kurenai・bullet   作:クルスロット

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2014/6/28
少し編集しました。
台詞と地の文の間に一行ほど挟んでみました

2015/3/3
おかしい場所があったので編集。


第一話

 ガストレアウイルス。

 それは世界を崩壊させ、人を滅ぼした一つのウイルス。

 それは人を本来から外させ、異形へと昇華させる条理を超えた存在。

 それは運命の螺旋を捻じ曲げ、物理法則に真っ向から逆らい、群を個にしてしまう存在。

 それが、ガストレアウイルス。

 2021年。人類はガストレアという脅威を認識し、そして、それから間もなく、人類はガストレアに敗北した。

 それから、人はモノリス、バラニウムにより造られた壁を盾にして、息を殺し、細々と生きていくことを強いられることになった。 人がこの地球という国の王から引きずり降ろされた瞬間であり、弱肉強食のピラミッドが完全に破壊された瞬間であった。

 この時、誰もが大切なモノを失い、誰もが悲しみと恐怖に心を呑み込まれた。

 そんな誰かの一人がここにもいる。

 東京エリア、某所に存在するとある墓地。

 都内の喧騒から隔離されているここを満たすのは、綺麗に手入れされた木々と草花を優しく揺らす少し春の冷たい風だけ。

 舗装され、整備された様子とどこか古めかしい様子から窺い見るに、中々の年月が経過した場所らしい。戦前より残っているかもしれない可能性を考慮すれば奇跡的な場所と言える。

 

「お久し振りです、夕乃さん」

 

 くたびれ、継ぎ接ぎだらけのスーツを身に纏った男が立ち並ぶ墓、その一つの前にしゃがみ込んでいた。

 黒髪にスーツと同じ様に、疲れた顔色が特徴的だ。どこか幼く、少年の面影を残している男であった。

 彼の前にある綺麗に整備された墓には、『崩月夕乃』と刻まれている。

 彼は言葉とともに、墓の主である少女の顔を思い浮かべ、寂しげな、哀しそうな微笑みを浮かべる。

 

「今年は来れる内に来ることにしたよ。仕事、結構忙しいんだ」

 

 微笑みを苦笑に変えて、彼は言葉を続ける。

 

 「まだ、ほんのこないだまで高校生だったような気がするよ。あの頃に戻れたらどれだけ嬉しいか、未だに、そう思うんだ。女々しい、かな?

 でも、やっぱり戻りたいな……。また、夕乃さんのお弁当が食べたい……」

 

 懐かしい過去を思い出しながら彼は言葉を紡ぐ。

 懐かしそうに、哀しそうに、戻ることなき過去へ、手の隙間から零れ落ちていった過去を追想する。

 「それにしても、今年の春は、少し肌寒いね。まあ、暑いのよりはマシなのかもしれない。というか、これから暑くなるんだよね。暑いの、夕乃さんは苦手だっけ?」 

 それから彼は、近況を彼女に報告する。

 最近は他のエリアでの仕事が多いこと。そこで見たもの。珍しいもの。頭の中の風景を言葉に変えていく。彼女が見るはずであったものを、風景を、彼女へ鮮明に伝えたくて、彼は懸命に言葉を紡ぐ。

 

「……もう、あれから十年も経ったんだね」

 

 彼の声が沈む。抑え切れない哀しみが彼から溢れ出そうになる。

 第二次関東大戦。そこで彼女は大切な者達を護るため、自らに眠る崩月の全てを解き放ち、命を落とした。

 その姿はまるで、いいや正しく鬼であったという。崩月の中に眠る化外。ガストレアや高度にし進化し続ける科学とはまた一線を画する異形、それが化外だ。崩月の中に眠る力を担うものがそれである。

 力を使い果たしながらも彼女は満身創痍、欠けた躰に鞭を打ちながらも護ると誓った者達の元へ帰ってきた。彼女は自らを犠牲にして護り抜いた大切な者達が見守る中、静かに息を引き取った。 

 

 「――――それじゃあ、夕乃さん、また会いに来ますね。湿ったらしい話ばかりしてごめんなさい。次は、明るい話題を持ってくるよ」

 

 彼は苦笑交じりに彼女に別れを告げた。

 それから腰を上げ、彼女の墓に彼は背を向けた。

 墓地から出た彼を、柔らかな春の日差しが照らす。少し、眩しくて彼は目を細めた。

 と、そこで。

 ある方向へ、彼は振り向いた。

 何度か火薬が弾ける音と何かが暴れまわる様な轟音、誰かの声が聞こえたのだ。

 一瞬の逡巡。迷いを断ち切った彼は。、

 

