Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです)   作:五十川タカシ

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遅くなって申し訳ありません……ORZ

今回も話の長さが普通の倍ほどになってしまい、投稿が遅れました。

後、グランドオーダーですがローマ編までクリアしました。

次のシナリオとキャラの追加が待ち遠しいです。

ゴールデン、はよ!!


第四十一話「柔らかな雲のかけら。そしていつか月の向こう側へ」

 ランスロットと海苔緒の対決から五日後――ド・オルニエール領、サイトの屋敷にて。

 

 

 

 ケイローンとアストルフォは館の廊下を重い足取りで進んでいく。心なしか両名の面持ちにも暗い影が宿っているように見えた。

 目的の部屋の前に辿り着くと、前を歩いていたケイローンが扉をノックした。

 

「……はい、どうぞ」

 

 聞こえてきた返事は、日本の外務職員としてハルケギニアに滞在している御門千早のものだった。

 加えてだがその声の後ろに、もう一人の誰かの話し声が聞こえてくる。

 静かに扉を開けると……千早と一人の少女の姿が見える。どうやら千早はこの部屋で少女の相手をしていたようだ。

 少女の年齢は六歳前後だろうか? 黒髪と黒い瞳をした少女で、何故だか右手の肌(・・・・)だけが日焼けしたかのように浅さ黒くなっている。

 その黒い瞳は時折赤い輝きを宿しているかのようにみえた。

 

「こんにちは、リノちゃん(・・・・・)

 

 アストルフォがにこやかな微笑みで挨拶をすると、少女も無邪気に笑って元気よく挨拶を返す。

 

「こんにちは、アストルフォおねぇちゃん!!」

「――おねぇちゃん? 違う、違う。ボクは女の子じゃなくてオトコノコだから……オ・ト・コ・ノ・コ」

 

 アストルフォの発言に、リノと呼ばれる少女は可愛らしい仕草で小首を傾げてから……、

 

「うん、わかった! アストルフォおねぇちゃんはオトコノコなんだね。リノ、おぼえたよ……アストルフォおねぇちゃん!」

 

 明らかに理解していない様子だったが、アストルフォは苦笑を浮かべるだけでそれ以上の訂正はしなかった。代わりに今度はケイローンが少女に話しかける。

 

「どうも、こんにちは」

 

 ケイローンらしい優しい笑みと声。けれど何故だか少女は俯きながら後退し、千早の足を掴んで足元の後ろに隠れてしまった。

 そして少女はちょこんと顔を覗かせて。不安げな様子で口を開く。

 

「おじさん……おいしゃさんなんでしょ? リノはおちゅうしゃきらいだよ。だって、いたいもん!」

 

 ケイローンは困ったような笑みを浮かべると、千早やアストルフォに目配せをしてから視線を少女へと戻す。

 

「大丈夫ですよ。注射も痛いこともしませんから。この前と同じで病気になっていないか、少し調べるだけです。……ですよね、お二人とも?」

 

 すると千早とアストルフォは少女に対して笑顔を浮かべてみせ、『大丈夫』と説得する。

 少女はしばらく『う~~ん』と悩むように唸った後……、

 

「……わかった。でもほんとにおちゅうしゃはやだからね! ウソついちゃやだよ!」

「はい、分かっています。では、そこの椅子に座って下さい。少し診察しますので」

 

 ケイローンが椅子を指さすと、少女はとてとてと走って椅子へと座った。

 もう一つ椅子を部屋の隅から持ってきたケイローンが向かい合うように着席し、診察が始まる。

 少女がドレス(ルイズが幼い頃に着ていた物のお下がり)を肌蹴ると……下着姿と共に見えたのは胸元の刻印。

 深いエメラルドの輝きを放つソレは、ジークフリートの胸元に刻まれていたモノであり、さらに遡れば邪竜ファヴニールの胸部に存在していた竜種の証。

 少女の胸元で妖しく輝くソレは竜の因子をその身に宿したことの――ある種の証明だった。

 しばらくの診察の後……、

 

「――はい、これで終わりです。もう服を着てもらって構いませんよ」

「どうだった? リノ、びょうきじゃない? どこもわるいところなかった?」

「大丈夫、問題ありませんよ。いたって健康です」

 

 ケイローンの言葉に少女は『良かった~~』と顔をほころばせた。

 

「それでは僕たちは少し用事があるので部屋を離れますので。アストルフォさん、しばらくの間、リノちゃんのことをよろしくお願いします」

「うん、任せて」

 

 そう云って千早はケイローンを伴い、部屋を出ようとした。

 だが……、

 

