Dies iraeに空の魔王ぶっ込んでみた   作:ノボットMK-42

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前の話があまりにも脈略なさ過ぎだったので外伝にしといて一部修正を加えました。


Act.04-B

 

「おはよう諸君。私はハンス・ウルリッヒ・ルーデル。君達の首領を殺す為にやって来た者だ。宜しく頼む。」

 

 

 入室するのとほぼ同時にそんなことをのたまった男に黒い円卓を囲んでいた者達の視線が集中し、そして沈黙を余儀なくさせる。

 

 当然だ。その男はつい最近、自分達を塵屑のように蹴散らした怪物だったのだから。

 

 色素が若干抜けて灰色になったオールバックと銅像のような相貌からしてどこぞのマフィアか何かと勘繰られそうな程に厳つい面は忘れようにも忘れられない。

 

 事実、あのベルリンで刻み付けられた恐怖は未だに各々の心身に深く刻み込まれたままだったのだから。

 

 そんな人物が突然現れ、しかも開口一番に紛れも無い宣戦布告をぶち上げたことは流石の魔人の集団とて混乱を禁じ得なかった。

 

 ある者は恐れ慄き、ある者は驚きの余り放心し、またある者は彼の側に立つ男へ非難の視線を向ける。

 

 件の男であるハンス・ウルリッヒ・ルーデルの傍らに立つ人物、第三位・首領代行、ヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリーンは心労を隠しもせず肩を落としてげっそりとしていた。

 

 恐らくこの円卓の間まで彼を連れてくるまでにも散々な目にあったのだろう。

 

 ラインハルトに対して明確な恨みを持つ人物なのだから、諸々の理由によって近しいものを感じさせるヴァレリアに、この男が何のリアクションも起こさない筈も無い。

 

 その証拠として、彼の左の頬に出来た大きな青痣が対面と同時に何が起きたのかを物語っていた。寧ろこれだけで済んだのだから奇跡と言って良いだろう。

 

 

「大佐、出来れば団員を煽るような発言は慎んで下さい。確かに貴方の立場上我々と敵対することが一切問題とならないのは理解しておりますが、この場で事を起こしては其方にとっても不利益を生じさせるのはお分かりでしょう?」

 

「む?確かに開戦には未だ早いが、此方の意向を明かすのならば何時、何処であろうが然して変わるまい。後になって隠していたなどと思われるのも面白くない。だから忘れない内に言うだけ言っておこうと思ったのだが……何か拙かったか?」

 

 

 悪びれもせずに聞き返され、カソック姿をしているだけに『おお、神よ……』と言わんばかりに天を仰ぐヴァレリアは、この男を自分に任せていった副首領を心底恨んだ。

 

 確かにハンスの言っていることは間違ってはいない。

 

 しかし、唯でさえ混乱を齎すであろう男の出現で説明や事態の収拾諸々が面倒を通り越しているというのに更に話をややこしくされた。こうなっては場を丸く収めるのは不可能に近いだろう。

 

 だが、その上でも表面上は冷静なまま問いを投げかける者がいた。

 

 

「ねぇクリストフ。一応聞いておくけど、何でそいつが居るのよ?そんでもって何でアタシ等と同じ軍服着てて入室早々に爆弾落としてくれちゃってるわけ?」

 

 

 愛らしい少女の外見を持った魔女、黒円卓第八位、ルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカルムは額に冷汗を浮かべつつも、この場にいる全員の心境を代弁してみせた。

 

 対するヴァレリアはどう説明すべきかと次の言葉に悩み唸るのみ。彼が最適な回答を導き出すよりも早く答えてみせたのは騒ぎの現況であるハンスだった。

 

 

「カール・クラフトの人間遊びの一環さ。シャンバラとやらで君達と戦争をする相手に私が選ばれたんだそうだ。故に私は聖槍十三騎士団黒円卓第0位としてここにいる。」

 

 

 二度目の驚愕、戦慄が走る。

 

 今この男は何と言った?戦争の相手?聖槍十三騎士団黒円卓第0位?余計に訳が分からない。頭が現状を整理し切れていなかった。

 

 元々、戦争の相手には副首領が自分の代替を用意するという話だった。

 

 ツァラトゥストラという、メルクリウスの代替であること以外は一切正体の掴めない相手。

 

 それを見つけ出して戦うことが彼らに伝えれたことだった、ここに来てその役が変更、或いは追加されたというのか。

 

 故に本来は補欠席など存在しない黒円卓に第0席などという新たなポジションを用意し、黄金錬成に参加するという意味で一応の協力者とすることにより形だけでも味方に引き入れたと?

