美羽と一子が向かい合って立つ。
そして繰り出される攻撃。数は全部で12、ただし3はフェイントで途中で手を引く。しかし一子は虚の攻撃に惑わされず、実のみに反応し、全て撃ち落して見せた。
「今の攻撃を的確に裁けるってことは制空圏を完全に会得できたみたいだね」
闘忠丸相手の修行から早、2ヶ月、つまり一子が梁山泊に訪れてから4ヶ月半が過ぎたことになる。その間に幾つかの課題を経て一子は制空圏を会得していた。更にその後は制空圏を自由に扱えるように、そして制空圏以外にもさまざまな事を学ぶ全体的な修行へと移行していた。
今、行われたのは制空圏の習熟の度合いの確認。女性を殴れない兼一に代わって美羽が相手を務め、弟子級としては十分な反応とひとまずの合格が告げられたのである。
「では、次は動の気を解放してみてくださいですわ」
そしてこの数ヶ月で教えられたことの中の一つには動の気の解放も含まれていた。静の物である兼一に代わって美羽が中心に指導をし、その過程で何度か暴走させながらも最近は安定してきている。
「わかったわ!! はああああああ!!!!!!」
気合の掛け声と共に、一子の身体から動の気が吹き出す。意識もはっきりしており、きちんと制御できているようだった。
「こちらも問題ないレベルに到達したようですわね」
制空圏に続く合格の判定。これで、一子は修めるべき基礎を一通り習得したこととなる。
「基礎は一生続く修行だからこれからも頑張っていかなきゃ駄目だけど、でもまずはおめでとう一子ちゃん」
「うん、ありがとう、兼一さん」
修行を一段落させたことに対し、祝いの言葉をおくる笑顔で答える一子。そこでしぐれが現れる。
「じゃあ……次はボクが……武器の使い方……教えるね」
待ちかねたと言った様子のしぐれ。
兼一が武器使いでなかったこともあり、一子に指導するのが楽しくてしょうがないらしい。自分が修行をつける番が来るのを待ちわびていたようだった。
「ははっ、しぐれさん、お手柔らかにお願いしますね」
「お願いします!!」
やる気がありすぎて、やり過ぎないかと心配する兼一。実際、ほんの少しだけやりすぎたこともあるのだが、そんなこと等まるで気にしないとでも言うように元気よく頭を下げて礼をする一子。
そこで兼一はふと、あることを思い出す。
「あっ、でもしぐれさん。3日後は修行は無しでお願いします」
「何……か、ある……のか?」
「ええ、新白連合のみんなに一子ちゃんの組み手相手をお願いしてるんですよ」
新白連合とは兼一の悪友である新島春男が結成した元対不良グループで、現法人武術団体である。業務内容としては表の格闘技会に選手を出場させる一方、裏では活人拳の信念に反しないボディガードの仕事等を引き受けていた。
「なるほど、それはいいかも知れませんわね。組み手はなるべく実力の近いものか、少し格上を相手にするのが効果的。その点、新白連合には妙手や弟子クラス上位の方が大勢いらっしゃいますから」
新白連合の中で達人にまで到達したのは兼一、谷本、ジークの3名。武田が後、一歩と言うところで少し遅れてキサラ、フレイヤ、トールの4名が妙手である。他にこの5年の間に加わったり、修行して弟子級上位にまで上り詰めたものが何人かおり、今の一子のレベルにあった相手を探すにはもってこいの環境である。
「ええ、昨日一子ちゃんに話してみたら凄いやる気を見せてました。何か、元の世界の学校でもしょっちゅう決闘とかしてたらしいですよ」
「学校でですの?」
高校時代、美羽は浮きすぎないように学校ではなるべく武術家としての側面を隠して暮らしていた。その彼女からすれば一子レベルの武術家が学校で決闘をしていたというのはかなり驚く話であろう。
