Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです)   作:五十川タカシ

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遅くなって申し訳ありません。

10月に入れば……仕事が一区切りつくかも(希望的観測)
それまでは投稿ペースは鈍ると思います
申し訳ありません…………ORZ

グダオに関してはネロのために10ガチャを3度ほど回したらオルタセイバーが出ました
…………物欲センサーって本当にあるんですね(小並み感)


第四十三話「蘇りし古代竜。または舞台袖の観測者」

 伊丹たちがエルフの森に向かう数日前……主上であるハーディの命を受けたジゼルは飛龍を駆り、ファルマート大陸の僻地へ向かっていた。

 ジゼルがハーディから聞いた話によれば――そこは遥か昔に建設途中で廃棄されたハーディの分祠(ぶんし)であり、地下神殿を建設するために掘削された広大な地下空間にはハーディを奉る祠の代わりに、一体の巨大な竜が封印されている。

 ジゼルは確認のために既に一度その場所を訪れていた。その帰路にて片手に令呪が発現したのだ。

 令呪が発現したことに関して、ジゼルは多少の後悔を抱いていたりする。

 ランサーを召喚したことはいい……問題はその後だ。神殿都市ベルナーゴに招かれた二人の内の片割れ――全身に令呪を刻む少女を真似て、ハーディはジゼルの令呪を拡大し全身のタトゥーに転写したのである。

 マキリが全身全霊を賭けて生み出した令呪システムを、ハーディは鼻歌混じりに僅か数日で解析してみせ、応用実験としてジゼルに複製した追加分の令呪を適合してみせた。

 しかしその御蔭で、ジゼルは三日三晩地獄の苦しみを味わった。

 アイツベルンのホムンクルスでさえ数年を要した多大な苦痛を伴う自作令呪の移植を僅か三日で執り行うということは……数年分の痛みや苦しみを三日間に凝縮することを意味する。

 通常の人間ならば何百回と死に絶える激痛だったが、不死の亜神たるジゼルは死ぬことすら許されずに三日の間痛みに耐えるしかなかった。

 けれどその怒りや不満がハーディに向けられるかと云えば、そうではない。

 ジゼルはハーディの寵愛を受けて使徒に選ばれた――つまりただの信徒である頃からジゼルはハーディに目をかけられていたのだ。

 ハーディの寵愛とは時として厄介で、子供に弄ばれるお気に入りの玩具の如き扱いを受けることもある。

 故にジゼルは亜神となる前からハーディの無茶振りや可愛がり(・・・・)という洗礼を散々受けた後……使徒に選ばれた(※大抵の場合は使徒に選ばれる前段階で廃人となるか、さもなくば死亡する)。

 そして亜神となってからはハーディのより一層の可愛がりや無茶振りを受けながらもジゼルは潜り抜けてきた。

 それでもジゼルはハーディを恨んだことなど一度もない。そもそも幼少よりハーディの信徒としての教育を受けてきたジゼルは、ハーディに絶対の信奉を抱いでおり疑うという単語が頭から欠落しているのだ。

 よって現在溜まったジゼルのヘイトは偶然自分に宿った令呪や、気紛れの原因となった客人二人の片割れに向いていたりする。

 まぁ細かいことを気にしないジゼルなので、後数日もあればさっぱり忘れていることだろう。そういう大らかな性格故に、ジゼルは長年ハーディの使徒を務めていられるのである。

 目的に到着したジゼルは、周辺の警戒のためにランサーを地上に待機させ一人地下へと潜っていく。

 封印されている竜がどのようにしてファルマート大陸へやってきたかはジゼルにも分からない。

 異界から現れたと伝承では伝えられているが、主上たるハーディは自らの手引きがあった否かをジゼルに語らなかった。それでも異世界から出現したのは確かなことらしい。

 出現した竜により、(いにしえ)のファルマート大陸全土が危うく焼き滅ぼされかけたそうだが……神々たちとその配下である亜神や信徒たちが一丸となって戦ったことにより古の竜を何とか撃退し、建設途中だった地下神殿の大穴に押し込め生き埋めにした。

