Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです)   作:五十川タカシ

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アポクリファ最終巻とエルメロイ二世の事件簿読みました!

色々伏線は残りましたし、今後の展開が楽しみです。


第二十九話「滅亡の精霊石。対するは救済の切り札」

 ジュリオは大隆起に関する子細を語った後……その証拠を示す資料を配り始めた。

 資料には数百年や、数十年前に廃鉱になった風石採掘所に、極僅かだが再び風石が蓄積し始めている事例や、各地の地層調査の結果が記されている。

 皆がその資料に目を通す中、先んじて海苔緒は手を挙げた。

 二人の持つオッドアイ、その視線が交錯する。

 

「正直云って部外者だが……少し聞いてもいいか?」

「構わないよ。それに君もこの会議に参加しているんだ。部外者と云っても今更さ」

 

 ……そりゃ、尤もな話だ、と思いつつ海苔緒はジュリオへ疑問をぶつける。

 

「じゃ、確認させて貰うが……エンシェントドラゴンを封印したのは、復活のための元素の吸収を利用して、風石の蓄積を防いだってことでいいんだな? そんで火竜山脈はハルケギニア全土に風の元素が拡散して流れ込む――云わば、吹き出し口って訳か?」

「まさにその通りだよ、良く分かったね? エンシェントドラゴンは仮死状態に陥ると、周囲から元素の力を吸収して数千年かけて完全体へと自己を復元する。それを当時の虚無たちは利用した訳だ。そして火竜山脈に封じたのは、そこが風の元素の噴出点だからさ。元を塞ぐのが一番有効だからね」

 

 ジュリオは海苔緒の言をあっさり肯定した。

 つまり地の底深く充填される筈だった風の元素を、エンシェントドラゴンに復活するまでたらふく喰わせることで、当時の虚無は迫っていた大陸浮上の刻限を最低でも数百年以上先にずらした。

 それに付随して火竜山脈が封印の地に選ばれたのは、火竜山脈がハルケギニア全土に動脈のように張り巡らされた風の元素の通路(ライン)の大本であり……極めて高質な地脈だったからだ。

 

「待ってくれ海苔緒! 何でそんなことが分かるんだよ!?」

 

 才人は驚き声を上げる。才人もエンシェントドラゴンが封印されていたカラクリは分かった。しかし火竜山脈が風の元素の通路(ライン)の大本であるという事実に、海苔緒が何故気付いたのか理解出来ずにいた。

 海苔緒は配られた資料の――地層調査の結果表と、無数の地層採集場所を示した地図を指さして、

 

「才人、地図とそれに対応する地層の表を見てくれ。複数の地点を比較すると、火竜山脈に近いほど風石の堆積層が厚くなってやがる。そんで層の厚さがほぼ同じ地点を結んでみれば……ほら、こんな感じで円が幾つも結べるだろ」

 

 海苔緒が鉛筆で加筆した地図には、山岳の等高線の如き円が幾層にも浮かび上がる。

 才人も資料を見ると、海苔緒の指摘は確かにそうだった。

 

「うおっ、ほんとだ!」

 

 納得した才人……その近くに座っているアンリエッタは、真剣な表情でジュリオを睨んだ。

 

「お答えください。ロマリアは、いつお気づきになられたのですか? これほどの資料を用意するのに、一月や二月程度では足りないのはわたくしにも分かります!」

 

 

 何時からこんな重大なことに気付いて黙っていたのか、とアンリエッタは抗議の視線を投げる。

 するとジュリオは堂々と答えを返す。

 

「切っ掛けはレコン・キスタの反乱の発生時、我々が陛下の御国(トリステイン)に居たスパイ……ワルド子爵について内密に調べ上げたことが発端です」

「なっ――!!」

 

 ここでその名が出てくる等とは到底思っておらず、アンリエッタは驚愕に歪む口元を咄嗟に隠す。

 驚いたのはアンリエッタだけではない、才人やルイズも動揺していた。

 ――ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。ラ・ヴァリエール公爵領の隣に土地を持つ子爵家の当主で“あった”人物。同時にルイズの元婚約者でもある。

 かつては宰相マザリーニ枢機卿の信頼も厚く、アンリエッタの密命を任されるほどであったが……その影でワルド子爵は反徒であるレコン・キスタと通じていた。

 彼はアンリエッタの想い人であったウェールズ王子を殺害し、虚無の担い手であるルイズの身柄を攫おうとしたが、覚醒したデルフと才人によりこれを阻止されている。

 そしてワルド子爵はその後もレコン・キスタの一員として幾度か姿を現したが、レコン・キスタの反乱が鎮圧されてからは、ぱったりと姿を消して消息を絶っている。

 

