Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです) 作:五十川タカシ
ここ約一か月仕事が忙しく執筆の暇がありませんでした。
しばらく小説を全然書いていなかったので、リハビリがてらボチボチ更新していく予定です。
「改めて自己紹介するね。ボクはアストルフォ。よろしく、ペトラルカ皇帝陛下」
「聞いていた人物像と違って妾も内心戸惑っていたが、時と場所を弁えたということか……うむ、成程。謁見の間でのっけから『幼女キタッーー!』と叫んだどこぞの不作法者よりはよほど礼儀を弁えておるな。こちらこそよろしく頼むぞ、騎士アストルフォよ」
「ペトラルカ……そのネタ、まだ引っ張るんだね」
謁見を終えた後、要請を受け海苔緒とアストルフォが慎一たちと共にペトラルカ皇帝の待つ離宮の一つに向かった訳だが、あっという間にアストルフォはペトラルカ皇帝と打ち解けていた。
いくらペトラルカ皇帝が『ここでは無礼講じゃ』と最初に断ったとはいえ、堂々と親しく接することは常人には出来ないし、まして和気藹々とした雰囲気を作り出すことなど海苔緒には不可能に限りなく近い芸当だ。
そんな圧倒的なコミュ力の高さを見せつけられた海苔緒は、ただ茫然とその様子を遠巻きから眺めていた(ちなみに隣にはミュセルも居る)。
ペトラルカ皇帝の周りを固めているは麗しい侍女のドワーフやエルフであるが、その正体は近衛の女性兵士たちであり、厳しい兵練を重ねたかなり手練れ。不意打ちとはいえ、慎一を襲撃した自衛隊の特殊作戦群を無力化したのも彼女たちである。
ドワーフの侍女たちは赤いランドセルを背負っていても違和感がないのだが、彼女たちは全員とっくに成人済みで中には夫帯者も混じっており、子供が一人、二人居るのも珍しくないそうだ。
しかし同じ種族のドワーフ男子は十歳ぐらいで既に髭の濃い強面で、どう見ても背の低いおっさんにしか見えない。この差は一体どこから来るのだろう……、
加えて離宮の周りを囲うようにして、近衛騎士たちが配置されていた。普段は無粋ということで離宮に侍るのは侍女を兼ねる女性近衛だけだそうだが、未知の存在である海苔緒とアストルフォを警戒して一応配備したらしい。
それは全くもって正しいことなのだが……それより問題は、近衛騎士の取り仕切る立場として離宮に来ているガリウス・エン・コルドバル卿が海苔緒に熱視線(意味深)を向けていることにある。
正確に云えばガリウスの熱視線は謁見の時からであり、海苔緒だけではなく時折アストルフォや慎一にも向けている。
……きっと警備に目を光らせているのだろう、そうに違いにない!
海苔緒は自分にそう云い聞かせることにより、己の精神衛生を保つことにした。
そうこうしている内にドワーフの侍女が大きめの籠をペトラルカ皇帝の座るテーブルに置いた。ペトラルカ皇帝は慎一やアストルフォとの歓談を一時中断し、ゴソゴソとは籠の中から服を取り出す。
その特徴的な服は遠巻きから眺めていた海苔緒にも判別が効いた。さらに云えば、その服は隣に居るミュセルが着ている物と同一で……。
(何故にメイド服……しかも胸の部分がでかくねぇか?)
