飛び交う黒い影、それは接近して、少し離れ、再び激突する。
蓮太郎と影胤の戦いの舞台は既に教会から離れていた。戦闘をしながらの移動、というよりも何時の間にやら此処まで来ていたというのが正しい。彼らの姿は教会の程近くに存在する港、そこにあった。
向かってくる拳を振り払って、お返しとばかりの弾丸を返す刀で放って、それが回避されるのを見ながら蓮太郎は思う。
何故、俺はこいつと真正面から殴り合いをしているのだろうか、と。
そう、もっと他に、もっと効率の良い戦い方がある筈なのだ。いや、筈なのではなくあるのだ。
弾丸の放ち合い、互いの保持する格闘術による接近戦。現状で言うならば悔しいがやはり、影胤が先を行く。
なにせ、蓮太郎は一度完全に敗北している。持ち前の天童式格闘術による頭部への
そうだ、だからこそもっと確実に行かなければならないのだ。身体能力で完全に彼と影胤を超えている延珠に任せ、その援護に回る。これが恐らく最適解。勿論、同じ戦術を相手も取るだろうがそこは何とかすればいい。何とか出来るだけの手札は揃えてある。
しかし。
けれども。
なのにだ。
この拳は止まらないし、この脚も止まらぬし、拳銃は常に影胤の心臓に頭を狙っている。この身から溢れ出る戦意と殺意は留まることすら識らない。
楽しいとは思わない。そんな
だけれど。
こいつは。
俺が斃すべき《敵》だから――――。
この瞬間も彼の躰に染み付いた拳技が、技術が、戦技が繰り出され続けている。
彼の放つその一撃のなんと疾いこと。なんと力強いこと。放った拳は受け止めた影胤の腕を軋ませる。受け止めた右腕とは逆、左手により振るわれる銃剣は空気を斬り裂きながら蓮太郎の、その腹へと迫る。殺気を纏う刃は強烈無比。直撃すれば間違いなく蓮太郎の腸を引き摺り出すだろうし、致命傷だ。
まあ、そんな簡単に蓮太郎へと突き刺さるわけもなく。
刃は空を斬る。真正面にいた蓮太郎は
けれど、弾丸が影胤へと届くことはない。彼の展開する斥力フィールドを貫通するのにはあまりに威力が足りないのだ。無色透明、範囲すらも捉えられる事のない最強の盾はその弾丸を意図も容易く空中に釘付けにし、
「里見くん、届かんぞ?」
仮面の向こう側で彼は嗤ってみせる。
直後、弾丸は逆螺旋を描いて、蓮太郎へと牙を剥く。軌道は先程弾丸が辿ったものと同じ。弾丸は元の場所へと戻るように元の持ち主へとその殺意を向ける。
敵の弾丸を使用したカウンター。普通なら絶対にあり得ない反撃行動であるが故に、彼は非常にこれを多用する。なんせ手の内が割れていない状態ならばこれは決まり放題なのだから使わない筈がない。さらに付け足せば得意気に
「――――、」
障害物は無い。つまり盾はない。走りだすには遅い。彼には斥力フィールドなんてものはない。
だから目を見開く。刹那、彼の眼の奥で何かが目を覚まし、起動する。それは蓮太郎の切り札にして、彼を今の彼たらしめているものの一つ。彼が蛭子影胤と戦う理由の大部分を占めるもの。
蓮太郎の視界が、急激に速度を落とし、世界は色鮮やかに鮮明に生まれ変わっていく。口の中で極彩色の何やら奇っ怪な味が広がっていき、鼻の奥がツンと冬の寒い日の様な鈍い痛みを発した。
加速する思考、停滞する世界。空転し螺旋を虚空に刻みつける弾丸を彼の片目は確りと捉えている。
彼の左目、そこに搭載された義眼の思考オーバークロック及び知覚範囲増大デバイスが起動。義眼内部にて高度演算開始。対象を補足。
「―――――――遅ッッせえんだよッッッッ!!」
叫び、彼はその腕を放った。通常なら弾丸へと追いつくなど不可能だろう。
しかし、蓮太郎は違う。彼なら可能だ。
彼の右腕、そこから炸裂音が鳴った。凄まじい加速が彼の右腕を弾丸へと走らせる。腕の機構より黄金色の空薬莢が弾き出され、地へと落ちて行く。
迫り来る死神の鎌を彼は打ち払い、粉々にする。銃弾は弾かれ、何処かへと消えていった。
「嗚呼、やっぱり、」
影胤は嗤う。愉しげに肩を震わせて、歓喜する。
彼女とは違う喜びを君は私にくれるのか。君はなんて人だ。彼女とは違う希望を君は魅せてくれるのか。嗚呼嬉しいぞ。私は今、そう今――――。
「ハレルゥヤッッ!! 私は今ッ! 生きているッ!! なんて日だ! 嗚呼、素晴らしきかな人生よ!!」
