kurenai・bullet   作:クルスロット

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第八話

「ガストレアウイルス、あれの出処は結局、九鳳院にも、星噛にも掴めなかった」

 

 舗装が剥がれ、砂利や小石、デコボコの目立つ酷く走りにくい道を走る赤い車の中に、白衣の男、竜崎は居た。その目は何の感情の色も見れず、窓の外の流れ行く風景を見つめていた。

 

 「しかし、ガストレアウイルスに関しての研究は世界でも随一だった。彼処では、研究の為なら、何であろうと赦された。そう普通なら絶対に赦されない事もテンプレ書類と適当なサイン一つで許可が降りていた」

 

 「最低の職場だな」

 

 助手席で煙草を吹かしていた闇絵のどこか苦味を含んだ言葉に、竜崎は全くだと言って同意した。

 

 「まあ、私としても資金無制限、人道的な面倒くさいあれこれはオール無視。研究をするなら最高だったね。実際、私も嬉々として研究していた」

 

 「最低の人間だな」

 

 紅香はそう言い、ハンドルを回した。彼女の愛車はその指示に従い、急なカーブを難なくクリアする。

 

 「全くだ」

 

 小さく笑って、竜崎は言葉を吐いた。

 

 「なりふり構わずの研究の毎日だった。風呂も飯も忘れての研究。私以外の研究者も俗世に馴染めない破綻者ばっかだった。そのせいもあって研究は凄まじい勢いで進んでいった。ガストレアウイルスの応用性やらなんやらという具合でな」

 

 楽しいといえば楽しい日々だった。ぼそりと彼は呟き、

 

 「一般的には最低最悪の楽しみだな」

 

 と闇絵は茶化した。竜崎は苦笑して、「その通りだな」と同意した。

 

 「まあ、そういうのはいずれ終わるわけだ」

 

 煙草、私にも貰えるか? 竜崎の言葉を受けて闇絵はシガレットケースとライターを差し出した。「ありがとう」と彼は言葉を返して、一本抜き取り咥えた。ライターからボッと小さな炎が現れ、暗い車内を照らすと同時に炎は煙草の先へ移り、ジリジリとゆっくり削る様に灰に変えていく。

 煙草の煙は、窓の隙間から外へと流れていった。吐き出した煙も同じ道を辿った。

 

 「約十年前、ガストレア戦争の終結と同時に楽園は終わった」

 

 「表御三家、九鳳院の消滅か」

 

 紅香の言葉に「ああ」と肯定を返し、言葉を続ける。

 

 「発端は欲に目が眩んだ馬鹿共。その火を巨大な炎にしたのは星噛絶奈、それに連なる化物共。

 どうして私は生き残ったのやらと疑問になる程の修羅場だったよ。今でも思い出せる。男も女も子供も老人も皆が殺し合っていたよ。血で血を洗う闘争とはああ言うのを言うんだろうな。人をバラすのやらには慣れていたが、あんなのは慣れるもんじゃないな」

 

 彼は目を細め、遠いかつてを思い起こしていた。

 

 「二度とあんな場面には出食わしたくないね」

 

 心の底からうんざりした風に竜崎は言葉を吐き出して、煙草を口に咥え直した。

 

 「でまあ、紆余曲折の大波乱ということはなかったが、流れるまま、研究の続きをやらせてくれるって星噛に言われてな。今に至るという訳だ」

 

 窓の隙間から外へと流れていく煙草の煙を見つめながら、彼はそう締め括った。

 

 「……順当な結果、予想通りというところだな」

 

 紅香は竜崎の話にそんな感想を漏らした。

 

 「私達、私の所属していたチームの研究。それは黄道十二門になぞられたステージ5ガストレア、ゾディアックの研究だ。あれが何処で生まれ、何を求めているのか。

 七星の遺産というのも研究対象だった。どういうわけか、ゾディアックを呼び出す触媒になり得るという代物だったが。サンプルも少なく、実証実験も出来ず、因果関係は結局、不明だった」 

 

 心残りの一つ、だな。と彼は呟いた。

 それから、また言葉を続ける。

 

