ソードアート・オンライン~死変剣の双舞~   作:珈琲飲料

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まだクリスマスなので初投稿です。



31話 そしてアルンへ

 

「……いま……いま、何て……言ったの……?」

 

これまでの付き合いからまったく想像ができないほど弱々しく、リーファは声を絞り出した。その表情は己の聞いた言葉が聞き間違いであってほしい。そう願っているようにも見える。そしてその感情を読み取ることができなかったキリトは僅かに首を傾げ、答えてしまう。

 

「ああ……アスナ。俺たちが探している人の名前だよ」

「でも……だって、その人は……」

 

キリトの言葉を聞いたリーファは、よろめくように半歩後ずさる。そしてキリトに聞き返した。

 

「……お兄ちゃん……なの……?」

「え…………?」

 

刹那、周囲の時が止まったような感覚に見舞われる。それは俺だけではない。その発言を聞いたユウキやユイ、ハープまでも絶句している。

 

「―――スグ……直葉……?」

 

シルフをとらえていたスプリガン、その漆黒の瞳が大きく揺らいだ。

 

 

事態は数時間前に遡る。

 

 

 

―☆―☆―☆―

 

 

 

<ヨツンヘイム>。北欧神話に登場する「ヨトゥン」と呼ばれる霜の巨人族と丘の巨人族が住む国で、妖精の国アルヴヘイムの地下に広がるもう一つのフィールド。

恐るべき邪神級モンスターが支配、徘徊するこの闇と氷の世界はALO最高難易度を誇るという。

 

「うぅ……」

「ほら元気だせって。そう簡単に伝説の剣は取られないから」

「また今度来ようよ。次はたくさん仲間を連れて」

 

項垂れるキリトに俺とユウキは声をかける。

数分間に渡る励ましの言葉は葛藤するキリトを落ち着かせることに貢献し、なんとか立ち直らせることに成功した。しかし、それでも伝説の剣―――エクスキャリバーのほうへ視線を固定したままのスプリガンに俺たちは苦笑する。

 

「そうだな。多分このダンジョン、ALOのなかでも最高難易度なのは間違いないしな。おれたち五人じゃ突破できないよな……」

 

おう、そう思ってるならそろそろキャリバーから視線外せよ。

 

「……でも、キリトが……唸る、のも……しょうがない」

「ダメだよハープ。ここでキリトのほうについたら……ほんとにあのダンジョンに行くことになるから」

 

助け舟を出そうとするハープにユウキが待ったをかける。

ここでやられたらシルフ領の首都<スイルベーン>からやり直しになる。それだとここまで来た苦労がすべて消えてしまう。

 

「目標と目的はすり替えたらダメだ。そうすると一向に進まなくなる。俺たちの目標は剣を手に入れることじゃないだろ?」

「……ああ、もちろん分かってるさ」

 

そう言ってキリトは今度こそキャリバーの方角から視線を外した。

 

「それでこそキリトだ。……それにしても」

「うん、改めて見るとすごい景色だよね……」

 

俺の言葉にユウキが相槌を打つように頷く。

ヨツンヘイム上空を飛行中の俺たちは全員がその景色に目を奪われていた。

 

「私は……ここに来たの、初めて」

「あたしもだよ。本当にきれい……」

 

ヨツンヘイムは飛行不可能に指定されているフィールドらしい。おそらく高所からこの氷の世界を見下ろしたプレイヤーは俺たちが初めてだろう。

 

「この景色を見せてくれたこいつに感謝しないとな」

「ありがとう! トンキー」

 

ぽんと軽く手で触れたことにより、俺たちを乗せたまま浮遊する生物―――トンキーはわっさわっさと耳を動かした。

 

「邪神とは思えないくらい大人しいよな。テイムもできていないのに」

 

改めて自分たちを乗せて動く毛むくじゃらに感謝する。

 

 

 

サラマンダー達の襲撃を退けて再び移動を始めた俺たちだったが、目的地である央都<アルン>はまだ遥か先。今日はここで切り上げてどこか最寄りの宿でログアウトしようという運びになり、俺たちはラッキーと言わんばかりに地面に降り立った。

というのが一、二時間前。

 

しかしそこはモンスターが擬態した村で、見事に騙された俺たちはここ、地下世界<ヨツンヘイム>に落とされて――――

 

「……思い出しただけで寒気が」

 

俺は首を振って思い出した内容をリセットした。

 

要するにそんな数多の偶然でこの邪神モンスターと出会うことになったのだ。

変なイベントに巻き込まれて邪神Mobと戦ったり、遭遇したウンディーネの部隊と一戦交えることになったりと、とんでもなく濃い時間を味わうことになったが、それでも俺たちは元気です。

 

「カエデ君、どうかした?」

「いや何でもないよ。ただ次からは情報を鵜呑みにせず、自分の目で確認しようと心に決めただけ」

「もう! だから村でのことは謝ったじゃん!」

 

にやりと笑う俺にリーファがキッと睨んでくる。

そんなやり取りにユウキが、まあまあと言いながら入ってきて。

 

「次はあの擬態したモンスターも邪神もボクたちで倒そうよ!」

「「なに物騒なこと言ってんの!?」」

 

気合十分と言わんばかりにニコリと笑った。

そして微妙に冷たく、毛皮が縮こまるトンキーの背中。

 

「……ごめん、トンキー」

 

俺は目の前で無邪気に笑う少女に変わって、謝罪を込めながら優しく白い毛をなぞった。

 

まさか自分もぼっこぼこにされるのでは?