彼は咆哮を上げる。生きている事への感謝を叫ぶ。己に手を差し伸べてくれた彼女への感謝を捧げる。そして目の前で本領を発揮しようとしている我が好敵手にして宿敵である友への感謝を声に乗せる。
「うるせえぞ、影胤ッ」
蓮太郎は睨み、声を荒げる。
既に彼の躰は先までの様相はなしておらず、右腕に右脚両方ともが超バラニウム――バラニウムを中心にした合金で、なんとバラニウムの数倍以上もの強度を持つ次世代金属素材だ――で構成された義手義足となっている。その圧倒的硬度と内蔵されたカートリッジによる推進力は人外の高速移動及び兇悪無比の攻撃力への転換すらも可能だ。
「お前はあの時名乗っていたな、じゃあ、返してやるよ!」
蓮太郎は息を大きく吸い込む。声を上げるのだ、名乗り上げるのだ。己は此処にあって、貴様を斃すのはこの俺だと言葉にするのだから当たり前の行動だろう?
「元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』里見蓮太郎ッ!!」
喉が張り裂けんばかりに声を張り上げる。影胤へと確実に届くように。言葉の語句一つ一つ、文字一つ一つでその鼓膜を揺らすのだ。
「てめえを斃す男の名だ! 覚えておけ!!」
名乗りを上げて、宣戦布告をする。影胤へと剥き出しになったバラニウムの右手で指差し、全霊の敵意を向ける。
そして、蓮太郎は影胤へと肩を怒らせながら歩を進め始めた。彼は徐々に速歩になっていって、あっという間に最大速度へと彼は至っていた。直後、脚部カートリッジが炸裂。空薬莢が一発分、空を舞う。踏み込んだ脚に耐え切れず、波止場の道を覆う舗装が砕け散る。その一発は、一瞬で彼自身の出せる生身での最大速度を大きく塗り替えてしまう。それ程に、この推進力は馬鹿げた速度を生み出す事が可能なのだ。
次の瞬間には、もう蓮太郎と影胤の距離はほぼ零にまで縮まっていた。
そう里見蓮太郎、彼こそが蛭子影胤の纏う最強の盾その矛盾の矛となる存在、最強の矛である。
つまり、次の行動なんて解りきっていて、影胤は既に、接近とほぼ同時に蓮太郎へと対抗すべく斥力フィールドを展開――――。
「てめえは、此処で――ッ」
蓮太郎は右の拳を握り締めて、放つ。
それは愚直な
炸裂音がした。排出されるは一発分の空薬莢。
天童式戦闘術一の型八番、焔火扇。
カートリッジによる加速が上乗せされた一撃は轟音を上げ、その名の通りの焔を纏う。義手の超加速により生じた空気抵抗の摩擦により焔が上がったのだ。
焔を纏いし拳は斥力フィールドへと
「排除するッ!!」
歯を食い縛り、拳へと力を注ぎ込む。斥力フィールドと相克する拳の間には青白いスパークが弾けている。
「はっは、君の全力を魅せてくれッ」
影胤は蓮太郎の拳と斥力フィールドの相克するそこへ己の手をやり、
「《マキシマム・ペイン》ッ!」
音声認識によるそれは彼の持つ業の一つ。それは斥力フィールドを自在に操る事にあり、そして、その言葉が生み出すのは、より強固な障壁。しかも彼を中心に外側へと猛烈な速度で広がっていき、彼の敵対者を圧殺する。
しかし。
この矛盾は。
「ッ!」
矛が勝利する。
影胤は驚愕のあまりに目を見開く。彼の目の前でなんと障壁が砕け散ったのだ。防ぎきれる自信があった。止めきる自信があった。 けれども彼の矛はそれ以上に強力だったのだ。
「オラァァァァァァアアアアアアアアアア!!」
咆哮を上げて、蓮太郎は右の拳を影胤へと向かわせる。既に射程内だ。躱すことなど不可能であると確信している。
けれども、だ。
まだ、彼の盾は完全に砕けていない。
この盾は黄泉帰る。幾度と何度と。
「まだ、だッ!」
新たな斥力フィールドが発生する。今度は影胤が蓮太郎の拳へとかざした掌より展開。それはピンポイントで蓮太郎の拳を捉えた部分的な障壁で、しかも四重に重ね合わせられており、強度は相当なものとなっていた。
そこで蓮太郎は更にカートリッジを消費する。炸裂音と同時に新たな空薬莢が黄金の放物線を虚空に刻む。
しかしだ。彼が追加したのは腕のカートリッジではない。
「――ッ!!」
