ソードアート・オンライン~死変剣の双舞~   作:珈琲飲料

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お待たせして申し訳ないです。


39話 氷解は遠く

 

 現実の時間と完全同期しているGGO世界は、ログインした時間がそのままゲーム内の昼夜に影響する。特定の時間帯でしかプレイ出来ない層を考慮したALO世界と正反対なこの時間推移に、ログイン初日は困惑したものだが、今となってはその違和感も消え去りつつあった。

 

「夜以外が毎日こんな黄昏じゃ時間なんてほとんど気にならないよな……」

 

 GGO世界の中央都市、<SBCグロッケン>のメインストリートから外れた路地裏を歩きながら、俺は空を見上げた。つまるところ、この世界では視覚による時間変化が極端に感じづらいのだ。もちろん夜を迎えれば荒廃したこの世界でも人工的な光が不可欠になるわけだが、それ以外は太陽が昇っても赤みを帯びた黄昏が空を覆っている。

この特異な気象状態が、プレイヤーにログインした時間に対する損得勘定をさせないようで、時間推移に関しての苦情を俺は耳にしたことがない。

 

「カエデがプレイしている……<ALO>だったかしら。あれは違うのよね?」

 

夜へ移行する空模様を捉えようと目を細める俺の隣で、シノンが相槌を打ってくる。

 

「そうだな。あっちだとゲーム内時間は十六時間で一日だったよ。そのおかげで夜にしかログインできないプレイヤーでもゲーム内で朝日を拝むことができるし、時間帯で発生するクエストなんかも問題なく受注できたりしてたな」

「朝日かぁ……。そういえば仮想空間だと見たことないかも」

「なら一度こっちに来てみるか? あの世界の景色はなかなか見応えがあるぞ」

 

 硝煙と鋼鉄が支配するこの世界以外をシノンは知らない。ならば趣の異なった世界を見ることはシノンの抱える何かを解決するきっかけとなるのではないか。そんな淡い期待と可能性も込めて妖精の世界への訪問を提案してみる。

 

「それは……考えてみるわ」

 

 数秒たっぷりと思考してからシノンは曖昧な返事をした。毎月の接続料など現実世界での環境が大きく影響する提案なので、それを考慮すれば想定していた返事よりもいい気色である。

 

「ま、気が向いたらでいいさ。もし来てくれたら今度は俺が案内するよ」

 

 それ以上は食い下がらずに話題を終了させたところで、路地の最奥にひっそりと構える酒場が現れた。西部劇に出てくるようなスイングドアを押し開けて入店すると、高速で近づいてきたNPC従業員の案内で奥まったテーブル席に通される。

 

「それじゃあ遠慮なく注文させてもらうわよ」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 不敵に笑う少女に慈悲を嘆願しながらワンテンポ遅れて向かいの椅子に座る。過不足なく注文されるメニューを受領したNPCが、カウンターに引っ込んだのを確認して俺もシノンも一息いれた。

 

「なんだか今日は一日が長かった気がするわ」

「思いのほか激戦だったからな」

「それもあるけど……あんたほんと無茶しすぎよ」

 

これまた高速で給仕されたジョッキに唇をつけてから、シノンは呆れ顔で俺を見る。

 

「それに関しては……面目ない」

 

 他のプレイヤーが一人もいない隠れ家風の酒場。

そんな場末のせいか、シノンの呆れた声も俺の情けない謝罪も閑古鳥が鳴く店内によく響いた。

 

「ビルの上階で構えていても土煙で一向に見えないし、かと思えば急に見晴らしがよくなってベヒモスは空中に打ち上げられてるし……相変わらずやることが理解できないわ」

「いやぁ、そこまで言われると照れるな」

「褒めてないわよ!」

「勿論そんなこと分かってるぞ?」

「あんたねぇ……!」

 

 ギロリとこちらを睨みつけてくるシノンに、クールダウンを兼ねて運ばれてきた皿を勧める。

 

