kurenai・bullet   作:クルスロット

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エピローグ

室戸菫と柔沢紅香と+αの場合

 

 

 「それでどうだったんだい? 紅香」

 

 

 冷気の満ちた室内、その冷気の大本である空調の風に乗ったなんとも言えない匂い、端的に言えば生臭い。まあ、血肉の匂いであるが人やそれに準ずる動物のそれではなかった。それが、その場の者らの鼻孔へと流れこんでいく。

 最もそれくらいで顔を顰める者がこの場には存在せず、ちょっとした部屋の香りづけにしかならなかった。

 

 

 「天童は真っ黒だが今回に限っては灰色だった。銃口を向ける相手では無かった。依頼主、聖天子の杞憂だったということだ。

 一度、依頼しかけた形跡はあったが、ああなったからな流石の菊之丞もやめたらしい」

 

 

 部屋の香りづけ、その大本の前でメスやら何やらを楽しげに動かす菫へそう紅香は答える。

 

 

 「そうかい、まあブラックなのは最初から分かり切った事だものねえ。

  ふむ……大体構造は人間と同じか……かなり簡略してるが……」

 

 

 適当に頷き、感想を漏らした菫がメスを動かす先にあるのは、先日までこの東京エリアで猛威を振るっていた人型のガストレア。その死骸が手術台の上に寝かされていた。

 というか部屋にいっぱいあった。吊るされてたり、寝かされてたり、一部だったり。

 他にも人の死体らしきものの入った死体袋も転がっている。

 人のいる場所がない、人が居たくない、人のいるべき場所でない部屋というのがこの部屋を言い表すのに的確な言葉達だろう。

 

 

 「……何体かちょろまかして標本(インテリア)にしておこう」

 

 

 ぼそりと菫が呟く。

 

 

 「趣味の悪いインテリアだ……」

 

 

 そうぼやいて、キツすぎる死臭を誤魔化すように紅香は胸元から紙タバコを取り出すと火を付け紫煙を纏う。

 

 

 「おい、折角の死体が煙草臭くなるだろ、紅香」

 

 

 飛んできた文句に、紅香は口をへの字に曲げると取り出した携帯灰皿に咥えてた煙草を捩じ込んだ。

 

 

 「外で吸うことにする。

 ――そういえば、竜崎はどうした?」

 

 

 「被験体をやってる。まあ、楽しくやってるんじゃないか?」

 

 

 「曖昧だな……どうでもいいが」

 

 

 言葉通りの表情を浮かべて、紅香は部屋を後にした。

 外。廊下へと出た紅香の視界へと最初に入ってきたのは、闇絵だった。

 

 

 「なんだ、まだ居たのか」

 

 

 「労働の対価はしっかりと貰っておくべきだ、忘れない内にね」

 

 

 「そんなものその内送ってやったのに」

 

 

 「自分の目で選びたいんだよ、ほらさっさと行くぞ」

 

 

 「あーはいはい」

 

 

 ぴしゃりと閉じた扉。部屋の中に響き続けるのは粘着質な音と金属同士がぶつかる小さな音。

 と少しして、その扉が開いた。入ってきたのはげっそりとした竜崎。甘いマスクが台無しである。着ている白衣もくしゃくしゃとヘタっていて消耗しているのが伺える。

 

 

 「どうだった?」

 

 

 振り返りニタニタと笑う菫に、竜崎は苦々しげな顔で言葉を作った。

 

 

 「…………お前、わざとだろ」

 

 

 「わざとだとも。クソエロゲだといえど一応、クリアデータくらいは置いておいきたかったからね」

 

 

 「実験と言ってまたいつもの非人道的な何やらかと思えば、くっそ、精

神的に虐めてくるとは……」

 

 

 「どうせ暇なんだからどうでもいいだろ、お前」

 

 

 人型から引き摺り出した内臓器官を傍にある透明な液体が満たされた金属容器に入れながら、彼の痛いところを突く。

 

 

 「まあ、確かに暇だけどな。

 あの楽しい研究も終わってしまった。研究所まるごと廃棄ってのはちょっと酷すぎやないだろうか……。

 まあいい。新しい何かしらの遊びを私も見つけないとな……」

 

 

 このままでは暇で死ぬ。ぼやく竜崎に菫は言う。

 

 

 「遊びねえ……これ、捌くの手伝うか?」

 

 

 「死体遊びは嫌いじゃないけど、今の気分ではない」

 

 

 「そうか、若干飽きてきていたからお前に押し付けようと思った

が……」

 

 

 「目に見えた地雷じゃないか。まだクソエロゲの方がマシだろう」

 

 

 呆れ顔の竜崎に菫は肩を竦め、

 

 