脚部のカートリッジが消費されたのだ。直後、蓮太郎の躰が浮かび上がる。なんと影胤が空中に発生させている斥力フィールド、それをなんとまあ剛毅なことに拳を無理矢理、抉り込ませて、支点として扱ったのだ。そして、脚部カートリッジにより生み出された推進力は彼の背中を押す。この加速が無ければ不可能である辺り彼にしか出来ない戦法と言え、無茶無謀極まりない行動だった。猛烈な速度で加速し、影胤へと蓮太郎は踵落としを叩き込もうとする。
影胤、二度目の驚愕――――とはならなかった。
既に彼は蓮太郎を捉えているし、後退も済ませている。つまるところ今の蓮太郎、外れたのを確認し、体勢を立て直した彼は非常に無防備と言える。
銃口が向けられる。蓮太郎はその銃口と目が合い、まずいと呟くも遅い。
装飾過多の悪趣味極まりないカスタムベレッタの引き金は既に容赦なく弾かれているし、弾丸はその先端を既に銃口から覗かせているのだから。
「哭け、ソドミーッ、唄え、ゴスペルッ!!」
フルオート。爆音を上げて、弾丸は銃口から吐き出されるとその加速を以って飛翔を開始する。それは正に獲物を望む狼の群れ。弾丸は殺意を纏って、蓮太郎へと空を駆ける。
回避だ。ひたすらな回避。馬鹿みたいな掃射を蓮太郎は脚部カートリッジを一つ消費して、回避に専念する。地を蹴って疾走る。影胤の拳銃とはとても思えない掃射はひたすらに、執拗に蓮太郎を追い回す。刹那、追いついたそれを前に、蓮太郎は更なる加速を求めて、脚部カートリッジを消費。
しかし、回避しきれず、影胤へと向けたXD拳銃に銃弾が命中。どこかへと弾き飛ばされていった。
なんという腕だ。蓮太郎は驚愕を隠せない。あのカスタムベレッタをフルオートでしかも二挺拳銃だ? なんだあれは。馬鹿じゃねえの?
思わずそう頭の中で呟きながらも疾走り――とそこで銃声が途切れ――蓮太郎は回避運動を捨て、再び、此度四度目の脚部カートリッジ使用へと踏み切った。銃弾には限りがある。いくらリロードの隙が少なく、零に等しくても隙は必ず出来る。故に、この時こそ好機であると彼は影胤目掛けての突貫を開始する。
瞬時の加速。一直線に、彼の躰は砲弾が如く疾駆する。向かう先など決まっている。あの巫山戯た
そして、彼女達の待つあの場所へ、陽だまりへと帰る。
決意は硬く、想いは果てしない。彼の拳はそんな風に出来ていた。
「なあ、里見くん」
「君は実に輝かしいな。眩しいまでに。君の前ではこの身の矮小さが疎ましく思える」
だが。影胤はそう前置きして、
「《ネームレス・リーパー》」
呟く。音声認識を受けて顕現するは斥力フィールドによる複数の名も無き刃。それは鎌の様な形状をしていて、即座に蓮太郎へと殺到する。 が、蓮太郎は地を蹴り、瞬間、カートリッジを炸裂させて加速、スラスターの向きを器用に調整、完全回避。残ったのは空薬莢だけ。それも真っ二つに、四分割に斬り裂かれ、空虚な音で大気を微細に揺らした。
「遅えって言ってんだろうが!」
加速によって生じるあまりの衝撃に蓮太郎は苦悶の表情を浮かべそうになるもそこは痩せ我慢。無理矢理押し留めて、確りと前を見据える。この先にいる影胤から一度たりとも目を逸らしてはなるものかと思い。
「――――里見くん」
静かに言葉を作る。蓮太郎との距離が零へと成り行く中、影胤はおもむろに右手を前にかざす。
「君は確かに、最強の矛だろう。その力はそう喩えるのに申し分ない。君以上に私の鏡合わせは存在しないだろう。素直に認めているし、感服している」
かざした右手に何かが集約し、収束していく。
「しかし、だ」
蓮太郎は既に眼前。振りかぶられた拳は影胤へと向かっている。彼はこの一撃で決着をつけるつもりなのだろう。
だが。彼にこれを止める術はない。
彼の拳は届かない。
彼の想いは此処で朽ち果てる。
ゲームオーバーだ。
死骸を晒せ、里見蓮太郎。
「《エンドレス・スクリーム》」
極大の破壊槍。万象全てを撃ち貫く槍が、終わらぬ断末魔と冠された槍が今此処に具現化した。それは斥力フィールドによって編まれた現代の
そう、これこそが、この槍こそが蛭子影胤の切り札。
蓮太郎は目を見開く。駄目だ。これは――――。
諦めが浮かびそうになる。
けれども。
――――いや、違うだろう。
ああそうだ。そうじゃない。そんなんじゃない。勝つんだよ。勝って帰るんだ。
此処で死ぬなんて認めてたまるものか。
だから、そうだ。だからだ。
諦められる、ものか―――!!
