Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです)   作:五十川タカシ

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アニメUBWでセイバーが消えたことを悲しいと思っていましたが、
よくよく考えれば、あれはホロウアニメ化の際に士郎がセイバーに再会して
涙を流すシーンなどを再現するため伏線だと気付いてニヤリとしました。


――という訳で期待してます、ufoさん!!



第三十九話「ハジマリのオワリ。あるいは蒼穹の悪竜」

 ――迫りくるは黒き鏖殺の凶鳥(フッケバイン)。或いは血と肉に飢えた円卓の鬼神(ガルム)

 両手に構えるソレはMG42機関銃。ノルマンディー上陸作戦(オペレーション・オーバーロード)を始めとする数多の戦場にて数え切れない将兵の血を啜った傑作銃器であり、ランスロットの怨嗟に染まることで更なる虐殺兵装(キリング・ウェポン)へと進化を遂げていた。

 故に海苔緒の判断も迅速だった。

 

「アストルフォ、向こうの瓦礫の群れだ!」

「うん、――ヒポグリフッ!!」

 

 眠れるファーティマを片手で抱えながら、アストルフォはヒポグリフの手綱を引いて首先を滞空する瓦礫の群れに向けた。そして全力で突貫する。

 対してランスロットは強引に機首を傾け、Fw190の両翼が大気に爪を立てながら旋回もなしで進行方向を急激に変化させた。

 何とかランスロットの射程に入る前に爆撃機や戦闘機が固まって浮かぶデブリ地帯に侵入すると……海苔緒は片手を掲げ、キャスターの魔術により物理法則を無視して浮遊するデブリ群へと干渉を行う。

 干渉を受けた物体たちは、ランスロットの騎乗するFw190へ向けて勢いよく殺到した。

 が……、ランスロットは直進を続けたまま、正面に向かって銃火器を掃射。

 分間1200発以上という出鱈目な速度で漆黒の魔弾を吐き出す二門のMG42機関銃は、たった数秒でドラムマガジンの中身を空にしたが、代わって機体に供え付けられたMG 131 機関銃とMG 151 /20mm口径機関砲が、ランスロットの憎悪の咆哮と同時に火を噴く。

 

「……Aaa■■■rrrr……■hu■■urrrrr……!!」

 

 その全てが宝具であるが故にFw190の一斉掃射の火力は想像を絶し、迫りくるボーイングB-17(フライング・フォートレス)ボーイングB-29(スーパーフォートレス) といった大型爆撃すら、数瞬と掛からずミンチ・マシーンにかけられたかの如く微塵に粉砕されていく。

 装甲が紙の如く潰れてひしゃげ、フレームは砕け散り、機体は四散しながらも更に細かく破壊される。そして最後には燃料タンクを打ち抜かれ、次々爆発していった。

 ――たった十数秒。それだけ間に数十の巨大な鉄塊の悉くが……空に星屑をばら撒く花火と化した。

 ランスロットは用を為さなくなったMG42機関銃を投棄、Fw190に掴まると水平飛行で直進しながら進行方向を軸として独楽のように回転し、破砕したデブリの中に突入した。 

 これは空中動作(マニューバ)の一つであり、曲芸飛行にも用いられるエルロン・ロールと呼ばれる機動。

 接触したデブリ群は、宝具となり凶器と化したプロペラの回転羽根(ブレード)によって微塵に砕かれるか、さもなくば回転する機体の外側へと連続して弾き出されていく。

 悠々とデブリと突破するランスロット……けれど、その先には無数の魔法陣が展開していた。

 

「マキア、神言魔術式(ヘカティック)――」

 

 残る全精霊石の解放によるブーストに加え、全身の神経の大半を一時的に魔術回路へと変換して、海苔緒は己の魔力を限界まで絞り出す。

 負荷により全身に耐えがたい痛みが奔るが、海苔緒は堪えながら高速神言を唱えた。

 必要なのは雷神に匹敵する威力ではなく、鬼神を乗せた凶鳥を捉えるだけの攻撃範囲。

 故にヒポグリフの後方に騎乗する海苔緒は、蝶の羽の如くなびいたキャスターのマントに質よりも数を優先して魔法陣を敷いた。

 