「そういえば、チハヤおにいちゃん。リノのママは、いつリノのことをむかえ(・・・)にきてくれるの?」

 

 一瞬部屋の空気が凍りついた。

 幸いにも口にした少女本人は雰囲気の変化に気付くことはなかったが、ドアの方を向いていた千早は再び振り向くのに数秒の時間を要した。

 作り物の笑顔などと全く分からない表情の仮面を被った千早は、優しく諭すように少女へと語る。

 

「ごめんね。リノちゃんのお母さんが迎えに来てくれるまで、もう少し掛かるみたいだから。それまでいい子で待っていてくれるかな?」

「わかった! リノ、いいコにしなさいってママにいわれてくるから、ここでおとなしくまってるね!!」

「……ありがとう、リノちゃん」

 

 そうして今度こそ、千早とケイローンは部屋を出た。

 しばらく歩いて……部屋との距離が空いた所で二人は作っていた笑みを崩し、深刻な表情を表へと出す。

 

「――どうでした、海苔緒(・・・)君の容体の経過は?」

 

 千早が切り出すとケイローンは一呼吸置いてから口を開く。おそらくは気持ちを切り替え、冷静に話すためだろう。

 実は……アストルフォが海苔緒やファーティマを連れて元の空間に復帰してからしばらくして、海苔緒の姿が切り替わってあの少女が現れたのだった。

 故に姿形は変わっていてもあの少女は海苔緒で間違いなかった。……厳密に云えば少し違うのだが。

 

「前回の診察の時と同じく、肉体的には問題ありませんでした。あの状態……半英霊(デミ・サーヴァント)とでも云うべきか。奇跡――というよりは彼女の御蔭でしょうね」

「彼女?」

「リノちゃんのことです。彼女の存在があるから、ノリオはまだ残骸となった精神をあの体に繋ぎ止めていられる」

「……つまり二重人格と?」

「いえ、二つの人格が一つの肉体の宿っているのではなく――二つの魂が一つの体に収まっているというのが正しい。――“両儀”を司る器。根源に繋がったからそうなったのか、それとも元からそうであったから“『』”に接続したのか……」

 

 自問するケイローンだが、答えは出ない。判断材料としての情報が圧倒的に不足しているためだ。

 ふと横を向くと、千早も難しい顔をして考え込んでいる様子であった。

 ケイローンが最後に口にした言葉は独白に近かったため、千早には上手く内容が理解出来なかったのだろう。

 ケイローンは千早が聡い人間だと理解しているが、飽くまで彼は一般人。魔術の知識等持ちあわせている筈もない。

 自分の中の情報を整理する意味を兼ねて、ケイローンは千早に解説をすることにした。

 

「チハヤ殿は、何故双子がそっくりに生まれることが知っていますか?」

 

 問いを投げられた千早はすぐにケイローンが問題にしているのが、遺伝子が云々といった科学的知識でないことを察して首を振る。

 ケイローンはそれを確認してから説明を続ける。

 

「双子の中には一つの魂が二つに分かたれ、生まれてくる者たちが居るのです。一卵性双生児と、今の時代ではそう呼ばれているそうですね。そんな方々の中にはごく稀に、肉体を分かたれながらも魂が繋がったまま生まれてくる者たちが現れることがあります。彼らは一つの魂を二つの躰で共有し、容姿だけではなく趣味趣向までが相似する。そして時に感情や感覚すらも共有することがある。チハヤ殿もそういった事例をご存じなのでは?」

 

 千早は『……確かに』と、テレビや本でそういった出来事があると見聞きした記憶を思い返す。

 加えて何より、千早自身にもかつて双子の姉が居たこと(・・・・)があったので、ケイローンの言葉には自然と納得していた。

 

「リノちゃんとノリオの場合はその逆です。二つの魂が一つの肉体を共有し、肉体を介して繋がっている。ノリオの外見が性別や年齢と釣り合わなかったのは彼女の魂と繋がっていた影響でしょう。逆に今の彼女の右手と胸に表れている刻印は、ノリオの魂がまだ彼女と繋がっている証明でもある」

 

 ケイローンは記憶の消滅により海苔緒の意識が形骸化したことで、眠っていた彼女が表に出てきたのではないか、と予想していた。

 

「しかし彼女の見た目が六歳の時のままなのは何故なんですか? 海苔緒君が心の病んでしまった母親によって、保護されるまで『リノ』という名前の女の子(・・・)として育てられていたことは資料で拝見しましたが……」

 

 そう、海苔緒の母親は海苔緒を男ではなく“リノ”と呼ばれる少女として育てた。

愛する夫に捨てられたことより母親は、子供に対する愛情(こうてい)憎悪(ひてい)の葛藤の果てに――破綻した。

 故に壊れた彼女は、自分の子供を否定しながらも愛する道を選んだのだ。

 

 ――自分の生んだ子は“男の子”なんかじゃない! 

