くに女性がいれば、ほぼ100%が見惚れてしまいそうなほどに色気がある光景だろう。

 …………。

 …………。

 ……誰だ? 今「騙されたっ!?」的な事言った奴?

 誰だ? 今「騙されねぇよ」的な事言った奴?

 騙すつもりもなければ、引っかけのつもりもないぞ? ホントだぞ? ホントにホントだよ? 騙されるなよ? 嘘じゃないよ? 本当に嘘じゃないからね? 絶対だよ?

 ………。

 ………。

 何はともあれ、ジークは早朝の風を浴び、ベランダから眼下を見降ろしてみる。

 玄関先では寮長の早乙女(さおとめ)榛名(はるな)が、一年生の少女と楽しそうに談笑しながら掃除をしていた。この一年生の女子には見覚えがある。同じBクラスの天笠(あまがさ)(ゆき)だ。なんで彼女が寮長と一緒に掃除をしているのだろうか? 首を傾げながら耳を澄ますと、風に乗って僅かな音声が聞こえてくる。

「雪さんは朝が早いんですね?」

「ええ、御家柄こう言った事には率先して行動するように申しつけられていましたので」

「ふふっ、でもお掃除まで手伝ってくれなくても良かったんですよ? これは私の仕事なんですから」

「はい、実際寮周辺が綺麗になっているのは、早乙女先輩が毎日綺麗にしてくださっているからだと窺えました。私が出しゃばるべきではないと思いつつも、こんなに頑張っていらっしゃる寮長の姿を見ると、少しでも手助けできないものかと身体が勝手に動いてしまいました」

「あらあら? 育ちの良い方は苦労を重ねてしまいますね?」

「それがそうでもありません。何しろ“育ち”ですから、もうこの生き方が性に合っているのです」

「まあ? でしたら、その好意に甘えて、手伝ってもらっちゃいましょうか?」

「はい」

 まるで由緒正しきお嬢様学園での会話かと思える優雅な口調と仕草で上品に世間話をする二人の少女。同じく育ちの良いはずのジークも、場違い感に思わず苦笑を浮かべてしまう。

 二人が会話する位置とジークとの距離はそれなりにある。本来ならこの様な会話など聞こえる筈もない。もちろん、イマジネーターと言えど、並はずれた聴覚を持っていると言うわけではない。これはイマジネーターの『理解力』に原因がある。

 二人の会話は確かに遠くて聞きとることはできない。だが、静かな早朝で耳をすませば、微かに二人の発した声―――空気の振動を聞き取ることはできる。それが言葉として理解できないだけで音だけは聞き取れている。この聞き取った僅かな音の情報を脳内で処理し、再び言葉として変換する能力が人並み以上に優れているため、イマジネーターはこの距離での会話を“理解”する事が出来る。

 つまり実際には聞こえている訳ではないので、聞き間違いと言う可能性ももちろん出てくる。

 っとは言え、やっぱりそこはイマジネーター。その正解率はほぼ100%と考えて良い。

 ジークが彼女達の姿を見つめていると、誰かが庭の方から走ってくるのが見えた。今度はそちらへと意識を向けてみる。

「ゴール~~~♪ 僕の勝ち~~♪」

「ムゥ………、脚では敵わん」

「カナミ、負けました………」

「はあ、はあ、はあ………っ! 軽いジョギングのつもりが何故こうなったっ!?」

「いつから競争始めてんだお前ら? ってか、お前も付き合わなきゃいいだろうが?」

 玄関先の庭まで走ってきたのは、上から順に甘楽弥生、桜庭啓一、鋼城カナミ、明菜理恵、東雲カグヤの五人だったのだが、ジークは誰の顔も憶えがなかった。

「く、くそ………っ! 珍しく朝早くに目が覚めた物だからちょっと走ってみようかな? なんて変な気を起こしたばっかりに………っ!」

「全力疾走で付き合ってそれを言うのか?」

「う、うるさいな! ………って言うか、あれ? 君もっと上品な喋りの人じゃなかったっけ?」

「何それ? 」

「ああ~~………、いや、勝手にそう思ってただけ………。ほら、見た目良いとこの女の子だし?」

「では、見た目通りに振る舞えば何か得があるのかしら?」(猫かぶり)

「………!」

「え、何その満更でも無さそうな反応? お前もしかして白い花の人?」

「ちがうっ!!」

「まさか、男のくせに女の子として振舞う方にしか性的興奮を得られないと言う、あの―――!?」

「断じて違うっ!!」

 明菜理恵と東雲カグヤは、何やら楽しそうに談笑をしている。

 だが、カグヤの方は平常運転な様に見えるのに対し、理恵の方は少々戸惑いの様な物が見られる。まるで予定していた物が異なり、その違いに戸惑っている様でもある。

(そうでなくてもカグヤと理恵は相性悪そうだがな………)

 いくら特殊な人間の集まる学園とは言え、人間は人間だ。うまの合わない者も出てくるだろう。例え相手が悪人でなくても、人が人を嫌う理由はいくらでも探せると言う物だ。

 理恵がカグヤに苦手意識があるらしい様に、カグヤもまた、早朝ランニングをしていたメンバー達とは上手くいっていないらしい。未だに何か談笑する面々を軽くあしらい、寮へと戻ろうとしている。

「おはようございます」

「んお? ………ああ、おはよう」

 寮に戻ろうとしたカグヤに、箒がけをしながら雪が話しかける。軽く流そうとしたカグヤに、雪が何事かを呟き、その足を止めさせた。振り返ったカグヤは、無表情ではあったが、瞳だけを真剣な物へと変えて何事かを返している。残念ながら声のトーンを落としたらしい二人の会話はジークには聞き取る事が叶わなかった。

(喧嘩とか言い争い………じゃあ、なさそうだが? 一体何を話してるんだ?)

 気になったジークは、何とかイマジンの基礎技術で音を拾えないかと目を瞑ってあれこれと試してみる。その試みが叶い、多少二人の会話が断片的に届いて来た。

「とりあえず、和服を着てる時はマジで下着を着用しない事をお勧めしよう!」

「そ、そのような迷信が一般的なのですかっ!? ///////」

「それを知っている事で俺が楽しい!」

「アナタ個人の意見じゃないですかっ!?」

「いや、世の男子は結構喜ばれると思うぞ?」

「それは違う意味で喜んでいらっしゃいますよねっ!?」

「だが、絶対に見せる事はするなよ。俺は恥ずかしがる女子は好きだが、他人に見せるのは好きじゃない」

「そんな特殊な性癖など伺っておりませんっ!? ////////」

「だから俺は今興奮してます」

「既に私が標的に―――ッ!? いやああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~っっ!! ///////」

 真っ赤になった顔を覆って座り込んでしまう雪と、その背中を撫でながら慰める榛名。カグヤは満足げな表情でその場を立ち去って行った。

 ………どうやら真剣な話は聞き逃してしまったらしいと、目を開けて状況を確認したジークは嘆息するのであった。

「やれやれ、ネタに尽きない学園だが………、ぼうっとしているとネタを逃す事になりそうだな?」

 ぼやきながら視線をまた庭に戻すと、一人の少女がこちらに気づいたらしく、笑顔で軽く手を振ってきた。その事に驚きながらも、ジークは微笑みながら手を振り返した。部屋に引っ込むと同時に生徒手帳で、その人物が誰だったかを探してみる。

「ええっと………? Cクラスの『甘楽弥生』ね~~?」

 何故だろうか? 面識も殆ど無く、名前すら今知ったばかりの相手であったが、ジークは何やら予感めいた物を感じてならなかった。それはまるで、自分より強い敵を前に、自ら挑もうとする武者震いに似ていた。

「ちょっと注目しておくかな?」

 

 

 01

 

 

 二日目のクラス別交流戦。Bクラスはより高度な戦い方を求められていた。

 戸叶静香(トガノウシズカ)とカルラ・タケナカとの試合。直接戦闘能力を持たない二人は、タスクにのみ集中して戦う事となった。

 しかし、このタスクの内容が曲者(くせもの)で、お互い予想外の苦労を強いられる事とに………。

 タスクの内容はパズルゲームだ。フィールド上には幾つも配置された宝箱があり、その中には数通りの回答を持つパズルが存在する。パズルを回答すると、回答した答えのパターンにより、対戦相手にペナルティーを与える仕組みとなっている。このペナルティーの中には、獲得ポイントのマイナス化や、自身のポイント獲得に繋がる物まで、幅広く存在している。

 だが、今回のこのタスクが曲者な理由は、タスククリアによる強制勝利が存在しないと言う事だ。つまり、タスクをこなしていくだけでは勝利する事が出来ない。二人は、何としてでもペナルティーを利用したポイントの獲得を強要される事となるのだ。

 互いに戦略を駆使する二人に、このゲーム内容は相当頭を捻らされる激戦となる。パズルは持ち運びが可能なため、回答せずに持ち歩き、複数個手に入れてから一気にペナルティー攻撃を仕掛けるなどをして互いに攻撃し合っていた。

 例えば、こんな出来事も。

 

「な、なんなんだこれは~~~~~~~っっ!!?」

 静香(シズカ)は悲鳴を口にしながら廃村らしき場所を駆け出していた。その背後には、一言では表せない群れが追いかけている。

 犬、猫、鼠、蛇、牛と言った物は、まあこの際良いだろう。だが、大岩とか二丁拳銃のピエロとか、アイドル衣装に身を包んだ腹ボテ中年ハゲ親父が逆立ちして見たくもないスカートの中身(何も穿いてない)をさらけ出して追いかけてくると言うのは、もはやそれだけで異常とも言える。他にも何故か特ダネを見つけた風に追いかけてくるしつこいパパラッチや、地球保護のためにエコロジーを淡々と語りながら追いかけてくる褌一枚の美青年とか、もう容姿の説明をするだけで著作権を脅かす事この上ない(作者にとっての)恐怖存在までもが追いかけてくると言うのは一体何だと言うのだろうか?

 おまけに、静香は他にも受けたペナルティーにより、ビキニアーマースーツで、高下駄を履き、背中には『ソロ活動専用』と書かれた札をぶら下げた竹箒を装備し、更にはやたらと触手を絡めながら「私を手放すと、1秒毎に相手選手に1ポイント贈呈されます」と繰り返し言い続ける蛸を抱っこしている始末。ツッコミ役が三人くらいいても追いつかない顔触れである。

 戦国時代にでもありそうな廃村を駆け抜けるには、どうにも可笑(、、)しい光景でしかない。

「い、痛っ!? 角がお尻に~~~っ!? いやぁ~~~っ!! 変態の足が肩を撫でた~~~~っ!? お願いだからビキニの内側に入ろうとするのは止めてよこの軟体生物~~~~っっ!?」

 片手で一生懸命集めたパズルを解いて行きながら、彼女は悲鳴を上げて逃げ続ける。この間にも細かくポイントを奪われているのだが、彼女にはパズルを解く事以外は出来ない。

 そんな片割、廃村の広場の中心では、カルラが必死にペナルティーと戦っていた。

 

 カラカラカラカラ………ッ。

 

『赤に右手です』

「いやだ~~~~っ!? そっちには行きたくない~~~~っっ!!?」

 ツイスターゲームを強制させられているカルラが荒っぽい口調になって叫び声を上げる。

 彼女は四つん這いの格好で、必死に右腕を伸ばすが、その先にはつるつるで固い尻尾を、自分の前面に出してやたらと握らせようと腰を突き出してくる謎の黒い人型生物がいて、手を伸ばす事を躊躇わさせる。だが腰を退くと、そこにはやたらと顔だけ良い美少女が「排泄臭! 排泄臭!!」と繰り返しながら鼻をひくつかせてお尻に顔を突っ込もうとする変態がいるので、身を退く事も出来ない。かと言ってツイスターに逆らったり失敗すると、自分のポイントが相手へと献上されてしまう。ならば冷静に思考を巡らせていきたいところなのだが、彼女の背中の上でちっこい爺さんが「そもそも人間社会における社会と言うシステムは~~~」っと説教をしていて気が散らされる。無視すると手に持つ杖で御尻を叩かれる上にポイントまで持っていかれるので油断ならない。何より意識を散らされる理由は、先程から自分の事をカメラで撮りまくっている謎のオーディエンス集団にある。絶え間なく降り注ぐフラッシュに視界を妨げられるのはもちろん、自分の恥ずかしい姿を撮られると言うのは屈辱の極みだ。何しろカルラの格好は、現在フリルカチューシャにホワイトエプロン、そして黒のスカートと下着にタイツだけ、っというかなりギリギリの格好になっているのだ。これももちろんペナルティーであり、時々現れる手だけの存在が、何の脈絡もなくじゃんけんを強要してくる。これに負けたり出すのが遅れると、服を一枚剥ぎ取られてしまうのだ。ポイントは取られないが、これはこれで恐ろしいペナルティーだ。

「動きを封じるペナルティーとか卑怯だろう~~~~っ!!」

「私に『停止禁止』のペナルティーかけといて言う事がそれっ!?」

「そしてこの強制卑猥撮影会は人道に反してるぞっ!!」

「ビキニ姿で蛸に絡み付かれる私は人道にそっていると言うのか~~~っ!?」

 不毛な言い争いをしながら、二人は手持ちのパズルを組み立てて、更なるペナルティーを追加していく。お互い能力を使っているようには見えないが、カルラは『今孔明』の能力による『高速思考』を用いて最善の策を、静香も『先達の教え』の能力による『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』『コロンブスの卵』でパズルを解き、『征服王』で無限に走り続ける加護を得ている。そのおかげで『停止禁止』のペナルティーを苦にする事無く行動できた。