 後は地下の自らの領域とするハーディの権能により、竜を強制的に眠りにつかせたのだ。

 本来なら身動きが出来なくなった竜の魂を縛り、自分の配下にする心積もりであった ハーディだったが……竜の力が余りに強かったため完全には支配出来なかったのである。

 それから幾星霜、ハーディが(くだん)の竜を管理してきた。

 適当に異界の門を開いて遺棄しようとも考えたハーディだが、結局は『何かに使えるかもしれない』と思い直して封印を続け――現在に至る。

 ジゼルが最下層に降りると、それなりに開けた空間に辿り着く。

 片手にもった松明でその空間を照らすと……土の壁から巨大な竜の首だけが露出し、横たわっていた。

 竜の口から漏れた生暖かい寝息がジゼルを撫でる。

 途方もない年月眠り続けている筈だというのに竜は痩せ衰えた様子はなく、鱗も艶も鮮やかなまま保たれていた。その様はまるで亜神のようですらある。

 ジゼルは亜神となって得た身体能力より地を蹴って飛び上がり、竜の額へと降り立つ。

 何度か竜の額を小突くようにして蹴って……それでも起きないことを確認してから、ジゼルは背負った剣を手に取る。

 それは異様に細長い剣だった。刀身の横幅は通常のロングソードほどだがその長さは槍のように長く、狭い通路で何度も引っ掛かってしまったほど。

 その正体は“鎚下(ついか)”の敬称を持つ亜神――モーター・マブチス作の儀礼用剣。

 彼とそれほど交友があるわけではないハーディは、己の信徒を通じた裏ルートから灰色の手段(・・・・・)を用いてこの儀礼剣を入手していた。

 元々嵌っていた宝玉は取り外され、ハーディの加護が込められた特殊鉱石が柄に収められている。

 この剣と特殊鉱石を触媒(ベース)とし――傀儡竜に使われていた制御術式、マキリの令呪システム、そしてハーディの魂を操る権能を融合(ミックス)

ジゼルが手にしている剣は――対心宝具と云っても過言ではないシロモノに仕上がっていた。

 逆手に持った剣と松明を両手の中に束ねると、ジゼルは勢いよく竜の額の中央に剣を突き立てる。

 竜鱗を貫通した剣の刀身は、そのまま竜の脳へと到達する。

 すると痛みで反応するかのようにして竜の首がのたうつように跳ねた。 

 ジゼルはすぐさま剣の柄を離し、松明を片手に握って出口の階段方向へ飛び退く。

 それからしばらく竜の首が暴れて地下が大きく揺れたが、地面に埋まった体はまだ動かせない様子で……しばらくして竜の首は静止した。

 

『――上手く繋がったわ。ご苦労様、ジゼル』

 

 竜の口から声が漏れる。その声の主はジゼルの主上たるハーディであり、ジゼルは大きく溜息をついてからハーディに返答した。

 

「生き埋めにされるかと思いましたよ」

『大丈夫よ。生き埋めになったら何か月でもかけて掘り出してあげるから。それに今は頼りになる従者も居るじゃない』

 

 ハーディはさらりと恐ろしいことを口にしてから、ジゼルのサーヴァントとなった彼のことを話題に上げる。

 

「ランサーの奴のことですか。……本当に信用出来るんです、アレ? 太陽神フレアの使徒みたいなものなんでしょ?」

「それは飽くまで私たちの基準に当て嵌めればの話であって、実際は似て非なる存在よ。それに私は彼から嫌われているけど、貴女は好かれているじゃない?」

「それが気に入らないんですよ!」

 

 ジゼルは口元を尖らせ不満そうな表情をする。ジゼルは主上であるハーディに対するランサーの不敬な態度を快く思っておらず、その不満を隠すことなく表に出していた。

 ランサーもジゼルも裏表のない性格をしており、似通った気質を備えていることを考えるとハーディの口元は自然と綻ぶ。

 

「でもねジゼル……私は彼のこと気に入っているわよ。あれほど高潔な魂の持ち主は滅多に現れないもの。けれど魂の密度が厚すぎて他の二人同様、心が上手く読めないのは難点ね」

 