「――灰の花嫁(グライアー)

 

 海苔緒が解放の言葉を紡ぐ――刹那、展開している魔法陣から魔法弾が連続発射される。

 まるでそれは夜空に降り注ぐ流星群のようで……数え切れない魔法弾がランスロットとFw190を包み込んだ。

 

「■■■■■■rrr――」

 

 相対するランスロットが憎悪に満ちた雄叫びを上げると、エンジンに搭載された遠心式過給機(スーパーチャージャー)が呼応する。

 空気を圧縮して取り込む機構も持つ過給機は、ランスロットの魔力に浸食された結果――供給される魔力を圧縮してエンジンへと供給することにより、機体性能の限界を超えて加速する魔道推進器へと変貌を遂げていた。

 加えてそれは、現在飛び交う魔法弾の飛沫である魔力残滓(・・・・)すらも適応の範囲内であり……、

 擬似的な第二種永久機関(フラケンシュタインのしんぞう)と化したスーパーチャージャーは、周辺の大気から際限なく魔力を吸い込んで……凶鳥の心臓たる液冷倒立V型12気筒(ユンカース・ユモ・213)エンジンが大気をかきむしるような絶叫を上げた。

 併せて凶鳥の両翼はまるで本物の鳥の羽根のように変幻――本来有り得ない筈のない可動を開始する。

 Fw190は亜音速を超え、レプシロ機の限界である遷音速を容易く突破し、瞬く間に音速へと到達する。

 そして迫りくる魔法弾の群れを、Fw190はまるで本物の凶鳥に成ったかの如く回避し始めた

 ランスロットは常識外れの変態機動を続け、弾幕の間隙を縫うように擦り抜け――海苔緒を肉薄せんと迫る。

 ……しかしそこまでは想定の範囲だった。

 

「今ッ! ――二門壊砲」

 

 時間差で二つの魔法陣から極光が放たれる。

 二柱の光の放流が薙ぎ払うような軌道でFw190へと迫り、退路を完全に塞いだのだ。

 

「■■■■■■――」

 

 極光がFw190に降り注ぐ直前……ランスロットは機体から離脱したが、それでも無数の魔法弾がランスロットに命中する。

 打ちのめされて仰け反るランスロット。その兜からは一時的に紅い光が消失していた

 

 (……このまま二門壊砲の極光を落下中のランスロットへと収束すれば勝てる)

 

 だがそう思った時……海苔緒に限界が訪れた。

 

「――ア、ガッ!?」

 

 海苔緒はこれを危惧し、ギリギリまでキャスターとして奥の手の使用を渋っていたのである。

 高速神言の乱用と魔術回路に対する異常な高負荷によりセーフティが発動。その揺り戻しによる激痛と共にキャスターへの夢幻召喚が強制解除されたのだ。

 この場に潤沢なマナが存在していたなら海苔緒へ掛かる負荷は大分減っていただろうし、少なくともここで転身が解けることはなかったであろう。

 所詮は小聖杯モドキ、今の状態ではこれが精一杯だった。

 

(いや、まだ一回だけなら魔力を絞り出して…………セイバーに転身出来る筈)

 

 既に海苔緒の心臓はジークフリートのモノと化しており相性は最高。魔力の燃費も多少は通常より抑えられる。

 悠長に考える時間はなかった。精霊石の手持ちも既に尽きた。ランスロットが地上に逃げ延び、これ以上兵器を宝具に変えられたら対抗する術がない。

 

(キャスターの時を思い出せ! あの感覚でやれば杖がなくとも……)

 

 咄嗟にやったキャスターへの夢幻召喚の感覚を思い出し、海苔緒はセイバーのクラスカードを手にして声を上げる。

 

夢幻召喚(インストール)――クラス・セイバー。――真名(ネーム)・ジークフリート」

 

 この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)の背に大型の魔法陣が展開し、光に目が眩む僅かな間に……海苔緒はセイバーへと最短で転身していた。

 

「その女の子を頼んだ!」

「あっ! ノ――」

 

