Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです) 作:五十川タカシ
手早く投稿しようと思った矢先、風邪で寝込み、その後は熱中症で寝込み、休みが終わり、土日はいつの間にか予定に入れられていた旅行に出かけていました。
仕事も忙しく全然書く暇がない……ORZ。
それとオリジナル作品は夢幻旅館奇縁奇譚【むげんりょかん・きえん・きたん】を書き進めることに決めました。ご意見本当にありがとうございます。
投稿する際はまた報告させて頂きます。
カタッ、カタッ、カタッ――と小気味よく回る羽車の車輪の音と、タッ、タッ、タッと御車台を引く大型鳥の足音が重なり、一定のリズムを刻んでいる。
海苔緒はその音に耳を傾けながら、目を瞑りながら静かに羽車に乗っていた。
けれど相方であるアストルフォが大人しくしている訳もなく……。
「見て、見て、ノリ。――ほら、こっち、こっち!」
細腕に似合わぬ怪力でアストルフォは海苔緒の腕を引っ張り、自分の方へぐいぐい引き寄せると今度は腰に手を回してさらに海苔緒を引っ張った。
アストルフォは、はしゃいだ様子で窓の外を指さすが……、
「馬鹿、引っ張んな! 風景ならこっち側からも見えるってのッ!!」
海苔緒は赤面してアストルフォから引き剥がそうとする。アストルフォと体が密着して風景どころではなかったのだ。
アストルフォは華奢ではあるが性別は男であるので、体は女性のように丸みを帯びてはいない。
けれど密着されるとアストルフォの体の熱が直接伝わり、髪の毛からいい香りは漂ってくる。鼻腔をくすぐるのは、仄かに甘い花のような芳香だ。
加えてアストルフォの吐息が頬や髪をくすぐったく撫でる。
狭い馬車の中だから暴れることも出来ず、そもそも通常時の海苔緒は腕力でアストルフォに敵わないため、されるがままアストルフォ側の窓から羽車の外を覗き込んだ。
そして海苔緒は目を丸くする。
見えたのは中世の欧州を思わせる煉瓦造りの建物が並ぶ街並み。道路は石畳で舗装され、各建物に必ず一つ以上煙突があり、一部の建物の煙突は煙を吐いている。
けれど不思議と古臭いと海苔緒は感じなかった。
……よくよく考えれば当然だ。エルダントにとっては最新の街並みであるし、欧州に残る中世の街並みに比べれば建物は全然新しいものばかりだ。
それにエルダントの建物の窓枠にはどれも木製の窓ではなく、ガラス窓がはまっている。
地球の中世と違い、エルダントの世界には魔法があり、ドワーフと呼ばれる治金、鍛冶、工芸に秀でる種族が居る。産業革命レベルには程遠いが、中世に比べれば大分手工業が発展しているらしいので窓ガラスも希少品ではないのだろう。中には色ガラスを組み合わせたステンドグラスのような窓も見受けられる。
それより海苔緒が一番違和感を覚えたのは、建物の看板だ。殆どは文字ではなく絵で描かれている。まるで子供向けの遊園地に来たように気分にさせられる。
これもよくよく考えれば理解出来ることだった。
(識字率が低いんだったな……)
海苔緒は慎一や才人の話を思い出す。羽車が現在通行しているのは神聖エルダント城近くの城下町だが、この辺りに住む住民でも識字率は20パーセント程度らしい。つまり残りの八割の住人は文字を読むことが出来ない。
店の看板が文字ではなく絵で描かれているのは、その店が何の店なのか直感的分かるようにするためだ。
さらに都市部から離れた農村などではさらに識字率が下がる。
才人曰くハルケギニアでも同様のことが云えるようだ。才人の領地であるド・オルニエールでも文字が読めるのは才人たちを除くと礼拝のため領地を訪れるブリミル教の司祭などのみという話である。
識字率99パーセントの国の生まれの海苔緒としては中々、ピンとこない事柄だが……元の世界でも 全体的に考えれば文字の読めない人間はたくさん居る。おかしいことではないのだろう。
まぁ、それはそれとして……、
海苔緒はアストルフォに密着されながらも目線を窓から羽車内部の向かいの席へと傾ける。
海苔緒の視線の先、――そこにはホクホク顔の美埜里さんが座っていた。
初めに云っておくべきだったかもしれないが、迎えの羽車は二台きており……慎一の護衛としてミュセルが一台に同乗、残りもう一台に海苔緒とアストルフォ、加えて護衛兼監視役として美埜里さんが乗り込んでいた。
