Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです) 作:五十川タカシ
天草四朗の願いといい、いよいよ魔界●生じみてきましたね。
そしてロード・エルメロイⅡ世の事件簿とな、こちらも楽しみです。
――煌めくような夢を、視た。
それは理性が蒸発したとまで謳われる
……そこは清涼で静謐な空気に満ち満ちた
辺りには豊かな果実の実った樹木が立ち並び、園の中心には生命と知恵を司る樹がそれぞれ植えられている。
そして園に暮らす動物たちは争うことなどなく、豊かな果実の実りを分かち合って生きていた。
その風景を眺めているだけで、ひどく懐かしいという想いが胸から際限なく溢れてくる。
当然だろう。ここはヒトという種にとって、ある意味での始まりの地なのだから。
――ここはエデンの園。
旧約聖書の『創世記』に登場する理想郷であり、かつてアダムとイブが暮らしていた地上の楽園。
アストルフォの夢を何度も見てきた海苔緒はすぐさま理解する。……この夢はシャルルマーニュの
この時のアストルフォはエデンの園で採れた果実で持て成しを受けながら、聖ヨハネ、聖エリヤ、聖エノクら聖人たちから正しき信仰を広める尊さを説かれていた。
……が、アストルフォは聖人たちのありがたい説法を、なんと話半分にしか聞いていなかった。当人は楽園の果実を味わうのに夢中だったのだ。夢で追体験した海苔緒だから断言出来る。
正直な話、アストルフォが真剣に耳を傾け始めたのは、オルランドが発狂したとの知らせを聞かされた辺りからである。
さて、これは大変一大事!!と慌てふためくアストルフォに対し、聖ヨハネは『正しき信仰を広める使命を背負ったシャルルマーニュとその
アストルフォは聖ヨハネ自らが御車を務める火の馬が曳く火の戦車に乗り込み、オルランドの失われた理性を求めて一路“月”を目指す。
しかし海苔緒は思った……目指した先は本当の月であったのか? と。
――不意に意識が遠のく。海苔緒の意識に介在したのは、砂を噛むような
“但し、目指す“月”は“月”であって月ではない。そこは地上より失われたあらゆる物が存在する果てなき別世界にして、月の裏側に存在する
“火の馬が曳く火の戦車は空の境界を越え、空の
“故に、そこに存在する地上より失われた筈の物全ては――星自身の意思に沿い、星の息吹によって生み落とされた
ザザ――ッと頭に響いていたノイズが収まり、海苔緒は我を取り戻す。
(あれ? 今俺は何を……いや、気のせいか)
特に何も思い出せないまま、海苔緒は再度アストルフォの夢に波長を合わせた。
ともかくとして月へと到着したアストルフォは、そこでオルランドと己の分の瓶詰された理性を持ち帰る。
その後アストルフォは狂えるオルランドを己の女装によって鎮め、持ち帰った理性を注入することでオルランドは正気に戻すのだ。
同じく瓶詰された自身の理性を取り戻したアストルフォは、少しの期間だけ理性的で聡明な騎士となる。
けれど補填されたアストルフォの理性は、ごく短い間に揮発してしまい……すぐに元のお調子者に戻るのであった。
――今海苔緒が視ている夢は、そんな物語の一端である。しかし夢とはいっても、五感を伴うサーヴァントの記憶の再生はひどく現実的で生々しい。
何故なら、夢を視ている海苔緒はアストルフォの味わったエデンの園の果実の食感や味すらも、自らの刺激として感じ取ることが出来るのだから。
けれどどうやら今回の夢は少々毛色が異なるようだ。
いつもなら聖ヨハネにエデンの園へ招待される場面から、聖人たちからの歓待を受ける場面の間の記憶が飛ばされるのだが、今回はその過程の記憶が鮮明に再生されている。
知恵の樹の果実に手を伸ばそうとしたアストルフォに対し、聖ヨハネが慌てて注意する場面を視て、海苔緒は目を覆いたくなった。
エデンの園に興味津々のアストルフォは自重を知らず、聖ヨハネは心労が絶えない御様子である。追体験している海苔緒としては、注意を受けているのがまるで自分のように感じられ、もの凄く恥ずかしい。
ついには聖ヨハネの制止を振り切り、アストルフォは蒸発した理性の赴くまま
――だからこそ、それは全くの偶然であったのだろう。
エデンの東でアストルフォが目にしたのは……台座に祀られた一本の剣。剣は刀身が空へと向けられた状態で鎮座している。
(なんだコイツは……剣、なのか?)
