kurenai・bullet   作:クルスロット

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ポケモンに時間を盗られてました


第十三話

 丁度、その頃。

 

 紅真九郎はヘリに乗っていた。ドクターヘリの後部、普段なら急患を乗せている場所だが、今は真九郎と銀子の二人しかいなかった。銀子は車椅子ごと、真九郎は備え付けられていた簡易椅子。座り心地はそこまで良くはないが、まあ、そんな長時間座る訳ではないので我慢することにしていた。ちなみに、チャーターしたのは真九郎ではなく銀子だ。

 

 絶奈による放送の後。真九郎は冥理の安全を確保をどうするか非常に悩んでいた。彼女自身は大丈夫だから行ってくれと言っているがそんな訳にもいかない。なんせ相手は人ではない。ガストレアだ。幾ら彼女が崩月の人間であってそれなり以上の戦闘能力を保持していると言っても、彼女が一線から退いたのは何年も前の事。しかも相手は変幻自在とも言えるガストレアだ。何をしてくるか分からない以上、彼女の傍から離れるという選択肢を真九郎は取れずに居た。

 

 只。

 

 真九郎の師匠、前崩月当主・崩月法泉が銀子の車椅子を押して現れた事によって、状況は一変した。真九郎は師匠へ頭を下げ、言葉を口にしようとするも。

 

 『いい、真九郎』

 

 法泉により制され、

 

 『今は、お前のやるべきことをやれ。また今度、話は聞いてやる』

 

 『だから、行け』

 

 こうして、師の言葉に後押しされた真九郎は銀子によって導かれた。

 そして、現在に至る。

 

 「銀子、現状は?」

 

 真九郎は飛び立って間もないヘリの中で、隣でノートパソコンを膝の上に置いてキーボードを叩き続けている銀子に訊いた。

 

 「最悪よ」

 

 一言だった。だが、その言葉の深刻さ、彼女の口調から今が最低最悪の状況であるのを真九郎は察した。

 

 「全く、あんたにラーメンの作り方教える為のカリキュラム組んでたのに。最悪よ」

 

 「気が早いな……」

 

 渋面で苛立った様子の銀子のそんな言葉に、真九郎は思わず苦笑を零し、

 

 「でも、ありがとう」

 

 そう、感謝の言葉を口にした。

 

 「……五月蝿い」

 

 小さく彼女はそう言い、頬を赤くした。真九郎が銀子を可愛いなあと思いながら眺めると彼女はその視線から逃れるように真九郎へと背を向けた。照れているだけなのだろう。それも、彼にとっては愛しいだけだった。

 

 「なあ、銀子」

 

 真九郎の呼ぶ声に、彼女は「何?」と答える。しかし、背は向けたままで。キーボードを叩く指は止まらない。

 

 「銀子ってさ、俺のどこか好きなんだ?」

 

 吹き出すような咳のような音がした。真九郎の唐突な言葉を受け、銀子は酷く動揺していた。当然だろう。あまりにも突然だった上に、つい先程まで鈍感系主人公な男がこんな事を言い出したのだ。驚かないはずがない。

 そんなに驚く事かなぁ……? と真九郎は内心で呟きながら、「だ、大丈夫?」と銀子に声を掛け、その背を擦った。

 

 「あ、え、ええ……」

 

 背中を向けたまま銀子は頷き、小さく「ありがとう」と言った。

 

 キーボードを叩く音が止んでいた。真九郎は背中を向けたままの銀子の背を横目で眺めながら、言葉を待っていた。まあ、スルーされたならそれでもいいのだが、取り敢えずだった。

 

 「――――ところ」

 

 ぼそぼそと銀子が何かを言った。あまりにも小さい声でさしもの真九郎でも聞き取れなかった。

 

 「えっと、もう一度頼む」

 

 真九郎が聞き返すと、彼女は肩越しにちらりと此方を見ると、大きく肩を上下させて、一度、息を吐いて真九郎の方へと躰を向け直した。彼女の眼鏡の向こうにある瞳は涙で潤み彼の方ではなく、自らの、白く、細い指を握り締め作った拳を見つめていた。その頬は上気していて、紅を差している。

 