 ハーディの読心はランサーや他に二人の少女に対して上手く作用していない。しかし悠久の時を過ごしてきたハーディにとって、相手の表情や仕草から内心を(おもんばか)ることは難しくない。

 口では難点と云っているが、実のところハーディはランサーたちの心の中を推察することをゲームのように楽しんでいるのだ。

 そんなハーディの内心など露知らず、ジゼルは一旦自身の不満を棚上げしてから話を進める。

 

「分かり、ました。――で、この竜はどうします?」

「まずは力を付けるための栄養補給が必要だわ。マナの吸収だけじゃ効率が悪いから……傀儡竜たちと同じく手綱を多少緩めて野に放ちましょう。後は勝手に餌場に向かう筈だから……貴女は何もしなくて大丈夫よ、ジゼル。ランサーを伴ってベルナーゴに帰還して頂戴」

「はい、全ては主上さんの……主上の御意志のままに」

 

 最後の言葉を云い直すと、一礼したジゼルは踵を返し急いで地下から地上へと脱出する。ほどなくして地面を突き破り、漆黒の古代竜は数千年振りに大空へと舞い戻った。

 ジゼルは知らない。

 封印されていた古代竜がハルケギニアを滅亡の危機に追いやったエンシェント・ドラゴンの生き残りであり、当時のガンダールヴを喰らって“神の左手”のルーンの力をその身に宿した最凶の個体であることを。

 そしてハーディもまた気付かない。

 自身の加護を込めた来歴不明の鉱石の正体がどこかの世界の月の聖杯(ムーンセル・オートマトン)の欠片であるフォトニック純結晶であり、その中にはムーンセルが危険な汚染分子と判断し、厳重に圧縮封印されたとある反英霊(・・・・・・)が混入していたことを。

 かくして魂を汚す黒い泥は、脳を突き刺す剣を通じて古代竜の中へと溶けていく。

 

 

 

 

――その結果が一体何をもたらすのかを、この世界に居る者たちはまだ誰も知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間と視点を伊丹たちへと戻そう。

 コダ村の村長の云っていた森の集落の手前に来てみれば、一帯の森は炎に包まれていた。

 煙の立ち昇る上空の双眼鏡を向けた隊員たちが見たのは、巨大な黒い竜だった。

 双眼鏡を片手に握った桑原曹長は、驚きと戸惑いの表情を浮かべながら独白を口にする。

 

「まるで翼の生えたゴジラ……いや、一本首のキングギドラか?」

 

 桑原は脳裏に思い出されるのは平成ではなく、まだ自分が若い頃に見た昭和のゴジラ。まさか自衛隊員として自分が怪獣と遭遇するなど当時の彼は思いもしなかっただろう。

 すると隣に居た伊丹は少しばかり茶化すように応じた。

 

「古いなぁ、おやっさん。今時ならエンシェント・ドラゴンとかでしょ?」

「エンシェント・ドラゴン? そいつはハルケギニアに居たとか云うとんでもない怪物のことですか?」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 伊丹としては創作の中(フェクション)のネタとしてエンシェント・ドラゴンを話題に上げたつもりが、桑原には真面目な考察に聞こえたようだ。

 そして冗談にせよ、伊丹の指摘は間違っていなかった。

 

「伊丹二尉、どうしますか?」

 

 声と共に伊丹に近づく栗林は、既に肩紐で下げた64式小銃の銃把(グリップ)を握りこんでいた。

 伊丹は内心で『やる気満々だねぇ』とか思いつつも、このまま正面からやり合った場合……どうなるのか考える。

 こちらの装備は各隊員の標準装備となっている旧式の64式小銃に加え、軽装甲車両(LAV)に懸架されている12.7mm重機関銃一挺、高機動車と73式トラックには5.56mm機関銃がそれぞれ各一挺ずつ(どちらか片方の銃架には62式機関銃が据えられる予定だったが、現場の強い反対によって却下されていた)。