彼は諦めない。その思考は、心は死んでいない。右の拳をその極大へと捩じ込み、押し込む。
その渇望は輝きをやめていない。この絶望を前にしても、彼は輝き続ける。
けれど、無情かな。
それは無意味だ。
抗わんとする思考を浮かべたまま、蓮太郎は光に呑み込まれて――――。
***
「――――蓮太郎?」
狭い路地、目の前に振り下ろされた刃を蹴り飛ばして距離を置いた延珠は、その鼓膜を揺らした轟音の方へと目をやり、ぽつりと相棒たる少年の名を呟いていた。
直後、彼女は跳躍、脇に立ち並ぶ建物の壁を蹴り、二段、三段――そして、空中へと。少し離れていた小比奈も延珠に一瞬遅れながらも大きく跳躍した。それは回避行動だ。この直後に此処を通る破壊、死そのものを回避するための行動だった。
回避は成功、そして、その彼女の瞳に映るのは、極大の何か。それが彼女等の居た場所を完全に破壊尽くしていた。まるで、ステージⅣガストレアが身に余る暴力を溢れ出させた様な惨状。
「なんなのだ、これは」
戦慄する。彼女の常識を超えた破壊に、どう見ても人では成し得ない破壊に彼女は目を見開いた。
「ぁぁあああ、パパァ」
そんな延珠を置き去りにして、小比奈はこの破壊の主を確りと把握して、愛しい父の名を呼ぶ。虚空を浮遊しながら頬を紅に染め、狂気の滲む笑みを浮かべていた。彼女の愛は、敬愛や親愛とは違う。依存性に満ちていて、歪み捻じれ狂った愛。父に向ける様な愛ではないのは確かだった。
その様を見て、延珠は確信する。これは蛭子影胤の仕業であると。間違いなく今、蓮太郎は窮地にあると。
瓦礫の上に、二人は着地する。そこに無駄はなく、軽やかで可憐。
「延珠のプロモーター、多分死んじゃったよ?」
嗤って、小比奈はそう言う。言葉にハッタリや虚勢は見えない。彼女は彼女の感覚で確信して言葉を作ったのだ。
「そんなわけがなかろうッ! 蓮太郎が負けるはずがない!」
嫌な予感、脳裏に過るそれを振り払って、延珠は小比奈を睨めつける。強く強くと。その双眸に満ちる怒りは大きく苛烈。赫怒が彼女の瞳では燃え上がっていた。
「嗚呼、良い目、延珠、良い目してる。素敵」
小比奈には威圧にもならない。彼女はうわ言の様にそう言い、熱に浮かされ蒸気する頬まで口を裂いて嗤う。
そこで延珠は地を蹴る。こんな下らない会話をしている場合ではない、蓮太郎の所へと向かわなければと思う彼女は、小比奈へと高速接近。右脚からの|下段廻し蹴り(ローキック)へ加速の勢いを上乗せし、放つ。
小比奈はそれを小刀の柄頭でガード、お返しにもう一方の刃による高速の逆袈裟斬りを延珠へ向かわせる。それを彼女はもう片方の脚を振り上げて、弾きながら後ろへとバク転。彼女の脚力あってこそのトンデモ回避法と言える。まあ、蓮太郎もやろうと思えば出来るであろうが。
バク転する延珠へと小比奈は一瞬で間合いを詰め、先までガードに使っていた小刀を上段より振り下ろす。延珠は既に回避行動へと移行――――するも間に合わず。刃が彼女の髪を数本持って行き、頬にかすり傷をつける。しかしまあ、そこは流石のイニシエーターだ。即座に治癒が開始され、終了。痕も残らない。
また、距離を離して、睨み合う。何度目かの同じこと。
ここのところ、こんな事の繰り返しだった。何方かが傷を負わせ、即座に治癒。蹴りと刃の応酬。力関係が拮抗しているが故に、闘争は終わりを見せなかった。終わりの兆しなどどこにもない。延々と体力と精神が削れていくだけ。
故に、延珠は変化を求めていた。先ほど過った嫌な予感を解消すべく蓮太郎の方へと向かいたい。彼の無事な姿を見て安心したい。そんな考えが彼女を焦らせ、この状況を砕く変化を望んでいて、その想いは強くなる一方だった。
