kurenai・bullet   作:クルスロット

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寄り道ばかりしてたら遅くなってしまいました


第十話

 疾走る、奔る、走る。

 

 里見蓮太郎は、傍らに相棒たるイニシエーター、藍原延寿を連れ、静まり返ったビル街の傍の大通りを駆けていた。

 向かう先は天童民間警備会社ある雑居ビル。社長である木更と合流するためだ。彼女なら、必ずそこで、自分達を待っているはずだと奇妙な確信を蓮太郎は胸にしていた。

 最初、焦ってスマートフォンで連絡をしてみたものの、繋がらなかった。圏外なのだから当然だ。先ほどの大規模な電波ジャックから、ずっとスマートフォンは圏外だった。公衆電話を使ってみたものの反応はない。少し待って見ても、回線が回復する様子はないが為に、蓮太郎は走っていた。合流し、この後の指針を決めなければならない。蓮太郎自身としては今直ぐでも敵の、星噛絶奈や蛭子影胤の待つ場所へ向かいたい。しかし、彼女を御座なりにすることが蓮太郎には出来なかった。

 

 「蓮太郎ッ!!」

 

 声、延寿が蓮太郎を呼んだのだ。彼女の指差す方を見た。そこには一体のガストレア。半分人、半分異形と言った様相だ。しかし、その動作に人としての要素は見られない。何故か。簡単な話だ。人を襲っている。その躰は鮮烈な赤化粧で彩られている。

 モデルは、不明。各所に生えた触手じみた何か。それに腹にくっぱりと開いた牙が無数に乱立する肉食動物的というよりも一種の魚類といった方が納得出来る口腔。其れ等からこのガストレアがステージⅠであることが蓮太郎には予想できた。

 触手が束ねられ、纏まり、槍の様な形状を取った。矛先は、その目の前に倒れている男だ。間髪入れず、男が何かを思う間も無く、槍は目にも留まらぬ疾さで振り下ろされる。

 標的になった男の顔いっぱいには絶望が広がっていた。見開かれた目は諦めを宿し、その四肢は抵抗を忘れていた。

 振り下ろされた槍は、男の命を喰らい尽くし、その肢体を蹂躙した後、本体の口腔へと運ぶだろう。

 

 しかし。

 

 そうはならない。

 いいや、そうはさせない。

 何故なら、それは彼らの、民警が存在する理由を否定する行為に他ならないからだ。

 

 「■■ッ?!」

 

 ガストレアが痛みに戸惑う様な声を上げた。しかし、声を理解することは出来ない。当たり前だ。相手は、ガストレアなのだから。 不意打ちだった。触手が一撃で蹴り千切られた。あまりの威力に、触手自体が耐えられなかったのだ。

 蹴りを入れたのは勿論、延寿だ。

 男とガストレアの間に、彼女は割り込み、追撃の蹴りをお見舞いする。一発、二発。強烈な回し蹴りを叩き付けられガストレアは吹き飛んでいく。それを横目に入れつつ、蓮太郎は男の肩を叩き、その意識を現実の引き戻しながら手を引っ張り後方の安全地帯へと連れて行った。

 

 「ほら、早く逃げろ!!」

 

 怒声混じりに蓮太郎は男に喝を入れ、自らの腰にあるホルスターからXD拳銃を引き抜く。

 それを受け、男は必死の形相で叫びを上げ、覚束ない、まるで歩き方を覚えたばかりの馬の仔の様にフラつきながら、一目散に逃げ出した。

 蓮太郎はその後ろ姿をちらりと見、自らも戦闘に参加するため、延寿の方へと駆け足で向かっていく。

 一撃、二撃、三撃――。

 縦横無尽の蹴り技は、ガストレアの躰を容赦なく蹴り砕いていく。正にそれは跳ね回る兎の如し。それも当然だ。延寿はモデルラビットのイニシエーター。その脚力は常人を遥かに超え、並みのガストレアなど歯牙にも掛けない。

 そして、今、戦闘は最終局面に入った。

 延寿を捉え切れないガストレアは業を煮やしたのか、延寿目掛け、力任せに縦横斜め後方の三百六十度、全方向から全触手による刺突を放つ。素晴らしい速度、申し分ない威力。普通の人間なら間違いなくオーバーキルだ。

