kurenai・bullet   作:クルスロット

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第十二話

 所移り。

 場所は某所ホテル。

 世界でも十本指に入るクラスのデザイナーが心血注ぎ込み作り上げたデザインや設計を、世界最高峰の職人達がそのもてる技術全てを世界有数の金属や木材等の素材に惜しげも無く使い、造り上げられたそれらを用いて、このホテルの全ては創り上げられていた。

 このホテルに宿泊出来る人間達とは別の人間達。泊まれる側から言う庶民、一般人、貧乏人達からすれば、これは成金の馬鹿見たいな自己顕示欲は、酷く滑稽に映りながらも、それら全てに恋焦がれたが如く羨望し、喉を力いっぱい掻き毟りながら激しく嫉妬するだろう。

 なんせ、人は自らが持たぬものを求めるのだから、これで当然なのだ。

 そして、今、現在。

 此処も他と変わらず地獄に変わっていた。

 静寂が満ちて、所彼処(ところかしこ)に血化粧が施されている。

 ただ、此処には一体のガストレアしか居なかった――しかし、それ一体が問題だった。

 なんせ此処は金持ち共の巣窟。無駄に高い酒に、無駄に高い食事、無駄に高いサービス。まあ、どれも最高級にして最高峰。どちらにしろ頂点であるからにして、当然の値段なのだろう。

 つまりだ。

 彼らを護衛する存在が居るわけだ。専門的な対人戦特化のボディーガード、余りある企業の中でも特に某企業から派遣されている者達がそれに当たるだろう。それに民警。高IP序列のプロモーターに、イニシエーター。対人特化で無くとも、高IP序列の者達は大抵、人とガストレア両方相手が出来てしまうほどに優れているのだ。やはり、どれも酷く金が掛かるものばかり。まあ、前述した料理等然り、これらもそれらと同様であろう。

 そう。そうなのだ。

 彼らが居るはずなのに、此処は地獄に変わってしまっている。

 それは何故か。

 そう、簡単な話だ。

 幼稚園入園直後の子供でも分かる簡単な話。

 それら全てを上回るガストレアが居ただけの話。

 それだけ、だ。

 そして、そのガストレアは現在。

 三十階エレベーターフロア、広々としたそこに満ちる静寂を斬り裂く様に、甲高い悲鳴が反響した。女のものだ。その悲鳴の持ち主たる女は、整った顔面を涙と涎と溶けた化粧と感情でぐしゃぐしゃに歪めて、つけまつ毛に彩られた瞳を大きく見開き、大理石の敷き詰められた床に尻餅をついていた。そして、今は後ずさりしている。身に纏ったスリットの深い華美なドレスから伺うに、パーティーか何かにでも参加していたのだろう。

 そんな今にも発狂しそうな顔をした彼女の前に居たのは、一人の男だった。

 下駄に和装、一本の杖、蓄えられた髭。人を人と思わない冷たい目。白髪に細かい皺から見て取れる老いなど物ともしない強烈な迫力。超然とした態度。俗世とは一線を画し、上から一方的に見下ろす神の如き目線。普通の人間に身に付くもの、いや、普通なら身に付くはずが無いそれ。ああ、そうだ。この男は浮世離れしていた。

 だが、それも。

 浮世離れで済ませられるのも。

 ただ、その顔面に大きな亀裂が入っておらず、額に赤い第三の瞳が無ければ。

 ただ、その全身が真っ赤に汚れていて、銃痕に斬り痕が無数に存在しなければ。

 の話であるが。

 

 「下品な女だ」

 

 男は女へと焦点を合わせて、眺めるとそんな感想を吐き捨てる様に零した。その目は彼女を見下し、見下ろす。

 それら全てに女は、恐怖していた。この男を前にして、怯えないなど普通の人に過ぎない彼女に出来るはずがなかった。ただ、この悪夢が覚めるのを待つしか無かった。

 

 「醜い女だ」

 

 男はそう言い、目を細めた。嗚呼きっとこの男にとって、大抵の人間は、蔑む対象にしかなりえないのだ。気に食わない。気に入らない。恥知らず。吐き気を催す。反吐が出る。塵芥が何故呼吸をしている。そんな風にしか思えず、そんな風にしか見えていないのだろう。

