Dies iraeに空の魔王ぶっ込んでみた 作:ノボットMK-42
Act01-A
1945年、ドイツとソ連が攻防を繰り広げる戦場に甲高いサイレンのような吹鳴が響く。
鉄風雷火の中にあっても一人一人の兵士達の耳に届き、本能的な死への恐怖を戦いの狂気を丸ごと消し飛ばされるようにして呼び起されたのはソ連の兵士達だった。
「奴だ!また奴が来た!」
誰もが口々にそう叫ぶ。自分達の死神が現れたことに恐怖で肩を震わせ、中には絶望のあまり狂笑を上げなが空へ小銃を乱射する者すらいた。
次の瞬間、彼らの視界の端にいた戦車数両が一斉に吹き飛んで鉄屑の山と化す。
まるで戦艦の砲撃と錯覚するような破壊力を持った攻撃が、あろうことかこの陸地のド真ん中に空から降り注いだのだ。
そんなことが出来る者など彼らは一人しか心当たりが無かった。
戦闘機の入り乱れる大乱戦の中を突っ切る一機の爆撃機。
翼の下に大凡航空機が装備する代物ではない大型の機関砲を積んでいる機体はこの戦争に参加した赤軍の兵士達にとっては恐怖の代名詞とでも言うべき存在として記憶に刻み込まれていた。
現れては対空砲と戦闘機の群れをものともせずに直進し、戦車隊をものの数十秒で壊滅させる空の怪物。
最近になって取り外された筈の吹鳴機を高らかに鳴らし、まるで自分の居場所を敵に知らしめるような挑発的飛行。
だが、それに乗せられた戦闘機乗り達がどれだけ機銃の雨を浴びせても、鈍重極まるあの火力特化の機体には掠りもしない。
驚愕に目を見開き一旦思考を停止させた頃には奴は既に地上へ向けて真っ逆様に降下し始めていた。
拙い、そう思った頃には既に遅い。追いかけようとすれば後部機銃座が恐ろしい制度を以て追撃を阻む。
文字通り背中に目のついた怪物は敵の追撃を嘲笑うかのように地上を走る戦車へと襲い掛かり、その翼に携えた37mm機関砲を連射する。
一発撃っただけで減速し、連射などしようものならば機体の安定を保ってなどいられない、そんな代物を、怪物は一発たりとも的から外す事無く直撃させていく。
グスタフのタンクキラーと呼ばれた砲から放たれるタングステン徹甲弾は20mm機関砲にも耐える装甲を持つソ連戦車を紙屑のように粉砕する。
圧倒的物量を以て敵を押し潰してきた赤い軍勢はたった一機の爆撃機により大損害を受けていく。
そして幾ばくかの時間が流れた頃、ソ連部隊は屈辱を噛み締めながら撤退を余儀なくされる。
命からがら敵の追撃から逃れる敵軍の姿を、未だにけたましい警報を上げながら飛行するスツーカが見送っていた。
1945年 春、端的に言うと私は化け物になった。
まぁ以前から大概人外扱いを受けていたような気がしないでもないが、私が言いたいのはそういうことではない。
あの夜、私はカール・クラフトの申し出を受けたことによって不可思議な力を与えられた。
エイヴィヒカイト
聖遺物とやらを媒介にしたオカルト染みた奇術…と、馬鹿になど出来ない超常の力。
その一端を手にしたからこそ分かる。カール・クラフトからの贈り物、コイツは確かに碌な代物ではなかった。
これを行使する者は老いから切り離され、超人的な身体能力を発揮し、霊的装甲とやらで身を固め、更には一人一人につき違った特殊な能力を有する。
かく言う私も、元々運動神経は良い方だと思っていたがそれにしても異常としか言いようの無い身のこなしが出来るようになった上、銃弾程度ではビクともしなくなった。この時点で既に一般的な人間の域を飛び越してしまっていると言えるだろう。
不老についてはなってから一年も経っていないのでは確かめようも無いが恐らく本当なのだと思う。
不死ではないが、不老長寿というのは人間の欲望の行き着く先だ。それを労せずして手に入れてしまったせいでイマイチ実感が湧かないのだ。
カール・クラフトは申し出を受けた私にこの力を与える代わりにこう言い放った「私に未知を見せてくれ」と。
正直何のことだかサッパリ分からない。
私に力を与えることでその未知とやらを垣間見ることが出来るのかと問い掛けても奴は芝居がかった態度ではぐらかすばかりでまともに答えようとはしなかった。
ただ取引(?)が成立するや否や、奴は一旦私の前から姿を消し、暫くすると私はどういう訳か監視を解かれて前線に戻れるようになった。
生憎と出撃禁止命令は未だに生きていたが前線にさえ来てしまえばそんなものに一々従っている必要など無い、今までもそうして来た。
解せないのは総統の心変わりだ。
私に出撃禁止命令を下したのは総統であり、軟禁を命じたのも恐らくは彼であろう。
だというのに何故数日も経たない内にその命令を撤回し、私に出撃する機会を与えるような真似をしたのか?