「それはそうとシンイチ。お主、妾に内緒でいくつかこの様な服を発注していたようじゃが……また女を増やすつもりか。しかもこの服、やけに乳の部分が膨らんでいるのは、一体どういうことかのう?」
ペトラルカ皇帝はジト目で慎一を睨みつつ、メイド服の胸の布地を伸ばした。
すると伸びる伸びる。ペトラルカ皇帝が伸ばした胸の布地の部分に大玉のメロンが二玉収まってしまいそうだ。
底冷えしたペトラルカの声に怯えながらも慎一は弁解の言葉を口にした。
「違うんだ、ペトラルカッ! その服は平賀さんに頼まれて……」
そこまで耳にして海苔緒は事情を察した。
「ああ、もしかしてそのメイド服。才人に頼まれてたティファニアさん専用の特注品か!」
海苔緒の口から思わず声が漏れた。その脳内では慎一や才人と共に軟禁されていた時のことが蘇る。
女性が三人集まると姦しいと云われるが、男も三人集まれば喧しいわけで……、
『ミュセルが着ているメイド服をティファニアにも着せたら、きっと似合うだろうな』
そんな才人の発言に、『名案です、平賀さん!』と慎一が見事に共鳴したのが発端だった。
才人の目的は云うまでもなくミュセルと同じメイド服を着たティファニアを観賞することだろう。 才人には
まぁ、ルイズにバレたらまず間違いなく折檻コース確定である。
なので男同士の熱い友情のため、慎一もエルダントで培ったツテ(アミュテックが運営する学校の生徒等)を頼って秘密裏にティファニア用のメイド服を調達しようしたのだが、その行動が逆にペトラルカ皇帝の目を惹き、誤解されたようだ。
「ティファニア……誰じゃ、その女は?」
ペトラルカ皇帝は相変わらず不機嫌そうな様子で問いを投げた。
慎一は慌てて弁解を続ける。
「ほ、ほら! 手紙に書いたよね。ハルケギニアって異世界に飛ばされていたボクと同い年くらいの日本人のッ! それが平賀さんで、その平賀さんの友達のハーフエルフの女の子がティファニアさんで……あっ」
そこまで云って慎一は言葉を止めた。気付けば周囲の近衛の女官たちが少々眉を顰めている。おそらくはハーフエルフという単語が原因だろう。何せハーフエルフの存在はエルダントでもハルケギニアでも、あまり良いニュアンスで捉えられない。
慎一も云った後で気付いたから、言葉が止まったのだ。
慎一もエルダントでの生活は長く、その辺りにも普段なら気を配っていたのだが……日本に戻っている期間が長かったのが仇となったようだ。
だがペトラルカ皇帝は特に気にした様子はなく、今度はミュセルに声を掛けた。
「慎一の言葉は誠か、ミュセル?」
「……はい、陛下。ティファニアさんはハルケギニアの方で私と同じハーフエルフです。でもとっても優しい人で私、その方とお友達になったんです」
対してミュセルははっきりと返答した。なんら恥ずべきことはないと態度が示している。
海苔緒はハラハラしながら事の成り行きを見守っていると……、
「ノリ、スマホ借りるね!」
「あっ、え!」
いつの間に後ろに回っていたアストルフォが海苔緒のスーツの胸ポケットからスマートフォンを抜き取った。
そのままアストルフォは慣れた手付きでスマートフォンの電源を入れ、内蔵されたカメラで撮った写真を収めるフォルダを開く。
「あった! これがティファニアさんだよ、ペトラルカ陛下」
その写真はスマートフォンを政府から返却された時、記念にみんなで撮ったものだ。中にはミュセルとティファニアのツーショット写真も存在し、アストルフォはそれをスマホの画面に映して、ペトラルカ皇帝に見せた。
「うむ、これは……確かに大きいのぅ」
そのままアストルフォからスマホを受け取ったペトラルカ皇帝は画面を食い入るように見た後、目を丸める。
そして交互に画面に映る写真とミュセルの胸を目視で確認し始めた。
おそらくはミュセルの胸を基準にティファニアの胸の大きさを測っているのだろう。
例えるならば、動物園のゾウを見て恐竜の大きさを夢想するような類の行為である。
しばらくの間、ペトラルカ皇帝によるゾウと恐竜の大きさ比べは続くのであった。
ティファニアの話題を皮切りに、ペトラルカ皇帝との会話の話題はハルケギニアで持ちきりとなっていた。
主に慎一が才人から聞いたハルケギニアの話を、要点を纏めつつも面白おかしくペトラルカ皇帝に伝えている。
――さすがライトノベル作家の息子、語りには思わず聞き入ってしまいたくなるような不思議な魅力があり、ペトラルカ皇帝だけではなく近衛の女官たちやコルドバル卿すら慎一の話に熱心に耳を傾けている。
そんな慎一の話の所々をアストルフォやミュセル、美埜里さんに海苔緒が補足していった。
「ハルケギニアか、妾たちの世界とは似て非なる場所……実に興味深い。一度は訪れてみたいのう。時にアンリエッタ女王とは一度ゆっくりと言葉を交えてみたい」
慎一から話を聞いて、ペトラルカ皇帝はそんな感想を漏らした。
アンリエッタ女王とペトラルカ皇帝。女性であり、共に若くして国の最高権力者となった者同士である。ペトラルカ皇帝も何か思う所があるのだろう。
