ソードアート・オンライン~死変剣の双舞~   作:珈琲飲料

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8か月もお待たせしてしまいましたがGGO編開始です。
よろしくお願いします。


GGO編
38話 失考者の選択


岩と砂で構成された景色と点在する荒れ果てたビル群。

砂混じりの乾いた風が走り抜ける荒野には、それら旧時代の遺物を除いて生命の営みは残っていない。そして地平線へ向かって動いていく太陽と黄昏が、効率的とは言えない待ち伏せの長さを物語っていた。

 

「ったく、いつまで待たせんだよ……。おいダインよぉ、やっぱガセネタなんじゃねえのかよ?」

「いいや、ターゲットたちは必ずこのルートを通っていく。事前のチェックもしたんだぞ。大方Mobの湧きが良かったんだろ、心配するなって」

 

ダインと呼ばれた大柄な男は肩から下げたアサルトライフルを撫でながら、声をあげた男を宥める。

 

「でもよぉ」

「……彼らはこの荒野を抜けて街まで戻るよ」

 

なおも不満そうに口を尖らせる男を遮って、俺は口を開いた。

 

「へぇ、随分自信があるみたいだな」

 

俺の断言がそんなに珍しかったのか一人を除いてパーティー全員の視線が俺に集中する。

期待と疑問が入り混じったそれをこの世界で浴びることは今日で最後になるのだろう。そう考えれば少し感慨深くもある。

 

「ダインの予想通り、何もしなくてもMob狩りを終えて連中がここを通る可能性は高い。加えてそれ以外で街に入るルートには別のスコードロンに情報を流しておいたからな。狩りを終えてホクホク顔のパーティーがのんびり街に向かって歩いてくるかもって」

 

眼下に広がる荒野に視線は向けたまま、パーティーメンバーに構うことなくさらに続ける。

 

「そして待ち伏せの情報を本日のターゲットの皆さんにそれとなく流したってわけ。今日はプレイヤー狩りが多いからこの荒野以外から街に入るのはお勧めしないって」

「……お前ほんとエグイことするよな」

「プレイヤーの努力を掠め取るこの活動スタイルのほうがエグイと思うけど?」

「くくっ、違いねぇな」

 

にこりと笑って皮肉で締めくくる俺に、ダインは悪びれる様子もなく緩んだ笑みを返す。

そのやりとりを見て不満そうな顔をしていた男も納得したのかそれ以上は追及してこなくなった。

 

「決まった時間に決まった狩り。Mobみたいなルーチンに明け暮れるあいつらは俺たち対人スコードロンには絶好の得物ってわけだ。それでも止めねえあいつらにはプライドってのがないのかねぇ」

 

緩みきった表情のまま賢しらに語るダインに前衛の男も下劣な笑いで応える。

俺から言わせてみればこういうハイエナ的プレイでしか対人スコードロンという肩書きを満たせないあんたらのほうがよっぽどプライドを持ち合わせていないと見える。

 

しかし募っていく苛立ちを今更口に出しても詮無きこと。これからの戦闘を円滑に進めるためにパーティー内の不和は生み出さない方がいい。そんな結論に至った俺は作り笑いでダインたちのやり取りを流した。

 

「いつものことだから気にしない方がいいぞ。ああいうのは受け流すってのが定石だ」

「……分かってる」

 

かろうじて隣に聞こえる程度の声量。

それを受け取った隣人の狙撃者は、不愉快を覆い隠すように巻いたマフラーへ顔を沈めた。

 

「それよりも予定通りに進んでいるの? 話を聞く限りだと今日の戦闘も平凡なものになりそうだけど」

「ご心配には及ばないさ。ダインたちには言ってないけど今日のターゲットにはもう一つ情報を伝えておいた」

 

狙撃者は黙ったまま。しかし続きを促す表情を巻いたマフラーの向こうに感じ取った俺は肩をすくめた。

 

「今日のMob狩りには護衛を雇った方がいいと教えた。例えば―――」

「二人して何話してんだぁ? おじさんも仲間に入れてくれよぉ」

 

