海浜公園消滅から数時間たった昼過ぎの事。中立地点である冬木教会に、六匹の使い魔が訪れていた。蝙蝠、梟、鼠、鳩、蟲、そして鴉。いずれも聖杯戦争に参加する陣営の使い魔である。教会からの信号弾によって呼び出された彼らに対して、監督役たる言峰璃正が提案した新ルール。それは、『三王の優先撃破』であった。
聖杯戦争の隠蔽工作を困難にするライダー、ランサー、バーサーカーの三騎を討伐した場合、言峰璃正が保管する預託令呪から一画が貢献したマスターに提供されるというそのシステムは表向きは『甚大な被害を出した三陣営へのペナルティ』という扱いになっている。――――その内実は、ジル・ド・レェの提案により時臣が教会と結託して仕掛けた三王への牽制。このシステムのミソは「三王同士の共食いを誘発する」所にあった。このシステムは「三王が一騎でも敗退した時点で終了」という期限が付いている。これにより生き残りたい三王はお互いに殺し合い、それに追い打ちをかける形で他のサーヴァントが追撃するという訳である。無論それによる被害も発生するだろうが、不意打ちを恐れる三王は全力で戦う事は少なくなるだろう。その隙を狙うハイエナがいると言うのにわざわざ隙を見せるバカはいないからだ。
それ故に、三王陣営は自ずと疲弊し、不利になっていく。無論、サーヴァントの話ではない。マスターの体力的問題だ。あのレベルのサーヴァントを連日闘わせ続けた場合、マスターにかかる負担は甚大なモノがある。つまり、この策はマスターを衰弱させるための作戦であった。
――――新ルールの追加によって、各陣営は今後の方策を大きく練り直す事になる。
【017:Thinking Time.】
ランサー陣営のケイネスは、意外な事に新ルールに肯定的であった。彼も時計塔のロードとして、神秘の保護がいかに重要であるかは誰よりも理解しているつもりである。それに、令呪やマスター権の剥奪ではなく『キツネ狩り』をペナルティとするのは、彼としても望む所であった。ウェイバー・ベルベット。今回追われる『キツネ』として最有力候補になるこの青年の実力は、ケイネスが最も把握するところだからだ。
――――敢えて言おう、雑魚である。ウェイバー・ベルベットはケイネスからすれば一分で百回殺せる程に雑魚であった。無論、あの黄金のサーヴァントは強力無比だ。如何にイスカンダルと言えども一騎打ちでは手も足も出ないだろう。だがウェイバーの魔力は昨晩の戦闘の時点で既に枯渇寸前であるのは想像に難くなかった。とすれば、あのサーヴァントは
であれば、まず攻めるべきはライダー陣営だ。
「――――と思うのだが。ランサー、貴様の意見を聞こう」
「余としてもあの金ぴかを仕留めるのは賛成だ。あれほどの難敵を前に心踊らぬわけがない。――――だが、奴と再び相見えるとなれば、流石に余も宝具を温存していられんぞ? 奴はそれ程に強い」
「……宜しい。ランサー、宝具の開帳を許可する。存分に貴様の力を見せつけてやるが良い」
「そうこなくてはな! では、さっそく戦の支度をせねばならんな。…………ケイネス、此処は一つ街に繰り出して『お好み焼き』でも喰いに行かんか?」
「…………それの何処が戦支度だ。そんな事より礼装の開発などをした方が――――」
「
「……理屈は分かったが、貴様妙にその料理を推すな?」
「ふふふ、貴様も喰えば分かる。――――鍾馗のモダン焼き、ありゃ絶品だぞ?」
