Dies iraeに空の魔王ぶっ込んでみた   作:ノボットMK-42

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滅茶苦茶難産だった……しかも気が付けばとっくの昔に年が明けていた。

そして大学の単位が心配な今日この頃。何の気の迷いか、この作品終わってもいないのにもう一つ小説書き始めちゃってるという暴挙を犯してしまいました。止めないけどね(笑)

「テラフォーマーズにゴキじゃない方のG細胞ぶっ込んでみようかなぁ」とか「アカメが斬る!に某大総統ぶっこんでみようかなぁ」とか考えてみましたが、何となく一番微妙そうなスパロボ世界に首輪付き獣ぶっ込んでみることにしました。最近Acfaで遊んだから。




Act.07-B

 風と水の音だけが響く川辺は雑念を抱く余地すら奪い私に嘗ての情景を思い出させた。

 

 傍らには必死に走る二人の部下と長らく共に戦って来た相棒の姿。背後からは敵軍の兵士が追いかけて来る。

 

 ひっきりなしにロシア語の怒声と小銃の銃声が轟いていた。

 

 追いつかれれば終わりだ。とにかく逃げろと相棒が何度も私達に向かって叫んでいた。

 

 脇目も振らずに逃げ回った先で私達はこの川に辿り着いた。川は正しく極寒と呼ぶに相応しく指先で水面を撫でただけでも痛いほどの冷たさを覚えさせることが予想出来た。

 

 橋や船で向こう岸まで渡る術は無い。この土壇場で進路を塞がれた形になってしまったのである。相棒は言った『捕まるくらいなら川に飛び込もう』と。それは余りにも無謀極まる試みだった。

 

 先程も言ったが川の水は痛みすら覚える程に極低温であり、全身浸かろうものならば命すら危ぶまれることは必至。

 

 出来れば遠慮したい申し出ではあったが、他に妙案があるわけでもない。捕まって殺されるか、捕まらずにここで撃ち殺される未来から逃れるには現状それしか手はなかった。

 

 覚悟を決めて飛び込んだ川は思った通りの極寒地獄。身も凍る寒さは正に死の苦しみを覚えさせた。

 

 川幅は決して小さくはない。向こう岸に着くまでの数分間、その地獄のような寒さに耐えねばならなかった。

 

 後ろからはしつこく小銃を浴びせられ、前方へ向かって泳げば体中に触れる冷水によって徐々に全身の感覚が失われていく。そんな調子で向こう岸まで辿り着けたのは奇跡と言って良いと思う。

 

 私はずぶ濡れの身体を容赦なく打つ冷たい風にガタガタと震えながらも立ち上がった。川を泳ぎ切ったとはいえまだ敵を振り切ったとは言えない。加えて、他の者達の安否も確かめなければ。

 

 震えと寒さで思うように動かない身体に鞭を打って辺りを見渡せば、二人の部下が互いに肩を貸して必死に立っているのが見えた。

 

 一時の安堵、彼らが無事であったことに冷え切って強張った表情が緩んだ。しかしそれも程なくして凍り付くこととなる。

 

 相棒の姿が無い。

 

 そのことに思い当たるや私の身体は体温を失った状態にも関わらず俊敏に動き、彼を探すべくあちらこちらへと視界を巡らせ、音と気配を探ろうとした。

 

 だが彼の姿は見当たらない。彼の声も、気配も一切無い。

 

 身体が冷え切ったこととは別の理由で血の気が引いた。最早頭の中は真っ白で寒さを感じる余裕すら無かった。

 

 私は無我夢中で再び川に飛び込んだ。必死に彼を探して極寒の川を泳ぎ回り、沈んでしまったのかもしれない彼を見つける為に水中に長時間潜り続けた。

 

 そうしている間にも致命的な速度で体温は奪われ、また敵の手もすぐそこまで迫っている。だというのに、私は彼を探すことを止めなかった。

 