 

 「ひ、ぁ」

 

 小さな悲鳴が彼女の口から溢れる。目を見開ききった女へと巨大で、どうしようもない程に強烈な重圧(プレッシャー)が叩き付けられた。男と女の間に存在する格の差というものから生じたそれは、女によって覆す事など不可能であった。互いの魂に存在する歴史の差、格の差とでもいえるものの壁はあまりにも大きかった。

 女にとってはもう気が気でなかった。心臓はバクバクと大きく何度も跳ね回り、耳の奥で何かがゴウンゴウンと流れるような音しか聞こえなかった。呼吸が止まってしまいそうだった。

 早く開放して。殺してくれてもいい。だから、早く。此処から。開放してください。お願いします。ごめんなさい。謝りますから。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 だから。

 早く。

 水の中で、空気を求めて足掻くように彼女は懸命にそう思い続けていた。

 暫く経って。

 重圧が霧散した。消えてなくなるということは無くとも、彼女が呼吸をすることが出来る程度位は可能になっていた。

 離れると同時に、女は大きな胸に片手を当てて荒い息を零した。何度も空気を吸い、吐いた。過呼吸に陥り掛けた彼女は、なんとか落ち着こうとする。男は、静かにそんな女を見下ろしていた。つまらなそうに。酷く、愚かしい者を見るように。

 そして、男は口を開いた。

 

 「貴様は」

 

 言葉には何かが宿っていた。それは願望。望む答えを言ってくれというあまりにも身勝手で自分勝手で押し付けがましい願いの様に思えた。実際、この男が考えている事など解らないがそう思えた。

 

 「何故、生きている?」

 

 問い掛けだった。ふと思った疑問ではない。この男は、此処へ来るまで殺す相手、全員にこれを尋ね続けてきていた。

 哲学的な問。誰もが識る前にその命を使い果たすもの。そんな問を、何故するのか。

 それはこの男が今、自らの存在に疑問を抱いているから、それに尽きる。

 この男は自らが死んだと思っていた。邪魔なものを消し去って、この国を強くする為に戦って、成し遂げたと思った矢先に殺され、無念の内に死んだと思っていた。思い込んでいた。

 しかし、生きていた。形は変わっても存在が歪んでしまっても。

 だから、疑問を抱いていた。彼にとっての生はどんな形であろうと終わっている。なのに、何故この躰は他者の肉を求め、生き足掻こうとするのか。止められない衝動のままに自らの肉体は動くのか。人外に、化物になっているのは識っている。違うのだ。それ以外に答えがあるはずなのだ。

 だから。

 それを識りたかった。

 しかし、そんな事を目の前の女が識っているはずがなく、勿論、今の彼女に答えられるほどの余裕はない。なんせ、彼女は呼吸をするので精一杯なのだから。

 

 「答えないか」

 

 失望した様に、身勝手に男はそう判断し、

 

 「もう、用はない」

 

 女へと右手を伸ばした。頭へその手が向かっていく。握り潰すか、絞め殺すか、はたまた奇っ怪な殺し方をするのか。男の頭の中は読み取れない。だが、殺すというのは確定していた。

 が。

 そんな男に立ち塞がる者は居た。

 それは民警に非ず、此処に居た者達を護っていたボディーガードでも常駐していた警備兵でもなく、ましてや国に仕える自衛官などでも非ず、勇敢なる市民でもない。

 それは。

 一人の男。

 丁寧にセットされた茶髪、鍛え抜かれた痩身に、世界でも名の知れたブランドのもののスーツを着こなした男だった。その男は片手で首元のネクタイを軽く緩め、和装の男が伸ばした手をもう片手で横から掴んでいた。掴まれるまで、和装の男がその男の気配の欠片も察知することの出来なかった辺、この男の技量の高さが伺える。

 一般市民という言葉で呼ぶには物騒過ぎる雰囲気。民警や自衛官、警備兵などという何かを護るというには剣呑過ぎる気配。

 それをこのスーツの男は纏っていた。

 

 「――――久しぶりだな」

 

 「ああ、久しぶりだよ」

 

 互いに男達はそんな言葉を口にしていた。前者はポツリと後者は冷ややかに。もう既に女のことなど二人は視界から、意識から外れていた。女は素早くそれを察知すると床を這る様にして逃げ出していた。脱兎の如くとはこの事か。