コルドバル卿も同様に、
「ヒラガ・サイト。愛する者のために命を賭し、単騎で七万の軍前に挑み、国を救った。無謀とも思える行為だが、まさしくそれは『キシドウ』。一度顔を見てみたいものだ」
コルドバル卿がわざわざ騎士道を日本語で発言したのは、日本での『騎士道』とエルダントでの『騎士道』の価値観の違いを意識してのことだろう。
そして相変わらずの美埜里さんはコルドバル卿が熱っぽく才人のことを語るのを聞いてうっとりした後、意味深な目線を慎一や海苔緒、アストルフォに向けている。
その軸のブレなさは、ある意味で尊敬出来る?かもしれない。
「しかし慎一だけではなく、日本の男は皆、大きい乳の
「違うよ、ペトラルカッ!! 前にも云ったけど、小さい胸も大きい胸もボクは区別なんかしないよッ! どれも等しく平等に魅力的なんだ!!」
慎一は真剣に弁解にしているつもりなのだろうが、云ってることはかなり酷かった。
ペトラルカは一層目をジト目にして、
「つまり『レモンちゃんが好きです。でもメロンちゃんの方がもっと好きです』……という訳じゃな」
まるでどこぞの引っ越しセンターのCMじみたペトラルカ皇帝の言葉に、慎一はたじろぐ。
「あ……いや、それはね……」
「やはり旦那様は、
「ちょっとミュセルまでッ!」
ペトラルカ皇帝とミュセルに挟まれる慎一。
ティファニアやシエスタなど、他の女性を交えた才人とルイズの痴話喧嘩のことまで話したことが仇となった。
生贄となっている慎一を尻目に、海苔緒は距離を保ったまま路傍の石の如く無関係を装い、じっとしている。ハリウッド映画に例えるならば――流れ弾を警戒しつつ頭を低くして、嵐が過ぎ去るのを待っている状態。
けれども……、
「確かにノリが大事に隠してるエッチなゲームや漫画の女の子も、おっぱい大きいもんね」
ニャハハハ――と人懐っこい笑みを浮かべながら、さらりとアストルフォはとんでもない爆弾を投下する。
「え……え、ちょっと、ちょっとぉぉぉッ!!」
想定外の位置からの流れ弾に襲われた海苔緒。まさか、己のサーヴァントに背中から撃たれるとは夢にも思うまい。
「何云っちゃってくれてるの! アストルフォさんッ!!」
海苔緒は思わず、『さん』付けでアストルフォを呼びながら、詰め寄った。
「あ……ごめん、ノリ。つい云っちゃった」
チロっと舌を出して、アストルフォは『テヘペロ』といった具合で海苔緒に謝った。
可愛らしい仕草に海苔緒も頬が赤くなるが、今はそれ所ではない。
周囲に居る近衛の女官たちの海苔緒に向ける目が、心なしか冷たくなっている。
「いつ、気付いてた?」
出来るだけ周囲に聞こえないような小声で海苔緒はアストルフォに問う。抜けている主語は、差し詰め『海苔緒のお宝コレクション』といった所か。
アストルフォが同居するようになってからは纏めて厳重封印していた筈なのだが……。
「見つけたのは、ノリの家に居候するようなって三か月くらい経ってからかな。それからノリが『部屋で留守番しててくれ』って云った時に暇だったから、ちょくちょく借りちゃった。中々興味深くて面白かったよ」
満面の笑みを浮かべるアストルフォ。
サァ――と海苔緒の顔から血の気が引いた。
同居人のやんちゃ坊主の如き――何にでも興味を持つ節操ない好奇心について、多少は理解していたつもりであったが、どうやら見積もりが甘かったらしい。
……買い与えたノートパソコンを駆使して、現代社会に驚くべきスピードで適応してのだからおかしいことではないのかもしれ……うん? ノートパソコン?
「もしかして、お前?」
「うん、ゲームもやった、やった! 楽しかったよ、途中で飽きちゃったヤツも結構あるけど。ノリの持ってるヤツ、『女装した男の子が、主人公』ってパターンのゲーム多いよね」
「風評被害ッ! 風評被害だからな、それッ!」
周りに居る近衛の女官の目がさらに冷たくなったような気がする。
さらに慎一の近くに居た筈の美埜里さんまで近づいてきて、
「海苔緒君、私『女装した男の子が、イケメンと【にゃんにゃん】する』小説とかなら持ってるから」
「いや、借りませんから!! 全く興味ないですからそういうのッ!!」
そんなこんなで離宮は(一部の犠牲者を出しながらも)盛り上がった。
……そして当然ながら、お約束も忘れられてはいなかった。
「すいません、ペトラルカ皇帝陛下。もう一度お願いします」
「じゃから、シタケノリオ。妾はお主が『魔法少女』に変身しているところを見たいと云っておるのじゃ」
何とか混乱した状況を抜け出し、そろそろ離宮でのペトラルカ皇帝との謁見(という名目のただのお喋り)がお開きと云うタイミングで、案の定これだ。
笑みを引き攣らせながら海苔緒が尋ねると、ペトラルカ皇帝は誕生日を間近に控えた子供のような無邪気な笑みで応じてくれた。
――ペトラルカ皇帝の気分は勿論、ワクワクドキドキ!! 無論、海苔緒の心臓もワクワクドキドキ!!
