Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです)   作:五十川タカシ

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という訳で今回はゼロ魔回。

全然話は進んでません、ごめんなさい。


第四話「どんな未来が二人を試したって。もしくは虚無の使い魔」

 門を最初に抜けたのは帝国の露払いとして放たれたオーク、ゴブリン、トロルといった異形の怪異たち。

 怪異たちは本能と仕込まれた命令に従い、銀座の人々を蹂躙しながら周囲に広がっていく。

 混乱する人々に出来たのは、ただ叫びを上げながら逃げ惑うだけ。

 たがそんな中、人々の波をかき分け、怪異に抗う男女が居た。

 

 

「……だ、誰か助けてくれ!」

 

 逃走中に転倒してしまった中年サラリーマンは、足が震えて立ち上がれなかった。

 気付いた怪異の一匹が、その存在を目に入れた。

 何を考えているかも分からぬ笑みを浮かべ、怪異がゆっくりと身動きの取れないサラリーマンに近づき……、

 

「やめろ、やめてくれッ!」

 

 片手に持った鉈を大きく振りかぶった次の瞬間……、

 ザシュッ、と怪異は横合いから斬りつけられ、蹴飛ばされた。何が起きた理解出来ず怪異は勢いよく転がり、日に焼けたアスファルトの上に沈む。

 

「おい、アンタ。大丈夫か?」

「……え?」

 

 サラリーマンを救ったのは青色のパーカーを着た青年だった。黒い髪、黒い双眸……一見にどこにでも居るような青年に見えるが、その瞳には強い意志を秘めた輝きを湛えている。

 サラリーマンの中年は青年の手を借り、立ち上がる。

 

「助けてくれてありがとう…………手が光ってる。君は……?」

 

 よく青年を観察すると、ボロボロの剣を持った手の甲に光る文字が刻まれていた。

 剣は怪異たちから奪ったもののようにも見えるが、降り注ぐ陽光の光にも負けない手の甲の輝きは一体?

 

「サイト、向こうから押し寄せてくるわッ!」

 

 横から女性の声が耳に入り、サラリーマンは己の思考を中断する。

 声の主は桃色の髪の少女だった。大人の女性というにはまだ顔立ちも幼く、背も低く、起伏も乏しいが、青年と同じくその双眸から強い意志を感じる。

 桃色の髪の少女の指さす先には、有象無象の怪異たちが居た。

 狂奔に駆られた怪異たちは皆一様に血に塗れた武器を持ち、理解出来ぬ唸り声を上げながら手当たり次第に武器を振ふっている。

 その怪異の群れが青年たちの存在に気付き、団体で押し寄せてきていたのだ。

 

「あっ、うわぁぁぁぁ!」

 

 サラリーマンは会話を打ち切り、一目散に逃げていく。

 残された青年――平賀才人は悪態をつきながら剣を構え直す。

 

「ちくしょうッ、何が一体どうなってんだ!」

 

 今年の春、ハルケギニアから日本へと帰還した平賀才人はそれまでの間、色々ありつつも(例えばタバサの双子の妹が見つかって、タバサが『女王の地位』を譲るとか云い始めたり、その妹が新しい虚無の担い手に目覚めてロマリアの神官のジュリオが召喚されたり、才人暗殺を企てていたトリステインの貴族たちが元素の兄弟の協力で一網打尽になったり、ティファニアが胸を自ら才人に曝け出し『わたしの全部あげる』と爆弾発言かましたり(原作とは違い、才人の領地というか屋敷での出来事。留守から帰ってきたルイズに目撃され、世にも恐ろしい修羅場に発展。その日を境にティファニアの才人の呼び方が『サイトさん』から原作同様の『サイト』に変わった)……等々)なんとか平穏に過ごしていた。

 しかし現在、ルイズと共に銀座を訪れた才人は怪異の大群と遭遇していた。

 加えてその怪異たちの姿は身長などに差異があるものの、間違いなくハルケギニアに生息するオーク鬼やトロール鬼などの亜人に類似している。

 

「本当に、何でコイツ等がここに?」

「さっき、一瞬だけ変な魔法の気配を感じたわ。今思うとその魔法の気配、もしかしたら虚無……いいえ、世界扉(ワールド・ドア)に似ていたかも」

 

 世界扉(ワールド・ドア)……つまり、才人やルイズたちが日本とハルケギニアを行き来する際に使っている虚無系統の魔法である。

 

世界扉(ワールド・ドア)だって? じゃ、コイツ等は虚無の魔法でハルケギニアからやってきたっていうのかッ!?