 それを見て、思わず真九郎はごくりと唾を呑んでいた。それほどに、今の彼女が浮かべた表情には男を骨の髄から頭の脳細胞すらも蕩けさせる蠱惑的な色に溢れていた。普段とはまた違う魅力に真正面から当てられた真九郎は少しくらりとしてしまう。

 

 沈黙が続き、そして、銀子は口を開き、小さな声で言葉を作った。

 

 「優しいところ」

 

 この一言だけで、真九郎はまるで茹で立てのタコの様に真っ赤に染まった。威力が高過ぎる。なんだこれは、要求しておいてなんだけれどまさかここまでとは。

 

 予想を大きく超えた一撃に真九郎は戦慄せざるをえなかった。戦場の真上で自分達は何をやっているのかという思考が一瞬脳裏に浮かぶもの、直ぐにそれも彼女の魅了の前に陥落してしまっていた。

 

 「ちょっと頼りないけど、格好いいところ」

 

 銀子は小さく笑みを浮かべながら、言葉を作っていくそれが乗っかり、相乗効果で真九郎にクリティカル。今にも悶え出しそう、いや、既に悶えていた。あまりにも真っ直ぐな言葉に真九郎のリアクションが普段の数倍以上に大げさになっていた。

 

 「これじゃあまどろっこしいわね」

 

 苦笑し、それからまた銀子は照れ笑いを浮かべて、言葉を作り、

 

 「あんたの全部が好き。馬鹿なところも、優しいところも、格好いいところも。何もかも、全部」

 

 優しい微笑みを彼女は浮かべていた。

 

 ――――それは正しく急所を抉り抜く様な強烈無比の一撃であったと、後に真九郎は語った――――。

 

 「そ、そっか」

 

 真九郎は彼女から目を逸らして、空に目を泳がせていた。なんて様だと真九郎は思っていた。情けない。この好意を真正面から受け止めずにどうするのだとも思っていた。

 

 「ま、それは兎も角」

 

 彼女は目を逸らした真九郎に再び苦笑を浮かべ、それから何時もの冷静な表情に戻った彼女は、ノートパソコンの画面を見つめていた。その時には、ここに満ちていた糖分高めの空気は霧散していた。それと同時に真九郎は冷静さを取り戻し、緩んだ顔を引き締めると銀子の言葉に耳を傾けている。

 

 「被害は、十年前に比べればマシのほうね。幸運なことに飛行可能なガストレアは今のところ出現していないみたいだしね」

 

 ただ、と前置きして、彼女はノートパソコンの画面を真九郎の方へと向ける。それを真九郎は覗き込み、

 

 「これは……」

 

 思わず真九郎は渋面を浮かべていた。

 

 画面に映っていたのは複数の映像だ。映像から見るに、エリア各所に配置された監視カメラだろう。そこにはガストレアと交戦する自衛隊に民警の姿があった。とそこで真九郎は見覚えのある姿、見覚えのある後ろ姿とマフラーを捉えたが、その映像は次の瞬間には砂嵐に変わっていた。監視カメラ自体が破壊されたのだろう。気になるも、人違いであるかもしれないと思考の隅に追いやって、

 

 「どうやってこれを?」

 

 監視カメラの映像。こんなもの、普通は手に入る事など無いし、一介の情報屋にとってもあり得ない代物だ。その真九郎の問に銀子は悪戯っ子のような笑みで言った。

 

 「コネよ、コネ」

 

 「……成程」

 

 その笑みを見、真九郎は納得した。

 

 「――さて、そろそろね」

 

 そろそろ。それが差し示しているのは一つ。目的地へと辿り着こうとしているということ。

 

 真九郎が窓から外を覗きこむとそこには、一種の避難所が形成されていた。巨大なテントに、沢山の人々。それなりに統制が取れているのが見て取れる辺、エリア民達は恐慌に陥っておらず、警察や自衛隊が機能しているのだろう。

 

 このヘリが向かうのはそこではない。此処の奥、更に先にそれはある。

 

 それは巨大な、天を貫かんばかりの建造物だった。最先端にして最高峰の技術を用いて此処へ建てられたこれは、震度八以上の地震にも耐えるとされるほどの圧倒的頑強性を誇り、地下奥深くには東京エリア市民全てを収納しても余りあるほどに巨大なシェルターがあると実しやかに囁かれるバラニウム製の塔。

