Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです)   作:五十川タカシ

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今年最後の投稿です。
皆様どうか良いお年を。


第二十八話「明かされる真実。または奴は古代竜の中でも一番の小者」

「歴代の虚無の担い手が残した資料を解析した結果……世界を燃やし尽くした災厄【エンシェントドラゴン】。それは一個体の存在を示すものではなく、一つ種……つまり複数の個体を示すものだと判明致しました」

「――ッ!?」

 

 会議の場にざわめきが奔る。

 無理もない。各国の艦隊と虚無の力を結集して(後F-2戦闘機の尊い犠牲も)、やっと倒せた怪物だ。それが一匹どころか……二匹、三匹と他に居ると知れば、動揺も無理からぬ話である。

 普段から鉄面皮を保っているタバサすら、驚きが表情から見て取れる。堪らず才人は声を上げた。

 

「ジュリオ! つまりそれはあの化け物がまだ居るってことか!? もしハルケギニアがまた襲われるなんてことになったら……」

 

 焦燥の滲む才人の言葉を、ジュリオは落ち着いた様子で否定した。他にエンシェントドラゴンが生き残っていたら彼もこれほどの余裕は無かった筈だ。

 もしそうなら、虚無の担い手となったジョゼットが狙われる筈なのだから。

 

 

「安心してくれ、サイト。他のエンシェントドラゴンはとっくの昔に倒されている。火竜山脈に“封印されていた”あのドラゴンが最後の一体だったんだ」

「ちょっと封印って、やっぱりオールド・オスマンの仰っていた通りなの?」

 

 才人の隣に座っていたルイズが“封印”という単語に耳ざとく反応し、話に割って入ってジュリオへ云い募る。

 (いにしえ)の虚無の担い手たちがエンシェントドラゴンを封印した事実は、オールド・オスマン(トリステイン魔法学院の学院長)が古書を紐解いて分かったことである。

 ジュリオはルイズに対して厳かに頷いてみせる。

 

「そう……封印なんだよ、ルイズ。当時の虚無たちは他のエンシェントドラゴンを討伐した後に、あえてあのドラゴンだけを、犠牲を払ってまで火竜山脈に封印した。……倒す方が簡単だったのにも関わらずにね」

「何故なのです! 当時の虚無たちは、何故子孫たちに災厄を残すようなことをしたのですか?」

 

 

 動揺から回復したアンリエッタが今度は口を開く。アンリエッタもまた始祖の血脈を継ぐ者の一人。自分たちの祖先が古代竜の災厄をもたらしたのか、と思うと気が気ではなかった。

 

「そうせざるを得なかったのです、アンリエッタ女王陛下。より大きな災厄を回避するために、当時の虚無たちは仕方なくエンシェントドラゴンという災厄をハルケギニアに残してしまった」

「「……より大きな災厄!?」」

 

 再び会場はざわめいた。

 ジュリオは深呼吸して机の置かれたコップの水を飲み干すと、湿らした舌をゆっくりと慣らすように動かす。

 

「事を分けて話しましょう。後々その災厄については説明しますが……まずはエンシェントドラゴンについてです。先程私はエンシェントドラゴンを一つの種族と云いましたが、より正確に述べるなら……エンシェントドラゴンは、ある古代種のドラゴンの中から誕生する特別な個体のことを指します。――それ等は韻竜たちの言葉で【全てを喰らうモノ】と呼ばれていたそうです」

「あっ! そのドラゴン知ってるのね!! わたしが悪さするとすぐ父様と母様がその竜の名前を出して、『丸呑みにされる』ってわたしを脅してきたのね」

 

 きゅいきゅい、とシルフィードが思わず口を開き、ほぼ全員の注目が集まる。

 タバサは真横に居るシルフィードへ顔を向けた。

 

「何故云わなかった?」

「そんなこと云われても、わたしも今知ったのね! それよりそこの暴力人間!! 何でお前が韻竜の言葉を知っているのね!?」

 

 人の名前を憶えないシルフィードは、主人であるタバサに殴りかかろうとした前科のあるジュリオを暴力人間と呼んだ。

 対してジュリオは特に反応しなかったが、内心苦笑していた。

 シルフィードはどうやら、数ヶ月前に倒したエンシェントドラゴンと、両親が話していた古代種の竜が同じものとは思っていなかったらしい。

 そしてシルフィードの『何故韻竜の言葉を知っている?』という質問は(もっと)もであり、再び視線はジュリオに集まった。

 

「それも資料に書かれていたからだよ。当時の虚無の担い手たちには韻竜の協力者が居たようだ……君のような、ね。それだけじゃない、資料の情報によれば、歴代の虚無の担い手の中には韻竜や翼人や獣人――果てはエルフを使い魔にした者達も居たらしい」