 アストルフォが引き止めるより先に海苔緒はヒポグリフから飛び降り、剣を引き抜きながらランスロットの元へと降下する。

 空気抵抗を極力減らすことで海苔緒はランスロットとの距離を縮めていく。

 

(これで終わりに……)

 

幻想大剣(バル)――」

 

 残存する魔力をかき集め、海苔緒は接近するランスロットへ向けて宝具を構える。

 意識を失い、自由落下するランスロットは完全に無防備で……、

 この時、この瞬間、海苔緒の判断に誤りはなく。負ける道理など何も無かった……通常ならば。

 

 ――【精霊の加護:Rank A】

 

 ランスロットが保有するスキル。その発動は武勲を立てうる戦場においてのみに限定されるが……サーヴァント同士の戦闘とは本来、誉れある英霊同士の決闘であり、聖杯を手にする栄誉(ぶくん)を求める戦。

 よって本人の状態はどうであれ、発動条件は満たしている。

 そしてその効果は『精霊からの祝福によって、危機的な局面において優先的に幸運を呼び寄せる事ができる能力』である。

 

 ――突如としてランスロットの兜に、再び紅い光が灯った。

 

(なっ!? こいつ……)

 

 偶然(・・)にもタイミング良く意識を取り戻したランスロットは、手近な場所に浮遊していた拳銃と軍刀を視界に捉え、落下しながらも左右それぞれの手で器用に掴んだ。

 左手に握られ、即座に宝具と化した十四年式拳銃をランスロットは自然な動きで海苔緒へと構え、照準を合わせて発砲。

 装填されていたのは一発限りであり、いくらランスロットの憎悪により魔弾へと姿を変えたとはいえ、所詮は8x22mm南部弾に過ぎない。

 正面から迫る小口径弾は海苔緒の纏う悪竜の血鎧にとって大した脅威ではなく、命の危機の度合いに応じて思考が合理化される能力も相まって適切に処理出来る筈だった。

 

 ――しかし考えるよりも先に、体が反応してしまった。

 

(――――あっ)

 

 いくら英霊の殻を被ろうとも、それを司る海苔緒自身は一般人に過ぎず――銃を向けられた条件反射で咄嗟に剣を放し、両腕で防御態勢を取ってしまう。

 よって宝具は不発。海苔緒の態勢も大きく崩れる。

 生じた隙を見逃すランスロットではなく、上手く空中で体勢を入れ替えて硬直した海苔緒の後ろに張り付いた。

 同時にランスロットは右手に持った刀の鞘を引き抜く。

 それはスクラップとなった自動車のスプリングを利用して鍛造された造兵刀にして、実戦にて十数名の敵を切り捨ててなお斬れ味を保ったと伝えられる妖刀。

 

 ――その名は兗洲虎徹。

 

 ランスロットの煮えたぎる憎悪の業火に晒され、瞬く間に鍛えられたソレは時を経て文字通り魔剣へと完成を果たす。

 そして体勢が崩れた硬直した海苔緒の背中……つまり悪竜の血鎧唯一の弱点部位に向かって、ランスロットは漆黒の刀身を突き立てた。

 

「ガハッ……! アァ……」

 

 刺突の一撃は海苔緒の心臓の中枢を貫き、当然ながら致命の一撃となった。

 ランスロットは追い討ちを掛けるように、心臓に刺さった刀を引き抜きながら海苔緒を蹴飛ばす。

 

「ノリィィィィィィィィィィ!!」

 

 アストルフォの悲鳴が空に木霊し、海苔緒は胸から鮮血をまき散らしながら地上へと落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――落ちる、墜ちる、堕ちていく。

 

 それは地表への墜落を意味するのと同時に、無への回帰を意味した。

 心臓を裂かれ、霊核に致命傷を負いながらも海苔緒は辛うじて生きていた。

 故に生きているという実感と、消えていくという感触が海苔緒の中で絡まりもつれ合う。

 

 

 ――生きている(キエテイク)生きている(シンデイク)生きている(オワッテイク)

 