 

 だとすれば冗談ではないと言うのがメンバー大半の意見だ。

 

 大雑把な表現だが、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルの力は馬鹿げていると言って良い。

 

 自分達と三騎士が束になっても敵わず、あのラインハルトに真っ向から挑んで競り合うような正真正銘の怪物なのだ。

 

 それこそ単純な強さだけで考えたならばラインハルトと同等、元々の戦力差が開きすぎていて話にならない。こんな奴をまともに相手になどしていられないだろう。

 

 黒円卓の面々は概ねラインハルトに忠誠を誓い、彼の爪牙となることを志した者達で構成されている。

 

 しかし、この先待っている黄金錬成に託す思いはそれぞれ異なり、それらを成し遂げる為には一定以上の働きをして尚且つ生き延びていなければ意味が無いのだ。

 

 必要なのがスワスチカを開く生贄を捧げる事なのだから必ずしもこの男とぶつかる必要は無いのだが、相手はそんなものは知ったことではないだろう。好き勝手に暴れられたら命の保証は無い。

 

 ハンスがどんな願いを黄金錬成に託すかなど興味は無いが、何らかの望みがあり明確な敵として襲い掛かってくるのなら、途中で儀式から弾かれる事無く最後まで生き延びるのは非常に難しくなる。

 

 少なくともルサルカのような正面から殴り合うようなタイプではない者はコソコソ隠れて生贄を集めてくるか他の団員を暗殺してスワスチカ抉じ開けるなりしなければ、ハンスに見つかった途端に候補地諸共消し飛ばされかねない。

 

 唯一の救いはハンスにこの場に居る者達に対する敵意や殺意があまりない事だろう。

 

 ハンスが敵と認識しているのはラインハルトとカール・クラフトであり、殺してやると固く誓っているのも彼等だけ。彼の爪牙であっても彼本人でない自分達を進んで殺しに行くような気は起こさないであろうこと。

 

 ベルリンの時も同じだった。

 

 肌を引き裂くような殺意と暴威をばら撒いておきながら、目の前に立ち塞がった自分達にはその矛先を一切向けない。事実、此方は余波に晒されるのが精々だった。

 

 邪魔だから適当に払いのけ、生きていたなら幸運だったから、死んでしまったのならそれはそれ。その程度にしか思っていないことが容易に見て取れる。

 

 ヴァレリアとルサルカ、そして第十一位のリザ・ブレンナー=バビロン・マグダレーナは、探りを入れるまでも無くこのハンス・ウルリッヒ・ルーデルという男の性質を薄々と理解していた。

 

 この男は自身の心情や行動方針を隠すつもりが一切無い。それに対してやましい気持ちも、一々腹の探り合いなどするつもりも無い。

 

 自分がやらねばならないと思ったからそうしている、それだけの話だ。なまじ存在感が大きいだけに自分がやろうとしていること、垂れ流している敵意の先に居る者が誰であるのかがまる分かりで、無意識でありながら自己主張が激しい。

 

 あまり深く考えずに動いてくれるのなら、標的を絞られる危険性はここにいるメンバー全員に分散されてきっかり六分の一にまで減るのだが、この男に於いては単なる数字上の確率論などアテに出来ないように思えるのは何故だろう。

 

 理知的思考を失ってはいない面々は頭を痛めるしかなかった。

 

 

「そうかい。そりゃぁシンプルで結構なこった。こっちとしても願ったり叶ったりだぜオッサン」

 

 

 ただ、この男は違った。黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイは寧ろハンスの登場を喜んですらいるようであった。

 