そんな思考に到達したのか、喉を震わせるように鳴いた邪神様―――トンキーの背中は、心なしか小さく見えたような気がした。

 

 

 

―☆―☆―☆―

 

 

 

トンキーと別れた後に俺たちを待っていたのは、世界樹の根っこを這うように続く長い螺旋階段だった。

<ヨツンヘイム>の天蓋、世界樹の根。この上は間違いなく<アルン>だろう。

 

氷の世界へは落下ということもあり数分足らずだったが、改めて自分の足で進むと途方もなく長く感じる。

それでも周りを照らす不思議な鉱石や植物を頼りに、俺たちはひたすら階段を辿った。

そして歩くこと数十分。

 

「あっ、カエデ見て!」

 

ユウキの声をきっかけに全員の視線が数メートル先の光へ向く。

 

「出口だな」

「ああ」

 

俺たちはアイコンタクトで確認を交わし、最後のスパートと言わんばかりに駆けだした。

そして目の前の光へ飛び込み――――

 

 

 

「わぁ―――!!」

「これが世界樹か……」

 

真っ先に視界に飛び込んできたのは荘厳という言葉が見事に当てはまる巨大な樹木だった。

世界樹。今までは遠目からしか見ていなかったが、改めて見るとやはり大きい。

 

それに遅れて麓を囲むように広がる街が目に入る。

 

「…………間違いない。ここが<アルン>だよ。アルヴヘイムの中心」

「世界、最大の……都市。私も、一回しか来たことない」

 

頷くリーファとハープ。

 

<アルン>を一言で表すなら古代都市という言葉がぴったりだろう。

石造りの建築物は舗装された道に連なって広がり、美しさを引き出している。

それに時刻。今はゲーム内で夜ということもあって、この積層都市に大小様々な光が浮かんでいた。

 

先ほど見た<ヨツンヘイム>の景色とは真逆のベクトルを持つ完成された場所。

それが俺の感じた<アルン>だ。

 

「プレイヤーにもバラつきがある。ぱっと見た感じ全種族がいるみたいだな」

「はい! どうやらここはPKの禁止エリアに指定されているようです」

「アルンでは、グランドクエストを除いて……戦闘禁止」

「へぇ、なるほど」

 

ユイとハープの説明を聞いて納得する。つまりここでは種族間でのいざこざを心配する必要がないわけだ。

 

「もちろん合意の上での勝負は大丈夫だよ? デュエルとか」

 

リーファはユイとハープの言葉に付け加えると再び視線を街に移す。

そうしてしばらくの間、俺たちは立ち止まったまま、もう一度巨大都市の喧騒に身を任せ続けた。

 

 

しかしやがて街のBGMが重音なサウンドに切り替わり、柔らかい女性の声が天から降り注ぐ。

 

「お、なんだこれ?」

「あー。メンテナンスのこと忘れちゃってた」

 

俺の疑問にリーファがすぐ答える。

 

「今日はここまで、だね。宿屋でログアウトしよ」

「リーファ、メンテナンスって何時までなの?」

「今日の午後三時までだよ」

「そっか……長いなぁ」

 

その間は今から半日ほどログインできないことを知って、軽く目を伏せるユウキ。

それを隣で聞いたキリトも同じような反応を示すと、不意に上空を見上げた。

 

その先には天を貫かんと世界樹の枝が四方に広がっている。

 

「キリト、焦りは余計な緊張を生んで実力を半減させる。今は可能な限り精神を休めたほうがいい」

「ああ、分かっているさ」

 

スプリガン特有の黒い瞳を細めると、キリトは拳を軽く握る。そして力を抜くように息を吐いた。

 

「さ、宿屋を探そうぜ。俺もう素寒貧だから、できるだけお値打ちなところがいいな」

「……イイカッコして、サクヤ達に全財産渡したりするからよ。宿代くらい取っときなさいよね!」

「もういっそキリトだけ馬小屋にぶち込むか」

「ひっどいなぁカエデ。俺たち仲間だろ?」

 

大振りなリアクションと共におどけて見せるキリト。

そんな俺とキリトのやり取りを見て、女性陣から笑いが起こる。

 

「ふふっ、なら誰が一番安い宿を見つけるか勝負だね」

「それならボクだって負けないよ!」

「検索したところいくつか候補が挙がりました! 激安の!」

「一番近い、ところ……は?」

「こっちみたいです!」

 

賑やかに談笑しながら歩くユウキ達を先頭に、俺とキリトも足を動かし始める。

 

「ありがとな、カエデ」

「まあ一応礼として受け取っておくよ」

 

 

宿を求めて積層都市に溶け込んでいく妖精たちを、天高くそびえる世界樹が見下ろす。

世界を覆うように伸びる枝の先に果たしてアスナはいるのだろうか。

 

不意に見上げた世界樹。

しかし闇夜に消えつつある葉や枝には、インプの暗視を以てしても、何も見つけることはできなかった。

 

 




なんとか間に合いました。
会話文のところ一行空けずに会話はひとまとまりにしてみました。
いかがだったでしょうか?

今まで書いてきた話もできるタイミングで改稿していきます。

ご意見ご感想お待ちしております。
それでは来年またお会いしましょう。読者様、良いお年を!

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