 生と死の境界が崩れて歪む。海苔緒はこの瞬間、生きながらにして死んでいた。

 それは一種の矛盾した螺旋を構築し、海苔緒の体内で太極(せかい)の縮図が形成される。

 図らずともそれは――いつかどこかの世界にて“かつては台密の僧であった魔術師”が創り出した『生と死が流転する結界』に類似しており……、

 海苔緒はこの時初めて“己が根源であり『』の領域である場所”に繋がっていることを自覚した。

 ――つまるところ、根源と『』は表裏一体の概念。全ての事象の始点が根源であり、全ての事象の終点が『』であるだけのこと。

 そして根源(してん)『』(しゅうてん)矛盾(メビウス)螺旋(リング)を描いて繋がっている。故に二つの概念は、向かう方向が真逆なだけであって、突き詰めた先に到達する場所は同じ。

 

(嗚呼、そういうことだったのか……)

 

 海苔緒は二度目の生にて、ずっと感じていた疎外感の正体を知った。

 それは自分の容姿のせいでもなく、転生者という存在であったからでもなく、己の存在が世界にとって明確な異物であったから。

 

 “……ここから居なくなりたい”

 

 そう願いながらも気づかぬ振りをして十数年間を生きてきた。――自分は本来生まれてはいけなかったのだと、誰からも必要とされない存在なのだと。

 

『オマエなんてッ! ■むんじゃなかったッ!!』

 

 

 ――スイマセン、スイマセン、スイマセン。

 ――ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。

 ――ユルシテ、ユルシテ、ユルシテ。

 

 

 海苔緒が前世の記憶を取り戻す以前の、いつかの否定(らくいん)は無自覚に海苔緒の胸の深い場所に刺さり続けていた。

 そこから目を逸らして……自らを殺す度胸もなかった海苔緒は誰とも関わりを持とうとせず自分を誤魔化し、ただ世界から己が消える日を待ち望みながら色褪せた日々を過ごしていた。

 

 ……ならば、もういいだろう。

 

 やっとここから居なくなれるのだ。

 もう傷つくことも、苦しむことも、悲しむこともないのだから……もはや何も憂いる必要はない筈だ。

 後はただ堕ちていくのみ……、

 

 (――でもなにか、忘れている気がする)

 

 大切な約束した気がする。とてもとても大切な約束を……、

 それは自然と海苔緒の耳に蘇った。

 

『うん、約束だよッ! ――ノリとボクはずっと“友達”だからね。ほら、指切りげんまんッ! この国ではそうするんでしょ』

 

(…………あ)

 

 ――それは数か月前、海苔緒とアストルフォが出会って数日後のこと。海苔緒が精一杯の勇気を振り絞って『友達になって欲しい』とアストルフォに願い出た夜の記憶。

 

 

 思い出す――あの夜の誓いを。

 思い出す――絡めた小指の暖かさを。

 思い出す――はにかんだ笑みを浮かべる彼の顔を。

 

 

 どうしようもなく嬉しくて、海苔緒は自然と涙が零れるほどだった。

 

 

 ――――思い出した。あの日の月は、あんなにも綺麗だったと。

 

 

 出会ったあの時から色褪せた日々に輝きが戻った。

 自分の必要としてくれた彼のお蔭で、生きる意味を再び思い出すことが出来た。

 アストルフォとの出会いが全てを変えたのだ。

 彼が居なければ、慎一や才人に出会うこともなく……海苔緒の世界はずっと閉ざされたままだっただろう。

 ……だから、

 

 

(まだ……終われねぇ)

 

 こんな情けない自分を友と認めくれたヒトが居る。それを見捨てて逃げるなど出来る筈がない。

 

(……まだ生きたい。俺はまだこの場所に居たい!!)

 

 ――死にたくはない! ――消されたくはないと! 壊れた筈の心臓が訴えるように脈打った。

 

『ノリ! ノリ! ノリィィィィィィッ!!』

 

 どこか遠い場所から自分の名を呼ぶ叫びが聞こえた気がする。ならば戻らなければならない。

 

 ――願望器モドキの体。根源への接続。ジークフリートの心臓という触媒。

 

 ……まだ手は残っており、条件も揃っている。

 根源への接続を自覚したためか、海苔緒は自分が今何をすべきか、手に取るように分かった。

 剣の英霊(セイバー)であるジークフリートとなった海苔緒が敵わないとしても……英霊の座に居るオリジナルの“彼”ならば?