 「……銀子、ごめん。ちょっと、遅くなる」

 

 そう呟いて、今も鳴り響く轟音の方へと駆け出した。

 

 

 ***

 

 

 嫌な予感がした。

 そして、その嫌な予感は的中したのだ。

 モデルスパイダー。ハエトリグモの因子を取り込んだガストレアはまだ、死んでいなかった。

 跳ね上がり飛び上がる躰を前にし、蓮太郎は思い出す、そうだ、こいつらはそういうのが(しんだフリ)上手いんだ。

 彼の瞳が大きく広がる。彼の反応した時には既に遅い。モデルスパイダーは空中から、蓮太郎を押しつぶす様にして、降ってきている。まるでフライングプレスの様。

 XD拳銃を持った手が跳ね上がる。引き金を引く前にモデルスパイダーが蓮太郎を押し潰すことは明白だった。いや、もし仕留める事ができてもこのまま、押し潰されるだろう。

 切り札を使う? それは、いや、でも。

 迷う。

 逡巡する。

 結果、何も間に合わない。

 自らの肩に死神が手をかけた気がした。

 全ては自らの未熟さ故。蓮太郎は歯を軋ませるように食いしばるしか出来なかった。

 だが、死神の鎌は蓮太郎の首を斬り飛ばすことはなかった。

 死神より疾く、拳は飛来する。

 

 「頭を下げて」

 

 誰かの言葉、すぐ傍で聞こえた言葉に蓮太郎は本能と反射で従っていた。膝が極自然に折れていた。

 一瞬で、蓮太郎の前へ、まるで空間を跳躍したかの様な高速移動で現れた影があった。少なくとも、遠くで見ていた警官、多田島にはそう見えていた。

 いと疾く、文字通りの鉄拳はアッパーの要領でモデルスパイダーの躰の中央部に突き刺さり、一瞬の間もなく即座に、モデルスパイダーの躰は砕けた真っ二つ、否、衝撃は一瞬で広がり、木っ端微塵に破壊する。

 なんだこれは。

 飛び散る肉片の下、蓮太郎は目の前の現実をそう、表現した。

 破壊という結果を目の当たりにしての言葉ではない。それに至る過程の事だ。

 自分の知覚外から、自分に知覚されること無くこの知覚範囲へと飛び込んできたという事実。これはまさしく人としての極みという遥か高みに近きもののみが成し得た動きであろう。

 茫然とした蓮太郎は先の声の主であろう存在、これを成した者へと目を向けた。

 そこには自分と変わらぬ黒髪にどこか幼い、少年の面影を残した男が居た。

 

 「あんた、は……」

 

 と、言葉を紡ごうとした彼へ。

 

「れんたろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!」

 

 飛び蹴りが、中々の速度で飛んできた。

 勿論、忘我で現実を処理しきれていない蓮太郎には回避など出来るはずもなく、

 

 「ふごッ」

 

 真正面から、腹に突き刺さった。

 勢いはそれなりで、しかもかなりの威力。

 蓮太郎は、勢い良く後方へと飛んでいった。自分へと一直線に飛んでくる彼を、多田島は懸命に回避する。

 

 「あー……」

 

 男は良い飛び蹴りだなあ。とのんきに思いながら吹き飛んでいった蓮太郎を眺めていた。

 

 「全く……ふぃあんせである妾を置いていくとはどういうことだ!」

 

 怒りのままに言葉を吐き出し、頬を膨らませるのは先ほどまで蓮太郎が立っていた場所に居るツインテールの少女。その仕草は怒りを露わにしているにも関わらず愛らしい。

 そう彼女は怒りを吐き出すと、男の方へ顔を向けた。そこにはもう怒りなど無く、男への感謝の気持ちが溢れていた。

 

 「先は蓮太郎を助けてくれてありがとう、感謝するぞ。妾の名前は藍原延珠だ。お主の名は?」

 

 「…………」

 

 男は僅かに目を見開いた。驚いてしまったのだ。あまりにも、その姿は彼女に似ていた。かつて自分があらゆる危機から護り抜くと誓った彼女に、この少女は似ていた。

 容姿は似ても似つかない。ただ、その瞳が、強い意思を持っていながらもどこか揺らいでいるところのある瞳がよく、似ている。

 