否、剣と表現したが、正しくは剣の……様な物体である。
柄の部分だけ見れば確かに剣の様にも見えるが、その刀身は長細い円錐状であり、円錐は何段かに分割されている。
分割された円錐状の刀身は左右の方向に各々回転しており、その刀身の先からは次々と絶えることなく炎が吹き出し、立ち昇っていく。
剣炎は神聖な氣を孕み、まるで園を囲うようにして空へ広がっていった。
とある魔女との親交があったアストルフォは、その経験から直感的にこの剣が
まぁ、察したからといって止まるアストルフォでもなく、
躊躇も迷いもまるでなく、ごく自然な動作でアストルフォは炎の剣の柄へと手を伸ばし……、
瞬間、全身に熱湯を浴びせられたかのような感覚が、海苔緒を襲う。
海苔緒は本能的にアストルフォの夢を
「痛ってぇぇぇぇぇ!! 何だ、今の!?」
肌を刺すような激痛は張り付くように後を引いた。
寝起きの海苔緒は急いで全身を確認するが、幸いなことに火傷の痕はどこにもない。 どうやら夢の中の痛みが最大限にフィードバックされただけのようだ。
全身に冷や汗を掻きながら、安堵の溜息を付く。
しかしそれにしても……、
「本当に何だったんだ……アレ?」
汗に濡れた手には、夢で握った柄の感触が未だ残っている。
……何やらとんでもない代物だったような。
あの後、夢のアストルフォがどうなったかも気になるが……聖ヨハネたちから歓待を受けていたのが、あの後の出来事と考えると大したことではなかったのだろう。
「……って、アストルフォの奴が居ねぇ。また夜に抜け出したな」
海苔緒とアストルフォは才人の屋敷の二階の一室を借り、相部屋で滞在することとなった。
未だ建設途中の建物が多く、野外に仮のテントを張って寝起きしている人々が居ることを鑑みれば充分に優遇されている。
才人たちも一つの部屋に集まって就寝をしているのだ……って、これはいつもことであるから関係はなかった。
とにかく部屋に居ないということは、外に出たということであろう。
海苔緒は意識を窓の外に向ける。
ふと鳥と虫が夜鳴きする音に混じって、美しい旋律が海苔緒の耳に入り込んだ。
「こりゃ、ハープの音色だな」
確か……ティファニアが嗜んでいた、と海苔緒は記憶している。
だが当のティファニアは、才人と同じ部屋で就寝中の筈。
ネフテス国――つまりはエルフの本拠地に才人と共に誘拐されたティファニアは、その存在が既に露見している。
特にエルフの強硬派である鉄血団結党の首魁、エスマーイルは、『
エスマーイルは、ティファニアのことを唾棄すべき裏切り者シャジャルの娘と認識しているらしく、『エスマーイルは、シャジャルの娘へと刺客を送る機会を虎視眈々と狙っている』等と才人たちはビダーシャルから忠告を受けたそうだ。
たださえ、現状のド・オルニエールは混沌とした状況にある。加えてエルフの一派であるルクシャナたちが本格的なトリステインでの通商を開始しようとしている。
エスマーイル等、鉄血団結党にとっては許せないどころでない。
故に鉄血団結党の派閥によるド・オルニエール襲撃は十分に考えられる。
現にビダーシャルの命を受けたルクシャナたちは、一度ド・オルニエールにて才人とティファニアの誘拐に成功している。
二度目がないとは云いきれないのだ。
以上のことから、ティファニアが夜間に外出するとは考えられない。
……だとしたら、このハープを奏でているのは誰だ?