 ――自分の生んだ子は“銀色の髪”なんかしていない! 

 

 しかし現実として子供の性別は男であり、その容姿は母親からかけ離れた外人じみたものであった。いくら髪を染め、服装を取り繕った所でその本質が変わることはない。

 だから海苔緒の母親は現実を思い出す度に発狂し、幼い子供に対して八つ当たりに近い虐待を行った。

 あの“リノ”と呼ばれる少女は、海苔緒の人格が表に出る以前の母親と共に生活していく中で形成された人格なのだ。

 心の病んだ母親(・・・・・・・)という単語を口にした瞬間、千早の中で様々な感情が渦巻いた。それが、千早が海苔緒と自身を重ねていた理由でもある。

 

(僕は母と和解出来た。父の云い分には納得は出来なくとも、多少の理解は出来た。けれど彼の場合は……)

 

 海苔緒の母親は未だ心を病んだまま病院で療養しており……そして海苔緒の父は既にこの世に居ない。

 海苔緒自身も知らぬことであったらしいが、彼の父は離婚から数か月後、冷静に考えた末……別れた妻と再度話し合うことを決意したそうだ。

 だが海苔緒の父親は、話し合いをするために海苔緒たちの元へ向かう道中で事故に巻き込まれて呆気なく死亡。和解への道は永久に閉ざされてしまった。

 政府の調査(銀座事件直後に行われたもの)の結果――どうやらこの事故が、情緒不安定になっていた母親の精神にトドメを刺したらしい。

 

「しかし年齢に加えて、髪や目の色――あまつさえ本来の性別まで異なっているのは?」

「それこそが彼女の能力であると私は思っています。……ずっと思い違いをしていた。願望器としての機能を有しているノリオだと私は思っていました。その実、本当に願望器としての機能を支配していたのは彼女だったのでしょう。肉体を共有するノリオはただそれを借り受けていたに過ぎない。あの姿はあの子が望んだ……いえ、望まれたカタチをとっているに過ぎない」

 

 黒い髪や目に性別の女性化は、母親にずっと望まれていた容姿を叶えた結果であった。

 そして年齢が十数年前と変わっていないのは……おそらく母親から引き離された少女が停滞を望んだ結果なのだろう。

 

「あの子……リノちゃんに本当のことを教えるというのは?」

「やめておいた方がいいと思います。あの子は無色の願望器に極めて近い存在。もし万が一に現実を知り、彼女が現実そのものを否定した場合は何が起こるか予想もつきません。最悪、世界が崩壊する引き金となる可能性すらも私は否定出来できません」

「世界が崩壊……ですか?」

 

 冗談のように思えるが、深刻な表情を浮かべるケイローンを見た千早には、事実であることが強く伝わってくる。

 何でも願いを叶える万能の杯など――それこそ御伽噺の中だけのことだと思っていた千早だが、複数の異世界の実在や銀座での一件を考えれば、そうおかしい話でもないかもしれないと思えてきた。

 

「現状では彼女を隔離する以外の対処法はないでしょう。一刻も早くノリオの意識を目覚めさせることで彼女を再び眠りつけなければ」

 

 その方法が残酷であり、根本的な解決にならないことはケイローンも十分理解していたが、彼女の力の危険性を考慮すればこうする他なかった。

 

「けれど、海苔緒君の意識を回復させるのは本当に可能なのですか?」

「記憶が一部でも戻れば、意識が再構成する可能性はまだ充分に残されている筈です。私も色々と方法を考えてはいます。しかし……」

 

 少女に関する考察をふまえ、ケイローンの中である疑念が新たに浮かんできた。

 

(ノリオの能力はおそらく願望器の力によって得たものですが、いささか戦闘に関しての技能に偏っていたのは一体何故? ただの偶然? それとも誰かが物語(すじがき)を書いて――何らの能力でノリオの力に方向性を与えている? そもそも願望器としての機能を覚醒させた要因は一体……)

 

 賢者と呼ばれた英知を駆使し、仮説を組み上げようとするケイローン。だがその思考は千早の呼びかけによって途中で遮られた。

 