 我に返ったのは何かが私の身体を掴んだ瞬間だった。反射的に邪魔をするなと身体に纏わりついたものを振り払おうとしたが、それが部下達であったことに気付くや漸く私は冷静さを取り戻す。

 

 彼らは既に体力が限界に達した状態にも拘らず私を川岸に連れ戻す為、自分らも再び川に飛び込んだのである。部下の命を張った行為に私は漸く冷静さを取り戻す。

 

 今となってみれば情けないことこの上ない。寒中水泳なんぞやっていながら頭の一つも冷えないなど、とんだ体たらくだ。ガーデルマンに当時の姿を見られたら何と言われるか分かったもんじゃない。

 

 おまけに、結局部下達も喪う羽目になるのだから救われない。果たして何が間違いであったのか。彼が、ヘンシェルが川に飛び込もうと言い出したことか?私が部下を救おうと戦場のど真ん中に着陸したことか?

 

 是非を問うたところで今更無意味なことなど分かっているのに、それでも自分に問い掛けずにはいられない。その愚かさは人間であるが故だっただろう。

 

 そう。人間だからこそ後悔していた。後悔出来ていたのに、その筈なのだ。

 

 ならば何故、今の私の心は全く揺らいでいないのか?

 

 何も感じない己の心の有様に、私は思わず泣き喚きたくなった。だが私は涙一つ流すどころか、表情を変える事すら出来ない。

 

 どうやら私は思っていた以上に壊れてしまっていたらしい。どこかで落として失くしてしまったように、私の魂からは悲しみの感情が消え失せてしまっていた。

 

 私は、ヘンシェル達を喪った過去を心の底から悔いる事も、悲しむ事も出来なくなってしまっていたのである。

 

 私の心の中で唯一熱を帯びているのは憎き者共への殺意のみ。それ以外の人間へ向ける感情は何一つ感じ取ることが出来ない。

 

 私はベルリンで奴と対峙した時、自分が人でなくなることを自覚した。どうやらこういうことだったらしい。

 

 悲しいのに悲しめない。己を戒めることも、後悔することすらも出来ないのである。感情が欠落していながら殺意だけを燃やし続けるなど、それでは一つの事しか出来ない機械、それもとびきりのポンコツではないか。

 

 私は今しがた自覚した自身の狂いを隣に立つ彼女に伝えた。

 

 彼女の事は良く知らない。彼女がどんな事情を抱えているのかも全く分からない。ただの勘に過ぎなかったが、彼女なら納得のいく答えを出してくれるとそう思ったのだ。

 

 

 

 

 

 リザ・ブレンナー。かつてナチスドイツ親衛隊が設立した福祉機関、レーベンスボルンに所属した女性。そこで彼女は優生学を研究し、優秀な人材を生み出すべく数多くの人体実験を行っていた。

 

 更に突き詰めていけば、彼女の目的は黄金錬成、そしてラインハルトの創造である城を完全な形にする鍵を生み出す事であった。

 

 異常者達の計画の鍵は須らく異常者でしかない。彼女の研究は言うなれば異常者を人為的に生み出すことと言えた。その為に多くの異性と交合ってきた彼女は大勢の子供を抱えていた。その子供らを彼女は実験の道具として利用した。

 

 しかし常人との間に設けた子供は異常者への変貌に耐えることは叶わず、一人、また一人と壊れていく。幾度と無い失敗の中で彼女が異常者との間に子を設ける選択をしたのは当然の帰結であったのかもしれない。

 

 そして鍵は、ゾーネンキントは産み落とされ、彼女の悲願は果たされた…が、彼女は自身の軌跡を振り返り、そこが夥しい子供らの屍で溢れている事実に思い立った。

 

 大娼婦の名を与えられた女は罪の意識に苛まれる。そして彼等彼女等の為により多くの屍を積み重ねる事を決意したのだ。それが結局自分の子供を犠牲にする行為に他ならないと知っていながら。

 