 「どうせ暫く見つからんだろうし、手伝え」

 

 

 と右手が一閃。

 

 

 「…………しょーがないか」

 

 

 飛来する銀閃を空中でキャッチ。深い溜息を吐いて、その右手がキャッチしたメスを手の中で弄ると、面倒臭そうにその重い腰を上げた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 里見蓮太郎と木更に延珠の場合。

 

 

 「――なあに落ち込んでるのよ、里見くん」

 

 

 「落ち込んでねえよ、むしろ目指す場所がはっきりして気分爽快だ」

 

 

 聖天子による東京エリアの英雄、里見蓮太郎への授与式、今回の功績によるIP序列の上昇に感謝の言葉とかその他諸々の面倒この上ないそれを済ませた三人、蓮太郎と木更に延珠は聖居を後にしていた。

 この間受けた延珠の診断結果――侵食率の測定結果――を菫から受け取るため、第零区にある国津ノ柱(クニツノハシラ)へと一同は向かっていた。

 そのための足として、三人は駅に向かっていた。

 

 

 「あら、そう?」

 

 

 「そうだよ、木更さん――そういえば木更さん」

 

 

 「何かしら、里見くん」

 

 

 「電車賃ある?」

 

 

 「…………」

 

 

 その一言で木更は、がま口財布を取り出すと小銭を凄まじい勢いで数え出した。札らしき影が見受けられない辺りなんとも哀愁漂っている。

 

 

 「……里見くん」

 

 

 「いいよ、木更さん。俺が出しとくよ」

 

 

 涙目の木更に蓮太郎は苦笑を浮かべてそう伝えると、隣を歩いていた延珠がにやりと笑って、

 

 

 「ふふ、やはり木更は胸だけだな! 電車に乗るお金が無いとはその贅肉を売ってしまえば電車賃になるのではないか?」 

 

 

 「え、延珠ちゃん!」

 

 

 「延珠、やめてやれ……木更さんが泣く」

 

 

 「泣いてなんていないわよ!!」

 

 

 うるうると涙のダム決壊寸前なのに虚勢を張る木更。まあ、小学生に泣かされたなんて口が裂けても言えないし、見せられるもんじゃない。今の世の中、小学生程度の子供が大の大人を殴り殺せる場合があったとしてもだ。

 

 

 「ま、まあ、そんなことよりだ。うちの事務所無事でよかったな」

 

 

 という風に蓮太郎は話の方向を露骨に逸らした。

 

 

 「そうね、幾らお金が入ったとしても大体借金に消えて……あ、なんでもないわ」

 

 

 「……おい」

 

 

 蓮太郎のジト目が木更に突き刺さる。目を逸らしながらもちらちらと蓮太郎の方を窺う木更を見て、蓮太郎は思わず苦笑を零した。

 

 

 「……何よ」

 

 

 「そんな木更さんも可愛いなって思っただけだよ」

 

 

 時が止まった。

 延珠のにやにや顔が氷付き、木更の顔は目を見開いて口をO(オー)にしている。

 なにかおかしなことを自分は言っただろうかと蓮太郎は訝しげに二人を見た。

 

 

 「な、なんだよ……」

 

 

 「……い、今、蓮太郎はなんと言ったのじゃ……?」

 

 

 「いや、木更さんは可愛いって……」

 

 

 「――――――――ボンッ」

 

 

 二回目、止めだった。

 木更の顔が真っ赤に真っ赤に染まったと思えば、耳と頭の上から真っ白な蒸気がさっきの声と同じ音を上げて吹き上げた。

 そして、そのままクラウチングスタート。

 

 

 「え、なにそれ、え」

 

 

 動揺を隠せない蓮太郎。声も動作も狼狽えまくりである。

 声に答える声はなく。疾走が開始された。

 良い速度。脚フェチ感涙モノの黒のストッキングに包まれた健脚がコンクリートを蹴り削り、蹴り上げ、道行く人の間を縫うようにして駆けていく。

 よくもまああの高いヒールで走るものだと感心だ。折れそうで見てるだけでハラハラする。

 

 そんなこんなで、あっとういうまに蓮太郎と延珠の視界から木更の背中は遠退き、見えなくなり――遥か彼方に消えていった。

 

 

 「なんだったんだ…………」

 

 

 遅れて吹いた風が蓮太郎の髪を揺らす。唖然とはこの事だろう。

 

 

 「……のう、蓮太郎」

 

 

 少しの沈黙の後、延珠が彼を呼ぶ。

 

 

 「なんだ、延珠」

 

 

 「妾には言ってくれるのか?」

 

 

 「あ? 何をだ?」

 

 

