史上最強の妹弟子 カズコ   作:史上最弱の弟子

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一子の新たな師匠

 一子が梁山泊に住み込むようになって早2ヶ月、その間、しぐれの武器指導を除けば修行の大半は肉体を鍛える為の地獄の基礎トレーニングであったが、ついに次の段階へと進むこととなる。

 

「さて、今日からは基礎トレーニングに加え組み手を加える。まずは、兼一君と美羽の組み手をしてもらう。一子ちゃんにはそれを見学し、参考にした前。その後で、兼一君と一子ちゃんで組み手をしてもらう」

 

「はい、わかりました」

 

「僕の動きで参考になるかどうかわからないけど。それじゃあ、美羽さん、よろしくお願いします」

 

「はいですわ」

 

 秋雨に指示に答え、兼一と美羽が向かい合う。

 そして合図も無いのにまるで両者は申し合わせたように同時に動いて見せる。5年の間に千回を超える組み手を行い、実戦では互いに背中を預けあって来た二人はすっかり阿吽の呼吸を身に着けていた。

 

「やあああ!!」

 

 まずは兼一が仕掛ける。放たれるのは正面からの右拳。美羽はその突きを正面から受けず横方向から払い流してみせる。

 

「まだまだ!!」

 

 しかし、それまでは兼一も予測済み。払い流された勢いをそのまま利用して美羽の側面に回りこんで見せる。

 

「甘いですわ!!」

 

 だがそれを更に読んでいた美羽は空中を舞うかのような動きで兼一の頭部の高さにまで飛び上がり、そこから水平方向に全身を回転させた回し蹴りを放つ。その優雅さとは裏腹にそこに込められた破壊力は凶悪そのもの。常人であれば首を刈り取られてもおかしくない。それを証明するかの如く、腕をあげてその蹴りを防いだ兼一の身体は勢いに負け、10メートル以上、吹っ飛んでいく。

 

「カウローイ!!!」

 

 だがケンイチとていまや達人。そう、簡単にはやられはしない。地面に着地すると、空いた距離を一足で詰めて反撃の膝蹴りを放つ。

 しかし、その瞬間美羽の姿が消え、膝蹴りは空を切る。

 そして消えた彼女の姿は空にあった。

 

「くっ、しまった。目が」

 

 その姿を目で追う兼一。しかし彼女の背には太陽があった。

 目がくらんだ兼一に対し、上空で片足を持ち上げ、その状態で回転する美羽。信じ難いことによって、その動きにより竜巻が発生し、土ぼこりが舞いあがる。

 

「風林寺光鵬翼!!」

 

 放たれる必殺の一撃。しかしその一撃は重ねられた兼一の両手によって受け止められる。

 

「目の代わりに私の動の気から位置を掴んだのですわね」

 

 感心した声を上げる美羽。しかし、彼女の攻撃はまだ終わらない

 兼一の手のひらを足場に後ろ斜めに飛び上がると、今度は片足を伸ばした状態で回転、その姿はまるでヘリコプター、あるいは竜巻旋○脚。

 遠心力を利用し、空中で推進する方向を変えるという達人にしか不可能な非常識な動き。

 

「やああああ!!!!」

 

 回転はあくまで方向を変え、勢いをつけるための手段。接触するより早く回転を止め、変わりに連続飛び蹴りを撃ち込む。兼一は制空圏を持ってそれを狙撃するが全てを防ぎきることはできず、2発が胸につきささる。

 

「うぐっ」

 

 その衝撃で一瞬、呼吸が止まりそのまま地面に倒れこむ兼一。

 そして、そこで秋雨の制止が入った。

 

「そこまで!! どうだね、一子君、参考になったかね?」

 

「うっ、凄すぎてよくわからなったわ……」

 

 問いかけに対し、消沈した表情で答える一子。目で追うので精一杯所か、何度か動きを見失い、具体的にどういう動きをしたのかはほとんど理解できなかったのである。

 

「ふむ、だが今の君の弟子級としてはかなり上の方のレベルだ。実力からすれば、見るだけならできてもおかしくはないのだが。お姉さんやお爺さんの試合を動きを普段から見ていたりはしないのかな?」