 「ゾディアックというのは総じて巨大な体躯に独自に造り上げた特殊能力を備えている。リブラなら、人のみを殺すウイルス。そして、核兵器ですら凌ぎ兼ねない積層装殻。対人類生物兵器と言っても過言ではないものになっているのだが」

 

 そこで間を置き、

 

 「どうしてそこまでガストレアは人を憎悪するんだろうね。あれほどのの巨躯を持ち、人に対して絶対的力を持ってまでして」

 

 「憧れているからだよ。

 喰らう以外を持ち得ないガストレアにとって、人という存在はあまりにも輝いて見えたんだろう」

 

 そう、闇絵は小さく言葉を作った。酷く静かな車内ではそんな小さな声も大きく聞こえた。

 

 「なるほど、面白い感性だ」

 

 竜崎はそう感心した様に頷き、「なら、こういうのはどうだろう?」と口元を歪め、

 

 「分かり合いたい、からというのは」

 

 「それはまた嫌な冗談だ」

 

 紅香はそんな感想を漏らし、ブレーキを踏み込んだ。甲高い音を上げて、薄暗い路地の中で停止する。

 

 「冗談で済めばいいけどな」

 

 と意地悪げに竜崎は嗤った。

 

 「で、こんな所に止まってどうした?」

 

 竜崎の問に、紅香は「野暮用だよ」と答え、外へと彼女は足を踏み出した。

 

 「すぐに戻る」

 

 そう言い残し、彼女は暗い路地を歩き出す、目的の場所は近い。

 数十秒後。

 彼女は五月雨荘にいた。

 

 「……湿気た面をしているな、真九郎」

 

 玄関前の段差に、真九郎は座り込んでいた。無気力に、覇気の欠片も見当たらない。意気消沈、その言葉通りだった。

 

 「紅香、さん」

 

 目の前に立つ紅香を真九郎は見上げた。名を呼ばれ、始めて気付いたのか、けれど、驚いた様子はない。うつろな瞳が紅香を映す。 

 

「俺、何も出来ませんでした。

 また、大切な人を死なせてしまいました」

 

 ボソリボソリと真九郎は、悲しみに塗れた言葉を吐き出し続ける。

 それに紅香は黙って耳を傾けていた。

 

 「もう、なんなんだよ」

 

 口調が変わった。同時に、真九郎の怒りが爆発する。押さえ込んでいたのか、爆発する時を待っていたのか。

 振りかかる理不尽へ、叩き付ける様な罵詈雑言が吐き出されていく。

 

 「どうしてこんな事になってるんだよ! なんで紫が彼処まで変わり果てるんだ!! 生きていてくれたのは嬉しいさ! だけど! だけど! あれは紫じゃない! 人が変わるとかそんなんじゃないんだよ!! 根本的に、あれは紫じゃないんだよ!!」

 

 なのに、

 

 「あれは俺の事を愛しているって言ったんだ!! 紫の声で、紫の笑顔で!! 巫山戯るな!! 巫山戯んじゃねえよ!!

  人は黄泉帰らない! だから、俺はここまで来たんだ! こんなになってまで生きてるんだ!」

 

  叫び、喚き、真九郎は拳を叩き付けた。

 

  「なんなんだよ、なんだっていうんだよ……………」

 

  暫く叫び続けた真九郎は、力なく呟き、

 

  「紅香さん、俺どうすればいいかな」

 

  紅香へそう答えを求めた。

 

  「……ここで、私がお前に答えたとしよう。耳障りの良い答えを出したとしよう」

 

  静かな彼女の声が夜闇の中で響く。五月雨荘の他の住人は皆留守にしているの

か、灯りは見えない。

 

  「それでお前は納得しないだろう。そんなの、お前も分かっているだろう? 真九郎。

  だから、お前に情報をやる、後は自分で考えろ」

 

  弥生の入手したもの。竜崎から手に入れたもの。絶奈から手に入れたもの。

  此処、東京エリアで何が起きようとしているのか。

  全ての情報を、彼女は真九郎へ伝えた。

  その情報を受け取った真九郎は俯いたまま、立ち上がり、訊いた。

 

  「……事実ですか?」

 

  「ああ、勿論だ

  情報元、紹介してやろうか?」

 

  「……遠慮しておきます。

  ――ああ、でも、一つ、お願い良いですか?」

 

  「言ってみろ」

 