 が、しかし。

 今回ばかりは。

 相手が悪かった。

 それを待っていたとばかりに、延寿はニィと口元に笑みを浮かべると道路を踏み砕きながら、前方へと跳躍。

 赤の残光が、彼女を追うようにして引かれていく。

 まず、左の膝蹴り(ニーキック)がガストレアの中に残っていた人間的な部分、頭部へと炸裂した。当然の如く、ざくろの如く弾け飛んだ。内容物が後方へと撒き散らされる。

 半分残った機能しているかどうかすら怪しい口から悲鳴が上がった。悲痛な音色である様に聴こえるが理解不能。故に、理解などしない。

 それに、敵を理解などしてはいけない。理解すれば、してしまえばきっと今まで通りに、やっていけないだろうから。

 だから、延寿は容赦なく追撃を放つ。

 ふわりとガストレアの躰が宙に浮いた。その時点で先程までの攻撃は霧散。触手は込められた力を失っていた。

 次に、溜めに溜められた右による、廻し蹴り(スピンキック)。それが炸裂した。ガストレアの触手が根本から千切れ何処かへ飛んでいった。彼女の足に、肉を抉り、骨を砕き、内蔵を破壊し、ガストレアの全てを奪い去る感触が伝わってきた。

 延寿は、それに目を細める。嫌な感触だと思う。味わいたくない感触だと思う。

 だが。

 やらなければならないから。

 やらなければ、蓮太郎が嫌な思いをする事になるから。

 彼女は蹴り抜いた。

 傍にあったビルに、ガストレアが派手な轟音と共に叩き付けられた――――。

 

 「お疲れ、延寿」

 

 ふぅ……と残心と同時に息を吐いた延寿へ、蓮太郎は声を掛けた。

 

 「うむ、蓮太郎! どうだった? 妾の戦いぶりは?!」

 

 振り向き自らへそう訊いてくる彼女に蓮太郎は苦笑を浮かべつつ、正直な感想を口にした。

 

 「最高に綺麗だったよ」

 

 「木更よりもか?」

 

 目を輝かせる延寿に、少し考え込む様な素振りを見せ

 

 「それは、どうだろうな。

 並べて、比べてみないと解らないな」

 

 と、はぐらかすように答え、

 

 「ほら、急ぐぞ延寿。木更さんが待ってる」

 

 そう延寿を急かした。

 

 「む、むう……と、蓮太郎!」

 

 納得の行かない延寿はふと何かに気づき、空を指差した。

 

 「あれは……ヘリ?」

 

 空に居たのは1機の戦闘ヘリ。しっかりと武装してあるそれを見て、もうここは戦場だということを蓮太郎は嫌でも思い知っていた。

 そこで、蓮太郎のスマートフォンが振動した。いつの間にか、電波障害から復活したのか、いや違う。急いで取り出すと画面には探していた人物の名前。圏外でありながら、確かにスマートフォンは着信を示していた。特別回線か、何かか? 蓮太郎は予測した。

 

 「木更さんッ、あんた無事なのか?」

 

 急いで電話に出、蓮太郎は思わずそう言っていた。

 

 「ええ、無事よ。今からそこへ降りるわね」

 

 「って、あんたあのヘリに乗っているのかよ」

 

 轟音と風を伴いながらヘリが蓮太郎達の目の前に降り立った。

 重たい扉が開き、ヘリの中から、木更が顔を覗かせ、

 

 「乗って! 話は中でするわ!!」

 

 そう大声で言った。

 木更の言葉に従い、蓮太郎と延寿はヘリへと向かっていった。

 と、その次の瞬間。

 蓮太郎の視界の隅に、何かが蠢いたのを映した瞬間。刹那、蓮太郎はそれが何かを理解し、彼は引き抜いていたXD拳銃を瞬時に構え、それに向け、トリガーを引いた。ほんの少し遅れ、延寿も既に臨戦態勢をとっていた。

