Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです) 作:五十川タカシ
仕事は一段落ついていたのですが……それもこれも全てPS4のブラッドボーンとダークソウルⅡが(違
――才人や海苔緒たち男性陣の乱痴気と同時刻。
「あのリュリュって子、本当にあれでいいのかしら?」
ルイズは心配した様子で口にする。
女性陣の中で今話題になっていたのは大沢シェフとリュリュの関係についてだった。
親と子ほどの歳の差というのは、貴族の婚約ではまぁ珍しくもないが相手が妻子持ちとなると話は別だ。
渋い顔をするルイズに対し、キュルケは正反対の意見を述べる。
「いいじゃない。歳の差も、妻子も持ちの有無も愛があれば関係ないわ。『世界を越える愛』っていうのも凄くロマンチックだし。――ねぇ、タバサ?」
「……私はリュリュを応援する。ただそれだけ」
略奪愛上等のキュルケと、リュリュと友人であるタバサは、彼女の恋路を肯定した。キュルケのタバサも現在の己の恋とリュリュの恋路を重ねている面があったりする(歳の差や相手が妻持ち的な意味で)。
アンタ達ねぇ……とルイズは呆れ混じり視線を送るが、キュルケは柳の如く受け流して話題を変える。
「で、サイトとはどうなのよ?」
酒の注がれた透明なグラスを弄ぶように揺らしながら、にやにやとした笑みを浮かべるキュルケはルイズに尋ねる。
ぼんやりとした表情とレコードの音に耳を傾けていたルイズは、キュルケの声に応じて表情を引き締めつつ振り向いた。
「どう? ――って順調に決まってるじゃない。あれでも男爵になって少しは領主の自覚が出てきているし、勉強も必死にやってるわ。それに門が開通してド・オルニエールには特需が来ているから、このまま領地の収入が上がっていけば……」
「そうじゃなくて。あたしが聞いてるのはあっちの方よ、ア・ッ・チ」
熱の入りかけたルイズの語りはキュルケによって遮られた。
にやけた笑みを浮かべたまま、両手で暗喩的なジェスチャーを示してから――キュルケは視線を同席しているシエスタとティファニアの方へと向ける。
「はぁ? ちょっとキュルケ、アンタ何を…………って」
一拍ほど間を置いて、ルイズはキュルケが云わんとすることを理解した。
火がついたかの如くルイズは顔を真っ赤に――――はせず、眉をひそめて呆れた様な表情を浮かべ、キュルケを見つめ返す。
これが半年ほど前の才人と結婚する前のルイズであったなら、そうしたリアクションをキュルケに見せたかもしれないが、生憎と今のルイズは“色々”と経験済みなのだ。
様々な経験を経て成長したルイズは母親譲りの壮烈さの片鱗を垣間見せるかの如く、度数の高いカクテルを一気に飲み干してから、堂々たる態度で応対した。
「順調よ……夜の生活の方もね。最近じゃ何かと忙しくて才人も控えめだけれど凄いのよ、色々と。それこそ“三人がかり”でもね。それよりもキュルケ。アンタは人のことなんかより、コルベール先生と事をどうにかした方がいいんじゃないの?」
ルイズはそう云って、意味深な目配せをシエスタとティファニアに送る。するとたちまちにシエスタとティファニアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
カクテルに塗れた唇をナプキンで拭うルイズの仕草は、洗練された優雅さとそこはかとない淫靡さが同居しているようでさえあった。
「ふーん。云うようになったじゃない、ルイズ。……それと良かったわね、タバサ。どうやら三人だけじゃまだ足りないみたいよ」
キュルケのニヤニヤとした笑みの矛先は、隣で“はしばみ草”の海鮮風サラダを黙々と食べていたタバサへと逸れる。いやタバサに声を掛けることでルイズとタバサ、両方に揺さぶりをかけているのだろう。
元々こっそり聞き耳を立てていたタバサは、カクテルの酒気に中てられてほんのり赤くなっていた顔が耳まで真っ赤に染まってしまう。そしてシエスタやティファニアと同じく無言のまま俯くのであった。
「きゅい? どうしたのね、お姉さま? 顔が真っ赤……もしかして食べ過ぎてお腹が痛いのね」
ルイズたちの話などに全く耳に入れず、一人で数品の料理を凄まじい勢いで食べていたシルフィードは事態が分からず首を傾げていた。
他にも、自分の旦那(仮)たちのように意気投合して談笑していたモンモラシーとルクシャナも、ルイズとキュルケの話が耳に入り、モンモラシーは顔を紅く染め、ルクシャナは興味ありげな笑みを浮かべ、それぞれルイズを見つめていた。
それでもルイズが動じる様子はなく、何てことないといった調子で肩をすくめて嘆息する。
「別に――タバサが本気だって云うなら、私からは特に云うことはないわ。それにどうせ何を云って無駄でしょうから」