「まあまあ落ち着けって。俺のアシストだってなかなか悪くなかっただろ?」

「それは……まぁ」

 

皿を受け取ったシノンが不承不承といった様子で肯定する。

 

「というかあんな曲芸じみたことする余裕があったんだから、あんた実はベヒモスのこと一人でやれたでしょ?」

「そんなことないって」

 

じとーっとしたシノンの視線に俺は肩をすくめて応える。

 

「ダインの特攻やシノンの精密な射撃、パーティーメンバーの献身的な支援。これらが一つでも欠けていたら勝てない戦いだったよ。いわばチームの勝利ってやつだな」

「そのダインたちは今回の件でかなり参ったみたいだけどね」

「それはもう因果応報ってやつじゃないかな」

 

 ルールに抵触する行為ではないがそれでも同じ相手を待ち伏せと奇襲で狩り続ける行為は見ていて気分のいいものではない。プレイヤー狩りを行うからにはこちらも狩られる覚悟を持つ。それが対人戦闘における暗黙の了解だと俺は思っている。

 

「こちらから仕掛けておいて状況が悪くなれば自決。さすがにあの方針はいただけないよな」

 

 一時撤退してからのダインたちの態度を思い出して苦笑する。これに懲りて少しは活動スタイルも変化すればいいのだが。

 

「それに比べてシノンのあの叱咤には驚かされたよ。おかげで瓦解寸前だったスコードロンの士気も建て直せたし」

 

 目の前に座る少女はあの時、戦意喪失していたダインたちを怒鳴りつけたのだ。

せめてゲームの中でくらい銃口に向かって死んでみせろと。

あの言葉と表情にシノンが抱えている何かの一端を感じざるを得なかったが、少なくとも今日の劣勢を打破する一手になりえたことは間違いない。

 

「そんなことは……」

「シノンの言葉に全員が動かされたんだ。間違いなく今日のMVPだよ」

 

 俺はそう締めくくってジョッキに残ったエールを一気にあおった。しかし視線を戻してみれば、最大の功労者の表情は硬いままだ。

 

「どうした浮かない顔して」

「……カエデは<GGO>の環境調査としてここに来たのよね?」

「ああ、そうだな。ゲームの雰囲気や環境を実際に体験してそれを報告する、要はアルバイトってとこだ」

 

 <ALO>で起きたSAO未帰還者監禁事件の後、全世界へ公開されたVR開発支援パッケージ<ザ・シード>。それを用いて開発されたVRMMOの数は飛躍的に増大した。だがそれは裏を返せば違法あるいは悪質な事業の温床を作ることになりかねる。またプレイヤー同士のやりとりが原因となり、現実世界で犯罪が起こってしまうこともあった。そういう様々な観点からフルダイブシステムの黎明期である昨今では、企業が請け負う本格的な調査から学生が気軽に参加できるアルバイトなどの形で仮想世界をリサーチすることが珍しくない。

 

 俺もその例にもれず――とは言っても総務省のお役人からの依頼であるが――アルバイトの形をとって<GGO>へやってきたわけである。

 

「一か月って聞いたときは少し長いなって感じたけど、シノンが協力してくれて本当に助かったよ。ありがとう」

「…………」

「それと今日はログインしてないみたいだけど、シュピーゲルにもシノンのほうからお礼を伝えておいてほしい」

 

 ここにはいない迷彩装備で身を固めた少年の姿を思い浮かべながら、伝言を頼む。

するとシノンは神妙に頷いた後、数秒の間を経て意を決したように口を開いた。

 

「その、えっと……。調査が終わっても<GGO>を続けてみない?」

 

遠慮しがちに発せられた言葉は文字通り頼りない振動となって俺の耳に届く。

 

「ほ、ほら……あなたシュピーゲルとも仲良かったし。カエデだってこの世界のこと気に入ってたじゃない」

「それは確かにそうだけど……」

 