 銃口は、先ほど延寿が倒した筈だったガストレア。上下に躰を分断さんせられ、機能停止した筈だったガストレアだ。

 彼は引き金を引き続け、ガストレアに弾丸を叩き込み続ける。念入りに。手足に、腹部に、無くなった筈の、弾け飛んだ筈の頭部(・・・・・・・・・・・・・・・・・)に。

 XD拳銃に装填された弾丸が切れた時には、ガストレアはぴくりとも動かなくなっていた。

 新なに弾倉をセットし、蓮太郎は油断なく、ガストレアを観察する。

 ぴくりとでも動けば、弾丸を叩き込めるように構えつつ。

 このガストレア、確かに仕留めたはずなのに……どうして動いた?

 解らない。

 何故……。

 眉を顰め、蓮太郎は死骸を見つめていた。

 その間に、一つの仮説を蓮太郎は立てていた。

 

 「木更さん、このガストレア、ステージⅠは、もしかしたら、ステージⅢクラスの再生能力があるかもしれない」

 

 傍に歩いてきていた木更に蓮太郎はそう言った。

 

 「ほんと? 里見くん」

 

 「仮説だよ。だけど、さっきのを見た通り、仮説に止めておくにはこれの生命力は高すぎる」

 

 彼は死骸を、今度こそ動かなくなったであろうガストレアを見下ろした。

 

 「兎も角」

 

 蓮太郎は此処で初めて木更へと目を向けた。そこには何時もの凛とした大和撫子、鋭利な刃物、そう刃の様な空気を纒った黒髪美人の姿があった。思考の片隅で今日も綺麗だなと蓮太郎は呟き、

 

 「こいつをさっさと微塵にして、片付そう。それくらいすれば、流石に再生は出来ないだろうし、丁度良く、都合のいいものもあるしな」

 

 親指で蓮太郎は、その都合のいいもの、戦闘ヘリを差した。

 

 「ええ、そうね。そうしましょう。こんなもので止まっていれる程、時間はないもの」

 

 蓮太郎に同意して、木更は頷いた。

 状況は切迫している。そんな事、この場の誰もが肌で、意識で感じている。

 

 「じゃあ、行きましょう。急がなければ、全てが手遅れになる」

 

 踵を返し、木更はヘリへと戻っていく。蓮太郎はガストレアの死骸にちらりと目を向けた。動かなくなったそれと、目が合った。その目は見開かれていて、何かしらの感情を浮かべていた。思わず蓮太郎は小さく顔を歪めていた。それに憎しみを抱いたわけでも、嫌悪を抱いたわけでもない。

 ただ。

 少しだけ。

 少しだけ、悲しくなっただけで。

 それから、蓮太郎は街灯の上に登って、周囲を警戒している延寿に声を掛けた。

 

 「延寿! ご苦労様だ。もう行くぞ」

 

 声を聴いて、先まで真剣な顔つきだったそれをはっと綻ばせて延寿は蓮太郎の目の前に降りてくると、その笑顔で蓮太郎を見上げた。

 

 「うむ! ご褒美にキスでもくれていいんだぞ? 蓮太郎」

 

 「アホか、他だ、他」

 

 そう言って、蓮太郎は延寿の提案を軽く一蹴すると、直ぐに延寿は代案を出してきてた。

 

 「じゃあ、今日の晩御飯のおかずを一つ希望するぞ!!」

 

 「急に可愛らしくなったな……。よし、何がいい?」

 

 蓮太郎がそう訊くと、延寿は腕を組んで唸りながら悩み出した。そこまで悩むことかねえと蓮太郎はそんな延寿を見て、小さく笑った。

 

 「あ、里見くん。私はお肉がいいわ。そう、唐揚げとか豚カツなんて素敵よね」

 

 と二人の会話を聞き付けた木更はそんな風に言って、蓮太郎へにっこりと笑いかけてきた。そんな笑顔に蓮太郎は、これ一種の脅迫だよなぁ……。と内心で呟き、

 

 「仕方ないか……」

 