 理由は……お察しの通りである(62式云うこと聞かん銃というこの銃の渾名的な意味で)。

 後は110mm個人携帯対戦車弾――通称LAMが炎龍級の特地危険生物対策として各車両に一挺ずつに搭載されていた。

 帝国軍の偵察隊と突発的に遭遇し、交戦するならば過剰戦力かもしれないが……炎龍クラス以上の怪物が相手となるなら全く心もとない。

 加えて森の外周には平原が続いており、森の中に入れば車輌の機動性はガタ落ち……かといって平原ではドラゴンから気付かれた場合……ドラゴンの速度次第では振り切れるかどうか怪しい。

 エルダント帝国の存在する世界の竜は12.7mm重機関銃(キャリバー)竜鱗(そうこう)を貫通できたそうだが、この世界の龍の硬さはさらにワンランク上の戦車の装甲並みで、手持ちの装備で辛うじて通じると思われるのは僅か数発分のLAMしかない。

 第三偵察隊に配属されている美埜里はそのLAM一発で、傀儡竜の顔を綺麗に吹っ飛ばしたとかいう話だが……、

 

(どう考えても戦力不足……無謀ってレベルじゃないよな、やっぱり。逃げるか――いや、ここは様子見かな)

 

 黒い龍が伊丹たちに気付いた様子はない。今の内にこっそりと近くの林の中に移動して車輌を隠し、様子見に徹することを即座に決断した伊丹は上空のドラゴンを指さして、栗林に分かりきった問いを投げかける。

 

「あのドラゴンさぁ、何もない森を焼き討ちする習性があると思う?」

 

 伊丹は言外に『集落が襲われているって分かってるよねぇ?』と栗林や周りの隊員たちに告げたつもりだったのだが、当人の反応と云えば……、

 

「ドラゴンの習性に興味がおありでしたり、伊丹二尉自身が確認をしに行かれては?」

 

 ……等と、つれない返事を返された。一方周囲の隊員たちは集落襲撃の可能性に気付いた様子で顔を青くしながらも表情を引き締めていく。

 ここまま栗林に対して冗談を続けようかとも考えたが、状況的に不味いと思った伊丹は栗林に集落襲撃の可能性を気付かせるための言葉を続けた。

 

「――なぁ、栗林? 確か市ヶ谷(ぼうえいしょう)の発表じゃ……両断された炎龍の胃袋の中身は溶けかけた人間や亜人の白骨で満たされてたって話だったよな?」

「隊長それは、え……まさか――ッ!!」

 

 珍しく真剣な声色で伊丹が話すと、ようやく栗林は集落が襲われている可能性に気付いた様子で慌てて73式トラックに乗り込もうと駆けだした。

 だが、伊丹はそれを静止する。

 

「待て、落ち着け栗林!!」

「ですが隊長ッ!!」

「頭を冷やせ! 俺たちに与えられた任務は交戦ではなく、偵察だ。適当な場所に隠れて様子を見る。それでしばらくしてドラゴンが居なくなったら森の中を探索するぞ、いいな?」

 

 栗林はしばらくの葛藤の後……、

 

「……分かりました」

 

 そこまで云われて栗林もドラゴンと戦闘の危険性を悟った様子で、大人しく伊丹の命令に従った。

 

「――よし、全員移動開始だ。ドラゴンに気付かれないように注意してくれ」

 

 伊丹の命令に従って第三偵察隊は黒い竜の死角となる安全地帯に身を隠し、遠方へと飛び立つまでのしばらくの間、黒い竜の行動を監視するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 その空間はたった一室で完結した世界であった。

 そこはエルダントのある世界でも、ハルケギニアの存在する世界でも、ゲートの向こう側でもなく。まして地球でもない。

 その部屋はどこにであって、けれどどこにもない場所なのだ。

 四方の壁と天井に床――その全てが色あせた趣ある木材で組まれていた。部屋を飾るアンティークの数々は高級感を漂わせながらも嫌味な感じは全くせず、むしろ部屋の空気を荘厳なものへと押し上げている。