「よっと!」
「あっ、ノリ……」
海苔緒は緩くなったアストルフォの拘束からするりと逃れると、真っ直ぐ座って美埜里さんを見据え……改めて口を開く。
「美埜里さん……何でスマホのカメラ、こっちに向けてるんですかね?」
「――あっ! ごめんなさいね、海苔緒君。体が勝手に……」
海苔緒のジト目の睨みに対して、スマホを引っ込め、テヘヘ――ッと舌を少し見せて謝罪する美埜里さん。かわいい仕草に思えたから、海苔緒は余計にイラッとしてしまう。
ちなみに美埜里さんのスマホはカシオのGシリーズモデルだ。一言で表現するならGショックのスマホ版といった品である。偶然にも慎一も同じスマホを使用している。
(体は勝手に……って、どこの華撃団のモギリだよ。もしくはOPでサーフィンしてる某戦隊、百万倍の好奇心のやつ)
そう思いつつ、海苔緒は突っ込みを口には出さなかった。慎一が居たならネタに乗ってくれたかもしれないが、生憎と同乗者は美埜里さんなのだ。
もしくは伊丹さんが良かったと、海苔緒は心底思う。
どうやら美埜里さんに与えられたエルダント滞在中の海苔緒とアストルフォの護衛兼監視の任務は、相当な天職だったらしい。
さっきから何度も頬が緩んでいる。素晴らしい笑顔を海苔緒たちに向けることもある。
その度、海苔緒は『綺麗な顔してるだろ。この人……発酵してるんだぜ』とか云いたくなった。
しかし今の美埜里さんは自重している方である。慎一から耳にした世にも恐ろしい『腐の七日間』(原作七巻)に比べれば、まだまだ序の口だ。
海苔緒は嘆息してから自分の側の窓の外に視線を向ける。
美埜里さんに皇帝謁見の作法などを確認したいとも思ったが、今はもう少しこう風景を眺めていたいと思った。
(やっぱり、似ているな……夢の光景に)
よくこんな街並みを夢の中で海苔緒は目にする。より正確に云えば、海苔緒ではなくアストルフォの夢だ。
最近見た夢の中で特に刺激的だったのは――アストルフォが巨人を捕まえ、捕虜にして街中を引き回す時の夢であった。その中の光景とエルダントの風景が海苔緒には重なって見える。
海苔緒はふと、首を反対方向に回した。見えたのはアストルフォの横顔、頬に手を置き……窓の外を静かに見つめている。
いつもとは違い、アストルフォの表情は何だか少し切なそうだった。もしかしたら、己の過去や故郷を懐かしんでいるのかもしれない。
(アストルフォのやつも、俺の夢を見たりするのか……?)
ずっと聞く機会がなかった……いや、故意に聞かないようにしてきたというべきだ。漫画読んだり、ゲームしたり、映画見たりで連日徹夜することもあるが、サーヴァントであるにも関わらずアストルフォは、基本的に夜は睡眠をとっている。
アストルフォ曰く、食事と同じく必要ではないが、意義のある行為らしい。
そりゃそうだ……生身の人間だって必要以上に食べることもあるし、必要以上に眠ることもある。
必要のあるなしではなく、したいからするのだ。
だからアストルフォは海苔緒と同じ位寝ているし、海苔緒の夢を見ていても何らおかしくはないが……アストルフォはそういった話題を口にすることは今の所はなかった。
(やっぱり、そろそろ聞くべきか……いや、ここじゃ無理だな)
今は美埜里さんも居る。この場で聞くべきではないだろう。
それに静かに外を眺めているアストルフォの邪魔をしたくはなかった。
海苔緒は自分の側の窓をカーテンで遮ると、目を閉じ、謁見の作法を頭の中で繰り返し反復するのであった。
「でけぇ……」
しばらくして……羽車は城の外壁の門前に到着し、海苔緒は思わず息を呑んだ。
あまりの大きさに遠距離からではスケール感が掴めなかったが、接近してみればよく分かる。とんでもない大きさの城である。
城を囲う外壁はグルリと一周するだけでおそらく十数km以上の距離があり、外壁の城門の高さだけでも東大寺の仏像の全長に匹敵すると思われる。当然だが城壁はさらに高い。
視界に一杯に広がる光景はまさに圧巻で、見ているだけで重圧というか重量感と圧迫感がひしひしと伝わってくるようだった。
羽車が少し距離を置いて門の前に一旦停止すると、分厚い城門がゆっくりと物々しく開かれる。