 それには起爆のための莫大な魔力が必要であり、都合のいい事に――それは海苔緒の左手に宿っていた。

 

「……令呪を以て命ずる」

 

 地上へ激突するスレスレで海苔緒は血を吐きながら言葉を紡ぐ。

 令呪という名の弾丸を向ける対象はアストルフォではなく、壊れかけた己の心臓。

 宣誓に合わせ、赤い輝きを放ちながら消えた一画の令呪。それと引き換えに莫大な魔力が海苔緒に宿る。

 ……そして心臓へ向けて躊躇いなく引き金を引いた。

 

「我が心臓を依代にして顕現せよ、ジークフリートッ!!」

 

 発動と同時に、海苔緒はこの時もう一つ大事なことを思い出した。

 

(はっ、何が神様転生だ。あの時会ったのは……)

 

 そもそも出会いったのは生まれ変わる前などではなく、海苔緒が前世の記憶を取り戻し“わたし”から“オレ”へと切り替わった日のこと。

 話したと思い込んでいた内容すらも実は大部分に齟齬があり、芝居が語った口調が特徴的な人物の正体は青い髪をした小柄な美少年で……、

 

 

『俺は今回の聖杯戦争(・・・・)にて、キャスターのクラスで召喚されたしがない物書きだ』

『しかしあのマスター……全く、よくもこんな狂言回しの役割を生前三流役者とこき下ろされた俺に押し付けてくれたものだ。悪趣味にも程度がある。こういうのはデュマの奴にでも――』

『いいか、今日のことは覚えていられないだろうが、これだけは胸に刻んでおけ! 俺はお前の■■を書き綴■■■……』

 

 

 ――地上に衝突する刹那、海苔緒を膨大な光の奔流が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海苔緒は目の前に広がる光景に見覚えがあった。

 これはジークフリートの記憶の中にあった風景。悪竜の巣食う洞窟へと向かう道の途中。

 海苔緒は理解した。この先の異界(どうくつ)に山ほどの兵器(ざいほう)を抱えて狂戦士(あくりゅう)が待ち構えている、と。

 理解した上で洞窟の方向へと歩みを進めた。

 歩いた距離は数時間分だったかもしれないし、あるいは数秒のことだったかもしれない。

 確かなのは……歩いたその先に目的の洞窟があったこと。

 加えてその洞窟の手前には悪竜討伐を成した本人(ジークフリート)が岩に腰かけ、鞘に収められた大剣を杖のようにして両手を柄頭に重ねていた。

 褐色に染まった肌は竜血を浴びて変幻し、鋼鉄すらも凌駕する竜鱗と化した証。纏う白銀の鎧は、その身に受けた祝福と称賛に比例するかの如く輝いていた。

 かの騎士こそは、ネーデルラント王家の血を引く勇者にして、北欧の悪竜を討滅せしめた大英傑。その活躍を幾つもの英雄譚に謳われた不死身の英雄。

 ただそこに居るというだけで、彼は巨山にも等しい存在感を放っていた。

 けれど海苔緒は驚くことなく、変わらぬ歩調で横を通り過ぎようとし……不意に黙って腰かけていた彼が口を開く。

 

「そこから先は――」

「……地獄だろ。知ってるさ、それぐらいは」

 

 海苔緒は立ち止まり、ジークフリートの言葉を先に口にした。

 知っている。何度も夢にみたからだ。たった一人で悪竜に対し、絶望的な戦いに挑む英雄の記憶を。

 加えて海苔緒はハルケギニアに伝わる御伽噺『イーヴァルディの勇者』の話を思い出した。

イーヴァルディの勇者もまた、ジークフリートと同じく洞窟に潜む竜へと戦いを挑んだことある。攫われた村娘を救わんとする彼は洞窟を目の前にして怯える従者や仲間たちにこう云った。

 

『ぼくだって怖いさ。でも怖さに負けたら、ぼくはぼくじゃなくなる。その方が、竜に噛み殺される何倍も怖いのさ』

 