  促され真九郎はそのお願いを告げた。頷き、了承の意思を示した紅香に、「ありがとうございます……さっきはすみません。餓鬼みたいに喚いてみっともないったらありませんね」と無理矢理苦笑を浮かべ頭を下げ、真九郎は歩き出した。

  歩き出した真九郎は、紅香脇を通り五月雨荘から去っていく。それを紅香は止める事無く、見送った。

 

  「なあ、真九郎」

 

  一人、紅香は呟く。その右手が、遠くなる真九郎の背中へ向けられた。届かない背中を掴むように、虚空を彼女の掌が掴む。

 

  「気の利いた助言の一つも出来ない私を赦してくれ」

 

  苦笑を浮かべ、伸ばした手を彼女は顔に当て、

 

  「やっぱり、私は師匠失格だな」

 

  嘆息混じりにそう言い、彼女も真九郎へ背中を向けた。それから携帯端末を取り出し、手慣れた様子で操作して、耳へ当てた。

 

 

  ***

 

 歩く、歩く、歩く。

 纏まらない思考を抱えて、真九郎はただ、歩いていた。

 そんな彼の中を満たしているのは、「これから、どうするか」という自問自答。

 悶々と、答えの出ぬ脳内議論が続いていく。真九郎はひたすらに真っ直ぐ、歩き続けていく。視線は何も捉えず、ただ、アスファルトを撫でる。

 暫く、その時間が続いた。

 それから、一時間後か、それとも数分後か。幾つかばかり時計の針が動いた時。

 真九郎の胸の辺りで何かが振動した。勿論、携帯端末だ。それ以外、そんな動きをするものを真九郎は持ち合わせていないし、持っていない。

 取り出し、画面に目をやった。そこには着信主の名があり、通話である事を示していた。

 通話を押し、真九郎は携帯端末を耳へと当てた。

 

 「どうした? 銀子」

 

 尋ねる真九郎に返ってきたのは、呆れ返った様子の溜息だった。

 

 「どうしたもこうしても何も」

 

 呆れて何も言えないとはこの事だろう。銀子が額に手を当てて深く溜息を吐く様子を、真九郎は簡単に想像する事が出来た。

 

 「柔沢紅香から、全部聞いた。今、何が起ころうとしているのか、何が起こって

いるのか。全く、情報屋の識らない情報をどうしてポンポン出してこれるのよ。しかも証拠付きで。これじゃあ情報屋の名折れね、ホント」

 

 嫌になるわね……。そう彼女はぼやき、

 

 「で、あんたはどうする気?」

 

 「……分からない。どうすればいいか、分からない」

 

 真九郎は立ち止まり、そう、携帯端末の向こうに居る銀子に言った。答えが見つけられない。このエリアを滅ぼそうとする絶奈。目の前で失ってしまった大切な、護るべき存在。そして、その護るべき存在を失わせた紫と名乗った理解し難い何か。

 分からなかった。あまりにも度し難く、理解の範疇を超えたものばかりだった故か、真九郎は、それらを理解しきれないかった。

 事実も真実も識っている。しかし、彼の頭はそれを処理することを拒否する。

 

 「……そうね」

 

 銀子は沈黙し、それからこう言った。

 

 「まず、整理しなさい。 あんたの、紅真九郎の目的は何? どうして此処に居るの」

 

 静かに彼女は問い掛けてくる。真九郎は少しの間、口を閉じ、思考を巡らせる。

 俺が此処に来た目的は――――。

 

 「星噛絶奈を殺す為、だ」

 

 そんなの唯一つだ。日常を砕いた存在を真九郎は追い求めていたから。

 だが、そう。

 星噛絶奈は、紫を殺してなど居ない、と影胤は言った。

 信用などしてはいない。あの時は混乱しきっていた。冷静さを無くしていた。だから今は言える。自分はあんな胡散臭さの固まりの様な男の言葉など欠片も信じていない、と。

 しかし、紫は生きていた。人の身から逸脱し、変わり果てていても生きていた。

 だが、それがどうした。そんな事になったのは絶奈の仕業だ。

 言い換えるなら、絶奈は一度紫を殺して、ガストレアにしているのだ。

 なら、もう、紫は死んだと言っていいのではないだろうか。

 だが、真九郎はそう思えない。心の底からそう思うことが出来ない。

 思い出せばすぐに浮かんでくるあの笑顔。あの声。あの言葉。

 