「ワルド子爵が何故裏切ったのか? 陛下は疑問に思いませんでしたか?」

「それは……」

 

 ルイズたちから虚無と聖地奪還に異常に執着していることは聞いていた。

 ウェールズ王子を殺されているアンリエッタは、ワルド子爵に少なからず先入観を抱いており、権力欲と野心に溺れた浅ましい男……位にしか今まで考えてこなかった。

 けれど、ジュリオの物云いは明らかにそれとは違う。

 

「我々がヴィットーリオ前教皇の命を受け、ワルド子爵を調べ上げた所……ある人物が浮かび上がりました。――それは彼の母である子爵夫人です。既に十数年前に亡くなった人物ですが、その醜聞は陛下も御存知の筈ではありませんか?」

「ええ、何度か耳に入れることはありましたけれど……」

 

 そこまで口にして、アンリエッタは云い淀む。

 レコン・キスタに寝返る前のワルド子爵は貴族の中でも飛び抜けた出世頭であり、当然妬む貴族は多く居た。

 ワルド子爵自身にこれといった弱点がなかったため、彼等はいつも死亡したワルド子爵の母の陰口を代わりに囁いていたのだ。

 

 ――曰く、“ワルド子爵の母は狂人だった”

 

 狂ってしまい訳の分からないことを叫び続けるため、家族の手により幽閉されたとか。

 最期には事故に見せかけられ、家族に殺されたとか。

 そんな真偽の分からぬ噂が、宮廷でも広まっていたとアンリエッタは記憶している。

 

「では陛下。亡くなられたワルド子爵の母君が、王立魔法研究所(アカデミー)の優秀な職員の一人であったことは御存知でしたか? 彼女はアカデミーにて歴史と地学を専攻し、“効率の良い採鉱”に関して研究を重ねていたことは?」

「まさか……」

 

 ジュリオにそこまで云われ、アンリエッタもようやく事態の全貌を思い至った。婚約者だったルイズも同様の驚愕を得ている様子で、表情を歪めている。

 

「後はアンリエッタ女王陛下の想像通りでしょう。彼女は研究の最中、大隆起の発生の可能性に気付いてしまった。その証拠に彼女はアカデミーをやめる直前、大隆起の危険性を訴える論文を提出しています」

「ですが、わたくしはそんな論文の存在を一言も知らされておりません!」

 

 そんな論文があるなら、アンリエッタの耳にも届いている筈である。

 けれど、その反論はあっさりジュリオに崩される。

 

「当然でしょう。その論文は握りつぶされていたのですから」

「……えっ!?」

「ワルド子爵夫人の上司たちが論文を握りつぶし、闇に葬ったのです。『こんなものは誇大妄想に過ぎない』と散々罵声を浴びせてね。それでは心が病んでも、何らおかしくないでしょう。その主犯格はつい最近までアカデミーに所属していたゴンドラン元評議会議長。……いえ、この場では“灰色卿”と云った方が分かり易いですね」

 

 意外な繋がりが次々と明らかになっていく。灰色卿――ゴンドラン元評議会議長は才人暗殺計画を主導していた貴族だ。

 事前にその暗殺計画を察知出来たため、大事にはならなかった。

 そういえば……ゴンドラン元評議会議長の企みを知らせてきたのは、他なるぬジュリオであったことを、アンリエッタは思い出す。

 

「元々監視していたのですね……ゴンドランを」

「陛下の仰る通りです。()の評議会議長殿は自分の足場を固めるため、裏で色々あくどいことをやっていたようですよ。サイトに対する暗殺計画もその一環だったのでしょう」

 

 ジュリオは説明を続けながら、ワルド子爵夫人の論文を取り出した。固定化の呪文が付与されているらしく、保存状態はすこぶるいい。

 

「これがワルド子爵夫人の論文です。焚書にはせず、彼が私的に保管しておりました。おそらく……後で何らかの脅迫の材料に使うつもりだったのかと。女王陛下にお返し致します。これは元々、貴女の御国のものですから」

 

 ジュリオは、アンリエッタに近づき礼儀に法った作法で論文を手渡した。

 アンリエッタは震える手でそれを受けとり、急いで目を通す。

 

 

 ――そこには一人の女性の悲痛な叫びが綴られていた。

 

 

 論文という体裁は取っているが、実質これはトリステインの存亡の危機への早急な対策を求める嘆願書だ。ワルド子爵夫人の助けを求める感情が一文一文に込められている。

 

 ……こんなものが十数年以上の間、隠蔽されていたなんて!!