 結局従者や仲間たちを残してイーヴァルディの勇者は単独で洞窟へと入り、竜と相対した彼は問い掛けられ……こう答えた。

 

『小さきものよ。立ち去れ。ここはお前の来る場所ではない』

『ルーを返せ』

『あの娘はお前の妻なのか?』

『違う』

『お前とどのような関係があるのだ?』

『なんの関係もない。ただ、立ち寄った村で、パンを食べさてくれただけだ』

『それでお前は命を捨てるのか?』

 

 彼は恐怖に震えながら竜へ答えた。

 

 ――それでぼくは命を賭けるんだ、と。

 

 今の海苔緒には、彼の言葉にとても共感出来た。

 つまり命の賭ける理由など、その程度で事足りるのだ。

 だから海苔緒は地獄へ向かう。

 

「例え地獄だろうと、この先でダチが待ってんだ。これ以上カッコ悪い所は見せらんねぇ。それによ、アンタだって地獄と分かった上でこの先を進んだんだろ?」

 

 

 そう問いを掛けられたジークフリートは少し驚いたように目を見開く。

 海苔緒は構わず言葉を続けた。

 

「俺はこれからアンタを担うんだ。これぐらいの無茶はやって見せるさ」

 

 恐怖がない訳ではない。それでも晴れ晴れとした気持ちで海苔緒は堂々とジークフリートへ宣言する。

 するとジークフリートはそれ以上何も云わず。まるで己自身を託すかのように、鞘に収められた大剣を海苔緒に手渡した。

 そのズッシリとした重さを感じながらも背負い込んだ海苔緒は、再び洞窟の方向へと歩み始まる。

 やがて海苔緒の姿が洞窟の中に飲み込まれる手前で……、

 

「ありがとう、ニーベルンゲンの勇者。アンタが自分をどう思ってるかは知らないが……俺はアンタのこと、立派な正義の味方だと思ってるぜ」

 

 ――例えその生涯が“求めに対して応じるだけの願望器じみたもの”だったとしても、そのオワリには確かな祈り(セイギ)があったと知っているから。

 

 ずっと云いたかったことを告げると、海苔緒は洞窟の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光の柱の中から現れたソレは海苔緒ではなく、ジークフリートの姿かたちをしていた。

 けれどその能力(スペック)はセイバーのクラスを遥かに逸脱している。

 これは海苔緒が自身の根源との繋がりを経由して、英霊の座から直接自身の体へとジークフリートを顕現させた結果である。

 無論完全なる英霊の座(オリジナル)のコピーには程遠いが、それでも今海苔緒の体に憑依しているジークフリートの魂の総量は、通常のサーヴァント数騎分に匹敵していた。

 さらにジークフリートの魂を海苔緒の体に転送する際、細い糸のようであった根源と繋がりが拡張され、そこから尽きることのない魔力が流れ込んでくる。破損した筈の心臓も既に完全に修復されていた。

 通常ならばこの形態を維持することなど到底不可能であるが、根源と繋がり強化された願望器としての能力は道理すらも捻じ曲げた。

 

 ――けれど奇跡というモノには必ず対価が必要となる。

 

 根源接続の代償として海苔緒は少しずつ己が欠けていくのを自覚していた。

 直感で理解する。この状態で長く居れば………遠からず紫竹海苔緒という人格は世界から消滅すると。

 だからジークフリートの姿をした海苔緒は全身から余剰魔力を放出しながら、託された大剣を鞘から引き抜き――こちらへと向かってくるランスロットに叫んだ。

 

 

「――来いよ、ランスロット! 俺はまだここに居る。ここに居るぞぉぉぉッ!!」

 

 

 海苔緒とランスロットの最終決戦はこうして幕を開ける。




今回の簡単なあらすじ


ラン★スロさんと弾幕☆ごっこ
     ↓
今がチャンス! 何、再起動だと!(乙樽並感
     ↓
ラン★スロさんの銃パリィが決まり、ノリオに致命の一撃!(ブラボ並感
     ↓
ノリオ☆覚醒(不明なユニットが接続されました+ナニカサレタヨウダ)


こんな感じです、では









             い   ど
             な ノ う
             く リ せ
             な オ
             る は



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