 観念したようにそんな言葉を零していた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 今、人が一人、血溜まりに沈んだ。そこへ蝿の様相をした子犬サイズの化物、ガストレアが多数、集っていく。見る見るうちに血袋と化した肉塊は萎んでいく。血を体液を吸い取られ、肉は少しずつ削ぎ取られていっていた。肉塊は小さな苦痛に満ちた悲鳴を上げて、そして、絶命した。集る餌を無くした蝿型のガストレアはその代わりを探す為、一斉に飛び立った。空に黒の点が無数に浮かび上がり、移動を開始した。

 商店街と人が呼んでいたそこに満ちるは、人々の悲鳴と絶叫。世界は既に闇の底に沈んでいた。夜闇を蠢く影は全て異形。つまり人の敵、ガストレアだ。そのぬらぬらと光る牙は、赤く光る目は人の肉を血を絶叫を望んでいる。

 今、一人、苦痛に満ちた絶叫と共にその命を散らした。もう珍しくもなんともなかった。二足歩行の蟷螂(カマキリ)めいたガストレア。それは四本ある腕を器用に使い分けて、捕れたての肉を貪っていた。

 それを、超至近距離で、自らの父親が圧殺されるのを直視した少年は血と肉と何かが混ざり合ったそれを真正面から浴びたというのに悲鳴も上げれず、背を向けて走り出していた。その場で尻餅でもついて、喰われるのをただ待つ様な輩とは違い、生存本能でも優れていたのだろう。この微塵も躊躇いのない生きるための逃走は、彼にとっての生への最適解であった。

 と、蟷螂めいたガストレアは何かを感じ取ったのか、ふと、肉塊から顔を離し、赤い目を空へと向け――――その頭が砕け散った、いや、違う。躰ごとそのガストレアは粉砕。バラけた肉片や飛び出した眼球に上方向から与えられた圧によって極彩色の内蔵がコンクリートの上に飛び散った。その様はどこか絵画や何かに通ずるものがあるように思えた。

 

 ……酷くグロテスクであるが。

 

 件の蟷螂めいたガストレアを瞬きの間にて圧殺したのは、やはり、ガストレアだった。

 ただ、それはどう見ても先のガストレアを圧殺できるようには見えなかった。何せそのガストレアは人型、大体百六十センチ程しかないのだ。ただ、人の形はしていても、人を象徴するような部位は存在しない。どういうことか、つまりこれは、人体模型から人に存在する鼻や口に目その他を削ぎ落したという風貌、簡単にいえばスプラッタ的な凹凸のない肉達磨というところだろう。

 それはたった今、それが圧殺したであろう蟷螂めいたガストレアのミンチへ人型はこくりと前に首を傾げるようにして見下ろした。その次の瞬間、大きく、縦にヌチャリと嫌な粘着音をたてつつ人型の頭が裂けるようにして大きく開いた。そこから覗くのは闇色。縁無しの底なしの奈落。それを振りかぶるようにして人型はミンチへと振り下ろすと、両手と膝を道につき、散らばるそれらを吸い込むようにして貪り始めた。

 奇妙な且つ奇っ怪な咀嚼音が響く。この、夜空を覆う曇天の下、血肉が散らばり、渦巻く炎の熱に曝された地を這いずり回る様に。

 人型が喰らい終えるのには、そんな時間も掛からなかった。ムクリと頭を上げ、頭に開いた奈落の覗く口腔をぴったりと綺麗に閉じていた。頭部に口腔があったなど先の捕食を見ていなければ誰も解らないだろう。そのまま人型は躰を立たせ、ミンチがあったそこ、染みしか残らぬそれに背を向け立ち去ろうとした。向かうのは先ほど逃した獲物の逃げた方向へとゆっくりと人型は歩き出す。

 それも、敵対者が居なければの話だ。

 虚空を貫き穿ち斬り裂きながら、かの人型へと敵意と殺意は迫っていた。

 いいや。

 既に敵意は炸裂していた(・・・・・・・・・・・)

 人型の腹部を、バラニウムブラックのバスタードソードが絶命の一撃を宿して、貫いた。無論、その威力は強烈無比。バスタードソードと共に人型は地面に縫い付けられ、そのまま、人型の躰は上部と下部に別れて、ズルリと地に落ちた。

 

 「ナイスです。将監さん」

 