打開策を求めて、思考を巡らせる。周囲に視線を疾走らせ――――。
「――ッ」
その一瞬の隙を、意識の隙間を小比奈は見逃さなかった。二振りの刃が空間を疾走する。一つが投擲され、一直線に延珠へと飛翔。もう一方は彼女の手の中。けれど、一秒、いやそれ以下で延珠へと辿り着くだろう。なんせ、既に彼女は地を蹴って、距離を詰め始めている。
回避、でも、これは。
思考を巡らせ、取り敢えず、投擲されてきた小刀を
無論、小比奈の事を延珠は意識し、視界に捉え、常に発達した聴覚で行動を捉えていた。しかし、けれども、彼女の思考にはどうしようもない隙が生じていた。それは蓮太郎を想うあまりの事。嫌な予感を捉えた鋭すぎるとも言える直感が彼女の行動を、彼女が考えている以上に制限してしまっていたのだ。
迫り来る刃は刹那の内に、延珠へと届く――――。
と、その時。
延珠と小比奈の合間、一秒も経てば刃が届く距離。そこに一つの異物が挟み込まれた。
それは、缶の様な形状。真っ黒で、何かが付いていてそれが外された様な印象のあるもの。
名を、
刹那、炸裂。光が世界を侵食し、吹き飛ばす。
「――ぬ、ぬう……」
延珠は呻き声を上げて、その整った顔を顰めっ面で歪めていた。あの距離で炸裂したのだ。とっさに両手で耳を塞いだといえども中々に厳しい物がある。
切り札、というかもしもの時にと蓮太郎から一個だけ持たされたものだった。使い方のレクチャーも受けていて、実際なら影胤との戦いの際に使う予定だったがそもそもが狂ってしまい使い倦ねていた。しかも、今のは彼女が自分で使ったわけではない。恐らく、イニシエーターの運動量と彼女の起こした衝撃によって誤作動を起こした、という所だろう。もしくは、彼女の愛する彼の加護か。まあ後者のそれは失笑ものだがそういう事にしておいた方が延珠の心情的に良いだろう。
が、それも今消費。既に後はない。
彼の加護も此処までだろう。まだそれが続いているとしても頼るべきではない。この場面は自分の力で乗り越えなければならない。何故か、そんなの解りきった事。ただひたすらに享受するだけの、一方的に与えられるだけの関係になんて彼女はなりたくない。彼に護られるのも嬉しいが、彼を護りたくもある。だって、パートナーなのだから、相棒なのだから。
想いを巡らせながらも、機を伺う。しかし、いくら小比奈へと攻撃を仕掛けたくともいかせん己も先の影響を受けている以上、迂闊に手を出せていなかった。
目の前でふらふらと躰をふらつかせながら両目を抑えている小比奈へと視線を向けながら、彼女は想いを更に巡らせる。
けれどもそんな過度の心配は不要だ。
彼は言った。勝つと。絶対に勝つと。なら信じるべきだろう。余計な心配など、彼の覚悟を侮辱することにしかならないのだから。信じて、己の敵を討滅すべきだろう。
なのに、何をやっているのだ、妾は。
頭を振り、延珠は構えを、攻撃の構えを取り直す。目の前の敵へ全力の敵意を向けながら意識を集中させる。
今は蓮太郎の事を忘れよう。彼の心配など不要。今は、自分のやるべきことを成すべきだと思い、意識を先鋭化していく。
だって、彼は勝つ。必ず。絶対に蛭子影胤を討ち果たす。
そう信じている。
「ふふ……延珠ぅ……」
同時に小比奈も
そう、彼女も最初から最後まで父の勝利を信じている。彼女の愛はこの程度で揺るがない。故に迷いが生じる筈がないのだ。
一瞬の膠着の後、二人は再び激突していた。
完結させる前に新作を考える日々。
20150318 少し修正しました