「どうしました、ケイローンさん? 何か考え事でも……」

「――いえ、なんでもありません。それよりノリオやリノちゃんと彼等(ふたり)の母親に関する当時の情報を集めてもらっている件はどうなりましたか?」

「はい、それは既に政府(うえ)に話を通してすぐさま開始して貰っています。――そう云えば」

 

 千早は思い出したように、

 

「リノちゃん――いえ海苔緒君の母親の旧姓ですが……どうやら“さかづき”というそうです」

「さかづき……(さかずき)、ですか」

 

 ケイローンはその苗字に、どこか作為めいたナニカを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃――アストルフォはリノのお守をしていた。……とは云っても今の所はクレヨンで絵を描くリノの後ろ姿を見守っているだけである。

 アストルフォも海苔緒の記憶を所持しているだけにリノの存在は知っていたが、まさか海苔緒と独立した存在だったとは知らなかった。まぁ、海苔緒当人すら気付いていなかったのだから当然と云えば当然なのだが。

 

「何を描いているの?」

 

 覗いてみると、白い画用紙には大きな黄色の月とそこへ向かっているらしき赤い馬が描かれていた。

 その馬には二人の人間が跨っており、アストルフォが予想するに一人は多分少女自身である。

 尋ねるとリノはアストルフォの方を向いて、笑顔で答える。

 

「このエはね……リノがツキへつれていってもらうエなの」

「月へ?」

「うん。そうだよ、アストルフォおねぇちゃん! まえにママにおしえてもらったんだ。とってもムカシにね、トモダチのココロをツキまでとりにいったヒトがいたんだって! それで、そのヒトのトモダチのなまえはね――ローランっていうの」

「……え」

 

 予想だにしない所で己の友人の名前が出て、アストルフォは目を見開いた。

 しかしリノはそんなアストルフォの様子になど気づかず、話を続けた。

 

「リノのママはね……ときどきおかしくなっちゃうの。けどね、それはママがこころをなくしちゃうからだとおもうから……リノもそのヒトにたのんでツキにつれていってもらうんだ! それでねそれでね、リノがママのココロをとってきてあげるの」

 

 夢を自慢するように、誇らしそうに語るリノ。

 今までアストルフォは海苔緒に召喚されたのは偶然と考えていた……けれど本当は、必然だったのでは、と思えてきた。

 

「そうなんだ。リノちゃんは月に行った人の名前、分かるかな?」

「それがね、リノ……そのヒトのなまえ、わすれちゃったの。どうしても、おもいだせないの? ――アストルフォおねぇちゃんはそのヒトのおなまえ、しってる?」

 

 無垢な瞳を向けられたアストルフォは少しの沈黙の後……、

 

「…………ごめんね、ボクじゃ分からないや。でもきっとリノちゃんは月に行けると思うよ。約束する」

「ほんとう!?」

「うん、だから約束しようか?」

 

 アストルフォは片手の小指を差し出すが、リノは笑顔のままかぶりを振った。

 

「だいじょうぶだよ! だってリノ、もうオトモダチと約束したから!!」

「友達と……約束?」

「うん、そうだよ! あおいかみのおとこのこなの。そのオトモダチがね、リノがツキにいけるように、リノだけのものがたり(・・・・・)をかいてくれるってヤクソクしてくれたんだ!」

「物語?」

 

 要領を得ない話であったが、アストルフォはその話がどうにも気になった。青い髪の男の子というのも、非常に怪しい存在だ。

 

「そのお友達って、なんて名前なの?」

「う~んとね…………あれ? リノあのコのおなまえ、わすちゃった? ……でもね、とってもたいせつなオトモダチなんだよ」

 

 今までで一番の可憐な笑顔を見せて、リノは云った。

 

 ――だって、ハジメテできたリノのオトモダチだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――くそ!」

 

 屋敷の書斎では、才人が苛立った様子で壁にドンと手を打ちつけていた。

 

「落ち着いてください、サイトさん!」

 

 シエスタが慌てて駆け寄り、数秒遅れてティファニアも才人を止めに入った。ルイズはこの場に居ない。

 虚無の魔法を使って、鉄血団結党への抗議のためにネフテス国に戻っていたビダーシャルを屋敷に連れて来る手筈となっているからだ。

 もしもルイズがこの場に居たなら、引っぱたいてでも才人を止めただろう。

 シエスタとティファニアが才人の体を抱きしめるように押さえると、才人はしぶしぶながらも動きを止める。

 しかしいつもなら彼女たちと身体的接触があれば頬を緩める彼が、厳しい表情を変えることはなかった。

 