 

 アンリエッタの胸の内に怒りが込み上げてきた。それはワルド子爵に対するものではない。

 国の中で大隆起の危険性を叫んでいた者が居たことも知らず、統治者でありながら今までのうのうと生きてきた自分自身に対する憤りだ。

 アンリエッタは、ずっとワルド子爵が国を裏切ったものだと思っていた。しかしこの事実から考えるに、初めにワルド子爵とその母を裏切ったのは国の方ではないか?

 

「……あの時から既に、全てが遅すぎたという訳ですね」

 

 十数年前の出来事だから仕方ないとか、家臣が気付かなかったのが悪い等と、そんな責任転嫁は言い訳にもならない。

 親友であるルイズの婚約者であったワルド子爵に少しでも気を配れば、気付く機会は幾度となくあった筈だ。

 ワルド子爵の裏切りの一件は、無知であった己自身のツケを支払わされた結果だと……アンリエッタは今になって気付く。

 こみ上げる哀しみや憤りに、アンリエッタはこの場で泣き崩れたくなったが、女王として矜持から何とか堪える。

 けれどこの瞬間に抱いた想いだけは生涯忘れまいと、アンリエッタは深く胸に刻み込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくは皆の疑問にジュリオが答える時間となった。

 ルイズも途中、一つの問いを口にした。

 

「ジュリオ、この大隆起に関する資料は誰が纏めたのかしら? 現場で地質の資料を採取したのは数十名がかりでしょうけど、このまとめ方を見るに編集に携わったのは一人か、二人程度だと思うのだけれど」

 

 流石名門ヴァリエール公爵家の出、実技の魔法は赤点でも……座学は常にトップクラスだったことはある。ルイズは少ない時間で資料から様々な情報を得ていた。

 だがジュリオは、ルイズの質問をはぐらかした。

 

「残念ながらヴィットーリオ前教皇の約束でね。この資料の編集に協力してくれた二人に関する情報は明かせないんだ。それにその二人はもうハルケギニアには居ない」

「……居ないって、一体どういうことよ?」

「『東の世界(ロバ・アル・カリイエ)』に旅立ったのさ。向こうでも同じような災害が起こることがないか、調査するとも云っていたよ。けれど、おそらくは戻ってこないだろうね」

「ちょっと何よそれ、納得がいかないわ!」

 

 ルイズはしつこくジュリオに聞いたが、結局二人の名を明かすことはなかった。

 ただ横で聞いていた海苔緒はある二人の名前が浮かんだが、最後までジュリオとルイズの話に口を挟むことはしないかった。

 それから最期に才人が何気なく……、

 

「しかしエンシェントドラゴンが封印されてなきゃ。ハルケギニアは今頃どうなってたんだ?」

 

 ジュリオは肩を竦めて、サイトの質問に応えてみせる。

 

「おそらくは大隆起から免れた残り半分の土地を身内同士で奪い合うか、エルフ領に侵攻を掛けて聖地を奪還するかの二択だったんだろうね」

「うへぇ、最悪だな。けどビダーシャルの話じゃ、聖地は砂漠つーか、海の底にあるんだろ? そんな所奪っても生活出来ねぇだろうし。それに悪魔の門も無くなってる。――それとも何かこう……ブリミルが残した大隆起を止める魔法装置みたいなモンでも置いてあるのか?」

「はぁ? そんな物あるわけないじゃないか、サイト。今時歌劇でもそんなご都合主義は流行ってないよ」

 

 

 ジュリオと才人の何気ないこの会話に、海苔緒は思わず吹き出しそうになる。なまじ原作を知っているだけに、ギャップに時たま堪えられなくなりそうになるのだ。 

 口を抑える海苔緒に気付くこともなく、二人は話を続けた。

 

「けど、いい線はいっているね。サイト……始祖ブリミルは何も聖地を目指せと仰られたわけじゃないだ。本当は“聖地の向こう側”を目指せと云いたかったんだよ」

「なんだそりゃ? 頓智(とんち)か何かかよ?」

「いや、単純な話さ。君の領地にあるじゃないか。あの門の向こう側は一体どこに繋がっているんだい?」

 