 「じゃあ次の質問」

 

 銀子は冷静に、言葉を作った。それがどんな言葉か理解した上で、どんなに残酷であろうと、それが自分にできる唯一だと知っているから。

 

 「あの九鳳院紫、いいや、ステージ5ガストレア巨蟹宮(キャンサー)を九鳳院紫としてあんたは認めるの?」

 

 「――そんなの、そんなの」

 

 その答えは、存外早く出た。そう、真九郎も理解していたのだ。紫が絶奈に殺された。それが事実であろうと無かろうと、彼女の死は冒涜されたのだ。死んでいようとなかろうと、簡単に人を殺し、平然と笑うものが紫のはずがない。

 

 「認められるはずがないだろうッ!」

 

 思わず語尾を荒らげてしまい、我に返った真九郎は小さく謝罪の言葉を口にした。

 

 「そうよね。なら」

 

 そう前置きをして、彼女は次の質問を口にした。

 

 「殺せる? ガストレアに成り果てた九鳳院紫を、あんたは殺せる?」

 

 銀子は思う。酷い事を言っている、と。彼の心を確実に傷つけ、壊せる言葉を発する自分に自己嫌悪しながら、彼女は、言葉を作った。

 

 「それ、はーーーー」

 

言葉に詰まる真九郎。構わず銀子は事実を告げて行く。

 

「恐らく、あのゾディアックは唯のゾディアックガストレアじゃないわ。現存するどのガストレアよりも厄介で兇悪で最悪の能力を持っているはずよ」

 

「……どうして、そこまで分かるんだ? 銀子」

 

疑問に対する答えは直ぐに返ってきた。

 

「そんなの、簡単よ。人の悪意によって造られたからに決まっている」

 

否定出来ない。否定することが、出来ない。否定する必要など、どこにあるというのか。

 

「その上、星噛絶奈は『七星の遺産』。あれを用いて、ステージ5ガストレアを召喚するつもりよ。情報元は言わなくてもいいわね? まあ、私としても認めたくないしね」

 

矢継ぎ早に言葉を放つ銀子に、真九郎は呆気に取られる。

 

「それで、どうするの? 悩んでる暇なんてもう無いわよ」

 

「――そんな事、解っているよ……ッ」

 

真九郎は思わず傍の壁に拳を叩きつける。苛立ちの篭ったそれは、壁へと拳の形を作った。

 

「でも、俺は」

 

どうすればいいか分からない。絶奈は殺す。それは確定している。けれど、しかし、あの紫を――ガストレアを殺せるのか?

 

「仮定の話をするわね。

恐らく、そのガストレアが九鳳院紫と同じ思考、もしくは類似の思考回路を持っているなら、多分あんた以外に、止められるものは居ない筈よ」

 

一拍の間を置いて、

 

「あんたとそのガストレアの間で何があったかなんていうのは大体予想できる。だけど、それでも」

彼女は一瞬の逡巡を断ち切り、言葉を作った。

 

「アレを認められないと思うなら、もう、終わらせてしまいなさい」

 

私はね。徐々に彼女の声が小さくなっていく。それに真九郎は静かに耳を傾けていた。

 

「私は、これ以上あんたの苦しむ所を見たくない。

だから、これが終わったら、もし、あんたの復讐とか過去の遺恨とかが断ち切れたなら」

 

その彼女の言葉が纏う空気に、真九郎は相槌の一つも打てず、ただ静かに携帯端末を握り締めていた。

 

「私と結婚して下さい」

 

震える声に、銀子の想いに真九郎は直ぐに答えられなかった。いや、答えるという事すらその言葉を前にした真九郎の思考回路からは吹き飛んでいた。

 

「なんか、飛ばし過ぎたかもしれないけど、あんたにはこれくらい言わないと分かんないと思うから」

 

ただ、ただね、と彼女は言葉を繋ぐ。

 

「私は、あんたの帰ってこれる場所になりたい。それだけ、だから」

 そこで通話が切れた。切断された事を示す電子音が携帯端末のスピーカーから断続的に鳴り響く。

 