掩蔽物の陰から出ないために四つんばいで、粘着質な声と共ににやけ顔の男がすり寄ってくる。それだけ見れば変質者として彼を断定し、正義の名のもとに銃弾をお見舞いしてやるところだが、不本意ながら彼はパーティーメンバーだ。本当に遺憾であるが、俺も狙撃者も引きつった表情のまま彼の接近を許した。

 

「大したことは話してないよ。単なる世間話みたいなもの」

「そっか。まあこんなむさ苦しい集団だし、女の子同士談笑し合ってたほうがリラックスできるってか」

「……だから俺は男だって」

「へへっ、分かってるって。しかしいつ見ても女にしか思えないけどなぁ」

 

舌なめずりまでして茶化す男に嘆息して、俺はメニューウインドウを操作した。

そしてウインドウの向こうに表示されるアバターを改めて確認すると――再びため息が出てしまった。

 

「ほんと、なんでこうなったのか……」

 

システムの鏡に映るその姿は剣と魔法の世界で生きる剣士の少年とはかけ離れた――と言っても周りから見れば中性的だと評される――姿だった。

 

思わず守らなくては、と感じさせる華奢な体躯。風に流れる艶やかな臙脂色の長髪。

柔らかい瞳、長い睫、整った鼻筋と淡雪のような肌……などなど、女性らしさをこれでもかと詰め込んだ、というよりもはや可憐な少女という言葉以外で表現不可能なアバターがそこには映し出されていた。

 

「M九〇〇〇番系だったか? おじさんもそのくらいかわいいアバターだったらなぁ」

「…………銃の世界に一体何を求めてるんだよ」

 

呆れた声を絞り出した俺にひゃひゃひゃと男は笑う。

 

「シノっちも俺らよりカエデと話すほうが気が楽だろ」

 

シノっちと呼ばれた狙撃者は、唐突に振られた話に顔を僅かに動かして頷く。面倒くさいのかどうやら会話に混ざる気はないようだ。しかし反応が返ってきたことに気をよくしたのか、男はさらにニッと笑いかけ、会話を続ける。

 

「まあ、そりゃそうか。……それに今回の狩りは<冥界の女神>様と<緋色の魔女>様がついているんだ。ほんと気楽なもんだよ」

「そのあだ名ほんと不本意なんだけど。そもそも俺は男だって何度言えば……」

「まあいいじゃねえか。その容姿が有利に働いた場面だって少なからずあっただろ」

「……そりゃまあ…………」

 

言いよどむくらいには心当たりがある。何より隣に腰掛けるシノっち、もといシノンと知り合えたのはこのアバターによるところが大きいだろう。

 

「ほらやっぱり心当たりがあるんじゃねえか。ほんと羨ましいなぁ。―――そういやシノっちさぁ、今日このあと時間ある? 俺も狙撃スキルを上げたいから相談に乗ってほしいなーなんて」

 

また始まったか。

この手の、所謂ナンパされる場面はシノンと知り合った頃からたびたび見てきた。そのほとんどはすげなく断られるのだが、ごく稀に相手の提案に乗っかることもある。その理由が―――

 

「……ごめんなさい、ギンロウさん。今日はこのあとリアルのほうで用事があるから……」

 

発せられる高く澄んだ可愛らしい声。

シノンは男の腰に下がる装備品に素早く視線を送ると、逡巡の末に小さく頭を下げた。

要するにある種の品定めである。情報を記憶しておく必要がある相手に限り、提案を呑んで建前上のお茶会に応じる。そこで相手から引き出せるだけ情報を収集するのだ。

 

いつか敵として向き合ったその相手に必殺の一弾を食らわせるために。

 

「そっかぁー、シノっちはリアルじゃ学生さんだっけ? 課題とかレポートかな?」

「……えぇ、まあ……」

 

情報収集の価値なしと判断された男は、断られたのにもかかわらずうっとりとした笑みを消そうとしない。

 

「ならカエデちゃんは? このあとおじさんと一緒にお茶でも……」

「ギンロウさんにはそっちの趣味があるって街で言いふらしちゃおっかな~?」

 

シノンと比べると低音の、それでも十分女性だと認識される声でわざとらしく言葉を返す。

 