そう言ってケイネスの肩をガシリと掴み、イスカンダルは昼過ぎの冬木へと繰り出した。――――無論お好み焼きを食べたいだけで出歩く訳ではなく、これは敢えてイスカンダルが現界して出歩く事で他のサーヴァントを挑発する狙いもある。血気に逸り攻めてくるならば返り討ちにするつもりであった。攻撃に転じた瞬間ほど大きな隙は無い。それを知るイスカンダルは若干出不精なケイネスを宥めすかしつつ、周囲を油断なく警戒する。積極的な策にでたランサー陣営。その作戦がどうなるかは、他の陣営の出方次第だろう。
* * * * * *
さて、ケイネス達がお好み焼き屋に向けて出陣した頃。セイバー陣営もアインツベルンの別宅、もとい迷いの森の城において、ハンバーガーなどを摘まみつつ今後の予定を立てていた。昨晩の戦いを鑑みれば、切嗣達セイバー陣営にとって最も御しやすい『三王』はやはりランサー陣営である。典型的な魔術師であるケイネス・エルメロイ・アーチボルト。その礼装は確かに脅威だが、彼の魔術が強力であれば強力である程、切嗣の起源弾は強烈なカウンターとして機能する。
更に言えば、実のところセイバー自身もランサーとは比較的相性が良いのだ。————セイバーの戦法は超高速機動によるヒットアンドアウェイ。ランサーはそのクラスにしては非常に広い攻撃範囲を持つのだが、その反面敏捷性はランサーにあるまじき遅さになっている。セイバーの圧倒的機動性を以って翻弄すれば、かの征服王を相手取っても十分に『陽動』の役目を果たしてくれるに違いなかった。
では、その他の陣営はどうだろうか。————そう考えてみると、ライダー、バーサーカー共に非常に厄介な相手である。
まず、ライダーのマスターには起源弾が意味をなさない。あのマスターは切嗣の目から見ても魔力が低く、下手をすればいわゆる『魔術師初代』である舞弥にも劣るのだ。無論時計塔に所属する以上魔術の知識はそれなりにありそうだが、魔術回路が貧弱ではその知識も十全には活かせないだろう。昨夜のケイネス発言で判明した本名から素性を調査したが、新興の家系の三代目で魔術刻印も僅かに二画らしい。……だが、その貧弱さが起源弾を封じてしまうのだ。魔術回路を滅茶苦茶にした所で元の本数が少ないため、大した被害が無いのである。————百本の糸を滅茶苦茶に繋ぎあわせればグチャグチャになって収拾がつかないが、二本の糸で同じ事をしても簡単に解けてしまう。そう説明すれば分かりやすいだろうか。
では普通にライフルで狙撃したり、マシンガンで蜂の巣にすればどうだろうか。————それもまた、難しいのだ。コレは起源弾にも言える事だが、彼らは高速機動する宝具に乗っているのである。その上神秘の欠片もない通常兵器では、普通に防がれて終わりだろう。起源弾であればその神秘によってサーヴァントに多少の傷を負わせることが可能だが、結局防がれそうな事に変わりは無かった。あのライダーがなんらかの防御宝具を持っている可能性が高い以上、ライダーを攻略するにはセイバーで対抗する他無さそうだ。幸いにもセイバーのモラルタを使えばあの爆撃の様な宝具の雨も斬り払うことが可能だろう。絶対切断の能力は意外にも汎用性が高いのである。
次に、バーサーカーの場合だが、あの再生力はセイバーの『
バーサーカーに関してはあの破壊光線を回避しながら接近して鎧の隙間からゲイ・ボウでチクチクと突く地味な戦闘をセイバーに強いねばならない。だが、それによってバーサーカーを仕留め切るにはかなりの時間が必要だろう。その長時間、針の穴にダーツを命中させるような繊細な作業をミス無くこなせるかと言われれば、さすがのセイバーも少々厳しい。何しろ相手はバーサーカーだ。倒れる瞬間まで全力で戦ってくるのは容易に想像できる。
結果として、まず狙うべきはランサーなのだ。————だが、それは今すぐにではない。