 二人の戦いは高度な知略の勝負と言っても過言では―――無いはずである。はずなのだが、………傍目からは全く見えないのが悲しい所かもしれなかった。

 この激戦を勝利したのは一点差でカルラだったのだが、後に二人ともこう語ったそうだ。

「「今回のルールには学園側の作為を感じる………」」

「ありません」

 二人の言葉は比良美鐘(このら みかね)教諭に一蹴され、僅かな心の平穏も与えられないのだった。

 

 

 02

 

 

 笹原(ささはら)(だん)は、先程試合を終え、溜息を吐きながら真っ白い地下の廊下を歩いていた。不自然なくらい白いアリーナの廊下は今の気分には逆撫でする様でもあった。

 彼は先程ジーク東郷と戦い、なす術無く負けてしまったのだ。

「なんなんですかアレは? ゼロ距離で撃ってもノーダメージとかおかしいんじゃないですか? おまけに剣までチートですよ? 僕の銃弾でパリィ出来ないってどういう仕組みですか?」

 ぶつぶつと文句を言いつつ、弾は負けた事に対する不平を漏らす。

 圧倒的な敗北―――っと言うわけではない。タスクは風船割りゲームで、ランダム出現する風船を規定数割る事で勝利する事が出来ると言う物で、弾にとっては有利な試合だったとも言える。それがどうしてか? 結果を見てみると、自分は0ポイント、ジークは49ポイントっと言う圧倒的差に追い詰められた挙句、「このままじゃ俺が納得できないな」などと言いだし、いきなり弾を無視して風船割に集中し出した。しかも、弾より一歩早く規定数の風船を割り、勝利を収めた。風船割に集中していれば、あるいは弾にも勝ち目はあったかもしれない。何よりジークが手を抜いたのが気に入らない。あそこまで来てポイント勝ちより、タスクコンプリートを目指すと言うのは舐めていると言うのではないだろうか? 憤る弾だが、この条件で勝たれてしまっては文句の言い様がない。それが逆に精神的な憤りを胸の内に燻らせる。

 っとは言え、いつまでも文句を言っていても始まらない。多少の気持ち悪さを引き摺りながら、彼は周囲を見回し、同クラスの対戦カードを確認していく。

 そんな中で彼の目を引いたのは、自分と同じ風船割りゲームのタスクをしているところだった。

 

 

 

 風間(かざま)幸治(こうじ)は戦慄していた。

 タスクの内容が風船割りゲームだと知った時は、自分の独壇場だと思えたが、これが案外そうでもない。彼が戦っている相手は、自分と同じくらい、このゲームに適した能力を持ち、また自分と似ている戦闘スタイルを持つ少年だった。

 木々が生い茂る森林地帯で、木々の間から垣間見える風船目がけ、幸治は腕を振るい、能力『忍術』による『鎌切鼬(かまきりいたち)の術』を発動し、真空の刃にて次々と風船を割っていく。しかし、幾つ目かの風船を割ろうとしたところで、何者かが幸治の放った真空刃よりも速く、風船を割って見せた。

 その少年こそ、彼の対戦相手遊間零時(あすま れいじ)だった。

 彼は己の刻印名『瞬身(しゅんしん)』に恥じる事のない神速を見せ、目にも止まらぬ勢いで次々と風船を破壊していく。手に持つのは購買部で購入した短刀だが、その速度と鋭さなら素手でも充分に思える。

(いや、零時殿はまだあの速度に慣れている訳ではないのだろう? 速くは動けても、動きに合わせ身体を制御する様な細かい動作は出来んと見た)

 木の枝から木の枝に飛び移る様な移動程度なら速く動きながらでもできる。しかし、動いている物を速く動きながら捕まえたりしようとすると、誤って轢いてしまったり、跳ね飛ばしてしまったり、掴んだ一部だけを引っ張ってしまい、引きちぎる結果になってしまうのだろう。それだけ零時の動きは速過ぎ、細かい動作が難しくなる。なので、素手で風船を割ろうと手を突き出しても、周囲の空気に押し出され、風船は割れずに吹き飛ばされるだけだろう。

(細かい動作が出来ないのなら、ゆすりを掛ければどうか!?)

 幸治は『忍術』『分身の術(わけみのじゅつ)』を持ち入りイマジンで創り出された己の分身を呼び出す。数は現在用いられる最大人数の二人、本体たる自分を合わせればこれで三人分の頭数が出来た事になる。

(せつ)の先を読んで、風船を奪っているようだが、拙の数が増えたらどう対応なされるっ!?)

 散開した幸治達は、それぞれクナイと『鎌切鼬の術』を用いて風船を割っていく。

 それを見た零時はすぐに対応しようと動き回るが、分身は互いから離れる様に移動し、広範囲に風船を割るよう目指す。いくら速い零時でも、その距離が開いて行けば対応できなくなっていく。

(これはさすがに………、完全勝利とはいかないか)

 零時は内心幸治を賞賛しながら、方針を変える。

 邪魔をするのは本体の幸治一人に絞り、分身二体は無視する事にした。

 正直に言えば倒してしまっても良いと考えていたが、今回は止めておいた。幸治の実力がいかな物かまだ見極めきれていない事が一つと、自分の実力あまり観察されたくないと言う事がもう一つの理由だ。第一試合でカルラに手痛い目に遭っている零時は、少し慎重になっているらしく、この試合中は『瞬閃』以外は決して見せまいと心に決めていた。

 自分を追い掛け、次々と風船を先取りしていく零時を見て、幸治は苦虫を噛み潰したような表情になる。

(こちらに攻撃してこない所を見ると、零時殿の能力は純粋な身体強化とは多少異なる様子? それに飛び道具の類も持っていないらしい。しかし、分身ではなく自分を的確に見極め追いかけてきたという事は………、これはこちらの分身が本体()の劣化版だと言う事がバレてしまっていると見るべきか………)

 幸治の『忍術』の能力、『分け身の術』は、分身体を増やせば増やす程、能力値が半減してしまう。また、カグヤやレイチェルの使うイマジン体とも違い、此処の『意思』と言う物が存在していない。彼等はあくまで幸治のコピーなのだ。

 『分け身の術』とはイマジンによりスキャンした『風間幸治』と言う存在を、再びイマジンで“再現”した物の事となる。平たく言うと『風間幸治』の“再現”をしたと言う事になる。しかし、そのスキャニングが甘いため、“劣化コピー”となったと言う事だ。

(しかし、やろうと思っただけで出来てしまえるのはイマジンの凄い所ではあるが、使えた能力を“使いこなす”となると、話が全然違ってくる物だ………)

 

 『イマジンは万能であっても、人は万能にはなれない』

 

 入学当時に学園長が言っていた事を思い出し、幸治は納得する。

 もし、自分がイマジンを完全に使いこなせていれば、もっと沢山の分身体を創り出し、零時のスピードに物量で対抗し、勝てていたはずだと………。残り時間と点数差を確認して、幸治は達観した様に目を瞑った。

 

『そこまで! 39ポイント対50ポイントで、遊間零時の勝利とするっ!』

 

 教師のアナウンスが鳴り響き、空間が変哲のない白い部屋へと変わっていく。木の枝に着地した幸治は、ゆっくり足場にしていた枝が消えていくのを確認しながら、(かぶり)を振った。

 自分はどうも極端な相手にばかりぶつかるらしいと、以前戦った戸叶静香(トガノウシズカ)の事を思い出し苦笑が漏れてしまう。

 

 ガンッ!!

 

「うぶあっ!?」

 突然の音と悲鳴。

 驚いた幸治は足場が消え、着地したところで音源を確認すると、零時が思いっきり壁にぶつかり落下してきたところが見えた。

「おっとすまない。バトルフィールドの空はほぼ上限無しに伸びているから、空中にいると屋根にぶつかったり急に壁が迫ってきたりと言う現象が起きるんだ。イマジンによって空間を広げていると言っても、元は一キロ四方の部屋だからな」

 くたびれたローブに身を包み、フードを目深に被っている男性教諭、天庵(てんあん)は、まったく悪いと思っていない様な、抑揚のない淡々とした説明を語る様な口調で告げると、治療箱を床に置いて「まあ、必要無いだろうが一応置いて行ってやる」とだけ残して去って行った。

 残された零時は、額をこすりながらも、しかし柔和な笑みを崩さず「やれやれ、これからは気を付けないとな………」っと漏らすのであった。

 壁にぶつかった零時に、何か一言言いたい気持ちもあった幸治だが、柔和な表情の彼は、どうもうさんくさくて話しかけづらい。この男の本質は、あの速度と言うより、この掴み難い雰囲気にこそあるのかもしれない。

(しかし、この者も拙に負けず劣らず災難体質でありそうだ………)

 

 

 03

 

 

 鹿倉双夜(ししくら ふたや)御門更紗(みかど さらさ)の試合は、双夜の体調不良により、更紗の直接攻撃であっと言う間に勝負が付いてしまった。

 同じく黒瀬光希(くろせ みつき)宍戸瓜生(ししど うりゅう)の試合でも、光希の体調不良が原因で瓜生が勝利を収めた。やはり、双夜と光希は一試合目の引き分けが原因で、臍下丹田(せいかたんでん)を痛めてしまったらしい。治療に当たった上級生も「一年生で此処まで負担を掛ける生徒は近年稀だ」と苦笑いを浮かべるほどだったと言う。

 天笠雪(あまがさ ゆき)折笠重(オリガサ カサネ)の試合は―――、

 

 

 ボゴンッ!! っという凄まじい音が鳴り、何もないはずの足元から大岩が出現してきた。

 慌てて『重量操作』で自身の体重を軽くして飛び退いた重は、もう幾度とも無く繰り返されたトラップに辟易していた。

「あんのデカ乳お嬢様めッ!? 一体いくつ罠仕掛けてやがるつもりだっ!? ってかこんな事で逃げ切りとかさせると思うなよ!?」

 雪の能力『封印』を使った応用トラップに対処しながら重は毒吐く。

 現在二人が行っているタスクは、スタンプラリーの様な物だ。各所にある隠されたボタンを一定数押す事で勝利できると言う物だ。『索敵再現』を使えば容易に探し出せるのだが、ボタンには敵側と自分側の二種類が存在するため、むやみやたらに押す事が出来ない。これは『検分再現』通称『投影』と呼ばれている技術を追加で使わないと解らない様になっている。しかし、重にとって誤算だったのは相手が『封印』の能力を得意とする天笠雪だったと言う事だろう。

 雪は順調にボタンを発見していき、そのスイッチが自分の物で無いと解るや否や、その

ボタンを封印して押せない様にしてしまったのだ。おまけにその辺の小石に大岩を封印し、重がその近くに来た瞬間、封印を解除して大岩を出現させてきたりなどと言うトラップまで仕掛けてきたのだ。

 重の『重量操作』は中々に使いどころのある能力だ。だが、生憎射程距離が短い。何処にいるか解らない相手を狙って攻撃するには、現状役者不足なのだ。戦闘的な能力としては重の方が圧倒的に有利でありながら、それを上回る不利なタスクを受ける事になってしまっている。

「だがっ!? 圧倒的不利を覆してこそ、戦闘の醍醐味ってもんだろうっ!?」

 重は気合い一発叫んでから目を閉じる。『索敵再現』を広範囲に発動し、雪を探そうとしてみる。しかし、彼女の索敵範囲は思いの外狭い。基礎技術でしかない『索敵再現』でも、本人のイメージ力が起因してその効果に強弱などの特徴が表れてしまう。

 例えばレイチェルの様なイマジン体使いは前以(まえも)て作っておいた複雑な術式(イマジネート)を時限式にしたり、設置型にしたりと言う応用を効かせるのが得意であり、金剛の様な自身の強化及び肉体の変質などを得意とする者は、単純な強化を再現する時、より強力な効果を与える事に長け、強化する特徴を限定する事でより特化させる事が出来たりする。

 重の場合は、狭い範囲ではあるが、効果だけは絶大なパターンだ。『再現』する範囲を狭めれば狭める程、より効果は強くなる特徴を持っている。

 そして今回、偶然にもそれが功をなした。

 重のいる場所から約数メートル先の茂みの中で、探している雪の存在を発見したのだ。

「お前! 私のすぐ近くで見張ってやがったなぁっっ!?」

 雪の派生能力『封印解放』は封印を“解く”事に優れた能力だが、封印を解くタイミングを“設定”できるわけではない。最低でも自分の目で確認できる範囲でなければ効果を(もたら)す事が出来なかったのだ。

 重は自身の重量を操作、軽くした状態で疾走し、勢いが付いたところで重量を上昇させつつ飛び蹴りを放つ。高速で飛来する弾丸の如く突っ込んだ重の蹴りが茂み事地面を吹き飛ばし、爆音と共に砂煙が立ち込める。

 砂煙を背に差していた剣の勢いで払いのけた重は雪の姿を探すが、何処にも雪の存在は確認できない。

「くそっ! どう言う事だ? 確かに此処にいたはず―――」

 言葉の途中、突然背後に何者かの気配が現れた。それはあまりにも突然で、瞬間移動でもしてきたのではないかと見紛う程に突然だった。

 重の背後に現れたのは雪だ。彼女は重の攻撃が炸裂する寸前、『直感』により危機を察し、手近な石ころに己自身(、、、)を封印したのだ。こうする事で攻撃を回避した雪は前以て計算しておいたタイミングを見計らい『封印解放』を行い舞い戻って来たのだ。重の背後に出る事まで全て計算した上で。