「どうも街全体で武術がものすごく盛んだったみたいです。特に、一子ちゃんが通っていた学校は彼女のお爺さんが経営していて、学校のルールとして決闘が存在するかなり特殊な所だったとか」
「ほえー、流石異世界、こちらとはいろいろと常識が違うのですわね」
「そうですね。最も、彼女が住んでいた所が特殊なだけで、他の地域はこちらとあまり変わらないみたいですよ。っと、そろそろ次の修行の時間ですね」
話を切り上げ、修行を再開する。
そして、その日は何時も通り地獄の修行が繰り広げられるのだった。
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三日後、兼一、美羽、一子の三名は予定通り新白連合のビルを訪れていた。
「うわっ、立派なビルね」
「うん、最初は廃ビルをちょっと改造した秘密基地みたいな感じだったんだけどね。宇宙人、いや新島って奴が色々とやってね」
「廃ビルを改造した秘密基地!? まるで風間ファミリーみたいね!!」
意外な共通点を知って、仲間達のことを思い出し目を輝かせる。
「風間ファミリーと言うと一子さんのお友達の方々のことですわよね?」
「うん、アタシ達も廃ビルに秘密基地を作って、金曜に集会をしてたのよ」
話題が盛り上がり互いの仲間達のことについて語り合う3人。
そうこうしてる内に目的の場所にたどり着く。
そして最初に彼等を迎えたのは新白連合の始まりとも言える3名だった。
「いよう、兼一」
「やあ、兼一君、ひさしぶりじゃなあい」
「よう兼一、その子が例の異世界から来たって子か? 信じられねえ話だが、おめえが嘘つくとも思えねえから本当なんだろうな」
新島、武田、宇喜田の3名である。彼らに兼一と下っ端を加え、新白連合はスタートしたのだ。彼らの姿を確認した兼一は武田と宇喜田の下へ駆け寄る。
「お久しぶりです。それと、武田さん4階級制覇おめでとうございます。宇喜田さんもオリンピック出場おめでとうございます」
武田は現在プロボクサーとしてライト級からスーパーウェルター級までの4階級で世界チャンピオンになっており、宇喜田は国体で優勝してオリンピック強化指定選手に選ばれていた。新白連合の表の3枚看板の内の2人である。
「なんのなんの、僕の目標は表と裏のボクシング完全制覇だからね。こんな所で負けてられないよ」
「へっ、相変わらずスケールでかい野郎だぜ」
嬉しそうに悪態をつく宇喜田。新白連合の中でも特に親しい”真友”であるからこその態度だ。
「っと、身内ばっかで話してちゃまじいな。嬢ちゃん、案内するぜ。奥の方で皆、お前さんを待ってるからな」
宇喜田が一子の方に視線を向け、手招きする。こういうところ彼は意外に気の回る男だった。
「はい、よろしくお願いします」
「うむ、俺様も一緒に案内してやろう」
兼一にスルーされた状態であった新島も会話に加わり、奥に進む。
そしてその先に並び立っていたのは新白連合精鋭の武術家達。
「その子が例の子か。今日は、私達がたっぷり相手をしてやるよ」
テコンドーをベースにした独自アレンジ武術”ネコンドー”の使い手、南条キサラ。
「わはは、かわいらしい女子じゃのう」
実戦相撲の使い手、裏世界の用心棒トールこと千秋祐馬
「お前達、あまり無茶をするなよ」
久賀舘流杖術師範代、フレイヤこと久賀舘要
「うわっ、可愛い子だ」
古流柔術の使い手、山本直樹
「ラララララララララー」
歌う武術家、世界的な音楽家でもあるジークフリードこと九弦院響
「君が白浜隊長の妹弟子さんか」
3枚看板最後の一人、幽鬼会師範代、水沼勇一
「ふん」
そして中国拳法の達人である馬槍月の一番弟子、谷本コンツェルンの総帥、谷本夏
いずれもそこらの不良であれば、100人束になろうと適わぬ猛者達。
彼等こそが今日、一子が戦う相手であった。
今回は少し分量少ないですが、その分次回は多くなる予定です。