 ジュリオが口にしたのは、ド・オルニエールに設置された巨大な鏡のゲートのことだ。

 

「へ? 何云ってんだ。日本に決まってるだろ。あ! もしかしてまさか……」

 

 意図に気付いた才人は、信じられないといった表情でジュリオを見る。

 ジュリオはその通りだと、頷いた。

 

「その“まさか”さ。おそらく聖地奪還の真の目的は、大隆起の災害から逃れるために聖地の門を潜り、異世界へ避難することだったとぼく等は推測している」

 

 会議場の皆がざわめく。ジュリオは冷静な様子で『飽くまで可能性の一つです』と云い加えた。

 ジュリオはさらに言葉を続ける。

 

「けれど将来的なことを考えると、選択肢として充分考えられる話でしょうね」

「ですが、数千年もの間受け継いできた土地と生活を捨てるのは、誰であろうと抵抗があります!! 他に何か手はないのですか!?」

 

 

 アンリエッタは縋るように、ジュリオに問い掛けた。

 これが差し迫った話なら選択肢は限られるが、大隆起発生までは未だ数百年以上の猶予がある。

 ……時間が掛かってもいい、何か根本的な対策はないものか?

 会議に参加する全員の総意だった。しかしそんな都合のいい話ある筈が……と皆が諦めかけていると。

 

「実は……大隆起に対抗する“手段”ですが、たった一つだけ可能性があります」

「本当なのですか?」

「ええ、けれどその手段には、あそこに座るミスタ・シタケの協力は必要となりますが」

「……へっ?」

 

 ジュリオの一言で、一気に海苔緒は注目される。海苔緒は思わず間抜けた声を上げてしまう。

 

「さしずめ始祖の気まぐれとでも云いましょうか。……つい先日のことです。ある“特殊なマジックアイテム”が見つかりました」

 

 そう云ってジュリオは懐から“あるもの”を取り出す。ジュリオの手に握られた瞬間、前髪に隠れたルーンが輝きを示した。

 ジュリオに手に収まったもの……それは長方形のカードであった。描かれているのは魔術師の絵姿。

 海苔緒の表情が驚きの余り引き攣る。アストルフォやケイローンもリアクションに差はあったが、驚いていたのは変わらない。

 

「発見者はこのマジックアイテムを『メイジの札』と名付けました。但し、巨大な力が内包されているのは分かっても、使用方法までは理解出来なかった。だが神の頭脳となったぼくには“この札”の使い方が分かる。――そしてミスタ・シタケ。君も知っている筈だ」

「ああ、当り前だ。何せそりゃ……クラスカードだからな」

 

 そう、ジュリオが握っているのは、海苔緒の所有するセイバーの札と同じクラスカードだったのだ。違いがあるとすれば、クラスがキャスターであることだろう。

 

「真名は……分かってんのか?」

「ああ勿論。この札に宿る魔術師の(まこと)の名は“メディア”。ヘカテ―の術に長けたコルキスの魔女だよ。そしてこの札の能力を十全に発揮出来れば、地脈を制御することも可能であると同時に理解している」

 

 その名前を聞いて、海苔緒とケイローンはさらに強張った。メディアだけではなく、ヘカテ―の名もケイローンを刺激した。

 何せヘカテ―はケイローンの狩りの師、女神アルテミスの従姉妹にあたる女神だ。ケイローンの魔術に関する知識の何割かは、彼女より授かったようなものである。

 確かに大地の巫女であったメディアの力を借り受ければ、地中深くの風の元素の流れを操作することも出来ると充分に考えられる。

 だがジュリオにはカードの力を己の身に宿すことは出来ても、その状態を保つことは出来ない。およそ数秒と経たず、ジュリオの精神と肉体は崩壊を迎えるだろう。

 

「残念だが、ぼくにはこの札を使い熟すことは出来ない。けれどミスタ・シタケ。君ならどうだい? 無理な願いなのは重々承知だ。頼む! どうかハルケギニアを救ってほしい!!」

 

 今までの飄々とした態度を崩し、ジュリオは真摯な様子で海苔緒に頭を下げた。

 

「……いや、その」

 

 いきなりの申し出に眩暈を覚え、海苔緒の意識が軽く遠のく。

 薄れいく意識の中、『元ニートが世界を救うとかありえねぇだろ』と海苔緒は思った。

 




海苔緒の受難は続く!

大隆起の資料を編纂した二人に関しては……原作読んでる方は容易に想像できたと思います。

では、

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