史上最強の妹弟子 カズコ   作:史上最弱の弟子

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逆鬼師匠のツンデレ回。


動の制空圏

「 修行したい、修行したい、修行したい、修行したい、修行したい、修行したい、 修行したい、修行したい、修行したい、修行したい、修行したい、修行したい、 修行したい、修行したい、修行したい、修行したい、修行したい、修行したい」

 

 制空圏の修行を開始して10日目。一子の修行不足ノイローゼは限界に達していた。溜め込んだストレスは凄まじく、普段の一子からは考えられない程、その気配は張り詰めた状態になっている。

 

「ネズミさん、凄すぎるわ……。本当にアタシなんかに達成できるのかしら。ううん、諦めちゃ駄目よ!!」

 

 自分を鼓舞し、頬を叩く。

 そして一旦気分を変えようと、道場の手伝いを探すことにした。ここ最近は修行が禁止されていることもあり、力仕事等を中心に手伝いを多く引き受けているのだ。

 家の手伝いについては美羽に聞くのが一番と彼女を探す。

 まずは、居間に向かうがそこに美羽の姿は無い。

 

「いないわねえ」

 

 姿の見えない美羽の代わりに彼女の背後から音も無く近づいて来た兼一に気づき、振り返って尋ねる。

 

「あっ、兼一さん、美羽さん知らない? それか何か手伝いできることないかしら?」

 

「うーん、僕の方は特に手伝って欲しいことは無いかな。あっ、美羽さんならさっき台所に居たよ」

 

「ありがと!! 台所ね」

 

 礼を言って台所へ向かう一子。その途中でふとあることに気づき、小さな疑問を持った。

 

(あれ、私、どうして兼一さんが後ろに居るってわかったのかしら?)

 

 考えるが答えはでない。大したことではないだろうとその疑念を直ぐに消し、台所へ向かう足を速める。

 

「美羽さん!! 何か、力仕事無い!?」

 

 台所に飛び込み、まるで敵に攻撃を仕掛けるような勢いで叫ぶ一子。しかしそこに美羽の姿は無く、代わりに居たのは酒のツマミを探す逆鬼だった。

 

「んっ、美羽なら買い物に行ったぞ」

 

「えっ、そんな、それだったらアタシが行ったのに……」

 

 買い物ならば、修行禁止の命に触れることもなく、身体を動かすことができる。折角のチャンスを取られ、気分はまるで飢えた状態で目の前で食べ物を掻っ攫われたようであった。

 

「はあっ、今日はもう勉強でもしようかしら」

 

 実は彼女、元の世界に戻った時のためにと修行だけでなく、学校の勉強もしっかりとやるようにと言われ大量の課題を出されていた。修行が禁止されている今の内に消化しておこうと考える。とは言え、あくまで仕方なくと言った感じで、やる気は湧かず代わりにいらいらとした感情ばかりが湧く。

 それではいけないと何とか気を落ち着けようと溜息に近い感じで顔を下げて息をつくが落ち着かない。そこで彼女は何かに気づいたようにはっと顔を上げた。顔を上げた先、目の前にあるのは逆鬼の顔。自分で自分の行動の意味がわからず、思わず彼の顔をじっと見つめてしまう。

 

「んっ、俺の顔に何かついてるか?」

 

「えっ、ううん。ごめんなさい、なんでもないの。それじゃあ、アタシ行くわ」

 

 不躾な真似をしてしまったと慌て、軽く困惑しながら立ち去る一子。

 それを見送った後、逆鬼は不敵な笑みを浮かべ、呟いた。

 

「俺の出した僅かな殺気に気づくたあ、後、少しみてえだな」

 

 この修行の終わりの時、そして目覚めの時が近づいていた。

 

 

 

*********

 

 

 

 それから更に二日、ついにその日が訪れる。

 

「秋雨さん、何かお手伝いすることない。彫刻用の石を運ぶとか!!」

 

 秋雨の部屋に飛び込んだ一子は、その瞬間、まるで背後に目ができたように、否、自分の周囲全体を知覚したかのうような感覚を覚えた。その感覚が背後に”何か”を捕らえる。その”何か”を確認するために振り向こうとし、そこで更に”何か”が”何か”を投げたことが見えないにも関わらず何故かわかった。その投げられた物に向かって右手を伸ばす。

 

「えっ」

 

「ぢゅ!?」

 

 身体を完全に振り返らせた時、一子の右手に収まっていたのは赤いビー玉。

 そして彼女の目の前に居るのは驚いている姿の闘忠丸。

 つまり、彼が一子に向かって投げたビー玉を彼女は受け止めたのだ。誰よりも彼女自身が自分が取った行動に困惑し、そしてある答えに辿りつく。

 

「えっ、もしかして修行クリアー?」

 

「ああ、そうだ。よくやったじゃねえか」

 

 一子の思わず呟いた声に答えたのは”たまたま”近くに居た逆鬼であった。その言葉を聞いて思わず歓声を上げる。

 

「やったわああああ!!! あれ、でも、まぐれで止めてそれで合格でいいのかしら?」

 

 しかし直ぐに消沈する。修行をクリアーしたことは嬉しいが、半ば無意識で行った結果なだけにこれで完了でいいのかと不安になったのだ。

 だがそれは無用の心配だった

 