 

 ジュリオの発言に、会議場に何度目かの衝撃が奔る。

 

「どういうことだよ!? 担い手の使い魔になれるのは人間だけじゃなかったのか!?」

「何事にも例外がつきものということだよ、サイト。人間と似たような姿を持つ者や、人間と同等かそれ以上の知恵を持つ者といった……人に近しい存在が虚無の使い魔に選ばれる場合もある。ただ、それだけのことさ。それに偉大なる我らが始祖も……いや、これ以上は無粋だね」

 

 ジュリオが発言を避けたのは、始祖ブリミルの使い魔であるサーシャのことである。 彼女はエルフの剣士で、才人の使っていたデルフリンガーの最初の持ち主だ。

 他にも……ハーフエルフのティファニアが虚無の担い手に選ばれたことや、担い手ではないにしても、始祖の血を引いているタバサが韻竜であるシルフィードを召喚したことは、それと関わりがあるのではないか?

 ジュリオはそこまで考えていたが、明言は避けた。

 才人は夢の中でブリミルとサーシャに会ったことがあり、その夢の内容の裏付けはデルフやビダーシャルがしてくれた。

 加えてその事を才人はルイズだけではなく、他の人物にも打ち明けており……アンリエッタやタバサも周知していた。

 勿論ジュリオも知っていて、こんな言い回しをしたのだ。大変不敬であり、ブリミル教の総本山でするような話題ではない。

 けれど、それを咎める者はこの場に居なかった。

 

「話を戻しましょう。協力者だった韻竜の証言によれば、【全てを喰らうモノ】と呼ばれる竜は、初期の段階では火竜程度の知性と力しかないそうです。けれど奴等は強いモノを喰らうことで、喰らったモノの力を獲得し……そしてさらに、より強いモノを捕食しようとする。その本能は同種の竜……つまり【全てを喰らうモノ】同士にすら適応されるらしいのです」

 

 要は強くなる為には共食いすら厭わないという訳だ。種族は違えど同じ竜であるシルフィードは露骨に顔を(しか)めた。

 海苔緒は呪詛に用いられる蠱毒の儀式が頭に過る。

 ルイズやティファニアは、オスマンが云っていた『エンシェントドラゴンは虚無の担い手を喰らい、力を得る』という言葉を思い出していた。

 ジュリオは説明を続ける。

 

「大抵の【全てを喰らうモノ】は、攻撃的過ぎる習性が仇となって成長途中で同種または他種によって排除されるそうなのですが、ごく稀に排除を免れて手が付けられないほど成長する個体が現れる。それが我々の知るエンシェントドラゴンというわけです。遥かに古の時代に繁栄していた韻竜などの古代種が全滅寸前まで追い込まれたのは、エンシェントドラゴンと呼ばれるまでに成長した複数の【全てを喰らうモノ】と苛烈な生存競争を繰り広げたためだとも、韻竜は云っていたそうです」

 

 長年ハルケギニアでは、韻竜などの古代種が何故繁栄から絶滅(一般的にはそう思われている)まで衰退したのか謎だったのだが、その真相はジュリオの言葉によって明らかになる。

 タバサは再びシルフィードの方へ顔を向けた。

 

「何故教えなかった?」

「そんなこと云われても知らなかったのね! 父様と母様から聞かされた気がするけど、いちいち憶えてられないのね! 勉強は苦手なのね!」

 

 きゅいきゅい、と鳴き声を上げて反論するシルフィード。タバサは胸の内で『私の使い魔は何故ここまでお馬鹿なのだろう?』と一瞬考えてしまったが、シルフィードの名誉のため直接口には出さない。

 

「それで韻竜たちは、エンシェントドラゴンに負けてしまったということですか?」

 

 アンリエッタの声に、ジュリオはかぶりを振った。

 

「いいえ。韻竜などの古代種たちは、同胞の大半を失いながらもエンシェントドラゴンの群れを倒しました。……けれど誤算があった。エンシェントドラゴンの生命力は信じられないほど強く、死んだと思われていたエンシェントドラゴンの中にまだ仮死状態で生きている個体がいくつか存在した。そして地竜を喰らって大地に擬態する能力を得ていたエンシェントドラゴンたちは、仮死状態のまま周囲の岩山と同化して、元素の力を周辺から吸収したのです。――復活のため、数千年近い時を費やして」

「じゃあ、エンシェントドラゴンが空を飛ぶ前に岩石みたいになったのは……」

「想像の通りだよ、ルイズ。あの習性はその名残みたいなものさ。擬態と同時に防御の意味もあるんだろうね。教皇陛下から受けた傷を回復すると同時に、新たな力を体に適応させるために……」