 その落ちた人型の頭部にショットシェルが一発、二発叩き込まれる。勿論、バラニウム弾だ。再生阻害と齎された破壊により、上と下が別れていながらも未だに動いていた人型は今度こそ動きを、鼓動を止めた。

 弾丸の撃ち手は、一人の少女だった。長袖のワンピースにスパッツ。激しい運動を念頭に置きつつもある程度のファッション性を併せ持った格好。その手には無骨な一丁のショットガンが握られていた。

 

 「これで何匹目だ、夏世」

 

 夏世、少女はそんな名らしい。呼ばれた彼女は、問へ淀みなく、答えた。

 

 「五体ですね。うちの三体はこれと同じものです」

 

 極めて冷静に、淡々と彼女は言葉を作った。その視線は頭部の半分以上を無くした人型へと注がれている。

 

 「まだそんなもんか。よし、夏世。他のガストレアを探しに行くぞ。まだこの辺に居るだろ」

 

 そう将監は言い、突き刺さったままのバスタードソードを引き抜き、軽く振るって刃に付着した血を払った。それから彼は背にセットしてある専用ホルダーにバスタードソードをセットし、踵を返した。

 

 「いえ、将監さん」

 

 将監を夏世は呼び止める。その瞳はある方向のある一点を見つめていた。彼女の視線の先には、マンホールがあった。将監は眉を顰めたが、次の瞬間には、笑みを浮かべていた。獰猛で好戦的で野獣めいた笑みだった。

 

 「移動しなくて済みそうですよ」

 

 そんな将監を尻目に、彼女は冷静なままショットガンにシェルを装填し、ハッとした表情で周囲を見渡した。その彼女の表情には先程まで浮かべていた。冷静さが欠片も残っていなかった。あるのは驚愕。滴る冷たい汗。それらが示すのは想定外。

 マンホールが中から引き裂かれ、そこから人型、先ほど将監のバスタードソードが上と下に分割したそれと同じものが這い出てきていた。同時に。周囲の暗がりから同じものが現れた。今の今まで影にでも潜んでいたかの様に静謐に。

 個体差などそこにはなく、ひたすらに平坦で均一。瓜二つどころかまるで量産品(・・・)の様だった。

 

 「将監さん」

 

 「なんだよ、夏世」

 

 二人は背を合わせて、なるべく自分達の死角を殺しながら油断なく視線を走らせる。周囲見渡す限り、これが居た。囲まれている。このままだと、まずい。

 流石の将監でもこの時ばかりは焦りを浮かべていた。そんな彼に夏世は提案した。

 

 「将監さん。私がお「囮になるとか言ったらぶっ殺すぞッ!」――まあ、そんな事を言うと思いました」

 

 嘆息しつつも夏世は嬉しげに口元を弛めてた。そして、銃口を手近に居た人型の眼前に突き付け、

 

 「じゃあ、将監さん。代わり、と言っては難ですけど」

 

 そのトリガーを容赦なく引いて、振り返り、動こうとしていた人型の鼻先に突き付けてまたトリガーを引いて、

 

 「私と死んでください」

 

 「――――馬鹿か」

 

 呆れ顔の三白眼で将監はバスタードソードを振り下ろし、夏世と入れ替わる様にして、バスタードソードを横へと大きく薙ぎ払った。刃に触れた人型は全てどこかしらを切断、砕かれていて、無傷のものは居ない。

 

 「なんで俺がこんな所で死ななきゃならねぇんだよ」

 

 「じゃあ打開策あるんですか?」

 

 「…………あーー……今から考える」

 

 「駄目じゃないですか……」

 

 そんな会話を繰り広げながら、二人は無数の人型の命を刈り取っていく。しかし無駄に生命力と再生力に優れており、その上、細身に似合わぬ強力な膂力。それらを併せ持った人型の前に劣勢を強いられていくのは当たり前の事だろう。ただ、思った以上に人型の躰が脆いのだけは救いだった。

 何秒、何分、何時間経っただろう。終わらず、減らない人型を前に、二人の疲労の色は濃くなってきていた。将監の振るう刃には乱れが見え、夏世の所持する残弾も心許なくなっている。