何せ、王族の地位まで捨てようとしているのだから。
そんなニュアンスを込められた言葉が、ツンとした声色から紡がれた。
ルイズのその発言は、暗にタバサがサイトの側に侍ることを認めたも同然であった。
きゃあぁぁ――、と女性陣の声が店内に響き渡る。
ちょうどその時、腰をくねらせながら店長であるスカロンが追加注文の料理をルイズたちの席に運んできた。
「あら、どうしたの? この雰囲気」
キュルケがすぐさまスカロンに答える。
「ルイズがサイトとタバサの仲を認めたんです」
コルベールとの事で色々と相談に乗ってもらっているキュルケは、スカロンに敬語を使って話した。
すると今までの余裕が嘘のように、ルイズは焦った様子で否定する。
「ちょ、ちょっと! まだサイトとタバサのことを完全に認めた訳じゃないわよ!」
「じゃあ、何割かは認めているのね」
「そ、それは……」
キュルケに言質を取られ、ルイズは完全にペースを握られてしまう。
今まで余裕の様子でキュルケを相手にしていたルイズが急に焦り出したのは、タバサの件でまだ迷いが残っているからだろう。
――認めてもいい。――絶対認めたくない。
相反する感情がルイズの中でせめぎ合っている。シエスタやティファニアの時もそうだった。
今回ルイズの感情が『認めてもいい』という方へと傾いた切っ掛けは、アンリエッタにあった。
最近何かにつけて、アンリエッタはシエスタとティファニアにかまう様になったのである。
シエスタを才人付きのメイドとしてお墨付きを与えたのはアンリエッタであるし、ティファニアの後見人として便宜を図っているのも彼女だ。
アンリエッタがシエスタやティファニアを気にするのは当然のことかもしれないが、それを考慮しても最近の態度はおかしい。
視察など名目でド・オルニエールを訪れる度、アンリエッタがシエスタやティファニアと会話する頻度が確実に上がってきている。
別にルイズをないがしろにしている訳ではないのだが、それでもルイズとしては面白くない。
何というべきか……ルイズにはアンリエッタのそれ等の行動が、才人を諦めきれていない故の行動に思えて仕方ないのだ。
事実アンリエッタは未だマザリーニ枢機卿や実母マリアンヌの勧める婚姻を、適当に理由を付けて断わり続けていた。
だからルイズには、アンリエッタがシエスタやティファニアという外堀を埋めにかかっているように見えて仕方がなかった。
勿論アンリエッタがそんなことを意図せず、天然でそんな行動に出ているかもしれないが――むしろルイズからしてみれば、そちらの方が何倍も性質が悪い。
昔からそうだった。友人として幼少より付き合いのあるルイズは、無自覚な振る舞いでルイズを出し抜き、アンリエッタがおいしい所を持っていくのをその横で何度も目にしてきた。
――あの時も、あの時も、あの時も!!
思い出しただけでむかっ腹が立つ!
魔性の女とでも形容すべきか。そういった素養をアンリエッタは間違いなく持ち合わせているのだ。
だからこそ才人との間に入り、アンリエッタに対する防壁の役割を担う人物が必要なのだが、アンリエッタに恩義のあるシエスタやティファニアには期待出来ない。
となると……防壁になれるのは現状ルイズのみ。故にタバサを引き入れ、共にアンリエッタに対する盾になって欲しいという打算が少なからずルイズにはあった。
葛藤に揺れるルイズの表情を見たスカロンは、肩を竦めて両手を上げた。
「あらら。この様子じゃ、シエちゃんもティファちゃんも大変ねぇ。後、サイト君も」
もう少し折り合いをつけれるようになれればいいのだけれど……とスカロンは思うが、他の学友たちから云わせればルイズは十分に妥協しているように思えた。
特にモンモラシーは、あの嫉妬深かったルイズがシエスタやティファニアに妥協しているのが未だに信じられない。もし自分であったのなら絶対許さない自信が彼女にはある。
ギーシュは才人の影響を受けて色々と成長してきており、モンモラシーもそれは良い傾向だと思っているが、複数の女性を侍らせる面だけは真似させない様にしなければ、と内心で決意を新たにしたのだった。
「――ところでルイズ。そちらの彼も何か云いたそうにしているけれど」
キュルケの流した視線の先、そこには……ちゃっかりとルイズの隣に座って女子会に参加するアストルフォの姿があった。
杯を片手におつまみをちょこちょこと口を運びつつ、ホクホクとした笑みを浮かべながら。
「いやいや、ボクのことは気にしないで。偶にはこうやって聞きに徹するのも悪くないしね」
遠慮してます的なポーズに思えるが、堂々と女性面子に混じっている時点でとうに遠慮などありはしない。
その清々しいまでの図々しさに、ルイズは頭を抱えた。
「ホントになんでアンタ、……こっちに居るのよ」