 

 一子の答えを聞いて少し疑問に思う秋雨。

 武術の総本山という肩書きや一子から聞いた話から、一子の義理の姉である百代や義理の祖父、鉄心を達人級、それも真の達人のレベルと推測していた。そのレベルの戦いを見たことがあるのなら、今の組み手程度ならばまだまだレベルの低いものの筈である。

 

「挑戦者の人との戦いを見たことはあるけど、お姉様いつも一瞬で決めちゃうし。揚羽さんとの戦いはどうしてか見ちゃ駄目って言われてたし。あっ、揚羽さんてのはお姉様のライバルよ」

 

(ふむ、達人同士の試合はあえて見せないでいたのか。才能の余り無いこの子をここまで鍛えてみせたあたり、彼女の指導者は優秀ではあるようだが、長老以上に過保護であったと見える)

 

 動の気の開放もまるで知らなかったり、全体的に安全に鍛えられていると秋雨には感じられた。それは悪いことではないが、一定以上のレベルは超えることは不可能になる。

特に一子のように才能の無いものを鍛える場合、ある程度の無茶は必要不可欠だ。

 

(彼女の師の意には反しているが、彼女の信念は尊重したい。ここは間をとって、”少しだけ”無茶をすることにしよう)

 

 そう心の中で彼女の指導方針を定めるのだった。

 

「さて、それでは、次は兼一君と一子君で組み手をする番だね。準備はいいかね?」

 

「はい!! って、うわっ」

 

 元気よく答え立ち上がろうと前に出ようとする一子。しかし、そこで彼女は驚きの声緒をあげる。何故ならばつい先程まで誰もいなかった筈の彼女の進行方向に突如女性が現れたからだ

 

「ちょっと……待って」

 

「相変わらずいきなり現れますねしぐれさん。あれ? その長刀は?」

 

 その神出鬼没さに慣れた様子で応対する兼一。そこで彼女の手に見慣れない長刀が握られているのに気づく。

 

「ボクが……作った。刃はつけてない……から……組み手で使え」

 

「えっ、アタシのために!? ありがとうございます。あっ、でも、兼一さん素手なのにアタシだけ武器を使うなんて」

 

 長刀を持っていうしぐれに、感激して元気よく礼を言う一子。だが、直ぐに素手の相手に武器を用いることは卑怯ではないかと思い躊躇う。

 しかしそれを秋雨が笑い飛ばしてみせた。

 

「はっはっはっ、問題ないよ。達人にとって、相手が武器を持っているかなど、空手家を相手にするか、ムエタイ使いを相手にするか程度の違いでしかない。個性により得意、不得意の差はあっても、そこに有利、不利などない。あるとするのならば、それは己の未熟さでしかないからね」

 

「出た、この人的常識。まあ、確かに最近は僕も特別武器は怖くなくなりましたけど。っと、いうか、本気の逆鬼師匠を相手にするのも本気のしぐれさんを相手にするのも同じ位怖いという結論に達したと言うか……」

 

 達人になっても情けなさの残る兼一。とはいえ、この言葉は実のところとても正しい。最高クラスの武術家の一撃は人間の命等軽く奪う力があり、素手だろうが武器を持っていようがその危険度に差など無いのである。

 

「わかりました。それじゃあ、早速使わせてもらいます。えっ、何これ、何か、凄く手にしっくりくる」

 

 

 長刀を受け取った瞬間、一子は凄まじい衝撃を受けていた。それはまるで武器が体にくっついてしまったのではないかという感覚。信じられないような一体感を感じたのである。

 

「当然」

 

 一子の感想に胸を張るしぐれ。そこに秋雨が解説を入れる。

 

「その武器は君のために作られた、言わば専用品だからね。量産品は勿論、一品物と比べてもその使いやすさは段違いだろう」

 

 秋雨の説明を聞いて、自分の感覚の意味を理解した一子は、その興奮にも作用され、先程まで以上のやる気になる。

 

「よーし、それじゃあ、いくわよ」

 

「ああっ、どっからでも来ていいよ」

 

 構える一子、応じる兼一。

 そして組み手が開始される。

 