 

 「竜士」

 

 和装の男はスーツの男をそう呼び、

 

 「糞親父」

 

 スーツの男は和装の男をそう呼んでいた。

 

 「本当に糞親父が生きてるとは、驚いた」

 

 驚嘆を口の端に滲ませながら、竜士は切れ長の目を細める様にして、自らが糞親父と呼んだ男を睨みつけていた。

 

 「まあ、見た感じ。ゾンビだかアンデッドだかリビングデッドだかみたいだし」

 

 竜士は、何時の間にか左手の中に握っていた一丁の拳銃、グロックと呼ばれ、その中でも18Cというナンバリングが付与されたハンドガンを糞親父、彼自らがそう呼んだ男へ向けていた。

 

 「さっさとうちの汚点は払拭するべきだよな」

 

 尤も、もううちなんて無いけどな。そう呟き、人差し指の腹でグロックのトリガーをゆっくりと撫でた。

 銃口に迷いはない。トリガーを引くのに躊躇いはない。冷たい鉄の輝きと彼の瞳に宿る光は、明確な殺意を示していた。

 

 「竜士」

 

 その目に小さな感情の欠片を男は目に浮かべていた。ここで初めて、男は人間性を見せていたのだ。人を人思わぬこの男にとっても自らを父親と呼ぶ彼には、何かしら思う所があるのだろう。

 

 「貴様、今迄何をしていた」

 

 簡素な問に竜士は鼻で笑い、答えた。

 

 「地獄だ。地獄に行ってた」

 

 冗談めかした様な言葉。しかし、彼の声色に、言葉に嘘は感じられない。実感の、リアリティに満ちたそれが示す通り、彼は地獄を見、その身に刻み込んできたのだ。

 

 「地獄、地獄か。成程、それ相応の修羅場を潜って来たらしいな」

 

 見定める様に男は目を少し細めて横目で竜士を見、言葉を作った。

 

 「――――確かに見違えた」

 

 初めてだった。そんな言葉は初めてだった。しかし、遅すぎた。その言葉はあまりにも遅かった。嘗ての彼ならば喜び狂気しただろう。だが今の彼には届かない。届きえない。まして、今のこの男の言葉では意味を成さない。

 

 「……おせぇんだよ」

 

 ぼそりと呟き、

 

 「おっせえんだよ、糞親父!! 何が見違えただ!!」

 

 吐き捨てる。溜まり溜まった鬱憤の全てを竜士は、目の前の父へ叩き付ける。それに、男が、父が、九鳳院蓮丈が動じる様子は無かった。その両目を閉じ、只、その言葉全てを受け止めていた。

 

 「遅すぎんだよ!! もっと、もっと早く言えただろ?! 人間であっ

た頃に、人間捨てて、そんな風になってさ! どうしてだよ?! なんで今更なんだよ親父ィッ!!」

 

 竜士は叫ぶ。ひたすらに。自分の父親が変わり果てしまったことが悲しくてしょうがなかったから。彼の識る父親は厳格で、気難しくて、自分では到底理解できない雲の上の存在で、そして、偉大だった。ずっとその背に追いつきたかった。憧れていた。なのに。なんだこれは。こんなの、こんなものは認めない。認めてたまるか。

 

 「巫山戯るなッ!!」

 

 掴んでいた手を乱暴に払い、蓮丈の米神に銃口を押し付ける。震えはない。迷いはない。激情に任せた動作であったが身に刻まれた技術は彼に忠実で、裏切る様子など微塵もなかった。

 

 「何故生きるだとか聞いてたなよな、糞親父。ああ、いいさ。俺があんたの殺してきた奴らの代わりに答えてやる」

 

 端正な顔を怒りに歪ませ、竜士は言葉を放った。

 

 「生きたいからだ!! それ以外にあるか?! 何かを成し遂げるために、何かがしたいから、誰かに会いたいから、誰かと在りたいから俺らは生きてんだよ!!