確かに女性に混じっていても違和感はない。仮にルイズの横に並んだ状態で知らない人物に『どっちが女性?』と質問した場合、正確に答えられる人がどれほどいるだろうか。
少なくともアストルフォを見て男と知れば、世に数多居る女性の多くが自信を無くすことはうけあいである。
「あっちも中々楽しそうだけど、今日はこっちの席の方が混じって飲むのも悪くないと思ったから! いやぁ、本当にいい所だね、魅惑の妖精亭は」
アストルフォの視線の先には、調子に乗って腹踊りを披露するマリコルヌの姿があった。腹に描かれた顔は誰かから借りた口紅によるものらしい。
加えてグデングデンに酔っぱらったギーシュとアリィーは、マリコルヌの踊りに合わせて手拍子で音頭を取っている。
それを見たモンモラシーとルクシャナは無言で顔を見合わせた後、揃って溜息をついていたのだった。
「それでさ、魔女のアルシナって奴にミルテの木に変えられちゃって――」
……しばらくして、いつの間にやら女性陣の話題の中心にアストルフォが躍り出ていた。
聞きに徹すると云っていたアストルフォだが、その後もキュルケに何度か話しかけられて興が乗ったのか――自分のことを語りはじめたのである。
すると何故だが皆が次第に引き込まれ、聞き入ってしまったのである。
上手く言語化出来ないのだが、アストルフォ当人には不思議な魅力があるのだ。
だから女性陣も何だかんだ云って、アストルフォの同席を許していたのである。
「ていうか。アンタ……そういえば王子だったわね」
「うん! あ、でも全部放り出して国を出たからね。元王子って表現の方が正しいかな」
ルイズに対して頷いて見せるアストルフォ。
王子だと知らなかった他の女性陣たちは驚いた様子で、アストルフォを見つめている。
昔のルイズであれば、アストルフォの王子としての責務を果たさず国を出てことに対して、『無責任だ!』と憤ったのだろう。
しかし色々とはっちゃけた今のルイズにとっては、アストルフォの自由奔放さはどこか羨ましいものに思えた。
それと――。
(幽霊みたいなもの……って聞いたけれど、とてもそんな風には見えないわよね)
サーヴァントについて、ルイズは海苔緒から詳しく聞いていた。
なまじサモンサーヴァントによる召喚魔法を知っているためか、過去に活躍した人間の魂を召喚して
何となくではあるが、死んでから仮初ながら甦った王子というと……どうしてもウェールズ王子のことを思い出してしまうルイズだが、雰囲気があまりにも違うため、そう深刻な気分にはならない。
そんなことを考えながらルイズがアストルフォを眺めていると、今度はティファニアが珍しく積極的に話し掛けていた。
「どうして国を出て、海の向こうの大陸に行こうと思ったんですか?」
ティファニアの問いに少し小首を傾げてから、アストルフォは己の想いを口にした。
「うーん……多分切っ掛けはまだ小さかった時、お城の外がどうなってるか無性に気になったことだと思う」
城を囲う城門の向こうに何があるのか?
それを知った後、アストルフォは城門の先に広がる平原を見てさらにその先が気になった。
平原の先には? 平原のその先の山脈を越えたら? さらにその先の先に行ってたら?
子供の頃、誰しもが思いを馳せたユメ。そんな童心の夢想は成長するほどにアストルフォの胸で膨らみ続け……ついには海の向こう、空の果てへと思いを募らせたのだ。
そんな他人が聞けば呆れかえるような理由。
皆が大人になるにつれ、棄て去ってしまう憧憬を抱いたままアストルフォは国を出て大陸へ向かったのである。――誰しもが持ち合わせていた、あの頃の胸の高鳴りを響かせながら。
それが後に名を馳せる無鉄砲騎士の
「分かるわ! 本で読んだり人から聞いたりするのと、実際に見るのじゃ全然違うもの!! 確か……サイトの国の言葉に『百聞は一見にしかず』ってのがあるらしいけど、まさにその通りよ!」
エルフでありながら蛮族と蔑まれていた人間に文化に興味を持ち、研究をしていたルクシャナは大いに共感した様子で、アストルフォの意見に賛同していた。
彼女もアストルフォと同じく、自分で確かめてみないと気が済まない性分だからだろう。
ちなみに最近の彼女は、地球の歴史や文化を対象とした研究を開始している。
彼女の叔父であるビダーシャルも、その研究に協力している。
そんなルクシャナの言葉を聞いて、唐突にアストルフォはあることを思い出す。
「……そう云えば。ノリがルクシャナに話があるって」
「え、私に話?」
「いい機会だからこの場で話すと云いよ。今からノリを連れてくるから」
どんな話があるか見当もつかず考え込むルクシャナを余所に、海苔緒を呼んでくるためにアストルフォは一度席を立つのだった。
次回は聖地がある海域『竜の巣』や原潜についてのお話の予定
では、