夜。最近の物騒な事件の数々に、冬木市民はもう殆どが外出を控えるようになったこの時間に出歩くのは、自分の強さを信じて疑わぬ思春期の不良少年達と、止むに止まれずこの時間に帰宅する事となった会社員の皆さん。――――そして、聖杯戦争に参加するサーヴァントとそのマスターのみである。
そして現在、人気の無い海浜公園で二騎のサーヴァントが対面していた。
空中に浮遊する玉座から地上に立つ敵を睨みつけるのはライダー。対して地上からそれを凄絶な笑みで迎え撃つのはバーサーカーであった。
「おい、其処な雑種。誰の許可を見て我を仰ぎ見る?」
「許可? 王である私に誰の許可が必要だと言うのだ、金ピカ。――――それに、高いところは危険だと
「――――ほう? 貴様、何故我の拠点が崩壊したと知っている」
「無論、今日にでも貴様の拠点を吹き飛ばす
「そうか。――――では、せめて散りざまで我を興じさせよ、雑種!」
「面白いことを言う。私を容易く散らせると聞こえるぞ、金ピカ――――!」
斯くして冬木に於ける三度目の戦闘は、この夜この場所で始まる事となる。――――嘘はついていないが、誤解させる様な言い回しをしたバーサーカーのせいで。
【016:This is not a natural disaster .】
閃光が空を灼く。閃光が地を薙ぎ払う。
騎士王の放つ黒い極光を英雄王が回避し、英雄王の
そして戦いの気配を察知した他のマスターやサーヴァント達がそのまま座して観戦しているかと言われれば、答えは否である。
王と王が激突する戦場に現れたのは、またしても王。空間を切り裂いて現れた巨漢は征服王イスカンダルことランサーであった。長槍を振り翳し、彼は高らかに吼える。
「我が名は征服王イスカンダルッッ! 騎士王はさておき、そこの貴様も王と見受けるが、余を差し置いて王道を競い合うとは片腹痛いわ!」
「……おい、小鼠。先程から不遜にも王を名乗る雑種が多い。どうにかしろ」
「どうにかしろって言われても、あいつら本当に王だぞ!? お前が今攻撃してるのはアーサー王だし、あっちのデカイのは聞いての通りアレキサンダー大王だ! お前聖杯の知識で分かるだろ!?」
「たわけ、俺以外の王など紛い物に決まっているであろう」
「お前がそう思うのは勝手だけどさ! それを僕にどうしろと!?」
ここ数日で死にかけまくっているウェイバー。――――例えば初対面で英雄王に殺されかける、ギルガメッシュに踏まれる、英雄王に首根っこ掴んでポイされる、ギルガメッシュと共にスレスレで破壊光線回避などなど――――それらの影響で身に付いた胆力は、戦場でもギルガメッシュのボケを拾える突っ込みスキルとして昇華していた。だが、それほど胆力を持っていても、苦手なものは苦手である。
「おや? 新たなサーヴァントのマスターは誰かと思ったが、見知った顔が居るではないか? ウェイバー・ベルベット君、落ちこぼれの君が英霊召喚を成功させたのは降霊科講師として涙を禁じ得ない感動を覚えるが…………君、この戦争に参加すれば私と戦う事になるとは考えなかったのかね?」
「ケ、ケイネス先生……」
隠しもしない呆れを含んだその声は、ランサーの隣に立つケイネス・エルメロイ・アーチボルトから放たれたもの。ウェイバーとしては自身の論文を引き裂かれた恨みを向ける相手であり、同時に最も恐れを抱く相手でもある。今横をかすめて行った黒い極光よりも下手をすれば怖いと感じているかもしれない。――――まぁ流石に超高速で変態機動を行うヴィマーナにケイネスが攻撃を行えるとは思わないが、ストレス的にはあの「何考えてるんだこいつ」的な眼差しで充分ウェイバーにダメージを与えていると言って良いだろう。