 それを、下品だとか無様だとか言って、貶し、嘲笑い、見下す権利なんて、あんたには無いッ!!」

 

 見事な啖呵だった。

 そう、あの日。彼の全てが壊れ果てたあの日の彼はもう居ない。十年間という歲月は、彼を立派な男に変えていた。

 彼こそ、人は変われる。そんな言葉の証明足り得るだろう。

 

 「成程」

 

 そう、言って、蓮丈は小さく口元を歪めていた。

 

 「ああ」

 

 胸の内に溜まり切った感情を吐き出すように、

 

 「良い男になったな、竜士」

 

 「ッ――」

 

 竜士は歯を食い縛る。言葉が溢れないように。泣き言を吐かないように。

 

 「竜士」

 

 「…………なんだよ」

 

 蓮丈が呼ぶ声に、数秒の沈黙の後に、竜士は返事をした。

 

 「引き金を引け。幕引きだ」

 

 「……親殺しを、推奨する親とか碌でもねえな」

 

 そんな軽口を叩き、竜士はトリガーに指を触れさせた。

 

 「ふん、私は貴様の親などではない。唯のガストレアだ。奇妙なことに、人語を解し、操る事が出来、その上、人型だがな」

 

 小さく笑みを浮かべて、蓮丈は軽口を返した。思わぬ言葉に、竜士は驚きで目を丸くしていた。そして、二人は同時にクックと小さく声を零していた。そして、互いに大きく笑みを浮かべていた。

 そして。

 

 「ああ、親父」

 

 「なんだ、竜士」

 

 親子の会話だった。剣呑さも厳しさも不要なもの等、欠片も無かった。ただ、その言葉には優しさが満ち溢れていた。しかしこれは泡沫の夢に過ぎず、刹那の内に弾けて、過ぎ去ってしまうのは二人共解っている。

 けれども。

 そうだけれども。

 今、この瞬間だけは、普通の親子でありたかった。

 

 「ありがとう」

 

 「――――ああ」

 

 蓮丈はゆっくりとその目を閉じていく。脳裏に映りゆくものに後悔を覚えながら、彼はその視界を暗闇で閉ざした。

 

 直後。

 

 トリガーが引かれた。

 

 空虚な銃声と共に、薬莢が床に落ちて、跳ねて、転がった。それが、何度か、繰り返される。

 そうして、此処に一つ、死体が増えた。

 竜士はもう何も言えなくなった父に背を向け、歩き始めた。まだ、やるべき事がある。だから、まだ立ち止まらない。

 きっと此処に、この東京エリアの何処かに兄弟が、母が、紫が居る筈だ。

 変わり果てているかもしれない。もしかすれば死んでいるかもしれない。

 只。

 極普通に生きているというのは、絶対にあり得ない。

 何故か。

 

 彼以外の九鳳院の一族は全員生死不明となっているからだ。

 

 十年前。九鳳院分裂と同時に星噛による襲撃があった。分裂と言っても蓮丈による不穏分子と癌に成り果てた者達の粛清。その際に起こった戦闘で死者多数。更に、そこへ星噛が襲撃を掛けてきたのだ。漁夫の利を狙っての行動だったのだろう。その目論見は見事に成功した。九鳳院一族は、海外に居た竜士を除いて生死不明となってしまい、他の者らは殺害もしくは拉致された。

 

 海外からその報を受け、急遽帰国した竜士の前にあったのは、瓦礫と化した九鳳院の城だった。

 

 捜索は行った。しかし無意味だった。灰と瓦礫の山の中から発見できたのは警備隊や使用人ものばかりで、九鳳院の一族の死体は一体も発見されなかった。

 

 唯一の生き残りであって、竜士の運命を変えた男は、『星噛がやった。星噛絶奈が紫を殺し、死体を持ち帰っていった』と言い残し、その姿を消した。

 

 事実だろう。嘘を吐く理由がない。意味もない。その男がそんな嘘を吐かないということは酷くイラつくけれども識っていた。男の言葉の通り、紫がそうならば、他の兄弟達や父も母もそうなっているだろう。

 これらから、普通に生きているというのは絶対にあり得ないと竜士は確信していた。

 