考えられる可能性としてはカール・クラフトが何かしたのだろうが、詐欺師崩れが仮にも国の最高権力者たる総統の命を覆せるとは思えない。
しかしタイミングが良すぎたせいでそうとしか思えないのもまた事実だ。
疑問を膨らませていたところへ奴は再び何の前触れも無く現れ、軽く言葉を交わした後、私にエイヴィヒカイトを授けた。
エイヴィヒカイトは人間が聖遺物を扱うための魔術、これによって聖遺物と契約した者は超人的な力を得る。
聖遺物などと言うのだから当初は大昔の聖人の遺品でも引っ張り出してくるのかと勘ぐっていたのだが、奴が聖遺物に選んだのは何と私のスツーカだった。
曰く、元々神秘性の無い代物であろうとも、それ自体が強い想念を帯びていればそれは聖遺物足り得るのだとか。
想念とはつまり信仰心であったり怨念であったり、どのような形でも人の強い意志が向けられていればそれは力となって聖遺物に宿る。
そういうことならば私の機体は確かにお誂え向きだろう。
敵からの恐怖と憎悪、そして同朋から向けられる畏敬と畏怖がこいつにはこびりついていることだろうから。
とはいえ、何度か撃墜される度に機体を乗り換えているせいで怨念なんぞ薄れてしまっているとも考えたが『私の機体である』という一点で、このスツーカは強力な聖遺物となり得るのだという。
自分の愛機に奇術を施すのは気が引けたが、かと言って別段壊されるわけでもない、何より力を得る為だと言い聞かせ、一先ず己を納得させた。
そうして晴れて化け物となったわけなのだが、何でもなりたての私は非常に弱い力しか持たず、この力の神髄の一端にすらも振れていないのだという。
その証拠に私の力は幾つかの段階があるこの力の中でも初歩から一歩先へ進んだ程度の力しかなく、特殊な能力とやらも発現してはいない。
出来る事ならばその神髄とやらについてご教授願いたいところだが、奴はやはり一々気に障る口調ではぐらかすばかりで真面目に答えようとはしなかった。
「己の力なのだ。真の姿形は自身の手で解き明かしてこそ大きな意味を持つ。
特に、この力に於いて肝要なのは己自身と向き合い、そこに秘められたモノを突き止め受け入れる事。それが叶えば新たな位階への扉は開かれる筈。
もっとも、自身の欲するものと向き合った時、君が今の君でいられるかどうかは……私にも分かりかねるがね」
終始楽しげに語る奴はまるで全てを見透かすような瞳で私を…否、私がいる情景を見ていた。
奴にとっては私など風景の一部と変わらない。だが、奴はその風景の一部一部を楽しげに観賞していた。
あまりの不快さに思わず顔を背けてしまう、あの男の直視しているだけで蛇の舌が身体を撫でるような怖気が走るのだ。
恐らくそんな風に身を竦ませる者の姿も愉快に見えて仕方が無いのだろう。現に私にも辛うじて聞こえる程度の声量で奴はクツクツと笑いを洩らしている。
それが聞こえなくなったことで奴が去ったことを知るや否や私はその場にへたり込んだ。
受けてしまった、応じてしまった、あの男の誘いに。
これは俗にいうところの悪魔との取引という奴に当たるのだろう。
これまで腐敗した上層部からの接触を悉く断ることで奴らの甘言を聞かぬようにしていた私としては、あんな男の誘いに乗った己の行いが浅はかであると自覚している。
身の内から湧き上がる力に反して私の心に背徳感が重く圧し掛かっていた。
私は知恵の実を喰らったアダムとイブの如く人として手を出してはならないモノを手中に収めた、きっと私は後々この行動を後悔することになるだろう。
もう後戻りは出来ない、ならば進み続けるしかない。
例えこの先に何が待ち受けていようとも、私はそれら全てを打ち破り、粉砕し、突破して見せよう。
それが私の覚悟、これから私を襲うであろう不幸へ立ち向かうという決意表明だった。
だが私は予期していなかったのだ。
確かに私自身に降りかかる災いならばものともせずに突き進むことが出来るだろう、私へ降りかかるのならば。
しかしして神は、この世界で言うのなら、あの水銀の蛇は何処までも残酷な結末を私に見せる。
いずれ来る、抗い得ぬ悲劇を前にして、私は力を得て尚も無力であることを思い知らされるのだ。
紅く染め上げられたベルリンに私が立つ瞬間は、着実に迫っていた。
閣下はエイヴィヒカイトについて全然詳しい事は教えられてません。渇望すら良く知らない状態で形成位階で止まってる上に力の大きさもまだ控えめです。
渇望も分からないのに形成普通に使えてるのは……まぁ閣下だからですよ(汗)