ソードアート・オンライン~死変剣の双舞~   作:珈琲飲料

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このくらいの速度で投稿できたらなぁ、っていつも思います。



34話 決戦 1

SAO時代、フロアボスを攻略するときの記憶が甦る。迷宮区の最奥に存在するボスフロア、その境界を仕切る大扉もちょうどこのような荘厳なレリーフが刻まれていたからだ。負ければ死ぬ、そんな制約がないこの世界においても心臓が警告するかのように心拍数を上げ、背筋に冷たい戦慄が走る。

 

「よしっ! それじゃあ世界樹攻略、みんな頑張っていこう!」

 

己にのしかかる緊張をごまかすために、握った右拳を振り上げながら、俺は努めて明るく号令した。

そんな俺の気持ちを汲んでくれたのかSAO経験者であるキリトとユウキは同じく声を上げて、わずかに遅れながらリーファも合わせてくれる。

 

「あ、あの……」

「どうしたレコン? トイレとか?」

「んなわけないじゃないですか! ここゲーム内ですよ!? というか世界樹攻略って…………ええ!?」

 

唯一ノリについていけなかったレコンが目を白黒させて後ずさる。そんな彼の肩をリーファがポンと叩くと

 

「がんばってね」

「リーファちゃん説明になってないよ!?」

「作戦を確認しよっか」

 

一言だけ労って話を進めた。

なかなかどうして彼は苦労体質みたいである。この前もサラマンダーたちの尾行に失敗した挙句に地下水路に放置されたりと俺が見ている限りでは苦難が一切報われていない。

 

「レコン」

「なんです?」

「……今度中華でも食いに行くか」

「そのチョイスに悪意を感じるんですけども!? 言っておきますけど僕は不幸体質じゃないですからね!」

「俺も今度お返しするよ」

「ボクも!」

「誰か僕の話を聞いてくれぇぇえええ!!」

 

頭をぶんぶん振って懇願するレコンを尻目に、俺は改めて眼前の巨大な石扉を見上げた。二組の守護像が両脇に立つそれは、境界を線引くというよりも挑戦者を拒むようにも見える。

 

「最終確認をすると……」

 

振り返ってキリトたちを見ると全員が厳しい表情をしていた。レコンは未だにぶつぶつ呟いて現実逃避しているが面倒なのでそれは放っておく。

 

「基本的には俺とキリト、ユウキの三人で戦闘を行う。回復魔法が得意なリーファとレコンは後方で俺たちの支援。敵の数はさっき話した通り膨大だ。撃破する敵の数は最小限にとどめて、瞬間的な突破力が高い俺たち三人で一点突破を狙う……という感じだ」

 

確認するように全員と顔を見合わせた後、最後にキリトの肩に立つユイへ視線を移した。

 

「にぃの言う通りです。事前に集めた情報によると攻略に挑んだサラマンダーの部隊は増える敵に戦線を維持できなくなったみたいです。敵のポップ条件はプレイヤーの塔内部における高度と出現時の撃破。つまり最初の一体目を倒さなければリポップのほうは気にしなくても大丈夫です」

「飛行高度のポップはどのくらい変化するんだ?」

「サラマンダー部隊が攻略した際は最高出現数は秒間九体だったみたいです」

「うわぁ……」

「多いね」

 

その言葉を聞いてリーファとユウキが顔をしかめる。キリトも口をきゅっと引き結びながら頷いた。

 

「総体では絶対無敵の巨大ボスってところだな。俺だけだとどうなっていたやら」

「俺とユウキだけじゃない。今は四人も仲間がいるんだ。タイタニックにでも乗ったつもりでいてくれ」

「豪華客船だねっ!」

「それ沈没するだろ!」

 

そこまで言ってどっと笑いがおきる。顔を見合わせると、全員から先ほどまでの緊張感は消え去っていた。

そしてキリトが口を開いた。

 

「みんなにはこれまで迷惑をかけた。……でももう一度だけ、俺の我儘に付き合ってくれないか。本当はもっと別の手段を捜すべきなのはわかる。でも……ここで諦めたらもう届かない、そんな予感がするんだ」

 

その言葉に俺たちの表情が再び引き締まる。それは悪い意味ではなく、覚悟を決め、戦いを待つ戦士のような雰囲気をつくりだした。

 

短い沈黙を経て俺たちはキリトの言葉に一様に頷いた。

 

「もちろんだ。必ず攻略しよう」

「絶対に迎えに行こうね!」

「解った。がんばってみよ。わたしにできることなら何でもする……それと、コイツもね」

 

そう言って隣に立つレコンを小突くリーファ。レコンも情けない声を出しているがキリトの熱意が伝わっているようだった。嫌がっているふうには見えない。

 

「じゃあ行こう」

 