「これが落ち着いていられるかよ! 俺があの夜に海苔緒の様子がおかしかったことに気付いていれば……」

「気づいていればどうにかなった……って云いたい訳?」

 

 口を挟んだのは、屋敷に滞在しているキュルケだった。その隣にはタバサやイルククゥの姿もある。

 

「それはちょっと傲慢だと思うわよ、サイト。それにミスタ・シタケを無茶苦茶みたいに云うけれど……七万の軍に単騎で突っ込んだ貴方が云えた義理かしら」

「う! それは……」

 

 その後もキュルケは嫌味を重ねて、才人の苛立ちをたしなめるのだった。その内心では……、

 

(サイトしかり、ジャンしかり、ミスタ・シタケしかり。男の人って何でこうも無茶をしたがるのかしら? まぁ、そこがいいのだけれど……)

 

 そう思ってから、キュルケは視線を隣のタバサへとずらす。心なしかキュルケには、タバサの元気がないような様子に見えた。

 その原因もキュルケは分かっている。海苔緒の生い立ちに関して聞いてしまったからだ。

 

(心の病んだ母親、ね。世界が変わってもそういう事は変わらないのだから――ほんと嫌になる話だわ)

 

 隣で聞いていたキュルケにも海苔緒とタバサの話が重なったのだか、当人であるタバサもそう感じたのだろう。

 最近までエルフの薬で心を壊されていた母を見てきたタバサにとって、海苔緒の話はとても他人事には聞こえなかったようで、見事にトラウマが蘇ったらしい。

 昨日の夜など『……一緒に寝てほしい』と、夜中キュルケの泊まっていた部屋にタバサが訪れたほどだ。

 あまりに弱り切った様子のタバサに、キュルケは『そういうことはサイトに云ってやりなさい』といった軽口も返せなかった。

 それからしばらくしてことだった。ルイズがビダーシャルを伴い、帰ってきたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 書斎には才人たち、ルイズにビダーシャル、加えてケイローンと千早の姿もある。

 最初に話題に上がったのは、鉄血団結党の代表であるエスマーイルへの責任追及がどうなったかという話だった。

 ビダーシャルは皆の前で頭を下げた。

 

「申し訳ない。エスマーイルに対する責任追及は躱されてしまった。奴はファーティマをスケープゴートとすることで非難を逸らしたのだ。気付くのが遅かった……元々そのためにエスマーイルは手元にファーティマを置いたのだと」

「どういうこと、それ?」

 

 ルイズが目を鋭くして尋ねると、ビダーシャルはエスマーイルに心底呆れ果てたと云わんばかりの表情で語りだした。

 

「ファーティマの一族は、シャジャル……ティファニアの母の一件で負い目を負っている。故に一族の誰かが問題を起こせば通常の何倍も非難が一族に向かって集中する。それをエスマーイルは逆手に取ったのだ。エスマーイルにとってシャジャルは……自分への非難の矛先を逸らす道具でしかなかった」

 

 つまり蜥蜴の尻尾であり、エスマーイルの代わりに泥を被って沈む都合の良い駒。エスマーイルの言葉は偽りだと、ファーティマの一族が抗議をしてもシャジャルの一件で信用を失っているため、世間の非難は結局ファーティマの一族へと向かう訳だ。

 

「そんな、ひどい!」

 

 ティファニアは今に泣き出しそうな顔で感情的な声を上げる。周囲に居た才人たちはすぐにティファニアのフォローに入った。

 ルイズは皮肉めいた口調で、

 

「エルフってのは、本当に高尚な生き物ね。私じゃ、とても真似出来ないわ」

 

 ビダーシャルはそれを聞いて、自嘲の入った笑みを浮かべた。

 

「エルフも人間と大差はないさ。なにせ自分の都合ばかりに重きをおく――自分勝手な生き物なのだから。自分も最近になってそれが分かってきてね、全く嫌になってくる」

 

 それが人間とエルフ、両方の世界を見てきたビダーシャルの結論だった。

無能王ジョゼフに仕えることで、ビダーシャルは人間のエゴをまざまざと見せられ、目を背けていた己自身のエゴにも気付かされた。

 その後に本国の議会に出頭してみれば、責任を押し付け合う醜い議員たちの姿を見せつけられ、ビダーシャルは心底失望したのである。

 しかしだからこそビダーシャルは、エルフと人間の双方を公平に見る視点を得るに至ったのだが。

 