 

 驚いた様子で才人はルイズの方へと振り向いた。

 

「それが分からないの!! 大きい力を感じたのはほんの一瞬だったから。けど多分まだ開いてる。来たわ――、どいてサイト!」

 

 ルイズは一単語ほどで詠唱を破棄し、虚無の魔法【エクスプロージョン】を発動。亜人の集団の中心に叩き込む。

 最大威力から考えれば毛ほどの爆発だったが、怪異たちを吹き飛ばし混乱に陥れるには充分な威力だ。

 

「はぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ついでガンダールヴのルーンの力によって強化されたサイトが神速の如き動きで疾駆し、混乱した亜人の群れへ突っ込むと目にも留まらぬ速さで亜人たちを斬り裂き、打ち据え、蹴り倒し、亜人を次々無力化する。

 全て亜人を倒しきる頃には、元からボロボロだった剣が完全に使い物にならなくなったが、構わないと云わんばかりにサイトは剣を捨て、また別の剣を拾った。

 

(こんな時にデルフの奴がいてくれれば……)

 

 デルフリンガー……才人の相棒である知性ある剣、インテリジェンスソードである。

 六千年の時を生きた彼ならば、今回の事態にも心当たりがあるかも知れないと、才人は思ったのだ。

 けれどデルフリンガーはエンシェント・ドラゴンと本体が砕け、今は才人のルーンの中で未だに眠っている。エンシェント・ドラゴンとの最終決戦で一時的に目覚め、才人に力を貸してくれたが、それ以来全く起きる気配を見せない。

 

「くそ、また来やがった!」

 

 大挙して押し寄せる亜人の群れ。その後ろでさらに、巨大な盾と槍を携える多勢の軍団が控えていた。鎧を身に付けたその姿は、どう見ても亜人ではなく人間である。

 ハルケギニアで幾度の修羅場を潜った才人の勘が囁いていた。

 ……さらに後方にはまだまだ数えきれないほどの敵の大群が居る、と。

 才人の脳裏では七万の軍勢と対峙した時の記憶が自然と思い出される。

 あの時はデルフが居たことに加え、奇襲じみた速攻で指揮官を何人も潰していくことで戦場をかき乱し、決死の覚悟と引き換えに七万の軍勢の進軍を停止させた。

 けれど現状、その戦術を採ることは出来ない。

 ……何故なら才人の後ろにはルイズが居るから。

 才人が突っ込めば、ルイズを一人取り残してしまう。

 その思いが才人の心を縛り、ガンダールヴの力は十二分に発揮されていない様子である。

 それに、このままいけば才人よりルイズの方が早く倒れるのは確実だろう。

 虚無は担い手の精神力を糧として発動する魔法。その威力は凄まじいが、その威力に比例して担い手の精神を消耗させていく。つまり短期決戦にはすこぶる有効であるが、長期戦には驚くほど向かないのだ。

 いくら小出しエクスプロージョンを撃とうとも、虚無の魔法の消耗が他の魔法より激しい事実は変わらず――才人と会うために世界扉を頻繁に使っているルイズには精神力のストックが殆どない。

 加えて夏の炎天下という状況がさらに肉体と精神の消耗を加速させる。湿気の多く蒸し暑い日本の夏は、ルイズにとって全くの未体験であった。

 この状況が続けば、遠からずルイズは精神力を使い果たして倒れる。

 ……今なら未だ間に合う。

 そう思った才人は神妙な口調でルイズに告げる。

 

「ルイズ、世界扉(ワールド・ドア)を使ってハルケギニアに逃げてくれ」

 

 一瞬何を云われたか理解出来なかったルイズは、数秒経って大きく目を見開いた。

 

「……何云ってるのよ? サイトはどうするの?」

「俺はこの場に残る」

「残るって! 一体どうしてッ!?」

 

 信じられない――と云いたげなルイズに才人は真剣な面持ちを向けた。

 

「ここが俺の故郷で、俺の国だからだ! 俺が逃げたら、逃げ遅れている人が大勢死ぬ。だから俺はここから絶対に逃げない」

 

 