「たああああ!!!」

 

 気合の掛け声と共に振り下ろされる一撃。武器を変えたことにより、その鋭さは今までよりも一段増していた。

 

「えっ」

 

 しかし、その一撃は無造作に兼一の腕により軌道を変えられ横にそらされてしまう。そうなれば後は当然、からぶるまでである。

 

「くっ、なら」

 

 体勢を立て直して放つ横凪ぎ。それに対し、兼一は真上から腕を振り落とし、強烈なはたき込みで長刀は地面に落ちる。

 

「まだまだ!」

 

 何度も攻撃をしかける一子。しかし、全て結果は同じ。一子の攻撃は兼一を捕らえるどころか、全て彼の体から一定の分離れた位置。すなわち腕の長さの距離で撃ち落とされてしまっていた。

 

 そして2、3分程同じ状態が続いた後、兼一が自分から動いて見せた。一子の懐に一瞬にしてもぐりこむ。

 射程の長い得物を持つ武器使いはその分、懐に入られると弱い。ましてや相手は達人。武器を手放すかどうかの判断さえする暇もなく、彼女の体は地面に投げつけられていた。

 

 

 

**********

 

 

 

「うぇーん、全然駄目だったわ。凄く調子いいと思ったのに」

 

「いや、悪くはない動きだったよ、だが、これでも兼一君は達人だからね。今の君のレベルでは致し方ない結果だろう。しかし君だっていつかは兼一君のレベルに行くことは夢ではないのだよ」

 

 全く良い所なく敗れて落ち込む一子。それを慰める秋雨。実際、彼女自身あまり自覚はないものの2ヶ月前に比べれば身体能力、技量共に格段に上がっている。今の彼女ならばクリスや京には勝てる可能性が高く、眼帯を外していない状態でのマルギッテとも互角近くに戦える位にはなっていた。

 

「兼一さんと同じレベルってことは達人になるってことよね。本当に成れるのかしら……」

 

 つい今しがたこてんぱにやられただけに前向きが長所の彼女も流石に自信喪失した様子で不安気に呟くが、それに対し秋雨はまったく気負いなく当然のことという口調で答えて見せた。

 

「ああっ、慣れるとも。実際、ここに居る兼一君だって、才能の欠片も無いのに達人になったのだからね」

 

「相変わらず僕には容赦ないですね秋雨師匠。まあ、でも、一子ちゃん。僕の親友の谷本君が言ってた言葉なんだけどね『武術の世界において努力は才能を凌駕する』才能のまるで無い僕だって達人になれたんだ。一子ちゃんだって諦めなければきっとなれるさ」

 

 そう言葉にする兼一の目には嘘も迷いも欠片も感じられなかった。

 『川神院師範代を諦めろ』『お前には才能が無い』この世界に来る直前、敬愛する義姉からそう言われていた一子にとって、その言葉は救いになり力を与えた。

 立ち直りの早さも彼女の長所の一つ。あっという間に元気を取り戻して見せる。

 

「うん、アタシ頑張るわ!!」

 

「うむ、ところで兼一君、君の方は実際に相手をしてみてどう感じたかね?」

 

 一子の復活を確認すると今度は兼一の方に向き問いかけをする秋雨。問われた兼一は少し考えて答えた。

 

「そうですねスピードはかなり速いですし、女の子の割りにはパワーもあるんじゃないかと思います。動きの方もしぐれさんの指導で大分よくなってきるし。ただ、レベルの割りに制空圏を扱えていないのがよくないんじゃないかと」

 

「うむ、私も同意見だ。制空圏を扱えるようになるだけでも彼女は確実に一段階上に行けるだろう。そこで、その指導を兼一君、君がしてあげなさい」

 

「えっ、僕がですか!? 師匠達が教えてあげた方がいいんじゃあ」

 

 まさか、自分に振られるとは思わず動揺する兼一。そんな彼を秋雨はまっすぐに見て言った。

 

「これは一子ちゃんだけではなく、君の為の修行でもあるのだよ、兼一君。君ももう達人だ。何れは弟子を取り、武術を次世代に継承していかなくてはならない。これはそのための予行練習にもなるだろう」

 