 

 そこまで口にしてジュリオは僅かに顔を歪めた。エンシェントドラゴンに呑みこまれた前教皇を思い出してのことだろう。ジュリオにとって、前教皇は色々な意味で恩人だったのだ。

 あの時の絶望と無力感をジュリオはまだはっきり覚えている。あの時のジュリオはデルフを喪った才人以上のショックを受けていたが、気丈にもそれを表に出すことは殆どなかった。

ジュリオは脳裏のイメージを振り払い、話を続ける。

 

 

「かくして古代種との全面戦争から数千年後、エンシェントドラゴンたちは復活を遂げた。けれど獲物となる古代種たちは激減しており、簡単には見つからない場所に隠れ住んでしまっていた。……だが、エンシェントドラゴンたちは代わりに新たな力に気付いた。ハルケギニアに根付いた強い力に、ね」

「それが、虚無?」

 

 タバサの問いをジュリオは肯定する。

 

「お察しの通り――復活したエンシェントドラゴンの大半は虚無の力に惹かれ、ハルケギニアに襲来。幸いと云うべきか……当時のハルケギニアは聖地奪還のための戦力を大幅に拡充しており、虚無の担い手とその使い魔たちは『四の四』が集結していた。まさに『聖戦』が発動されんとする矢先に、エンシェントドラゴンたちは虚無の前に現れ……」

 

 徐々に迫力を増すジュリオの語りに、会議場の皆が固唾を飲む。

 ジュリオ自身も語ることすら憚られると云わんばかりに、己が身を震わせていた。

 

「――激戦だったそうです。そんな一言二言で済むような話ではありませんが、そう形容する他ない……と資料には書かれていました。レコン・キスタとガリア戦役と我々が経験したエンシェントドラゴン襲来。それ等全てを纏めた規模の戦だったと御想像ください」

 

 ハルケギニアの人々には想像も出来ない、途方もないスケールの話だった。アンリエッタなど、眩暈で起こして今にも倒れそうな様子である。

 だが地球出身である海苔緒や才人は何となくだが想像はつく。おそらく“バルカンの火薬庫に火を点ける”ぐらいの勢いはあったのだろう。

 

「担い手も使い魔も、短い間に何度も代替わりしました。聖地奪還のために集められた精鋭たちもその(ことごと)くが壊滅させられたそうです。そしてついに追い詰められ、当時の虚無たちは最終的には天敵だったエルフと手を結んだ。エルフたちの砂漠もまたエンシェントドラゴンの襲撃により、危機に陥っていたのです」

 

 聖地に満ちる力が目的だったのか、エルフの先住魔法の力に惹かれたからかは、分からない。けれど事実としてエルフたちもエンシェントドラゴンに襲われ、存亡の危機に瀕した。

 ……少なくとも“悪魔”と忌み嫌っていた虚無と手を結ぶほどには。

 

「追い詰められて協力した担い手とエルフ達は、知恵を出し合った末……強力な火石を虚無の魔法で解放するという凄まじい攻撃法を考案し、エンシェントドラゴンの動きを封じるために先住魔法で強化した巨大なゴーレムを複数用意した。それが一体何のかは皆様ご存じの筈です」

「それってまさか……『ジョセフの使っていた!』『火石』『ゴーレムもじゃない!!』」

 

 皆の声が交錯する。

 それ等はまさしく――ガリア戦役にジョゼフが用いた虚無の獄炎と、その使い魔【神の頭脳・ミョズニトニルン】シェフィールドが使役したヨルムンガントそのものだ。

 

「ジョゼフや使い魔のシェフィールドが散逸した文献からそれ等を模倣したのか? または独自に想到(そうとう)したのか? 今となっては、真相は闇の中です。けれど少なくとも彼等はエンシェントドラゴンの存在は知らなかった筈です。もし知っていたならば……」

「嬉々として真っ先に甦らせたでしょうね。()の狂王はハルケギニア全土が煉獄の釜の底に沈むのを……誰よりも望んでいましたから」

 

 ジュリオの言葉の先を、アンリエッタは神妙な表情で紡いだ。

 ジョゼフと直接対峙し、真っ向から交渉を挑んだアンリエッタだからこそ分かる。あの男は掛け値なしに中身(こころ)が空っぽだった。虚無(うつろ)の担い手とは良く云ったものだ。

 その原因となった行き違いの真相を既に聞かされていたアンリエッタは、思い出すだけでやり切れない気持ちが溢れてくる。

 