「————ライダーとバーサーカーを狙う陣営は必ずいる筈だ。特にライダーはマスターとサーヴァントの
「了解しました、我が主。————今回は、サーヴァント狙いですね?」
「ああ。マスター殺しが容易に出来ないなら、サーヴァントを殺しに掛かるしかない。無論僕も全力で援護する。————頼んだよ、セイバー」
「如何なる手段を以ってしても、必ずや敵の首級を挙げて御覧に入れましょう」
形振り構わぬ陣営が本領を発揮する。その事実は、他陣営のみならず、冬木市民にとっても実に厄介な事になるだろう。
* * * * * *
セイバー陣営が悪い笑みを浮かべている頃。アーチャー陣営の時臣はなんとも言えない微妙な顔をしていた。————アーチャーとアサシン、そして綺礼が満場一致で賛成した作戦は、時臣にとって少々受け入れ難い内容だったのだ。
「————アサシンの宝具による軍用機の奪取だと?」
『はい。幸い付近に航空自衛隊の基地がありますので、十分に可能な案かと。戦闘ヘリであれば師が市内に保有されている土地に隠蔽可能ですし、師の魔術であれば隠蔽も容易でしょう』
「……ジル卿の宝具でどうにかならないだろうか」
「確かに我が宝具であれば大抵の兵器は再現可能ですな。……しかしトキオミ殿。我が宝具が比較的割安で兵力を整えられるとはいえ、どうしても
「ゴッ————!? ……確かに無理だな、それは。うーむ、魔術以外の手段に頼りたくはないのだが……」
『時臣師、アサシンの宝具は元となる武器が強力である程有利なのです。ご理解ください』
「————仕方がない、か。了解した、作戦を進めてくれ綺礼。幸いにもナチスドイツの格好をしている事だし、ヘリ程度なら乗れてもおかしくはあるまい」
『……確かにナチスにはフォッケウルフがありましたが、流石に無理があるかと。————時臣師。教会の伝手を用いれば、一応ドイツらしい兵器も調達可能ですが、そちらを用意致しましょうか?』
「そうして貰えればこちらとしてもありがたいな。綺礼、無理を言ってすまない」
『いえ、魔術師である師にとっては近代兵器が信用できないのも当然です』
その様な会話の末に、アーチャー陣営の会話は終了し、綺礼は素早く教会の工作員に連絡を取る。アサシンの運用法を決定した時点で既に、綺礼はありったけのナチス兵器を教会の伝手でかき集めていた。それらは冬木沖の洋上に配置された『貨物船』に保存されており、魔術的に隠蔽されている。
それらの武装の中でも、最も凶悪なその一品を、綺礼は使用する事とした。————先に時臣が嫌がりそうな『自衛機奪取』を提案しておいて後に出す『ナチス兵器の使用』を承認させるというこの策は、実のところジル・ド・レェ発案である。それ故に、綺礼が調達して来た機体は既にジルの宝具による改造が完了していた。整備を行われたその機体はいつでも大空を駆ける事ができるだろう。
メッサーシュミットMe262改。元々搭載されていた四門の30mm機関砲に加えて翼の下にBK37 37mm対空機関砲二門を装備するという暴挙。それに重ねてエンジンをターボジェットエンジンからターボファンエンジンに改良したキチガイじみたカスタム機である。協会が鹵獲してきた兵装やエンジンをジル卿の宝具で無理矢理一機に纏めたその怪物は、カスタム費用二千万円を犠牲にアサシンが駆るに相応しいパワーを獲得していた。既にアサシンは何度か搭乗して念入りに『宝具化』を行っており、出撃準備は万端である。
綺礼からの指示で手近な民間飛行場を借り上げて人払いと偽装用の結界を敷設。そこにこの機体を運び込む事で、準備は完了した。————冬木の空に季節外れの『ツバメ』が舞う夜は近い。
* * * * * *