「まさかの精神攻撃かよ!? 武器のロストよりダメージ大きいからやめろって!」

「はいはい、分かったから持ち場に戻って装備点検でもしといて下さいって」

 

片目を瞑ってひらひらと手を振る俺に、おっかねえとぼやきながらギンロウがその場を後にする。

 

そして再び訪れた静寂を数秒間たっぷり味わってから、俺はシノンに声をかけた。

 

「ギンロウも悪気はないと思うから…………下心は持ってそうだけど」

「ほんとこのスコードロンに入ったのは失敗だったわ」

「まあまあ、今日で終わりって考えると多少は溜飲も下がるんじゃないかな。それに今日の戦闘はこれが対人スコードロンだ、っていうのをダインたちに叩き込んでやれるし」

「……あんた本当にいい性格してるわね」

「それはお互い様だろ」

 

にやりと笑いかけるとシノンもつられたように口角を上げた。

 

 

 

―☆―☆―☆―

 

 

 

「―――来たぞ」

 

双眼鏡で索敵を続けていたパーティーメンバーの一人が不意にそう囁いた時には、さらに太陽が傾いていた。小さいながらも続いていた談笑がぴたりと止まり、静けさが緊張を加速させる。

 

「ようやくお出ましかい」

 

獲物の登場に満足そうな声を上げるダイン。そのまま偵察役から双眼鏡を受け取ると同じ方角にレンズを覗き込んだ。

 

「メンバーは前と変わらず装備も……いや、一人が実弾系の銃に持ち替えてるな。軽機関銃、<FN・MINIMI>ってところか。急ごしらえにしてはいい装備じゃねえか。それに見ない顔が一人……マントで隠れて武装が見えないな」

 

ダインの言葉を聞いて不審に思ったのか、シノンも自らの狙撃銃を展開する。伏射姿勢をとると、スコープに反射する光を警戒しながら俺に囁きかけてきた。

 

「あれがカエデの言ってた護衛?」

「そうそう。最後の対人戦だからうんと派手なほうがいいかと思って」

「相手は?」

「それは始まってみてからのお楽しみ。どのみち教えても彼を最初に狙撃することはできないだろうし」

 

視線を移してダインたちのほうを見やる。当然彼らはターゲットのスコードロンに護衛が加わっていると想定もしていないだろう。今繰り広げている会話も軽機関銃持ちの男を狙撃するという考えで纏まろうとしている。

 

「装備は見えねえがマントの男はバックパック持ちの運び屋ってところだろ。戦闘では無視していい。シノン、カエデ、用意はできているか?」

 

突然向けられた確認に、俺とシノンは一瞬だけ顔を見合すと同時に頷いた。

 

「よし。俺たちは作戦通り、正面にあるビル群に潜伏してターゲットを奇襲する。――シノン、動き始めたら俺たちは奴らが見えなくなるから随時報告を。狙撃タイミングは指示する」

「了解」

「カエデ、シノンの狙撃成功を確認次第、トラップの発動を。タイミングはお前に任せる」

「了解、任せとけ」

 

短く答え、俺はメニューウインドウを開いて設置した罠の状態を改めて確認する。

―――破損や作動不可になったトラップは今のところなし。

最後に、罠の設置箇所をマッピングしたデータをメンバーに送信すると、全員が一様に頷いた。

 

「―――よし、行くぞ」

 

引き締まった声とともにブーツが砂利を踏む音を残して、潜伏している高台の後方からパーティーメンバーが滑り降りていく。問題が起きなければ数分後には持ち場に付いた強襲メンバーから無線が入ってくるはずだ。

 

「……今日で本当に最後なのよね?」

 

夕暮れの風鳴りがダインたちの足音を消し、自然と訪れた沈黙。いつもであればシノンが精神統一に入るこの時間は必然的に会話が生じない。しかし無線がくるまで続くはずの静寂は意外にもシノンのほうから破られた。

 

「どうした藪から棒に」

「いや……。短かったけどカエデにはその……お世話になったから」

「シノン、お前……」

 

はにかみながら感謝の言葉をかけてくるシノンに、俺は向き合うと真顔で、感じたものを素直な言葉で返そうと――――

 