 そうとは知る由もない重。振り返ろうとする彼女の肩に触れ、雪は声高に告げる。

「我、天笠雪の名において命ず、今この時をもって汝を悠久なる眠りへと誘わん」

 それは詠唱だ。イマジンにおける詠唱とは、言葉を用いる事で“それっぽく見せる”行為だ。“それっぽい”と感じる、っと言う事はそのように『イメージ』させると言う事。つまり他者にイメージを押しつけ、発動されるイマジンの再現率を上昇させる行為になる。

 イマジンの強弱は互いの認識、イメージ力に起因する。詠唱とは、発動される能力を補強する、イマジンに於いて基本とも言える技術。そして、決しておろそかにできない技術だ。

 詠唱を用いた事により発動された雪の能力『封印』が、重の中から『能力』と言える概念を封じ込めた。いくら重が自身の能力を使おうとしても、能力その物が何処かへ行ってしまったかのように存在を感じられなくなってしまう。無論、『解錠再現』の類を発動しても、効果どころかそもそも受け付けていないようにさえ思える。正真正銘、無意味と跳ねのけるかのように。

「アナタの『能力』を『封印』させてもらいました。もう使う事はできません」

「だからどうしたよっ!?」

 重は臆せず剣を掲げるが、使用する武器が大剣だった事もあり、振り降ろすのに一瞬の隙が出来てしまう。その隙に詰め寄った雪が剣の柄に触れ、再び無詠唱で封印する。剣はその姿をイマジン粒子に分解され、雪がもう片方の手に握る石ころへと吸い込まれてしまう。

「これで武器も使えません」

「ならこうするしかないだろうがッ!?」

 一瞬の間も置かず殴り掛った重であったが、雪は冷静に片手で拳を逸らしつつ腕を取り、当時に脚を払いのける。それだけでその場でくるんっ、と一回転した重は地面に背中から叩き付けられてしまう。

「すみません、運動は苦手ですけど、家柄護身術くらいは習っているんです」

 冷静に告げる雪が、背後に振り返り重へと告げ―――一瞬で起き上った重に回り込まれ、背中に回られてしまう。あまりの回復の速さに驚きつつも対応しようとした雪は、その瞬間『直感』が発動し、慌ててその場から離れようとする。が、遅い。それを上回る速度で伸ばされた腕が雪の腰に回され、がっしりと捕まえる。

「きゃっ!?」

 後ろから腰に抱きつく様に捕まった雪。その行為がどんな意味を持つのか解らず、しかしイマジネーターの『直感』が凄まじい警報を鳴らす為、何とか解こうと暴れる。それでも解く事が出来ないほど万力で締め付けられ、思わず雪の口から喘ぎ声が漏れ出る。

「あ………っ! くっ、ふあぁ………っ!」

「見るからに温室育ちのお嬢様と違って、こちとらイマスクに来る前から結構やって(、、、)てね? タフさなら誰にも負けねぇんだよっ!!」

 叫んだ重はその万力だけで華奢な雪の腰をへし折ってしまいそうなほど締め付け、そのまま彼女を持ち上げ仰け反り、強制ブリッジ―――雪の頭を強制的に地面へと叩き付けた。

「んあぁ………っ!?」

「どうだ~~~~っ!? 見たか!? 重様特製『猛虎原爆固(もうこげんばくがた)め』!!」

 『猛虎原爆固め』とは、背後から捕まえた相手を後方に反り投げるスープレックスの一種である。通常よく知られているジャーマン・スープレックスでは自分の腕を相手の腰に回して投げる物なのだが『猛虎原爆固め』通称『タイガー・スープレックス』は相手の腕を背後から閂のような形『ダブル・チキンウィング』に極め、そのまま投げる技である。投げられた相手は腕を固定されているために受身が取れず、下手をすると肩の関節を外してしまう危険があると言われる初代タイガーマスクが開発したプロレス技である。つまり―――、

 重が使ったのは普通の『ジャーマン・スープレックス』です。

 恐らく掻い摘んだ知識から気分で名前だけ使っていただけで、詳細は本人も解っていない可能性が高い。

「は、はうぅ~~………」

『天笠雪、失神を確認。戦闘不能と見なし、折笠重の勝利とする』

「よっしゃぁ~~~~~~っ!!!」

 教師からのアナウンスを聞き、雪を放り投げて追加ダメージを与えながらガッツポーズをとる重。その喜びよう故に、彼女はもう一つの事実に気付く事が出来なかった。

 逃げ回っていた雪から1ポイントも取れなかった重だが、今のスープレックスで彼女のポイントが加算されていた事に………。

 

 『折笠重 獲得ポイント138ポイント』

 

 雪は投げ飛ばされた後、不幸にもリタイヤシステムに拾われ忘れ、慌てた教師が他の生徒(主にE、Fクラスの一年)を呼び、彼女を保健室に連れて行ったという。

 放課後、彼女は首を寝違えた様な痛みをずっと引きずる羽目になった。

 

 

 04

 

 

 三日目。Aクラス編で既に説明した通り、三日目ともなればどの生徒も完全にへばってしまっていた。それはBクラスの生徒もやはり例外とは言えない。

 前回、不調組と戦った御門更紗と宍戸瓜生の二人でも、突入した三日目に、身体に思いがけない疲労感を背負い、グダグダな戦闘になってしまった。Bクラス特有のタスク勝負すら、まともに成立せず、Aクラス同様、運の強い物が勝利を掴み取っている状況だ。

 カルラ・タケナカVS黒瀬光希(くろせ みつき)では、カルラより、臍下丹田の不調が続いてしまった光希の方がまだ動きが良かった。持ち前の知略を思う様に発揮できなかったカルラは、結局ポイントを光希に奪われ敗北。光希が初勝利を収めた。

 鹿倉双夜(ししくら ふたや)VS御門更紗は、双夜が勝利した。こちらも臍下丹田に不調をきたしていた双夜であったが、それを上回る程更紗の体調が悪かったため、隙を突いて一撃必殺の勝利を収めた。―――が、双夜曰く「三日目に更紗に当たっていれば、誰でも勝てたかもしれない」と言わしめるほど、更紗は不調状態だったらしい。何しろ100mくらい走った辺りで、お腹と胸を押さえ苦しそうに蹲っていたのだから、その不調ぶりは窺える。(ちなみに話を聞いた零時から「いや、そこまで苦しそうにしているならリタイヤ進めて上げた方が良かったんじゃないか?」っと、突っ込まれた)

 宍戸瓜生VS折笠重の戦いに勝利したのは瓜生だった。こちらでは瓜生が疲労を感じた時点で早々に自分の血を飲み人格を変更。重の一瞬の隙を突いて吸血、そのまま血を吸われ過ぎた重は貧血でリタイヤしてしまった。後に重は真っ赤な顔になって「よ、よくも私の首にキスマーク残してくれやがったなっ!? 全然消えないのにどうしたらいいんだよっ!? //////」っと、瓜生を叱りつけたと言う。蛇足だが、重の噛まれた痕は、吸われる時間が長すぎた所為か治りが遅く、その後もしばらく残り続け、彼女の羞恥ポイントとして黒歴史を刻む事となるとか………。

 戸叶静香(トガノウシズカ)VS笹原弾(ささはら だん)戦は何とか静香が勝利した。幸いだったのは、静香の能力で発動した『征服王』がいつまでも走り続ける事が出来るスキルだった事と、今回のタスクがフィールド破壊系だった事だ。区分された各エリアごとにスイッチが用意されていて、そのスイッチを押した一分後、そのエリアを失格エリアとして消滅させられると言うものだ。これは基本技術『脳内再現』の一種で、目で読み取った情報を脳内で立体的な地図化をするという地味だが、かなり使える技術の特訓だったりする。これを利用して上手く弾のいるエリアをぐるっと囲んだ静香は、その瞬間ゲームルール上の勝利を宣告されたと言う事だ。だが、もし弾が疲労していなければ、勝負はどうなっていたか解らない。それほどにギリギリの戦いであったらしい。

 風間幸治VS天笠雪の方では、互いにタスクも進行できず、無駄な長期戦に移行してしまい、教師の方からストップがかけられ、引き分けと言う結果になってしまった。幸治も雪も、結果に不満はあれど、何もできなかった事に落胆してしまっていた。

 遊間零時(あすま れいじ)VSジーク東郷のカードは、此処だけが少し違う結果を持ちこむ事になった。

 

 

 零時は加速した勢いを利用し、そのまま蹴りを放つ。正面からまともに受け止める事になったジークは、そのまま吹き飛ばされ崖から落ちて固い地面に叩きつけられた。岩しか存在しない完全な荒野でフィールド的に身を守ってくる場所の無い地面への激突。高さは東京タワーほどもある岩山から叩き落としたのだ。さすがのイマジネーターでも即死は間逃れないはず。そう思いながら崖下から見降ろした零時は、遥か彼方の地上で、起き上ったジークが服についた砂埃を軽く払っているのが眼に映った。

「………これでもダメなのかよ?」

 さすがに疲れた表情を見せる零時の、虚しい声が漏れ出る。

 服についた砂を払い落したジークは頭上にいる零時を見上げながら苦笑を浮かべていた。

「やれやれ………、いくらダメージを受けないと言っても、こんなに一方的に攻撃されてはな~? こちらの攻撃が届かないのでは勝ちようがないじゃないか?」

 零時は間違いなく一年生最速の速度を持ち得ている。それは、絶対的に如何なる攻撃をも速度によって回避しきる事が出来ると言う事だ。カグヤの軻遇突智の様に広範囲に攻撃できる能力か、切城(きりぎ)(ちぎり)のような物量を用いる事が出来なければ、まともに相手する事も難しいだろう。そして、機霧(ハタキリ)神也(シンヤ)の様な広範囲火力重視の能力であったなら、正に彼の天敵となり得たかもしれない。

 しかし、生憎ジークの攻撃系能力は単純な斬激で、彼の速度に追いつける物ではない。相手の攻撃力の程を確かめるため、基本的に最初はわざと攻撃を受けたりするのが、ジークの悪癖なのだが、実際、彼がイマジネーターになってからその身を不死身たらしめる『竜の血を受けた肉体(ドラゴボディ)』の能力を打ち破られた事は無い。

 それは、イマジネーターなら誰もが本能として持ち得ている『直感』すら発動した事が無い程に、“危険と判断する攻撃”に迫られた事が無いほどに、最強の防御能力なのだ。本来、彼のこの能力はイマジネーションステータスの高い相手による攻撃で撃ち破られる事が多いのだが、現段階、同級生相手に脅かされた試しは無い様子だった。

 だが、今回この二人の能力は互いに取って相性最悪だとしか言いようがないだろう。

 最速の能力にて、絶対回避を誇る零時には決してジークの攻撃を受ける事は無い。

 最堅の能力にて、絶対防御を誇るジークには決して零時の攻撃では打ち破れない。

 互いにダメージを受けないのであるならば、果たしてこの二人の勝負に決着が付くのだろうか?

 粗々ありえないと判断した教師は、これ以上戦況に変化が訪れない場合、不毛な戦闘を切り上げるため、引き分けの合図をする準備をしていた。しかし、まだその合図は無い。それは、二人がまだすべての力を出し切っていないからだ。

(物理攻撃はジークには届かない………。なら、もうこいつを使うしかないか………)

 零時は眼がしらの辺りを指で触れ、両の瞳に意識を集中する。

 準備が出来たところで『瞬閃』の能力にて体内パルスを操作。肉体を強化し、加速、一瞬にてジークの正面へと肉薄。気付いたジークが視線を向けるのに合わせ、零時は彼の瞳を覗き込む。零時の瞳が赤く輝いた瞬間、彼の派生能力『瞳術』が発動する。

(『八咫烏(やたがらす)』!!)