バーサーカー陣営。その本拠地たる間桐邸では、雁夜の手によって地下の蟲蔵の改装が行われていた。バーサーカーを召喚した魔法陣をベースに三次元的に組み上げられている巨大な魔法陣。それは、間桐がこの戦争を『程よい所で抜ける』為に重要なものである。設計は大魔術師間桐臓硯。敷設は間桐雁夜。そしてそれを起動する上で重要なのは、バーサーカーであった。魔力炉を複数設置しているとはいえ、その起動時には莫大な魔力が要求される。その魔力を供給するのは、バーサーカーでなければ不可能であり、さらに
そしてその大魔術は、今日ここに完成を迎える。雁夜が特製のインクで以って書き上げたそれは昨日の昼過ぎに漸く蟲蔵内を埋め尽くし終わった。臓硯のチェックを経て、遂にこの日起動段階にこぎつけたのだ。
魔法陣の中心部。自身が数日前に召喚されたその場所で、バーサーカーは全力で魔力を放出する。当然ながらいつもの様に雁夜は生死の境で反復横跳びする羽目になるが、仕方のないことだろう。それほどの魔力がこの術式には必要なのだ。————余談ではあるが、ここ数日の度重なる死と再生に雁夜は魂に刻まれる勢いで死を理解し、それに適応しつつあった。具体的に言えば、不幸にも後天的に起源が『再生』になるレベルで。それが原因で雁夜は死ぬ度に少しづつ刻印蟲の負荷に耐える時間が延びているのだが、まぁバーサーカーの要求量の前には焼け石に水である。
閑話休題。
バーサーカーのドス黒い魔力を取り込んで駆動する魔法陣。それは蟲蔵に貯蔵されていた魔蟲を飲み込んで行き、一種の疑似生命として胎動を始める。————アインツベルンが敷設した大聖杯。その一部機能の模倣品。————それがこの巨大魔法陣の正体だ。その機能はサーヴァントの『匣』。即ち、英霊をサーヴァントとして現界せしめる為の『魂の容れ物』である。バーサーカークラスの英霊一騎分という限られた機能しか持たないその匣はしかし、間桐の悲願を達成する為には重要なものだった。
時間を掛けて、サーヴァント一騎を召喚可能な量の魔力を注入していくバーサーカー。その顔に浮かぶのは、悍ましさすら感じる狂気的な笑みである。
————狂った彼女が掲げる願いは、祖国の救済から変質した歪なモノだ。
彼女の国民は時の流れによって死に絶えた。かつて彼女が治めた国土は彼女の子孫でも何でもない者共によって統治され、最早この世に彼女の残滓は残っていない。————そして、間桐臓硯より伝えられた『第三次聖杯戦争』によって冬木の聖杯は汚染されているという事実。現に彼女自身が臓硯、雁夜と共に大聖杯を確認しに行き、そこに満ちるドス黒い魔力を視認している。
正気であれば、心が壊れ、挫折していたかもしれない。自害し、自身の王国が救えなかったと嘆きながらあのカムランの丘に舞い戻って死を受け入れていただろう。
だがしかし、彼女は狂っていた。狂っていたからこそ、挫けなかった。もう最早、祖国を救う手立てはない。————であるならば、彼女が願うのは祖国の救済ではない。『第二次ブリテン王国の建国』。滅びた祖国を復活させ、現代に騎士の国を再臨させる。そんな馬鹿げた願いを馬鹿正直に願ったバーサーカーにとって、雁夜と臓硯が組み上げた策はひどく魅力的だった。それ故に彼女は彼らに協力し、その魔力を巨大な魔法陣に叩き込んでいるのだ。
————事前にバーサーカー自身が魔力を充填した『匣』に、バーサーカー自身を再召喚する。その策を成功させる為には後一手を残すのみ。
バーサーカーは自身が『一度死ぬ』に相応しい夜が来るまで、魔法陣に魔力を注入し続ける。————復活した暁には、自身の糧として死に続けている雁夜の功に恩賞を与えてやらねばならないな、だのと考えながら。