 そして窓の外からは――何故だが無限の星々が瞬く宇宙が顔を覗かせている。

 本来ここはとある魔法使い(・・・・・・)の所有する物件であったが、今はある人物が借り受けている。

 そして世界(ほし)の縮図と云うべき部屋の中心の椅子には本来の主ではなく、青い髪の少年が堂々と腰かけていた。

 その服装はまるでどこぞの劇団の役者か、でなければどこかの劇の語り部のようにも見える。

 少年のように見えるが彼が放つ存在感は通常の人間に比べれば並々ならぬもので、一般人が座れば存在感を呑まれかねないほどに立派な椅子と見事に存在を調和している。

 そんな不可思議な少年は悪戦苦闘しながら“ある一冊”の本の執筆活動に勤しんでいた。

 ふと青髪の少年の筆が止まる。羽根ペンを震わせ、ペン先からはインクが零れるが……少年はそんなことなど気にも留めす。

 

「あ~~駄目だ駄目だ! こんな筋書き三流以下にも程があるッ!!」

 

 青髪の少年は激情に任せ、十数項にもなるページを纏めて破り捨てる。宙を舞う無数のページ。だが不思議なことに破れた無数のページは地面に着地すると溶けるように消えていき、破れた箇所は全て白紙の項へと戻っていた。

 青髪の少年は羽根ペンをインクに浸すと、腕を組んで椅子の背もたれに背中を預けた。

 そのサイクルは数えるのが馬鹿らしくなるほど繰り返されており、少年の執筆活動は遅々として進んでいない。

 青髪の少年が気晴らしにパクリ騒動で後世に名を残したとある作家(・・・・・・)の本でも読んで散々酷評してやろうと思い立った時……ちょうど電話のベルがけたたましく部屋に鳴り響いた。

 青髪の少年が音の発生源に視線を向けると、机の横には散乱する紙束と積まれた本の山の隙間にいつの間にか電話が出現していた。

 念の為に云うが、少年が置いた訳ではない。

 その外観は現代ではめっきり見かけなくなったダイヤル式のアンティークめいた電話機であったが、その電話は木目や金属の光沢を見られずまるで巨大な蒼玉(サファイア)の鉱石を電話機の形に削り取ったかのような宝石細工の如き異質な見た目をしている。

 青髪の少年は大きく溜息を吐いた後……心底嫌そうな顔をして受話器を手に取った。

 

「はいこちら、三流童話作家のサーヴァント――キャスターだ」

 

 精一杯の皮肉と毒を込めて青髪の少年――キャスターは電話に出たのだが、電話の相手は特に気にした様子はなく、陽気な声でキャスターに応じた。

 

『…………………………………………………………………』

「何? 執筆活動は順調か……だと? 阿呆か貴様は! 何度説明するば分かる。俺は遅筆だ! なに? だったら保有している高速詠唱のスキルはなのためにあるか? ――馬鹿めッ、そんなものは飾りに決まっているだろう!!」

 

 満面のドヤ顔を浮かべたキャスターはまるで決まり文句でも口にするかのように、送受器に向かって云い放つ。けれどそれに対しても電話の相手は特に気にせず話を続けた。

 

『…………………………………………………………………』

「はぁ? またテコ入れで役者(エキストラ)を増やした! 今度は二人? 受肉した外典のセイバーに、月のマスターだと!? 全くどれだけ作家の苦労と登場人物を増やせば気が済むのだ。…………分かった、こちらは委細承知した」

 

 不満を隠そうともせずそう云いながらキャスターは、部屋の隅の木卓に乗せられた杯に視線を傾けた。

 

 ――それこそが今回の聖杯戦争においてサーヴァント召喚の呼び水に使われた聖杯。

 

 電話の主でありキャスターのマスターである人物が自らの迷宮で使っていたものを友人の協力を得て手を加えたものらしく、それは通常の聖杯とは異なり召喚の機能だけに特化していた。

 この聖杯の能力を詳しく説明すると――平行世界で行われている聖杯戦争を感知してラインへと割り込み……座から英霊が召喚されるか、もしくは敗退した英霊が座へと還るタイミングで干渉。こちら側へと引っ張り込んだ後、令呪を与えられたマスターの世界へと強引に召喚する仕組みとなっている。

 これにより土地の信仰基盤に関係なく強力なサーヴァントを呼ぶことすら可能であるが、欠点として維持による魔力の大半をマスターが賄わなければならず、召喚の際にサーヴァントの持つスキルや宝具が稀に欠ける場合もある。