 本来、刻印名『瞬身』を持つ遊間零時には、『瞳術』などと言う能力に派生する事は出来ない。だが、彼は自分の生い立ちと、言葉遊びによる裏技で派生能力を獲得する事に成功した。

 零時の父と母は、それぞれ両目に力を宿し、幻術の類を使用する家柄だった。

 勘違いの無い様に説明させてもらうと、この世界に於いて、イマジンは人工的な力であり、ギガフロートと言う限られた空間でしか生み出される事は無い。自然界の極少数、片手の指で数え切れる程度の限られた場所で、イマジン精製の元となったエネルギー粒子が淡く漏れ出す地も確かに存在してはいるが、これらはとても『能力』に至れるほど純度の高い物ではない。自然界から発生する粒子はあまりにも薄く、且つ、質が悪過ぎる。粒子が溢れる地で何世代も掛けて進化の過程の中に取り込み、ようやっと得意な体質を得る者が出てくる程度。しかも、変化した体質が必ずしも()になるとは限らない。寿命が短い一族になってしまったり、指が一本多いだけの一族になってしまったりと悪い方に進化(退化)してしまう事もある。例え運よく力を手にしても、物理法則の範疇であり、超人的な力を手に入れる事は不可能だった。

 零時の父は、運良くこれらの過程で両目に力を宿していたのだが、それも『能力』と言うにはおこがましく、精々千里眼のモノマネ(っと言っても普通の人より視力が良いという程度)くらいの物だった。

 同じく母も幻術使いなどと呼ばれていたが、もちろん異能の類ではなく、薬や技術を用いた催眠術の一種であり、多くの段取りを必要とし、いきなり突発的に幻を見せれた訳ではない。とても現実的な幻術であった。

 その二人の血を引く零時は、両の目に幻を見せる力を宿した。これが零時の特別。イマジンの能力とは別の『体質』を利用した能力。

 ジークのアドバンテージが家柄的にイマジンを幼い頃から会得できた環境にあると言うのなら、零時のアドバンテージがこれ『体質による先天的能力』だ。―――っと言っても、イマジネーターになる前は長い間目を合わせる事で、極瞬間的な誤認をさせる程度の物で、イマジネーターになってからも、彼の本来の能力である『瞬閃』とはイメージが違っていたため、能力としては劣化させてしまう事となった。本来なら得られない筈の『瞳術』を得るため、零時は『体質』と言う理由のほかに『瞬身』の()の部分に注目し、肉体的な能力の発動をイメージさせ、使用できるようにした。実際、『瞬閃』は体内パルスを操る事で可能にしているので、これらに矛盾は無い。劣化したことは否めないが、強力な効果を齎す事に変わりはなかった。

 零時と目を合わせたジーク。零時の赤く輝く瞳から幻のイメージを強制され、彼を幻術の檻へと閉じ込めようとする。

 刹那―――。ジークの脳内に危機感を感じる警報が鳴った。これは彼がイマジネーターとなって初めて体験する『直感』であった。危機的状況に置いて、その危機を回避するため、可能である選択肢を自身に強要する防衛本能。

 ジークは『直感』に従い全身に力を巡らせる。

 金剛の例同様、神格ステータスを持ち得ていないジークには本来神格を使う事は出来ず、無理に使おうとすれば疑似神格としてペナルティーを受ける事となる。しかし、ここで彼等の違いが現れる。

 金剛は自身の肉体を神格へと押し上げるため、人間の肉体、“霊格”に神格を流し込んだ。それに“霊格”が対応しきれなかったため疑似神格として扱う事になった。

 対するジークは、常時発動型の『竜の血を受けた肉体(ドラゴボディ)』が既に神格として存在し、彼の“霊格”を充分な器として成長させていた。故に、彼は疑似ではなく、正真正銘本物の神格を直接身体に流し込む事が出来た。

 結果、彼は一瞬だけ、零時の幻術に囚われ、何か幻を見た様な気がしたが、身体に巡った神格がこれを打ち破り瞬時に平静へと戻る。

 それに気付いた零時が驚愕に瞳を見開き、慌てて離れようとしたが遅い。零時が逃げるより早く、ジークが彼の腕を掴み取った。

 咄嗟に零時は彼の顔面に掌打を当て、眼潰しで怯ませようとしたが、その腕も剣を持った右手で弾かれてしまった。それにも零時は驚愕に目を見開いた。一瞬、この至近距離でとは言え、自分の速度に防御を間に合わせたのだ。最速を誇りに思う零時としては、これには驚愕せざろ終えない。

「悪いな? 俺の能力『竜の血を受けた肉体(ドラゴボディ)』は竜の血の加護がデフォルトで備わっていたな? 圧倒的身体能力が取得されている。条件次第ならお前の速度にだって追いつけるぜ? 例えば腕一本だけの速度とかな?」

 そう言ってジークは片手で大剣『グラム』を大上段に掲げると、(つるぎ)の装甲を展開し、神格の刃にて零時を一刀両断に振り降ろす。

(『天之狭霧神(あめのさぎり)』!!)

 一瞬、零時は残された己の切り札を発動する。

 全ての物質、万物に存在する『斥力』を『瞳術』によって発動する能力だったのだが、先程も説明した通り、零時の『瞳術』は劣化を間逃れられなかった。故に、この斥力を発生する能力も神格を宿した魔剣を跳ね返す力は引き出せず、易々と切り裂かれてしまう。大量の血を噴出した零時は、膝を付き、敗北を自覚した。

 しかし、彼はこの時になってようやく疑問に気付いた。ジーク東郷と言う男、確かに三日目にして疲労を露わにし始めてはいる様だ。だが、この違和感は何か? 何かがこの男の存在に違和感を与える。それは何か? 疑問と共に彼を見上げた零時はその答えへと辿り着く。ジークを見てではない。視界の端で彼との点差を表記する数字を見て、驚愕してしまう。

 

 ジークと言う男は、これまで三日間の戦いに於いて、一切のダメージを受ける事無く、ただ勝利のみを積み重ねてきたのだ。

(な、何者なんだこの男………?)

 その疑問の答えを得る前に、彼は力尽きて倒れる。

 ジークを勝者として認める教師のアナウンスが、零時にとっては絶望的にも聞こえた。

 

 

 05

 

 

 二年生の初期試合はクラス混合30名一グループによるバトルロイヤルであった。

 六グループに分かれた試合で、一グループ3名が残った時点で試合終了となる。一つのグループに一体誰が割り振られるのかは直前まで誰にも解らない。だが、勝者が3名となれば、バトルフィールド内で3人で一チームを作り出そうと考える者はもちろんいる。二年生の戦いは、どれだけ早くチームを組めるか、もしくはチームを組まず、数の差をどうやって補うかを考える事が重要となっていた。

 試合も佳境となった三日目の後半戦。一年生と違い三日間をフルに使われ続け、朝も昼も夜も戦い続け、そんな過酷な状況下で勝ち残ったのは残り6人二グループ。そのリーダーとなる人物二人が対峙していた。

 緑に溢れる森の地、せせらぎの様な静かな滝が流れつく池の前で、その少年二人は刃を構えていた。

 180ほどの身長に黒髪、顔は美とは言えないが独特の雰囲気がある美少年。名は美鞍(みくら)謙也(けんや)と言う『剣聖』の能力を持つ二年生最強の剣士だ。腰に差している刀は、同級生の生産能力を持つ仲間が作ってくれた『獅子王』っと言う名の剣だ。

 対するのはイマスクでも珍しくない日本人特有の黒髪黒目に中肉中背と、文字にして表わそうとするとありきたりな説明文しか出てこない様な普通の少年。違いがあると言えば、多少髪が長めで、羽織を着ているくらいだろうか。彼の名は朝宮(あさみや)龍斗(りゅうと)。腰には一本の刀『牙影(がえい)』を差し、真剣な眼差しで見据えていた。

 二人は剣を構え、互いに対して隙無く身構える。

 一触即発の空気の中、不意に吹いたそよ風が、木の葉を一つ連れ去る。風に弄ばれた葉は、そのまま重力に従いゆっくりと水面へと落ちていき―――とても静かな音で波紋を広げた。

 

 バアァァンッ!!

 

 刹那に巻き起こったのは衝撃により空間が破裂する音。空気の爆発であった。

 龍斗と謙也が同時に抜刀し、互いの刃がぶつかり合った事により、空気そのものが衝撃に耐えきれず悲鳴を上げる。二人の剣はまだ鍔迫り合いにある。互いに霊格をぶつけ合い、己が剣で敵の剣を打ち砕こうと迫るが、互いに一進一退を演じる事しかできない。ついに物理法則の方が音を上げたのか、二人は互いの衝撃によって同時に弾かれる。

「『獅子王』!」

 謙也が叫び、己の剣へと短く命じる。

 『獅子王』は生産系の能力を持つイマジネーターに作られた特殊能力を持つ剣だ。()の剣は、主の名に従い蓄えていた力を解放する事で、主の時間的速度を通常の二倍に加速させる事が出来る。

 弾かれてから立て直すまで一秒も消費せず最接近する謙也。彼の所有する唯一の能力『剣聖』の『天下一品』により剣の性能を最大限に引き上げ、『斬れ味上昇』により更に刃の力を上昇させている。剣を持たせれば最強とまで言われた驚異が龍斗の眼前へと迫る。

我は日輪の加護を受け(アクセルカウント!)光の如く疾しる(ムーヴメントレベルⅡ)!!」

 和、洋、二つの術式を混ぜ合わせた様な呪言(じゅごん)(詠唱の様な物)を用い、スキル『辰ノ肢(クイックム―ヴ)』を発動した龍斗は、寸前のところで刃を躱せるだけの速度へと加速した。こちらは謙也の物とは違い、脚を中心に移動の速度を上昇させる能力だ。

 加速状態に入った二人は互いに刃を交え合い、己の刃を届かせようとする。行く度重ねる刃も、互いの防御を打ち破るに至れない。

「やはり………! 地力の剣技は君の方が上の様だなっ!? 此処だけはいつまで経っても悔しいぞ………っ!?」

「謙也こそ! 朝宮の日神(ヒノカミ)流に正面から剣の才だけで挑めるのはお前くらいだろっ!?」

「伊達や酔狂(すいきょう)で“クラス最強”は語れない!」

「じゃあ、その看板………! 今日に限っては俺が貰うっ!!」

「一対一では譲れんなぁっ!!」

 互いに叫び剣が風圧と衝撃を生み出す。

 龍斗が二本の指を立て、派生能力『式神詠操(しきがみえいそう)』により、己の配下の二式を呼び出す。

「『霊鳥』! 『狗音(くおん)』! 頼む!」

 龍斗の指揮により現れたのは、霊力によりその身を形成した大鷲程に巨大な光の鳥と、黒いライオンと見紛う程に巨大な真っ黒な(いぬ)だった。

 霊鳥は「ピヒューーーーーーーーーッ!!」っと、澄んだ声で鳴き、頭上から謙也を狙い、狗音がその身を影へと同化し、脚に噛みつこうと襲い掛かってくる。

 すかさず謙也は生徒手帳をタップ。七本の剣が出現し、それを神速で操る『無限流』のスキルを発動する。同時に複数の剣を使う事が出来るこの能力は、八刀流が出来ると言う単純な物だが、使う剣次第で恐ろしく化ける事になる。

 呼び出された七本の剣は、それぞれが生産系の能力を持つ仲間から譲り受けた物ばかりだ。

 西洋風の両刃剣『スキルストテラジー』は斬った相手の能力を得る。

 四尺七寸八分の刀『出雲守永則(いずものかみながのり)』は柄から龍の首が現れ、担い手を援護する。

 イタリア製のロングソード『コルポ・モルターレ』は必殺剣の異名を持ち、全力で斬りつけた相手を即死させる力を持つ。

 サーベルの形状『イードロ・デューオ』は偶像神を宿し、全ての悪魔と信者に対する絶対的高位の地位を獲得する事が出来る。

 大和時代を思わす太い両刃の剣『伐折羅(ばさら)』は金剛の剣。如何なる攻撃にも折れず、担い手に金剛力を与える。

 67.9㎝の刃長を持つ『ソハヤノツルギ』は“表”による宝刀(王位)の力と“裏”のウツスナリ、神刀の力を使い分ける事が出来る

 反りの深いギリシャの彎刀(わんとう)『ソマティディオン・エクリクシス』はイマジン粒子に触れると粒子を爆発破壊する力を持っている対イマジン武装だ。

 これに自身時間加速『獅子王』が加わり、謙也の性能は格段に強化された。

 龍斗は半ば舌打ちしながら『牙影』の刃を攻撃ではなく防御目的で降り降ろす。押さえ込むのは『ソマティディオン・エクリクシス』。この剣の前ではイマジン体などひとたまりも無く、掠っただけで破壊されてしまう。『牙影』は名のある刀鍛冶が打った鋼の刀。イマジンは一切使われていないこの剣は、ただの鋼故に『ソマティディオン・エクリクシス(粒子爆破)』の効果を受け付けない。

剣化霊格武装式神展開(ブレイド・オン)!!」

 続いて呪言を唱え、その手に呼んだのは真空を司る石を持った剣精霊『メルフォース』。黒い柄と白銀の刃が風を纏い力強い風の輝きを(まぶ)やく放つ。その剣を左手に握り、空中で主の手に向かっていた『イードロ・デューオ』の偶像神の剣を阻む。この剣の効果は神格を有する力に対し、その逸話を(つまび)らかにし、それよりも高位の神としての力を疑似的に得る事が出来る。龍斗の使う式神は朝宮に古くから伝わる式神の名で(実際は“式神”として呼ばれていた使用人達の事で、現代にも『狗音』などの名を与えられて仕えている人がいる)、朝宮の信奉神、太陽龍の神に仕えた獣とされているので、偶像神の剣に、高位の神格を与えてしまう。それを避けるため主の手に収まる前にその剣を抑え込んだのだ。

薫風よ、災禍を退け給え(エアレイド)!」

 唱えられた呪言が真空剣メルフォースへと伝わり、何処か爽やかな薫りたたせる風が『出雲守永則(いずものかみながのり)』と『ソハヤノツルギ』に纏わりつき、その剣が持つ力を眠らせた。龍斗の剣型式神『メルフォース』の加護を借りて使う一時的な鎮静術だ。こう言った応用技術は、本来力を借りる物の『加護』の範囲でなければ使用できない。だが、そこは龍斗が持つ派生能力の一つ『恩恵操作』の『呪言(スペル)』により、己の力を呪言を用いて加護や恩恵をある程度操作する事が出来る。これを利用して龍斗はメルフォースには本来設定されていない力を引き出しているのだ。

 謙也は『スキルストテラジー』を『無限流』にて操り、その手に取るが、その剣をマークする様に飛び掛かってきた龍斗の『霊鳥』が邪魔をする。

 斬った相手の能力を担い手にコピーさせる『スキルストテラジー』だが、龍斗の使うイマジン体『霊鳥』は霊力の塊で出来た普通の鷲と性能は変わらない。“飛行”を能力と見なそうにも、鳥が翼で飛ぶのは当たり前のため“能力”として判断する事が出来ない。