* * * * * *
バーサーカーが家臣の功に釣り合う恩賞は何が良いかと考えながらその家臣をブチ殺し続けている頃。
ライダーもまた、家臣、もといペットについて考えていた。
「……溝鼠。貴様が貧弱であるのは我も承知していたが、よもやここまでとはな?」
「そう、だな。……ごめん、ライダー」
「たわけ。誰が謝れと言った。————確かに貴様が虚弱、貧弱、おまけに気弱でついでに童貞なのは貴様の責任だ。だが、貴様は昨夜一晩我に魔力を供給し続けた。恥じることはなかろうよ」
「お前、なら、さ。……あの時、勝てたはず、だろ? 最後の最後で、僕が倒れたばっかりに、勝機を……逃したんだ」
「くどい。その上声が擦れて唯でさえ聞きにくい鳴き声が一層聞こえにくい。耳が不快になる故に、喋るでないわ、小鼠。————まぁ、それでも尚すぐさま立ち上がり、この我の為に働きたいと申すのであれば、手がないこともないがな」
「……思わせぶりだな」
「うむ。我秘蔵の霊薬を用いれば貴様はたちどころに回復し、それどころか総身に気力が満ち溢れ、一生無病息災となろう」
「……なんだよ、そのチートじみた宝具。……まぁ、どうせ、『貴様に使うには勿体無いわ、溝鼠』とか言って使わないんだろ?」
「む? 我には不要故、貴様に下賜してやらんこともないぞ? 在庫もそれなりにあるし、同様の薬は無数にある故な。————だが」
「だが、なんだよ」
「どれも副作用がある。『去勢される』、『五感が一生消し飛ぶ』、『どれだけ眠くても一生眠れなくなる』、『性転換する』など、副作用別に四種類あるが————飲むか? 我的には貴様の見目からして性転換の秘薬を勧めるが」
「何でよりにもよって性転換……」
そう言いながら、ウェイバーはむくりと布団から起き上がる。現在彼は、ギルガメッシュが保有する一軒家にいた。————この英霊、高級マンションのみならず節操なしに資産を買い占めているのである。その上、結果的に必ず利益を上げるのだから恐ろしい。彼が株を買った企業は軒並み急成長を遂げ、配当金で悠々自適である。名義上はウェイバーのモノになっているため、ベルベット家は何故か当代で経済的に急成長を遂げていることになる。
その資金で以って買った一軒家。ギルガメッシュの言う所の『
その後、彼は布団に横になって安静にしていたのだが、何時までも寝ているわけにはいかないと覚悟を決めて起き上がったというわけである。————聖杯戦争は、彼の不調を無視して進む。いかに辛くとも、彼は立ち上がらねばならなかった。
まぁ、辛うじて立っているとはいえフラフラとかなり危なっかしい。————これではとても戦闘どころではないだろう。故に、ウェイバーはギルガメッシュに手を伸ばした。
「一生寝れなくなる奴がいい」
「————む、それを選ぶか。あぁ、服用後は眠くなる故、運転前には飲むでないぞ」
「その副作用コンボは悪辣過ぎるだろ!? 作ったやつ何考えて作ったんだよ!? ————まぁ、飲むけど」
かくして、ウェイバーは強引に体調を戻す事に成功する。とはいえ、気力が満ち溢れるのは一時的なものだし、長期的に見れば一生不眠と引き換えに一生病気にならなくなるだけである。————だが、自身が弱いのが原因な以上、泣き言は言っていられなかった。飲んだ直後に襲い来る眠気を買い置きしていた缶コーヒーで誤魔化しながら、ウェイバーは戦いの為に準備を進めていく。
————一度飲めば耐性がつく故、次に貴様が倒れた折には性転換の秘薬にしてやろう。
そんな事をいうギルガメッシュの言葉に、ウェイバーが一層「二度と倒れてなるものか」と覚悟を決めたのは言うまでもない。