 自分の大義の為に多くの命を犠牲にする罪悪感は彼女の心に重く圧し掛かる。しかし彼女自身が死に行く人々へすることは何も無い。壊れていく子供を見ながら悲願の成就へ邁進した日々のように。

 

 彼女は自身が偽善者であると自覚している。罪悪感に苦しみ、嘆き悲しんで顔を顰めても、結局はそこまで。彼女は誰も救おうとはしなかった。

 

 自分の醜さを知りながらも止まれない。一つの目的の為に彼女の理性は常に冷徹な判断を下し続けるのだ。

 

 そんな彼女にとってハンス・ウルリッヒ・ルーデルは対極的な存在と言えた。

 

 蹂躙される国土と喪われる同朋の命を前に座して見ていることなど出来ない。自ら戦場に赴き、自分の持てる全てを注ぎ込んで守るべき者達の為に戦った。例え取りこぼした命があっても、只管に空を飛び続けた。

 

 一人で悲観したまま腐っていた自分とは大違いの、正に雲の上にいるような人物だった。だからこそ、彼女の目にハンスの姿は些か以上に眩しかった。

 

 だが目の前に居る男はどうだろうか。何処か寂しげな顔で過去を思い浮かべながら胸中に巣食う虚しさに苛まれている。その姿は今まで思い浮かべて来た彼の姿とは、増してベルリンで見たあの恐ろしい有り様とはあまりにもかけ離れていた。

 

 

「過ぎたことをいつまでも引き摺るのはみっともないと誰もが言うだろう。私も後ろ向きに生きるのは格好がつかないと思う。

だがそれすら出来ない人間は果たしてまともなのか?どんなこともすぐ切り捨てられて思いを馳せるだけの過去も持たないような輩は本当に人間と呼べるのか?」

 

 

 ハンスとて人の子なのだ。喪った者達への懺悔の思いや、守れなかった事への公開と無力感を感じなかった日は無かった。表面上は取り繕うことが出来ても、後悔と罪悪感は心中に降り積もっていた。喪った物がハンスにとってどれだけ大切な物であったのかを物語る様に。

 

 ならば、それを感じる事が出来なくなってしまったら、彼の喪われた者達への思いはどうなるのだろうか。増して、この地で命を落とした親友は自分にとって何だったと言うのだろうか。

 

 昔の事だと忘れ去ることをハンスは許せなかった。喪って後悔出来るだけの人物が心の中からいなくなってしまうなどあまりにも悲しすぎる。だと言うのに、ハンスの心は意志に反して何かが喪われる度に重石から解放されたような清々しさを覚えるのである。

 

 彼女はハンスの有り様を異常だと感じた。自分とて異常者に変わりなく、他人の狂気を語れるような人間でないことを自覚していながらも、彼と比べればまだマシに思える。

 

 頭では理解出来ても心の奥で納得出来ない事柄と言うのは人としての生の中で何度も直面するものである。それは感情を殺し切ることの出来ない人間ならではの青臭い心境だ。

 

 しかし、ハンスの場合は理解と納得の立ち位置が逆転してしまっているのである。

 

 本能的に割り切れていることを理性では否定せずにはいられない。まるで意志と身体が切り離されてしまっているかのように、彼は異常をきたしていく自我に恐怖しているのだ。

 

 

「初めて気が付いたのはベアトリスと話している時の事だった。自慢じゃないが私は昔から色々とやらかしているのでな、話題には事欠かなかったよ。」

 

 

 それは武勇伝であり、経験談であり、失敗談だった。彼の人生で起きたありとあらゆる出来事、その中でも記憶に強く焼き付いている事を彼は冗談交じりに語って聞かせた。

 

 その中で大戦中の話題が上がるのは、彼等が戦時下で生きていた人間故に必然的と言えた。そしてハンスが親友の死であり、自分の人生の分岐点にもなった出来事について口にした時、違和感に気が付く。

 

 思い浮かべれば無念に思わない日など終ぞ無かったあの日の記憶が、酷く色褪せて見えたのである。時折、夢に見てしまう程に深く心に刻み込まれた筈の出来事が、何故か他人事のようにどうでも良く思えた。