 『コルポ・モルターレ』で一撃必殺を狙おうとするが、この剣に対して他の剣を無視してずっと『狗音』が噛みついて来ているので満足に振るう事が出来ない。『コルポ・モルターレ』が“必殺”の効果を発揮できるのは、全力で振り抜いた時だけ。つまり、大振りでなければ効果を発揮できない。

 しかし、ここまで奮闘した龍斗だが、残りの二本、破壊不可能にして金剛力を発揮する『伐折羅(ばさら)』と、担い手の時間を加速させる『獅子王』まで手が回らない。こちらはさすがにノーマークで戦うしかないと判断した龍斗は、他の剣に注意深く対処しながら『伐折羅(ばさら)』と『獅子王』は完全無視(っと言う名の回避)で対処した。

 実質、二本分の優位で戦っている謙也だが、それでも龍斗をシトメ切れてはいない。ここまで駆使しても二人の実力に大きな開きは見られないのだ。

 「()むない」そう判断した謙也は『無限流』を一時的に解除し、手の平にイマジンを集める。気付いた龍斗が阻止しようとするが間に合わない。手の平に集めた大量のイマジンを握り潰す様にイマジネートを展開。巨大な光の本流が立ち上り、まるで光の剣の様になったそれを叩き降ろす。爆発した粒子の波動が龍斗を押し退け、メルフォースの風を払い、霊鳥と狗音の身体を削り取り消滅させる。

 二年生以上のイマジネーターは、イマジンを粒子単位で操作する事が多少なりできる様になっている。謙也はイマジン粒子を水の流れの様に操作し、激流の様に素早く動かす事で粒子を振動させ、それを直接周囲に解き放った。結合粒子は振動粒子と接触すると、粒子振動の共鳴を起こし、結合部分を分解してしまう現象が発生する。この現象が能力として展開されているイマジン、イマジネートに発生した場合、能力を形成するイマジンが分解、霧散してしまうため、エネルギー不足で能力自体が消滅する結果を起こす。これがイマジン無効化能力、総称『零』と呼ばれる中の一つ『イレイザー』だ。イマジンを粒子単位で操作できる様になった事で可能となる無効化技だ。

 僅かに出来た隙を利用し、謙也は必殺剣『コルポ・モルターレ』を掴み取る。

 必殺の剣を構えられ、龍斗は焦って距離を詰める。あの剣は全力で振るわれると、例えかすり傷でも必殺の致命傷へと“決定”させられてしまう。近距離にてラッシュを掛け、大振りできなくする事が必須だ。

 ―――が、その瞬間、謙也の構えが僅かに変わった。それに素早く気付いた龍斗は急ブレーキをかけ、ギリギリ謙也の制空権の一歩手前で停止する。

 謙也は口の中で舌打ち、しかし、表情はむしろ嬉しそうに目を細める。

 『後出し先制』。謙也の持つ『剣聖』の能力の一つだ。あとからゆっくり繰り出しても、その攻撃を必ず先に当てる言葉通りの技。発動条件はカウンターである事と、帯刀している事、そして標的が自身の間合いに入っている事だ。龍斗はそれに気づいて制空権の手前でブレーキをかけたと言う事だ。

「一年生の頃は、何度も上手く行った切り札だったんだがな?」

「二年生に上がればお互い手の内を知り尽くしてるようなもんでしょ? 『直感加速』で五回殺されるって感じた時にはヒヤッとした………」

 龍斗の能力『朝宮の防人』には、デフォルトで『防人の加護』が存在し、自身の基礎能力を成長と共に強化していく特性を持っている。そのため、彼は直感が他のイマジネーターより冴えているのだが………、そんな彼でも『後出し先制』をカウンターで返す様な芸当はできず、間合いの外で立ち止まる事しかできなかった。そして、それが致命的な隙を作ってしまったと言う事も龍斗は既に『直感』している。

 謙也の背後に一人の少女が現れた。桃色がかった白い髪に青い瞳。胸元や背中が大きく開いた扇情的な袖の長い黒と白の服に、ニードルの様なブレード状の不思議な物体を連れている。ニードルは、某国民的ロボット漫画に出てくる“牙”の英文の名を持つ物体に似ていて、全部で24本、彼女の周囲を囲う様に浮いていた。

 一年(ひととせ)謳和(うたわ)。無表情で自身の魅力に無頓着、おまけに羞恥心と言う物を学び損ねたらしく、自身の肌を晒す事に抵抗が無い。おかげで目のやり場に困る龍斗に対し、同じく女性の魅力に無頓着な謙也は抵抗無く受け入れるので、二人は自然と仲良くなった。意外なのはその能力。突き刺しかビームかでも撃ち出しそうなあの物体は、ブレード版と言うアンテナなのだと言う。あのアンテナは集中力に比例し数を増やしていき、あらゆる情報を取り込む事が出来る様になる。範囲内に入ってしまえば、人の思考すら脳信号から読み取られてしまう。おまけにアンテナは普通にブレードとしても使えるので実に厄介なこと極まりない。

 しかし、通常30以上がデフォルトだったはずのブレードは6本ほど数が足りていない様子。やはり、此処に来るまでに数の消費から逃れられなかったようだ。もし、最大展開数300本を展開されていたら瞬殺だったと身震いしてしまう。今は無表情の中にも小さな汗の粒や顔色が青くなっているなどの隠しきれない疲労も見て取れる。明らかに戦力外に陥っている。

 それでも、龍斗は彼女を謙也と合流させてしまった事を痛恨事と感じる。

「謌和、大丈夫か………?」

「うん、直接協力はできそうにないけど………」

 そう答えた謌和は、謙也の隣に出て、彼に向き直る。

「だから………、使って? 私を………」

 ただでさえ開いている胸元を、両手で開く様にして見せた謌和。薄い胸を反らし、きめの細かい白い肌を露わに、顎を逸らして謙也を見上げる様にして目を合わせる。

「ああ………、龍斗が相手だ。使わせてもらうよ。お前を………」

 それに応えた謙也は、彼女の腰に手を添え、背中を逸らすと、キスでもする様に彼女の瞳を覗き込みながら―――開いている右手を彼女の胸元へと差し込んだ。一瞬、謙也の手が彼女のやわ肌に触れた瞬間、イマジンによる展開陣(平たく言って魔法陣のイメージ)が開き、彼の腕を更に奥へと導く。謌和の霊格その物へと導く様に………。

「あ………っ!?」

 身体の内側に異物が侵入してくる感覚に喘ぎ声を漏らす謌和。その手が自分の霊格に触れた瞬間、彼女の表情が妖艶に歪む。“それ”をしっかりと握りしめた謙也は一気に抜き放つ。霊格を引き抜かれる感触に堪え切れなくなった謌和の絶頂が木霊する。

「ふああああぁぁぁ~~~~………っっっ!!!!」

 がっくりと項垂れる謌和を片手に抱き、謙也は引き出した()を高々と掲げ、呪言を説く。

「“誓いを此処に! 俺は君の敵足り得る全てを斬り払うと!!” “比翼(ひよく)”、“『祝福の謳歌』”」

 『比翼』それは二人以上のイマジネーターが、共通のイメージを重ね合わせる事でスキルスロットの制限を超えて獲得する事が出来るアナザースキル。共有されたイメージが互いの間で同一のイメージであった場合、そのイメージは複数のイメージではなく、一人分のイメージとして認識できない事も無い。赤一色の絵の中に赤色の絵の具をたらしたところで違和感がない様に、共通したイメージは単色と変わりがない。だが、実際にはそのイメージは二人分で構成された物だ。そのため通常一人のイマジネーターが構成する能力を、二人分の出力で補う事が出来る様になる。その結果生み出された能力(イマジネート)は、通常の能力より強固であり、その存在は既に存在している物質などよりも膨大な“存在感”を保持している。

 この力が開発されたのは一つの偶然。2024年の生徒達によるクーデター事件。これを阻止しようとした一部生徒が、偶然にも創り出す事に成功し、事件解決へと高く貢献した。逆に言えば『比翼』誕生には、あのクーデター事件が必要不可欠だったとも言われ、何とも皮肉が掛っている。

 そしてもちろん、この『比翼』は簡単に作り出せる物ではない。最低でも一年以上の付き合いを持つ者同士が、強い信頼と理解をしている上で、自分の霊格(神格などを有する器、存在の核。魂と言う理解が最も無難)に触れさせても良いと許せるだけの覚悟があって初めて()()()()()()()()。成功するかどうかは、実際にやってみなければ解らない。

 謙也と謳和が互いの絆(比翼)で創り出した剣は、謙也の身長ほどもある片刃の大剣。全体が透き通った透明色の剣は、その巨体に見合わず、まったく重量を感じさせず、肩手一本で軽々構えられている。

「やっべぇ………っ!」

 焦って一歩後ずさる龍斗。

 謙也は、霊格から直接イマジンを引き抜かれて、ぐったりしている謳和を木に寄りかかる様に座らせると、―――無造作に剣を一閃した。

 衝撃波………などとはとても比べる事は出来ない剣激の暴風。刃が鋭すぎるが故に、空間そのものが悲鳴を上げたと言わんばかりに荒れ狂った大気の刃は、たったそれだけで木々を薙ぎ払い、触れてもいない大地を捲れ上がらせ、近くの川を一瞬で干上がらせてしまう。

 その暴風の標的となった龍斗は後ろに一歩飛んで避けるが、それ以上の距離を稼ぐより早く、衝撃波が彼を襲う。

「我が主っ!!」

 声が木霊し、龍斗の持つ真空の剣メルフォースが淡い薄緑色に輝き、その姿を一人の少女の姿へと変えた。ロングの銀髪に赤い瞳を持つ、動き易さを重視されたスリットの多い巫女装束に身を包む女性の姿。龍斗を守護する契約を誓った、ギガフロート出身の精霊イマジン体。それが彼の剣の正体だ。

 彼女は真の姿を表わす事でより強力な風を操る権威を持っている。また、龍斗は風の属性との相性が良いため、風の能力には余程の自信を持っていた。しかし、今回相手するのは“比翼”で作られた剣風(けんぷう)。暴力的な剣激で無理矢理作らされた衝撃波。能力ではなく物理現象であるため、風を制する勝負と言うわけにはいかず、強力な風をぶつけて相殺するしか方法が無い。だが、メルフォースの実力はあくまで『精霊王』クラス。『神格』には遠く及ばず、ましてや“比翼”の衝撃波を抑えきることなど不可能だった。

「私が時間を稼ぎます! 何とか―――っ!!?」

 言葉は衝撃波で掻き消された。

 メルフォースが前面に展開した真空の壁で何とか抑え込んでいるが、それも僅かな時間を稼ぐだけで精一杯だ。それでも自分の僕が作ってくれた僅かな間隙。龍斗は完全に背を向けて全力で走った。僅かでも衝撃を受ければ即死を間逃れない“比翼”の衝撃。それが()()()()()()と言え、食らってしまえば終わりなのだから。

「逃がさん………っ!」

 瞬間、謙也は今度こそ攻撃の剣撃を放った。

 烈風。

 縦一文字に切り裂かれた風の()が、刃となって真直ぐ龍斗へと飛来する。

 その刃は一秒でメルフォースを真空の盾ごと切り裂き、龍斗の背後に迫り、二秒で彼が放った『イレイザー』を打ち消し、三秒目に彼の元へとたどり着く。

「………っ!!」

「お待たせ~~~っ♪」

 刹那、龍斗の耳元に聞こえた声は、命の灯が消えようとする危機感とは、まったく場違いな程楽しげな、………人の悪そうな声だった。

「『執筆作業(ブックオブメイカー)』!」

 龍斗の前に躍り出た一人の少女。大きく黒いとんがり帽子を被り、黒いマントを纏った魔女の様な出で立ちで、左手と、彼女の前面に幾つも展開される分厚い本の数々を従えて、彼女は“比翼”の一撃から彼を守る。展開される本の数は38冊。ひとりでに中を開き、バラバラと凄い勢いでページがめくられていく。それにより展開された魔法陣が何重にも折り重なり、暴風に砕かれながらも二人の身を守っている。

 ピンクの長髪に含みのありそうなブラックスマイルがチャームポイントのブレザー少女。彼女は連葉(つれは)美希(みき)。龍斗コミュニティーと呼ばれる仲間の一人で、己が創作したオリジナルの魔法を一冊の本にして創造できる、“魔法創造能力者(マジックメイカー)”の異名を持つ、本当に魔女みたいだと時たま言われるハラグロ少女だった。

 烈風の勢いが完全に相殺された時、それは最後の障壁を砕かれ、障壁を展開していた本が燃え落ちた時だった。

 危機足り得る物が消え去り、静寂が戻ると同時、彼女は力尽きた様に背中から倒れそうになる。

「美希さんっ!?」

 寸前のところで抱きとめた龍斗。覗き込んだ彼女の表情には、薄い汗と疲労の色が濃く映し出されていた。此処に辿り着くまでに相当の修羅場を潜り抜けて来たらしく、既に戦闘続行は見込めそうになかった。