屋敷の外から聞こえる少し悲しげな旋律に耳を傾けながら、海苔緒は首を傾げた。
端的に述べれば、外でハープを奏でていたのはケイローンだった。母の形見であるハープの調子が悪いとのことで、ケイローンはティファニアから調整を頼まれたのだ。
ケイローンは勿論快く引き受けた。母親との絆の証と聞けば、尚更である。
大切に使い込まれたハープを丹念に修繕しながら、ケイローンは終始顔を綻ばせていた。
そしてティファニアから許可を貰い、最終調整として今宵ケイローンはハープを奏でている。
夜空の星を詠みながらも、ケイローンの指は滑らかに弦を弾いていく。
――夜を想い、過去を思う。
(思えば、随分と遠くへ来てしまったものですね)
何しろ悠久の時だけなく、世界すらも超越してケイローンは再び大地に足を付けたのだ。運命とは本当に気まぐれなものだと、ケイローンにはそう思えてならない。
日本政府から見聞きし、自ら無数の書籍を読み解いてみたところ……人類は長い間、繁栄を続けてきたようだ。
けれどその繁栄の裏側には、それなりの犠牲が付いて回っている。ケイローンの生きた時代から何ら変わっていない。戦争や貧困といった問題を、ヒトは未だに抱えたままだ。
それに……、
(そもそも、このハルケギニアを隔てた向こう世界では、私の存在は御伽話でしかない。……そして私の育てた弟子たちも)
しかし、そういう世界もあるだろう、とケイローンは割り切っていた。
だが本当に割り切れないのは、ケイローンが聖杯から得た世界の知識と、向こう側の世界の情勢が大差ないことだ(無論、複線の異世界が繋がった件を除いてのことである)。
つまり英雄が実在しようと、しまいと……世界は大差ないということになる。
(ならば、私たちが生きた意味は本当にあったのでしょうか?)
こみ上げた否定の思い。ケイローンの指が一際悲しい旋律を紡いだ。
けれど才人の言葉を思い出し、ケイローンは自らの考えを即座に否定した。
『実は案外見えない所で色んな世界同士が繋がっているのかもな』
その通りだと、ケイローンは思った。初めに才人を見て、その目に湛えた強い意志を
二千年前の大地にあった息吹たちの面影を、ケイローンは才人から感じ取ったのだ。
どれだけ時が経ようと、世界が違っても、受け継がれていくものは確かにある。
ならば生きた意味はある。仮令世界が変わらずとも、人の
ケイローン自身も生まれこそ祝福されなかったが、死の間際には大勢の人々が自分の死を悼んでくれたと記憶している。
あの時ほど、ケイローンは己の生きた意味を実感したことはない。
考えてみれば……ケイローンが多くの者を育てたのも、医術を嗜んで多く者を救ったのも。少しでも多く、自らの生きた意味を残したかったからかもしれない。
「なればこそ――この度稀人とはいえ、再び大地に足を付けた意味を見つけなくてはなりませんね」
……そのためにも、生前のようにまた誰かの背中をほん少しだけ押していこう。
そこまで考えてみると、ケイローンの脳裏から不安は消え去っていた。
演ずるハープの音色からは重苦しい旋律が消え、代わりに軽やかで楽しげな調べが聞こえてくる。まるで大地に生きる命全てを祝福するようである。
「――起きていたのですか、アストルフォ」
ケイローンは振り向くことなく、後ろから近付いてきた人物を云い当てた。
「うん、少しばかり不思議な夢を視てね。それに一度ハルケギニアの双月を見たかったんだ。……随分と楽しそうな演奏だったよ」
声と共に心地よい拍手の音がケイローンの耳を撫でた。
夢という単語に引っ掛かりを覚えたものの、ケイローンはあえて言い募ることはせず、黙って空を見上げた。
そこには、紅と蒼の二つの月が淡い光で輝いている。
「確かに、とても美しい双月ですね」
そこからケイローンとアストルフォはハルケギニアの夜空を眺めつつ、他愛のない話で言葉を交えた。
これから共に行動する仲間に胸襟を開くことは悪いことではない、と考えたからである。
「それでは貴方が聖杯に望む願いは何ら存在しない、と云うことですか」
ケイローンの問いにアストルフォは頷く。
「受肉して色々今の世界を見て回りたいと思っていたけど、それはノリのお蔭で叶ったからね。君の方こそ、どうなんだい?」
逆にアストルフォから質問を受け、ケイローンは珍しく恥ずかしそうな表情を浮かべて答える。
「どうか笑わないで頂きたいのですが……私は聖杯によって、死の間際にプロメテウスに預けた『不死』の特性を取り戻したいと考えていました。我ながら、自分勝手な願いと云われても仕方ありませんね」