「幸いにもファーティマの一族は我々が保護することが出来た。加えてファーティマ本人も私が死んだと虚偽の報告をしておいたから、今の所は口封じをされる心配もないだろう。しばらくは我々が一族共々匿っておく予定だ。それよりも、ノリオ殿の意識が回復する目途は?」

 

 ビダーシャルがケイローンの方を向くと、ケイローンは芳しくない表情で首を振った。

 

「申し訳ありません、今の所は……。ノリオの記憶さえ戻れば、意識が回復する可能性が出てくるのですが――」

「記憶を……戻す?」

 

 才人はその言葉がやけに引っ掛かった。

 そういえば、そんな出来事があったような……、

 記憶を辿る才人だが、その最中に書斎の扉が開いた。声と共に現れたのはロマリアに居る筈のジュリオ=チェザーレ。

 

「――記憶が戻ればいいのか。そうかい、それはちょうど良かった」

 

 部屋に入るとジュリオは直ぐに会話に参加する。おそらくは壁の向こうである程度話を聞いていたのだろう。

 

「ちょっと、ジュリオ! いきなり部屋に入ってきて、一体どうゆうつもり!?」

 

 食って掛かるルイズに対し、ジュリオはいつものような飄々とした態度で応じた。

 

「すまないね、ルイズ。玄関を訪ねた時には誰にも気付いてくれなくてね。不作法だが、ここまで上がらせて貰ったよ」

「いちいち白々しいわね、アンタは。……それで、今日は何の用?」

「つれないこと云わないでくれよ。何せ――こいつをロマリアから持ち出すのに随分苦労したんだぜ」

 

 ジュリオが懐から取り出したものを見て、ハルケギニアの面々は大いに驚いた。

 ルイズは震える声でジュリオに確認を取る。

 

「ア、アンタ……それ、火のルビーじゃない!?」

 

 ジュリオが取り出した指輪は“始祖の秘宝”の一つである火のルビー。ロマリア皇国から一度は散逸し、教皇ヴィットーリオの手に戻ってきた代物だ。例えるなら、ロマリアの国宝に等しいマジックアイテムであり、同時に亡きヴィットーリオの形見でもある。

 ジュリオは続いて、指輪の効果を語り出した。

 

「この指輪は、資質ある者が指にはめることで次代の虚無の担い手へと覚醒を促す。さて、あらゆる魔法を扱うことが出来る可能性があるらしいノリオがこの指輪をはめたら、一体どうなるのかな?」

「ジュリオ、アンタまさか……」

 

 ジュリオはあえて、ルイズの言葉をスルーして話を続けた。

 

「加えてだが、ボクは最近虚無の担い手とその使い魔は一定の条件を満たすことで記憶の共有が可能となるという資料をロマリアの隠し書庫から見つけてね。その資料には『記憶共有のシステムが虚無の忘却呪文に対する、ある種の安全装置として付与されたのではないか?』と、そんな内容の考察が書いてあったよ。――サイト、ルイズ。君たちは知っているよね? ……記憶共有のことを」

 

 才人とルイズは頷く。あの時の出来事を思い出し、ルイズの方は顔が真っ赤に成り掛けていた。

 過去にティファニアの忘却魔法によって才人に関する一切の記憶を一度失ったルイズだが、虎街道にて才人がルイズと口づけを交わすことで記憶を共有し、取り戻した一件があったのだ。

 ここまでの話の流れから、この場に集う多くの人間がジュリオのやろうとしていることを理解した。

 

「本気なの、ジュリオ?」

「……ボクはね、ルイズ。大隆起を控えたこのハルケギニアにノリオが来てくれたことは、始祖の導きだと思っている。――だからボクはこの可能性に本気(・・)で賭けるつもりだ」

 

 普段軽薄な態度を演じているジュリオだからこそ、真剣な時の落差は大きい。

 この場に集う他の人物にもその本気がどれほどのものか、直ぐさま認識出来た。

 

「……分かった。私が今からアストルフォをここへ呼んでくる。説明は任せたわよ。必要なんでしょ――使い魔(サーヴァント)の力が」

 

 ルイズの言葉に、ジュリオは不敵な笑みを浮かべて頷いてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数時間後。

 

「ありがとう、ジュリオおにいちゃん! このゆびわ、たいせつにするね!」

 

 ジュリオの手際は見事だった。孤児院で通って年下の相手をしていたお蔭か、人見知りするリノと容易く仲良くなり、火のルビーを指にはめされることに成功したのである。

 リノはまるで玩具の指輪でも貰ったかのように喜んでいた。

 火のルビーが装着者の指に合わせて縮んだことから、始祖の秘宝はリノを資格(・・)ありと認めたということ。

 始祖の血筋でない者が担い手に選ばれることは本来ありえない筈だが、彼女の恐るべき異能は(ことわり)すらも捻じ曲げてしまったのだろう。

 けれど、これで第一段階はクリアした。次は……、

 