 いや、そもそも彼女が一度に展開できる本の数は瞬間的なら50冊展開可能だ。それが比翼を相手に使った障壁が38冊………既に疲労を押して来てくれたのは明白だ。

「しっかり! こんなになるまで戦ってくれたなんて………っ!」

「………うふっ」

 不意に、彼女の唇が微笑む様に吐息を漏らした。

「美希さん? 大丈夫―――?」

「こうして男の子のピンチに身を呈して助けるなんて、まるで主人公を助けに来たヒロインみたいじゃないかしら~? そう思うと何だか~~………、うふふっ、湧くわ~~♪」

「こんな時まで小説のネタ探さんで下さいっ!?」

 美希は小説家志望のEクラス生徒なのだ。

 龍斗の反応に気を良くした美希はクスクスと笑い、自分の胸に手を当てる。

「使って、龍斗くん? 私の事を………」

 言われて一瞬赤くなった龍斗だが、こんな事は一年生後半で結構経験させられてきた。すぐに切り替え、彼女の方を抱いて自分に引き寄せる。

「わかった………。使わせてもらうよ。“美希さん”を」

 目を瞑り、僅かに顎を上げる美希。それに合わせ、ゆっくり近づきながら同じく目を瞑った龍斗は―――そのまま唇を重ね合わせる。

 瞬間、二人の間で霊格が交差し、イマジンが二重幻想の顕現を引き起こす。美希の胸に展開陣が出現し、龍斗の手が彼女の奥へと侵入する。

「はあぁ………っ♡」

 彼女の中、奥深くへと侵入した腕は、その最奥である霊格に触れ、顕現した二重幻想を引っ張り出す。

「はああああぁぁぁぁ~~~~~んっ♡♡♡」

「“誓いは此処にっ! 我は彼女の敵となる全てを討ち滅ぼすっ!!” “比翼”、“『颶風彩る杖(メーカー・オブ・エアレイド)』!!”」

 龍斗の手に、薄緑色の透明な杖が引き抜かれる。自分の身長より長い杖の先が音叉の様に長細い輪っかを持つ杖は常に風を纏い、主の命を今か今かと待ち望んでいた。

「まずいっ!?」

 龍斗の比翼を見て焦った謙也が一歩後ずさる。

 比翼を構えた龍斗は、杖の効果であるあらゆる風の具現を駆使して風を繰る。

颯、射貫け(エア・スパイク)!!」

 振るわれた杖から放たれた矢の様な(かぜ)が、まるで騎馬の突撃槍の如く謙也へと迫る。速く貫通性を持ち、しかも誘導性(ホーミング)まで持ち合わせていると知っている謙也は、己の比翼で相殺するか一瞬だけ悩んでしまう。

「謙也ッ!」

 その時頭上から声が掛けられ、同時に降りてきた黒髪短髪の少女が彼の側へと降り立つ。背中が完全に剥き出しの露出度が過度に多い、まるでクノイチ風を思わせる衣装に身を纏う彼女は、形代(かたしろ)繰々莉(くくり)。謙也のもう一人の仲間。そして―――、

「私を使ってっ!」

「ああ、使わせてもらうっ!」

 迫る(はやて)()かされ、二人は短いやり取りだけで次のアクションに移る。

 繰々莉の腰を右手で支えながら彼女の背を反らさせ、謌和の時同様、至近から彼女の目を覗き込み、左手で彼女の胸に手を当てる。同時に展開された展開陣に手を沈め、彼女の霊格へと直接触れる。

「はぁ………っ!?」

 そしてき抜く。新たな“比翼”の剣を―――!

「あああああぁぁぁぁ~~~~っっ!!」

「“誓いを此処に! 俺は君の敵足り得る全てを斬り払うと!!” “比翼(ひよく)”、“『人形の心(イノセントエッジ)』”」

 二本の剣を左右に構え、謙也は迫りくる颯を迎え撃つ。

 交差した刃に激突した風は、物体である刃をすり抜け、謙也の懐を貫こうとする。だが、謙也の持つ比翼『人形の心(イノセントエッジ)』がそれを阻む。彼の剣の特性は、対象とする物を、自分を無視して素通りする事を許さない。例えそれが風であろうと、接触した時点で、この剣を無視して貫通する事が出来ないのだ。だが、この特性は利点よりも欠点の方が大きい。受け止めた攻撃は、その特性上、受け流す事が出来ず正面からまともに受け止めなければならない。

「うおお、おおおおおおおぉぉぉぉぉ………っっ!!!」

 だが、謙也にとっては望むところ。正面からの打ち合いなどで負けるようでは、最強の名は名乗れない。

「はあぁぁぁっ!!」

 気合い一発、左右の剣を交差する様に切り開き、颯の一撃を断ち切った。

 荒い息で肩を上下させながら、彼は眼前の敵を睨み据える。

(さすがは龍斗の比翼だ………っ! “比翼の龍斗”と呼ばれる二年生では『最強の比翼使い』だけの事はある………!)

 龍斗は刻印名を持っていない。だが、多くの仲間と“比翼”の絆での結ばれ、二年生中では、比翼の使い手として最強だと謳われていた。

 だが、比翼最強の使い手も、二年生最強ではない。最強の名に執着しているつもりはないが、それでもその名に座しているからには容易く譲る気はない。

「まだ、負けを頂く気はないっ!!」

 飛び出し、剣を振るう謙也。

 同じく凬を纏って迎え撃つ龍斗。

 互いの攻撃がぶつかり合い、衝撃波が周囲を吹き飛ばす。

「きゃあっ!」

 その衝撃波に最も近かった美希が、受け身を取る事が出来ず倒れ込む。

 一瞬気を取られた龍斗の隙を突いて、謙也の右の比翼『祝福の謳歌』が襲い掛かる。

 颶風を繰り、受け流した龍斗だが、その凬を左の剣『人形の心(イノセントエッジ)』が絡め取ってしまう。凬を奪われ無防備になった懐目がけ、謙也の右の剣が再び襲う。杖で受け止め、受け流し、ついでに跳ね上げた膝が謙也の腹に叩き込まれる。

 イマジンによる緩和。

 杖を放して両手で顔面を連続五回も殴られた。

「うぐ、ぐ………っ!?」

 隙が出来たところで杖を掴み取りつつ、後ろ回し蹴りが飛んでくる。右腕で何とか受け止めたところで杖の先が腹に打ち込まれる。

巌を押し退ける突風(エア・スマッシュ)!!」

 ダンプカーの一撃かと言う程の衝撃を直接腹部に食らった謙也は、そのまま吹き飛ばされて宙を舞う。

(ぐぐ………ッ!? さすが龍斗………ッ! “比翼”の扱いには一日の長があるか………っ!? だが―――!)

(おかしい? いくら得意とする比翼の戦いとは言え、謙也の手応えが無さ過ぎる? もしかして何かを狙って―――!?)

 謙也が溜めこんでいたイマジンを右の剣に集中し、構える。

 それに気付いた龍斗は焦りの表情を露わにした。

 『一刀両断』。今、謙也が使おうとしている必殺の技の名。

 概念干渉系による、回避、防御を一切受け付けない、放たれれば最後、文字通り一刀両断にされてしまう“必殺”の一撃。

(『クイック・ム―ヴ』で………っ!? ダメだ! 距離が遠すぎる! 『()』で相殺できるかっ!?)

 龍斗は己の奥の手を使う構えを見せる。放たれれば確実に殺す技ではあるが、龍斗の持つ、ある能力だけは例外に値する。あらゆる物に例外的な殲滅の属性を与える力、形式上『闇』と呼ぶ異能。胸の奥から燻ってくるその気配を手繰り寄せ、比翼の杖に込める。

「“殲滅の黒き刃”………!」

 『合言葉(キーコマンド)』を口にし、杖に真っ黒な闇を纏わせ、刃の形状に変えていく。

「させませんっ!!」

 途端、それを読み取った繰々莉が、動けない美希に向けて手に持っていた小太刀を投げつける。

 彼女の能力は『暗殺人形(アサシン)』。その真骨頂とも言える暗殺能力の殆どは、度重なる戦闘で殆ど失われているようだったが、最後の力を振り絞って投げられた刃には、イマジン調合の能力を持つ者に作らせた毒物が塗られている。その毒物が何かは解らないが、それでも龍斗は美希を庇うために『クイック・ム―ヴ』で移動するしかない。

 『闇』を纏った比翼は、攻撃力があり過ぎて、下手に砲撃を放つと、美希が巻き込まれてしまう可能性があったからだ。

 美希の前に躍り出て、飛刀(ひとう)を叩き落とした龍斗は、そのタイムラグを承知で殲滅の加護を施された比翼を振り被ったが………、やはり、飛刀された時点で『直感』が教えていた通り、もう間に合いそうになかった。

 十二分にイマジンを比翼に溜め込んだ謙也は、その一振りで龍斗を美希ごと両断出来てしまえる。その準備が出来てしまった。

「美希さん!」

「………っ!?」

 せめて美希だけでも庇って見せようと、殲滅の加護を防御に展開しながら龍斗は彼女に覆いかぶさる。

 刹那に放たれる一撃。

 『一刀両断』は斬激を飛ばす物ではなく、その効果を直接強制させる物だ。故にこの攻撃に“射線上”などと言う概念は無く、直接龍斗の元へと叩きつけられる。彼が纏った『(殲滅の加護)』は、そんな概念系の攻撃でさえ対象として受け止める。しかし、“殲滅”は攻撃として放たれて始めて力を発揮する物だ。純粋な物理法則に従うなら、殲滅の加護は謙也の『一刀両断』を受け止めるだけの力があっただろう。しかし、これが概念干渉系の攻撃として放たれている以上、そこにはイマジンとしてのイメージ力が関係してしまう。

 結果的に、謙也の一撃は殲滅の加護に力を削られながらも、その攻撃を打ち破った。

 ―――が、それは彼の悪運へと繋がる。

 

「“代われ”、輪差(りんさ)

 

 凛ッ! っとした音が鳴り響き、何者かが龍斗の前に現れる。手の平に展開された展開陣を翳し、イマジネートを発動。

 謙也の『一刀両断』は、展開された力に触れると、その展開陣を縦一文時に割断(かつだん)する。そして、それで役目を終えたと言わんばかりに効果を終了させた。

「龍斗くん………、無事だった?」

 理性的で静かな声が背に掛けられ、龍斗は倒れ込んだまま肩越しに振り返り、その存在を確認した。

茉衣(まい)!」

 麻乃(あさの)茉衣(まい)。銀の様に光沢を持つ長い灰色の髪をした、白と青のセーター服少女。頭にカチューシャを付けていて、手には大きな薙刀を握っていた。全身のプロポーションは、服の上からでも均等が取れている事をはっきりと解らせてくれる。

 龍斗のもう一人の仲間であり『輪間転差(りんかんてんさ)』と言われる“転換”の能力を持つ、Dクラスの生徒だ。

 彼女の使う“転換”は、概念や(ことわり)、次元や可能性、その他もろもろの“事実”を“別の事実”へと置き換える能力なのだが………、大変理論が難しく、長くなりそうなので説明は別の機会へとさせていただく。とりあえず、今回は茉衣がその能力で、謙也が対象とした存在を、別の対象へと移し換えたと理解していただければOKだ。

「助かったよ茉衣。さすがにアレを撃たれて生き残ったのは今回が初めてだけど………」

「二年生になったんだから、『必殺回避』の再現くらいできないと危ないと思う?」

「どうもああ言う小難しいのは苦手で………。ホント、茉衣達には感謝してる」

「龍斗くんにそう言ってもらえるのは、嬉しい………かな? あ、でも、その“いつもの”はそろそろどうにかした方がいいと思う」

「“いつもの”………?」

 言われた意味が理解できず、とりあえず視線を戻した龍斗は―――美希を押し倒している事にやっと気付いた。

 胸に手が………、などと言う事は無いが、それでも無防備な女の子を押し倒している事には違いない。美希はきょとんとした表情をしているが、その頬が僅かに赤くなっていて、多少なり羞恥を感じているのは明らかだ。

 状況に緊張した龍斗が呻き声を漏らして赤面する中、美希は龍斗の顔を至近距離から見上げつつ、上目使いに尋ねた。

「私、襲われちゃうの?」

「―――しませんっ!!?」

「うん、いつもよりは大人しいよね? スカートの中に頭から突っ込んだりしたのに比べれば………」

「アレも事故だからっ!? 俺が故意でやってる事なんて一つもないからっ!?」

「なるほど~、何度同じ場面になろうと男の子は同じ言い訳で乗り切ろうとするのね? (メモメモ」

「メモらんでくださいっ!?」

 さっさと美希から離れ、彼女を助け起こしながら抗議する龍斗に、茉衣は二、三歩近寄って彼を見上げる。

「龍斗くんが強いのは知ってる。けど、相手は一年生の頃最強の名を手に入れた人。たぶん、二年生になったばかりの今でも、それは同じ………」

「ああ、そうだろうけど………」

「だから、使ってほしい。私の事も………」

 そう言って龍斗の眼を見る茉衣。

 龍斗は一瞬、何事かを思い出し激しい葛藤に見舞われるのだが、結局頷いて彼女の肩を抱くのだった。

「こりゃあ、あとで(ひじり)に大目玉だ………」

「龍斗くんはそう言う人だから」

「今の発言は何かおかしい様な気がするんですけど?」

「誰も否定しないと思うわよ~~~♡」

 美希にまで突っ込まれ、龍斗は溜息一つして切り替える。

 互いに視線を合わせ、瞼を閉じながら近づき、唇を重ねる。

 絆を証明した事で茉衣の胸元に展開陣が出現、龍斗はその展開陣に向けて左腕を伸ばす。

「ふあ………っ!」

 展開陣の奥、彼女の霊格へと触れた龍斗は、その柄を握り締めて、一気に引き抜く。

「はああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

「“誓いは此処にっ! 我は彼女の敵となる全てを討ち滅ぼすっ!!” “比翼”、“『流転の槍』!!”」

 龍斗は右手に杖を、左手に槍を携える。

 地に着地した謙也は、龍斗が持つ二つの比翼に舌打ちするが、すぐさま地を蹴って二振りの剣を振るい抜く。

 同じく地を蹴った龍斗が杖と槍を突き出す。

 謙也が二刀を交差させて斬り込むが、龍斗の『流転の槍』の一突きに弾き返され、凬を纏った『颶風司る杖』が懐を薙ぐ。そのタイミングに合わせ移動技『縮地(しゅくち)』が発動し、一瞬で龍斗の背後を取る。繰り出された『祝福の謳歌』の一撃が龍斗の背に迫るが、龍斗は身体を捻り攻撃を回避しながら同時に振り向き様に背後に向けて一撃を放つ、ターンステップを『クイック・ム―ヴ』で繰り出し、これに対抗した。