 病的に白い髪と肌はそれだけでこの世の存在であるのかどうか疑わしく、煮えたぎる鬼気を宿した赤い瞳は戦意で爛々と輝いている。

 

 もう待てない、殺させろ。

 

 自分の胸の内を隠しもしないのはハンスと同じか、口に出さずとも察することが出来る分この吸血鬼の方が余程のこと気が振れているというべきか。

 

 恐らく黒円卓の中でも一二を争う程の気性の荒さと殺戮に快楽を求める狂気の持ち主、それでいて主への忠誠は強くプライドも高い。

 

 そんなベイにとってハンスは決して面白い存在ではなかった。

 

 我こそが最強であると自負していた若年期にラインハルトと出会い、その力に為す術無く叩き伏せられ、その力に魅了された。

 

 自分が負けたのは彼だけであり彼以外の者に自分が負ける筈がない。

 

 そう信じて疑わなかったベイを、また唐突に現れた者が一蹴した。

 

 プライドに傷をつけられ、つけた者に雪辱を晴らすことも叶わない。恐らく奴は主の手によって死んでいる事だろうから。そう思っていた。

 

 敗北の屈辱もそのままにベイに突き付けられたのは主の供を任される事無く現世に残されたという現実。

 

 何故自分を連れて行ってくれなかった?あの白騎士の座を奪った男は連れて行ったのに、自分は主の爪牙ではなかったのか?認められなかったのか?

 

 そんな疑問が胸中で渦巻き苛立ちを募らせていた所に事の発端が現れた。この苛立ちと屈辱の連続の始まりを告げた敵が高らかに宣戦を申し立てたのだ。

 

 勝ちの目だの戦力差だの下らない事は頭の中からとっくに消え去っている。あるのはこの負の感情を怒りと殺意に変えて叩きつけるということだけだ。

 

 ベイ自身にも気づかぬ内に彼の身体は敵へと踊り掛かっていた。

 

 制止の声が掛かるがそんなもの知ったことではない、今の自分を止められる者など居はしないのだ。

 

 握りしめた拳を振り下ろす。敵は鉄面皮を張り付けたまま微動だにせず、守りの体勢にすら入っていなかった。

 

 エイヴィヒカイトを扱う者の特性上、ガードしていようがいなかろうが関係無くあらゆる攻撃を無効化する霊的装甲を有している者は多々いる。ヴァレリアなどが良い例だ。

 

 ならばこうして軽々と受け止められた拳が僅かながらの衝撃すらも伝えることが出来ないのは仕方のない事なのだ。

 

 

「血の気の多い事だな。元気が有り余ってるのは悪い事ではない。だが……」

 

「だが?何だよオッサン。」

 

 

 こうして拳を上から握りしめられているだけでも感じられる絶望的な力量差、それすらもベイには心地良い。

 

 これが自分達の敵か、これが自分達と戦うのか。ならばこれほどまでに殺し甲斐のある相手はいない。

 

 殺す理由があった相手を殺す大義を得たことにベイは内心歓喜した。

 

 少なくとも斃すべき相手がすぐ其処にいるのと、強いのか弱いのかも定かでない相手を待ち続けるのならば俄然前者の方をベイは望む。彼は決して気が長い性分ではない故に。

 

 新たなる闘争の予感に打ち震えながらも、ベイは目の前で拳を振り上げる男を殺意と敵意で満ちた眼で睨み付ける。

 

 俺に屈辱を与えたお前を赦さない。

 

 俺の誇りを揺るがせたお前を赦さない。

 

 そして俺の主を殺すなどとのたまったお前を赦さない。

 

 何処までも赦すまじき怨敵よ、精々高みから見下ろしているが良い。必ずそこまで辿り着いて殺してやるから。

 

 目の前の男はラインハルトと同等の力を持っているようだが、ラインハルトそのものではない。彼とは違う、ならば斃せる。

 

 それを確信していたが故にベイは二度目三度目の敗北を受け入れた。

 

 振り下ろされた鉄槌のような拳を頭蓋に叩き込まれ、暗転していく意識の中、白い吸血鬼は静かに竜殺しを誓うのだった。

 


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