すると開かられた門の奥から見えてきたのは城へと延々と続く石畳。外壁から城まではさらに距離があった。
そして城まで続く石畳の道の左右を埋め尽くすように武装したエルダントの兵士は毅然とした様子で整列している。
海苔緒の予想を遥かに超える歓迎っぷりだ。中には日本とエルダントの国旗を左右に掲げる兵士たちも配置されている。
さすがの国賓待遇。
(まぁ……正確にいえば、慎一だからこその待遇なんだろうけど)
海苔緒にもエルダント皇帝であるペトラルカの意図がはっきり伝わってきた。
要するに『エルダントは(オタクの)伝道師である加納慎一をこれ程までに重用している』と日本政府に示す明確な示威行為なのだろう。
多分、賭けてもいいが……交渉に来ている国賓待遇を受けている日本の役人も、これほどの歓待を受けていない筈である。
そうすることでエルダントでの慎一の立場を示し、日本政府に軽視させないためのペトラルカなりの配慮なのだ。
その歓待の列の中には羽車を引いているのと同種の騎鳥や、人や騎鳥に比べて二回り以上は大きい騎竜――つまりはワイバーンも交じっていた。
海苔緒はワイバーンと視線が合い、思わず身を硬直させる。
エルダントのワイバーンは銀座で出現したものとよく似ており、海苔緒は必然的に銀座での出来事を思い出させたのだ。
あの時は理解の範疇を超える出来事の連続で、生物として真っ当な防衛本能というか脅威を感じ取る感覚が上手く働いていなかったが……銀座事件にて海苔緒は何度も身の危険を感じていた。本来の海苔緒は臆病者なのである。
あたかもトラウマが蘇るかのように、海苔緒の心の中で恐怖が溶けるように海苔緒の体に染み渡る。
(……やば!)
手がぷるぷると震え、視界がチカチカする。震えが全身に伝播し、寒さに堪えるように歯の根すら噛み合わなくなったその時……、
「――大丈夫だよ、ノリ」
暖かい感触が海苔緒の手を包み込み、発作のような震えが徐々に収まっていく。
やがてモノクロに沈んだ視界がクリアに復帰すると、アストルフォが海苔緒と手を重ねていた。
まるでアストルフォの手の暖かさが凍った海苔緒の体が溶かしてくれたかのようだったが……同時に手を握られている状況が気恥ずかしくなって海苔緒の頬が赤く染まっていく。
(しまったッ! 美埜里さんに見られてる)
何を云われるか分かったものじゃない……と海苔緒が恐る恐る美埜里さんの方を向くと。
「良かった……海苔緒君、いきなり震えだすからびっくりしちゃった。気づいてなかった私も悪いけれど、体調が悪いようだったら直ぐに私に相談して頂戴」
美埜里さんは本当に心配した様子で海苔緒を見つめ、声を掛けてくれた。
(……え!?)
「うん? どうしたの、海苔緒君」
「い、いえッ! 何でもありません!」
海苔緒は慌てて返答する。
一部腐的なことが絡むと怪しい所もあるが、基本的に美埜里さんは公私のけじめがきっちりしている。よくよく考えてみれば城の外壁に辿り着く直前、美埜里さんはネクタイの緩みを正し、深呼吸して息を整えていた。そこで気持ちを切り替えたのだろう。
自分も見習わねば……と、海苔緒は緩んだ気を引き締めた。
城の前に到着すると羽車が停止し、御者が恭しく羽車の扉を開いた。
「到着致しました。どうぞ」
到着したのは城の内玄関らしかった。そこで海苔緒たちと慎一たちは合流する。
内玄関には兵士二人が待機していた。
「お待ちしておりました、カノウ・シンイチ様と皆様方。どうぞ此方へ」
兵士たちは慎一に向かって恭しく一礼すると、ついてくるように促す。
……とその前に、美埜里さんが海苔緒とアストルフォに一つ確認を取る。
「海苔緒君、アストルフォ君、魔章指輪はつけた?」
「はいッ! 付けてます」
「ボクも大丈夫! この通りオッケーだよ」
海苔緒とアストルフォは指に填めた魔法の翻訳指輪を美埜里さんに見せた。
指輪は翻訳機能だけではなく……エルダントにおける身分証明を兼ねている。故においそれと無くすことの出来ない重要な代物なのだ。
「……良し。行きましょう、私の後ろに付いてきて」
海苔緒とアストルフォは頷き、騎士二人、慎一、美埜里さんと続く列の後ろに付いた。そして最後方にミュセルがつく。ミュセルは慎一のすぐ後ろかと思ったが、立場というか身分の関係で一番後方に回ったらしい。