「…………かっはっは」

 

乾いた笑いが真九郎の口から零れ出た。

 

「なんだ。ああ、なんだよ」

 

壁に凭れ掛かり、座り込んだ真九郎は夜空を見上げ、笑い始めた。

闇夜に、路地に笑い声が響き渡る。

 

「あっはっは、くっはははは……ああ」

 

一頻り笑い続け、笑い止んだ真九郎は独り言葉を作る。

 

「死んだ人間は帰らない。その現実を認め、納得するために俺は復讐するんだ」

 

なら、そう、なら。

今まで支えてきてくれた人の、今、生きている彼女の言葉を優先するべきだろう。そうだ。そうだきっと。そうである以外あり得ない。

誰よりもずっと傍に居てくれた彼女の言葉を、真九郎は今、受け入れる。

九鳳院紫は死んだ。生きているとしても、あれを九鳳院紫として認めるなど真九郎には無理だった。

故に。

 

「闇絵さん、答えは出たよ」

 

そう、今、彼は銀子の言葉を胸に立ち上がった。

蛭子影胤を殺し、星噛絶奈を殺し、九鳳院紫を名乗るゾディアック・ガストレア巨蟹宮(キャンサー)を殺す。

そして、銀子の元へ帰る。

解っているんだ。理解しているんだ。

日常に、あの場所へは戻れない。

崩れ落ちた日常へは、戻れない。

他人の血に塗れた自分は、日が照らす場所なんて居られない。

だけど、それでも、俺は戻りたいんだ。

あの陽だまりに。もう、壊れ果ててしまったけれど、無くなってしまったものも多いけれど。

足早に歩き出し、そして、真九郎は走り出した。

銀子は待っていてくれると言った。好きだと、一緒に居たいと言ってくれた。

だから。

これくらいの我儘、押し通しても構わないだろう。

そして、真九郎は路地の闇の中を駆けながら、彼は思う。

これで、終わりにしよう。終わりにして、

 

「待っていてくれ、銀子」

 

必ず、戻るから。

そして、伝えるから。この気持を。この感情を。

彼の、その拳は強く、強く、握り締められていた。

 

  ***

 

 

 

 窓の前で車椅子に座った銀子は携帯端末を両手で握り締めて、その画面をボンヤリと眺めていた。

 そこには先程まで通話していた彼の写真。無理矢理撮って、アドレス帳に登録した時の写真。今より幼くて、今より昔の写真。

 眺めながら、銀子は思う。

 ああ、言ってしまったな、と。

 思うと同時に頬が熱くなる。冷めない熱さ、初めてとは言えないけれど、決して、これから先も慣れないであろう熱さ。傍から見れば、顔全体が真っ赤なんだろう。恥ずかしいから、早く、冷めて欲しい。しかし、思えば思うほど、熱さは増してくる様な気がした。 

 それにしても。

 熱を外へと逃がす様に、息を吐く。

 伝えてしまった。永劫死んで墓に行くまで胸の内に押しこめ封印しておくはずだったものを。結局伝えてしまった。

 でも、後悔はしていなかった。

 どうせアイツの事だ。もう戻れないだとか。戻っても迷惑だとか思っていたに違いない。それに今回の事もあって、アイツは死ぬ気だっただろう。これくらい分かる。何年自分がアイツの幼馴染をやっていると思っているんだ。この辺。アイツは把握したほうがいいと思う。

 彼女は頭の中で愚痴を撒き散らし、一つ溜息を吐いた。

 唯、さっきの告白はない。もう一度時間を巻き戻してやり直したい位だった。

 何だアレは。かっこもつかない。言葉はめちゃくちゃ。冷静さの欠片もない。直前まで考えていた言葉なんて欠片もない。

 でも、まあ。

 

 「あれで、よかったのかもしれないわね」

 

 告白なんて、さっきのが初めてだ。

 ああ言うのは、想いを伝えればいいのだろう。感情のままに言葉を作って、伝える。それできっと、正解なんだろう。

 小さく笑って、銀子は呟いた。

 とても、とても小さく、自分にしか聞こえない様に、彼女は囁いた。

 想いの全てを、今、心の中に満ちる感情をそのまま。

 


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