 

 東京エリアの中心、第零区域に立つ漆黒の柱。東京エリア最後の砦。

 

 その名も。

 

 国津ノ柱(クニツノハシラ)

 

 決戦の時が、決着が刻々と近づいてきているのを感じ、真九郎は自然とその手を握り締めていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「少し、お話しませんか?」

 

 揺れる装甲車の中。そこそこのスペースがある車内で、痛み止めの睡魔に負けた将監の隣で両膝を抱え、椅子の上で体育座りをしていた夏世は先程自らの中に芽生えた疑問を解消すべく、その隣で両足をぶらぶらと振って、制服であろうスカートを揺らす少女へとそう話し掛けた。

 

 「ん、いいよ。お姉さんがお話し相手になってあげよう」

 

 にこりと笑って少女がそう言うのに、夏世は、じゃあ、まずと前置きをして、

 

 「自己紹介から始めましょうか」

 

 と言った。まあ、至極当然というか初対面なのだから当たり前の事だろう。

 

 「お、そうだったね。じゃあ、あたしから。斬島雪姫。漢字は斬新の斬に島国の島、白雪姫の雪と姫。もうちょっと斬新なのがあったけど昔そこの金髪くんに分かり難いって言われたから使うの止めたんだよね」

 

 彼女の指す金髪くんに該当する人物は此処に一人しか居ない。戦車の中央にある高めの座席に腰を降ろし、外を警戒している彼だというのは間違いないだろう。

 

 「は、はぁ……」

 

 夏世は思った以上に高い少女のテンションに辟易しつつも、夏世も自らの名を名乗る。

 

 「千寿夏世です。そこで寝てる将監さんのイニシエーターをしています」

 

 「へえ、なんて書くの?」

 

 「夏空の夏に世界の世で、夏世と」

 

 なるほど。と納得した様に頷いて、彼女は感想を言葉にした。

 

 「可愛らしい名前、うん、良い名前だね」

 

 「はい、ありがとうございます。では、一つ、良いですか?」

 

 「いいよ、私のスリーサイズかな? ウエスト以外なら結構自信あるんだよ?」

 

 この少女自由にも程がある。何ともやり難いと夏世は思うも、聞きたいことが幾ばくかあるのだ。此処で引くわけにはいかない。

 

 「いえ、そういうのではなく。貴女達は何故此れに乗っているのです? 見た感じ、これの本来の持ち主である自衛隊の方は居ないようですが……」

 

 「最初は居たんだけど、ね」

 

 雪姫は苦笑を浮かべて、そう事情を語った。自分達を乗せてくれた自衛隊員の人は、自分達を逃がすために、護るために殉職したと。そのまま、この装甲車を使って、ガストレアを轢殺しながら逃げたと。

 

 「誰が運転を?」 

 

 そう夏世が訊くと、彼女は友人がこれを運転していると言った。後で紹介するという笑顔と共に。

 

 「そういえば」

 

 思い出し、夏世はそう呟いていた。そう、一つ気になっていた事があったのだ。

 

 「ん? 何?」

 

 首を傾げる雪姫へ、夏世は尋ねる。

 

 「ええ、そういえば、普通あんな刃物であんな風にガストレアをバラす事は出来ない筈ですが、特殊な器具でも使用していたのですか?」

 

 武術をやっていたとしても無理なのは明白であるが、一応、夏世は尋ねてみる事にした。少し、踏み込んだ質問の様に感じたが、訊いてみない事には何も始まらない、解らない。

 

 「ああーあれね。見てたし、分かるでしょ? そんなものを使っていないっていうのは」

 

 「ええ、まあ」

 

 そうだ、あの時の彼女が何かを使用している様には思えなかった。蛭子影胤の同類、機械化人類という訳ではないだろう。見た限り、ナイフ以外は見当たらない。

 返事と共に頷いた夏世を見、雪姫は言葉を続ける。

 

 「私は、なんて言うかな。そう、刃物の扱いが上手いんだ」

 

 「上手い、ですか……?」

 

 夏世は思わぬ返答に眉を顰めていた。よく解らない。上手い程度では無いのは、先のガストレアを見れば分かる。あんな死骸を只、刃物の扱いが上手いだけの素人に作れて堪るものか。劔を収めた者等にからすれば失笑モノだろう。