救いを求め、海苔緒は縋るような目をしてコルドバル卿に視線を向けた。
涙目寸前の海苔緒に見つめられたコルドバル卿は、さながら恋する乙女が如くポッと頬を赤く染め顔を背ける。
都合数秒そんな誰得ポーズを取った後、コルドバル卿はワザとらしく咳払いして、
「謁見の間では儀礼の問題上許可出来なかったが、ここでは皇帝陛下も無礼講と仰られている」
「え、つまり……」
「大丈夫だ、問題ない」
海苔緒に向かってコルドバル卿は親指をグッと立てた。声が元ネタそっくりなのは、きっと気のせいだろう。
次に海苔緒は美埜里さんに目を向けるが、美埜里さんは日本人特有の曖昧な笑みを返し。た。暗に『皇帝陛下のお願いを聞いて上げて』と海苔緒に告げているも同然である。
慎一に至っては、未だミュセルにフォローを入れ続けていた。
残るは……謁見の間で海苔緒をフォローしてくれたアストルフォだが、現在は完全におちゃらけモードなので役には立たない。
まぁ、要するにはどこぞの漫画よろしく三択するまでもなく……現実は非情である。
海苔緒は大きく溜息を付き、覚悟を決めた。
「……分かりました、皇帝陛下」
半ばやっぱちに海苔緒は、虚空からマジカルサファイアのステッキを取り出す。
近衛の女官や騎士は身構えるが、コルドバル卿が『待て!』とその動きを制した。
瞬時に海苔緒の神経回路の一部が魔術回路へと変質し、海苔緒は魔術回路を起動させてステッキへと魔力を込めた。
十分な魔力の充填を終えると、海苔緒は己が心の内で己の姿を転換するための暗示を唱えた。すなわち――、
(変、身ッ!!)
……どうせなら●リキュアじゃなくて三〇分前にやってる特撮ヒーローに変身したかった。そんな後悔を身に噛みしめながらも海苔緒の姿は変わっていく。
銀の髪をポニーに纏めていたバンドは取り払われて長い髪が靡き、伊達眼鏡が消えてことで空色と金のオッドアイが強調された。
加えて黒のビジネススーツと茶色の皮靴等の一切が海苔緒の体から消失する。その瞬間の全身がスーッとする感覚に海苔緒は酷い羞恥を覚えた。服が消えた部分は
こうして約三秒ほどの間隔を経て、海苔緒の体をフリル過多の純白ドレスが包み込んだ。
ご丁寧なことに、両手には花の刺繍が入ったウェディンググローブが装着され、両足は灰被りの姫が如きガラスの靴が穿かされる。
全ての着用と同時に海苔緒を包む光が解放され、その姿が離宮の皆に露わになる。
離宮に居た皆の視線が海苔緒に集中し、姿を見た者は皆、一様に目を丸くした。
フリフリのドレスに魔法のステッキを持つ海苔緒の姿は……どこからどう見ても魔法少女だったのだ。
「凄いぞ! 見たか、ガリウス! 本当に魔法少女じゃ!!」
「……可憐だ」
興奮した様子のペトラルカ皇帝と目を奪われるコルドバル卿。
しかし当の海苔緒はどうかというと……、
(マジでスカートの中がスース―しやがる。マジで勘弁してくれ)
当然ながら辟易としていた。
だがもう少しの辛抱。そう思っていたのだが……、
ペトラルカ皇帝が目引きで合図を送ると、近衛の女官の一人が近づき何故かペトラルカにデジタルカメラを渡す。
カメラを見てギョッとした海苔緒は震え声で尋ねた。
「ペトラルカ皇帝陛下、それは……」
「うむ、デジタルカメラじゃ。爺が自衛隊員から譲ってもらった品でな、妾が借りたのじゃよ」
ペトラルカ皇帝の説明の通り、そのデジタルカメラはザハール宰相がエルダント駐留している自衛隊員から譲ってもらった物で、目的は孫娘のような存在であるペトラルカ皇帝の成長を写真に残しておこうと思い至ったからだ。
そんなデジタルカメラであるが、今この時はペトラルカ皇帝の玩具に等しく……、
……あ、つまりその、なんだ。かいつまんで述べるなら、
――この後、(海苔緒は)滅茶苦茶撮影された。
次回はエルダントの慎一の屋敷での話を予定しています。
では、