「!!」

 

 思わず絶句する。兼一にとって、自分が弟子を取るなど考えても見たことのないことだったからだ。とはいえ、武術を伝承することが如何に大事なことであるかは十分に理解している話であり納得できることでもあった。しかしだとしても、素直に頷く訳には行かなかった。

 

「でも甲越時師匠。それではまるで一子ちゃんを実験台にするみたいじゃないですか」

 

 一子の夢を自分の都合で奪う訳にはいかない。そんな思いが拒ませる。そんな頑な彼の肩を秋雨が軽く叩いて言った。

 

「心配はいらないよ。私だってそんな無責任なことはしない。兼一君なら出来ると思うから任せるのだし、いざとなれば我々がちゃんとフォローする。……まあ、そうなった時は今までの我々の教え方が甘かったと言うことで、兼一君の修行の量が2倍になるがね」

 

 優しく諭した後で、本気100%の口調で恐ろしいことを言う秋雨に兼一は顔色を青くする。

 

「……わ、わかりました。なんとしても教えてみせます!!」

 

 逃げ道は既に無い。ある意味自分で自分の首を絞めた状況で引き受ける返事をする兼一。

 その後、何とか震えを止め、一子の方を向くと真剣な表情になって言った。

 

「一子ちゃん、僕はまだ未熟だけど、必ず君が制空圏を使えるように鍛えてみせる!! 一緒に頑張ろう」

 

「はい!! お願いします」

 

 目の前で繰り広げられたやり取りから、兼一が如何に時間のことを大切に思ってくれているのか、そして真剣に教えようとしてくれているのかを感じ取り、その思いに答えようと気合を入れた返事をする一子。こうして二人の間に師弟関係が生まれる。

 

「ところで、制空圏って……何?」

 

 しかし勢いよく返事をしておきながら、まさかの知らない発言に、兼一は思わずその場でずっこけるのだった。

 

 

**********

 

 

 結局その日は制空圏の基礎的な概念、間合いの生かし方だけを教え、本格的な修行は明日からと言う事になった。

 そして兼一は一人部屋で悩んでいた。

 

「あーーー、一体、どう教えればいいんだ!! と、とりあえず、僕が教わった時のことを参考に……」

 

 その瞬間、長老との山篭りのことが思い出され、トラウマが刺激され、顔が蒼白になる。

 

「駄目だ駄目だ駄目だああああああああ!!!! あんなこと、絶対人にしちゃいけない。そもそも僕と一子ちゃんでは……。そうか、僕と一子ちゃんでは違うんだ」

 

 トラウマから逃げようと必死で別の道を考えようとし、そこであることに気づく。

 危険だとか過酷だとか言う前に、根本的な所として自分の受けた修行内容では一子にに適していないということに。

 

「僕と一子ちゃんは武術の才能が無い同士だけど、一子ちゃんには僕と違って秀でた所がある。それに彼女は明らかに”動”の者だ」

 

 気づいたことを口に出して呟く。

 1ヶ月間、共に暮らし修行する所などを見守っていて気づいた長所。ずば抜けた才とまでは言わないまでも、光る要素であるその点を磨けば確実に役に立つ。また”静”の道を選び、”動”の素養も一部合わせ持つ兼一に対し、彼女の適正は完全に”動”である。その点を意識して教えなければ彼女を上手く鍛えることはできない。

 

「よし、今日は徹夜してでも、一子ちゃんのために出来る限りいい修行内容を考えてみせるぞ!!」

 

 有る意味自分の修行の時以上に真剣になる兼一。

 誰かのためにこそ力を使える彼の性質はこんな時にも発揮されるのであった。




一子の才については原作ではっきりと描写があるものです。それの生かし方については独自解釈等が入るかもしれませんが、才能自体はオリジナル設定ではありません。
後、百代と揚羽の試合を一子が見ていないと言うのは、一子ルートで百代と鉄心の試合を見て、風間ファミリーのメンバーが初めて次元の違いを実感したところからの推測です。壁を超えた者同士の戦いを見た経験があるのならばああいう感想は抱かないかなと。まあ、他ルートとは矛盾しちゃうかもしれませんが。

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