 

 ――ああ、彼女の姓の意味を識らなければ、という前提条件が付くが。

 

 「うん、上手いの。刃物というものに掛けては、どんな達人よりも、どんな化物よりも。刃物をもった私達とその他大勢の間には圧倒的な才覚の差、努力では乗り越えられない血という何よりも大きな障害がある。そして、私達はその才覚だけで達人を圧倒するの、例え、ガストレアであろうと」

 

 雪姫はそう言い切っていた。確信、断定、自信。彼女の言葉に満ちたそれらを前に、夏世は先の疑念を撤回した。これは本物だ。本物の逸脱者だ。間違いない。それ程に彼女の言葉に詰まっていた感情は、夏世へそんな対応を取らせざる得なかった。

 

 「そして、私達の振るう刃は必ず斬る。絶対に、なんであろうと。

 ――って昔、うちのおばあちゃんが言ってたんだよね」

 

 思わずズッコケそうになったのは夏世と傍の金髪の彼であった。なんなんだ、この緊張感のなさは。まあ、そこを彼女の美徳と取るかどうかは各個人に任せよう。

 

 そして、今、この場に居た者等は皆、そう取ったらしい。金髪の彼は何時もの事だと割り切って、外へと視線を戻し、夏世は、愉快な人だと、思いながら小さく苦笑を浮かべていた。

 

 だがしかしだ。

 

 彼女の言葉に偽りは無かったのだ。

 

 そう、彼女の言葉は真実で。

 

 「まあ、実際、刃物持つとなんだか無性に斬りたくなるんだよね。だから、普段は持ち歩いてないんだけど……」

 

 今は、緊急事態だから。苦笑して、彼女は言う。

 

 「自分で決めたルールだけど、こんな時くらいは曲げなきゃね」

 

 「成る程。ありがとうございました」

 

 頭を下げる夏世に、

 

 「いいよいいよ。なんてこと無い、面白みに欠ける話だしね」

 

 雪姫は、笑って軽く手を振った。

 

 そんな二人、また世間話を始めた二人を片目で見、また外へと視線を向け直した金髪の彼の眼は鋭い。油断無く、周囲へと走らされている。

 

 「静かだな……」

 

 ぼそりと、彼は呟いていた。

 

 ガストレアも人も誰もいない。酷く、不気味だった。まるで、これは前哨戦に過ぎなくて、この後、もっと最悪で最低な何かがやってくる様な、嵐の前の静けさに彼には思えた。 

 

 しかし、彼らを乗せた装甲車は、無人の道を進む。舗装を踏み、進む。

 

 そして、目標を既に視界に捉えていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 各所でガストレアと人間による戦闘が開始して、数時間が経った。

 

 現時刻は深夜三時。

 

 自衛隊や民警、他の協力者達の助力を得、なんとか東京エリア内は厳戒態勢ながらも落ち着きを取り戻してた。多数存在し、確認されたガストレア達は駆逐され、その死体処理やエリア民の救出作業に移行しつつあった。

 

 がしかし、確認されたもの以外のガストレアが存在する可能性は捨て切れない。故に、自衛隊に警察の戦闘態勢とエリア全域の非常事態宣言の解除は行われていなかった。民警や他のそういう分類の者達も武器を常に構え行動していた。

 

 そして、今、現在。

 

 国津ノ柱(クニツノハシラ)に存在する現在、作戦本部となっている会議室は、先の蜘蛛型ガストレアの撃破依頼を受けた多数の民警、及び名乗りでた協力者達が集っていた。

 

 その中に、真九郎の姿もあった。なお、道中を共にした銀子はまた別件の用があるらしくこの会議室の手前で別れていた。

 

 「真九郎さん(・・・・・)

 

 特にやること無く、会議が始まるのを壁に凭れ掛かりながら目を瞑り、待っていた真九郎に誰かが声を掛けてきていた。

 聞き覚えのある女の声、誰か、などの疑問すら沸かずに真九郎は、直ぐに思い当たっていた。

 

 目を開けると、声の持ち主たる彼女の姿が真九郎の視界に映り込んできた。彼女へと真九郎は小さく微笑み、言葉を作った。

 

 「切彦ちゃん、久し振りだね」

 