「どうかしたのか?」

 

 首を傾げ、こちらを見上げてくる彼女に、言葉を紡げずにいた男は誤魔化すように苦笑を浮かべて。

 

「あ、ああ、ごめん。さっき飛んでいった彼が心配で」

 

「蓮太郎なら大丈夫だ! 蓮太郎はじょうぶだからな!」

 

延珠は自信満々という風に腰に両手を当て、薄い胸を張った。

 

 「なるほど、確かに丈夫だな」

 

 男は感心したように延珠の言葉に頷いた。ただ、その視線は彼女の後方へと向けられている。

 

 「延珠、てめ、結構本気で蹴りやがったな……!!」

 

 ふらふらと腹に手を当てながら歩いてくるのは件の蓮太郎。額に浮かび上がる青筋が怒りを象徴していた。

 

 「蓮太郎が道端に置いていくのが悪いのだ!!」

 

 そんな蓮太郎の怒りには動じず、延珠は頬を膨らませ、怒りを発露。

 

 「ぐっ…‥いや、まあ確かにそうだが」

 

一瞬で攻守が逆転。蓮太郎はものの二合程の言葉の交わし合いで守りに徹することになった。

 そんな微笑ましい光景を彼は静観しつつ、言い争いが終わるのを大人しく待つことにした。

 …………実際のところ、そんな悠長に出来るほどの余裕は無いし、彼自身会話に割り込む余地を見いだせないだけなのだが。

 

 「っと、すまない。助けてくれた恩人にこんな所を見せてしまった。俺の名前は里見蓮太郎。プロモーターだ」

 

 急速に負けへと傾く戦況を打開するために蓮太郎は、男へと延珠の意識を誘導した。こうなっては負けも同然の様な気がするがそこは彼の為に何も言わないであげたほうが良いのだろう。

 

 「そして妾が蓮太郎のイニシエーターだ! お主の名は?」

 

 ものの見事に蓮太郎の作戦は成功した。そして、彼女は先ほど同じ様な自己紹介を口にする。男は偽名を名乗るかどうするか一瞬逡巡して、

 

 「紅真九郎だ。揉め事処理屋をやっているよ」

 

 とそこで真九郎は腕時計をチラリと見て、

 

 「あ、ごめん。急ぎの用事があるんだ。後処理は――――大丈夫そうだね」

 

 真九郎の視線の先には、応援を連れてきた多田島の姿があった。既にガストレアの死骸の回収は始まっている様だ。

 

 「じゃあ、俺はこの辺で」

 

 そう言い、真九郎は蓮太郎達に背を向けて走りだした。

 

 「あ、ちょ」

 

 呼び止めようと思ったが、蓮太郎は踏み留まった。

 待て、自分にはやるべきことがある。自分の職務を全うしなければならない。そうだろう? 里見蓮太郎。

 踏み止まったのは自分が何の為に、何を成すためにここいるかを思い出したから。忘れてはならない。そのはずなのに忘れていた自分を恥じる。

 あの人、紅真九郎と名乗った彼とはまた出会う、蓮太郎はそんな気がした。

 なんというか、そう、感じたのだ。

 直感、第六感だ。これは、理屈ではないのだろう。

 蓮太郎は遠くなっていく真九郎に背を向けた。

 

 「追いかけなくてもいいのか? 蓮太郎」

 

 蓮太郎を見上げ、尋ねる延珠に、

 

 「ああ、俺達にはやるべきことがあるからな」

 

 そう言った。もう振り返らない。きっとどこかでまた会うから。

 

 「…………そうだなっ!」

 

 彼を見上げる延珠はにっこりと笑うと、蓮太郎の片腕に自分の両腕を絡ませた。恋人達がよくしているあれである。恋人繋ぎの次にあるであろうそれだ。

 それに驚いたような顔をする蓮太郎が延珠には、とても可笑しかった。

 

 「ほら、蓮太郎! 今日はもやしの特売日なのだろう? 急ぐぞ!」

 

 そう、彼女が急かすと蓮太郎は、

 

 「あ……ああッッ!! 忘れてたッ!! 急ぐぞ!! 延珠!」

 

 今、思い出したと焦りの声を上げた。

 怪訝な顔をして彼らを見ている多田島の方へと蓮太郎と延珠は駆けてゆく。

 日はまだ高く、彼らを照らしていた。




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