だが、ケイネスはしばらくウェイバーに胡乱げな視線を向けた後、公園隅の暗がりに目を向けた。ケイネスにとってウェイバーがどうでもいい相手だったのは、この場に限って言えば幸運であった。――――いや、無論ムカつくのだが、怖いよりはマシである。
そして、ケイネスが目を向けた先には、真っ暗な闇が蠢いている。……蠢くソレにケイネスが目を向けた瞬間、それは寄り集まって白髪の男性へと変貌した。――――間桐雁夜。バーサーカーのマスターはこの日初めてその姿を晒したのだ。その顔は能面のように青白く、まだ年若く見えるにも関わらず長年苦役を課せられた罪人の様な苦悶の跡が顔に張り付いている。その男性の口から放たれたのは、不思議なことに
「さすがは時計塔のロードといったところかの? 粗方気配は絶っておったのじゃがな」
「マキリの当主とお見受けする。――――サーヴァントへの強力な魔力供給を行う以上は完全に隠蔽は不可能だ。まぁ、私が言っても祖母に卵の吸い方を教える様なものだろうが」
「ケイネス、此方では釈迦に説法と言うのではなかったか? ふんッッ!」
「お前は揚げ足を取るよりも戦闘に集中しろランサー。……さて、マキリの当主殿。一戦お相手願いしよう」
「呵々、仕方あるまい。――――しかし、お主はマキリと『水場で戦う』という意味を解っておるのかの?」
雁夜の口で話す老人――――間桐臓硯はそう嗤って川面から無数の水の触手を立ち上がらせる。それに無言で応じたケイネスは白銀の流体で以ってその触手を打ち払った。
――――王達が戦う傍らで始まる、マスター同士の魔術戦。
それに呼応する形で、王達の戦いも激戦の様相を呈し始めた。ライダーは虚空より無数の宝剣、宝刀、宝槍の類を出現させると爆撃宜しく地を這う雑種――――もといランサーとバーサーカーに向けて投下する。一つ一つが紛れも無い宝具の輝きを持つにも拘らず、それをライダーは何のためらいも無く放出していく。それに加えて彼が駆る黄金の船からは強烈な熱線がまるで雲間から差す太陽光の如く容赦無く地を焼いていくのだ。当然ながら市民の税金によって建設された海浜公園はもはや跡形も無く消し飛んでおり、露出した地面が赤く焼け爛れる地獄のような状態になっている。
だが、その惨状は何もライダーのみの仕業ではない。数秒に一発という馬鹿げた頻度で地上諸共天を切り裂くのはバーサーカーのエクスカリバーである。その暴挙に彼女のマスター、間桐雁夜は今日も今日とて毎秒毎秒死んでいるが、その現状は寧ろ間桐臓硯が雁夜の身体を操るお題目としては好都合。死と再生を繰り返す雁夜の魂は磨耗しているが、彼に埋め込まれた
その結果がこの暴虐としか形容できない、公園の惨状であった。彼女の周囲は陥没し、聖剣から放たれた熱量でガラス化している。周囲の気温はなんと摂氏百度。サウナ並みの熱量が、英雄王の張った幻惑の帳の内部を覆う。幸いな事に帳を突き破って天に達する彼女の破滅的な攻撃は、その『黒』という色の関係で冬木市民に気付かれることはない。が、成層圏を通り越して宇宙までブチ抜くその攻撃で、墓場軌道にいた日本の初代気象衛星ひまわり1号やら無数のスペースデブリやらが悉く消し飛んだ。バーサーカー化した事により遠慮も自重も無くなったアーサー王の一撃は、皮肉な事に星の作り出した神造兵器の威力を遺憾なく引き出したのである。
そして、その圧倒的暴力を振るう二騎に対して、ランサーは自身の宝具を限定的に解放した。
次元を引き裂いて現れる百騎の兵士達。ソラウからの潤沢な魔力支援によって、征服王は自身の宝具を十全に使用できる。その『宝具』は未だ真名解放をすることは無いが、それでも自身の軍勢の一部を現世に呼び出す程度は可能であった。Eランクサーヴァントを自由に召喚するという破格の宝具の猛威は、バーサーカーをして梃子摺るものであった。何しろ倒しても倒しても、次元を切り裂いて続々と湧き出してくるのだ。完全に死兵と化して吶喊してくるサーヴァントの群れはミツバチがスズメバチを熱殺するがごとくバーサーカーを包囲する。