「喜んでくれて嬉しいよ。とても似合ってる、まるでお姫様みたいだ。さぁ、王女様……こちらの絨毯の上においでくださいますか」

 

 ジュリオは言葉巧みにリノを魔法陣の描かれた絨毯へと移動させる。魔法陣の効果はコントラクト・サーヴァントの補助。これがあれば粘膜的接触――接吻しなくとも、手を握るだけの接触行為だけで契約を可能とするそうだ。

 この絨毯もジュリオがロマリアから持ち出したもので、ヴィットーリオ教皇との契約にも使っていたとのこと。

 

『本来は儀礼違反なんだけどね。男同士の接吻は色々とアレだから……歴代のミョズニトニルンの誰かが作ったらしいよ。所謂抜け道的な救済措置ってやつさ』

 

 数十分前、『何でこんなものあるんだよ?』という才人の突っ込みにジュリオはそう答えていた。

 既に絨毯の上には騎士の出で立ちで膝をつき、臣下の礼をとるアストルフォの姿があった。

 

「さぁ、王女様。騎士に忠誠の儀を」

 

 ジュリオの言葉に促されたというよりは、まるで自分の中の別の誰かに突き動かされるように……リノは差し出されたアストルフォの右手に、半ば無意識で己の左手を重ねた。

 

 ――瞬間、魔法陣より光が溢れ出す。

 

 担い手であるリノに代わり、ジュリオがコントラクト・サーヴァントの呪文を唱える。

 

()の担い手の名は『ノリオ』。()の使い魔の名は『アストルフォ』。五つの力を司るペンタゴン。()の者たちに祝福を与え、ここに主従契約を成せ!」

 

 互いの情報が体を通して循環し、二人は強い光に包まれていく。

 リノは体が光に完全に包まれる直前、最後に小さく呟いた。

 

「……そっか。おやすみなさい、アストルフォおねぇ(・・・)ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ■■■は光の中を進んでいく。己が何者であるかも、何をしているかも分からない。

 ただ蝶が灯に惹かれるように、■■■は光へと向かっていく。

 

 ……それからどれ位歩いただろう? 

 

 時間の概念が喪失している■■■には見当もつかなかったが、ひたすらに歩いたのは確かだ。

 辿り着いたのは――全てで満たされた空間だった。あらゆる武具、あらゆる宝、あらゆる概念。それ等は全て地上より永久に失われた筈のモノである。

 何故かこの場所に既視感を覚えたが、思考する能力を殆ど失っているため、■■■は何かを思い出すことはない。

 ■■■は歩いていく。

 さらにその先に居たのは……翠色のドレスを纏った少女だった。

 光に透けるかの如き柔らかな金の髪。ドレスと同じ色の淡く透き通った瞳は全てを見通すような気さえする。

 加えてだが、少女の胸元には七枚羽(・・・)の黒い令呪が刻まれていた。

 

 ――少女は完璧であり、完全であった。

 

 ただ蛾が炎へと呑まれるように、■■■は少女へと近づいていく。そして……、

 

「――夢を見ているの」

 

 不意に、少女は歌うようにして言葉を紡いだ。

 

「ここは地上より失われた全てが集う場所。かつて朱い月が造りだし、忘れ去られてしまった久遠の楽園。いつか大地が鋼に包まれて地上より全てが失われた時、朱い月が舞い戻るために生み出された月の箱庭。――そして、万華鏡(カレイド・スコープ)があらゆる意味を無くしてしまったユメの跡」

 

 ■■■には少女の独白(うた)の意味など分からない。ただ羽虫が燃え盛る業火に吸い込まれるように、■■■は少女へと近づいた。

 

「綺麗な場所ね…………あら?」

 

 後数歩の間の距離になって、ようやく少女は■■■を認識した。少女にとって■■■があまりに取るに足らない存在だったからだろう。

 

「あなた、どうやら迷子みたいね。じぶんが誰かもわかないのかしら?」

 

 意味など分かる筈もない。そもそも自分というものが失われているのだから、■■■は答える術など持ち合わせていない。

 

「……まぁいいわ。邪魔者なら消して(・・・)いたけれど、迷子ならしょうがないもの」

 