 その時。

 

 「ッぎぃぁ」

 

 将監の顔が痛みに歪み、自らの片腕を砕いた人型を睨み付け、お返しとばかりに片手で振るったバスタードソードは見事に人型の首を斬り飛ばしていた。

 だが、既に劣勢の、それもほぼ崩壊しているのは変わらなかった。将監の戦闘能力は半減。夏世一人でその穴埋めるのはあまりにも無謀だった。

 絶望が、彼らの首に両手を掛けた――――。

 しかしだ。

 この時ばかりは、現実も非情ではなかったらしい。

 

 ――――思わぬ援軍は――――

 

 「将監さんっ!!」

 

 何かをその常人離れした知覚領域で察知した夏世は、近寄る人型へとショットシェルを叩き込み、将監を無理矢理、そこから引き離した。

 

 ――――轟音と強烈な金属音と共に――――

 

 「……無茶苦茶、ですが」

 

 冷汗を浮かべながらも、夏世は小さく笑みを浮かべてた。それは歓喜の笑み。

 

 ――――駆けつけた。

 

 先まで将監が倒れていたそこへ、一台の装甲車(・・・・・・)が人型を薙ぎ砕き潰し轢殺しながら突っ込んできた。この日本を守護する自衛隊に配備されているそれが彼らの目の前にいた。

 

 「助かりました」

 

 「おい、安心するにはまだはえぇぞ」

 

 声の主は、の上部に設置されたハッチから躰を半分出していた。粗暴な口調に、金髪に、少年と青年の境に居るような容姿から見るに高校生辺だろう。

 

 「貴方……まあ、いいです。将監さんを乗せてあげてくれませんか? 足手纏なんです」

 

 言いたいことはあるが、それよりもと夏世は優先順位を考え。

 

 「夏世、て、めえ……」

 

 将監の凄まじい鬼の如き形相をスルーして、夏世は何か言いたげな顔をしつつも、背中越しに視線を迫る人型へと向け直して、彼に頼んだ。

 

 「ああ、その為に此処へ突っ込んできたんだからな」

 

 頷き、彼はハッチから這い出てきてたと思うとまた別口のハッチから影が飛び出し、そして、次の瞬間には接近しようとしていた人型を一体、袈裟斬りにし、四肢を膾の如く斬り落としたと思うとその人型の首が空を舞っていて、しかしけれどそれすらも縦と横に四分割されていた。

 

 「なっ……」

 

 そのスピードに彼女は小さく目を見開いていた。その速さも目を見張るものがあるけれど、しかし、その一閃こそ、注目するべき対象であった。見事と言わざるを得ない程。斬撃を後ろに残しながらその主は駆ける。その後に残るのは重なる人型。息があるものも少なくはないが、流石に此処まで見事にバラされてしまえばすぐには復活は出来ないようだった。

 一通り人型を斬り伏せ、その者は夏世の隣に移動してきていた。

 その斬撃の主たる者は一人の少女だった。夏世よりも幾ばくか年上で、右手と左手に一本ずつサバイバルナイフが握られている。人型、ガストレアを殺害、破壊するにはあまりにも貧弱な武器だった。夏世はそのナイフに、いくら通常のガストレアよりも低い耐久である人型といえどもこんなもので殺し、(バラ)す能力と耐久があるようには見えなかった。その上、この少女は呪われた子供達(イニシエーター)ではない。容姿から見て取れる年齢を、紅く染まっていない瞳を見ればすぐに分かる事だ。しかし、彼女の斬撃は正に常識外れであり、どう考えてもおかしかった。

 

 「さっさと逃げるぞッ!」

 

 とそんな夏世の心情など露ほども知らない金髪の少年は、将監を運び終え、装甲車の展開された後部中へと戻ろうとしていた。その声を受け、少女らは互いの得物で互いの近場に居た人型の首を落とし、ショットシェルを頭部へと叩き込んで、装甲車の上に飛び乗る。

 直後、強固で巨大なタイヤが歓喜を上げて舗装を蹴り、数多の人型を無慈悲に轢殺しながら装甲車は一直線に疾走り出した――――。

 


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