それはケイローンがヒュドラの毒矢を受け、苦しみ悶えた末にした譲渡したものである。
今更都合よく返してほしいと願うなど……何と我欲に塗れた願いだろう、とケイローン自身も自覚している。
「そんなことないと思うけど。だって君は家族との繋がりを取り戻したいんだろ?」
ケイローンは目を見開いて驚いた。
「私が、家族との絆の証として『不死』を取り戻したいと思っているのを、よく分かりましたね」
「う~~ん。ちょっと、ね」
意味ありげな目配せをアストルフォはしてみせる。
……飄々としているが色々と底知れぬ御仁だ、とケイローンは少しだけアストルフォへの評価を改めた。
ケイローンは言葉を続ける。
「私が日本政府に協力するのは、実は下心を含んでのことなのです。銀座に現れたといゲートの向こう側の世界――ファルマート大陸には昇神という
ケイローンの生きた神代にもあった制度だ。功績を讃えられ、神にあらざるものが祝福を受けて新たな神となる。
その先にあるのはケイローンの求める『不死』ではないのかもしれない。
だがそれでも、悩んだ末にケイローンはそれに縋りたいと考えた。
「しかし現状において、マナの少ない場所での活動はマスターであるティファニアさんに負担が掛かってしまう。何とか改善する手立てを模索していくつもりですので、貴方のマスターである海苔緒殿にも協力して頂くことも多々あると思います。よろしくお伝えください」
マスターである海苔緒も、ケイローンにとってアストルフォと同じく不思議な存在である。何となくではあるが、外見と中身が釣り合っていないような、そんなチグハグな印象を受けた。
けれど同時に悪い御仁ではないと、今日一日言葉を交わしてケイローンも理解している。
加えてだが、海苔緒の生い立ちが自分に重なって見えて、少しばかり同情していた。
「分かった。ノリの方にはボクから伝えておくよ。じゃ、そろそろ行くね」
アストルフォは立ち上がり、座り込んでいた部分の土を払ってから踵を返す。
「あ、そうそう。ティファニアの手の甲にキスとかしちゃ駄目だよ! 奥手だから気絶するぐらいに驚いちゃうと思うしね!!」
「えっ! すいません、それは何のことを云っているのですか?」
ケイローンは目を丸める。当然ながらケイローンはティファニアに対し、そんな振る舞いをしたことはない。
呼び捨てにして構わない、とティファニア本人から云われたのにも関わらず、ケイローンがティファニアを『さん』付けで呼ぶのも想い人である才人に考慮してのことである。
大賢者の名に相応しい明晰な頭脳を巡らせるが、思い当たる節はやはり全くない。
困惑するケイローンをよそに、アストルフォは『おやすみ、ケイローン。いい夜を』とだけ呟いて、振り返らずに手を振る。そうしてそのまま屋敷の中へ戻っていった。
ハープを抱えたまま、ケイローンはしばし呆然と立ち尽くした。
一方のその頃、二つの門を隔てた極めて遠く、そして限りなく近い世界にて……、
「しかし封印の場所は分かったんだが……本当にあんなおっかないモノを復活させようってのかねぇ、主上さんはよ。世界を滅ぼしかけたんだろ、アレ」
深縹色の肌をした白ゴスの女性は、誰に聴かせる訳でもなく愚痴るように呟く。主上の命を果たし、夜を日に継いで帰路に付いている最中であった。
「まぁ、そんなことオレが考えても仕方ねぇか」
主上の使徒である彼女は、主上の御意に従うだけの存在だ。主上が黒を白と云えば、彼女にとってそれは白だし、女×女がジャスティスと云えば……それもまた彼女にとって正義となる。
それに元々、ごちゃごちゃと考えを巡らせるのは彼女の性分ではない。
すると不意を討つように、彼女の手の甲に刺激が奔った。
「痛ェ! あん? ……オレ、こんな所に刺青入れたか?」
全身にトライバルのタトゥーを刻んでいる彼女だが、
「まぁいいか。早く帰って主上さんに報告しないと、どやされちまう」
特に気にすることなく白ゴスを纏った彼女は、主上の待つ神殿へと再び足を動かすのであった。
――かくて兆しは現れ始めた。後はただ……溺れる
書いてて思ったこと、
もし衛宮士郎君が今回出てきた『剣』を投影出来るなら、アストルフォを召喚しても第五次聖杯戦争でワンチャンあるんじゃないかな(おめめぐるぐる
そして我らが主上さんは全力全壊です。――主上さんの威光が世界を救うと信じて(さらにおめめぐるぐる
では、