 互いに打ち合わされた槍と剣、ぶつかった衝撃で互いに僅かに距離が開くが、比翼を持つ二年生にとって、その距離は未だに互いの間合いだ。

颶風よ翔けよ(エアレイド)!!」

「斬り伏せろっ!!」

 地に着いた脚で、無理矢理衝撃を殺した二人は、その足で互いに向けて飛び出す。一瞬の交差で風の刃と鋼の刃が交差する。龍斗は頬に、謙也は右肩に僅かな血の軌跡を刻む。どちらも傷は浅い。

 龍斗が地面を蹴って跳ねる様にして体を振るい、勢いを殺さぬまま振り返り『颶風彩る杖』を振るう。

千磐破霾(ヴァーティカルエアレイド)ッ!!!」

 繰り出された千の風刃が謙也を襲う。

 謙也は『マリオネットの心』で受け止めようとして、慌ててそれを止める。今龍斗の撃った風刃の群れは、千枚の巌を打ち破ると言う意味を含ませたイマジネートで、防御系の能力を蓄積ダメージで粉砕する事が出来る。もし、『マリオネットの心』で受け止めようものなら、いくら比翼とは言え、打ち砕かれてしまう可能性が高い。

「チィッ! 力押しで行くしかないかっ!!」

 剣の効果を物理攻撃のみに限定し、謙也は二刀の剣で無数の風刃を叩き落としに掛る。幾多幾多と迫りくる貫通性の高い風刃を純粋な剣技だけで叩き落としながら、後退を余儀なくされていく。

 最後の一撃、特大の風刃を受け止めた時には、風の衝撃で全身へとダメージが流れ込んだ。風の刃は物理的な飛び道具と違い、剣でパリィしても完全には消し去れない。それが比翼の一撃ともなると笑い話に出来ない威力となる。

 正直、二年生になると言う意識から、意地で覚えた高難度技術『対傷護凱(たいしょうごがい)』(ダメージそのままで外傷、つまり肉体的破損だけを否定するイマジン技術)を覚えていなければ、真空刃を受け止めた際の衝撃で、身体中裂傷だらけになっていたかもしれない。悪くすれば腕の一本くらいは無くなっていただろう。

「ふぅ………、最強の座についてからと言う物、度々こんな窮地には立たされがちだが………、やはりこの座を降りない為に、使わないわけにはいかないのだな?」

 そう言った謙也に対し、約50m先で杖と槍を携える龍斗が表情を強張らせる。

「できれば使われる前に倒したかったかな? 俺はまだ≪ギガエグゼ≫まで使えないから」

「俺だってまだ未完成だ。………だが、イマジネーターとして、使える手を使わずに負けるような真似だけはしたくないのでな」

 挑発的に告げた謙也が、二刀を天高く掲げ、切っ先を交差する様に構える。

「………ッ!」

 対応して龍斗も杖と槍を構え直し、自身を強化するイマジンに意識を集中する。

 そして二人は叫ぶ。

 イマジネーターとして、一人前とされる力の解放を―――!

 

「「≪イクシード≫!!!」」

 

 

 試合終了後、教室に戻り結果発表を確認に行く途中の廊下―――。謙也はとある人物に話しかけられる。

「よぉ、Cブロック通過おめでとうさん♪ お前さん、ついに龍斗と正面対決でも勝ったんだってぇ? こりゃあ、二年生最強の座は盤石だねぇ~~♪」

 茶化す様に賞賛してきたのはDブロック通過メンバーの一人で、神涯寺(じんがいじ)(かつ)と言うバンダナがトレードマークになっている少年だ。それ以外は黒髪黒目と言う使い古された説明くらいしかできない。

 柘榴染柱間学園(ざくろぞめはしらまがくえん)の男子制服に着替えた彼は、『ギャンブラー』の刻印名を持つ、Fクラスの生徒である。Fクラス内ではその能力故に“最強”と“最弱”を行ったり来たりするピーキーな能力者として有名だ。

 壁に背を預け、待っていたらしい勝に対し、謙也は肩を竦めた。

「………勝か? 皮肉はよしてくれ」

「皮肉なもんかよ? いくら龍斗が皆瀬(みなせ)の“比翼”を使えなかったとは言え、比翼使いとしては最高クラスだったあいつに、比翼を使わせた上で勝つ。………これ以上に賞賛できるネタでもあんの? ってか、お前らは女子と比翼できるだけでも己の境遇に感謝すべきだと思うんですけど?」

「? 二人に対して感謝の念ならあるさ。言われるまでもなくな?」

「マジ顔で言ってるからムカツクよ………」

「それに、今回の勝利だってとても褒められた物じゃない。確かに俺の≪ギガエグゼ≫は龍斗にトドメを刺したが、変わりに“比翼”は二本とも砕かれてしまった。これで俺は次の試合では“比翼”は使えなくなった」

 比翼はイマジネーターの霊格、魂の一部を絆で編み上げた物だ。それを砕かれると言う事は、絆を砕かれたのと同義であり、精神的ダメージを互いが負う事になる。そのダメージは絶望にも似ているらしく、比翼を与えている側は、気を失ってしまう程だと言う。

 そして今回の試合では、謙也にトドメを刺され破れた龍斗と、比翼を砕かれ戦闘続行不可能にされた謌和(うたわ)繰々莉(くくり)の三名が失格となり、残った美希と茉衣、謙也が駒を進める事となったのだ。

「まあ、今のところ≪ギガエグゼ≫まで使えるのは俺だけだからな、負ける心配はないだろうが、ここじゃあ油断は敗因ではなく敗北直結だからな。()()()()()

 そう言って薄く笑む謙也に「らしいなぁ~~!」っと笑い飛ばす勝。

 彼は壁から背を放すと、謙也とすれ違いざまにその目をチシャ猫のように細めた。

「だったら俺との戦いも楽しみにしてろ? 俺はここぞという時にギャンブルで負けたことはねぇ」

 そう挑発してきた事に楽しそうに笑むだけで答えた謙也は、これだけの強敵達に狙われる己の境遇を心の底から楽しんでいた。

(これだから、“最強”は譲れん………ッ!)

 二年生、それは一年生と違い、生徒の立ち位置が決められている世界。その中で行われる人間関係は、悪意が全く無かろうと、闘争の気に満ち満ちていた。

 現在の一年生が、この領域に辿り着くのは、まだまだ先の話である。

 

 

 06

 

 

「こ、これってなんなんですか………っ!?」

 三日目の夜、想像以上に食べてしまった悲劇の夕食を体験してしまった不幸をバネに、カルラ・タケナカ自室でタブレットの画面を覗き込みながら驚愕の表情を模っていた。

 タブレットに映し出されているのは、今日までのBクラス全員の成績表(仮)だ。情報収集に長けた一部生徒から買い取り、後の結果から、どの生徒の情報をこれから頼るべきか判断するために、先駆けた投資感覚で入手した物だ。

 その中の一つ、最も信頼できそうな情報に映し出されたジーク東郷の成績を確認して、カルラは呆然実施となっていた。彼の成績には敗北数が0で、勝利数は3となっている。つまり、一度の敗北も無い完全勝利である。イマジネーターの実力は同学年ではほぼ拮抗するのが常識とは言え、今は入学して間もない初めての実践。組み合わせ次第ではこう言うケースも起こりうるのかもしれない。

「にしても、これは明らかにおかしいでしょう………?」

 そこにはありえない数値が記録されている。試合中に獲得したポイントと、失点のポイントが表示されているのだが、そこにジークの失点が一つも記載されていない。

「いくらなんでもこんな………!? タスクでも殆ど失点していないってどう言う事ですか?」

 これはありえ無さ過ぎる事だ。実力拮抗が普通の同学年勝負で、ここまで圧倒的な実力を見せるなど、普通はありえない。異常過ぎる。

 さすがにこの結果には何か裏があると思えてならない。カルラは情報を整理しながら検討してみる。

「『不滅の肉体』? 『恐らくはジークフリートをモデルとした能力と思われる』? 圧勝したのはこの能力による耐久性のおかげ? いや、そうだとしてもタスクでも好成績を残すなんて普通は出来ない。だとしたら何か? 何かデフォルトで備わっている『加護』の力が彼自身のポテンシャルを強化しているのかしら? でも、それにしてはレベルが高すぎる………。ステータスに『不死身』とか付いてるんでしょうか? ………ははっ、まさか? もしそうなら能力以上に肉体的耐久性の加護を有してる事になるじゃないですか? そんな人がいたら間違いなく一年生最強の生徒………」

 笑い飛ばそうとしたカルラは表情を改め、もう一度資料の中の男を真剣に見つめる。

「でも、もし仮にそうなら………、アナタが私の王なのですか?」

「なにカルラ? アンタって王子様探しにイマスクに入学したの?」

 突然声を掛けられ、カルラは慌ててタブレットを手の内で御手玉した。何とかキャッチして床に落とさずには済んだが、変わりに自分がベットから落ちて額を床に打ち付けてしまう。

「ううぅ………、い、痛い………」

「何やってるんだか………」

 呆れて溜息を漏らし、カルラに手を貸すのは火元(ヒノモト)(ツカサ)と言う名の、カルラの同室の少女だ。

「べ、別にそれが全ての目的と言うわけでは………、イマスク卒業と言うだけで社会的職の安定性は保証された様な物ですし、入れるなら入ってしまった方が良いと考えただけよ。………まあ、確かに私の王を探しているのも事実だけど」

「意外と少女趣味だったりするんだね~~カルラはさぁ?」

 司は風呂上がりらしく、頭に被ったタオルで髪についた水分を拭いながら自分のベットに腰掛ける。

「少女趣味………? っ!? “王子様”じゃなくて“王様”を探してるのよっ! 自分が仕えるべき主っ! 才能さえあれば女性でも良いんだから………っ!」

「そう言う物?」

 あまり深い興味はないのか、カルラの言葉を素直に受け取る司。

 結構淡白な態度をとられたので、恥じ隠しにカルラは訊ね返した。

「アナタこそ、どんな理由でイマスクに?」

「アタシ? アタシは鍛冶師の家でね? 世界最強の武器を打ってみたかった」

「現代人らしからぬ発想ね………?」

「刃物が鋼の全てとは言わないけど、アタシが求めてるのはそっち系。まあ、だからこそ現代じゃあ社会的にも素材的にも、そこにはたどり着けないんだって解っちゃったんだけどね? でもイマスクには可能性がある。それが何よりの救いだね」

「それで? できたんですか? 満足のいく一品は? 能力もそっち系なんでしょ? Eクラス以下の課題でもあるんだし、ポイント稼ぎ出来そうなのくらいは作れたの?」

「ああ、まあ………、能力的には行けそうなんだけどさ………?」

「何か問題が?」

「先生に指摘されて初めて知ったんだけどね? アタシみたいに、他人に譲渡できる実体物質の顕現をする能力者は、素材を元に作り出すから、どんなに能力が強くても素材が悪いと良い物作れないんだよねぇ?」

「? どう言う事です?」

「ええっと………、同じクラスに及川(おいかわ)凉女(すずめ)って子がいるんだけどね? あの子は頭の中で作った武器を、イマジンで再現して取り出す事が出来るらしいのよね? でも、イマジンだけで作られた物質って、“物体”として不完全らしくてさ? 長い間形を維持できないんだってさ? 放っておくと数分後には消滅するって言ってた」

「はあ、あの混ぜちゃいけない片割れさんに、そんな弱点があったのね?」

「んで、アタシみたいな一時しのぎではない、放っておいても消えたりしない物を作る能力者は、この世界に既に“物体”として固定されている物を元にしないといけないわけだ? それがアタシ達が使う“素材”って奴だな?」

「ようするに、及川さんの能力も魔法系の一種であり、生産系の能力ではない。司の様な能力こそが真に生産系の能力と言う事なのね?」

「おお、そう言われるとちょっと恰好良い………。まあ、でも理解としてはそんなところだな。このギガフロートには、この土地でしか手に入らない鉱石とか植物などの資源もあるそうだが、採取できそうな場所は一年生は基本的に立ち入り禁止らしい。一部解放されている場所もあるにはあるんだが、申請が必要でな? ある一定以上の強さを認められないと許可が下りないそうだよ。アタシは戦闘力が無いから無理だって言われてしまった」

 話を聞いたカルラは、少しだけ不憫な気持ちを抱いた。目標となる物が目前にあるのに手を出せないと言うのは確かに歯痒い物があるはずだ。共感を覚えたカルラは、同時にある事を思いついて提案する。

「それだったら私がメンバーを見つくろって資源を採って来て上げるわ。そのかわり私にも何か打ってくれない? 短剣とかでも良いから?」

「イヤ。アタシ、カルラに打つつもりはないから」

 きっぱり言われたカルラは、ちょっとだけガクッときてしまう。

「良いじゃない、ルームメイトの好なんだし一つくらい………」

「アタシが打った武器を使わせる相手はアタシが選ぶ。ルームメイトとかなんて関係ないね」

 取り付くしまもない様子の司に、カルラは嘆息して諦めた。まだ一年生でまともな武器も作れていないだろうに、どうしてこんな所ばかり職人魂で意地を張るのかと、呆れてしまう。

「それよりそろそろ寝よう? 明日は各クラスの優勝者結果発表だろ?」

「ああ、うん、………はい。わかりました………」

(司の作ってもらった武器、一つで良いから欲しかったのになぁ………。この子は自分で気付いてるのかな? 自分の持つ能力が全世界規模でかなり希少な物だってこと………?)