 そして。

 その時から、竜士は一つの目的を胸に生き始めていた。

 それは、復讐。

 星噛への復讐。

 自分の家族を、何もかもをめちゃくちゃにしたあの女への復讐。

 奇しくも彼の今までを破壊した揉め事処理屋と同じ目的であった。

 それから十年間。竜士は星噛について調べ続けた。九鳳院としての財産を費やし、その身を鍛えながら世界の闇に身を投じ続けた。 星噛の情報は殆ど掴めなかった。断片的なものすらも手に入れられない事ばかりだった。

 だが、彼は遂に星噛の、星噛絶奈の足取りを掴んだのだ。十年に及ぶ、執念の結果。

 それは。

 星噛絶奈は東京エリアに向かった。

 どいうもの。

 その後、竜士は即座に行動を開始した。直ぐ様に東京エリアへ向い、そして、先ほど星噛を見つけ、同時に変わり果てた父と再開。

 そこで彼は思った。きっと、父以外の家族達も父と同様の道を辿っている、と。

 直感だったが、彼は思い当たる節があったのだ。

 当時、そう十年前。九鳳院はガストレアについて極秘で研究を行っていた。

 そうあの九鳳院が行っていたのだ。誰が主導だったのかは大体が見当がつく。恐らくあの有能で、天才とも呼ばれた兄だろう。あの兄が、研究していたそれを、きっと星噛は横から奪い取り、更に研究を進めたのだ。なら、その中に父を此処まで貶めたものがあるかもしれない。

 埋まらないパズルが次々に埋まっていく感覚を竜士は覚えていた。それに彼は歯を、砕け散らんばかりに軋ませていた。

 苛立ちが募る。怒りが込み上げてくる。確かに、九鳳院なんていうのは碌でもないだろう。自分もそうだ。糞以下の糞。畜生以下の外道に過ぎないだろう。ガストレアの研究でも、間違いなく金と権力で非合法極まりないことをしていたはずだ。

 それでも、自分の家族なのは変わりない。

 故に。

 死んでいるか。

 変わり果てているか。

 前者なら、墓でも作ってやろう。

 後者なら、引導を渡してやろう。

 そして、その無念を晴らそう。

 それが血肉を分けた兄弟に、父に、母へ最初に最後にしてやれることだと竜士は思っていた。

 そんな竜士の、外へ出る為に正面エントランスホールに出たその時、視界に映ったそれに、彼は思わず苦笑していた。どうやら世の中、わりと結構都合よく回っているらしい。そう実感するのに、それは十分過ぎた。

 

 「おいおい」

 

 困ったように笑う竜士の視線の先には、一人の男が居た。

 

 「やあ、竜士」

 

 にこやかに笑う優男。縁無しの眼鏡に黒髪。端正な顔立ちであった。

 

 「久しぶりだなァ、糞兄貴」

 

 竜士はスーツの内側に巻き付けたホルスタ―から引き抜いたグロックを向け、歯を剥き出しに笑う。対する兄と呼ばれた男は銃口を向けられても、穏やかに微笑んでいた。恐怖など微塵も無く、只、ひたすらに、不気味なまでに穏やかだった。

 

 「で、どうすんだよ、糞兄貴。親父は死んだぞ」

 「ああ、そうらしいね。さっきリンク(・・・)が途切れた。竜士が殺ったのか?」

 

 問に竜士が頷くと「成程」と彼は微笑い、

 

 「じゃあ次は僕かな?」

 

 戯けた様にそう言う彼に、竜士は、

 

 「あんたが人間なら殺さないけど」

 

 確信を込め、放つ。

 

 「どうせあんたももう人間じゃないんだろ?」

 

 「大正解」

 

 その声は酷くノイズ掛かっていて、不快の一言だった。浮かべている笑みは歪で、両目、そしてたった今見開いた額にある三つ目の瞳は、赤く怪しげに輝いていた。正気ではない。狂っている。

 そして、人ではない。竜士はそれの事実に対面して、唇を軽く噛んでいた。

 

 「ケッ、じゃあ、さっさと逝かせてやるよ。ああ、こんな事になったの

にはあんたにも責任があるはずだろう? 犯した罪を償えよ、糞兄貴。」

 

 「嫌だよ、竜士。僕はまだ生きていたい。此の世で生を謳歌し、此の世の一切合切を喰らって貪り啜り尽くしたい。だから竜士、お前は僕の糧になってくれよ」

 

 刹那。二つの影は交錯していた。


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