 七万の軍勢に立ち向かう前、デルフに打ち明けたことを思い出す。

 幼い頃の才人は駅で見知らぬお婆さんが不良に絡まれているのを見ているだけで、何も出来なかった。

 幼い才人は思った。もし自分が強かったらと……、

 そして同時に幼い才人は自分が強くなかったことにほっとしていた。例え自分が強くなったとしても不良に敵うかどうかは分からなかったからだ。

 デルフに打ち明けた時と同じように才人は内心を吐露する。

 

 

「もし俺がルイズに召還される前だったら、多分確実に逃げてた。自分は弱いって……云い訳が効くからな。でも今は違う。俺はお前の使い魔でガンダールヴだ。……だから逃げない。だって今の俺は強いから」

 

 故に歯を食いしばってでも、助けたい者を守らなければならない。

 才人はその意地を貫くためにたった一人でデルフと共に七万のアルビオン軍に突撃した。そして今回は、

 ……デルフが居なくたってやってみせる!

 その言葉はまるで魔法のように才人自身を鼓舞し、心を震わせた。ルーンの力の輝きが徐々に増していくのが、それを証明している。

 

 

「……サイト」

 

 一方でルイズの才人の気持ちを理解していた。こんなことを口にする才人だからこそ、世界扉で無理矢理日本に帰還させられても無茶をしてハルケギニアに舞い戻り、エンシェント・ドラゴンからルイズたちの世界を救ったのだ。

 ……けれど、

 

「分かった。私も残るわ。だってサイトの故郷は私にとっても故郷になるし、サイトの国は私の国でもあるわ!!」

「はぁ!? 何だ、その無茶苦茶な理屈は? ルイズ、我儘云わないで……」

 

 サイトはルイズを諭すためもう一度振り向くが、その時のルイズは今にももう泣きそうな顔をしていた。

 

「我儘はどっちよッ! この馬鹿犬ッ! ずっと一緒だって、もう一人にはしないってッ! 皆の前で誓ったじゃないッ!! だから……だから私を一人にしないで! お願いよ、サイト」

 

「……ルイズッ」

 

 皆の前で誓ったというのは、ハルケギニアでの結婚式のことだろう。

 エンシェント・ドラゴン討伐後、アンリエッタ女王陛下から男爵の地位を賜った才人は正式にルイズと結婚した。

 遠い世界に生まれた二人だけど……否、『だからこそ』巡り会えた奇跡をずっと続けていこうと、互いに誓ったのだ。

 とは云っても、日本には届けを出していない。異世界結婚なんて云われても受諾させるわけがない。

 けれど事情を知った才人の両親は祝福してくれている。

 自宅に帰ってきた時、両親は大変驚き、喜び。才人本人やルイズから異世界での出来事を聞いた後は悲しんだり、怒ったりもしたが最終的には理解を示してくれた。

 自分には勿体ない親だと才人自身も思う。いくら親孝行しても、し足りないぐらいだ。

 だから……、

 

「……分かった。危なくなったら一緒に逃げる。一人にはしないよ、約束する。――だからまだいけるか、ルイズ」

 

 

 ルイズは才人の言葉を聞いて本当に嬉しそうな表情をし、

 

「誰に聞いてるの? 私は貴方の御主人様よ。勿論大丈夫に決まってるじゃない!」

「分かった。じゃ、行こう。ルイズ」

「分かってるわ、サイト」

 

 迫りくる亜人の群れに才人は剣の切っ先を向け、後ろでルイズも杖の標準を合わせる。

 サイトの脳裏では、七万のアルビオン軍に突撃する直前のデルフの言葉が蘇っていた。

 

『まぁなんだ、どうせならかっこつけな』

 

(デルフ……どうやら男って生き物は、結婚するとかっこつけるのも一苦労らしい)

 

 才人は嘆息すると、そのまま息を吸い込み深呼吸をし、気持ちを切り替える。

 

 

「――いくらでも来るなら来いってんだ! 俺は七万の軍を止めたサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエール。神の左手【ガンダールブ】で、虚無(ゼロ)の使い魔だッ!!」

 

 見渡す限り途切れることのない軍勢に向かって才人は勢いよく啖呵を切ると、ガンダールヴのルーンはさらに輝きを増した。

 

 『これぐらいのピンチなら才人/ルイズと一緒に、何度でも乗り越えてきた。……そして今回も』

 

 その想いが二人の心を強く震わせる。

 そして亜人の群れの先頭が剣を構えた才人に飛び掛かり……、

 