「こうしてエルフとハルケギニアの住人たちは、決戦に臨んだ。担い手を囮に誘き寄せ、巨大ゴーレムで動きを封じたエンシェントドラゴンを、片っ端から暴走させた火石で吹き飛ばす――そんな作戦を敢行したようです。終わる頃には周辺は灰燼と化し、ハルケギニアの一部の地形は大きく変わってしまった……と書かれています」

 

 要するにエンシェントドラゴンを倒すため、火石をハルケギニアの地で乱発したということになる。

 太陽にも似た巨大な火の玉がもたらす在り得ない規模の破壊を、間近で目撃していた会議の参加者達は周囲がどんな有様になったのか容易に想像出来た。

 例えるなら核兵器を連射したような暴挙とも取れる。放射能汚染がなくとも、その破壊がどれだけ凄まじいかは……誰にでも分かるだろう。

 

「ジュリオ殿! ひょっとして『世界を燃やし尽くした災厄』……というのは?」

「多分想像の通りですよ。エンシェントドラゴンのことだけではなく……討伐のために使用した火石による被害も含めて、『世界を燃やし尽くした災厄』と呼ばれるようになったのです。こんな目を当てられない事実を、記録に残しておく訳にもいかなかったんだろうね」

 

 アニエスに対して、ジュリオは自虐的な笑みを浮かべて回答する。

 道理で資料が残されていない訳だ。エンシェントドラゴンを倒すためにとは云え、虚無の力によって、自らハルケギニアを火の海へと変えた。そんな醜聞を後世へ伝えられる筈もない。

 ジュリオが新たにミョズニトニルンに目覚め、ロマリア大聖堂の地下の隠し扉の存在に気が付かねば、この真実はしばらく晒されることはなかったのかもしれない。

 

「そして最後に。当時のヴィンダールヴが犠牲となり、一番弱かったエンシェントドラゴンを仮死状態に追い込み、担い手たちはエンシェントドラゴンの捕獲に成功した。後は巨大ゴーレムで火竜山脈まで運搬し、地の底深くへと封印。その時、監視の為に出来た街が海上都市アクイレイアの始まりだったという訳で。……以上が、『世界を燃やし尽くした災厄』のあらましです」

 

 最後まで云い終えたジュリオは、コップに残った水を全て飲み干した。それから思い出したように『あのエンシェントドラゴンが火竜を操ってみせた力は、封印される直前に喰らったヴィンダールヴのものだったようです』と補足した。

 

「待ってください!! 何故エンシェントドラゴンを封印したのです。ジュリオ殿、貴方は最初に『より大きな災厄を防ぐため』だと仰いましたが、その“より大きな災厄”とは一体何なのですか!? エンシェントドラゴンの襲撃や虚無による火石以上の災厄など、わたくしには想像も着きませんわ!」

 

 

 アンリエッタの声は悲鳴のようだった。アンリエッタにはこれ以上の災厄がある等と考えたくもない。しかしジュリオは“ある”と云うのだ。

 ならばどれだけ恐ろしかろうと、アンリエッタはハルケギニアを治める王の一人としてその災厄の内容を知らねばならない。

 会議に参加する皆の表情が引き締まる。海苔緒に関しては既にその災厄の正体を大方察していた。

 ジュリオも再び表情を引き締め、厳かに語り出す。

 

「皆、落ち着いて聞いて頂きたい。エンシェントドラゴンにより近い将来に起こる筈だった“より大きな災厄”は回避されています。ですが、それは問題を解決した訳ではなく……再送りにしたに過ぎません。これは放置すれば数百年、数千年後に必ず起こる大いなる災いなのです」

「ですから、それは一体何なのですか!?」

「お答えしましょう、アンリエッタ女王陛下。どうかお気持ちを強く保ってください」

 

 そう忠告を口にしたジュリオは、全員に云い聞かせるよう両手を仰いだ。

 

「それは風の精霊の力の暴走。鉱石として際限なく地下に蓄積した風石の飽和に耐え兼ね、ハルケギニアの大地の半分が空へと浮かぶ大災害。……空に浮かぶアルビオン大陸はその名残なのです。数万年に一度の周期で起こり、数十年間続くこの現象は、こう呼ばれています」

 

 

 ――“大隆起”と。

 

 

 予想通りとはいえ……途方もない問題の出現に、海苔緒は険しい表情を浮かべた。

 

 

 




ロマリアの会議も次回で終了の予定です。
今回提示した大隆起を防ぐ鍵は……海苔緒が握っているとだけ先に申し上げさせて頂きます。

では、



追伸

ご安心ください。“ハルケギニア”に生息するエンシェントドラゴンは絶滅しております(にっこり

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