騎士たちの案内に従い、海苔緒たちは慎一たちの後ろに付いていく。
城のスケール大きさは屋内に入って変わらず圧倒的で、天井の高さはドーム球場ほどもあるだろうか……廊下の幅もテニスコートやバスケットコートの横幅以上あり、その廊下が縦に延々と続いている。一定の間隔で左右に配置された白亜の石柱は一つ一つが巨木のような太さだった。
しかも巨大な山脈で削って造った城であるが故に、城の内部も岩を削り、中を綺麗にくり抜き造られている。
麗美な装飾が丁寧に施されたこの太い石柱の群れは後から据えられたのではなく、中をくり抜く際に残されたものを加工したのだろう。
まさに驚嘆すべき技術と労力である。
装飾が施された内装や調度品の一つ一つが素晴らしく、海苔緒は美術館の見学コースを歩いているような気分すら覚えた。
しかし生憎と神聖エルダント城と見学に来た訳ではないので、惜しいとは思いつつも海苔緒は足早に廊下を歩き、美埜里さんの後ろについていくしかなかった。
城が広いために移動の距離は必然的に長くなる。城に常駐する騎士たちは自然と早歩きを覚えるのだろう。
案内の騎士たちは、慎一たちや海苔緒たちのことを考慮して少し速度を落としている様子だったが、それでも歩くペースとしては早かった。
目指すは『謁見の間』であるが、エルダント城には複数の謁見の間が存在する。要は謁見の規模によって使い分けられるのだ。
限られた人間との謁見の場合は小さい(とは云ってもテニスコート以上の大きさ) 『謁見の間』を使用し、逆に重臣や各国大使などの重要人物を全員招くような公式の謁見では巨大な『謁見の間』を利用する。
今回の場は後者である。
(マジで……その場で皇帝に変身しろって云われたらどうする? 考えただけで胃がキリキリしてきやがる)
二十歳にもなる男が公衆の面前で魔法少女に変身……
だが海苔緒の変身にはカレイドステッキ(劣化サファイア)が必要だ。そしてこの世界に置いて、魔法の杖は立派な武器に相当する。
皇帝の前で魔法の杖を取り出すと云う行為はすなわち剣を引き抜いたり、銃を構えたりするのと同等の行為に当たる筈……故にきっとペトラルカ皇帝の重臣や左右に控えるザハール宰相やコルドバル卿が止めてくる。
海苔緒はそう信じることにした。
やがて延々と続く廊下の行き止まりに到着し、そこには屋内用とは思えない巨大な両開きの扉があった。この扉の先は目的の謁見の間なのだろう。扉の隙間からボソボソとした数十人もの話声が漏れてくる。集会前の学校の体育館を海苔緒は何故だか思い出した。
「これから謁見だけど、海苔緒君は大丈夫? アストルフォ君は……大丈夫そうね。慣れてるんだっけ、こういうのは?」
「うん、これでも生前は騎士だったからね。それよりノリの方は本当に大丈夫かい?」
アストルフォは美埜里さんに向かってエッヘン! と胸を張って答える。ちなみに生前は王子でもあった。アストルフォに全く緊張は見られず、いつも通りのリラックスした様子である。
それより問題は海苔緒である。アストルフォとは対照的に海苔緒は顔を蒼くしてお腹を何度もさすっていた。
「……大丈夫」
海苔緒は首をブンブン横に振った後、自分の頬を思いっきり叩いて気を引き締めた。
(こうなったらなるようにしかならねぇ)
「……くれぐれも無理はしないように。私と同じように黙って俯いて控えてればいいから、後は皇帝陛下に何か云われたら練習した通りに答えて頂戴」
「はい、分かりました」
面接の練習のように幾つかの受け答えを頭の中に叩き込んでいた。後は度胸である。
「ニッポン国の使者――カノウシンイチ様、コガヌマミノリ様、他三名ご入来!」
案内の騎士たちが声を張り上げると、物々しい巨大な扉が何かの仕掛けによって独りでに開いていく。
同時に中で聞こえていた話し声が止んだ。
――いよいよである。
慎一は堂に入った動作で内部の赤い絨毯に足を付ける。その様子を見た海苔緒は改めて慎一に感心した。
こうして慎一たちと海苔緒たちは皇帝の待つ『謁見の間』へと足を踏み入れるのであった。
申し訳ありません、エルダントの説明を入れたらまたしても話が進まなかった……ORZ。
次回こそ本当にペトラルカ皇帝と謁見です。
海苔緒の運命は如何に……。
では、