更にランサー本体はその広範囲を槍で埋め尽くす『槍衾』で以ってバーサーカーとライダーの双方に無限の刺突、斬撃を行っている。一本一本は、それなりの神秘を帯びた長槍に過ぎずとも、万にも届く槍が突き刺されば如何なるサーヴァントといえども死ぬしかない。ライダーはこれを同じく無限の宝具群で以って薙ぎ払い、バーサーカーは再生力と鎧の防御力で以って対応しているがどちらも無傷とはいかなかった。――――まぁ、当然ながらランサーもバーサーカーの熱波とライダーの宝具群で負傷しているのだが。
基本無傷なライダーと、ゾンビ宜しく再生するバーサーカー、そしてケイネスとソラウの援護で回復するイスカンダル。それに加えて傍らでは無数の蟲と瀑布の如き水流を操る臓硯と月霊髄液を初めとする無数の礼装を展開したケイネスによって魔術バトルが開催されているのだ。もはやこの世の地獄である。いかに幻で誤魔化されているとはいえ、その戦闘の余波は冬木に連続して震度三相当の揺れを引き起こしたという事からも、如何に凄絶な争いであったかはご理解いただけるだろう。ケイネスと臓硯が戦闘開始前にお互い結界を張っているというのにこれである。
そんな地獄の戦いはケイネスと臓硯がどちらも堅実な戦いをしていること、そして英霊たちの戦闘が拮抗したことにより、永遠に続くと思われた。
――――だがしかし、その戦闘はあっけなく終わりを迎える事になる。
日の出だ。魔術の秘匿を大前提とする聖杯戦争において、時計塔のロードであるケイネスと間桐の当主たる臓硯が『昼』に闘う筈もなく、二人は東の空が明るくなった辺りでどちらからともなく撤退した。ルールを守るためというよりは、衆目に晒される事で自身の魔道が『神秘を失う』事を恐れての結果である。そして、マスターの撤退に呼応してランサーとバーサーカーも勝負の持ち越しをどちらからともなく提案する。――――ライダーからすればその提案を飲んでやる義理は当然ない。彼にとってはこれは罪人の処刑であって、決闘でも何でもないのだから。……それでも彼が矛を収めたのは、彼自身の理由によるところが大きい。ウェイバーのダメージが深刻な為である。魔術回路を一晩中駆動させ続けたウェイバーの顔面は蒼白で、既に意識もない。単独行動スキルを自前で持つライダーと言えど、魔力供給を断たれた状態で全力戦闘を続けるのは無理があったのだ。――――重ねて言えば、如何に英雄王と言えども令呪を三画重ねた命令ともなれば『考慮に入れざるを得ない』。ウェイバーの命を削る行為を無意識のうちに避けた結果とも言えるだろう。
こうして解散した三騎のサーヴァントは、無言の内に再戦を誓いあう。ライダーにとってそれは罪人を必ず処刑するという決定であり、ランサーにとっては三者三様に異なる王道を競うという王の矜持であり、バーサーカーにとっては単に聖杯を手に入れる為に他のサーヴァントを抹殺せねばならないと言うだけの事実であった。
そして、彼らが消えた後に残るモノは何もない。
――――――そう、本当に何も無くなっていた。かつて海浜公園であった場所は周囲の地面ごと消滅し、海水が流れ込んで海の一部と化しているのだ。
教会の隠蔽工作により地震による地盤の液状化で海の底に沈んだとされたその公園は、日本における著名な液状化現象の例として後世社会科の教科書に載る結果となるのだが、その真実がたった五人の化け物どもによって引き起こされた災厄である事を知る者はいない。