キリトは背に吊るされた剣の柄を握った。そして手を離すと歩き出す。

そんなキリトに続いて俺たちも目の前にある石扉に向かって進みだした。

 

 

 

―☆―☆―☆―

 

 

 

『未だ天の高みを知らぬ者たちよ、王の城へ至らんと欲するか』

 

キリトが大扉の前に立った途端、両脇にひかえる守護像が声を発する。青白い光を瞳に灯した騎士はこちらを見下ろしたまま問いに対する答えを待つ。

 

同時に俺たちの前に、グランドクエストへの挑戦を決定するためのウインドウが表示された。迷うことなく、全員がイエスのボタンに手を触れさせる。

すると今度は黙ったままの左側の像が重々しい声を発した。

 

『さればそなたらが背の双翼の、天翔けるに足ることを示すがよい』

 

地の底から響くような重低音を湧き散らせつつ開いた石扉の先。真っ白な大広間は天へ続くために天井が伸びており、部屋の外からもその圧倒的な高さが感じることができた。

無鉄砲に挑むわけではない。そう理解しているにも関わらず、いざ部屋へ踏み込むとなると漏れ出す強烈な圧迫感が肌を這いまわってくる。

 

しかしそれとは対照的に冷静な自分がいた。

 

ここから先は未知。この世界がこれまでプレイヤーを拒んできた絶対不可侵の領域、そこへ自分たちは挑むのだ。次第に大きくなっていく昂揚感に応えるように俺は剣を抜いた。そして全員が武器を構えてお互いに視線を交わすと、翅を光らせた。

 

「……行くぞ!!」

 

キリトの叫び声とともに地面を蹴り、一足飛びで広間の中央へ突入する。直前で確認した作戦通り、俺とキリトとユウキは最初に一人一体ぶつけられる守護騎士を無視して急上昇を開始した。この時点で敵の出現数は十にも満たない。リーファとレコンは入口付近に陣取って打ち合わせ通りにスペル詠唱の準備をしている。

 

「次が来るぞ! 気を抜くな!!」

 

二人に聞こえるように俺は大声を出した。

こちらの急上昇に呆気にとられながらも、遅れて追ってくる守護騎士三体。加えて天井部分から滴るように新たな敵が生み出されるのが見えた。さらに壁面からも這い出てくるガーディアンたちは目測で十や二十ではきかないくらいくらいである。侵入者を捕捉した守護騎士は全員が無機質な雄叫びを上げつつ俺たちへ殺到してきた。

 

そして敵との距離が急速に縮まっていき――――

 

「……はぁっ!!」

 

交差した瞬間に二か所から轟音と眩い閃光が走った。たった一瞬の出来事。それでも今の攻防で複数の騎士たちが、一刀のもとに斬り伏せられる。当然、発生源はキリトとユウキだ。

 

「あんまりペースを上げ過ぎると持たなくなるぞ!」

「分かってる! そっちこそ大丈夫か?」

「ボクのほうは全然平気っ! 二人も気を付けて!」

 

そう言ってユウキはさらなる加速へ入った。消えたと錯覚するくらいの速度で相手の間を縫っていき、進行を妨げるように配置された騎士を切り伏せていく。それと同時にリーファとレコンに迫ろうとしていた騎士たちのヘイトまで一手に引き受けようとする姿は、さながら戦乙女であった。

 

「あんなユウキ久しぶりに見たな」

 

それに対して俺は最小限の動きで騎士たちの急所へカウンターを叩き込んでいく。薙ぎ払われる大剣を紙一重で躱して通り過ぎざまに一閃。次いで迫ってくる刺突よりも速く相手の懐に飛び込み、兜の奥に光る瞳に剣を突き刺した。呻く騎士を蹴飛ばしてさらに上へ。

 

「ユウキ強すぎだろ!」

「俺も同じことを思ってたところだ! てか惚れ直してるっ!」

「まだ軽口叩くほど余裕があるんだな!」

 

そんな掛け合いをしながら迫りくる騎士を捌いていく。最近はユウキの戦闘を間近で見ることが少なかったから忘れていたが、彼女はSAO、こと対人戦においては最強だった。ユニークスキルを所持していた俺やキリト、ヒースクリフの陰に埋もれがちだったがスキルなしで俺たちと互角以上の戦いを繰り広げることができた唯一の猛者だ。

というか何回かデュエルで負けたこともある。そしてヒースクリフはユウキとの戦闘を露骨に避けていたような……。

 

そんなことを思い出しながら、囲む騎士を屠ってキリトと背中合わせに構える。

 

「にしても多いな」

「ああ、もう何体倒したか」

「正直あとどのくらいいける?」

「三十、いや四十体増えるとキツイかもな」

「じゃあその四十体は俺が倒すさ」

 

俺は背を向けたキリトにもはっきり伝わるくらい挑戦的に笑った。

 