「いや、今のはまぐれじゃねえ。俺やおめえみてえに動のタイプの武術家は感情を高ぶらせることで、全身の感覚を研ぎ澄まし、相手の動きを感知する。野生の獣みてえにな。今、さっきのおめえの感覚がそれだ。兼一の課した修行はおめえを追い詰めることでその野生の本能をむき出しにするって狙いがあったんだよ」

 

 元々、一子は考えるよりも直感や野生の本能に任せた方が向いたタイプである。しかし彼女の場合は真っ直ぐで真面目な性格が逆に災いし、つい考え過ぎてしまう癖があっり、自分の長所を殺してしまっていたのである。この欠点については彼女の義姉である百代も気づいており、改善するようアドバイスしていたが、頭でわかっていても実践するのはなかなかに難しく、放置されたままになっていた。

 組み手を何度かする内にこの欠点に気づいた兼一も悩んだが、そこで思い出したのは武田から聞いた話であった。彼がボクシングの試合ための減量で食物は愚か水さえも絶っていた時期、所謂ドライアウト期に感覚が酷く研ぎ澄まされる経験をしたのだと言う。

 そして、蚊の飛ぶ音に酷イラついた彼は驚くことに、空を飛ぶ蚊を指で掴んでつぶしたと言うのだ。それも一発で。静のタイプである武田すら動の感覚に芽生えさせた”飢え”、その状態に持ち込めば動のタイプである一子ならば、本能に目覚めるのではないかと考えたのである。結果、狙いは見事的中したと言う訳である。

 ちなみに余談であるが、特別なことをしなくても本能に任せた戦い方が実践できるのはアパチャイや百代のようにいい意味での大雑把さを持ったタイプである。

 

「そ、そんな意味があったんだ」

 

 逆鬼の解説を聞き、修行の意味を知って驚く一子。しかし驚くのはまだ早かった。なぜならばそれだけではまだこの修行の意味の半分だからである。

 

「だが、それだけじゃあ、闘忠丸の奇襲は防げねえ。飯の時にも言ったがあいつの技量は達人並だからな。できたのはおめえに”集中力”って武器があったからだ」

 

「集中力?」

 

「ああ、そうだ。おめえは修行の最中、俺らが直ぐ近くで話しかけても気づかない程に集中しているってことが何度かあった。その集中力の高さは武術家としちゃあ長所であり、短所でもある。何かに集中している間に、他の方向から不意打ちを受けて倒されるなんてことになりゃあ、元も子もねえからな」

 

 集中力は物事を成し遂げるに置いて大事な要素であるが、武術の実践においては一点に集中し過ぎず全体をみる観の目が必要になってくる。その点において、彼女の物事に集中しすぎるという要素は悪所とも言えた。

 

「だが、おめえはこの10日間、何時どの方向から来るかもわかんねえ奇襲に対し、常に周囲を警戒し続けた。それによって集中力を全方向に向けるよう矯正したって訳よ。後は、状況において一点集中と使い分けられるようになりゃあ完璧だ。おっと、別に無理に意識する必要はねえぜ。なんつーたかな、ぱ、ぱ、パブ……」

 

「パブロフの犬のことかね?」

 

「おう、それだ!! って、秋雨、何時からいやがった!!」

 

 言おうとした言葉が直ぐに出てこずに悩む逆鬼をフォローをする秋雨。その姿を見て何故か焦る逆鬼。

 

「今さっきからだよ。ここは私の部屋なのだから戻ってきただけの話しだ。ちなみに、君がここ数日、一子君を見守っていたのは知っているがね」

 

「ば、ばっきゃろー!! べ、別に一子を見守っていた訳じゃねえ。たまたま目に入ることが多かっただけだ」

 

 隠して置きたかった秘密を暴露されて顔を真っ赤にして叫ぶ逆鬼。その姿を見て楽しそうに笑う秋雨。

 

「さて、一子ちゃん。この修行で、君の集中状態は条件反射になりつつある。このまま修行を続けていけば制空圏の発動と共に自動で集中状態に入ることができるようになるだろう。極限状態の出来事は深く記憶に残るからね。いやあ、兼一君は師匠としては本当に優秀かもしれないね。我らの教えが生きているよ」

 

 才能の無い兼一に師匠達が技を身につかせたやり方こそ、死の恐怖を何度も味わわせることによって技が条件反射の域になるまで叩き込むという正にパブロフの犬であり、彼の修行はその課した経験を参考にしたものでもあったのである。正に師匠達の教えが生きていると言う訳であった。それを誇ったり喜んだりしていいことなのかは判断が難しいが。

 

「そんな凄い修行だったんだ。みんな、アタシのために一生懸命になってくれて。アタシ、必ずなって見せるわ川神院の師範代に!!」

 

 自分のために凄い修行を考えてくれた兼一。見守っていてくれた逆鬼。この修行の直接の講師、闘忠丸。勿論、他の梁山泊の皆も色々と教え導いてくれている。

 自分が成長することこそ、その恩に報いることだと改めて目標を宣言する。

 

「おう、頑張れや」

 

 応援する逆鬼。この日一子は夢に対し、大きな前進をしたのであった。




やっと折り返しまできました。
これで後は、「新白連合編」「最終修行編」「師範代試験編」の計6話で終わる予定です。
最後まで頑張らせていただきます。

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