 かくゆうキャスターも月の裏側にて少年少女に青臭いエールを送り、恋を知らなかった女性(マスター)に向かって告白までした後に、座へと戻ろうしたキャスターはそこからこの場所へと引っ張りこまれた。

 余韻を台無しにされた挙句、またも物語を書いてくれと頼まれた時は正直この電話機を窓に向かって放り投げてやろうかとも思ったが……物語の主役となるべき子供と出会って考えが変わった。

 

『■■ね! おおきくなったらツキにいってママのこころをとってくるんだ!!』

 

 不幸に塗れながらも幸福を信じてやまない子供の在り方に、キャスターはかつて自分が愛した少女の微かな面影を見た。だから――、

 

『ならば約束しよう。この俺がその物語を書き連ねると!』

 

 故にこうして不本意ながらもキャスターは執筆活動に従事している。

無論現在の彼……否、彼女の体を動かしているのが当人ではなく、電話の主であるマスターが選んだ別の魂魄(イレギュラー)であることも承知済みだ。

 

 

 ……だか、それがどうしたというのだ?

 

 

 所詮物書きなど独りよがりな生き物であり、加えてその身は作家になった時から既に読者の奉仕者(サーヴァント)と化している。

 当人が報われる、報われないなどキャスターにとって問題ではない。書くか書かないか? 問題はただそれだけのこと。

 それに元々童話とは子供のための物語である。

 ならば童話作家と呼ばれたキャスターが子供のために物語を書くのは、ある意味で当然のことと云えよう。

 

「しかしマスターのような存在が実在したとは……デュマのやつの大法螺もあながち嘘ではなかったわけか。本当に関わり合いなるとは、長生きも悪いことばかりではないな……まぁ死んでいる訳だが」

『…………………………………………………………………』

「はぁ? サーヴァントになったデュマも同じようなことを云っていた? アイツと俺が似たもの同士ぃぃ? やめろ、虫唾が奔る。アレと俺を一緒にするな。カタチは似ているかもしれないが在り方は正反対だぞ、ふざけるのも大概しろ! クッ、こんな姿で会えばヤツに何を云われるか……少なくと俺を指さし腹が捩れるほど大笑いした挙句、『コイツは傑作だ! 今なら俺の劇団の子役で雇ってやってもいいぞ』と、したり顔で云ってくるぐらいはやりかねんな」

 

 そんなデュマを幻視してキャスターは体をワナワナと震わせた。

 

『…………………………………………………………………』

「その話はもういいから、この後息抜きにあの喫茶店(・・・・・)に付き合え? ――だが断わる!! 確かにあの奇天烈な店は息抜きと人間観察にもってこいだが、毎回貴様の折り畳みケータイを持って入店など問題外だ。店員にセクハラがしたければ一人で向かうがいい!!」

『…………………………………………………………………』

「折り畳み式からスマートフォンに変えたから大丈夫? 時代は林檎? 寝言は寝て云え、引き篭もりが! ……付き合いきれん!! そろそろ切らせて貰う」

 

 そう云ってキャスターは受話器を台に戻して執筆活動を再開……する前に執筆用の眼鏡をかけ、ヘッドフォンを装着し、プラグを繋いだ電子タブレッドを操作するとウィリアム・シェイクスピアの悲劇『ハムレット』を基にしたオペラの名曲を選択する。

 キャスターの勝手知ったる様子のタブレット操作は、サーヴァントであるから現代の電化製品が苦手であるという話が偏見に過ぎないと如実に証明していた。

 やまない電話のベルをヘッドフォンでかき消しながらキャスターは執筆活動を続ける。

 

 

 

 

 彼が紡ぐその物語は主人公たる少年少女が月の裏側の魔王を打ち倒す物語よりも陳腐で捻りのない凡作(おうどう)

 

 

 ――主人公が■へと至り、数多の世界を滅ぼさんとする黒い聖杯(あくりゅう)を倒して世界を救う……どこにでもありふれた御伽噺であった。

 




次回(またはその次)ぐらいでアンデる……キャスターが云っていたイレギュラー二人が伊丹たちに合流する予定です。

では、

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