我が魔力と真実なる言葉(イア・レドロ・イム・シガム・)を以て汝等、風の精霊に(レウオブ・ドナ・エウルト・ウェイ・)命ず、拳を成して、(ディーフリス・エカム・)あれなる敵を打ち据えよッ(トシフ・ドナ・エキルツ・タート・イメネ)!」

 

「「え?」」

 

 空から響いたのは、虚無でも系統魔法でもない、ルイズと才人の全く知らない呪文の詠唱。

 

疾風の拳(ティフ・ムロッツ)ッ!」

 

 空から殺到する猛烈な突風が飛び上がった亜人を地面に叩き付ける。

 才人たちが視線を空に向けると、そこは人を二人乗せた幻獣が居た。

 幻獣が降下し、その勢いによって瞬く間に周囲の亜人たちを蹴散らしていく。

 その様子を見て、行軍していた後ろの人間たちの部隊が驚き、動きが停止した。

 

「グリフォン?」

「いいえ、あれはヒポグリフよ!?」

 

 

 サイトの言葉をルイズが訂正する。

 二人が奇しくもジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドのことを思い出し、苦い思いが記憶から漏れだすが、ヒポグリフらしき幻獣に乗った二人は全くの別人だった。

 幻獣の手綱を握るのはルイズに似たピンク髪の少女、その後方で黒髪をポニーで纏めた眼鏡の少女が乗っていた。

 幻獣に乗った二人は亜人達をあらかた片付け終えると、手を振りながら才人たちにゆっくりと近づいてくる。敵意がないことを示すためだろう。

 

「おーい、アンタ等。大丈夫か!?」

 

 声を掛けられた才人とルイズは驚き、目を丸める。

 

「あれ? あの子たち、さっきスタバに居たかわいい女の子たちじゃ?」

「はッ?」

 

 ポロっと漏れた才人の言葉に、横に居たルイズはギロッと目を光らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(それにしても、疾風の拳(ティフ・ムロッツ)は使い易いな)

 

 手を振りながら才人やルイズに近づく海苔緒は心の中でそう思った。

 疾風の拳(ティフ・ムロッツ)とは、つい数刻前、ミュセルが海苔緒に向けて放つ準備をしていた魔法だ。

 ミュセルは小声で唱えていたが、その詠唱は確かに海苔緒の耳に聞こえており、そのおかげで海苔緒は魔法の知識をほんの一部取り戻していた。

 そんな訳で海苔緒は疾風の拳(ティフ・ムロッツ)を発動出来るようになったのである。

 今までは遠距離でほどほど使えるものといえばガンドの魔術だったが、海苔緒のガンドはフィンの一撃に至っていないため、物理的攻撃力を有しておらず決定打足りえなかった。

 それに比べて相手を風で吹き飛ばし無力化する疾風の拳(ティフ・ムロッツ)は、海苔緒の求めていた決定打足りえる魔法だったのだ。

 

(ミュセルに魔法を向けられて、一時はどうなることかと思ったがおかげで使える魔法を知識の中から思い出せたな。しかしそれにしても……)

 

 ヒポグリフの後ろに乗った海苔緒は、才人とルイズに目を向ける。

 地上では何故かルイズがこっちそっちのけで、才人の襟をつかんで体を強く揺すっている。

 

「ねぇ、ノリ。あの二人、何してるだろう?」

「さぁな、喧嘩するほど仲がいいってやつじゃねぇか?」

 

 ヒポグリフを降下させながら、アストルフォは『なるほどー』と声を上げ。その後ろで海苔緒は内心に、

 

(あの二人結婚した後じゃなかったのか? いや、そういや原作でも何かが起こって二人でそれ乗り越えようと、ずっとあんな調子だったから。そうそう関係は変わらないってことか)

 

 仲が深まりいい雰囲気になっても、なにかしらの出来事が起こって、また距離が開いてしまう才人とルイズ。

 そんな二人に対し、海苔緒は尊敬するようにも、呆れるようにもとれる視線を投げ掛けた。

 




以上、ノリオ、疾風の拳(ティフ・ムロッツ)を覚えるの巻でした。

ゼロ魔はアニメ版をベースにしつつ小説版の設定がところどころ混じっています。
大隆起に関しては触れるつもりですが、それほど危機はまだ迫っていないといった感じになる予定。
ちなみにロマリアは何も企んでません。
才人は結婚したけど、まだまだ周りが諦めていない感じです。

PS

疾風の拳(ティフ・ムロッツ)の詠唱は原作四巻で慎一が唱えていたやつです。


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