「……いきなりしおらしくなって気持ち悪い―――って危なっ!?」

 

素直な言葉で返したら投げナイフのカウンターをもらいかけた。こっちは紙装甲だからわりと洒落にならないお返しである。

 

「人が感謝してるってのにあんたときたら……!」

「ちょっ、待て待て! 冗談だから! 戦場特有の緊張をほぐすウィットなジョークだから! というかヘカートまでこっちに向けるな!?」

 

手のひらと首をぶんぶん振って、俺は向けられた銃口に非暴力を訴える。そんな無抵抗な紙装甲にシノンは一睨みきかせて舌打ちをすると、狙撃銃を元の位置に戻した。

 

「…………わかってるわよ」

「あの、シノンさん。なら心底残念そうな顔しないでもらえます?」

「今撃てば敵に位置がばれちゃうじゃない。そんな三流以下のことなんてしないわよ」

「それ交戦前じゃなかったら撃ってるってことじゃ……」

「…………」

 

ありがとうまだ見ぬ敵さん。そしてこれからPKしてごめんなさい。

沈黙が肯定という貴重な場面を、身をもって味わった俺はターゲットの皆様がおられるであろう方向に手を合わせた。

 

 

「とまぁそれは置いといて……。何か話したいことでもあるのか?」

 

無線がくるまでの僅かな時間。それも日課となっている精神統一を中断するということはそういうことなのだろう。俺の問いにシノンは苦笑いを浮かべた。

 

「……ほんと変なところで察しがいいわね」

「まあそれなりに人生経験豊富だと自負しているからな」

「人生経験……」

 

経験というワードを小さく復唱したシノンが、一瞬だけ苦しそうな表情を浮かべたのを俺は見逃さなかった。

 

「なにかあったのか?」

「え……」

「つらそうに見えるから。悩みの種を抱えてそうな顔だ。まあそれは出会ったときから変わってないけど」

 

特定の言葉から生じる隠しきれない苦悶。この少女は過去に経験した何かにひどくおびえている、あるいは逃れようとしているように思えた。

以前にシノンは自らを氷と評したことがある。鋭く冷たいそれは荒廃した銃の世界で生きるシノンを表す言葉として確かに言いえて妙だ。けれどその言葉に俺はどこか生き急いでいるシノンの在り方を感じた。熱で溶け、消えていく前に砕け散る薄氷。無意識に助けを求める心理がその頼りない存在と自分自身を重ねてしまったのではないのか。

 

「…………」

 

不意を突いた俺の言葉に黙り込むシノン。そしてこの話がこれ以上先に進まないことを、短い付き合いから俺は半ば理解していた。俺はシノンの抱えるものに踏み込む資格を持っていないのだ。それ故に彼女は絶対に弱さを見せようとしないだろう。

 

「シノン、勝負をしようか」

 

だから今の俺には彼女の苦しみを僅かな間だけごまかすことしかできない。

 

「今日のターゲットに同行している護衛、ベヒモスをどちらが倒すか競争しよう」

「っ! いきなりなに言って、というか護衛がベヒモスって―――」

 

この世界の強者を倒してその強さを己の中に満たす。そのために戦うシノンの手伝いしかできないけど。

 

「負けたほうが勝ったほうに今日の飲み代おごるってことで」

「ちょっと、待ちなさいカエデ!」

 

せめてこの世界にいる間は君の望みに協力させてほしい。

 

無線から連絡が入ると同時に、俺はシノンの静止を振り切って走り出した。高台から滑り降りていくなかで聴こえる少女の声。それに応えることはなく、ただ一言少女に向けて呟く。

 

「……こんなことしかできなくてごめん」

 

吐き出せないまま溜まっていく己の無力さ。これまでに感じたことのない歯痒さに俺はただ唇を噛むことしかできなかった。

 

 




38話改めGGO編1話をお読みくださってありがとうございます。いかがだったでしょうか?

GGO編は原作と少し違った進み方をしていく予定ですが、作品の雰囲気自体はこれまで通りです。これからもお付き合いしていただけたらと思います。

次回もよろしくお願いします!

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