「なんだ、キリトも戦うのか」

「お互いまだ余裕ってことだなっ!」

 

再び敵の騎士たちに突撃する。突進の力を最大限に活かして相手の喉元に一突き。そのまま斬り払って回転し、遠心力をのせた一振りを背後に迫っていた騎士に撃つ。息つく暇もなくその場から離れると、俺は敵を一番引きつけているユウキの援護に向かおうとした。

 

「……!?」

 

すると後方で視界を焼き尽くすほどの大爆発が起きた。壁面から湧きつつある騎士たちは爆発の直撃を受けて数十という単位で消し飛んでいく。それが闇属性魔法だったということを後で知るのだが、問題はそこではない。いったい誰がこんな魔法を。

 

「って、あいつ……!」

 

答えはすぐに示されることとなった。なぜならパーティー登録をしていた五人のうち、一人のHPバーが全損していたから。その輝きが魔法の中でも極めて高位なものであることも、それがノーリスクで放つことができないということも瞬間的に頭の中で結論づけられる。

 

――――自爆魔法。

 

それはこの世界において己の全存在を賭けた攻撃。死ぬと同時に通常の数倍のデスペナルティを課せられる禁じ手だった。

 

たかが経験値、たかがアイテム、たかがゲームだ。ここまでした彼のことを笑うやつは必ずいるだろう。はっきり言って後方で自爆なんてされても血路は開けない。

だが違う。彼は俺たちに示したのだ。仲間のためならどんなことでもやってみせるという信念を。そして己の費やした熱意と努力を俺たちに託した。

 

――――必ずこのクエストを攻略してください!

 

彼の存在を僅かに主張するエンドフレイムがそう言っているようだった。

もう、ここからの撤退は許されない。

そう決意して俺は天蓋へと突き進むキリトを一瞥して―――

 

「うそ、だろ……」

 

これ以上ない絶望に突き落されることになった。

 

「うおおおおお!!」

 

天蓋に限りなく肉薄し雄叫びをあげて飛ぶキリト。そんな彼を待ち受けるのは天蓋一帯に隙間なく張り付いた守護騎士の肉壁だった。その異様な光景は樹木にびっしりと張り付いた小蟲の群れを彷彿とさせ、蠢く様子はどうしようもないほどの嫌悪感を俺に与えてくる。

 

「っ!」

 

それでも関係ないと言わんばかりに襲い掛ってくる周囲の騎士たちを蹴散らして、俺はこのとき強く思った。

やっぱこのゲーム作ったやつ性格悪いな、と。

よほど悪意のあるアルゴリズムを組まれているのだろう。先ほどとはうって変わって騎士たちは戦略を変更してきた。

 

「っ、魔法か!」

 

舌打ちしながら飛んで来た無数の光の矢をぎりぎり躱して俺は反撃を狙う。しかし魔法のリキャストタイムより先にさらに後方から次の攻撃が飛んできて敵に近づけない。

 

「はあああああ!!」

 

離れたところから聞こえる叫び声に反応して俺は声の主を見た。先ほどから獅子奮迅の活躍をしているユウキ。しかし彼女を取り囲む騎士の数は数えることを放棄したくなるほどであった。

 

「ユウキ!」

 

声を発するのももどかしい。俺は何も考えずに飛び出していた。本来であればクエスト攻略のためにキリトの元へ駆けつけるべきだ。だが目の前で奮闘する最愛の少女の身体に、あの無慈悲な光の矢が、悪意に満ちた刃が突き刺さることを考えると居ても立っても居られなかった。

 

否、そんなことは絶対にさせない!!

 

「ユウキィィィィ!!」

 

頭を空っぽにして柄にもなく叫ぶ、飛び込む。孤軍奮闘する少女の元へ。

そしてこの行為が完全な悪手であることを俺は思い知った。

 

「カエデっ!!」

 

数メートル先で剣を振るい続ける少女の顔に、安堵の色が宿ったのがわかった。ユウキもこちらに近づこうとわき目も振らずに手を伸ばす――――

 

 

 

―――――その身体を射ぬかんと背後から射出された光の矢に、まったく気づくことなく。

 

 

 

「やめ――――――」

 

それを伝える時間など存在しなかった。声よりも魔法の伝わる速度のほうが、この世界では圧倒的に速いのだから。だから目の前のこの光景は起こるべくして起こった当然の事実。

 

長い髪が、ふわりと宙を舞った。どれだけ伸ばしてもその手が届かないことなど明らか。

それでも俺は手を伸ばし続けた。流れていく時間が極限まで圧縮され、一挙手一投足が瞳に焼き付くなか。

 

そうして俺の目の前で―――――

 

「ろおおおおお―――――――!!!!」

 

 

 

―――――赤い閃光が走った。

 




あと1話か2話でALO編は終わる予定です。

最後までお付き合いよろしくお願いします!

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