 明りを消し、ベットの中に潜り込みながら、カルラはふとある事を思い出す。それは取り寄せた情報の中にある、別クラスの動向についてだったのだが………。

(そう言えば、Cクラスで試合中にトラブルがあったらしいけど………、大丈夫だったのかな? あんまり噂とかは無かったみたいだけど………?)

 気になる事柄を思い浮かべながら、カルラはゆっくりと眠りへと付いて行く。




あとがき

レイチェル「あの………、誰かいらっしゃいますか?」

佐々木「ああ、いらっしゃい。此処に来たって事はバイト希望かな? それとも何かお使い?」

レイチェル「あ、佐々木先生でしょうか? 実は尋ねたい事がありまして」

佐々木「俺に? 教師と言っても実際教鞭を振るっていないんだけどなぁ? どんな事だ?」

レイチェル「イマジン体について、ちょっと気になる事があった物ですから」

レイチェル「私のイマジン体と、同じクラスのイマジン体を使役する物では、その実力に高低差があるように見受けられました。これはどう言う事なのかと思いまして」

佐々木「ああ、それね? 一口にイマジン体と言っても種類は複数存在する。君たち一年生のデータで教えるとだね………? ふむ、君の場合は史実に則って生み出される悪魔の様だね? 切城君の場合は、既存の存在を呼び寄せると言うものか? そして東雲くん、彼は………なるほど、君が気になっているのはそう言う事か」

レイチェル「な、何がですか!? /////」

佐々木「これは失敬。まず切城くんのイマジン体は、別の世界に存在する物をこちらの世界に呼び込み、こちらの世界で活動するために必要な肉体をイマジン体として作り出していると言う物だ。これははっきり言って弱いね。呼び出した物は強い存在かもしれないが、それに合わせて作り出されるイマジン体はかなりの高レベル能力者じゃないと完全には再現できない。こう言うタイプは手数と知略で乗り切るタイプだ。だが手札が多過ぎるがために必ず選択肢を物体的な物で選べるようにしておく必要性もある。丁度、彼の持つカードがそれに該当する。だが、あのカードはただのカード、紙切れだ。アレらを媒介、情報として存在を呼び出す為にはイマジンをカードに込める必要性がある。だから一度に使えるカードの数に限りが出てしまうんだね? 彼の手札制限がこれに当たるだろう」

レイチェル「なるほど………、ですが、肉体をイマジンにより再現しているのは私達も同じですよね? どうして契のだけが弱いんでしょう?」

佐々木「彼は一つのスキルで多くのイマジン体をカバーしようとしている。君も使っているなら解るだろうけど、イマジン体は相当高密度のイマジンを操作する操作能力難度の高い術だ。最大の力を発揮させるには、スキル一つで一体のイマジン体という具合が一番理想的だね? ところが彼は一度に何体ものイマジン体を使役している。これは相当に負担になっているはずだ」

レイチェル「ですが、それなら一体だけで戦えば問題無いのでは? 一度に使う数を制限すれば負担は―――」

佐々木「残念だが、それでも無理だ。イマジン体には本来、君達と同じ『イマジン変色体ステータス』が存在する。そしてイマジン体の個体にそれぞれ能力が備わっている。だが、彼らイマジン体は時折イマジン粒子となって消える事があるよね? これはどうしてだか知ってるかな?」

レイチェル「浅葱(あさぎ)(れい)先生から聞きました。イマジン体が粒子分解して消えるのは、肉体を精製し続けるのが疲れるからだと?」

佐々木「あのパパラッチか………(闇」

レイチェル「せ、先生………?(戸惑い」

佐々木「いや、彼女とは同期でね………。気にしないでくれ」

佐々木「まあ、その通りだ。イマジン体はイマジン粒子を結合させ、肉体を作り出しているのだが、実際、肉体を維持するのは相当なカロリー消費だ。………ああ、イマジン体にカロリーなんて無いから例えだけどね? だから彼等は休む時は身体を粒子に分解し、核となる部分を術者の中、厳密に言うと脳の海馬に入り込む事で消滅を避けているんだ」

佐々木「さて質問だけど? 一度分解したイマジン体の肉体データは誰が保存していると思う?」

レイチェル「術者………、つまり、主である私達でしょうか?」

佐々木「半分正解だ。確かに、元となる肉体設計図を預かるのは術者ではあるんだが、それだと、彼等は分解する度に同じ肉体を量産して、その中に乗り込むと言う事になるよね?」

レイチェル「? それが何か問題なんでしょうか?」

シトリー「なにを言ってるの? かなりの問題よ」

レイチェル「ちょっ!? シトリー! いきなり出てこないでくれっ!?」

シトリー「レイチェルが私達の事をどんな風に思っているのか知りませんけど、私達の核は、機械のエンジンとは違うんです。この身体で活動し、使い続ければ、核、“魂”がそれに合わせて成長します。レイチェル同様、私達も個人として力を付けていくわけです。それなのに、肉体が初期段階のままでは、身体を動かすこと一つにだって支障が出ますし、もっと言うと核の方が肉体に汚染されることだってあるのです」

レイチェル「そ、そうだったの?」

シトリー「粒子存在体ではありますが、私達もれっきとした“生物”なんです。機械の様にとっかえ引っ返されては困ります」

佐々木「解り易い例えで言うなら靴かな? 新品の靴よりある程度使い慣れた靴の方が動き易いし、靴擦れなんかの心配もない。毎日新品の靴を履き替えていたら、脚の方が付かれるんじゃないかな?」

佐々木「それに、その娘もさっき言ってたけど、イマジン体の肉体だってちゃんと成長してるんだ。見た目には現れない事が多いけどね? これはゲームのアバターと同じ理論かな? せっかくレベルを上げたのに、ゲームの電源を切る度に初期設定で戦わされていたら溜まった物じゃないだろう?」

レイチェル「た、確かに………」

佐々木「だから、初期段階、つまり大まかな設計図(システムデータ)は人間の頭の中に、成長している進行(セーブ)データはイマジン体の核が記憶しているんだ。こうする事で彼等は主と共に成長する事が叶っているんだね」

レイチェル「なるほど………。ですが、それと契くんの負担の話とどう繋がるんでしょう?」

佐々木「今説明したイマジン体の核が有する記憶。つまり進行データだけどね? これは『イマジン変色体ステータス』を有している程の精巧なイマジン体でないと出来ないんだ。でもね、思い出してみてくれるか? 肉体を粒子分解している間、イマジン体の核は人間の脳に記憶された状態にあるんだよ? つまり保管される場所は結局同じだとも言えないかな?」

レイチェル「た、確かに………。記憶を入れた箱を蔵の中に入れている様な物ですよね?」

佐々木「そうさ、つまりそれだけ重量の重い記憶を大量に脳内保存しないといけない。それを彼の様に一度に何百体も保存しておくと言うのは、かなりの負担じゃないかな? 例え呼び出しているのが一体でも、脳内では控えている記憶が沢山ある訳なんだからね?」

レイチェル「凄過ぎて創造できませんね。したくも無い程に辛そうです」

佐々木「その負担を避けるために、彼は魂を別世界から呼び出し、肉体は初期設定の物で補っていると言う事だ。だから、イマジン体一体の戦闘力はかなり劣化してしまうんだよ」

レイチェル「なるほど………、契くんも中々複雑な事をしていたのですね」

佐々木「それで、最後は東雲くんだけどね? 彼は………、よくイマジン体の事を知ってるみたいだね? スキル一つにつき一体のイマジン体を使役する事で、自身の成長に合わせつつ、大量のイマジン体を使役して行ける様に準備している。その上一体一体の設定をしっかりする事で能力値も申し分ない物に仕上げている。イマジン体を使う上では、彼の方が上手かな?」

レイチェル「ムッ、私があいつに劣ると?」

佐々木「イマジン体の性能差ではね。特にあの九曜って子? 出来栄えだけで言えばあの子に勝てるイマジン体は一年生にはいないでしょう? アレはどう見ても二年生後半のレベルだ。たぶん誰かに譲渡してもらったんじゃないのかな? あれには勝てなくても仕方ないさ」

レイチェル「………負けません。私はアイツなんかに負けるわけ無いです。仮にあいつが私より強いと言うなら、私がその実力差をひっくり返して見せるだけです」

佐々木「さすがイマジネーターは対抗意識が強いねぇ~~? 自分と同じ能力者相手には絶対譲らないもんね?」

佐々木「でも、君だって充分勝っているところがあるんだよ?」

レイチェル「ど、何処ですかっ!?」

佐々木「君はイマジン体を自身の身体に憑依させられるようにしているでしょう? それって実はかなり難しい技術なんだよね? 切城くんも似た様な事をしてるけど、彼の場合は上っ面の能力だけだからね、これはそれほどすごい技術じゃない。君はイマジン体の核、魂まで一緒に同化させて意識を共有できるでしょ? アレってかなりすごいんだよ?」

佐々木「東雲くん、『自分もやろうとして失敗した』って、以前ぼやいてたからね?」

佐々木「それに、君は魔法陣を使ってイマジン体を呼び出してるでしょ? アレも素晴らしく良い工夫だ。普通のイマジン体は、肉体を分解されると、術者の半径一メートル圏内でないと肉体を再構成できない。だが、君は魔法陣を介すれば、どんなに離れていたって呼び出し可能だ。これは使い方次第ではかなり有効に使えるんじゃないかな?」

レイチェル「な、なるほど………っ! やっぱり私はアイツなんかに劣って無い………! 私の方がもっと上手く使える!」

レイチェル「御指導ありがとうございました! また質問がありましたら、その時はまた御指導御鞭撻のほど、お願いいたします!」

佐々木「ああ、いつでも来てくれ」






龍斗「うぅ………っ、比翼まで使ったのに負けてしまった………」

聖「龍斗」

龍斗「(ひじり)ッ!? あ、あの、俺は別に浮気とかしてたわけじゃなくて―――っ!?」

聖「あはは、そんなに慌てなくても良いって。私は龍斗さんの事解ってるしねぇ~? だからこそ、他の人と比翼が出来る事も、私にとってはむしろ誇らしかったりするんだよ?」

龍斗「あ、ありがとう………」

聖「………でも、私でもやっぱり嫉妬したりはするかなぁ~?」

龍斗「ご、ゴメンッ!! 聖が嫌なら! 皆には申し訳ないかもだけど………、俺、もう二度と聖以外と比翼は使わないから!」

聖「いや、それはダメでしょう? 私だって皆の事は嫌いじゃないし、そう言うところまで気を使ってくれなくて良いからさ? 使うべき時には使ってよ?」

龍斗「あ、ああ………、解ったよ」

龍斗(でもこれって、理解のある良妻に胡坐をかいた浮気性のダメ亭主って気が………)

聖「まあ………、でも………」

龍斗「な、なにっ!? 聖が望むなら、俺出来る限り叶えるよっ!?」

聖「それじゃあさ………」

聖「また、デートに誘ってくれるってことでどう?」

龍斗「………? そんな事で良いの? って言うか、俺は毎日だって聖をデートに誘いたいんだけど?」

聖「え……っ!?///// ああ、そう………? ま、まあ………、嬉しいかなぁ~? //////」

龍斗(か、可愛い………)

龍斗「分かった。じゃあさっそく、今度の休日、デートにお誘いしても良い?」

聖「にふふっ、喜んで♪」

聖「さて、じゃあ、私の順番終わりかな?」

龍斗「へ? 順番?」

愛枝「龍斗ッ!? 貴様またしても美希お義姉様の唇を奪ったなぁっ!?」

龍斗「愛枝(あき)っ!?」

愛枝「ゆ、許さんぞっ!? お義姉様の唇をお前なんかに―――ッ!?」

龍斗「い、いや、ちょっと待て………っ!? まさかまた………っ!?」

愛枝「よこせっ!! お前に預けるくらいなら私がお義姉様のキスを頂く!! もう一度間接キスだ~~~~っっ!!」

龍斗「美希さんとは間接でも、俺とは直接になっちゃうだろうっ!? やめろって! お前毎回美希さんの事で暴走しすぎなんだよ~~~っ!?」

聖「にふふっ♪ これだからお兄さんの傍は譲れないよねぇ~♪」

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