 

 一度気付いてしまえば止められない。ハンスは思いつく限りの記憶を呼び起こして思考を整理した。そして自分が積み重ねて来た物と巡り合って来た人々の価値を再評価した。

 

 弾き出された結論は彼に深い絶望と焦りを抱かせる。守って来た人々を自分が無価値と断じてしまっては、自分が戦う意味がなくなってしまう。

 

 ラインハルトを斃し同朋達の魂を解放することを誓った筈なのに、自分にとっての彼等の価値が無くなってしまっては結局のところなんの為にこうして生き恥を晒しているというのか。

 

 認められない、嘘だと信じたい。

 

 縋るような思いで彼は嘗ての記憶と向き合うことを決めた。其処に悲しみがあるのだと信じて。しかし結果は彼に更なる絶望を募らせるだけに終わってしまったのである。

 

 

「ここだけの話、最初はベルリンに行くつもりでいたのだよ。確かめる為にはあそこに行くのが一番手っ取り早いしな。

だが、いざ行こうと思うと、どうにも足が進まなんだ。情けない話、怖気づいてしまったのさ。」

 

 

 首都はハンスにとって、良くも悪くも大きな意味を持つ場所だ。ラインハルトとの戦いで見せた力を思い浮かべれば連想するのは簡単だろう。

 

 しかし彼は不意に考えてしまったのだ。もしもベルリンを前にしても何も感じる事が出来なかったとしたら、それは自分にとって祖国も同朋も等しく無価値なものでしかない事を証明してしまうのではないか。

 

 そこで彼は最終的な答えを保留した。まだベルリンで結論を出していないのだから絶望するにはまだ早いのだと誤魔化すことで自分を守ったのである。

 

 ここで漸くリザはいまいち掴み所の無いハンスの正体を見抜くことが出来た。

 

 要するに彼は頭と理性が人間のままである一方で、身体と魂だけが双首領と並び立つだけの怪物へと変貌しかけているのだ。

 

 余計な者達の事など眼中に無く、真っ当な人間とは思えない冷徹極まる判断を下す、自分ではない何かに自我を食い潰されようとしている。

 

 弱い心を持った怪物、人の頭をした竜。彼を形容するならばそんなところだろう。懸け離れた内面と外殻が対峙する者に言い知れない違和感を感じさせるのだ。

 

 何と哀れなことだろうか、人間のままでありながら魔性の力を生まれ持ってしまったが為に彼の苦悩と葛藤は際限なく彼を苦しめるのだ。

 

 

(何よ、警戒してたこっちが馬鹿みたいじゃない)

 

 

 思わず胸中で吐き捨てる。今の今まで張りつめていた緊張がやんわりと引いて行くのをリザは感じた。もう彼女はハンスを恐れてなどいなかった。

 

 しかし、それはハンスへの失望や侮蔑を意味しない。

 

 

「大佐、少し宜しいですか?」

 

「む?何だ?何でも言ってくれていいぞ。」

 

 

 しんみりとした様子からいつもの真顔に戻ったのは流石の変わり身の早さか。そして即座にリザの方へと向き直ったのは相手の話を聞くのにそっぽを向いていられない彼の律儀さ故だった。

 

 そして彼はリザと向き合った瞬間、言い知れない不安を覚える。

 

 彼女の顔はそこらへんの男どもならば思わず息を呑む程に魅力的な笑みを浮かべていた。正しくニッコリとした笑顔。100点満点の完璧な笑みだ。

 

 それなのに

 

 

(何なのだろうか、この嫌な予感は……)

 

 

 清々しい笑みが返って有無を言わさぬ威圧感を醸し出していて、余計な事を口走る余地は一切ない。一言で言えば、恐ろしい笑顔だった。

 

 そんな彼が感じた凶兆は、次の瞬間現実のものとなる。

 

 彼の頬をリザが思い切り叩く事によって。

 


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