 「はい。お久し振りです、真九郎さん」

 

 声の主、斬島切彦は真九郎へ答えるように、微笑んでいた。

 

 そう、そこには出会ったあの頃から、成長した彼女の姿がそこにあった。身長も顔つきも纏う雰囲気も言葉遣いも。呼び方だって。何時迄も、あの頃では居られない、それ故の成長でもあり、彼女なりの現実への向き合いかたなのだろう。

 

 彼女が、あの子が、紫が死んで、一番変わったのは彼女だった。

 

 そして、一番、涙を流して、感情を露わにしたのは、最初の友達を失った彼女だった。

 

 彼女を見、真九郎はまず浮かんできた疑問を訊いてみた。

 

 「切彦ちゃん、どうして、ここに?

 

 君の専門はこういうのじゃなかったと思うけど?」

 そう問い掛けると彼女はいつもの淡々とした口調で答えた。

 

 「これもお仕事です、最近は人以外の相手が多いんです」

 「確かに、今時、人相手だけじゃあやっていけないか」

 

 なんせ今の世の中、人は減る一方だ。主な原因がガストレアであるのも明白だが、それ以上に、身内、人の間での潰し合いが顕著だった。人はいつの世でも自分達を追い詰める様にして、同胞と争う。些細な事、大きな事、数多の理由を以って、彼らは殺し合う。

 まあ、そんな事は些事である。今は生きて再会出来た事を喜ぶべきなのだ。

 どんな凄腕であろうが達人であろうがあっさり死ぬのがこの業界で界隈で時代なのだから。

 

 「確かに、ガストレアは無駄に湧いてくるしな。駆除の仕事は事欠かないもんな」

 

 「そうです。まるでゴキブリです」

 

 僅かに嫌悪の色を覗かせる辺り、彼女もわりとあの化物共の相手はうんざりとしているのだろう。

 

 「一匹見れば百匹か。その通りだな」

 

 真九郎は苦笑しつつも納得した。確かに、何時になっても減る気配のな

い辺り、正にゴキブリだ。

 そう言えば、ゴキブリ型のガストレアというものは未だ見たことがないということに気づいたが、まあ、どうでもいいかと思考の片隅へと追いやった。

 

 「まあ、それらは建前で、」

 

 切彦はそう言葉を置いて、その目を少しばかり鋭くした。やや浮かぶの

は殺意。

 

 「私の目当ては、星噛絶奈です」

 

 彼女は言葉を続ける。続けていく。

 

 「あの人は、私のものを奪い過ぎました。ルーシーさん、仕事仲間、そして、私のトモダチを」

 

 だから、私は……。そこから先の言葉を彼女は口にしなかった。

 解っていた 

 

 「一つ、切彦ちゃんに伝える事があるんだ」

 

 彼女への言葉を真九郎は整理する。小さく息を吐いて、息を吸う。同時に軽く目を瞑り、開いた。心を落ち着けていた。そうでもしなければ、彼は彼女に伝えられそうになかった。

 

 「――――はい」

 

 真剣な色を帯びた言葉、それを敏感に感じ取った切彦は静かにそう訊いた。

 周りの雑音が、何処かへと消えていくのを彼も彼女も感じていた。互いの声だけがクリアに、鮮明になった気がしていた。心臓の鼓動だけが唯一の雑音だった。

 

 「紫は、ガストレアになっていた」

 

 淀みなく伝えられた。最初の言葉は作れた。真九郎はそう思った。

 

 「説明するよ、全部、何もかも」

 

 「いえ、いいです」

 

 そう言って、彼女は悲しげに苦笑した。

 

 「真九郎さん、そんな顔して無理しないで下さい」

 

 「そんなの、切彦ちゃん、君だって」

 

 「それでも、です」

 

 真九郎の言葉を留める彼女のそれは、自らを気遣ってだと解っていた。しかしだ。それでもだ。言わなくてはならない。だから、彼は言葉を作った。

 

 「…………いや、それでも一つだけ聞いておいてくれ」

 

 軽く目を瞑り、真九郎は切彦の目をしっかりと見据えた。決意に満ちた目、覚悟を決めた男の顔。

 思わず、切彦は見惚れていた。頬が蒸気するのを確かに感じた。胸が久しぶりに高鳴った。

 