歯切れの悪い反応を返してしまったせいか、なおもシノンはまくし立てる。

 

「アバターは新規で作り直さないといけないかもしれないし、そうなるとこれまでみたいにプレイはできないけど私たちでサポートすれば……」

 

 縋るような目で残留を提案してくるシノンを見て、ちくりと胸が痛む。

自分は少なからずこの少女に影響を与えてしまったのだろう。それなのに彼女の言葉に頷けない。

 

「シノン……」

「それにカエデと一緒に戦い続ければ……いつかきっと私は―――」

 

 わずかな期待に満ちた表情は、向かい合った俺の顔を見て一瞬で崩れる。その上で俺は自分に言い聞かせるように口を開いた。

 

「それはできない。……ごめん」

 

 このままじゃいけない。そんなこと分かっているのに、肺腑から湧く熱が吐き出される直前に冷えていく。それ以上先が言葉となって出てこない。

 

「…………そっか。そうよね」

 

 ゆっくりと拒絶の言葉を飲み込んだシノンは、吹っ切れたように力なく笑った。

そしてこの瞬間、かろうじて形を保っている氷にまた一つ、亀裂の入る音が聞こえた。

 

 

 

―☆―☆―☆―

 

 

 

 水面から発生する霧が空気と水の境界から離れることなくじんわり漂う広い空間。

有り体に言ってしまえば、そこは神秘的な場所だった。

足元は鏡面のような透明度を持つ水に満たされているはずなのに、体が沈む様子はない。

昼か夜もわからない曖昧な薄明かりに照らされて導かれた先には、一本の枯れ木がぽつりと立つのみ。どうやら枯れ木を中心にこの空間が形成されているようだが、辺りを見渡してもそれ以上何も見つけることはできない。

 

「……進行条件未達成ってとこか?」

 

 枯れ木の根本まで近づき、水分の抜けた幹に触れながらそんなことを考える。このクエストの受諾には人数制限がなかったから試しに一人で来てみたのだが、パーティの編成、クエスト参加者の装備……考えつくだけでイベント進行に必要そうなギミックがいくつか浮かんでくる。

 

 他ゲームの環境調査が終了し、発生してから今まで放置していたこのクエストを、リハビリがてらに挑戦しようと意気込んでいたが完全な空振りである。

なんか面倒なクエストを押し付けられたなぁ。などと一か月前の出来事を思い返しながら、クエストを一端破棄するためにメニューウインドウを呼び出した。受領確認と同時にこの珍妙な空間に転移させられたわけだから、クエストの中断を選択すれば元居た場所、すなわち仲間たちとのたまり場になってるあの酒場に戻れるはずだ。

一度戻って、頼れる仲間と作戦会議という名目で飲んで騒ぐというのも悪くない。復帰して間もないのだから今日はたまたま日が悪かっただけだ。

そうやって強引に気持ちを切り替えて視線をウインドウに移す。枯れ木に背を向け、転移時に立っていた場所へ歩きながら画面をスクロールしていき―――――

 

「―――――――――――えっ」

 

 突如、視界の変化を知覚すると同時に脳が強烈な寒気を感じ取る。そして間もなく、その異変の正体に気付かされた。

僅か離れた場所に立ち尽くすカエデだったもの。司令部をなくした闇妖精の身体が散り際に炎を噴き上げて消滅していく光景は、かろうじて保たれた意識に淡々と死を宣告していた。

 

せめて敵の姿だけでも―――。

 

 しかしその願いすら叶わず、何もできないまま身体の後を追うように目の前が赤い熱に染まっていく。そうして体の感覚が強制的に断ち切られた途方もない喪失感を、薄められた痛みとともに味わいながら、あまりにもあっさりと

 

カエデは命を落とした。

 

 




39話をお読みいただきありがとうございます。いかがだったでしょうか?
次回もよろしくお願いします。

……ヒロインが出ないと甘さも出ないってはっきりわかんだね。

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