* * * * * *
そして、同時刻。ウェイバーと同じく覚悟を決めたのは、キャスター陣営に所属する漢だった。
三王の戦闘が、彼らに齎した影響は大きかった。あれ程の破壊に、キャスター達は対抗する術を持たない。にも拘らず彼らが聖杯を求める以上、確実にキャスターの身は狙われることになるのだ。その恐怖に、キャスター達はどよめいた。
静観するだけでは生き残れない。その事をまざまざと思い知らされた彼等だが、対抗手段を持たない以上嬲り殺しにされるのを待つ他なかった。————倉庫街での戦闘にも結構ビビっていた彼らが、その戦闘が三王にとっては手抜きであったと知った時の衝撃は言い表わしようがない。取り敢えず各々の日常を過ごしつつ打開策を模索するものの、煮詰まったキャスター達は身動きが取れずにいた。
その状態で動いたのは、彼らの中の一人、ザイードという男だった。————特にこれといった特徴も特技もなく、キャスター中で最弱と言っていい個体だ。
「私に良い考えがある」
「お。ザイードの旦那じゃん。旦那はビビんないの?」
「龍之介殿、私は暗殺王になる男。いずれ後世に名を残す私にとってこの程度、いたずらに恐るには足りませぬ」
「…………いや、そうは言うが、ザイード。貴様の案とはなんだ?」
「ヤスミーンか。よくぞ聞いてくれた。私の案はだな、私が兵士を引き連れ奴等を暗殺するというものだ」
「…………お前は阿呆か?」
「私のどこがアホだというのだ。————大丈夫だ、問題ない。貴様らに迷惑はかけんよ。私が教育していた兵を用いるのでな」
「しかしだな! お前、私達の中で一番弱いだろうが!」
「フッ、女の貴様よりはマシだ」
ザイードはそう言い放つと同時に、自身が被っていた骨の仮面を投げ捨てると、兵を率いて下水路に向かう。
当然、他のキャスター達は総出で食い止めようとするが、それに待ったを掛けたのは龍之介だった。
「マスター命令ね。みんな一旦ストップ。————ザイードの旦那。旦那の願いは、何? 確か、暗殺王になる事だっけ?」
「………ふぅ。————龍之介殿。このザイードめの願いは『
「……そっか。旦那は自分の願いがあるんだ。じゃあ、止めちゃいけないね。————旦那は、暗殺王になれるよ」
「かたじけない。————ではな、我が兄妹! 私の勇姿を精々その目に焼き付けるが良いわ!」
そう告げて、今度こそザイードは地上に向かった。龍之介の命もあり、キャスター達はザイードの進む道を遮ることなく道を譲る。その人垣の中を素顔のザイードは兵士を引き連れ、胸を張って突き進んでいった。その背が見えなくなった頃、ヤスミーンがポツリと龍之介に苦言を呈する。
「龍之介殿。奴は誠に我らの内で最弱。————あの様な戯言を信用するつもりですか?」
「…………いや? ザイードの旦那の作戦は全然これっぽっちも信用してないよ。ぶっちゃけ無理でしょ」
「でしたら————」
「でもね、ヤスミン。俺、ザイードの旦那は信用してるんだ。————ねぇ、ヤスミン? 暗殺者ってさ。どうやったら後世に名を残せると思う?」
「……まさか」
「うん。だから、俺は願いを聞いた。————ザイードの旦那はさ。正直ありゃビビりまくってる。でも、それでも、旦那は最高にCOOLだ」
そう言って、龍之介は悲しげな顔で苦笑をこぼす。
————ザイード。『幸いなる者』を意味するその名を背負った青年は、兄妹に幸いを齎すべく覚悟を決めたのだ。その覚悟の結果がいかなるものになるか。それを口にする事は、龍之介にはできなかった。
そんな、COOLじゃないことは、とても。