 「俺が、星噛絶奈を、あの子を殺す」

 

 そんな焼き付く様な、貫く様な殺意を無意識に滲み出させながら彼が作った言葉を受け止めて、切彦は思う。この胸を焦がす感情の名を理解しながら、大きくなる感情の無意味さを識りながら。

 

 けれど、と彼女は彼の、久しく見ていない表情を見つめて、彼に何があったかを直感的に確信する。俗にいう女の勘というやつだ。

 

 「ええ、解ってます」

 

 理解の言葉を真九郎へと返し、彼女は微笑を浮かべて、半歩、彼から遠ざかった。

 

 「応援ってのは少し、違いますね。私も殺りたいです。あの女の首を斬り落としてやりたいくらいです」

 

 ぎゅっと彼女は両手を握り締める。思い出すだけで何億通りの斬り刻み方を想定できる。嗚呼、こんな所、この人には見せたくないというのに。手遅れだけれど、けれども切彦はそう思わずには居られなかった。

 

 「だけど、他ならぬ真九郎さんのお願いですから、我慢します」

 

 「だから、私の分までお願いします」

 

 「あの星噛のクソッタレを私の分まで殴っておいて下さい」

 

 こう彼女は言って、そんな彼女の言葉を受け取って、彼は、

 

 「ああ、任せてくれ」

 

 確かな頷きと共にこう返した。

 

 その言葉が聞けて安心しました。そう言い、切彦は真九郎から更に一歩後ろへと下がって離れた。胸に秘めた言葉は伝えない。今先程の顔を、表情を見て確信した。この感情を伝えても無駄だと。伝えてしまえばきっと諦めがつかなくなる。伝えなくても同じかもしれないが。

 だけど、少しばかりの意趣返しくらいは許される気がした。

 だから、私はこう言う。

 

 「では、また戦場で――――っと、そうだ、真九郎さん」

 

 別れの言葉を言ってから、彼女は一度背を向けた真九郎の方へと振り返った。どうやら彼は切彦へと言葉を返そうとしていたらしい。口が半分ほど開いていて、少し間抜けであった。けれど次の瞬間には佇まいを直していて、

 

 「どうしたんだ?」

 

 と言う彼へと小悪魔的に、何時もなら見せない様な笑みを切彦は浮かべて。

 

 「式、何時上げるんですか?」

 

 「…………言ったかな、俺」

 

 鳩が豆鉄砲を喰らった様な表情を真九郎はしていた。その顔がとてもおかしくておかしくて、切彦は思わず吹き出してしまった。

 

 「あーこれが終わって、色々方をつけてからだから……」

 

 と彼が言うのを少し聞いて、思った。あ、これは駄目な台詞だと。だから。

 

 「すみません、やっぱりいいです。これが終わってからでいいです」

 

 聞いておいてすいませんと切彦は前置きして、苦笑した。

 

 「これ、世に有名な、『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ』というやつですよね」

 

 「……確かに、そうだね」

 

 言われて気づいた真九郎は、彼女と同じ様に苦笑を浮かべていた。

 

 「だから、また今度聞きます」

 

 「ああ、一番に、いやごめん。二番目……も保証できないな……ごめん」

 

 そんな締まらない彼に切彦は困った風に笑った。

 

 「仕様がないですね。それで我慢します。だから、」

 

 一拍置いて、

 

 「ちゃんと生きて還って来てくださいね」

 

 真九郎は彼女の言葉に頷いて、

 

 「ああ、勿論だ。約束する」

 

 そう言った。

 そう、その直後。

 

 「皆様、」

 

 騒音に雑音、それらを物ともしない涼やかな声が、此処に集まった者等の鼓膜を揺らした。

 一斉に、視線が声の方向へと集中していた。真九郎も、切彦も。皆が皆、声の主へと向いていた。

 

 「これより、対星噛絶奈及び蛭子ペア、そして、七星の遺産奪還作戦会議を行います」

 

 彼女の、聖天子の瞳は、凛として慄然とした様子は自らに伸し掛かる重圧を跳ね除けていた。

 

 こうして。

 

 彼らは一歩、幕引きへと近づいたのであった。

 

 結果がどうなるか、誰が笑うか。

 

 まだ、誰も識らない。


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