 と延珠の方へと蓮太郎が向けば、そこには彼を大きな瞳で、真摯な色に満ちた瞳で見つめていた。

 

 

 「木更に言ったこと、妾には無いのか?」

 

 

 真剣だった。思わず蓮太郎が呑まれそうになるくらいに。

 

 

 「あー…………」

 

 

 頭をがしがしと掻いて、蓮太郎はどうしようかと思って――直ぐに結論出し、口を開いた。

 乗せる言葉は、間違えようがなく好意に満ちていて、延珠が大きな花を綺麗に咲かせるには十分以上過ぎた。

 

 

 「じゃあ、行くか」

 

 

 「うむ!」

 

 

 「って、そんなに引っ付くな! 歩き難いだろ!」

 

 

 「ふっふーん、はなさんぞー」

 

 

 そうして、二人は駅の方へと歩いて行った――。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

              そして、最後に。

 

            ――紅真九郎の場合――

                          

 

 

 

 ***

 

 

 カツカツカツ。

 

 道の舗装を一定のリズムで叩く足音が響く。

 

 カラ…カラ…。

 

 とゆっくりと車輪の回る音がする。

 

 この道に満ちている空気を揺らすのはその二つの音だけだった。自動車の駆動音も人の声もしない。稀に雀の鳴き声が聞こえるくらい。

 この都会の喧騒から隔離された閑静な住宅街を抜けて、小さな並木道へと差し掛かる。二週間ほど前は桜が満開だっただろう道を、葉桜が陽射しを遮る小道を二つの音が進んでいく。

 

 足音の持ち主は、綺麗なダークスーツを身に纏っていた。カジュアル系というよりはどこかこう、就職活動中の大学生が着ているような色の、地味目なそれ。

 足音の元、足を覆う革靴もそれと同じようなブラックカラー。

 まあこんな地味なそれだが、相応以上のお値段となっている。そこらの量販系の店で買ったものではなく、そこそこに名の通ったブランドのオーダーメイド品だ。

 

 そして、これを身に纏っている男、紅真九郎、彼の声が二つの音だけだったそこに三つ目として空気を揺らした。

 

 

 「なあ、銀子」

 

 

 呼んだのは、真九郎の押す車椅子に座っている彼の伴侶となる人。これからの半生を共にする愛しき人。

 

 

 「なに、真九郎」

 

 

 穏やかな風に銀子の栗色のショートカットが揺れる。軽く肩に掛けてある薄手のカーディガンを押さえ、その髪色に似通った瞳をゆるりと後ろへ横流しに向けた。

 

 

 「今、何時だ?」

 

 

 「そろそろ、十一時ね。まだ余裕はあるから心配しなくていいわよ」

 

 

 「そっか……」

 

 

 「なに、緊張してるの?」

 

 

 くすりと微笑う銀子に苦笑して見せて。

 

 

 「まあ、ね。こういうのは初めてだから」

 

 

 「初めてじゃない方が可笑しいわよ」

 

 

 「確かに」

 

 

 苦笑を崩して、真九郎も笑う。

 

 

 「それにしても俺が結婚かあ……」

 

 

 「嫌なの?」

 

 

 「嫌なわけないよ。いや、ただなんとなく実感が湧かなくてさ」

 

 

 「マリッジブルーなんてやめてよね?」

 

 

 少しな意地悪気な声色で彼女は言う。

 

 

 「それは銀子の方だろ?」

 

 

 「私はならないわよ」

 

 

 自信あり気な銀子に「どうしてだよ」と真九郎が尋ねれば。

 

 

 「だって、私真九郎の事が好きだもの」

 

 

 「―――― 一本取られたって言ったほうがいいのかな?」

 

 

 「そこは俺も好きだよって言うべきところ」

 

 

 そっか、じゃあ。真九郎は足を止めると銀子の前に回って、

 

 

 「好きだよ、銀子」

 

 

 「私もよ」

 

 

言い合って、率直な言葉をいつものようにぶつけて。

 

 

 「やっぱり照れるなあ、これ」

 

 

 頬を掻きながら真九郎はそう零す。

 

 

 「いい加減慣れなさいよ」

 

 

 呆れた声を出しつつも、しょうが無いわねと言った風な口ぶりで銀子は言う。

 

 

 「さて、そろそろ戻りましょ。結婚式に新郎新婦が遅れるなんて笑えないわよ」

 

 

 「ああ、そうだね」

 

 

 銀子の前からまた後ろに回って、車椅子を方向転換させると真九郎は押し始め。

 

 

 「好きだよ」

 

 

 「私も」

 

 

 そう言い合った。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

           ――kurenai・bullet――

 

              ―The end―

 

 

 

 




これにてkurenai・bullet終幕です。
今までありがとうございました。

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