 そう云うと少女は■■■に向かって軽く片手をかざした。

 ただそれだけの動作であった筈なのに、破損していた■■■の魂魄は復元され、断片化されていた意識がみるみる内に再構成されていく。

 それは在り得るはずもない奇跡であり、少女にとってはほんの些細な気紛れに過ぎなかった。

 

「さようなら、名もしれぬ誰か(・・・・・・・)。きっともう、会う事はないでしょうから」

 

 そうして■■■の意識は現実へと引き戻される。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あれ、ここは……?」

 

 海苔緒はまるで生まれ変わったかのような気分だった。認識が徐々に追いついてくる。直前の夢の内容は完全に抜け落ちていた。

 流れ込んでくる記憶は自分のものであって、自分のものでなかった。

 それは夢での中で海苔緒の記憶を追体験してきたアストルフォのものであると、即座に理解する。

 海苔緒はアストルフォと記憶を共有することで、あの後自分がどうなったかを知った。そして自分を救うために皆が何を行ったかも。

 

「アストルフォ、お前……」

 

 アストルフォの右手の甲には新たにルーン文字が刻まれている。ヴィンダールヴ――神の右手を意味する使い魔の証だ。

 話すべきことが多すぎて、何から話せばいいのか海苔緒は分からなくなる。

 だが、沈黙は続かなかった。重ねていたアストルフォの右手が震え出したのだ。

 膝をついて俯いていたアストルフォが(おもて)を上げると……瞳には溢れんばかりの涙を溜めて、今にも泣きじゃくりそうな顔をしていた。

 

「……バカ」

「は?」

「キミが大馬鹿だって云ってるのさッ!!」

 

 アストルフォに押し倒され、海苔緒は尻もちをついて絨毯に座り込んだ。同時に抱きつくようにしてアストルフォも倒れ込んでくる。

 アストルフォはそのままポカポカと海苔緒の胸元を叩き始めた。

 

「ノリのバカバカ、バカ! 大馬鹿!! ヒトのこと散々無鉄砲とか! 理性が蒸発しているとか云ってた癖に自分の方がよっぽど酷いじゃないか!! ボクがどれだけ心配したか分かってるのッ!?」

 

 ポタポタとアストルフォの頬を伝って流れ出した熱い滴が、海苔緒の胸元を濡らしていく。

 海苔緒の首に腕が回され、アストルフォは海苔緒をぎゅっと強く抱きしめた。

 

「消えちゃったかと思ったんだぞ……バカ」

 

 震えた声だった。声だけではなく、重ねあったアストルフォの体からも震えが伝わってきた。

 海苔緒は何かを考えるよりも先に左手をそっと背中に添え、右手でアストルフォの髪を撫でる。

 右手の感覚が微妙におぼつかない。胸元で泣き腫らすアストルフォから微妙に視線をずらせば、褐色の肌をした右手が目に入った。

……無くした方の右手(・・)はもう戻らないのだろう。他にも失ってしまったものや、変わってしまったことが幾つもある。それでも帰るべき場所に戻ることが出来たのだから、海苔緒にはそれだけで充分であった。

 才人やルイズ、他の面々からも色んな視線が突き刺さるが、今は構わない。だから……、

 

 

 ――胸元ですすり泣いていたアストルフォが顔を上げ。

 ――涙の跡を残しながらも満面の笑みを浮かべ……海苔緒の帰還を祝福する。

 

 

「おかえりなさい――――ノリ」

「ただいま――――アストルフォ」

 

 

この場所に戻ってこれて本当に良かったと――この瞬間、海苔緒は実感した。

 




……という訳で次回からゲート編です。

しばらくは伊丹視点で話が進み、後に海苔緒たちが合流という話の流れになる予定です。

ちなみにリノちゃんのイメージは美遊(6歳)+今回出てきた蒼銀の『例のあの人』÷2って感じです。
そして『例のあの人』は今回きりのゲストキャラです……多分(震え

ノリオは復活しましたが、完全な復活ではありませんし、リノちゃんの魂の影響が強くなったので肉体が不安になってしまいました。つまり…………

後……今回の話で分かったと思いますが、海苔緒が転生特典だと勘違いしていたものはリノちゃんの願望器としての能力からの派生であったり、とある宝具(・・・・・)テコ入れ(・・・・)の所為だったりします。


そして突然ですが、次回からタイトルを『異世界と日本は繋がったようです』から『Gate/beyond the moon』に変更致します(一応旧題も残しておきますが)。
ゲート編のコンセプトはずばり闇鍋聖杯戦争(・・・・・・)的なナニカです。

――では、

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